Monthly Archives: 6月 2015

日本改造

6月17日(水)

タイトルにつられて買った「一千兆円の身代金」(八木圭一、宝島社文庫)というミステリーを、つい先日読み終えました。政界の実力者の孫が誘拐され、一千兆円の身代金が政府に要求されたというところが物語の起点です。一千兆円とは日本の財政赤字額であり、要するに、誘拐犯は放漫財政のツケを若者世代に回すな、それをこしらえた世代で処理せよと訴えたかったのです。

これ以上書くとネタばらしになってしまいますから控えますが、公職選挙法が改正され、選挙権が与えられる年齢が18歳に引き下げられたというニュースを聞いて、まっ先にこの本のことを思い浮かべました。本の中では、誘拐犯の要求は若者の間で歓喜をもって支持されました。もちろん、要求された側は容易に応じるはずがありません。選挙権が18歳からになったことで、世代間での考え方の違いが鮮明になり、そういう問題がより活発に議論されるようになってもらいたいです。

そのためには、18歳が政治に関心を持つだけではなく、毎回投票率が低い20歳も25歳も行動を起こさねばなりません。今回の改正で、選挙権は18歳になりましたが、被選挙権は従前の通りです。ですから、立候補できる年代が適度に成熟して(成熟しすぎると我々の年代の頭と変わらなくなってしまいます)、18歳の感覚を取り込み、この国のしくみを変えていくことこそ、本当に求められていること、期待されていることなのです。

外国籍であるKCPの学生たちには、法律がどう変わろうと選挙権は与えられません。しかし、自分たちが周りの日本人の若者に影響を与え、彼らの意識、投票行動を変えさせることはできます。そのためには、彼らから一目置かれる存在にならなければなりません。勉強し、鍛錬し、自分の人間性を高めて、「留学生の〇〇さんってすごいなあ」って尊敬を集める人物になることが、自分たちにとって暮らしやすい日本を作る第一歩になるんじゃないでしょうか。ずいぶんと遠大な計画ですけど…。

ほんの立ち話

6月16日(火)

先学期、初級のクラスで教えたDさんと久しぶりに話をしました。ほんの立ち話ですが。ずいぶんスムーズに話せるようになって、びっくりと同時に感激もしました。先学期は単語でしか答えられなかったのが、「レベル3の文法は難しすぎるから、レベル4は無理かもしれない」なんて、普通体ながらも複文で答えましたからね。

先学期のDさんは、こちらが日本語で聞いても自分の国の言葉で答えることがよくありました。また、授業中の母語のおしゃべりが目立ち、とてもいい学生とは言えませんでした。今学期、それがどれだけ改善されたかは伝わってきていませんが、実際に話した感じでは、そんなことはほとんどなくなったんじゃないでしょうか。

先学期は、私は担任という立場上、学生を厳しい目で見なければなりませんでした。アラ探しばかりをしていたわけではありませんが、ダメな点をきちんと指摘することが仕事でした。しかし、今学期はそういう関係が全くなく、いわば隣のオジサンみたいな目で、成長を喜んであげられる立場です。だからなおのこと、Dさんの話し方に感激できたんじゃないかと思います。

Dさんのテストの成績は知りませんが、進級できるだけの力はあるんじゃないかなって感じました。1つ上のレベルでも通用しますよ、きっと。まだ完全ではありませんが、思考回路が日本語で回り始めているのだと思います。これが私の手元を離れてからの3か月の成長であり、成果でしょう。もちろん、先学期の私のような目で見ればまた別の結論になるかもしれませんが。

初級で教えていると、こういう喜びがあるんです。教えた学生が「変なガイジン」への道を力強く歩んでいる姿を見ると、うれしくなります。今学期も初級で種をまきましたから、3か月後。半年後が楽しみです。

健康診断

6月15日(月)

年1回の定期健康診断を受けました。会場の病院へ行くと、すでに大勢の人が。今年はちょっと出遅れたかな。血液検査では、血管が浮き上がらない人を横目にあっという間に終わってしまい、密かな優越感を味わいました。胃のレントゲンでは、今年はバリウムを飲んでから台の上でいつもより回転させられたような気がしました。肺活量測定の担当者がここ2、3年とは違っていましたが、勢いのよすぎる声のかけ方はおんなじだなと思いました。心電図や超音波の検査の担当者は、落ち着いたトーンで指示を出します。肺活量の人がこの担当だったら、検査を受けた人はみんな異常が出ちゃいそうです。

こんな調子で、私はこれといって緊張することなく検査を受けました。ここ数年、眼底検査で緑内障に引っかかるだけで、あとはきわどいところで不合格という数値があったりなかったりという結果が続いているからです。今年もこれといった自覚症状がありませんから、おそらく今までどおりという結果の落ち着くのでしょう。でも、その今まで同じというお墨付き(?)をもらって安心することが、健康診断の意義だと思います。お墨付きによって、仕事でも日常生活でも前向きにやっていく気持ちになることが大事なのです。

午前中に検査を終わらせ、午後はいつもどおり授業。先週の金曜日にカンニング疑惑を起こしたZさんを捕まえて説教と思っていましたが、その本人が欠席のため、見事に空振りでした。友人のJさんにメールか何かを送ってきたようで、私はJさんから腹痛という理由を聞きました。欠席するときは担任の先生に連絡しろと、クラスの中で何回も注意しています。にもかかわらずそうしないで休むとは、限りなく仮病に近いと踏んでいます。

最近の学生はお金持ちです。学生たちにこそ健康診断を受けさせ、その結果に基づき生活指導も受けさせたいです。そうすれば、腹痛などというどうでもいいような理由で休む学生が、全滅とまではいいませんが、激減するのではないでしょうか。

6月13日(土)

震災、仮校舎移転・新校舎建設といろいろあったためずっとお休みが続いていたKCP日本語教師養成講座の理論コースが、月末から再開されます。私も文法を担当することになっています。以前使っていた資料はあるものの、なにせ久しぶりのことなので、古いデータなどは改めなければなりません。また、私自身の頭もさび付いて勘が鈍っているところもありますから、資料を改訂しつつリハビリもしていかなければなりません。

日本人に日本語の文法を教えるなんて、呼吸みたいな本能に基づく動作に理屈をくっつけていちいち解説するようなものです。しかし、スポーツで本当に記録を伸ばそうとしたら、その本能に基づく呼吸のしかたにもメスを入れる必要があります。日本語教師という日本語のプロになるには、本能的に使いこなしている日本語文法を見つめなおして、最高のパフォーマンスを追求していくことが求められます。

日本人にとって日本語は空気か水のようなものだとしたら、日本語学習者とは空気や水の取り入れ方を知らない人たちです。だから、立派な大人に息の吸い方や、気管に入れないように水をのどに通す舌やのどの動かし方を教えるようなつもりで、日本語文法や言葉の意味などを教えていかなければなりません。

私は、日本語文法やふだん何気なく使っていることばの意味を、そういう観点から考え直したりその考察結果に基づいて学習者に教えたりすることが好きです。そのおもしろさを、ほかの人にも味わってもらいたいと思っています。私にとっての養成講座は、日本語を見つめなおすおもしろさ、楽しさを伝える場です。

幸いにも(?)、今回の講座は定員にまだ余裕があります。これをお読みの皆さん、一緒に楽しんでみませんか。校長ブログのちょっと下をクリックすると、養成講座のページに跳びますよ。

そのねじ曲がった根性を

6月12日(金)

午後クラスの前半が終わった後の休憩時間に、私が教えている初級クラスを一緒に担当しているF先生が怒りのオーラを発散させながらやって来ました。「Zさん、漢字のテストの最中にケータイを見たんですよ。先生、授業の後できつくしかってください」「わかりました。私もこれから受験講座がありますが、終わったらすぐそちらの教室へ行きます」というやりとりをして、受験講座のあと、すぐにF先生の教室へ行くと…。

「先生、Zさん、帰っちゃったんですよ。私が1階で先生と話している間に」と、先ほどにも増して憤懣やるかたない表情のF先生。こうなったら、月曜日は私がそのクラスの担当ですから、授業後にたっぷり油を絞ってやることにしましょう。

Zさんは今学期入学の進学コースの学生です。でも学期の最初から、どこか斜に構えているというか、授業での勉強をなめてかかっているというか、教師の立場からするとカチンと来る学生でした。それでもテストではとりあえず合格点を取ってきましたから、こちらも我慢していました。しかし、カンニング疑惑となれば、遠慮はしません。

Zさんはノートも取らなければ教師の話もあまり聞いていません。ノートに書きなさいと言っても、ちょろちょろっとメモする程度。動詞の活用形などを席の順に言わせていっても、友達の答えをまともに聞いていませんから、すぐには答えられません。テンポよく進んでいってもZさんのところで必ずつっかえます。宿題やテストの字は汚くて読みにくいです。ついこの前は、手ぶらで登校し怒られました。

でも、まるっきりのバカじゃないのと、国で勉強してきた貯金があるため、テストはどうにかパスしてきたのです。学校外の塾に通っているから日本語も受験勉強も大丈夫だといいますが、そういった優位性がなくなってきたところのカンニング疑惑じゃないかと踏んでいます。休み時間に逃げ帰ったのは、悪いことをしたという気持ちと、そういうことをしないと点が取れなくなってきた自分の現状を認めたくないのとの両方からじゃないでしょうか。それだったらまだいいのですが、今日は旗色が悪いけれども来週になれば風向きが変わるだろうと、とりあえず首をすくめとこうっていう根性だったとしたら、もう救いようがありませんね。

来週早々嫌な仕事を抱えてしまいました。

厳しい話

6月11日(木)

6月も半ばに差し掛かり、7月期に向けての動きが始まっています。私は受験講座の説明をしています。今まではニュートラルな立場で受験講座の内容を説明してきましたが、今回は厳しい話をしています。

毎学期、受験講座開講当初はどうしたらいいかわからないほどの数の学生が集まりますが、最後まで続く学生はあまり多くありません。最初は張り切ってあれもこれも何でも受講を申し込みますが、各科目の勉強はそんなに生易しいはずがなく、挫折を余儀なくされる学生が後を絶ちません。途中でやめると、こちらの事務処理も面倒くさいですが、それ以上に学生の心に挫折感が残るのではないかと危惧しています。

そういう学生を減らすために、あえて厳しい話をし、それを乗り越える自信と覚悟がある学生だけを受け入れようと考えているのです。現時点で受験勉強を何もしていなくて、来春の進学なんて土台無理な話です。自分の適性を見極めて大学で何を勉強するか決めるなんていうのは、国にいるうちにしておかねばならない仕事です。また、決して楽しいとはいえない受験勉強を合格するまで続けられる精神力と肉体のタフさも必要です。

話をしているうちに、聞いている学生たちの顔つきが暗くなってきました。それでも日本で勉強したいという気持ちに変わりはないか、申し込み締切日まで自問自答し続けてもらいたいです。

訓練された

6月10日(水)

避難訓練をしました。地震の後で火災が発生したという想定で、全校の学生が非常階段を使って脱出し、広域の避難場所である新宿御苑の手前の、四谷区民センターまで行きました。帰りに一時避難場所である花園公園前を通り、学生たちに場所を確認させました。

学生時代、私は城南地区の住宅密集地帯にある築年数不明のぼろアパートに住んでいました。そこは、多摩川の巨人軍グラウンドが避難場所に指定されていました。平時に歩いても1時間はたっぷりかかるところです。非常時にはたどり着けそうもありませんでした。大地震が来たらアパートもろともつぶされて死ぬしかないだろうなと思っていました。

それに比べれば、この校舎は地震には強く、避難場所も近いです。阪神大震災での神戸並みの揺れに襲われても、ほぼ間違いなく生き残れるでしょう。しかし、地震で死ななかったらそれで終わりではなく、生き続けていかねばなりません。学生たちを生かしていかなければなりません。その任務は非常に重大ですが、常々そこまで考えが及んでいるかというと、目の前の仕事にかまけて何も考えていないに等しいというのが現状です。

おしゃべりするなと命じたら黙々と私の後について四谷区民センター前まで歩いていった学生たちの顔を思い浮かべると、こちらこそがしっかりしなければと思わずにはいられませんでした。学生に災害時に取るべき行動を考えさせるつもりだったのが、そっくりそのまま自分に返ってきたようです。

建築と絵と化学と

6月9日(火)

Tさんは建築を勉強しようと思っています。当然EJUの理科系の各科目が必要なのですが、化学には抜きがたい苦手意識を持っています。また、絵も下手だからデザイン方面の建築は向かないと言います。だから耐震構造みたいな建築をするのかと言えば、微分や積分がたくさん出てくる教科書はあまりやりたくないそうです。

要するに、自分が今持っている能力だけで進学し、ちょっと響きもカッコもよさげな建築の勉強を始めたいというわけです。これはちょっと虫が良すぎるんじゃないでしょうか。だって、努力しないで大学に入ろうというのと同じじゃありませんか。Tさんと面接をしましたが、そこのところで堂々巡りです。物理は比較的好きだから勉強してもいいけど、できれば数学は避けたいし、化学は絶対にいやっていうスタンスを崩そうとしません.代替案として建築デザインを出しましたが、絵を描くという一点において却下です。

クラスでのTさんは、明るく活発ないい学生です。グループ活動にも積極的に参加し、柔軟な考え方で活動を前に進めようとする姿勢が感じられます。しかし、自分の進路となると、妙に意固地になるのです。何で建築なのかもはっきりしません。実は、「建築」とは言っていますが、何も決まっていないのかもしれません。楽に進学したいことが見え見えです。

7月20日ごろに今回のEJUの結果がわかるから、それを見て最終決定しましょう、ということにしました。でも、こういう学生は決められないものなのです。こちらからどんな提案を出しても、自分の思っていることと同じでなければ受け入れないでしょう。EJUで完膚なきまでに叩きのめされれば無条件降伏を受け入れるかもしれませんが、そうでなければ淡い幻想を追い求めてさまよい続けるでしょう。

午後からも授業があるのに、スカッとしない面接をしてしまいました。

自覚を待つ

6月8日(月)

Sさんは次のレベルに上がれないかもしれないという危機感を抱き、今日から授業の前に職員室で勉強することになりました。今日は文法のテストがあったので、その勉強をしました。しかし、なかなか勉強が進みません。語彙が足りないのです。クラスの他の学生は知っているはずの単語でも「何ですか」と聞いてきます。

SさんはKCPに入る前にワーキングホリデーで日本にいました。ですから、日本語ゼロで入学したわけではありません。本人もそれは承知していますから、今までどことなく「自分はわかっている」という意識が感じられました。確かにそうでしたが、もうすでにその貯金も使い果たしており、テストで合格点を取るのも厳しいという現実があります。「うさぎとかめ」のうさぎですね。

それでもSさんはそれに気が付き、勉強を始めようとしました。それに気づかず、あるいは気付いても認めようとしない学生を大勢見てきましたから、そんな学生に比べればSさんは立派です。しかし、もう少し早く気が付くべきでしたね。今日の語彙のわからなさ加減を見る限り、ちょっと手遅れではないかと思えてきました。

同じクラスのKさんは、EJUの模擬テストで上級の学生をも上回る成績を挙げました。「喜びすぎちゃダメですよ」と言ってその成績表を渡しましたが、今日の文法テストは不合格でした。直前に必死になって勉強したSさんを30点も下回る点数でした。EJUの模擬テストはマークシート方式ですが、KCPの文法テストは記述式です。Kさんの答案は正確に覚えていないがための減点が目立つのです。マークシートならごまかせても、文で答えるとなるとそれがあらわになってしまいます。

SさんにしてもKさんにしても、できない学生、見込みのない学生ではありません。しかし、今のままではこれ以上の日本語力向上は望めないでしょう。Sさんはそれに気付き軌道修正を始めたところですが、Kさんはどうなるのでしょうか。今日のテストは木曜日に返されます。それを見て奮起してくれればいいのでが。

キックオフ

6月5日(金)

午前の授業が終わり、職員室で簡単な事務処理をしてから講堂に向かうと、講堂は大変なことになっていました。進学フェアに参加した学生で、立錐の余地もないほどでした。どの大学のブースもすでに大勢の学生が並んでいていましたが、学生たちは、志望校の情報を得ようと、みんな神妙な顔つきでおとなしく並んでいました。

話を聞いている面々を見ていると、大学院志望の学生がかなり来ていました。中には自分の研究計画書みたいなものを入れたタブレットを見せて相談している学生も。そこまでいかなくても、知りたいことをまとめたメモを見ながら質問している学生はけっこういました。事前に聞きたいことをまとめておくようにと学生に言っておきましたが、こちらの想像以上に周到な準備をしてきた学生が多かったようです。

去年までは、ブースによっては学生が途切れる瞬間もあったのですが、今回は時間が来るまで引きも切らずという状態でした。もちろん、「お前が〇〇大学? 絶対無理」っていう学生もいましたから、まだ夢を見ている学生も多いです。だからブースを訪れた学生全員がその大学を受けるわけではありません。大学院志望ならなおのこと、そんなに何校も受けることなどできませんから、本当に受験する学生は、ごく一部でしょう。合格し、入学するとなると、さらにもっと少ないです。でも、この場でその大学を知り、オープンキャンパスなどに参加していくうちに、「いいなあ」から「好き」、「入りたい」、「入ろう」、「絶対入るぞ」と気持ちを育てて、本当にその大学に進学する学生もいないとも限りません。

来週から、この進学フェアに基づいた進学相談も来ることでしょう。この進学フェアは、受験シーズンのキックオフです。