Monthly Archives: 12月 2021

改めて、留学の意義

12月27日(月)

今年最後の出勤日を迎えましたが、2021年は新入生がまともに入国できない1年となってしまいました。オンライン授業に参加してみたものの、あまりの先行きの不透明さに挫折してしまった学生も少なからずいました。私が学生の立場でも、見切りをつけたでしょうね。

そういう学生にとって、2021年はどんな年だったのでしょう。空白の1年と感じているのでしょうか。日本語を勉強しても、その進歩を感じる機会がなく、また、日本での進学が具体化する方向にもなかなか進まず、精神的につらかったに違いありません。無為徒食とすら感じていた学生もいたようです。

私たちはそういう学生たちに何かしてあげられたかというと、非常に限られた範囲でしか手を差し伸べられなかったと思います。学生の気持ちを燃え立たせ、意欲を長続きさせようとあれこれ手を打ってきました。しかし、結果的に見て、それが有効に作用したとは言い難いのが現状です。

総括すると、「日本での留学生活」が見えてこない状況で学生のモチベーションを維持させるのが大変に困難だったということです。留学とは単なる勉強ではなく、今まで慣れ親しんだ環境とはまるっきり違った世界に身を置くことで見えてくる何物かをつかむ点にこそ意義があるのです。

それぐらい、わかっているつもりでした。でも、こういう、留学の基本認識の重みを、身をもって感じさせられたのが2021年でした。来年、私たち教師が、あるいは学校が成長するか否かは、この原点をどこまで深く追求できるかではないかと思っています。

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予定は?

12月25日(土)

机の上に置く、予定を書き込むカレンダーを新しくしました。早速、1月12日の1月期始業から、予定を書き込みました。おととしもこうして予定を書き込んだものの、その予定が木っ端微塵に打ち砕かれました。昨年末書き込んだ予定は概ね実施されましたが、思い描いたものとは違った形になったものもかなりありました。

11月のEJUの成績が、受験した学生たちからぼつぼつ届いています。今年は学生の絶対数が少なかったので出願者数も受験者数も当然少なくなりました。事務所の窓際には、渡されることのなかった受験票の入った水色の封筒が置かれています。日本で受験できると信じて出願したのに来日が叶わず、欠席者扱いになってしまった学生たちの怨念がこもっているような気すらします。おろそかには扱えません。

そういう学生が全国の日本語学校に大勢いたのでしょう、11月のEJUの欠席率は4割に迫る、半端な数ではありませんでした。オミクロン株の市中感染が始まりかけているという現状では、留学生の入国は当分見込めそうにありません。この欠席者のみなさんは、来年6月のEJUを受けるのでしょうか。それとも、もう待ちきれないと日本留学をあきらめてしまうのでしょうか。

そう考えると、こういった学生たちのカレンダーはまだ真っ白かもしれません。何をどう書き込んだらいいのか見当がつかないでしょう。希望的観測だけでは、予定とは言えません。でも、悲観的な年間計画では、心が折れてしまいます。春秋に富む学生たちは、その前途が洋々としているからこそ、悩みも深いのです。

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はんそう現実

12月23日(木)

期末テストが終わったら、教師はまず採点です。私は自分の受け持ちレベルの読解を担当しました。

テスト前日に問題を見せられた時、漢字の読み方を答える問題がありました。私は読解のテストに漢字の読み書きの問題は出しませんから、その問題が何となく引っ掛かっていました。でも、問題になっている単語は、どれも本文のキーワードと言ってもよかったですから、“ま、しょうがないか”というくらいの気持ちでいました。

最初に採点した学生は、「仮想」を「はんそう」と読んで×になりました。どうしてこんな間違いをしたのだろうと思いながら次の学生を採点したら、また「はんそう」でした。まさかカンニングではと思いましたが、他の問題の答えが違いすぎます。こんな調子で「はんそう」が次々と出てきました。この問題、学生たちには意外と荷が重かったようです。

どうやら、「仮」を形成文字と判断して、「反」の音読みを書いたようです。中級ともなればそのぐらいの知恵は働きますが、今回はそれが裏目に出ました。「仮」は確かに形成文字ですが、その音符は旧字体の「假」のつくり、「叚=カ」なのです。漢和辞典を繙くと、「叚」は被せる、覆うという意味があると書かれていました。これににんべんを付けると、「仮面をかぶる」とか「うわべを繕う」とかとなり、「仮」につながるというわけです。

読解の授業では、予習の1つとして、本文に出てくる漢字の読み方も調べてくることになっています。学生たちは「仮想」も調べたはずなのですが、記憶に残っていなかったのでしょう。いや、読み方は「はんそう」と頭から決め込んで、調べなかったとも考えられます。「はんそう」のほうが「かそう」より多かったのですから。

こちらも反省点があります。“「かそう」ぐらい、ちょっと調べりゃわかるだろう”と思ってはいけませんでした。学生を疑ってかかるわけではありませんが、きちんと確認を取ることが、学生に対して本当の意味で親切だったのです。

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この差は何?

12月22日(水)

今学期もどうにか期末テストの日を迎えました。私が試験監督をしたクラスには、今学期でKCPをやめる学生が2人いました。Sさんは帰国して進学し、Bさんは就職するとか。2人にとっては、1年余りのKCPでの生活の最後の日です。そして、締めくくり、総決算のテストのはずでした。

Sさんは朝一番の作文からお昼を少し回った聴解まで、問題用紙に線を引き、解答用紙や原稿用紙にカリカリとシャープペンシルを走らせていました。試験監督官としてそばを通る時も、私の影が机の上にかからないように気を使いたくなるほどでした。最後まで全力を振り絞っている様子が手に取るようにわかりました。

一方のBさんは、教室に存在するだけでした。解答用紙に名前を書くと、すぐに机に伏せてしまいました。寝心地が悪いらしく、すぐに起き上がっては体勢を立て直すのですが、ペンを手にする気配すらありませんでした。出席率を稼ぐために来たことは明らかでした。どういうところに就職するか知りませんが、こっそり写真を撮って社長さんに送ってあげたくなりました。

でも、Bさんは形の上だけでも期末テストを受けたのですから、まだ偉いです。別のクラスには、昨日行われた期末タスクをすっぽかすかのように退学届けを出した学生がいたと聞いています。期末タスクはグループワークですから、発表当日にメンバーがいなくなると、同じグループの他の学生は大きな迷惑を被ります。後は野となれ山となれと言わんばかりに敵前逃亡するなんて、たやすく許せることではありません。

そんな学生どもには、この先不幸あれと呪わずにはいられません。そして、Sさんには、学業成就を陰ながらお祈りしております。

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寂しいオリエンテーション

12月21日(火)

学期末が近づくと、次の学期の準備をし始めます。特に10月期は学期後にお正月休みが挟まりますから、早め早めに動くことが必要です。今学期も、すでに先週から教材の印刷が始まっています。

私の今朝一番の仕事は、来学期の各レベルの学生数を予測し、市販の教科書の必要冊数を算出し、それを発注することでした。年内に納めていただけるそうで、一安心です。

また、昨日から、来学期から新たに受験講座を受ける学生へのオリエンテーションをしています。いろいろな条件の学生がいる関係上、何回かに分けて実施しています。おととしまでは、毎回教室の机がさらっと埋まるくらいの学生が集まったものですが、今学期はzoomの画面にぽつぽつという程度です。

先学期の説明の頃は新規患者数がどんどん減りつつある時期でしたから、このままいけばという希望も抱いていました。しかし、今は、患者の絶対数は3か月前よりずっと少ないですが、東京なんかは底を打ったような打たないような、不気味な挙動を示しています。外国人の新規入国に関しても見通しが利かないままです。そんなこんなで、先学期より重苦しい雰囲気の中でのオリエンテーションでした。

緊急事態宣言が解除されて入国規制が緩和された時期に入国できた留学生は、わずかに3人だったそうです。KCPでも、首を長くして待っていた学生たちが結局入国できませんでした。入国規制を決めた岸田内閣は支持を集めているようですから、この状況はまだまだ続くことでしょう。オリエンテーションを受けた学生たちと対面できるのは、いつのことやら…。

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まとめと次の目標

12月20日(月)

あさってが期末テストですから、今週は今学期のまとめの授業みたいなものです。この3か月間に勉強したことのおさらいとともに、来学期以降に目指すべき到達点も示します。

私のクラスは、文法が大乱戦でした。以前のテストを持ち出して、「君たちはここがよくできなかったから…」という話をしたら、あちこちから質問が出てきました。そのどれもが、授業で触れているはずのことなのですが、わからないと言われたら、解説するほかありません。私たちの最初の説明が悪かったか、授業や宿題などでの練習が不十分だったかなのですから。

でも、ただ同じ話を繰り返すようなまねはしません。その文法を勉強してから関連表現を勉強していますから、それと絡めて説明を再構築します。類似表現を勉強したとあれば、それとの異同を比較検討します。こういうことを通して、単なる暗記では得られない力を付けさせていきます。

以上を踏まえて、来学期以降どんな勉強をしていけばいいかという話になります。中級レベルだと、語彙なんですよね。中級と上級を分かつ最大のものは、語彙力です。上級の学生は、知っている単語、使える単語の数が違います。そういう力をもとにして、見聞きした日本語に、中級の学生よりずっと素早くかつ的確に反応できるようになるのです。「ここで笑えるかどうかが、中級と上級の差なんだよ」なんてことまで言っちゃいます。

そんなこんなで予定の授業が消化できず、一部を明日の先生に回してしまいました。まあ、明日はそんなにぎっしり予定が詰まっていませんでしたから、あんまり心は痛まないのですが…。

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日本語力+感性

12月17日(金)

最上級のクラスに呼ばれました。学生たちがKCPのキャッチコピーを考え、その発表会が行われました。審査員というか、コメンテーターというか、要するに、授業担当ではない教師に講評してもらいたいということで、私が入ったというわけです。

キャッチコピーは、印象に残る短い言葉で対象物を端的に表現することが求められます。作り手には、単なる語彙力ではなく、感性も必要です。対象物を知っていればいいというわけではなく、ありきたりではない観点から見据える頭脳的機動力を発揮しなければなりません。今回の例で言えば、KCPで過ごした日々を振り返ってそれを一言にまとめるだけではなく、それをフレッシュな切り口でとらえ直さなければなりません。

どんな作品が出てくるかとワクワクしながら教室に入ると、程なく発表が始まりました。期待以上の作品が続きました。寸鉄人を刺すようなコピーが次々と出てきて、感心するやら驚くやら、パワーポイントを見ながらうなずくばかりでした。

学生たちは学校のことをよく観察してもいますし、それを効果的な言葉に落とし込むだけの力も持ち合わせていました。欲を言えば、プレゼンテーションをもう少し堂々とやってほしかったですね。マスクをしているせいか、消え入るような声の発表が多かったのが惜しかったなあ。

さて、私がこの学校のキャッチコピーを頼まれたら、どんなのを作ったでしょう。20年余りも同じところにいると、外の人に訴える価値のある物が、かえって見えなくなってしまいます。学生たちの発表をまぶしい思いで聞いていました。

そして、何より、今私が受け持っている中級クラスの学生との実力差を強く感じました。最上級クラスですから、中級クラスとなんか比較してはいけないのですが、私のクラスの学生が半年後にこの高みまで登れるだろうかと思ってしまいました。この学生たちが卒業していったら、誰がKCPの屋台骨を支えるのでしょう。作品が素晴らしかっただけに、危機感も深まりました。

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今年の漢字

12月16日(木)

朝一番で文法のテストをしました。このクラスは、前回の文法テストは過半数が不合格という悲惨な成績でしたから、問題用紙を配る前に「問題文をよく読んで、接続の形に十分注意して答えること」と注意を与えました。採点してみると、前回よりはかなり改善が見られましたが、まだキーワードというか、文法項目のかけらしか見ないで書いたと思われる答えが散見されました。

それから、助詞はやっぱり学生たちの大敵なんですね。既習の助詞の用法にも間違いがあり、1点ずつちまちまと引かれ、塵も積もれば山となるで、結局無視できないほどのマイナスとなっていました。大技を決めようと思っても、小技でミスを重ねて足をすくわれたような感じです。

授業の最後に、年末恒例シリーズとして、今年の漢字を取り上げました。先日発表された今年の漢字「金」を紹介し、2分時間を与えて各自の今年の漢字を考えてもらいました。

Pさんは、親元を離れて一人暮らしを始めたのでお金の大切さがわかったから「金」。Sさんは、日本へ来て、日本語や進学に必要なことばかりでなく、国にいたら学べなかったことをいっぱい学んだので「学」。Bさんは、いろいろな制限の中で暮らさなければならなかったので「限」。Tさんは、志望校に出願もしたし、願いを何とかかなえたいので「願」。みんなそれぞれの思いを込めて発表してくれました。

まだ来日できず、オンラインで授業に参加しているHさんは「待」。Hさんの待ち続けたこの1年を思うと、涙が出そうになりました。「ようやく」と思った直後にまた待ち続けなければならなくなったのです。万感の気持ちが込められた「待」です。教室の学生もそれを感じ取り、一瞬シーンとなりました。文法テストでも教室の学生に負けない成績を取っているHさんの「待」が、1日も早く解消されることを願わずにはいられませんでした。

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本能を抑える

12月15日(水)

12月になると、今年を振り返ってという授業がちょくちょくあります。そんな中、先日、今年の新語・流行語大賞のTOP10に入賞した「黙食」について学生に聞いてみました。「みんな、黙食してる?」と問いかけると、教室の学生ほぼ全員が首を横に振りました。「いろいろな規制がかかっているけれども、これだけは守れない」という学生もいました。

中上級の学生たちにとって、授業の後のお昼ご飯の時間は、情報交換をしたり、励まし合ったり、愚痴を言い合ったり、そんなまとまった話ではなくてもおしゃべりすることで友人との絆を確かめる機会なのです。黙食とは、それが全くできないことを意味します。

学生たちは、物心ついた時からスマホに親しんできた世代です。新語・流行語大賞の言葉で言えば「Z世代」そのものです。その学生たちにとっても、食事しながらの面と向かってのおしゃべりは、SNSでのやり取りに勝るのです。こういうおしゃべりは、人間の本能に根差しているのかもしれません。

だから、第5波のさなかの夏に、飲食店が閉まっても公園で盛り上がっている人たちが大勢いたのです。本能を抑えろと言われても、たやすくできることではありません。また、人間は群れることでここまで繁栄したと言えます。それゆえ、密になるなという指示も、生存のよりどころが否定されるわけですから、なかなか守れるものではありません。

さて、学生たち、TOP10の「親ガチャ」については、自分たちは「あたり」を引いたという意識があるようでした。海外留学させてもらってるんですから、感謝しなくちゃ。

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雑談こそ命

12月14日(火)

代講で久しぶりに上級のクラスに入りました。今学期初めてじゃないかな。中間テストの試験監督も上級クラスでしたが、授業をしたわけじゃありませんから。

今私が受け持っているクラスと、レベルは1つしか違わないんですが、雑談に対する反応が全然違います。気楽な話なのか本気で聞かなければならない内容なのか、ほんのちょっとしたやり取りの中からしっかりつかみ取るのです。話の流れが見えていると言ってもいいでしょう。

このクラスの学生の一部を初級で教えた時は、もちろんこうじゃありませんでした。オンラインだったこともあり、ゆっくり話す私の言葉を聞き取るので精一杯で、指示が伝わらないこともまれではありませんでした。その学生たちが、日本語の冗談に日本語の冗談で応えられるまでに成長したのです。まあ、「雨がありました」なんていう、そのまま午後の初級クラスにご移動いただいてもよろしいような発話もありましたが…。

肝心の授業ですが、学生たちが提出した例文を見る限り、理解できたようです。上級の文法ですから、言葉の裏側の意味も感じらなければなりません。同時に、その裏側の意味を上手に利用して、自分の気持ちや考えを表すことができるようにというのが授業の目標です。完璧とまでは言いませんが、概ねそこまで到達できたんじゃないかと思います。

どんな言語でも、雑談が一番難しいと言います。当意即妙に切り返すには、語学力のみならず頭脳の明晰さも必要です。そういう点では、このクラスの学生はかなりイケてるんじゃないでしょうか。これから受験を控えている学生もかなりいるクラスですが、自信を持って臨み、満足のいく結果を残してもらいたいです。

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