Monthly Archives: 9月 2022

緊張

9月30日(金)

約束の時間10時ぴったりに、スーツに身を固めたMさんが来ました。髪もきちんと整えられていて、一瞬、大学か専門学校かの方かと思いました。明日の10時にD大学の面接がありますから、そのちょうど24時間前に面接練習をしようというMさん流のこだわりです。

Mさんは、受験講座や進学相談などで私とは何回も話したことがあります。去年、オンライン授業をやっていた頃からの付き合いです。顔見知りなんていうもんじゃありません。しかし、ノックして教室に入った瞬間から顔つきが違っていました。案の定、「そういう勉強をしようと思ったきっかけは何ですか」と聞いたら、「子どもの頃…」と言ったきり、固まってしまいました。1分ぐらい待ちましたが、うつむいたまま、ピクリとも動きませんでした。

質問を別のに替えたら答えられましたが、いつもの元気さと日本語の滑らかさがありませんでした。一通りやってみたあとで話を聞くと、やはり、頭の中が真っ白になってしまったとのことでした。MさんはEJUの成績が今一つですから、面接で点を稼ぐ必要があります。Mさんの日本語なら逆転でD大学に受かる可能性が十分見込めると踏んで、D大学に勝負をかけたのです。言葉が出てこなくなってしまったら、勝ち目はありません。

Mさんには、答えがすぐに出てこなかった時の対処法を教えました。そうしたら、少しは安心したようで、表情に余裕が出てきました。いざという場合のお守りですが、実はある程度の日本語力がないとできません。でも、私はMさんならできると信じています。

Mさんはその緊急避難方法を聞いて、自分にできると思ったのでしょう。どうやら、どん底は脱したようです。

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進学するには

9月29日(木)

朝、D大学の方がいらっしゃいました。D大学は、KCPからもほぼ毎年進学者がいる芸術系の大学です。進学した学生の近況や入試制度の説明に来てくださいました。進学した学生たちは、どうやら順調に勉強や研究を進めているようです。

入試の方では、話せなければ合格できないと繰り返していました。腕がよくても、制作意図などがきちんと説明できなかったら、合格はさせないそうです。芸術系大学でも、技術より日本語だ――と、私たちも何度も何度も注意しています。過去にそういう学生が、1人や2人ではなくいましたから。それでも学生たちに通じないんですよね。大学の留学生入試担当者のこういう生の言葉を聞かせてやりたいです。

話す力だけではありません。日本語で行われる、専門用語がバンバン飛び交う講義を耳で聞いて自分のものにするだけの理解力も必要です。留学生の場合、ある日の講義についていけなくなると、わからないことが雪だるま式に増えて、芸術系ではそれが作品制作にも悪影響を及ぼします。一番打ちのめされるのは本人です。

学生にしたら、日本語学校の授業は自分が本当に勉強したいこととは違います。だからやる気がわかないということも、よく耳にします。じゃあ、本当に勉強したいことを扱う授業についていけるのかといったら、そんなことを言っている学生は絶対に無理です。確かに、進学してから日本語力が大きく伸びた学生もいます。D大学に進学したHさんもその1人です。でも、そういう人は逃げません。できない自分と正面から向き合っていました。

D大学の出願は、来週から始まります。

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期末テストの日

9月28日(水)

「はい、あと10分です。できた人は、出して静かに勉強してもいいですよ。教室の外に出る場合も、他のクラスはテスト中ですから静かにしていてください」と声を掛けると、数名の学生が提出しました。机を抱いて寝ていたSさんも、むっくり起き上がって教卓まで解答用紙を持って来ました。

そのSさんをはじめ、提出した学生全員が、かばんからスマホを取り出しました。外に出た学生はおらず、全員が教室内でスマホをいじり始めています。Sさんは、いつの間にかイヤホンを突っ込んでいるではありませんか。残念ながら、次の試験科目の教科書を開いて勉強を始めた学生はいませんでした。

学生たちはデジタルネイティブですから、スマホに教科書やノートを取り込んでいるのかもしれません。でも、スマホを操作する学生の顔つきや指先を見る限り、勉強している感じはしませんでした。デジタルネイティブだからというよりも、試験時間のほんの数十分スマホから離れただけで、スマホに飢えてしまったといった勢いで、スマホをなでたりたたいたりしていました。その後に提出した学生も、1名を除いてみんな、まずスマホでした。

試験監督が終わって一息ついていると、H先生が「図書室の辞書は借りられますか」と聞いてきました。常識的に辞書類は禁帯出です。H先生がそんなことをご存じないはずがありません。「入試で辞書可なんですが、『紙の辞書に限る』なんですよ」ということでした。学生御用達のスマホは、当然不可。かといって、たった1日の試験のために何千円もする辞書を買うかというと、それもちょっと…。そして、学校に頼ろうとしているわけです。2日が試験で、3日に返すという条件で貸すことにしましたが、その学生、紙の辞書が引けるのでしょうか。

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出直し

9月27日(火)

昨日から、先週行った上級の実力テストの結果をまとめています。どういうまとめ方をしても、Kさんがぶっちぎりの1位です。Kさんを東の横綱としたら、西の横綱は不在ですね。そのくらい差がついて、大関がTさんとZさんです。その次ぐらいから団子になって、三役クラスが数人、以下、前頭が20人ぐらい、十両が同じくらい…と続きます。試験日に欠席した学生は、番付外です。

Kさんは、6月のEJUでも、聴解・聴読解、読解、記述、すべて最高点でした。私のクラスではありませんが、もし、私のクラスだったら、Kさんの答案をまっ先に採点して、それを模範解答にして他の学生のテストを採点しますね。こういう学生が1人いると、教師は非常に楽です。いや、その前に、Kさんに満点を取らせない試験問題を作ることに精力を傾けるでしょう。横綱に土を付けるべく作戦を練る平幕力士の心境です。

さて、実力テスト番付の幕下にもならない位置に、Sさんがいます。SさんとKさんの日本語を比べたら、学生と教師くらいの差を感じます。Kさんには手加減せずに話せますが、Sさんには表現を選びます。Kさんの話はそのまま受け取れますが、Sさんの話は脳内同時通訳を介してから理解します。先日も「ズボンが自転車に入れて、自転車が壊れました」と言っていました。ズボンの裾が自転車に巻き込まれたんですよね。

そのSさん、自分自身でもテストができなかったことを痛感し、来学期は下のレベルで勉強したいと、担任の先生に申し出たそうです。超低空飛行で、中間や期末の試験の点数だけかろうじて合格点を取るということを繰り返し、上級まで来てしまったことが、こういう形で現れたのです。それに気がついただけ、Sさんは偉いです。卒業までの半年で、自分の基礎の抜け穴をしっかりふさいで進学してもらいたいです。

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将を射んと欲すれば先ず馬を射よ

9月26日(月)

Gさんは、来月半ばに関西地方にあるI大学を受験します。Gさんとしては東京で進学したいのですが、ご両親から絶対に来年4月に進学しろと厳命されているので、両親の薦めるI大学にも出願しました。そんなわけで、この前Gさんの進学相談に乗った時には、志望理由はないに等しい状態でした。

午前の授業が終わってすぐ、そのGさんが面接練習に来ました。先日のことがありましたから、いきなり本格的な面接練習をするのではなく、まず、「どうしてI大学なんですか。緊張しないで答えてください」と、始めました。すると、Gさんは自信なさげにいくつか理由を挙げましたが、すでに目が泳いでいました。

そんなことだろうと思い、事前に用意しておいたI大学の資料を見せながら、I大学の魅力について2人で考えました。その資料に表れているI大学の特徴を説明しているうちに、Gさんの頭の中に少しずつI大学のイメージが固まってきたようです。あの顔つきは、“親に言われたから”ではない、Gさんなりの積極的な理由が思い浮かんできたんじゃないかな。

夕方、Gさんの志望校の1つでもあるS大学の教師向け説明会にオンラインで参加しました。教師にしても、材料がなかったら学生に大学を薦められません。I大学は、私なりに少しは情報を持っていましたから、Gさんと一緒に志望理由が考えられました。学生に対して“推し”ができるネタがほしいのです。

「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」です。大学にしてみれば、学生こそ将です。教師という馬をコントロールすれば、将たる学生はその大学に向かいます。この説明会のおかげで、S大学は推し大学の1つにできそうです。たかがオンライン説明会で学生にどのくらい強く推すか決まってしまうなんて、いい加減なもんですね。でも、それが人情ってもんじゃないかな。

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グローバル人材

9月22日(木)

先週の金曜日に面接の質問集の答えを持ってきたWさんの面接練習をしました。今回は、空き教室を使って、面接室への入り方から指導しました。毎年、本当に初めての学生はそうなのですが、Wさんもドアをノックして開けたところで固まってしまいました。

「1階の職員室に入る時は何と言いますか」「あ、“失礼します”だ」

というようなところから指導が始まります。

挨拶して椅子に腰かけて(ここまでにも数回指導が入りました)、模擬面接官の私からの質問に答えます。質問集の1番はその大学を志望した理由ですが、私はそんな順番にはとらわれません。中級の学生になら順番通りに聞くという親切心ぐらいはお見せしますが、Wさんは上級の学生ですから、そんな手加減はしてはいけません。

順番を崩しましたが、Wさんはそれなりの答えを返してきました。その答えの中に、“グローバル人材”“ダイバーシティー”という、いかにもホームページから拾ってきた感じの言葉がありましたから、「グローバル人材ってどんな人材ですか」と聞いてみました。

さあ大変です。目を白黒させて考えたあげく、「全球的な仕事をする人です」と答えてくれました。ダイバーシティーも推して知るべしです。こんな答えでは、一生懸命に志望校T大学について調べた努力が虚しくなってしまいます。「ホームページに書いてあった言葉を使って答えてもいいけど、その言葉についてWさん自身はどう考えているかも説明できなきゃね」と指導。

練習が終わって最初の感想が、「緊張しました」でした。知ってる顔の先生でも緊張するのですから、初対面の大学教授となれば…。次回は来週の月曜日です。もうちょっと厳しく突っ込んでみましょうか。

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秋模様

9月21日(水)

朝(私にとっての“朝”は、普通の人にとっては“未明”か、下手をすると“夜更け”かもしれませんが)、窓を開けると、ひやんとしました。気象庁の観測によると、東京の明け方の最低気温は午前3:58の16.5度です。建物の中には夏の熱気が残っていますが、16.5度は十分すぎるくらい秋です。明後日はお彼岸です。週間予報を見る限り、大汗をかくような気温にはなりそうもありません。まさに、暑さ寒さも彼岸までです。

外がそんな状況でしたから、今朝は半そでシャツに薄手のカーディガンを羽織って出勤しました。自分がそういう格好だからなのかもしれませんが、電車内の半そでの人が寒々しく見えました。でも、フリースのお姉さんはやりすぎなんじゃないかなあ。

教室に入ると、暑がりのTさんは相変わらず半そで短パンです。でもTさんは丸々としていて、適度に焼けていますから、見ているほうに鳥肌が立ちそうな様子ではありませんでした。学期の初めにエアコンの吹き出し口を避けて窓際に避難していたHさんが、教卓の近くに戻ってきました。1か月ぐらい季節を先取りといった感じのジャケットを着込んでいました。

教室は、カーディガンを脱いで教壇に立った私を含めても、半袖が少数派でした。エアコンなしで、窓とドアを開けて風が通るようにすると、暑からず寒からず、ちょうどいい温度です。6月末の連続猛暑日のころは秋まで体がもつだろうかと心配もしましたが、どうやらもっちゃったようです。10月1日の衣替えまであと10日、今年最後の半袖を楽しみましょう。

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朝の出来事

9月20日(火)

朝、仕事をしていたら、電話が鳴りました。

「はい、KCP地球市民日本語学校でございます」

「Dと申しますが、おはようございます」⇒KCPには電話口で名乗らない学生が多いですが、Dさんは挨拶までしてくれました。クラスまで言ってくれたら完璧ですが、まあ、十二分に合格点です。

「Dさん、おはようございます。どうしましたか」⇒朝かかってくる電話は、たいてい欠席連絡です。お腹を壊したか、頭が痛いか、それとも熱を出したのでしょうか。

「先生、学校はいつも通りですか。授業はありますか」⇒??? 私は、タイミングがよかっただけかもしれませんが、傘を差さずに学校まで来ましたよ。今、学校の前を通った人も、傘を差していません。

「はい、いつものように9時に来てください。Dさんのところ、電車が止まっていますか」⇒台風は関東平野のはるか北側を通過中。風も吹いているし、雨もまた降りだすことでしょうが、電車が止まるほどひどくなるとは思えません。でも、局地的には大雨になっていたり、Dさんの住んでいるところが低地だったりしたら、登校するのが困難かもしれません。

「あ、いいえ、どうでしょう。調べてみます」⇒要するに“あわよくば臨時休校”って考えだった???

「ま、とくにかく、学校は普通にあります。9時から授業をしますから、電車が止まっていなかったら、遅刻しないように学校へ来てください」⇒当然、こういう結論になりますよね。

「はい、わかりました。どうもありがとうございました」⇒こういう挨拶は、しっかりできるんですねえ。そこがDさんの日本語力、コミュニケーション力の高さです。

Dさんは、遅刻もせずに、ちゃんと出席しました。

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ああ言えばこう言う

9月17日(土)

受験講座EJU日本語が終わって職員室に戻ると、KさんからB大学の面接の想定問答がメールで届いていました。今週の月曜日に1回目の指導をして、それを踏まえて訂正した原稿です。

読んでみると、確かに私の注意したことが反映されていました。ホームページやパンフレットに書かれていることをそのまま引き写すのではなく、自分なりに咀嚼解釈して、「私はその内容をこのように受け取りました」という形にまとめるよう指導しました。ご丁寧なことに、Kさんが参考にしたホームページが貼りつけてありました。しかし、文言を少しいじっただけで、そのページでB大学やKさんの志望学部の先生方が言わんとしていることを理解しているとは言い難いです。そもそも参考にすべきところを間違えているという例もありました。

上級の学生にとっても、志望校が発信している情報を受け取って、必要なところを選び出して、読んで理解して、その内容を要領よくまとめて文章化するというのは、かなりの難題です。でも、それをどうにかしないと、志望校に手が届きません。Kさんが狙っているB大学は、今までにKCPの学生が何人も跳ね返されています。いい加減な答え方では望ましい結果が得られないことは明らかです。

結局、Kさんの想定問答に手を入れるのに、午後の時間のほとんどを使ってしまいました。それでも、意味不明で理解不能、手の施しようのない答えがいくつかありました。でも、このくらいの方がいいのかもしれません。これはあくまでも“想定”問答集です。B大学の面接官が絶対聞いてくる質問ではありません。また、完璧な答えだと、頑張り屋のKさんはそれを暗記しようとするのが目に見えます。暗記は緊張に弱いものです。緊張して頭が真っ白になったら、何も出てきません。また、“想定”外の質問が来ると、脆くも崩れ去る懸念があります。そう思うと、抜け落ちがあるくらいでちょうどいいのかもしれません。Kさんにも、直せとは指示しませんでした。

試験日までひと月ほどあります。これからどう展開するでしょう。

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初めての面接練習

9月16日(金)

午前中の授業が終わってすぐ、Wさんが面接練習に来ました。Wさんは来月早々、T大学を受験します。半月ちょっと時間がありますが、初めての面接試験なら、このくらいの準備期間が必要です。

Wさんは担任のM先生から面接でよく聞かれる質問集をもらい、それに対する回答を持って来ました。ひとつひとつのQ&Aはそれなりに成り立っていますが、全体を通して見てみると脈絡がありません。また、Wさんが志望する学科にはいくつかのコースがありますが、それに関する言及も全くありません。まさかコースに気付いていないのではと思って聞いてみると、さすがにそんなことはありませんでした。しかし、質問集に学科の下位分類のコースに関するQがありませんから、Aも用意していません。聞いても、ぶっきらぼうにコース名を言うだけです。

こういう学生は毎年いますから、しかも最初の面接練習ですし、驚きもしませんでした。Wさんにはどうしてそのコースに進みたいのか、きちんとまとめておくように指示を出しました。ここで何かを語ると、T大学を選んだ理由や将来設計についての質問への答えにも影響が出てきます。こういうあたりに、Wさんが質問のつながりを考えずに答えを作ってしまった弱点が見えてしまいます。

そんな指摘をしているうちに、Wさん自身も自分の答えに足りないものが見えてきたようです。ここまでくれば、面接全体を通したストーリーも、何を中心に訴えるかも、自分で考えられるでしょう。連休明けにまた練習することを約束して、Wさんは帰って行きました。

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