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厳しい戦い

6月23日(火)

昼食から戻って職員室で仕事をしていると、スーツ姿の見慣れぬ若者が入ってきました。新しい先生が来るという話も聞いていないし、このご時世ですから新入生という線も考えにくいです。それに、私の方を見て妙になれなれしく微笑みかけています。私の顔がよっぽど怪訝そうだったのでしょうか、マスクを外してくれました。笑顔の元が見えました。小さめの歯が隙間なく生えそろった口元は、まぎれもなく卒業生のYさんのものでした。

Yさんは、就活の真っ最中です。やはり、コロナの影響はかなりあるらしく、「採用は厳しい」とはっきり言われることもあるそうです。オンライン面接でも通常の面接でも、難しさは変わりないと言っていました。2種類の難しさのポイントが違う面接をこなさなければならないのですから、去年までの就活生より精神的にきついんじゃないでしょうか。

大学で何が一番大変かと聞いたら、「論文」と即答が返ってきました。Yさんの先生は、論文に関しては一家言ある方のようで、3年生の時に出した論文はボコボコにされたそうです。そういう厳しい訓練を受けたおかげでしょうか、Yさんが使う語彙は社会人のものになっていました。専門分野についても、今の社会についても、実のある議論ができる実力が備わっています。私はいわば身内の人間ですから採点が甘いのかもしれませんが、こんな学生を採ったら、その企業は10年後にきっといい人材を採ったと思うことでしょう。

去年の今頃は、世界中のだれもが1年後にこんな状況になっているなんて、夢想だにしませんでした。Yさんの同級生たちは、みんなどこかで就活に苦戦していることでしょう。どうにか勝ち抜いてほしいと、ひたすら願うのみです。

さて、私は、明日から遅ればせながらのゴールデンウィークと、少々早めの夏休みをいただきます。このブログも、しばらくお休みです。

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6月22日(月)

朝から雨で気温が上がらず、先週風邪で休んだSさんは、厚手のセーターを着ていました。換気のため窓とドアを開け放った教室は風通しがよすぎて、Sさんぐらいの服装がちょうどよかったかもしれません。

私は漢字の採点を担当しました。平均点は70点前後で、去年までの期末テストと大差がありません。満点に近い学生もいれば、1桁の学生もいます。同じレベルでもずいぶん差がつくものだというのも、いつもの学期の感想と同じです。ただ、今回は、中間テストと比べると、大半の学生が大きく成績を下げていました。

中間テストのころは、まだ全面的にオンライン授業でしたから、中間テストもオンラインで実施されました。どういう出題のしかたをしたかは詳しくはわかりませんが、スマホやタブレットで答えられるような出題方式だったことは確かです。中間テストは電子的に答え、期末テストは手書きで答えたのです。この差が、多くの学生の成績が下がった理由にほかなりません。

ここで考えなければならないことは、学生の実力をより正確に表しているのはどちらの方式かということです。それを判定するには、学生に求められる漢字力はどちらの方式で測った力に近いかです。ここまで考えると、紙に鉛筆で漢字やその読み方を書く方式が優れているとは言い切れないような気がします。

現在は、ワープロで文字を書くのが標準です。私も、この稿もそうですが、手書きで文章を書くなどめったにありません。それこそ、学生の作文を添削するときぐらいでしょう。となると、おそらく選択式だったオンラインの漢字テストの方がより現実的な漢字力を見ていると言えないこともありません。

これからは、テストの出題方式も成績の算出法も、考え直さなければならないでしょう。これもまた、コロナ後の1つの表情でしょう。

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6月20日(土)

午前中は受験講座EJU、今学期最後の授業をしました。学期初めの計画では、「明日はいよいよEJU本番です。この授業を通して伸ばしてきた実力を発揮すれば、きっといい成績が取れるでしょう。今晩は早めに寝て、明日に備えてください」なんて挨拶をするはずだったのですが、肝心のEJUが中止になってしまい、はなはだしい空振りになってしまいました。

やはり、EJU中止が本決まりになってから、目標を見失ったのか、参加しなくなった学生が何名かいました。次の目標が5か月先となると、気も抜けてしまいますよね。だからこそ、最後まで休まずに出席し続けた学生たちの方をほめるべきでしょうか。

このEJUの中止について、今週になって朝日新聞が取り上げました。その少し前には、神戸新聞も取り上げています。でも、それ以上の広がりはありませんでした。世間の人々にとっては、大学入学共通テストの日程追加や、文科省が各大学に入試範囲の縮小を依頼したことが大きなニュースです。留学生よりうちの息子や隣のうちのお嬢さんです。

日本人の高校生が受ける入試は、こういう形でコロナ禍による授業の遅れへの配慮が見られます。留学生入試はどうなのでしょう。自粛で家にこもりっきりだった今年の日本語学校生は、去年までの学生に比べて発話力が弱いです。例年と同じ基準でばっさり切られてしまうと、留学生にとっては辛いですね。量より質ということで、定員厳格化もあり、情け容赦なくやられてしまうのではないかと、教師も落ち着きません。

同時に、日本に残っている日本語学校生も少なくなっているはずですから、案外楽には入れちゃうんじゃないかと、甘い期待も寄せています。しっかり見極めていかなければなりません。

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会話が弾む

6月19日(金)

午前の授業が終わった後、アメリカの大学のプログラムできている学生の面接テストをしました。月曜日に行われる文法や読解などのペーパーテストのほかに、このプログラムでは会話力も測定します。

私が担当した2名はどちらも上級の学生でした。マスク越しというハンデがあるにもかかわらず、発音が不明瞭になることもなく、あっという間に規定の時間が過ぎました。さすがに上級ですね。手加減せずに話しかけてもこちらの言っていることをきちんと理解し、適切な応答をしました。自分で会話を膨らませていくすべも身に付けていて、話がどんどん広がっていきました。

もちろん、ミスが皆無だったわけではありません。しかし、聞き手である私に誤解を与えるような間違え方ではなく、コミュニケーションを取る上では何の支障にもなりませんでした。陰険な日本語教師が相手だから重箱の隅をほじくり回して小骨の先っぽのような異物を摘出しますが、普通の日本人だったら気づかなかったかもしれません。私が今学期教えた中級の学生たちも、あと1学期か2学期のうちにこのくらいまで話せるようになってくれたらと思いました。でも、たぶん無理だろうなあ…。

Sさんは、納豆以外の和食はすべて食べられると豪語しました。自分以外はみんな日本人という会社への就職が決まっています。Sさんの会話力なら十分務まるでしょう。

Cさんは明治大正時代の日本史・日本文化、特に建築に興味があると言いました。具体的にどんな建築かと聞くと、きちんと答えが返ってきました。大学でその方面の勉強をするそうです。

しっかりした目標と興味を持っているからこそ、日本語の勉強にも身が入り、力がどんどん伸びたのでしょう。漢字の国ではないところから来て、初級で入学し、順調に進級してきているのです。立派なものです。

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3週連続作文

6月18日(木)

オンライン授業が続いたせいかどうかわかりませんが、私が教えている中級レベルは、どのクラスも作文の出来がもう一つです。それゆえ、期末直前の授業にもかかわらず、作文を書かせました。課題は昨日のオンライン授業で出されているので、自分で作ったメモの参考に原稿用紙のマス目を埋めていくだけだったのですが…。

まず、クラスでいちばんよくできるはずのXさんが、「先生、タイトルは何ですか」と聞いてきました。Xさんにすら課題がよく伝わっていないのかと思って、「えっ? 昨日、O先生が何を書くか説明したでしょ」と言いながら、課題の説明をしました。でも、そうじゃなくて、その課題について原稿用紙に書く時、どういうタイトルにしたらいいかということのようでした。

私が学期の最初から作文を担当していたら、「私が読みたくなるようなタイトルを付けてください」と言い続けます。最初の対面授業の時にも言ったのですが、十分に浸透していませんでした。改めてそう指示して、回収した作文を見てみましたが、どれも似たり寄ったりでした。

作文の中身はというと、論旨はそれなりに通っていても、使っている言葉が難しすぎて、かえって訴える力が弱くなってしまった文章が目立ちました。作文のメモを作ってくることが宿題でしたから、学生たちは張り切って辞書を引きまくって難しい言葉を見つけ出し、それを使ったのでしょう。残念ながら、その多くが失敗でした。言ってみれば向こう傷ですから、大丈夫とかダメとかの連発よりは評価しなければならないかもしれません。

このクラスの学生は、半数近くが6月のEJUが受けられず、11月に勝負をかけます。11月の結果を使う大学でも、入試自体はその前に行われることもあります。500字のEJUの記述試験より前に、1000字の小論文を書かなければならないケースも十分考えられます。そういう意味で、次の学期が、学生たちも私たちも、正念場です。

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アンケート

6月17日(水)

留学生に推薦したい専門学校・大学・大学院を挙げてほしいというアンケートが来ました。確かに私は学生の進路指導もしていますが、日本全国の専門学校・大学・大学院を知り尽くしているわけではありません。まさに管見の及ぶ限りで答えるほかありません。

私が持っている管は、各校の留学生担当の方や、何かの折に見た学校の様子や、卒業生から聞いた話や、一般に報じられている各校に関わるニュース程度です。私自身、専門学校や大学に対して何の影響力も持っていませんから、特別なパイプを握ってもいません。こんな狭い視野から見た評価を答えてしまっていいのだろうかと思いつつ、用紙に記入しました。

まず選んだのが、進学した学生がいい学校だと言っているところです。学生自身、志望校選びの際には情報収集に努め、それなりに取捨選択した結果が、現在の在籍校です。しかし、第一志望校に進学したはずなのに不満を述べる学生もいます。そういう学校は見掛け倒しなんだなあと思います。逆に、滑り止めくらいの気持ちで受かったところに進学せざるを得なくなった学生から、「後輩にぜひ薦めてください」と言われる学校は、きっと人生を豊かにできる留学ができるところだと思います。

私なりの“いい学校”の判断基準に、入試問題の質があります。その問題を解くことによって、受験生に新たな視点が生まれるような出題をする学校は、きっと学生を伸ばしてくれるだろうと思います。おざなりだと感じられるような問題や、落とすためとしか思えないような問題や、問題のための問題みたいな問題や、いわゆるクソ問題を平気で出してくるようなところは評価が低くなります。

来学期になったら、進路指導が本格化します。今年は今までとは違う条件で戦うことになりますから、こちらとしても怠りなく研究し続けねばなりません。というか、もう、ちびちびろ情報を集め始めています。

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よくそうにつかう

6月16日(火)

先週に引き続き、中級でもできるクラスの聴解の授業をしました。そのセリフの中に、「~浴槽につかることが好きな人が~」ということばがありました。学生たちは、これを「~浴槽につかうことが好きな人が~」と聞き取ってしまいました。精神を集中させて聞かせても、全学生が「浴槽につかう」と聞き取るのです。

いかにできるとは言っても、中級の学生にとって“つかる”は未知の語彙でしょう。一方、“つかう”は初級の語彙で、今まで数えきれないほど書いたり話したり聞いたり読んだりしてきたはずです。ですから、“つか…”と耳に音が入ってきたら、“…”に当てはまる音は“う”であっても“る”など想像もできないに違いありません。学生たちの耳には確かに子音rが届いて鼓膜を震わせているはずなのですが、脳はそのr音を無視して情報処理してしまいます。

知らない単語は聞き取れないという典型例です。「浴槽」だって、学生たちには聞いてすぐわかる単語ではありませんから、「~浴槽につかうことが好きな人が~」は意味不明なセリフだったことでしょう。絵を描いて、これが「浴槽につかる」だと説明し、もう一度聞かせたら、ようやく学生たちは眉を開きました。

日本語は語彙が多い言語です。「浴槽につかる」だって、「風呂の中に入る」とか「お湯に浸る」とか別の言い方もあり得ます。それを網羅するには、ライシャワーさん並みに、それこそ日本文化にどっぷりつからねばなりません。入試までの短時日でそこまで至るのは不可能です。でも、可能な限り引き上げてやりたいと思っています。

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意欲×意欲

6月15日(月)

午後の授業後、進学コースの学生に対して、来学期の受験講座の説明をしました。いつもの学期なら、教室の椅子が全部埋まるか、それでは収まり切れなくて講堂で実施するかしていたのですが、今学期は普通の教室でも3密に程遠い程度の学生しかいませんでした。

でも、集まった学生たちはみな熱心で、私の話を、メモを取りながら聞いていました。初級で、こちらが何も言わないのにメモを取り始める学生は珍しいです。先生から言われていたのかもしれませんが、それでもそれがすぐにできるというのは、なかなか有望です。

また、質問があるかと聞いたら、全員が質問してきました。どれもが本質的な内容で、質問すべきことをまとめて来ていたのかもしれません。私の回答を聞いてそれに対してさらに質問を重ねるという、上級顔負けの議論もできました。もちろん、初級の学生がわかるようにですから、語彙や文法のレベルは下げましたが、確かな手ごたえのある質疑応答ができました。

今月から通学授業が再開されましたが、教室での授業がどうも滑らかに進みません。マスクをしていることで気分的に発言が控えられ、教師側も発話が多くなり過ぎないように抑えている面もあります。ですから、このように活発な質疑応答は本当に久しぶりで、わずかな時間でしたが、とても気分よく過ごすことができました。

こういう意欲あふれる学生たちを見ると、こちらも彼らの力になりたいという思いが湧き上がってきます。教師の意欲をたきつけるほどの学生です。その夢を何とかかなえてあげたいです。

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あさイチの冒険

6月13日(土)

関東甲信地方が梅雨入りしたおととい、朝、ちょっとした冒険をしました。最寄駅から3つ新宿御苑前寄りの駅まで約4キロを、マスクをしないで歩きました。“朝”といっても、みなさんの感覚よりもはるかに早い時間帯で、曙の頃です。ですから、人ごみの中を歩いたわけではありません。

新聞を読みながら朝食を済ませ、ちょうど4時ごろ出発。日の出は4:24でしたから、その約20分前で、上空の雲がどうにか途切れているのがわかる程度の明るさでした。だんだん明るくなっていく街を歩くと、なんだか希望が湧き出てきます。だから、私は好きですね。

こんな早い時間に歩いている酔狂な人などいないだろうと思っていたら、4キロの間に10人ぐらいいましたね。散歩とかジョギングとかの人もいれば、自転車に乗っている人にも出会いました。スーツにネクタイではありませんでしたが、半袖のワイシャツに大き目のかばんという私の姿は、そういう人たちの目にどう映ったでしょう。

マスクをしている人としていない人と、半々くらいでした。半径2m以内に人がいなければ、マスクをしなくてもうつしたりうつされたりする恐れはないと言いますが、すれ違う時でも十分それくらいの距離を取ることができました。そうです。私はマスクをしない日常に戻る第一歩を記したかったのです。速足で歩き、久しぶりに、外の空気を鼻から直接、マスクを通さずに吸いました。明け方なのに車が多い幹線道路に沿って歩きましたからおいしいとまでは言えませんが、早朝のしっとりひんやりした空気は、鼻にも肌にも心地よかったです。

目的地に着いたら、地下鉄駅の入り口でマスクを装着。冒険は40分ほどで終わりました。

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声の本能

6月12日(金)

今朝、玄関のドアの鍵を開けて職員室に戻ろうとしたら、N先生がそのドアを開けて入って来られました。N先生のクラスは、先週の金曜日はオンライン授業でしたが、今週は教室での授業ですから、おいでくださったというわけです。N先生が出勤なさったのは、2月末以来、3か月半ぶりです。だからでしょうか、どことなく懐かし気にロビーを見渡していらっしゃいました。

気になったのは、声の張りでした。今までほどの響きがないように感じました。「うちにこもっていると、大きな声を出す機会がないから…」とのことでした。確かにそうですね。ご自宅でしたら、話す相手はせいぜい数人のご家族だけでしょう。教室では20人を向こうに回しますから、自ずと発声法が違ってきます。

オンライン授業だって、パソコンのマイクに声を拾わせればいいのですから、そんなに大きな声を出す必要はありません。理屈の上ではそうなのですが、やっているうちにいつの間にか大声を張り上げています。そして、授業が終わると、どっと疲れが出てくるのです。これは私だけではなく、KCPの先生はみんなそうです。オンライン授業の最中に廊下を歩くと、あちこちの教室から先生の声が響いてきます。教師とは、授業となると本能的に声が大きくなる生き物なのでしょう。N先生も、きっと、教室ではかつての美声で授業をなさったことでしょう。

今学期の授業は、来週で終わりです。東京はステップ3に入りましたから、このままいけば来学期は教室での授業が増えるのではと期待しています。その際には、今学期授業をお願いしなかった先生方にご登場いただくこともあるでしょう。先生方、のどのご準備はいかがですか。

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