Monthly Archives: 9月 2016

赤ちゃんに泣かされました

9月16日(金)

Gさんが、受身がわからないと質問して来ました。「先生にほめられました」のような受身ではなく、「赤ちゃんに泣かれました」のような文の意味がつかめないといいます。要するに、自動詞の受身、迷惑の受身の感覚がピンと来ないようです。

「赤ちゃんが泣きました」は事実を述べているだけなのに対して、「赤ちゃんに泣かれました」は、赤ちゃんが泣いたという事実に加えて、赤ちゃんが泣いたことによって寝られなかったとかいらついたとか、表に出てこない話者の状況や感情がそこに盛り込まれています。この裏側の意味がGさんには見えないのです。

それがようやく理解できたところで、Gさんは、さらに、「赤ちゃんに泣かせられました」はどういう意味かと、使役受身について質問してきました。「泣いたのはこの言葉を発している『私』だ」と指摘すると、Gさんは不思議そうな顔をして私を見つめました。いろいろ説明されて「赤ちゃんが原因で私が泣いた」ことがようやく理解できたGさんに、「赤ちゃんは必ずしも泣いたとは限らない」と言うと、Gさんは再び混乱のきわみに陥ってしまいました。

Gさんは、これも最終的には何とか理解しましたが、「受身や使役受身は使わなくても大丈夫ですよね」と逃げを打とうとします。確かに何とかなりはしますが、受身や使役受身を使わないとシャープな表現にならないこともあります。でも、それを今のGさんに伝えることは非常に難しいです。来学期の期末テスト近くになれば、Gさんの日本語力も底上げされ、「赤ちゃんに泣かれました」を、実感を持って理解できるようになるでしょう。そうなれば、それがGさんの日本語力をさらに引き上げることでしょう。これこそが、日本語の機微がわかるということなのだと思います。

得がたい経験

9月15日(木)

卒業生のOさんが顔を見せに来てくれました。地方の国立大学に進学したOさん、大学院は東京でと思っていて、その偵察も兼ねて東京まで出てきたとか。

Oさんは、大学院は東京といっても、地方の大学に進学したことは、まったく後悔していません。数少ない留学生ですから、大学の先生方や地域の方々から非常に貴重な存在として目をかけてもらっています。そのおかげで、東京で留学していたらありえなかったような得がたい経験をいくつもしました。東京で暮らすのとはまったく別な意味で、刺激的な日々を送ってきたようです。

また、大学の偏差値は低くても、そこで教える教授陣の力量は高く、学生が努力すればいくらでも応えてくれるそうです。教授の懐に飛び込めば、どんどん高度な課題を与えてくれて、偏差値の高い大学とまったく遜色のない勉強ができます。もちろん、Oさんの人柄が先生方の心をつかんだ点は大きいですが、ここでも、数少ない留学生という希少価値が有利に働いています。

私は常々学生たちに地方の大学も考えてみることを勧めていますが、Oさんの体験談はまさに私が学生たちに知ってもらいたいことです。東京の名のある大学に進学したとしても、Oさんほど充実した学生生活が送れる人はほとんどいないでしょう。

Oさんが来るちょっと前に、2人の学生の進学相談に乗りました。2人とも東京の大学に進みたがっています。M大学はチャライとか言いながら、自分のEJUの成績でM大学への合格可能性はどのくらいだろうかと心配しています。W大学の面接の受け答えをあれこれ考えながら、やっぱり国立大学だよねなどと言っています。

それならもっと目を広げようよ。地方で中身の濃い青春時代を送ろうよ。

ただ、そんなOさんでも、大学院は東京を考えるのです。大学の先生から、就職まで考えたら大学院は東京だねとアドバイスされたそうです。それが、今の日本の限界なのでしょう。

Cさんの悩み

9月14日(水)

初級のCさんから、理科で商学部の受験ができますかと聞かれました。進学の情報を初級の最初のころから入れるようにしていますから、最近は文系と理系の区別が付いていないかのような質問は絶滅に近い状態でした。久しぶりに来たなと思いました。

でも、よく聞くと、かつてはびこっていた勘違い組とはやや状況が違うようです。Cさんは、現時点では商学に最も興味がありますが、他の学問に進む可能性をまったく捨て去ったわけではありません。理系の学問にも興味があるので、そちらに進む足がかりぐらいは残しておきたいようなのです。Cさんが志望校として挙げたK大学は総合科目を要求していますから、本気でK大学の商学部に進学しようと思っているなら、理科には目もくれず総合科目を本気で勉強しなければなりません。しかし、再来年進学予定のCさんは、そこまで自分の進路を絞りきれないのです。

おそらく、Cさんは国の高校で理科や数学の成績がよかったのでしょう。それを捨ててしまうのはもったいなく思うけれども、将来の就職とか考えたら理系より商学部が有利だろうと考えているんじゃないでしょうか。残念ながら、今のCさんにはその自分の心の機微を表現するだけの日本語力が備わっていません。でも、Cさんの表情をうかがっていると、そんなようなことを感じます。

いくら再来年進学とはいえ、いつまでも迷っているわけにはいきません。どんなに遅くとも年内に態度を決めないと、6月のEJUに間に合わなくなります。総合科目は覚えるべきことがたくさんあります。数学や理科の自信が日本でも通用するか確かめなければなりません。

同時に、そうやって可能性を捨てさせること、自分の将来を決めさせることに怖さも感じます。20歳近くなのだから当然だとも言えますが、20歳なんてまだまだ子供じゃないかとも思います。私だって、18歳で理系に進むと決めましたが、今は日本語教師というおよそ畑違いの仕事をしています。だからCさんに文系か理系かの決定を強要することに後ろめたさも感じます。でも、年を取ってからでも方向転換できるから、若い時は好きなことを思い切ってやってみなって言ってやりたい気持ちもあります。

情報通信

9月13日(火)

HさんはU大学の通信工学科にしようか情報工学科にしようか悩んでいます。Hさんがやりたいことは情報セキュリティーで、学んで知識や技術を国へ持ち帰って、国の情報セキュリティーのレベルアップに力を尽くそうと考えています。U大学でそういうことが学べることは確かなのですが、通信工学科で学んだほうがいいのか、情報工学科のほうがいい勉強ができるのか、見極めがつかずに悩んでいるのです。

工学部化学工学科という、少なくとも理科系の人間にとっては何を勉強するのか明らかな学科で勉強してきた者にとって、今は学部名や学科名が名は体を表していないように思えます。名前を聞いて学問の内容がすぐにはわからない学部名や学科名も増えたし、Hさんのようにこういうことを勉強したいんだけどどこに入ったらいいのだろうというパターンも増えたように感じます。学問の分野が広がった上に細分化されてきましたから、そうなるのもやむをえない面もあるでしょう。

また、学ぶ側の要求も細分化されてきましたから、教える側がそれに合わせてコース設定をしたりカリキュラムを整えたりした結果が、Hさんのようなどっちで勉強したらいいでしょうということになった面も見逃せないと思います。40年近く前の私の学生時代と比べてはいけませんが、その頃は自分であれやこれや取る授業を組み合わせて、セミオーダーメードみたいな勉強をしていました。今はそういう学び方を大学が公式に認めて、学科とかコースとかを設けているようにも思います。それだけ大学が親切になったのです。

Hさんの話に戻ると、おそらく、どちらの学科でもセキュリティーの勉強はできるでしょう。どちらがHさんの思い描いている将来像に近いかという問題だと思います。昔なら、電子工学科かなんかを選んでおけば迷う必要はなかったでしょう。いや、そもそも、「情報セキュリティー」なんて、学問として成り立っていなかったかもしれません。

こんな話をしたところでHさんの問題はなんら解決しませんから、HさんにはU大学に直接問い合わせるように勧めました。同時に、自分の名前も売り込んでおけば、実際に出願・受験したときに有利に働くこともあるかもしれませんから。

泥にまみれてこそ

9月12日(月)

A大学の出願締め切りが近いこともあり、志望理由とか学習計画とか卒業後の計画とか、いろんな学生がいろんな大学宛のいろんな文章を持って来ます。授業で何回も取り上げた甲斐があって、どうしようもない勘違いの文章はなくなりました。しかし、まだまだこれでいいというレベルには至らず、学生が出してきた下書き用紙は、無残にも血まみれになるのでした。

どこがいけないかというと、抽象論に進みたがる点です。「貴校はグローバル化が進み、学びの環境が整い…」といった方向に話が展開し、なんだか大学評論家みたいな文章を書く学生が多いのです。確かに多くの大学の中からある1つの大学を選ぶには、自分の目で候補になった大学を評価することも必要でしょう。しかし、大学に提出する書類には、その評価を自分自身がその大学で何を学ぶかに引き付けて書き表さなければなりません。

抽象論はかっこよく、具体的な話は泥臭く感じられるのでしょうか。でも、大学の先生が知りたいのは、その泥臭い部分ではないかと思います。その部分にこそ受験生の顔が現れ、真にその大学が欲する人物かどうかの判断ができるのです。つまり、スマートな抽象論だけでは顔が見えない文章になってしまうわけです。

土の香りがする出願書類を作ってもらいたいと思って、学生たちを指導しています。無機質な文章は、いまどき、人工知能でも書けるんじゃないでしょうか。文法ミスがない文だけ、学生よりも上かもしれません。そういう世界で争うことは、学生自身にとっても本意ではないでしょう。だから、なおさら、考えに考えた跡がわかる志望理由や学習計画を書かせたいのです。

意外なリーダー

9月9日(金)

私のクラスは、期末タスクでグループ活動をしています。

AグループのリーダーはWさん。グループのメンバーが発表されて顔合わせをしたときから、自ら進んでメンバーをまとめていこうという行動を始めました。グループにはWさんより上手にしゃべれる学生もいますが、メンバー全員がWさんをリーダーと認めて、Wさんの指揮の下に活動しています。こういう形は、教師側では予測していました。何も言わなくてもWさんがグループをまとめてくれるだろうと期待し、その通りになりました。

Bグループは、今学期の新入生のSさんがリーダーです。これはちょっと意外でした。しゃべれて成績もいいXさんかLさんあたりがリーダーになるんじゃないかと思っていたのですが、これまた初日にメンバーが集まるや、Sさんが話し合いの司会を始めたのです。前からKCPにいた学生は、KCPのこういうグループで大きな何かを作り上げる活動になれていますが、それが初めての新入生には荷が重いんじゃないかなと思っていました。でもSさんは根気強くメンバーの意見を聞き、それをまとめ、みんなが納得できる提案をし、活動の方向性を定めました。

SさんがKCPに入学するまでどんなことをしてきたか私は知りませんが、このグループを統率する力は大したものだと感心しました。グループのメンバーも、最初はSさんのリーダーシップに対して懐疑的なまなざしでしたが、今は全幅の信頼を寄せていることが、顔にも発言にもちょっとしたしぐさにも表れています。

来週のグループ活動発表まで、WさんもSさんもきっと力強くグループを引っ張ってくれることでしょう。この活動がうまくいったら、2人は自分の日本語力に大きな自信を持つようになるんじゃないかと思います。だって、外国語をつかって大きな仕事をまとめ上げたんですよ。来週もガンガン活躍してもらいたいです。

どんな受験

9月8日(木)

7月のJLPTの成績を見てみると、N1は、初級は玉砕と言ってもいい状況です。N2にしておけば愛かったかもしれないのにという学生も少なくありません。中には、志望校の受験資格が「N1」だから討ち死に覚悟で受けた学生もいます。でも、大部分はN1に対する憧れか自分の実力に対するうぬぼれです。

憧れで受けた人は、自分はN1を受けたという実績がほしかったのです。健闘むなしく敗れ去ったという悲劇にヒーローになって、自分を美化したいのかもしれません。「お前の力じゃ西から日が昇っても絶対無理だ」と言っても有名大学を受けようとする学生に通じるものがあります。受験したことで満足できるのなら、N1で70点取った自分を可愛いと思えるのなら、受験料がちょっともったいないと思いますが、それでいいと思います。

うぬぼれ組は、落ちたことで目が覚めてくれれば受けた甲斐があります。自分の真の実力を知り、本気で勉強し始めるきっかけになれば、この受験も有意義だったと言えます。しかし、そうはならない大天狗様がいるんですよね、毎回。基礎に戻って復習し、土台に開いている穴をふさがなきゃならないのに、やたら難しい単語ばかり覚えようとします。この手のやからは、決して読解をしようとはしません。「わからない」を突きつけられるのが怖いからです。わかった気になれる語彙や文法の暗記に走るのです。授業でも、わかったつもりばかりで、成績が低迷していることが多いです。でも、自分の実力のなさを認めようとしないんですね。

初級は確かにボロボロでしたが、中級になると、とたんに合格率が上がります。メンバーを見ると、中には初級同様の憧れかうぬぼれの学生もいるようですが、大半は自分の実力を知ろうとして試験に臨んだ学生たちであるようで、その多くが合格しました。ぴったり100点(合格最低点)とか、かろうじて数点上回っただけとかという学生もいますから、合格者が多いからといって手放しで喜ぶわけにもいきません。

12月のJLPTの出願受け付けをしました。やっぱり、「何考えてんだ、こいつ」って言いたくなるレベルに出願した学生もいます。どの学生にも、次につながる受験をしてもらいたいです。

空白じゃないよ

9月7日(水)

時々、卒業生から書類作成の依頼が来ます。その申請書には書類の使用目的を記入する欄がありますから、それを見ることで卒業生の消息を知ることもよくあります。しっかり勉強しているようだと安心したり、意外な転身に驚いたり、結構波乱万丈の人生を歩んでいるんだなあと感心させられることもあります。

Wさんは、苦労して入学したK大学をあっさりやめてしまったようです。送り出した側としては、小論文の添削をしたり、面接練習をしたり、落ち込んでいたときに励ましたり、WさんがK大学に受かるまで精一杯世話を焼いたつもりです。それなのに専門の勉強もしないうちにやめて帰国して、今度は調理の専門学校に進もうとしているようです。

無理をしていたのかなとも思います。“日本の大学で勉強する”と漠然と思っていただけで来日し、周りの友人が名の通った大学を志望校とし、実際にそこを受けて受かって喜んでいる様子なんか見ているうちに、自分にもできそうな気がしてきたのでしょう。そして、勉強してみると、そりゃあ辛い時もありましたが、K大学に受かってしまい、自分も歓喜する側にまわることができました。

しかし、入学してみると、浮かされていた熱も冷め、改めて自分自身を見つめてみると、これで自分の人生が決まってしまっていいのだろうかと思ったのかもしれません。そして、調理の専門学校を選び直したのです。

Wさんにはあれこれ手をかけただけに、もったいないという気持ちもありますが、こういう決断は早いほどいいです。Wさんだっていつまでも若いわけじゃないんですから。また、今度こそは、自分の将来を冷静に設計したのだと信じたいです。履歴書の上では、2016年はWさんにとって空白の1年になりますが、実際には今までの人生の中で一番真剣に自分自身と向き合った充実した有意義な1年になることでしょう。

不安の先に

9月6日(火)

Sさんも先週末W大学の入試を受け、今週末に面接試験を控えています。先週の試験は数学の出来が悪かったようで、面接で何とか挽回し、合格に結び付けたいと考えています。そう思うからなおさらプレッシャーがかかり、頭の中はもう面接のことでいっぱいです。そういう様子が手に取るようにわかります。

そのSさん、今朝、授業が始まる前に職員室へ来て、面接で志望理由などをどう答えたらいいか、私に聞いてきました。SさんはW大学に提出した志望理由書とは食い違う志望理由を挙げてきました。確かに、志望理由書を提出してから1か月か2か月たちますから、考え方が多少変わるのはやむをえないところもあります。Sさんの日本語力は今が伸び盛りですから、出願した時にはうまく表現できなかったことが表現できるようになったという面もあるでしょう。たとえそうだとしでも、方向違いの話をするのは、あまりよくはありません。気が変わった理由がきちんと説明できるならまだしも、Sさんの力はそこまでは伸びていません。

大学が受験生の日本語の伸び代を見てくれるのなら、Sさんにも勝ち目はあります。しかし、今この時点での日本語力だけで評価されるとなると、Sさんは苦しい戦いを強いられてしまいます。しかし、Sさんには理系のセンスがあります。そこをどうにか見てもらえないかと思っています。でも、理系科目については、先週の試験の結果で評価されるんでしょうね。

さらに悪いことに、Sさんはこの面接が初めての面接です。それゆえ、一層不安も募り、はたで見ていて気の毒なほど緊張もしています。このままでは夜も寝られないのではないかと思えるほどです。クラスの先生にも相談したら「面接はQ&Aではなくてコミュニケーションだよ」と言われ、またまた混迷の度合いを深めてしまいました。Sさんの心は安んじる暇がないようです。

でも、みんなこの壁を乗り越えて進学しているのです。面接まで時間がありませんが、精一杯心配して、精一杯緊張して、その圧迫感を跳ね除ける胆力を身に付け、吉報をもたらしてもらいたいです。

みんな難しい

9月5日(月)

W大学を受けた私のクラスの2人の学生は、打ちひしがれて現れました。英語の問題の傾向が今までと違うとか、簡単な漢字の問題を間違えてしまったとか言っていました。「あなたに難しい問題は、ほかの学生にも難しい」と言って慰めてやりました。2人ともW大学に全然手が届かないような、いわゆる記念受験のレベルではありませんから、この2人が難しいと感じた問題は、他の多くの学生にとっても十分すぎる手応えがあったはずです。

2人はW大学の受験生の平均から大きくずれることはないでしょうから、1次試験に通ったとしても、同じような学生とともに、ボーダーライン上に並んでいるものと考えられます。ですから、受かるためには面接で頭角を現さなければなりません。奇をてらった答えをしても逆効果ですが、安全運転の答え方では混戦から抜け出せません。わかりやすく、面接官の気持ちを引き付け、中身の詰まった話をすることが求められます。どうしても入りたいという熱意を込めることは言うまでもありません。

もちろん、これはどんな面接にも必須の事柄ですが、2人がW大学に受かるにはなお一層のこと必要となります。面接全体を通してのコンセプトを考え、自分の持ち駒を冷静に分析し、その持ち駒をどこでどう使うか周到に作戦を練り、可能な限りよどみなく正しい日本語で答えられるようにならなければなりません。

そういうことを2人に言ったら、早速動き始めました。終わった試験のことはちょっと置いておいて、次の試験に向けて頭を切り替えねばなりません。1次試験に通ったと決まったわけではありませんが、通ってから慌てても遅いですからね。果たしてどうなるでしょうか。木曜日に1次の結果が出て、金曜日が面接です。