Monthly Archives: 4月 2025

「に」は重い?

4月28日(月)

先週に続いて、レベル1の文法テストの日に当たってしまいました。

“おんせん(   )はいりたいです。”という問題がありました。答えは、言うまでもなく「に」です。でも、「を」という誤答が目立ちました。助詞の「に」を「を」としてしまう誤りは、中級上級になっても尾を引きます。だから、何もないまっさらなレベル1の頭に「に」を印象付けたいところです。しかし、授業開始から半月余りで「を」の魔手が学生たちに襲い掛かり、その犠牲者が多数出てしまいました。

助詞「に」は、母語にかかわりなく、日本語学習者にとって難解のようです。“電車を乗ります”のような誤用は日々目にしています。「に」は、主格の「が」や目的格の「を」と違って、漠然と守備範囲が広いです。“(場所)に”にしたって、“(場所)で”と競合関係(?)にあり、テストでも作文でも、学生たちはよく間違えてくれます。

日本語文法の助詞の問題で、正解がいちばん多いのが「に」だそうです。私も、文法の問題を作るとなると、やはり「に」を問う問題を多く作ってしまいます。JLPTのような大規模テストでも、「に」が正答になることが多いように見受けられます。「に」が正しく使えるかどうかは、日本語教師にとってその学習者の力を測るバロメーターみたいなものなのです。逆の見方をすると、「に」を間違えずに使っている学習者は、相当できると見ていいでしょう。

これをお読みの日本人のみなさん、あなたの身の回りの外国人はいかがですか。同じくこれをお読みの日本語学習者のみなさん、ご自身の日本語はいかがですか。日本語が上手だと思われたかったら、「に」を磨いてください。

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だれにしようか

4月26日(土)

来週の金曜日が運動会ですから、土曜日にわざわざ出勤してきた教師は、その準備に力を注ぎました。各競技をどうやって進めるかはもちろん、種々の小道具の作成も、こういう授業のない日でないとなかなか進みません。授業の合間に、学生の切れ目を見計らってでは、仕事が細切れになってしまいます。

N先生は、自分のチームの学生を読んで、チームの応援旗を作ったり、応援のフォーメーションの練習をしたりしていました。KCPの運動会は紅白2チームではなく、4チーム対抗です。他のチームを圧倒するような応援となると、核になる学生が欲しいところです。2階のラウンジでやっていた練習に参加していた学生たちは、当日応援の主力メンバーとなることでしょう。

私はというと、かなりの時間を割いて人繰りをしていました。私が受け持っている最上級クラスは、もっぱら競技役員です。朝の駅から体育館までの道案内や体育館内の会場設営から始まって、競技の最中は出場する選手を並べたり審判の補助をしたり、体育館内で喫煙など悪いことをする学生がいないか見回りをしたり、運動会終了後は後片付けもしてもらいます。どの競技のどんな仕事に誰を貼り付けるかという、学生の割り振りをしていたというわけです。

学生に手伝ってもらうのは、教職員だけでは手が足りないからというのが第一の理由ですが、それだけではありません。通訳というのも重要な仕事です。来日1か月ほどの初級の学生との意思疎通には、上級の学生たちの通訳が欠かせません。恩着せがましい言い方をすると、こういう場で通訳した経験が、自分の日本語力に対する自信につながるものですから、そういう経験も差せたいのです。

さらに、気働きを実地体験してもらいたいと考えています。国では大事に育てられてきたでしょうから、学生の側が気働きをする必要などなかったことでしょう。日本で生活するようになって多少はそういうことができるようになったでしょうから、その成果を存分に発揮してもらいたいところです。運動会での仕事の内容は一応決まっていますが、当日その場の流れに合わせて機転を利かせることも求められます。そういうことができそうな学生を要所要所に配置することに、朝から時間を費やしたというわけです。

学生たちはわりと気安く日本で就職したいと言いますが、日本で働く際には気働きができることが不文律みたいなものです。私も、運動会の日には、学生たちの気働きをじっくり観察するつもりです。

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腰痛、御苑、カラス

4月24日(木)

Lさんは会話に自信がありません。KCPでは会話を重視していますから、何かと負い目を感じることが多いようです。それで、今学期は、授業後に残って、その日クラスを担当した先生と会話の練習をすることにしました。

そういう密命を帯びて、Lさんのクラスに入りました。このクラス、私は木曜日だけですから、Lさんと言われても顔が思い浮かびませんでした。まず、出席を取るときに顔と名前と声を同期させ、授業中に何回か指名して、実際に話す力がどの程度なのか把握しました。

さて、授業終了のチャイムが鳴りました。チャイムが鳴るや否や、Gさんが「先生質問です」と、教科書を持って駆け寄ってきました。Lさんが帰ってしまうのではないかと気が気ではなかったのですが、Gさんもこのクラスの学生ですから、その質問には誠実に答えなければなりません。質問は1つではありませんでしたから、すべてに答えるまでに10分ほど要しました。フッと振り返ると、Lさんが椅子に座って待ち構えているではありませんか。かなり本気なんだなと思いました。

会話が苦手ということは、私が相当引っ張らないとしゃべってくれないのだろうと思い、「お待たせしました。すみません。あ、Lさん、コートを着ていますが、寒いんですか」と話しかけました。Lさんは、「はい、少し…」と、言いたいことがうまく言えないようなそぶりを見せました。「Lさんは中国の南の方から来ましたか」「いいえ、北です。私は腰が痛いです」「ああ、腰を冷やさないようにコートを着ているんですか」…といった会話を続けているうちに、Lさんの口はだんだん滑らかになってきました。

Lさんは、日本語の文の作り方に難があるようです。しかし、次から次と話題が展開していって、私が意気込んでリードするまでもありませんでした。Lさんが話した言葉を、私が要領のいい日本語に直し、それをLさんがリピートするというパターンを何回か繰り返しました。その間に、Lさんは腰痛で医者に通っていること、新宿御苑の年間パスポートを買い、週に2、3回通っていること、新宿御苑は、今、桜がきれいで、観光客やいろいろな学校の団体がよく来ていること、日本のカラスとネズミは大きくて怖いこと、…など、話がどんどん広がりました。この調子でクラスの教師が毎日相手をすれば、日本語らしい文の作り方も身に付き、話す力も大きく伸びることでしょう。

気が付いたら、30分近く経っていました。午後のクラスの学生が、教室の前で待っていました。

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4月23日(水)

授業が午後からでしたから、朝から昨日の選択授業で書かせた小論文を読みました。先週から始まり、昨日は第2回でした。先週の小論文は、どうにか規定の字数で原稿用紙のマス目を埋めたにすぎないような文章が大半でした。ですから、昨日それを学生に返すとき、次はこういうところに気を付けて書いてほしいとフィードバックしました。

その1つが「だろう」を多用しないことです。学生に「だろう」はどんな時に使うかと聞いたところ、推測とか予想とかという、正しい答えが上がりました。「今年の夏も暑くなるだろう」とか、「与党が参院選で勝つのは難しいだろう」というような使い方です。「毎日8時間勉強すれば、志望校に手が届くだろう」などという、仮定の表現と組み合わせてもいいでしょう。

しかし、現実は、そういうことがわかっていながら、学生たちは「バブル崩壊後、日本経済は低迷し始めただろう」「札幌はラーメンの本場だろう」というように不要な「だろう」をあちこちにばらまいていました。おそらく、断言するのが怖いからなのだと思います。「札幌はラーメンの本場だ」と言い切った後で、「博多こそラーメンの本場だ」と突っ込まれ、そこで変な論争に巻き込まれたくないという心理が働いているのかもしれません。

でも、論争覚悟で自分の意見や考えをぶつけるのが小論文です。尻尾をつかまれないようにと逃げてばかりでは、読み手の共感を得ることはできません。当然、採点官の心を揺さぶれるはずなどありません。

さて、朝から読んだ小論文ですが、確かに無駄な「だろう」は激減しました。しかし、有害無益な「だろう」の陰に隠れていた難点が、かえって目立ってきてしまいました。それを添削するのに、また一苦労しそうです。

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聞くは一時の恥

4月22日(火)

日本語プラス化学は、先週宿題にしておいた過去問の答え合わせをし、わからないところの質問を受け付けました。答え合わせは私が作った問題解説を配って自分でしてもらいますが、その問題解説を読んだだけでなぜその答えになるか理解できるかとなると、おそらくそう単純なものではありません。

そう思って質問タイムを設けたのですが、だれも質問しません。質問がないわけではなく、どう聞けばいいかわからない、何から聞けば理解が進むかわからないというのが本音だと思います。今学期2回目ですが、先週はオリエンテーションですから、実質初回です。しかもメンバー同士顔見知りでもなく、やっぱり質問しにくいのでしょう。

この場面を救ってくれたのが、Cさんでした。Cさんは日本語プラス3期目ですから、今回の問題も授業の各単元のどこかで見たことがあるかもしれません。「7番の問題を説明してください」と口火を切ってくれました。

どうやって7番の問題の答えを導き出したか解説し、その後、関連のある問題をいくつかまとめて解説しました。他の学生は、私の板書を写したり、パワーポイントを見て反応式か何かを書きとったりしていました。みんな、何かきっかけが欲しかったようです。

さらに、授業後、Kさんが質問に来ました。とてもいい質問でしたから、授業中にしてもらいたかったです。そんなことを言っても始まりませんから、Kさんにわかるように答えました。お互い牽制し合っているみたいです。化学クラスの学生同士、何でも言い合えるような雰囲気作りが必要です。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥です。

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初テストの出来栄え

4月21日(月)

レベル1のクラスで、初めての文法テストをしました。入学後2週間ですから、文法と言っても「コーヒーをのみますか。――いいえ、のみません」などという程度です。「ありがとうございます。でも、刺激物は控えておりまして…」なんていう答えは求めていません。

試験時間は20分。早々に解答し終えた学生もいましたが、その答えを覗き見ると、随所に間違いがありました。試験中ですから、学生個人に対しては間違いを指摘するわけにはいきません。「はい、あと5分です。みなさんの答え、本当にいいですか。“てんてん”、小さい“やゆよ”、小さい“つ”、長い音、大丈夫ですか。もう一度よーく見てください」と全体に注意するのが精一杯です。これだって、こういう注意をしなかったクラスに対して不公平だと言われてもしかたありません。

Mさんは、私の注意を聞いて、間違いを見つけて、直しました。しかし、Yさんは見直そうともしませんでした。レベル1だと、見直しても間違いに気づかない学生の方が多いものです。中級になると、こちらの思い通りに直してくれる学生が出てくるものなのですが。

さて、採点です。満点に近い学生からかろうじて0点を免れた学生まで、予想以上に点差が付きました。Sさんは不合格になってしまいました。来日が1週間近く遅れたので、授業で勉強・練習しなかったところがたくさん出たのが痛かったです。でも、この先必死に勉強すれば、まだまだ十分挽回可能です。

そのSさん、授業後に来日前に行われたテストの追試を受けて帰りました。また、授業に入った直後に行われたテストの不合格者への課題も提出しました。どちらも完璧な出来でした。昨日の宿題も、むしろ他の学生より高い内容を書いていました。この調子なら、次のテストは間違いなく合格でしょう。ただ、話す力がまだまだなのが気がかりです。

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伸びたなあ

4月19日(土)

Sさんは去年の10月期から理科系の日本語プラスを取っています。最初の学期は、11月のEJUの直前でしたから、EJU対策が中心でした。しかし、当時レベル3、中級にも達していなかったSさんには、授業の内容も私の日本語も難しく、何が何だか全然わかりませんでした。EJUが終わり、もう一度基礎からの授業になり、ようやく少しずつ話がわかってきました。

先学期は、授業を聞き、練習問題をし、ひたすら力を蓄えました。学期末には、過去問にもだいぶ歯が立つようになりました。

そして迎えた今学期、Sさんが取っている生物の授業は昨日から始まりました。半年前のSさんと同じように、レベル3の新しい学生が加わりました。オリエンテーションで生物の教科書に載っているような図を見せると、何の図かすぐに日本語で答えられました。問題文がやたら長い過去問も、少し時間はかかりましたが、正解でした。よくわからずにポカンとしていた同国人の新しい学生に、国の言葉で説明していました。

日本語でなくても、問題の解説ができるというのは、かなり実力をつけたという証拠です。人は教える間に教えられるといいます。わからない学生に教えるためには、自分自身の頭の中が整理されていなければなりません。Sさんの頭の中には、単に知識が堆積しているだけではなく、それがきちんと体系づけられているようです。もし、本当にそうなら、今度のEJUはかなり期待が持てます。

考えてみれば、Sさんももうすぐ上級のレベルにまで上ってきたのです。これぐらいできて当然かもしれません。毎週見ているとあまり感じられませんが、昨日みたいな姿をみると、成長を感じずにはいられません。

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早口言葉?

4月18日(金)

金曜日の最上級クラスには、「社会を知る」という授業があります。現代の社会問題に関して、動画を見たり新聞記事を読んだりなどして理解を深め、議論もするという内容です。たとえ理科系の学部や大学院に進学するにしても、現代社会に対して無知ではいけません。文科系なら面接や口頭試問、あるいは小論文において問われることだって考えられます。

授業の最初に、米の値段は高いかと聞いたら、全員が高いと感じているようでした。値段を聞くと4000円から5000円くらいで、現時点においては相場です。毎日ではないにせよ、自炊しているとのことですから、そのぐらいの出費はこたえるのでしょう。

その後、動画を見せ、それだけではわからない点を補足説明し、備蓄米放出までの背景や米不足に陥った原因などについて知ってもらいました。減反政策は、不思議な政策に映ったようでした。農家の高齢化も、学生にとっては気づきにくい点でした。

こういうように「社会を知る」ことがこの授業の主たる目標ですが、日本語の授業の一環ですから、普通の日本人と同じレベルの日本語理解力を着けていくこともまた、授業の太い柱です。学生たちに見せた動画の中に、2人の出演者のうちの1人がやたらと早口なのがありました。学生の様子を観察すると、途中からスマホをいじり始める学生が何人かいました。見終わった後で聞くと、やはり、早すぎてわからなかったと言っていました。

このクラスの学生が束になってもわからないとなると、少なからぬ日本人もわからないのではないでしょうか。それでは何かを訴えたことにはならないと思います。その方面では結構なのある方のようでしたが、本当に理解してもらえているのでしょうか。心配になりました。

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返却物を上手に使え

4月17日(木)

今学期は、週1回のクラスが3つあります。先週は初めての授業で、今週は2回目の授業でした。しかし、中6日で登板となると、先週覚えたつもりだった学生の顔と名前が、ものの見事に消え去っていました。非常に特徴のある学生は覚えていましたが、それ以外の学生は顔つきがかすかに記憶に残っている程度でした。

顔と名前をどうやって覚えるかというと、テストの時を利用します。テスト用紙に書かれた名前と外見を一致させます。学生たちは下を向いて問題を解いていますから、顔はよく見えません。そして、テストの時間が終わってテスト用紙を集めたら、それを見ながらどんどん指名し、テスト時間中に覚えた外見と名前と顔を一致させます。金髪短髪で丸顔の緑のジャケットはAさん、長髪小柄で茶色いフレームのメガネをかけているのはBさん、…というふうに記憶していきます。

返却物があると、ラッキーです。名前を読み上げると返事をしてくれます。その学生の席まで足を運んで、しっかり顔を合わせて渡し、記憶を強化します。返却物が複数あると、ラッキーと叫びたくなります。

木曜日のクラスも週1で2回目でした。名簿を見て顔が思い浮かぶのは、せいぜい5人。でも、昨日回収したと思われる例文が返却を待っています。名前を覚えることも練り込んで授業を組み立てていきました。

名簿を見ながらたくさん指名し、返却物は最後の仕上げに使いました。迷わず等の学生の席まで行って手渡せました。これで頭の中に入ったかな。でも、1週間たったら忘れているかもしれません。来週の木曜日が楽しみのような、怖いような…。

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朝の差し入れ

4月16日(水)

昨日は選択授業の小論文の授業があったのですが、会議やら日本語プラスやらで、全く読む時間がありませんでした。ですから、朝一番で、誰もいない職員室で読み始めました。朝は頭もさえているし、余計な仕事が舞い込む心配も少ないし、作文類の添削にはもってこいの時間です。

そういうわけで小論文を読むことに集中していると、6時半ごろでしょうか、職員室のドアを控えめにノックする音が聞こえました。“あ、やっぱり来たか”と思いながらドアを開けると、予想通り、そこにはMさんが立っていました。昨日の晩、事務局のCさんから、Mさんが朝早く学校へ来るかもしれないと言われていました。

Cさんによると、新入生のMさんは満員電車には絶対に乗りたくないので、始業日以来毎朝早く家を出て、学校の近くで時間をつぶしていたそうです。喫茶店もろくに開いていない時間帯なので、バス停のベンチで過ごした日もありました。それを不憫に思ったCさんが、それなら金原がいることだし、校舎内に入れてあげたらどうかということになったのです。

「先生、これどうぞ」と、Mさんは紙袋を差し出しました。お礼のつもりなのでしょうか、スウィーツの差し入れをいただきました。授業が始まる9時近くまで2時間余り、ラウンジで勉強すると言っていました。

Mさんはご両親の元で大切に育てられたらしく、まじめで素直な学生です。大切に育てられすぎたので、満員電車は絶対ダメなのかもしれません。日本人からすると常識外れっぽいところもありますが、日本の生活に慣れてくれば、いつの間にか乗れるようになっているかもしれません。

Mさんからの差し入れをいただきながら小論文を読みましたが、難解なものばかりでした。1つの文が数行にわたり、原稿用紙1枚に段落がないというのが続きました。スウィーツがなかったら、7時半には心が折れていたかもしれません。

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