Monthly Archives: 1月 2020

説明力

1月31日(金)

今学期の受験講座生物は、EJUを離れて記述問題やグラフなど図で示す問題に挑戦しています。文章や口頭で説明する力をつけてもらうことを目的としています。2021年4月入学を目指す中級の学生にとっては、現時点では荷が重い問題ですが、今から鍛えていけば各大学の独自試験や口頭試問の際に効果を発揮するはずです。また、選択肢がありませんから、正確に覚えておかないと正解にはつながりません。知識をあやふやな形ではなく、きちんと身に付けることも狙っています。

今のところ、学生たちは頭の中の知識を日本語化するところで壁に当たっています。国の言葉で知っている専門用語を日本語でどういうかわからないといった段階です。例えば、「光合成」という概念を国の言葉では持っていますが、その概念と日本語の「光合成」が結び付かないのです。

図示問題では、図やグラフが描けても、なぜそういう図やグラフになるかについては、頭が空回りしてしまいます。専門用語を知っていれば一言で表現できる事柄を、三角形の二辺どころか四角形の三辺を回ってくるような説明をしています。考えをうまく言葉にできないもどかしさを十二分に味わっていることと思います。

「〇字以内で答えよ」系の問題は、日本語レベルが中級ということもあり、まだまだ上手にまとめることはできません。答えの解説が、文法の授業になってしまうこともあります。これから先、上級へと進級していくにつれて、だんだん書けるようになっていくだろうと期待できます。

学生たちは歯を食いしばってついてきています。学生たちの希望に沿えるように伸ばしていきたいです。

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新店舗開店か

1月30日(木)

全国的にはわずかではありますが減ったのに、学校の近くにまたコンビニができるようです。店員募集の張り紙がありました。新宿1丁目って、そんなに魅力ある地域なんでしょうか。大きな事務所や工場があるわけでもなく、新しい集客施設ができたわけでもなく、東京医大も富久クロスも新宿御苑も大きい通りの向こう側ですからねえ。コンビニが増えてもゼロサムゲームだと思います。

それから、店員やアルバイトが集まるのでしょうか。最近の日本語学校の学生は、KCPに限らず、あまりアルバイトをしません。付近にこれだけお店(=アルバイト先)が多いと、店の近辺で普通に募集しただけでは効果がないんじゃないでしょうか。安倍さんじゃないけど、広く募らなきゃ。

今週は、ある財団に奨学金受給者として推薦する学生を決める面接をしました。面接をした学生は1人を除いてアルバイトをしていませんでした。住んでいるところの家賃も10万円近いのが普通で、かつてのように勉強とアルバイトの両立に頭を悩ませることもありません。奨学金は、生活費を支えるというより、名誉のためにもらうためになりつつあります。

最近、バスや電車が、運転士がいなくて減便されるという話をよく聞きます。電車はゆりかもめみたいに無人運転の方向に進んでいくのでしょうか。丸ノ内線がワンマン運転を始めた時はびっくりしましたが、そうしていなかったら、今頃朝のラッシュ時の運転本数が減って遅延が慢性化して、KCPの学生の遅刻が激増していたとも考えられます。また、コンビニも、中国でやっているような無人店舗が広まっていくこともあり得るでしょう。そうなれば、新しいコンビニも生まれやすくなるかもしれません。

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まずいぞ

1月29日(水)

私が受け持っている超級クラスでは、初級から今までに習った文法の復習をしています。助詞に始まって、授受表現、意向形はじめ意志の表現などを扱ってきました。一度は勉強したことがある事柄ばかりなのですが、学生たちは間違いまくっています。この表現はなぜダメなのか、こういう言い方もあるのではないかなどなど、議論百出で意外な方向で授業が盛り上がっています。

私のクラスの学生たちはほぼ全員が3月で卒業です。進学したら日本人の学生に囲まれて、日本語で行われる講義を聞き、日本語でレポートを書き、議論をし、コミュニケーションも日本語で取ります。その際に、日本語の未熟さゆえに相手に誤解を与えたり、相手の真意がつかめなかったりしたら、日本語学校として責任を果たしたことになりません。それゆえ、卒業直前のわずか2か月ほどですが、基礎をもう一度振り返り、そんな失敗を撲滅することは無理でも、1つでも減らせたらと思ってこういう授業を企画しました。

前日に教材を配ると、学生たちはきちんと予習してきます。中には学校へ来てから教室で大急ぎで答えを書きこんでいる学生もいますが、それでも授業を受ける準備はきちんとしておこうとしているわけです。学生たちにも、授業を受けているうちに、危機感が湧いてきているのではないかという気がします。

現時点において、進学が決まったからと言ってちゃらんぽらんしているのはKさんぐらいでしょう。Kさんは消化試合のつもりで、出席率確保のためだけに登校してきているようですが、Kさんの文章や話し方では、進学してからが心配です。諸先生方が厳しく訓練してくださったおかげで入試の面接試験は通りましたが、本番はこれからだということを忘れているように見えてなりません。

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光っていますか

1月28日(火)

今週末に面接試験を控えたSさんとTさんが面接練習に来ました。いや、面接練習というよりは面接相談でしたね。2人とも去年のうちに何校か受けていますから、面接試験の経験がないわけではありません。しかし、自己流で受けて痛い目に遭ったり言いたいことが言えずにもどかしい思いをしたりしてきました。

SさんもTさんも、セールスポイント、アピールポイントは持っています。しかし、それは私が根掘り葉掘り聞かないと姿を現しません。逆に言うと、面接官が志望動機や将来の計画など型通りに聞くだけだったら、何の変哲もない、特徴が見えない、だから面接官の記憶に残らない面接になってしまいます。そうなったら、疑いなく落ちるでしょう。

面接は、10分か15分の面接官とのやり取りの間に、いかに自分を売り込むか、面接官の心に訴えかけるかが勝負です。そういうことを繰り返し繰り返し言ってきたつもりですが、直前の面接練習でもそれができていないというのが実情です。私たちの方も、面接の受け答えのしかたを、学生の心に響くように伝えられなかったのです。

何年か前は、授業時間の中で、入試の模擬面接をし、印象に残る面接というのがいかに難しいか実体験させたものです。しかし、最近は、そういう形で血まみれになるのを嫌う学生が増え、SさんやTさんのように、この期に及んで迷える子羊状態の学生が増えました。

東京およびその近郊の大学の留学生入試が厳しさを増している中、合格を勝ち取るには要領のよさも必要です。純朴なだけでは自分の望む道には進めません。磨けば光る素材を拾い上げるゆとりが、大学側から失われつつあるような気がします。ですから、自分で磨くか先生に磨いてもらうかして、きらりと光る部分を面接官に見せつけなければなりません。SさんとTさんは、そこが足りないのです。

明日は、私は1日中忙しいので、明後日最終チェックをすることにしました。

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マスクだらけ

1月27日(月)

今朝の電車――私が乗るのは1番電車ですからそんなに込んでいるわけではありませんが――で、私が座ったシートの人たちは、全員マスクをしていました。マスクをするとメガネが曇るので、私は可能な限りマスクをしませんが、世の中はそんな甘っちょろいことを言ってはいられなくなりつつあるようです。

昨日、うちの周りを歩いていたら、ドラッグストアをはじめ、どこへ行ってもマスクは10枚までとか最大5箱とか数量制限がついていました。それでも買い物かごいっぱいにマスクを積み上げてレジに向かう人が大勢いました。

先週のこの稿で武漢の肺炎が下火になることを祈っているなどと書きましたが、状況は日々刻々悪化しており、患者も死者も積み上がってきています。それゆえの全員マスクであり、マスクの販売制限です。流行っているのは日本ではなく、海を隔てた中国ですが、昨年は1千万、すなわち日本の人口の8%に近い人が中国から来ているのですから、油断は禁物です。

問題となっているコロナウィルスは、普通の風邪のばい菌です。肺炎だとか死ぬとかと言う物騒な話とは無縁のはずです。でも、おそらくどこかで(人類にとって)悪い方向の変異を受け、こうなってしまったのでしょう。さらに、人から人への感染力も強くなったとかで、もはや単なる風邪の病原菌などと軽く見るわけにはいきません。

現時点では感染が疑われる学生は出ていませんが、先週末の春節で大騒ぎした影響がいつ現れるかわかったもんではありません。今晩から明朝にかけて雪かもしれないという予報が出ていますが、そんなことよりこっちの方に気をもまなければなりません。早く春が来ないかなあ…。

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伝わっていますか

1月25日(土)

電車の車内アナウンスに、録音の音声による英語アナウンスが加わったのは、もうだいぶ昔のことと思います。ところが、最近、特に去年あたりから、車掌さんの肉声による英語アナウンスをよく耳にするようになりました。私が通勤に使っている東京メトロは、その日の車掌さんによってしたりしなかったりというのが現状です。

しかし、この肉声英語アナウンス、果たして通じているんだろうかと思うことがよくあります。年末に行った名古屋では、“アライビングアットカナヤマ。ドアーズオブライトサイドウイルオープン”とカタカナで書きたくなるようなアナウンスでした。“あらいびんぐあっと…”と、ひらがなの方がぴったりしそうな車掌さんもいました。東京のも似たり寄ったりです。

若い車掌さんなら、大学でかなりがっちり英語を鍛えられているはずですから、“Arriving at …”とやってほしいところですが、そういうアナウンスはなかなか聞けません。私が気持ちよく聞き取れるということは、その発音はネイティブのものからほど遠く、いかにも日本的発音だということです。悪い意味の横並び意識が現れ、わざと下手にしゃべっているのでしょうか。

私のクラスのアメリカから来ている留学生・Aさんに、自動音声アナウンスと肉声アナウンスとどちらがよくわかるか聞いてみたいと思っているのですが、授業の後はいつも忙しくて、そのチャンスがありません。非難の声が強かったらとっくの昔にやめているはずですから、それなりに支持されているのかな。日本人は手作り感に弱いですが、英語を頼りに来日している外国人の皆さんはどうなのでしょうか。

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気になるニュース

1月24日(金)

今学期は、毎週金曜日に学生の気になるニュースについてまとめて発表してもらうことにしています。先週の学生は自分の趣味に関するアニメの話題を10分ぐらい熱く語ってくれました。今週は、4人のうち2人が武漢の新型肺炎を取り上げました。2人とも、武漢ではありませんが中国の学生でしたから、やはり心配なのでしょう。

中国が震源地となり、世界中に広がりつつあるという恐ろしい話も出てきました。確かに日本でも患者が出ていますからねえ。じっとしていても、ウィルスの方からじわじわと近寄ってきそうなイメージがあります。患者のくしゃみのしぶきで感染するそうですから、油断はできません。

幸いにも、今のところ、KCPにはこの前の年末年始の休みに武漢に帰省したり遊びに行ったりした学生はいないようです。でも、ウィルスに感染していたけれども潜伏期間中だったため元気そうに見えた友人と会っていたなどというパターンもあるかもしれません。そうだとしても、週明けぐらいまでに発症しなければ、最長の潜伏期間を仮定しても、無事だったと言えそうです。

この学校には世界中から学生が集まってきますから、世界中のいろんな影響も凝縮されます。時には今回のような伝染病であり、経済状況の激変の場合もあり、自然災害に気をもむこともあります。そういうニュースを知っていると、心配そうな顔をしている学生が特に目についてきます。私たちが力になれることってたかが知れていますが、それでも何かしてあげたいと思うものです。

私が目にした記事によると、武漢のウィルスは感染力がそれほど強くないとのことでしたから、中国政府の武漢封鎖作戦が成功して、どうにか下火になることを願っています。

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私は誰ですか

1月23日(木)

初級のクラスだと、学期が始まって1週間もすると、どの学生もクラスメートの名前を覚えるものです。自己紹介そのものが教材になっていて、何回もしているうちにお互いの顔と名前が頭に入ってしまうという面もあります。それ以外にも、発話練習でペアになった学生の名前を呼ぶ場面が多いので、いわば反復練習をしているようなものなのです。

しかし、中級、上級、超級と進むにつれて、そういう友達の名前を呼ぶチャンスが減ってきます。発話内容は抽象的かつ高度なものになりますが、それに反比例して、クラスメートの名前を意識することがなくなってきます。また、進路の方向が違う学生とはあまり話さなくなります。ことに最近の学生は第一の親友がスマホですから、なおのことその傾向が強いです。今学期木曜日に受け持っているクラスの学生たちにもこの傾きが多分に感じられ、ちょっとおせっかいを焼くことにしました。

まず、席が隣同士でない(≒友達付き合いをしていない)学生を強制的に2~3人組にし、お互いの顔と名前を覚えさせます。次にそのグループを2つずつまとめ、規模を倍にして同じことをさせます。2人組だったらたまたま旧知の仲という例もありますが、4人となると1人ぐらいは話したことのない学生が混じるものです。これを繰り返し、最後にクラス全員の顔と名前を一致させます。

Wさんはクラスの学生の名前を完璧に覚えました。しかし、Pさんは人の名前を覚えるのが苦手だと言い、半分あきらめ気味。自信ありげなCさんをテストしてみると、実はボロボロ。口数が少ないSさんが、意外によく知っていました。

卒業式まであっという間ですが、だからこそ、仲良く密度濃くやってもらいたいです。

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集中

1月22日(水)

学生たちはしわぶき1つせず黙々と卒業文集の清書をしています。専用の原稿用紙に黒のフリクションではないボールペンで書くのですから、失敗は許されません。だから、おちゃらけた態度にならないのはわかりますが、これほどまで集中するクラスは珍しいです。

先週の水曜日に下書きを書いてもらって以来、昨日までかかって添削しました。日本の生活の苦労、勉強ができなかった苦しみ、新しい友達ができた喜び、未知の世界を垣間見た驚き、将来の夢、何年か後の自分への手紙、来日直前の自分へのアドバイスなど、実にバラエティーに富んでいました。

どの学生も何らかの形で挫折を味わい、それを克服して、今、こうして卒業を目の前にしているのです。来日したばかりのころに比べれば、何倍も強くなったはずです。だからこそ、かつての自分にアドバイスができ、将来の自分に「初心を忘れるな」なんてメッセージが送れるのです。

緊張気味の表情で原稿用紙に向き合っている学生を眺めながら、この学生たちと同時期に入学して、すでに帰国した学生たちのことを思い出しました。日本の生活になじめなかったり、日本語の壁が乗り越えられなかったり、誘惑に負け続けたり、健康を害したり、志半ばで帰国した学生たちが敗北感一色になっていないことを祈るばかりです。

今ここで清書に集中している学生たちも、これがゴールではありません。4月以降、私学したら、今まで以上の試練が待ち受けているに違いありません。その試練を切り抜けるだけの基礎学力と常識と精神力を、私たちは授けてきたつもりです。顔を伏せてボールペンを動かしている学生たちを、卒業後も陰ながら応援していきます。

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処置なし

1月21日(火)

久しぶりにKさんに会いました。それだけ派手に学校を休んでいたということでもあるんですが、来て売れただけありがたいと思わなければなりません。

Kさんがなぜ欠席するかと言えば、学校が面白くないからです。日本語の勉強よりも面白いことを学校外で見つけてしまったからです。先学期A大学に受かっていますから、受験の心配もありません。元々勉強が嫌いだったようで、しなくてもいいならしないで済ませたいと思っています。

もちろん、休み続けると進学してからビザが延長できなくなりますから、全然学校へ来ないという危ない橋はわたりません。じゃあ学校へ来たときはどうするかというと、教室でひたすらスマホをいじり、ただただ授業が終わるのを待ちます。予習を前提に授業を進めていますが、予習などしてくるはずがありません。指名されると、隣の学生に答えを教えてもらってどうにか答えます。

教師に注意されたから直そうなどという殊勝な心掛けなど全くありません。注意すればしただけクラスの雰囲気が暗く重くなります。スマホをやめても寝るだけです。マイナスのオーラをまき散らしまくっています。そもそも、筆記用具すら持って来ないのですから、遊びに行くついでに学校に寄ったというのが実情でしょう。

Kさんを振り向かせるために一大奮起をしたとなれば美談になりますが、私はそこまで熱血な教師ではありません。Kさん以外にも情熱を傾けねばならない学生が大勢います。例えば、Kさんよりも先に、昨日この稿に書いたWさんの夢をかなえるためなら時間を割きたいです。

Kさんは、おそらくバス旅行にもいかないんだろうな…。

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