英語で大学

8月17日(月)

Lさんは進学コースの初級の学生です。英語がよくできるので、英語だけで受験できる大学の、授業はすべて英語で行われるというコースを狙っています。だから、日本語の授業は最小限にしたいと思っていて、進学コースの日本語の授業には出たくないと言ってきました。

初級とはいえ、Lさんのレベルならこの程度のことは日本語で言えて当然なのですが、Lさんは途中で英語になってしまいます。その英語自体はとてもわかりやすく、Lさんが意志伝達の手段として英語を選んだことは間違っていません。しかし、ここは日本語学校です。日本語を使って進学することが前提の学校です。そういう学校に入学したからには、日本語をしっかり身に付けてもらわねば困ります。進学コースを選んだということは、日本語もしっかり勉強しようという意向だったのではないでしょうか。

Lさんのことはひとまずおくとして、そもそも、日本の大学が英語で授業をする意義は何でしょうか。研究のグローバル化に対応するとか、優秀な学生を世界中から集めるためとかという答えが返ってくることでしょう。でも、日本のよいところは日本語で、つまり、私たちの母語で世界最先端の研究ができることではなかったのでしょうか。日本語を母語とする人たちは、日本語で思考する時に最高の思考ができるはずです。英語での思考は日本語での思考を上回ることはありません。同様に、中国人は中国語で、韓国人は韓国語で、どの国の日とも自分の母語で思考する時が最も高度な思考ができると思います。

だから、英語が第二言語に過ぎない人たちが集まっても、ノーベル賞が取れるような研究はできないと思います。世界の最先端の研究は、ほんのちょっとしたひらめきの差で勝負がつくことがよくあります。母語で考えなかったがゆえにその勝負に敗れてしまったのでは、何のための研究のグローバル化かわかったもんじゃないではありませんか。ドイツやフランスのノーベル賞受賞者数がイマイチなのは、この辺のことが関係しているのかもしれません。

Lさんが英語で大学教育を受けてるのは、別にかまいません。でも、ここは「日本語」学校なんだという筋は通したいです。

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