余力があり過ぎます

1月25日(月)

レベル1のクラスの代講に入りました。レベル1の授業そのものは面白いと思いますが、オンラインだとどうもリズムに乗れません。指名して、学生がマイクをオンにして答えがこちらに届くまでのわずかなタイムラグが、その原因です。0.5秒にも満たないくらいの短い時間でしょうが、そのためにペースがなかなかつかめないのです。

私の場合、初級は、何はともあれ、口を開けさせるという考えで授業を組み立てます。上級なら、多少教師が語っても授業は成り立ちますが、初級は、特に一番下のレベルは、一言でも多く話させることが授業の肝です。それが、わずかなタイムラグのせいでつまずいてばかりというのが、私の授業の現状です。

ブレークアウトセッションを多用するというのも一つの解決手段です。しかし、学生が見えないところへ行ってしまうのが、どうも怖いのです。初級のクラスは話したくてたまらない学生たちばかりですから、ブレークアウトセッションでだんまりを決め込むことはないでしょう。でも、こっそり母国語で話しているのではないかという疑心暗鬼を抑えきることはできません。

コーラスをさせても、「はい、今、4人“っ”を言いませんでした。もう一度!」などということができません。個々の学生の発音をいかにチェックしていくかも、大きな課題です。初級なら、助詞の抜け落ちや誤用にも厳しく目を光らせ、間違いを見つけ次第直ちに指摘して訂正させなければ、悪い癖がついてしまいます。それがなかなかできないもどかしさもあります。

オンラインだと、授業後の疲れ具合が対面に比べて、半分どころか一桁違う感じがします。養分を吸い取られたという感じがしないんですねえ。逆の見方をすると、学生たちにこちらが持っているものを与え切っていないんでしょうね。

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朝から受験講座

1月22日(金)

今学期は、受験講座が午前中です。受講生が全員午後クラスなので、受験講座を午前に持って行ったのです。KCPが受験講座を始めたころ、9時からの日本語授業の前に受験講座をやったことがありましたが、9時から理科の授業をするなんて、それ以来です。東日本大震災のはるか前ですから、15年ぐらい前の話です。

さて、2021年理科の受験講座の初回は、オリエンテーションをしました。EJUの理科の出題傾向、平均点の推移、時間配分など試験の心得、勉強のしかたなどを説きました。実際に過去問を解いてもらって、どんなところが難しいか実感してもらいました。毎年つまずく学生が出る、化学物質名などのカタカナ言葉に対しても、覚えるしかないと覚悟を決めてもらいました。

今まだ動き回っている、この4月に進学するつもりの学生たちが何に苦労しているかも、実況中継のごとく伝えました。面接練習などを指導する立場から、早いうちに訓練を始めておいてほしいことを言っておきました。受験講座も大切だけど、それ以上に日本語授業でコミュニケーション力を磨くことが必要だと訴えました。

最後に、日本へ来たばかりの学生はほんとうに日本の大学を知りませんから、大学紹介をしました。東大、早慶、MARCHしか知らなくても平均以上というのが毎年の例ですから、学生の目をそれ以外の大学に向けさせました。資料を出すと、身を乗り出して画面を見ている学生の姿が、zoomの小さなモニターに映し出されていました。例年より少ない受講生を丁寧に育てていきたいです。

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鼻の悦び

1月21日(木)

昨年末に辞書を2冊買いました。三省堂の「新明解」と大修館書店の「明鏡」です。新版の出版が重なりました。どちらもずっとお世話になっている辞書ですから、紀伊国屋ポイントカードでため込んだポイントの有効期限も近いことだし、両方とも買い込んでしまいました。

旧版の辞書と収録語彙や語釈をくらべてニヤッとするほど暇ではありませんが、よりブラッシュアップされた語義解釈は手元に置いておきたいものです。言葉を商売道具にしているのですから、この程度の投資を惜しんではなりません。

すでに約1か月使っていますが、いまだに新刊書特有の、紙のにおいともインクの香りともつかない独特の芳香が、辞書を引くたびに立ち上ります。マスクを通しても感じられるのですから、辞書を開いて鼻を近づけて直接かいだらもっと快感に浸れるかなと思って、今朝、まだ誰もいない職員室で、こっそりマスクを外してその香気を吸い込んでみました。思ったほど強くはありませんでしたが、お上品に私の鼻孔をくすぐってくれました。私が通勤電車の中で読む本は文庫や新書が主力ですから、買ってから1か月も経ったら気が抜けています。新明解にしても明鏡にしても、辞書本体はケースに入っていますから、新刊書の香りは逃げにくいようです。

今どき、紙の辞書を使う人は少ないでしょう。充実した辞書サイトにも簡単に入れます。しかし、紙の辞書は読めますから好きです。調べようと思った単語の語義を見てそれで終わりではなく、その隣の単語を起点に思わぬ大旅行をすることもよくあります。1冊の辞書にとどまらず、数冊の辞書を読み比べるところにも、紙の辞書の魅力があります。今朝も、養成講座の授業準備の際に少々楽しませてもらいました。

次は、岩国あたりが改訂にならないかな…。

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オンライン説教

1月20日(水)

授業後、Kさんを残して説教。担任のO先生に頼まれて、不行状を追及しました。Kさんは3月卒業なのですが、まだ進路が決まっていないのみならず、出席率もいいとは言いかねる数字です。このままでは、3月末に帰国せざるを得ません。

一番悪いのは、本人に切迫感がないことです。出願校を言わせた時、私が聞き取れなかったんですからねえ。自己流の発音ですから、面接官に伝わる可能性はゼロです。それに加えて、文法や語彙の間違いもひどすぎます。聞き手が理解できないような間違え方ですから、致命傷になりかねません。そんな耳を覆わんばかりの日本語をへらへら笑いながら言っているのですから、切迫感ゼロどころかマイナスです。

オンライン授業もカメラをオフにして受けていますから、自分の部屋で何をしているかわかったものではありません。そういう点を指摘しても「ちゃんと聞いています」と反論します。しかし、授業中に指名すると「先生、問題は何ですか」とか「どこを読みますか」とか聞き返しますから、授業に集中していないことは明白です。

出席率だってそうです。「卒業式まで毎日出席しますから大丈夫です」の一本槍です。面接で「どうしてこんなにたくさん休んでいるんですか」と聞かれたら、今のKさんでは何も答えられないでしょう。欠席するたびに自分の将来への窓を狭くしてきたということに、今もって気付いていないようです。

かなり厳しく対処したつもりですが、画面を通しての説教となると、隔靴搔痒の感がかなり強いです。これからは、オンライン説教にの技術も磨かねばなりません。

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話そうぜ

1月19日(火)

オンライン授業の難しい点は、学生の発話をいかに多くするかです。種々の小道具や小技、手練手管を駆使しても、談論風発とまではなかなか至りません。上級や超級ならそれでも少しは得るものがあるかもしれませんが、初級はそれじゃ意味がありません。習った文法を応用して話をすることに、コミュニケーションを取ることに、授業の意義があるのです。そこで、学生の発話練習を促進するために、初級クラスのオンライン授業のサポートに入りました。

文法の導入はS先生が全体をまとめて行い、その後の練習からクラスの半分を私が受け持ちました。日本語を始めたばかりの学生たちのクラスですから、日本語の音に慣れさせ、口を開かせることが私の使命です。少人数になったのですから、名簿と画面を見ながら次々と指名し、怪しい発音を訂正し、無理を承知の上でzoomを通してコーラスさせました。

2020年度は、それまでに比べて、学生の発話力を十分に伸ばせなかったという反省があります。受験期になって面接練習する段に及んで、“おやっ?”“あれっ?”というパターンが少なくありませんでした。それでもどうにか合格を手にしている学生がいるところを見ると、留学生全体の発話力が低下しているおそれもあります。これを結果オーライとしてしまうのではなく、19年度までの水準に少しでも近づける算段を立てなければなりません。

明日の晩から首都圏や関西圏では終電が早まります。まだまだ戦いが続き、授業を従前の形に戻せるようになるには、時間を要しそうな形勢です。オンライン授業の研究開発の余地は、大いにあります。

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暗雲

1月18日(月)

東京の新規感染者数は、「最多更新」ではなく「○曜日で2番目に多い」などという日が多くなっています。ということは、ピークは越えたと見ていいのでしょうか。たとえそうだとしても、高値安定ですから、気を緩めることなどもってのほかです。

力士でさえ何十人も感染していて、休場者同士の方が好取組になるのではないかとさえ噂されています。そもそも、力士は四股で大地を踏みしめ、疫病退散をはかるのが務めのはずです。その力士が大量に疫病に取りつかれているのですから、この疫病がいかに質の悪いものかよくわかります。

日本の国の中全体に、「この先どうなるのだろう」という漠然とした不安と、「私はかからない」という根拠のない自信と、「最終的にはどうにかなるだろう」という思考回避の楽観がないまぜになって漂っています。抑圧的な雰囲気の底に欲求不満のマグマがたまっています。それが所々で噴出し、集団で羽目を外したり、ある特定の対象に向かって憂さ晴らしをしたりという、見聞きするにたえない事件を引き起こしています。

万里の波濤と数々の障害を乗り越えて、今までの学生より一桁上の困難の末に日本にたどり着いた新入生たちは、思い描いた留学生活とは似ても似つかぬ半監禁生活に陥っています。私たちも何とかしてあげたいと思っていますが、新入生だけ対面授業というわけにもいきませんしね。気の毒なことこの上ありません。

オリンピックは返上して、その予算を今困っている人のために使うべきだという意見が、正月の新聞に出ていました。中止でお金が落ちなくなると困る人も出てくるのでしょうが、一考の余地があるのではないでしょうか。

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何をどうすれば

1月16日(土)

ZさんがY大学に合格しました。Zさんはいろいろな大学を受けましたが、その中で最難関と考えられたのがY大学でした。もちろん、本人にとっては第一志望の大本命です。

Zさん自身から報告を受けたときは、「おめでとう。よくやった」と祝福し、努力をたたえました。私もうれしいのですが、落ち着いて考えてみると、どうしてZさんがY大学に受かったのか、さっぱり見えてきません。EJUの成績がずば抜けてよかったわけでもありません。何回も何回も面接練習をしましたが、最後の最後まで話し方にぎこちなさが残りました。自分で答えを用意してある質問にはスムーズに答えられますが、そうでないことを聞かれるとしどろもどろになっていました。さんざん指導しておいてこんなことを言うのは無責任ですが、勝ち目は薄いなと思っていました。だから、Zさんが受かった要素が思い浮かばないのです。強いて言えば、Zさんは面接で質問されたことを覚えてきて教えてくれましたから、本番の面接ではさほど緊張せずにふるまえたのかもしれません。

何がよくて受かったのかわからないと、Zさんの合格を次の年度の指導に生かせないのです。確かに、私はZさんの受験指導をしました。だから、ZさんのY大学合格について貢献度がゼロだとは思っていません。だけど、結果的にどういう貢献をしたのか、私自身にもよくわからない点が、もどかしい限りなのです。LさんのK大学合格にも、同じようなものを感じています。

午後、まだどこにも受かっていない学生3名の進学相談をしました。この期に及んできれいごとばかり並べるつもりはありません。励ましつつもかなり厳しいことも言いました。「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と言います。負ける要素を1つずつつぶしていくことで、道を切り開くしかありません。

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決死隊

1月14日(木)

国内で新型肺炎の感染者が見つかってから、明日で1年になるそうです。当時、専門家が提示したシナリオのうち、最悪ではありませんが、それに近い道を歩んでいるのが今の日本です。世界的に見てもそうかもしれません。すでに世界人口の1%以上が感染しているのですから。

Kさんはまだ進学先が決まっていませんが、感染が怖くて外に出られないそうです。授業はオンラインですから心配ないのですが、進路指導となると対面でないと都合が悪い場合もあります。大人の事情で紙で見せざるを得ないデータや電子的にやり取りできない情報もあれば、学生の顔色を見ながら話を進めた方がいいことだってあります。Kさんのような土俵際の学生には、そういったものまで総動員してあれこれ決めていかなければなりません。それがどうしてもいやだとなれば、帰国しか道はありません。

感染者が増え始めたころ、「正しく恐れる」ということとがよく言われました。大勢でフグをつついた政治家はなめすぎであり、Kさんは恐れすぎです。精神的に逃げている気もします。緊急事態宣言をいいことに、受験から目を背けているんじゃないかな。Kさんの日本での進学が緊急事態に陥っていることに、気付いていないわけがありません。でも、それに立ち向かおうとしていません。

最終的には、土曜日に学校へ来ることになりました。そこでじっくり話し合い、方向性を決めます。Kさんは決死の思いで来るでしょうから、その思いに見合うだけの成果を持たせたいです。

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追い込まれて

1月13日(水)

年が明けてから、まだ進学が決まっていない学生が急に焦りだしました。こちらが口が酸っぱくなるほど志望校のランクを落とせと言ってきたのに聞く耳を持たなかった学生たちが、青菜に塩みたいな顔で相談を持ち掛けてきます。ついこの前まで進学準備は自分でやるから干渉するなと言わんばかりの態度でしたが、今や無条件降伏状態です。もはや、プライドも何もありません。

進学指導の教師は、かかりつけ医的な面があります。ずっと健康状態を見てきて、カルテも内容が充実していて、お互いの間に信頼関係があれば、的確なアドバイスもできます。うるさいほど相談に来る学生には、こちらもかかりつけ医になれます。しかし、我が道を行っていた学生に突然来られても、これまでの状況把握から始めますから、一見さん扱いといったところでしょう。

だれにも頼らずに生きていける人なんて、世の中にほとんどいません。また、頼るべき人を間違えて取り返しつつかないことになった例は、枚挙にいとまがありません。毎年のことですが、この時期になると、もっと早く相談してくれたらと苦い顔をしてしまう日が続きます。今シーズンは、これまでにない特殊な受験環境でしたから、とにかく先手必勝と訴え続けてきました。しかし、それが伝わらなかったんですねえ。

いや、伝わった学生もいます。そういう学生は、今、緊急事態宣言でどこへも行けないのが残念だなどと、余裕をかましています。Ⅱ期やⅢ期で同じ大学を受けようとしている学生に、面接の手ほどきをしてあげようなどと言っている学生もいます。

信ずるものは救われる…としたいものです。

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面接3発

1月12日(火)

1月期の始業日でしたが、私は授業がなく、オンライン面接入試の学生のお世話役でした。お世話役といっても、学生を教室まで案内したら、後はほったらかすしかありません。私が教室内をうろちょろしようものなら、一発で不合格ですから。

まず、Cさん。試験開始予定時刻の1時間以上前、8時40分ごろ学校へ来ました。何事も完璧を求めるCさんのことですから、かなり早い時間に来ることは予想できたので、8時半ごろから教室を暖めておきました。ここまでは、作戦成功です。

ところが、10時になっても11時になっても、Cさんは1階に下りてきません。こっそり教室をのぞきに行くと、パソコンに向かって何かしていましたから、中に入るのははばかられました。12時半過ぎにやっと顔を見せてくれました。話を聞くと、同じ階の教室で授業をしている先生の声が入り込んで、面接官に注意されたとか。Cさんの教室のドアを突き破って響き渡る先生の声って、どのぐらい大きかったのでしょう。通信障害もあったそうです。それで、試験終了後、しばらく教室で落ち込んでいたとか。

こちらは落ち込んでいる暇などありません。教室を消毒し、午後一番のYさんに備えなければなりません。Yさんはオンライン入試を経験していますから、パソコンを立ち上げるのに要する時間分早く来ただけで、ゆとりと慣れが感じられました。Cさんの話をし、心配なら廊下から離れたところで試験を受けるようにと指示しました。こちらは想定問答よりもだいぶ易しい質問しか来ず、質問内容を記憶できるくらい余裕があったようです。

Yさんが帰ってほどなく、最後のJさんが受付から私を呼びました。Jさんはオンライン面接練習をしていますから、これまた落ち着き払っています。あとで様子を聞くと、学力試験みたいな問題を出されたと言っていましたが、答えには自信があるようです。

3人とも、果報は寝て待てとなるでしょうか…。

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