Monthly Archives: 4月 2016

大器晩成?

4月28日(木)

初級のクラスに代講で入ると、特に学期が始まって間もないこの時期、しかも一番下のレベルだと、必ず1人か2人いるんです。自分はこんなクラスで勉強しなければならない学生ではないと言わんばかりに、難しい文法を使ったり小難しいことを聞いてきたりする学生が。今週は2度ほど代講しましたが、どちらのクラスにもそれっぽい学生がいました。

入学前のプレースメントテストの結果、惜しいところで一番下のレベルに判定された学生にとっては、「はしでご飯を食べます」なんて文法は、かったるくてやってられないでしょう。国で勉強した期間が長かったり、JLPTのN2あたりに合格してたりすると、なおさらそういう気持ちが募ることは、想像に難くありません。

でも、何かが足りないから、基礎部分に穴が開いてるからこそ、下のレベルに判定されたのです。基礎が不安定なまま、さらにブロックを積み上げていても、砂上の楼閣にしかなりません。早い段階で伸び悩み、結局穴を埋める工事をしなければならなくなるのです。

その点、私のクラスのZさんは殊勝です。N2があるのに初級クラスに入れられたけれども、どういう練習をすればいいかと聞いてきました。自分の置かれた境遇を嘆くのではなく、その環境からいかに多くのものを得るかということを考えているのです。「できる」「わかっている」と思い込まず、謙虚に学びなおそうとしている姿勢が、Zさんをより高いところへ引っ張り上げていくに違いありません。

ウサギとカメの寓話は世界中でつとに有名だと思いますが、どうしてみんなウサギになりたがるのでしょう。

意外なリーダー

4月27日(水)

最上級クラスでグループ活動をさせてみました。私の担当した日は個人活動ばかりだったのですが、授業に変化を付けるのと、学生に喝を入れるのとを兼ねて、4~5人1組で課題に取り組んでもらいました。

リーダーになってくれそうな学生を各グループに分散させ、国籍や性別を考慮してグループを作りました。いざ、活動に取り掛かると、予想外の学生が活躍し始めました。いつもは反応が薄いCさんやKさんなどがいつの間にかリーダーになっていたり、逆に引っ張っていくことを期待していた学生がぶら下がり役立ったりと、意外な展開が繰り広げられました。

授業での発言の多寡で、無意識のうちに、リーダー役を期待したりダメだろうと決め付けたりしていたことに気がつきました。20人の前には立てなくても、数人相手だったら仕切っていける人がいても不思議ではありません。自分の得意分野なら、語れるものを持っているテーマなら、グループの他のメンバーから頼りにされて、いつの間にかリーダーになっていたっていうこともありえます。

また、このクラスは大半が初めて受け持つ学生ですから、性格がつかめていないというか、気心が知れていないというか、学生たちには私の知らない面がたくさんあります。それゆえ、学生を眺める角度がちょっと変わっただけで、学生が非常に新鮮に見えてくるのです。

来月の運動会では、最上級クラスの学生には、競技役員として競技の進行を支えてもらうことになっています。その際、どの学生にどんな役を割り振るかを見極めなければなりません。その参考資料をこっそり集めてもいるのです。CさんやKさんには、ちょっと重要な仕事をしてもらおうかな…。

なすび

4月26日(火)

卒業生のYさんがお母様を連れて来校しました。Yさんのお母様は、国で大きな日本語学校を営んでいらっしゃいます。ですから、お母様は仕事の関係で、Yさんはお母様の案内がてら近況報告に来たという次第です。

Yさんは現在就活中といいます。卒業生のそういう声を聞くたびに月日の経つのは早いものだと痛感させられます。でも、震災直後に入学し、建て直す前の旧校舎を知る最後の世代というYさんの経歴から計算すると、確かに今年4年生で、今就活に励んでいなければならないのです。

YさんがJ大学を蹴ってS大学に入学した時は、親と大喧嘩をして、勘当同然になったと言っていました。お母様の秘書官的役割を果たして来校した姿を目にして、J大学よりもS大学を薦めた私としても一安心です。知名度では断然J大学でしたが、Yさんの目指す姿に近づけるのはS大学だということで私はS大学を推しました。Yさんもその気になり、親に話したら、一時は学費も出さないというほどの険悪な状態に陥りました。親御さんは、最初は渋々だったのでしょうが、最後はわが子が心からやりたいと思っていることを認めてくださったのでしょう。

親の意見となすびには千に一つの無駄もない――と言われますが、親の意向だからとあっさり進路変更してしまう最近の留学生を見ていると、そこに危うさすら感じます。Yさんのような葛藤がないということは、自分がないということなのかもしれませんから。

Yさんは就職でも自分の意見を通しているようです。親の意見に従えば、自分の頭では何も考える必要がありません。自分で決めた道を進むとなると、責任もリスクも全部自分が背負うということになります。思い負担ではありますが、自分の手で選び取ったという手応えがあれば、その負担はやがて快感へと変わっていくでしょう。

来年の今頃、Yさんはどうしているでしょう。希望に燃えた新入社員なのか、五月病発病寸前の亡霊みたいな姿なのか、それとも就活で尾羽打ち枯らし帰国しているのか…。吉報を待っています。

初泳ぎ

4月25日(月)

朝、作文の採点をしていると、「先生、お時間、ちょっといいですか」とO先生。「はい、いいですが」「じゃ、鯉のぼり、上から下ろすんで…」ということで、毎年恒例の鯉のぼりの飾り付けを手伝いました。まあ、私のしたことは、O先生が上の階から投げ下ろした鯉のぼりが取り付けられたロープを、校舎の前で受け取って仮止めしただけですが。

鯉のぼりが泳ぎだすと、一気に初夏という感じがしてきます。ついこの前、桜が咲いたの満開だのって騒いでたのに、もう半袖が珍しくないですからね。今年もまた、順調に季節が進んでいます。学校の前の道を歩く人たちも、鯉のぼりを見上げたり指差したり、中には写真に収めたり。1年で一番明るく清々しい季節を味わっているようでした。午前中は青空でしたから、なおのこと、鯉のぼりが映えたことと思います。

夕方、妙齢の女性が、鯉のぼりにチラッと目をやりながら、受付に。専門学校か大学の方かなと思っていたら、声が聞こえてきました。その声を聞いた瞬間、何年か前の卒業生のCさんだってわかりました。仕事で来ていて、国へ帰る前のわずかなすき間を縫って、こちらに顔を出してくれました。仕事を持ったから顔つきが変わったのか、幼顔から大人の顔になったからなのか、たぶんその両方でしょうが、学校のパンフレットに載っていたCさんの顔を比べると、落ち着いた雰囲気の有能なビジネスパーソンになっていました。

鯉は立身出世を象徴する魚だとも言われています。ちょうど鯉のぼりを出した日に来るなんて、Cさん、きっと、これからますます商売繁盛、どんどん大きな仕事をしていくようになりますよ。

真っ赤な洗礼

4月22日(金)

午前中、昨日のクラスの作文の採点・添削をしました。初級の終わり、中級の直前のレベルですから、ある程度の文章が書けて当然なのですが、そうは問屋が卸さないんですねえ。新入生の出来が特に悪いです。何が悪いかというと、時制と表記です。時制は過去と非過去、つまり「した」と「する」の使い分けがいい加減なのです。表記は濁点の有無と長音か長音でないかの区別があいまいな点です。

KCPで1学期か2学期か勉強してきた学生は、上述の点はそんなに大きな問題になっていません。先学期までの作文の時間にがっちり訓練されていることが裏付けられました。新入生は、レベルテストのようなペーパーテストは国で訓練されているでしょうが、国の学校では、文章を書く練習まではなかなか手が回らないと思います。上級クラスに入ってくる新入生なら作文も書かせられているでしょう。でも、私のクラスに入ってくるくらいの実力だと、作文の時間がなくても不思議ではありません。

文法の時間に書かせる例文程度なら、好意的に受け取ってあげればミスもそんなに目立ちません。しかし、作文レベルになると、文と文のつながりが重要ですし、使われる単語の種類も多くなりますから、間違いが積み重なって増幅されるのです。

文法の間違いが多いのは、文法項目の丸暗記は通用しないということであり、表記ミスが多いということは、発音もそれぐらいいい加減だということにほかなりません。一度はボコボコにしてやって、謙虚に学びなおす姿勢を持たせることこそ、こういう新入生に対する真の優しさだと思っています。100点満点で30点とかっていう作文を返されたら、さぞかしショックを受けるでしょう。でも、そこから立ち上がらないと、自分の目標には到底手が届きません。そういう本場の厳しさの洗礼を受けるためにわざわざ留学してきたのですから、血まみれになることはゴールに向けての第一歩なのです。

ある退学

4月21日(木)

昨日付けで、Sさんが退学しました。自分自身で勉強が続けられないと判断したようです。

Sさんは去年10月の入学生です。出席状況を見ると、最初の3か月はよかったものの、先学期は大きく下がりました。今学期は、今週の月、火、水と3日連続欠席したあげくの退学です。入学した時に学校に提出した写真のSさんは髪が黒かったですが、ゆうべ退学手続に訪れた時のSさんはまっ黄色の髪でした。髪の色だけで人柄を判断してはいけませんが、日本へ来てからSさんの心の内に大きな変化があったと考えるほうが普通じゃないでしょうか。

いい判断だと思います。出席率とともに成績も落ちていましたから、勉強を続けていっても、Sさんが思い描いていたような進学ができたかどうかは疑わしいものがあります。私たちだって指導を続けていきますが、学生は、一度楽しいことや遊びを覚えてしまうと、再び勉強道に戻るのは並大抵のことではありません。

勉強や進学に関しては目を閉じ耳をふさぎ、在籍はするけどまともに勉強しないという、自分自身を生殺しの状態に落とし込む学生を今まで何人も見てきました。そういう学生に比べると、Sさんは潔く思い切った決断をしました。帰国したら今よりも厳しい生活が待っていることでしょうが、その道にあえて進もうとしているのです。KCPのコース満了まで、日本でだらだらとしまりのない留学生活を送っていくことが許せなかったのでしょうか。

Sさんが私ぐらいの年齢になったとき、この半年の留学生活はどんな思い出になっているでしょう。期間は短くても、あるいはネガティブなものでも、自分の人生を形作る経験になりうるものです。Sさんには、これからの人生で、この留学をそういうものにしていってもらいたいと思います。

美しい玄関

4月20日(水)

今朝、誰もいない職員室で仕事をしていると、電話が鳴りました。「おはようございます。××クラスのLと申しますが、S先生いらっしゃいますか」「すみません。まだいらっしゃってないんですが…」「それでは、申し訳ありませんが、S先生に、風邪を引いたので今日は欠席すると伝えていただけませんか」。中級の学生でしたが、発音もきれいで、非の打ち所のない話し方でした。モデル会話として録音しておけばよかったと思ったほどです。

最上級クラスの学生でも、ちょっと硬い場面での会話となると、すでに習ったはずの表現がすんなりとは出てこないものです。目上の人に頼みごとをするという想定で発話内容を考えてもらったのですが、いきなり頼みごとに入ってしまう学生が続出。みんな、依頼の表現をいかに丁寧にするかに気を取られている中で、唯一、Yさんが「すみませんが、今、お時間よろしいでしょうか」という、相手の都合を聞く言葉から始めてくれました。

いくら内装を豪華にしても、玄関がみすぼらしかったら、その立派な内装を見てもらえないかもしれません。「なんだ、こいつ」と思われて、自分の言わんとしていることを聞いてもらえなかったら、そこまでいかなくても悪い第一印象をもたれてしまったら、結局損を被るのは自分自身です。日本人って、みょうちくりんなところに地雷を抱えていますから、その地雷を踏まないようにするにはどうしたらいいかということを、初級の段階から少しずつやってきています。それが、なかなか完成の域に達しないんですねえ。

このクラスの学生には大学院進学希望の学生が多く、そういう学生にとっては、進学するまででも、してからでも、玄関口を飾る話し方は不可欠です。内装は進学担当の先生方が個別にがっちり整えてくれることでしょうから、こちらは全学生標準装備の水準を上げることに専念していきます。

違和感の根っこ

4月19日(火)

私が担当している初級クラスは、今、「~てもらいます/くれます/あげます」を勉強しています。中級以降の彼らの成長具合を知っている私は、ついつい力を入れすぎてしまいます。先週の名詞修飾もこちらの意欲が上滑り気味だったのに、無反省にまた力んでしまいました。

このレベルは、名詞修飾やあげもらいをはじめとして、日本語の文を理解したり、自分の主張や心情を理解してもらったりという、日本語による情報の送受信を行う上できわめて重要な文法事項が目白押しです。こういう濃密な文法は、教わるほうにも教えるほうにも厳しいものがあります。ここがいい加減だと、中級以降の読解が全く振るわず、発話がいつまで経ってもガイジンっぽいままなのです。ガイジンっぽくても、少しでもこちらが内容をつかめればいいのですが、文字は日本語でも文章は日本語ではないなんていう作文を読まされるのは、こりごりです。

でも、テストで点が取れさえすればいいと考えている学生は、相手を理解したりさせたりというコミュニケーションをとかくおろそかにしがちです。会話タスクの最中に漢字の宿題をやろうとしたDさんに、入試の面接練習の時に及んで真っ青になった諸先輩の顔がダブってきました。

日本人は、「~てもらいます/くれます/あげます」に包まれて生活していますから、あるべきところにそれがないと、違和感を覚えるものです。その違和感こそがガイジンっぽさの根源であり、日本語教師はこれを根絶するべく、授業中に声を張り上げたり宿題を厳しく取り立てたりしているのです。

明日から義捐金

4月18日(月)

熊本地震が、なかなか収まりそうにありません。一発目の地震は、震度こそ大きかったものの、そのわりに被害が大きくないと感じました。しかし、それ以後、けっこう規模の大きい地震が続き、被害がだんだん拡大し、ついに16日未明の(現時点では)本震と呼ばれる地震が発生しました。いつの間にか死者が42名を数えるまでになり、11万人もの方々が避難しています。震源が大分県方面に移動し、中九州地震と言ってもいいような様相を示しています。

今回の地震は、東日本大震災とは違って、活断層が引き起こした地震です。今回の震源域の活断層は、四国を東西に貫く中央構造線につながっています。この中央構造線が大暴れしたら、日本が割れてしまいかねません。そんなことはおそらくないでしょうが、悪い想像は尽きません。

14日の地震発生以来、海外から東京は大丈夫かという問い合わせが何件も来ています。震源域から東京まで、どういう測り方をしても800キロはあります。大丈夫に決まっていますが、1万キロも彼方から見ると、800キロなんて至近距離なのです。しかも、大事な子どもを預けているとあれば、わずかな不安でも見逃せないのでしょう。

今回は、今のところは福島原発のような事故は発生していません。でも、震源域の移動方向の逆方向には、稼働再開したばかりの川内原発があります。政府は稼働を続けることに問題はないと言っています。一抹の不安を感じると同時に、もし政府が稼働停止を命じたら、それが必要以上に海外の人々の不安をあおるのかもしれないとも思っています。

明日から今度の震災の被災者に送る義捐金の募金を始めます。募金活動のボランティアを募集したら、予想を上回る人数の学生が集まったとのことです。学生たちは地震の行方に関心を示しつつも、むやみに不安がることなく勉強に励んでいます。家族から離れた異国の地で、立派なものだと思います。

黒くないマークシート

4月16日(土)

新学期が始まって1週間たちました。時間割が一巡し、自分の受け持ちのクラスにはひと通り顔を出し、クラスの雰囲気や学生の様子もそれなりにつかめました。残念ながら、私はまだ自分のクラスの学生の顔と名前をすべては覚えていませんが、頼りになりそうな学生、危なっかしい学生など、押さえておかなければならない学生はつかんだつもりです。これからどうやって学生との関係を築いていこうか、あれこれ考えています。おとといから受験講座も始まりました。こちらはまだ授業が一巡していませんが、新メンバーたちの勉強しようという意欲を肌で感じています。

今日はEJUの授業で、大教室いっぱいの学生に立ち向かいました。毎度のように問題を解かせ、解答用紙を回収したのですが、マークシートの塗り方がいい加減なものが目立ちました。解答欄にチェックを入れただけとか、間違えたところに×をつけてもう1つ塗るとかという暴走ぶりです。君たちマークシートのテストを受けたことないのって聞きたくなるほどです。

その中には今学期の新入生もいましたが、KCPでそういう訓練を受けてきているはずの学生もいたことが意外でした。学生の中に、これは練習なんだから本気で塗らなくてもいいという気持ちがあったとしたら、マークシートの塗り方を知らないことより事態は深刻です。

だからというわけではありませんが、今日は答えの解説を早々に済ませて、6月のEJUで高得点を取ることで、今後の受験戦線においていかに有利に戦いを進められるかということを力説しました。その思いが通じたのかどうかはわかりませんが、授業後、何人かの学生が早速進学相談に来ました。

受験の大勢が決まるまで数か月。マークシートの塗り方から始めて、志望理由書の書き方、面接練習まで、今日感じた学生たちの意欲をい上手に守り立て育てていきたいです。