Monthly Archives: 7月 2023

7月31日(月)

上級クラスで漢字のテストをしました。書き問題の中に“驚”がありました。授業で取り上げていますからできて当然なのですが、残念な結果に終わりました。簡体字を書いてしまう中国の学生がいることは予想していましたが、“驚”の下半分、“馬”が書けない中国人学生が続出したのです。縦棒の数が多すぎたり、横棒の数が足りなかったり、“易”みたいにかいてしまったりと、各人各様と言っていい状態でした。

もちろん、間違えた学生たちも、日本語の漢字の“馬”は読めるし意味もわかるし、読解のテキストなどに出てきても、理解の妨げになることはありません。“驚”も同様です。でも、日本語の漢字を手書きすることはめったになく、そのため漢字の形を正確に覚えなくても何ら支障を来しません。それゆえ、油断していたのではないでしょうか。学生たちの答案用紙には、いろいろな“馬”を書いては消し書いては消しした跡がありました。相当苦しんだものと思われます。

私だって、“鬱”は読めるし意味もわかりますが、書けません。私にとっての鬱が、学生にとっては馬だったに過ぎません。また、日本人だって、今時、漢字の一部としてでも、“馬”を手書きすることはめったにありません。ですから、“驚”が書けなかったからと言って、驚くに値しません。あまり激しく学生を責めてはいけないのかもしれません。いや、でも、“馬”が書けない中国人が何人もいたことは、少なからずショックでした。

そんなことがあったにしても、ほとんどの学生が合格点を取りました。やっぱりというか、さすがというか、だてに上級クラスにいるわけではありません。

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花火大会

7月29日(土)

4年ぶりに隅田川の花火大会が催されます。見に行くと言っていた学生も何人かいます。先週から今週にかけて、学校で浴衣販売や浴衣の着付け教室をやったのも、隅田川をはじめとする花火大会のシーズンだからです。このように、隅田川の花火大会は、日本社会にとっては、以前の姿に戻れた、夏の風物詩が復活したということで、好ましいことでしょう。でも、私にとってはあまりありがたいことではありません。

私のうちは隅田川のそばにあります。ベランダから隅田川が見えます。ですが、花火が上がるのとは反対側ですから、花火の音は聞こえても、夜空に映し出される光の芸術を楽しむことはできません。それどころか、退勤時の電車が超満員になり、駅のホームも駅からうちまでの道も身動きができないほどになりますから、帰宅するのも一苦労です。ですから、仕事が終わったら、新宿で時間調整をします。紀伊国屋に閉店までいれば、大混雑は避けられるんじゃないでしょうかね。

40年近く前、就職2年目の私は車を買いました。花火大会があるというので、その車で会場近くの山に登りました。山の頂上からなら、街や工場の夜景を背景に、花火が映えるのではないかと思ったのです。ところが、中途半端な距離の中途半端な高さの山からだと、花火は上がっても斜め下ぐらいで、ひどくしょぼいものに見えました。見上げてこそ花火なんだなあと、強く思いました。でも、スカイツリーからだと足もと直下に光のパフォーマンスが繰り広げられますから、また話は別なのでしょう。

来週は、もう8月です。そして、2週間足らずで夏休みです。

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こんなに暑いのに

7月28日(金)

暑い日が続いています。東京の最高気温は36.2度でしたが、全国で暑い方からの第10位が38.5度ですから、2度余りも及びません。こんなに暑いのにベスト(ワースト?)10にも入れないのですから、日本全土が熱波に包まれていると言っていいでしょう。

私がよく行く狭い範囲での感覚でしかありませんが、近ごろは、お昼の食べ物屋さんがいくらかすいているような気がします。昼食を取りながらお店で涼もうとしても、お店までの暑さに耐えられず、そこまでに至らないのかもしれません。近くのお店で我慢しようとか、あまりの暑さで食欲そのものが減退してしまったとも考えられます。新宿駅付近なら地下街に逃げ込むという手もありますが、ここからではその地下街にたどり着くまでにどうにかなってしまいそうです。

わりと最近まで、36.2度なんていうと、年に何度もない異常な暑さでした。気象庁が最高気温35度以上の日を猛暑日と呼ぶようになった2007年あたりから、36.2度がありふれた暑さになり始めたのではないでしょうか。東京の36.2度は、現時点で今年の7位タイです。この調子で行くと、夏の終わりには上位10位から落ちているでしょう。2007年以降、36.2度でその年の最高気温になれるのは、タイも含めてわずかに6回です。2014年までに5回、最後はタイの2019年です。

世界気象機関とEUの気象情報機関・コペルニクス気候変動サービスが、7月の世界の平均気温が観測史上最高になることが確実になったと発表しました。日本全土どころか、全世界が熱波に包まれているのです。

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注意力テスト

7月27日(木)

初級の文法テストは注意力テストでもあります。すべてをひらがなで書かなければなりませんから、濁点や促音の「っ」などを落としたら、即減点されてしまいます。濁音、促音、長音、拗音などに意識を向けさせるためにそうしています。「おはよございます」と書く学生は、たいてい「おはよございます」と言っています。学生が書いた文を読むと、その学生が耳元でささやいているかのごとく感じます。

ただし、これは教師側にしても注意力テストです。教師には、「おはよございます」を確実に発見し、それに×をつける義務があります。漢字かな交じり文に慣れ切っている眼には、ひらがなだけの文は読みにくいことこの上ありません。ましてや私のような老眼は、1クラス分採点したら疲労困憊し、ドライアイがひどくなり、目を開けることすらつらくなります。そうはいってもこれをいい加減にするわけにはいかず、目を皿のようにして答案を2回3回と読み返し、ミスの見逃しがないか確かめます。

「しちがつにじゅうしちにち」「じゅうじよんじっぷん」などというのが並んだ答案用紙を目の前にすると絶望的な気分になると同時に、逆に間違いは1つでも見逃すまいと闘志も湧いてきます。「にほんこをべんきょします」などという文を見つけたら、ここぞとばかりに赤線を引いて減点します。この厳しい姿勢が、学生の正しい日本語を生むのだと信じて採点していきます。満点の答案が出たら、本当に満点にしていいかどうか、隅から隅まで点検します。

これに比べると、上級のテストは緩いなと思います。漢字がきちんと読めなくても〇になってしまうのですから。その分、内容で勝負してもらいますけどね。

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7月26日(水)

6月のEJUの成績が発表されました。学校全体としては悲喜こもごもといったところですが、私のまわりには“悲”の人が目立ちます。

Kさんは初めてのEJUでした。国では大学入試でも電卓が使えるので、EJUも当然そうだと思っていました。しかし、試験当日、試験官から電卓は使用禁止だと言われ、大いに動揺してしまいました。そこから立ち直れず、数学も理科も振るいませんでした。予想を上回るひどさだったようです。電卓が使えないことぐらい、受験票に同封されていた受験に関する注意を読めばすぐわかったはずです。でも、Kさんにとっては、受験で電卓を使うことは常識以前のことだったのでしょう。これも文化の違いだと割り切ってもらうほかありません。

Hさんも、理科数学の成績が伸びませんでした。理科系の大学だと理科や数学で平均点を大きく割り込んでいると、日本語で多少点が取れていたとしても、厳しい戦いになります。担任の先生のところに専門学校のパンフレットを持って来て、「ここにしようと思います」と相談を持ち掛けたそうです。進学に関しては早めに動けと指導していますが、見切りが早すぎます。

CさんとAさんは、日本語で失敗しました。危なっかしいなと思っていましたが、それがそのまま数字になって現れました。実力通りだと言ってしまえば身も蓋もありませんが、鍛え直して再挑戦です。Sさんに至っては、ショックのあまり寝込んでしまったとか。1日寝込むのは認めましょう。でも、明日からは捲土重来を目指してもらいます。

このように書くと、KCPはろくな教育をしていないと思われてしまうかもしれませんが、そんなことはありません。これだけ泣いた人がいるにもかかわらず、各科目の校内平均は全体平均をだいぶ上回っています。ご安心ください。

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うますぎる作文

7月25日(火)

Yさんは、レベル1のクラスの学生です。自分のことについて作文を書きなさいという課題に対して、上級の学生も顔負けの長さと内容の文を書いて提出してきました。こちらが期待していたのは、「私はYです。中国の北京から来ました。KCPの学生です。国の大学で経済学を勉強しました」などというレベルの作文でした。しかし、Yさんの作文は「国の大学では経済学を専攻したものの、アニメをはじめとする日本文化にも興味を抱くようになり、…」というような格調高いものでした。

用紙をひっくり返すと、Yさんが書いた作文メモがありました。ところどころわかる漢字を組み合わせると、このメモを和訳したのがYさんの作文だということが容易に想像できました。Yさんに確かめると、そうだとのことでした。この和訳をYさん自身がしていたら立派なものですが、レベル1の学生ができる範囲をはるかに超えています。案の定、アプリに助けてもらったようです。

Yさんは明るく積極的で、国籍にかかわりなくどんどん日本語で話しかける学生です。宿題もきちんとしてくるし、テストも好成績です。うちでもよく勉強していることがうかがえます。だからこそ、なのでしょうか、自分の思いをどうにか教師に訴えたくて、わかってもらいたくて、思いっきり背伸びしてしまったのでしょう。

先週のコトバデーで、初級の学生向けの通訳翻訳を担ったのは、最上級レベルの学生たちでした。この学生たちは、私たちの書いた日本語をたちどころに自分たちの母語に直し、また、会場で教師の放ったことばを同時通訳並みに学生たちに伝えてくれました。

そういう超級の学生も、今のYさんのように自分の頭や心の中身を日本語にできずにもどかしい思いをした時もあったのです。ですから、Yさんも、まずは機械に頼らず自分の原点を認識してもらいたいです。

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農業とは

7月24日(月)

子どもの頃、父の仕事の都合で、田舎に住んでいました。父はサラリーマンでしたから、私が直接農業にかかわることはありませんでした。しかし、友達には農家の子どもがたくさんいましたし、農家の方から野菜や果物、時にはお米など、農作物をいただくこともよくありました。また、学校からの帰り道などで農作業を見かけることも稀ではありませんでした。父の転勤で住んだ東京23区にも、子どもの足で行ける範囲に、わずかではありますが、畑がありました。

先週から、上級の読解教材で農業についての文章を扱っています。そのテキストに、文章の中心人物であるMさんが田植え機に苗をセットする写真が載っていました。学生に「これ、何の写真かわかる?」と聞いてみましたが、誰もわかりませんでした。それはそうでしょうね、学生にとって、田植えなんてなじみがありませんから。

私が小学生だった今から半世紀ほど昔は、農業はまだまだ日本の中心でした。しかし、工業やサービス業などが新しい産業として注目を集め、農業はそれらに比べると時代遅れというイメージでした。それゆえ、就業人口も減りつつありました。

現在はどうでしょう。日本の農作物は、海外で偽物が出回るほど高い評価を得るようになりました。平成前半あたりに比べると、バイオテクノロジーを駆使するなど、近代的なイメージが強まっているのではないでしょうか。耕作放棄地などという経済的な問題もありますが、“斜陽”しきって上向きの勢いを感じます。

学生たちの国では、農業はどんな位置付けがなされているのでしょう。読解が進んだら、聞いてみようと思っています。

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一夜明けると

7月21日(金)

朝、始業の3分前に教室に入ったら、学生が9人しかいませんでした。その後もう1人来て、出席を記録するためのタブレットがなかなか立ち上がらないために遅刻にならずに済んだ学生が2名いましたが、欠席者多数というのが最終状況でした。このクラスは、昨日のコトバデーの発表が、練習からは想像もつかないくらいとてもよくできたので、大いに褒めてあげようと思っていました。でも、この状況を目の当りにしたら、そうした気持ちも失せてしまいました。コトバデーで活躍した面々も休んでしまったことが残念でなりませんでした。

この学校の学生たちは、どうもそういうところが甘いんですねえ。「今週は昨日で燃え尽きたから」などと思っているのかもしれませんが、それは言い訳にもなりません。クラスの発表にも個人のスピーチにも、さらにはクラスの発表終了後のクラブ活動の発表にも参加していて、そのすべてに全力を注いでいたLさんが朝からちゃんと出ていたのですから。ついでに言うと、Lさんは午後の日本語プラスの授業にも出席しました。

欠席者が多かろうが、授業は予定通り進みます。私みたいなひねくれ者は、欠席が多いと出席した学生にサービスしたくなります。授業の各科目でちょっとずつ広い範囲を教えたり、逆に出席した学生たちに合わせてわからないところを丁寧に教えたりします。少なくとも、出席した学生に損したなんて思われたくないですからね。

コトバデーの練習で時間を使いましたから、これから夏休みまでギアを入れ替えてぐいぐい引っ張ります。暑い夏場こそ、進学する人たちにとっは自分を鍛える時季ですから。

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みんな口を開けて

7月20日(木)

去年のコトバデーも、曳舟文化センターで行うことになっていました。しかし、感染者の急増とみんなが声を発するというイベントの性質から、規模を縮小して校内での実施となりました。そんなわけで、曳舟文化センターの前まで来た時、長い道のりだったなあと、道の反対側から見上げてしまいました。

私は、例年通り、審査担当。自分のクラスの練習風景を見ている限り、イベントとして成り立つのだろうかという、一抹ではない規模の不安を抱いていました。

手紙部門は、課題に沿って自分たちで手紙を創作し、それをメンバー数人で分担して「読む」というものです。「読む」とは、文字通り原稿のメモを見て、そこに書かれている文を音読することも、原稿を暗記してそれをステージの上から声に出すということも意味します。後者のような発表をするには、かなりの練習量と向上心が必要です。手紙の文章が自分のものになっていれば、「読む」のではなく、「語る」ことができます。聴衆としたら、語ってもらえたほうが心に響きます。このような「語る」ことができたクラスが、初級にもいくつかありました。アクセント、イントネーションに至るまで、かなり訓練してきたのでしょう。上級では、明らかにメモを読んでいるのですが、それが語るになっている学生も少なくありませんでした。さすがと言うべきでしょう。

声優に挑戦部門では、映画やアニメの一場面を、声優になったつもりでそのセリフを言うというパートと、セリフそのものを創作するというパートに別れました。映像のスピードに全然追いつけない状況の練習風景を見てきた私にとって、会場のスクリーンに大写しになる登場人物の口の動きに合わせて、あたかもその登場人物がしゃべっているかのごとくセリフを語る学生たちに驚くばかりでした。初級でも、その段階にまで仕上げてきたところがありました。そういうクラスが多くて、審査は非常に苦労しました。

スピーチコンテストには、自薦の学生7名が望みました。自薦だけあって、どれも中身が濃く、また、よく練習してきたことが十二分にうかがえました。自分自身の悩みを率直に語る姿に共感を覚えた学生も少なくなかったのではないかと思います。

学生たちの指導をしてくださったボランティアの方も、会場まで来てくださいました。終了後に私が声をおかけする前に、「とても楽しかったです」と感想を述べてくださいました。

その一方で、学生たちやクラスの力作を全く無視して、スマホの画面に集中している大馬鹿者が何人かいたことも記しておきます。

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納税意欲

7月19日(水)

先日、信号待ちの時に、暇つぶしに交差点の近くにあったたばこの自動販売機を眺めました。今は、たばこが1箱600円もするんですね。びっくりしてしまいました。私が学生の頃は、100円台だったような気がします。たばこを吸わない人間の記憶ですから、信頼性は著しく低いですが…。

そのうち税金はいくらぐらいでしょう。300円ということはないと思います。400円ぐらいは取られているんじゃないかな。1日1箱の人は、月に1万円、年間12万円ぐらいの税金を払っていることになります。なんと納税意識が強いことでしょう。私は、たばこだけでなく、お酒もやりませんし、車も持っていませんから、所得税と住民税と消費税以外はろくに税金を納めていません。

明日のコトバデーを控え、各クラスは練習に余念がありません。私のクラスの練習に立ち会い、先週とは比べ物にならないほどの進歩に目を見張りました。その一方で、最近学生の喫煙マナーが乱れていますから、学校近辺でむやみにたばこを吸って教職員に摘発された学生を相手に、注意を与えました。明日の会場は喫煙厳禁です。トイレなどで吸われでもしたら、KCPは出入り禁止になってしまいます。タバコを吸った学生個人の問題にとどまりません。

その際に、たばこの値段の話題を持ち出しました。学生たちも、600円は高いと感じているようでした。でも、やめられないみたいです。「私の代わりに日本の国に税金を払ってくれてありがとう」と言ったら、苦笑いをしていました。その学生は、概略10万円ちょっとを日本国政府に寄付してくれています。

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