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台風前夜の心理学

9月16日(土)

台風18号が西日本に接近中です。愛媛県の天気予報を見ると、明日は大荒れのようです。これが2週間前、夏休みの最終日だったら、松山から東京までの飛行機が飛ぶかどうかわからず、私はまんじりともせずにニュースや天気予報を凝視していたことでしょう。

2年前の夏休みは、台風が九州を直撃した日に博多にいて、動いている交通機関が地下鉄だけという経験をしました。博多駅前のホテルに泊まっていたので、地下街を通って博多駅付近のビルへは行けましたが、ビル内のお店はほとんどが臨時休業で、全く時間つぶしになりませんでした。動いていた地下鉄で福岡空港へ行くと、飛行機は欠航でしたが、空港ビルのお店は大半が開店していて、思わずマッサージ屋さんに入って、半日マッサージで過ごしました。

今回の台風で東京はそんなことにはならないでしょうが、連休中に台風が通過することになりますから、外回りを点検しました。校庭に置いてあるベンチはかなり重いので飛ばされることはないでしょうが、テーブルといすは1人で楽々持ててしまいますから、強風にあおられるとどうなるかわかりません。ですから、屋内にしまうことにしました。

教師数名がよろよろしながら校庭の片づけをしていると、2年前の卒業生のAさんが自転車で学校の前を通りがかりました。Aさんはわざわざ自転車を降りて、テーブルを運ぶのを手伝ってくれました。八王子の大学に進学したのですが、週末のアルバイトはKCP時代から変えていないそうで、ちょうど移動しているところだったそうです。

運び終わってから大学生活を聞くと、毎週1万字ぐらいのレポートを書いているとか。文献も大量に読み込まなければならず、日々日本語が鍛えられているようでした。心理学は大学に入ってからが大変だとよく聞きますが、でも、そのおかげで日本語が見違えるように上手になっていました。思わぬ余禄に与れました。

明日は約束があって出かけますので、台風さん、お手柔らかにお願いします。

激やせ

9月5日(火)

夕方、学生指導を終えて夏休みの宿題のチェックをしていると、見慣れぬ若い人が職員室に入ってきました。一緒にいる在校生の友達のようですが、外部の人を気安く職員室に連れて来てもらっては困ります。

ところが、その若い人が話すと、その声に聞き覚えがありました。数年前に卒業したOさんではありませんか。KCPにいたときはぷっくり太っていたのに、実にスリムな体つきになっています。顔も半分ぐらいになっていましたから、見かけではわかるはずがありません。10kgやせたと言っていました。

あっという間に、A先生、M先生、H先生など、Oさんにかかわった先生方がOさんを取り巻きました。みんな一様に驚いていました。そして、Oさんがいた頃の記憶がよみがえり、同級生のGさんやKさんやLさんなどの顔が浮かんできました。昔話が満開でした。

OさんはM大学の4年生で、就職しようか大学院に進学しようか迷っているとか。卒業するときは、こんな軟弱な学生がM大学で通用するのだろうかと思っていましたが、順調に進級して進学すら視野に入れているのです。月日が流れるのは早いものです。

Oさんは昔の仲間と連絡を取り合っているそうですから、大学を卒業する前にみんなを集めてKCPへ連れて来いと言っておきました。本当にみんなが集まったら、びっくりさせられることばかりでしょうね。

実は、昼休みに、今年に春に卒業してD大学に進学したHさんが、夏休みを利用して関西から来てくれました。Hさんもわずか数か月ですっかりやせていました。勉強は大変だと言っていましたが、どんどん面白くなってきたとも言っていました。関西に進学した同級生と時々会っているそうです。

みんなKCPを卒業するとやせるということは、KCPの生活はまだまだ甘っちょろいということなのでしょうか。

見詰める

8月10日(木)

だんだん入試シーズンが近づいてきて、それに向けた指導も始まっています。面接での受け答えを見ていますが、現時点では私のクラスの学生で対外戦ができそうなのは2~3名程度でしょうか。独自色が全くないというか、面接官がうんざりするような話ばかりというか、まあ、自分を売り込むとか面接官の心を捕らえるとかというゴールの対極にあるような答え方ばかりでした。

1クラス分の答えを列挙してみると、似たり寄ったりの内容が並び、それを見た学生たち自身も、これではいけないと多少は刺激になったようです。刺激になったのはいいとして、じゃあ、横並びから脱することができるようなネタを持っているのかというと、それもまた怪しいような気がします。学生たちの人生や経験が無色で平板極まりないものだとは思えません。しかし、そういった「今まで」を、面接で点が取れる答えにまで加工していく技術が、学生たちにはまだまだ足りません。今ここで自分の人生を違った角度から見つめ直すことは、これから男盛り女盛りを迎える学生たちにとっては非常に有意義だと思います。入試のためなどという狭く功利的な気持ちから離れて、是非しておいてもらいたいことです。

ナンバーワンよりもオンリーワンとはよく言われますが、常にオンリーワンを目指し続けるというのも、精神的にはしんどいのではないでしょうか。でも、土曜日のスピーチコンテストの審査員をしてくれた卒業生たちは、オンリーワンを追求してきたのではないかとも思います。そういう先輩を見習って、今の学生たちにも敢えて茨の道を進んでもらいたいと思っています。

心を動かす

8月5日(土)

今年のスピーチコンテストは土曜日開催とあって、審査員として日本で就職した卒業生が何人も来てくれました。会社名を並べると、結構なところばかりで、みんなKCP卒業後努力を重ねてきたのだなあと思わずにはいられませんでした。顔や声は変わっていなくても、内面は大きく成長しているのです。

初級から上級まで、多種多様なスピーチが聞けましたが、会場全体が盛り上がったのは、わかりやすく共感できるスピーチ、アイデアが豊かでユーモアが感じられる応援でした。また、今年はパフォーマンスを中心にしたスピーチをひとかたまりにして競い合わせましたから、見るスピーチが華やぎを添えました。

もちろん、正統派のスピーチも健在です。社会問題に真剣に向き合うスピーチもまた、多くの学生の心を動かしました。全学生が参加する学生審査にもそれが明確に現れていて、私たちが感心させられたスピーチは、学生をも捕らえていたようです。

ただ一つ気になるのは、審査員のK先生もおっしゃっていましたが、パワーポイントの画像などに頼るあまり、ことばの力だけで聴衆を動かそうというスピーチが少なくなったことです。正統派スピーチで最高点だったJさんは、パワーポイントは使いませんでした。そのスピーチには確かな力強さも感じました。しかし、画像があるスピーチは、わかりやすくなる代わりに、言葉による説得力が弱かったように思いました。この点が、Jさんと他のスピーカーとの差になって現れたのではないかと思いました。

スピーチコンテストを作り上げるまでに、どこのクラスでも幾多の紆余曲折がありました。その紆余曲折を乗り越えたことによって、賞はもらえなくてもさわやかな満足感が得られたのではないかと、コンテスト終了後の学生たちの顔を見て思いました。

有名じゃないけど

8月4日(金)

スピーチコンテスト前日とあって、どこのクラスも応援やスピーチの練習に余念がありません。私のクラスも授業の最後の15分は応援練習にあて、「恥ずかしいと思わないで手足を思い切り動かせ。そうじゃないとかえって恥ずかしいぞ」などといっちょまえくさったアドバイスなんかしちゃいました。

スピーカーの練習が終わったころ、F大学の留学生担当の方がいらっしゃいました。F大学は今年Sさんが入った大学で、Sさんは勉強にもクラブ活動にも力を入れているとか。KCPにいるときにはおとなしい印象しかなかったんですが、F大学ではかなり積極的に動いているようです。

だから、今年もSさんのようなすばらしい学生を送ってくださいというのが、F大学の方の訪問主旨です。F大学は、首都圏では高い評価を得ている大学ですが、KCPの学生の母国では知名度がゼロに近いです。Sさんにとっても、私たちが紹介して始めて知った大学です。私たちがなぜF大学を紹介したかというと、F大学は進学した学生が非常に満足していて、奨学金制度も充実しているからです。F大学の担当の方は、それに加えて、留学生と日本人学生とのつながりが強いこと、就職のケアも手厚いことなども強調なさっていました。

日本人の18歳人口の激減を控え、どこの大学も生き残りに必死です。生き残り策の1つとして、にわかに留学生を増やそうというのには与したくありません。F大学のように誠実に留学生を育ててくれる大学とのつながりを築き、そういう大学に1人でも多くの学生を送り込みたいと思っています。

根を下ろす

7月24日(月)

頭がまっ黄色の学生が何をしているんだろうと思って見ていたら、数年前に卒業してC大学に進学したTさんでした。入学してから、優秀な周りの学生と自分とを引き比べて自分の力のなさに気落ちして、休学も経験しました。しかし、見事に立ち直り、就職戦線を勝ち抜き、誰もがその名を知るS社から内定を得ました。

Tさんが目指した業界はライバル企業が多く、S社は、私のような門外漢からすると。知名度はあるけれども地味な感じがしました。しかし、Tさんは、S社の堅実な一面をしっかりと見ていて、表向きが派手な他社ではなくS社を選んだようです。

確かに、Tさんの話を聞くと、S社は一見地味なようでいて、意外と将来性があります。シロウト受けのするF社に対して、玄人好みのする会社のようです。福利厚生も充実しているし、海外などにこれからの伸び代もあるし、Tさんは実にうまみのある会社を選んだものだと感心させられました。

日本での進学を考えている学生の大半が、日本での就職を考えています。しかし、日本での就職が生易しいことではないことも、周知の事実です。Tさんの場合、休学で学年がずっこけているという更なるハンでも乗り越えて、S社という業界できらりと光る会社に入れたのです。大学でも海外留学プログラムに参加するなど、自分を磨くことに力を入れ、その効果を遺憾なく発揮した結果がこれなのでしょう。

KCPの学生たちの手元には6月のEJUの結果が届きました。喜んでいる学生も大勢いますが、その成績で志望校に入れたとしても、そこで終わりではありません。Tさんのように紆余曲折を経て自分の将来を託すに足る会社をつかみ取らなければなりません。そして、そこで自分の地位を築き、将来的に自分の夢を叶えていく…。長い長い道のりです。

疑惑

7月14日(金)

「先生、私、2人しか合格しなかったテストに合格したんですよ」と報告してくれたのは、今年専門学校に進学したMさん。KCP在学中も目立つ学生でしたが、進学先でも大いに存在感を示しているようです。同じクラスに日本人のライバルがいて、バシバシと火花を散らしながら競い合っている様子を物語ってくれました。今は、間近に迫った実技のテストのために、文字通り日夜技を磨いているそうです。

Mさんの会話力、コミュニケーション能力は、このように専門学校での留学生活を活写できるくらい、十二分にあります。しかし、Mさんの周りの外国人留学生はそれほどでもありません。日本語がしゃべれず周囲に溶け込めない留学生も多いそうです。そのため、ある留学生が、校内で事件が起きた時、疑いの目を向けられてしまいました。義侠心も強いMさんは、理路整然と、時には情に訴えることも忘れずに、学校側にねじ込んで、その留学生を救いました。そのことを語るMさんは、我が事のように怒っていました。

Mさんが進んだ専門学校は、その分野では一流とされ、留学生の受け入れも長年行っています。Mさんのライバルも、一流大学に入れる頭脳を持っていながらも、その専門学校に進んだみたいです。そんな学校ですら、日本語によるコミュニケーション能力が劣ると、学業外でいやな目にあわせられることがあるようです。

胸に手を当てるまでもなく、頭はよかったけれども口のほうはからっきしだった学生、筆記試験の力は高いけれども面接練習はがたがただった学生の顔が思い浮かびました。そういう学生たちが有意義な留学生活を送れているのか、少々気懸かりです。

夕方、SさんとWさんが遊びに来ました。2人はKCPから大学に進学し、今は大学院生です。専門を極めるために、学校に泊まり込むことも辞さず学業に打ち込んでいます。学外の奨学金受給者の会合に参加する道すがら、KCPまで足を伸ばしてくれました。日本語で軽口がたたけるまでになっていますから、コミュニケーション力不足で孤立していることはないでしょう。

留学には、やっぱり日本語力です。

情報源

6月27日(火)

4月に進学した学生の多くが、ビザの変更の時期を迎えています。その手続きに必要な書類を申請しに来校する学生も多いです。当然、近況報告を聞くことにもなりますが、それは私たちにとっては貴重な情報源となります。大学のホームページや担当者の話などからは見えてこない大学の真の姿が見えてくることが多いからです。

Vさんは、ウチの大学は偏差値はそれほどでもないけれども授業は厳しくて、非常に鍛えられている感じがすると言っていました。他の大学に落ちて、そこに入るしかないと決まった時はあまりうれしそうではありませんでしたが、先日来てくれた時は大学らしい学問をしているという自信に満ちた顔つきをしていました。

Hさんは国では勉強できない勉強ができると張り切って進学しました。しかしHさんが進学した学部学科は留学生しかいませんでした。しかも、Hさんと同国人は誰もいません。大学で日本人の友だちを作るという夢も破れ、母語でのおしゃべりで息抜きをすることもできず、期待はずれの大学生活のようです。それでも日々の生活に楽しみを見つけ、留学を続けていこうとしています。

有名大学に進んだYさんは、日本人学生のだらしなさを嘆いていました。せっかくに憧れの大学に進んだのに、勉強しようという気持ちがそがれてしまったとも言っていました。講義そのものには満足しているようですから、今すぐやめてしまうということにはならないでしょう。

まだまだ今までの学生から手に入れた得がたい情報がたくさんありますが、こういう情報は在校生が進路に迷ったときに活かしていきます。オープンキャンパスに行っても見えてこない大学の真の姿、聞こえてこない学生の声、そういうものを伝えて学生が進路を誤らないようにするのが、私たちの役割ですから。

出張ついで

6月21日(水)

職員室で仕事をしていたら、雨の中、傘をさしてこちらに向かってにっこり笑いかけるスーツ姿の男性が目に留まりました。もしかして、Jさん?

ロビーに入ってきたその男性の「お久しぶりです」という声は、紛れもなくJさんのものでした。スーツに包まれていることに何の違和感もなく、堂々としたビジネスマンでした。「お変わりなく」と言ってくれましたが、Jさんの変わりようからすると、私もだいぶ年を取ったように映ったことと思います。

Jさんが言うには、2001年に19歳でKCP入学だそうですから、この学校にいた頃のJさんに幼顔が残っていたとしても不思議ありません。その後Jさんは日本の大学に進学し、卒業後いくつかの会社を渡り歩いて、今は国の会社の日本担当です。月に2回、東京まで出張で来るそうです。スーツが似合っているわけです。

同じころKCPにいたDさんは、やはり月2回ぐらい大阪出張で来日しているとか。日本で勉強した専門を生かして、会社の中では結構な実力者になっていると聞き、立派になったものだと感心しました。Facebookで時々消息が知れるHさんは、世界中を遊び歩いているそうです。おとといはカナダの写真を載せていましたが、まさにそういう生活を送っているようです。うらやましい限りです。

Jさんは自分たちがKCPにいたころと比べて学生の様子が変わったと言っていました。確かに、かつては学生と言えば貧乏、貧乏と言えば学生でしたが、今の学生は私たち教師よりもよっぽどお金を持っています。また、Jさんの頃は日本で進学しない学生が少なからずいましたが、今はそういう学生は少数派です。そんなこんなで、Jさんも世代の差、時代の流れを感じたのでしょう。

Jさんのように、日本語を武器に、自分の足で歩み、自分の手で人生を切り開いている卒業生を見ると、うれしくなります。石ころ1個分であれ、そういう人の人生の石垣を築く手助けができたのですから。

錦を飾る

5月16日(火)

入管が日本語学校の入学者に対して1年3か月のビザを出すようになってから、毎年今ぐらいの時期は、4月に進学した卒業生が、ビザ更新に必要な書類の申請に来たりそれを受け取りに来たりするようになりました。インターネットでも書類申請はできますが、敢えて学校まで足を運ぶというのは、卒業生にしてみると、母校に錦を飾るような気持ちもいくらかあるのではないでしょうか。それは私たちにとってもうれしくありがたいことです。進学先の大学・大学院・専門学校などの意外な側面を知るきっかけにもなりますし、何より、わずかな間にグンと成長した卒業生を見て励まされることが大きな喜びです。

日々の授業は、来年のこの時期にまためぐってくる収穫のための種まきみたいなものです。4月の新入生もKCPでの生活に慣れ、来年進学の主力メンバーをどう育てていくかがだんだん見えてき始めるのが、5月の中ごろです。その筋書き通りにはなかなか進まないものですが、進学予定の学生の個性がつかめてきて、その個性に合わせてどんなふうに引っ張っていくかを考えるのは、案外と楽しいものです。

もちろん、順調に育つ学生たちばかりではありません。私のクラスの学生にも、早くも夢に黄信号が点ってしまった学生もいます。その大きすぎる夢を妥当なサイズに変えていくのも私たちの役割です。錦を飾りに来ている卒業生も、初志貫徹よりは紆余曲折のほうがこの1年間を表す言葉としてふさわしい人が多いです。衝突、葛藤、妥協、挫折、反撃、そこには人生の縮図あるようにも思えます。

東京を離れた卒業生はどうしているでしょうか。もし、これを読んでいたら、夏休みにでも錦を飾りに来てください。