Category Archives: 行事

1人1人の卒業式

3月16日(月)

朝から、卒業生が続々と証書を受け取りに来ました。一番早く来たのはOさんで、7時40分ごろでしたでしょうか。混んだ電車に乗るのは嫌だから空いている時間に来たと言います。いまどきらしい理由だと思いました。でも、カメラマンをはじめ、スタッフがまだ来る前でしたから、9時まで待ってもらいました。

Oさんを皮切りに、三々五々というより一々三々ぐらいの規模で学生がぽろぽろと来ました。オンライン授業中のため教師も全員いるわけではなく、ギャラリーは10名いるかいないかぐらいの教職員だけでしたが、それだけ非常に距離の近い証書の授与ができました。私も、手渡す学生全員に、以下同文ではなく、証書の文面をすべて読み上げました。そして、1人1人と記念写真を撮りました。用意した学生の寄せ書きコーナーの模造紙も、1枚目はすべて埋まり、夕方には2枚目に突入してしまいました。

それでも、お昼過ぎは学生が数名集まり、ちょっと渋滞もしました。しかし、見守る学生たちも穏やかで、自分の番になるとちょっとおどけて見せたりしていました。もちろん、卒業生たちは教師と思い出話に花を咲かせることも忘れてはいません。心のこもった「ありがとうございました」「お世話になりました」が、1日中聞こえました。

夕方、金曜日に証書をもらって東京を去っていったZさんから、引っ越しが無事に終わったというメールが入りました。義理堅いものですね。周りに知っている人のいない新しい環境で生活をはじめるのは、不安や心配がいっぱいあるでしょう。進学先の入学式もオリエンテーションも中止だとか言いますから、さらに心細さが募るのではないでしょうか。しばらくしたら、景気づけにメールを送ってあげましょうか。

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濁流に溺れる

3月7日(土)

結局、卒業式は中止のやむなきに至りました。なんだか、濁流に押し流されていくようで、無力感が漂います。個人的に言わせてもらえば、予定通りに卒業式を執り行っても、誰も発症しないでしょう。あとで振り返って、「いい卒業式だったね」っていうことになるに違いありません。しかし、万に一つ、発症者を出してしまった場合のリスクは計り知れないものがあります。私はもちろんのこと、学校全体としても、そのリスクを背負いきれません。もしかすると、その発症者の人生を左右することになるかもしれませんから。

職員室で来週の授業の準備をしていたら、KさんがE大学に合格したと報告に来てくれました。E大学は受験生をよく観察してくれる大学ですから、Kさんのような明るく前向きな性格で、日本語力もある学生には有利です。過去にもそういう学生が進学しています。勉強に偏った学生は、成績がよくても落とされています。

Kさんは、もちろん、オンライン授業には毎日参加しています。突然指名してもきちんと答えますから、出席確認の時に接続してあとは知らんぷりなどという不届きな輩とは違います。でも、友達の声は聞けても会えないから寂しいのだそうです。SさんやYさんも同じようなことを言っていました。そういう学生たちのために、何とかみんなが集う機会を設けたかったのですが、上述のような仕儀に相成りました。全国の小中学校・高校でも、同じような状況が繰り広げられていると思います。

このブログを読み返してみると、オンライン授業が決まってから、ほぼ毎日、同じような話題です。違う話もしたいのですが、こちらがあまりに大きくて重くて、どうにもなりません。

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中止

2月17日(月)

新型肺炎がじわじわ広がってきています。東京マラソンの一般参加レースが中止になったり、天皇誕生日の一般参賀が中止になったりなど、全国各地で行事が中止になっています。KCPも、バス旅行の中止を決定しました。

もはやどこへ行っても新型肺炎の心配をせねばならず、行った先で肺炎を拾ってしまうことだってあるかもしれません。また、バスの車内も、みんながマスクをして押し黙っているようでは楽しくもなんともないでしょう。

それを聞いたHさんとSさんは少し残念そうでした。2021年に日本で進学しようと考えている2人は、今はひたすら日本語とEJUの各科目の勉強に明け暮れています。バス旅行は、そんな生活の中でのひとときの楽しみだったようです。それが消えてしまい、「先生、今学期は学校行事はもうないんですか」と聞いてきました。

私たちも、先週末に「中止」の決断はしましたが、バス旅行に代わる学校行事を行うかというところまでは深く考えませんでした。“バス旅行は行かないけれど、どこか別のところへ行く”では全く意味がありませんから、外出系はしないでしょう。そうなると校舎の中で行う何か楽しそうなこととなりますが、いったい何があるでしょう。

実は、私たちも何かアイデアがほしいのです。バス旅行のために事前学習なども含めて、ある程度の授業時間を使うことを予定していましたから、その分をどうにかしなければなりません。御苑へ行こうというわけにはいきませんから、もうすぐ卒業する学生が喜びそうな何かをしなければならないのです。明日の中間テストが終わったら、学生に聞いてみようかな…。

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責任

1月17日(金)

講堂のステージ上の演壇に立つと、知っている顔やどこかで見かけたような顔やそういえば入学しにいたよねっていう顔など、さまざまな顔が一斉にこちらを向きました。中には「えっ、なんでお前が?」っていうようなのまで混じっていました。これから入試の面接かというようなスーツ姿もいれば、寝巻を着てきたのかと聞きたくなるようなお気楽ないでたちもいました。昨日、いい服を着て来いと注意しておいたはずなのになあ。

そういう学生たちに向かって、責任とは何かという話をしました。盛んにうなずいているのは中級か上級の学生、ポカンとしているのはおそらく初級の学生でしょう。卒業式みたいにみんなが日本語を理解できるか、入学式みたいに大多数に日本が通じないかなら話は楽ですが、このような混成チームを相手にするとなると、どこに照準を合わせたらいいか気を使います。

責任とは、自分で判断し、決定し、行動するから生まれるのです。行動した結果に対して責任を感じなければならないとしたほうが正しいでしょうか。そして、正しい判断や決定ができるようになるために勉強するのであり、広い目で物事がとらえられるようにとわざわざ万里の波濤を乗り越えて日本まで留学に来たのです。そのチャンスをあだやおろそかにしてはいけません。

それからもう1つ、自分のためだけではなく、他人のために働ける人に育ってほしいとも期待を述べました。一人っ子でわがままに育てられてきたとしても、そういうことはだんだん許されなくなります。誰かのために汗が流せるようになることが、成長の証です。

そんなことを、かみ砕いた言葉も交えて、学生たちに贈りました。40年前の新成人の訴えは通じたでしょうか。KCPでは、世間から4日遅れた成人式がありました。

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ある“びっくり”

12月21日(土)

おととい、昨日と出張で、その資料を整理していたら、ロビーをJさんが通り過ぎていきました。Jさんは今月休んでばかりで、昨日の期末テストも受けなかったという報告を聞いています。電話やメールには反応せず、まさか、卒業式に来るとは思いませんでした。

Jさんは去年の1月生ですから、今学期でKCPの在籍期間が2年となり、卒業対象者です。しかし、昨日の期末テストを受けていませんから、“卒業”ではなく“修了”となります。そうなると、卒業式には出席しないというパターンが多いので、Jさんもそうだろうと思っていました。でも、Jさんは来ました。しかも、パリッとしたスーツ姿で。

ちょっとうれしくなりました。出席率が悪いことは許しがたいことですが、最後の最後はきちんと出てきて、KCPでの留学生活を締めくくろうという気持ちは、しっかり受け止めたいです。ジャージか何かで来たらふざけるなと張り倒してやるところですが、一張羅のスーツを着て来てくれたのですから、昨日までのことは水に流してやろうじゃないかという気になりました。

Jさんは堂々と修了証書を受け取りました。Jさんは夢破れて挫折したと決めつけていましたが、決してそんなことはありませんでした。少なくとも挫折を糧に前進する体制を作り上げています。来週半ばに帰国しますが、胸を張ってご両親やご家族、友人と会ってもらいたいです。

12月の卒業生は、ほとんどがKCPで日本語ゼロから始めた学生たちです。KCPの初級から上級まですべてをなめつくした生き字引みたいな人たちです。すべての教師の手を経て卒業式を迎えた面々です。人数は少ないけれども、いや、だからこそ、教職員一同、心を込めて送り出しました。

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お天気に恵まれて

11月1日(金)

今年は、本当に久しぶりに、もしかすると昭和記念公園では初めて、クラスに入ってBBQをしました。私の担当は火おこし。そこから先は学生に任せて、あとは食べるだけ…と言いたいところですが、教師特有のチェック根性が働き、クラスの学生の仕事ぶりを観察してしまいました。

まず、予想にたがわず働かなかったのがYさん。調理担当に指名されましたが、体調不良とかで欠席でした。料理ができるのかなと思っていましたが、できるところは見られませんでした。Lさんも焼けた肉をつまむだけで働いていませんでした。でも、ごみの処理を手伝ってくれました。

予想外に働いたのが、Gさん。普段の様子を見る限り、こういう時に何もしなさそうだったのですが、かいがいしく肉をひっくり返したり野菜を焼く時も手を出したりしていました。ちょっと見直しました。

予想通りに働いたのがCさんとJさん。企画の段階から意見も出していましたし、買い出しも進んで引き受けてくれました。現場での下ごしらえや後片付けも中心になって進めてくれました。Wさんもまめに働きそうだと思っていましたが、汗を流しながら肉を焼くのを仕切ってくれました。

予想以上に働いたのがUさん。こういうことはしなさそうだなと思い、ごみ処理班に考えていたのですが、肉の味付けに大活躍でした。要領もよかったので、料理は意外とやりつけているのかもしれません。Sさんも体を動かしてくれましたが、後半息切れ気味だったかな。Kさんは、うちわであおいで火加減を維持するという地味な仕事を確実にこなしていました。

他の学生たちも、働いている学生を見て、自分も何かしなければと思ったようです。料理であまり働かなかった学生は、後片付けで惜しみなく体を動かしてくれました。

食べ終わったら、園内散策。一番奥のこもれ日の里では、係の方が説明してくれました。明らかに西洋人顔のAさんを見つけて「日本語、わかりますか」と聞いてきましたが、私が「みんなよくできる学生ですから普通の日本語でお願いします」と言うと、手加減なしの日本語で展示物の説明をしてくださいました。学生たちは日本人向けの説明をそのまま聞いてかなりの程度理解した様子で、どこか誇らしげでした。

雲一つない快晴で、少々暑かったですが、最後の出席を取ると、大活躍の学生もそうでもなかった学生も、満足げに家路につきました。

突然の放送

10月11日(金)

養成講座の授業をしていたら、突然全校一斉放送が入りました。教師2人の小芝居で、昼休みのクラブ勧誘会のお知らせでした。授業が終わってから行ってみると、各クラブのブース(?)の前にはかなりの人だかりができていました。冷やかしの学生もいたでしょうが、来場した多くの学生たちは、まじめに先輩たちの話を聞いているようでした。

先日行われたアートウィークに作品を出したりステージで何か演じたりした学生たちも、勧誘会で先輩に引っ張り込まれ、活動しているうちに面白さに目覚めていったのでしょう。そうです。この勧誘会が、KCPアートウィークの源泉なのです。

クラブの中には、アートウィークに参加しなかったところもあります。園芸部もその1つです。園芸部なんかは、盆栽を育てろとまでは言いませんが、季節の花を咲かせて、来年はぜひ参加してもらいたいものです。でも、園芸部は校舎の周りの植栽の手入れをしてくれていますから、いわば毎日がアートウィークみたいなものです。毎日が発表の場なんですが、その発表に気付いている学生はあまり多くないですから、何かの機会にもっと自己アピールをしたほうがいいんじゃないかな。

新しいクラブもありました。ダンスクラブです。新入部員名簿に何名かの名前がありましたから、来週あたりから動き出すのかもしれません。私も誘われましたが、そんなことをしたら翌日は筋肉痛で立ち上がれなくなるでしょう。丁重にお断りしました。

クラブ活動は、受験勉強の息抜きだけが目的や役割ではありません。異質な友達との出会いの場です。広い世界を知るために留学したのなら、ぜひとも今まで自分の身の回りにいなかったタイプの人たちと交わって、互いに影響しあってもらいたいです。

そういえば、アートウィークの時にも台風が来ましたよね。明日、また、来ます…。

笑いました

9月13日(金)

KCPアートウィークも最終日を迎えました。初めての試みということで、試行錯誤的な面が多分にあり、その上、初日は台風のために学校中が混乱し、一時はどうなることかと思いました。しかし、最終日のステージはほぼ満席で、来年につながる何かが得られたのではないかと思います。

午前中は、学生の作品を展示している教室の、いわば店番。午前クラスの学生は授業中、午後クラスの学生にとっては登校するには早い時間帯で、見学者は少なかったです。しかし、隣の教室で行われた進学コースの授業が終わると、その学生たちが見に来ました。えらく感心して、作品の前にしばらくたたずんでいる学生もいました。初級の学生でしたから、来年のアートウィークに出展してくれるといいのですが。

講堂では読書感想文の入賞者の表彰が行われました。全員が初級・中級の学生というのは、喜んでいいのでしょうか、いけないのでしょうか。でも、上級顔負けの内容と構成でしたから、今後を期待することにしましょう。

圧巻だったのが、超級クラスの学生2人による漫才でした。2人が話す日本語そのものもさることながら、構成がしっかりしていて、教職員を本気で笑わせていました。もちろん留学生にわかる日本語であることも考慮されていて、講堂全体が笑いに包まれました。素晴らしい才能です。

A先生とI先生の、琴とバイオリンのコラボもうなってしまいました。実は学生の作品展示会場に、こっそり自分の作品を紛れ込ませた先生が何名かいらっしゃいました。学生に限らず教師も才能豊かなのです。私は、そんな誇れるような才能には恵まれず、アーティストの学生や先生をうらやむばかりでした。

ロビーの顔出しパネルが片付けられました。宴が終わったらもうすぐ期末テストです。

卵のもがき

9月11日(水)

私のクラスのHさんは、音楽大学志望です。アートウィークに参加してもらおうと、クラスの教師全員で勧めました。手を変え品を変えHさんの気持ちを盛り上げようとしましたが、最後まで首を縦に振ってくれませんでした。

そのHさんが、アートウィークの演奏会に足を向けました。ピアノやフルートの演奏に耳を傾け、歌の発表も聞きました。昨日も登場したPさんのピアノ演奏も、当然聞きました。その後、「あのぐらいの演奏だったら私でもできました。私も出ればよかったです」と、一緒に行ったS先生に漏らしました。「次のアートウィークには、必ず参加します」と力強く宣言しましたが、来年3月卒業予定のHさんには“次”はありません。S先生にそう言われると、Hさんはとても残念そうな顔をしたそうです。

Pさんが紡ぎだした音が、Hさんの芸術家魂に火をつけたのかもしれません。でも、“後悔先に立たず”を地で行くような話じゃありませんか。このアートウィーク、才能豊かな学生たちに発表の場を与える意味も含まれています。この場で自信をつけ、それが進路に好影響を及ぼせば、喜ばしい限りです。Hさんだって、このチャンスを生かせば、Pさん同様の喝采を浴びられたでしょう。

「やればできるんだ」と「やったんだ」との間には、画然とした違いがあります。Pさんは境界線の向こう側へ軽やかに飛んで行ってしまい、Hさんは地べたに体育座りしてその姿を見ているのです。芸術家は、「作品」を多くの人の前に出すことで、鍛えられ成長するものです。その勇気がなければ、つまり頭でっかちなだけでは、誰からも見向きもされません。自画自賛だけではガラパゴス的芸術家になってしまいます。

こうなったら、卒業式の余興を狙うしかありませんね、Hさん。

支える

5月31日(金)

毎年の運動会で感じることは、上級の学生が惜しみなく体を動かしてくれることです。会場設営・後片付け、競技役員、通訳など、運動会の成功に欠かせない戦力となってくれます。

Yさんは若干問題を抱えた学生ですが、運動会の最中は自分で頭を使って動いてくれました。応援の横断幕がはがれそうなのをさりげなく直してくれたり、教師が荷物を運ぼうとしているのを見るとさっと手を出してくれたりなど、私の抱いていたYさんのイメージがガラッと変わりました。「ちょっと手を貸して」と呼びかけるといつも真っ先に来てくれたTさん、会場の外の見回りという地味な役柄をこなしてくれたCさんなど、みんなが汗を流してくれました。

こういう行事で大切なのは、気働きというやつです。私たち指示を出す側も、事前にすべてのことをマニュアルに盛り込むことはできません。当日現場で臨機応変に対処しなければならないことがごまんと発生します。それを見て、あるいは教師のとっさの指示(多くの場合は言葉足らず)の真意を理解して、すぐに動作することが求められます。普段の授業では線がつながっているのかいないのかわからない学生がこういう時に大活躍すると、思わず感心してしまうのです。そういう場面が、今年の運動会では多かったような気がしました。自分たちがこの運動会を成功へと率いていくんだという意欲も感じられました。もちろん、この活躍を無駄にはしません。学校から出す書類の中に、必ず反映させます。

学生たちの多くは一人っ子かせいぜい2人兄弟ぐらいですから、国ではことのほか大切に育てられてきたことと思います。運動会ならいつも選手か、出たくなかったらそういうわがままも言い張れたのではないでしょうか。でも、KCPの運動会では、裏方です。競技を楽しむ、応援で盛り上がる学生たちを陰で支える役目をひたすら果たします。

大人になってからの仕事って、そんなことが中心ですよね。特に日本で就職したってなると、入りたてのうちは、多かれ少なかれ、雑巾がけです。縁の下の力持ちには大きな喜びがあることを体と心で覚えてもらえれば、それもこの運動会の成功の一要素です。