入学式挨拶

1月10日(火)

皆さん、ご入学おめでとうございます。世界の各地からこのように多くの若者がこのKCPに入学してくださったことをうれしく思います。

昨年末のことです。ある学生(仮にAさんとします)の大学入試の面接練習をしました。その質問の一つとして、「あなたの国と日本とで一番違っていることは何ですか」と聞きました。Aさんは「日本人は映画のクレジットを最後まで見ます。私の国ではクレジットを見る人はほとんどいません」と答えました。日本で映画を勉強したいというAさんらしい観点からの答えだと思いました。そこで、さらに、「では、どうして日本人は映画のクレジットを最後まで見るのだと思いますか」と突っ込んでみました。Aさんは、胸を張って、「それがマナーですから」と答えました。

私はこの答えを聞いてがっかりしました。おそらくAさんの頭の中では、日本人はマナーやルールをよく守る国民性を持っていて、それが映画鑑賞の場面でも発揮されたというストーリーができあがっていたのでしょう。Aさんは来日してから約9か月、日本で映画を何本も見て研究に励んできたそうです。そんなに映画をたくさん見てきたのに、君の目には日本人はマナーを守るためにクレジットを最後まで見ているとしか映らなかったのかと言いたくなりました。しかも、それで日本や日本人を理解したかのような答えっぷりが、とても気に障りました。Aさんの志望校は相当レベルの高い大学ですから、この程度の答えなら、面接官はニヤリと笑ってAさんの名前に×を付けるだけでしょう。

私はAさんの日本に対する見方は底が浅いと思います。表面から見えるものだけを見て、触れるものだけを触って、それで日本や日本人を理解したかのように思ってほしくはありません。潜在成長率が0.5%もないと言われている日本において、世界に売り出していけるものといったら、文化ぐらいしかないかもしれません。しかし、その文化は、決して浅薄なものではなく、汲めども尽きぬ井戸のごとく、一朝一夕で理解が及ぶものではありません。私はAさんにそういうことを伝え、映画を含めた日本や日本文化をもう一度捕らえ直すようアドバイスしました。

今日、ここにいらっしゃる皆さんは、短い人でも3か月、長い人はこれから進学先を卒業するまで何年もの間、あるいはその後日本で就職するのなら何十年もの間、日本で暮らしていくことになります。ツアーで日本に立ち寄ったのなら、映画のクレジットを最後まで見る日本人はなんとマナーがいいのでしょう、で十分です。しかし、日本で生活する、生きていく、日本人と何かをしていくつもりなら、映画のクレジットを最後まで見る日本人の心性を追究していく必要があります。

今、この入学式の場においては、日本人がなぜ映画のクレジットを最後まで見るのかの答えは申し上げません。それは、皆さんがこの学校を卒業するときまでの宿題です。私たち教職員一同は、皆さんとこういう議論を日本語でするのを楽しみに待っています。そして、卒業の日に、皆さん自身が見つけたその答えを私にささやいてください。その答えが正鵠を射ていることを祈ってやみません。

本日は、ご入学、本当におめでとうございました。

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