Category Archives: 学生

勝つためには

5月25日(水)

EJUまで1か月を切っていますから、受験講座も追い込みです。EJUの理科系の科目は、どれも問題数が多いです。1つ1つの問題は難しくないのですが、数をこなさなければなりませんから、問題全体の難易度は決して低くはありません。また、物理や数学は計算量も結構あります。それを決められた時間内に処理して答えを出すとなると、それなり以上の実力が必要です。

受験講座を受けている面々は、スピードがまだ足りないようです。制限時間内にすべて答えるというところにまでは至っていません。ですから、できる問題を確実にものにしていくようにと学生に言っています。1番の問題から順番に解いていくのが常道なのでしょうが、やさしい問題、得意分野の問題から取り組んでいくことが、点を伸ばすことにつながります。最後のほうに解ける問題があったのに、時間がなくて手を付けられなかったとなったら、実力を発揮したことになりません。それは残念過ぎます。

また、わからない問題にいつまでも関わっていてはいけません。あきらめることも肝心です。東大みたいなところを目指すなら1問たりとも落とせませんが、そうでなかったら何問か捨てることだって場合によっては必要です。1問捨てることで2問拾えるのなら、そうすべきです。横綱相撲が取れるほどの実力がなかったら、けれんみを出すことだって考えなきゃ。

何の戦略も戦術もなく戦場に立ったら、右往左往しているうちに、得るものもなく戦いが終わってしまいます。志望理由書や面接などで多少盛るのと同じだと考えれば、気も楽になります。

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テーブルを挟んで

5月24日(火)

5月も下旬となれば、かなり高い位置から日が差してきますから、ビルの谷間にあるKCPの校庭も、昼は太陽光の恵みにあずかることができます。半袖だと風が肌寒く感じることもありますが、日が当たっていればそんなことなど忘れさせてくれます。このところ、校庭で勉強する学生が出てきました。うちで宿題をするよりも図書室で教科書を広げるよりも、校庭のほうが気持ちよく、はかどるのかもしれません。

談笑している学生もいます。校庭のテーブルにはいつの間にか椅子が2脚ずつ配置され、授業後のひと時を過ごすにはうってつけの場所となっています。去年は椅子を1脚ずつにして、学生同士が集わないようにしていました。それを思うと、笑い声こそ聞こえてきませんが、テーブルの周りでいかにも楽しそうにしている学生たちが現れたのは、日常復帰への第一歩か二歩です。

このところ、屋外などではマスクを外そうという動きが少しずつ出てきました。談笑だとマスクを取るわけにはいきませんが、校舎の外ならもっとはしゃいでもいいのかなあと思います。今までの自分の世界よりも広い世界から来た友人と知り合うことは、留学の主要な意義の一つです。2階のラウンジではしてほしくないですが、校庭はどんどん活用してもらいたいですね。

ある程度の新規感染者を出しつつも、日々の活動を可能な限り元に戻していくという流れができつつあります。この流れが滞ることなく太くなっていってほしいです。最初はほんのちょっとの間だけ我慢すればと思っていたのが、もう3年目ですからね。

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たたずむ

5月23日(月)

今週は、アートウィークです。腕に覚えのある学生が、作品を展示したり演奏などを披露したりしてくれます。去年はなかった、クラブ活動の発表も予定されています。

展示会場で作品を見てみると、私の知っている名前もいくつか。Aさんってこんな趣味を持っていたのか。Bさんの感性はなかなか鋭いなあ。Cさんは芸術系志望だから、これくらいは当然かな。…などと、勝手な感想を抱きつつ、鑑賞させてもらいました。

私には芸術的素養というものが欠如していますから、絵を描くとか写真を撮るとか動画をつくるとか、そんな活動は一切しません。でも、ほかの人の力作を見るのは好きです。私の「素晴らしい」と、多くの人たちの「素晴らしい」とが一致するかどうかはわかりませんが、私なりのポイントで芸術作品や文化財を見てきました。

そういったものを見てしばらくその前から動けなくなったのが、ルーブル美術館のモナ・リザと、吉野の金峯山寺の金剛蔵王権現です。モナ・リザは、ルーブルの中では小さい部類に入る絵ですが、オーラというよりは引き付けて放さない何物かを強く感じました。金剛蔵王権現は、青い仏像です。数年前の御開帳で見て、その前に座り込んでしまいました。何かを願ったり祈ったりするのではなく、ただその前から離れがたかったのです。

そんな私の目で見て、じっとたたずんでしまったのが、Dさんの写真とEさんの絵です。この手の作品をもっと見てみたいなあと思いながら、会場を後にしました。明日もまた、見に行くつもりです。

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EJUじゃなくて

5月19日(木)

理科系のGさんは、6月のEJUも受けますが、現時点で第一志望の大学の入試は、EJUが不要です。日本人の受験生と同じ試験を受けて、同じ合否基準で判定されます。共通テストは不要で、独自試験で合否が決まるようですが、外国人留学生にとってはかなり難関です。

理科系ですから、独自試験は数学や理科です。筆記試験ですから、マークシート方式のEJUとは問題の作りが違います。一問一答とか、誘導に従っていけば答えにたどり着くとかいった問題ではなく、自分で論理を作り上げていかないと答えに到達しません。そうすると、EJU対策だけでは不十分です。数式を変形したり、化学反応式を書いたり、日本語で書かれた長い問題文を読み解いたりしなければなりません。

最近、留学生入試ではない入試を通って大学に入る留学生が増えています。Gさんのように、志望校の志望学部学科に留学生入試が設定されていない場合もあれば、留学生入試にはつきものの面接試験を避けるために一般入試を選んでいることもあると聞いています。しかし、Gさんは日本語を話す力は十分にありますから、それを活用しない手はありません。

ですから、志望校の入試方式を詳しく調べるように指示を出しました。私が受験生だったころとは違って、今は大学1年生の半分かそれ以上が一般入試以外の方式で入っています。Gさんの特色が生かせる入試方式がないとも限りません。少しでも有利な戦場で戦うことも、受験に勝ち抜くには必要なことです。

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硬い教室

5月17日(火)

中間テストがありました。私が試験監督に入ったクラスは、諸般の事情で、いつものクラスをばらして再組成したクラスでした。今までなら、こういう場合でも、前の学期は同じクラスだったとか、クラブ活動で顔なじみだとかという組み合わせがいるものですが、今学期はそういうパターンがほとんどありません。先学期はほぼオンライン授業でしたから、たとえ同じクラスだったとしても生身の接触がなく、クラブ活動もなく、しかも来日したばかりの学生が結構な割合で含まれているというわけで、違うクラスの学生≒知らない学生でした。国籍も多様だったという要素も、これに拍車をかけていたかもしれません。

だから、朝、教室に入った時、いつもの試験監督の時とは違った空気に包まれていました。試験に対する緊張感のほかに、初対面の人に対して様子見をする硬い雰囲気が漂っていました。そういうのを感じると、顔と名前の一致する学生がいないだけに、こちらまでピリピリしてきます。

でも、試験が始まってしまえば、学生たちは、おのおの、まわりを一切気にせず試験問題に向き合います。そこには初対面がどのこうのという様子はなく、いつもの試験の教室になりました。

ところが…。「はい、あと10分です。もう終わっている人は提出して、次のテストの準備をしてもいいですよ」と声を掛けると、普段なら2人か3人ぐらい、待ってましたとばかりに出すものなのですが、誰も立ち上がりません。明らかに問題を解き終わっている学生が何人かいるのに、ちらちらっと教室を見渡すばかりで、提出の意思を示しません。私が目で誘っても、下を向いてしまいました。学生たち、シャイなんですね。

入試会場で友達を作ったという話を、毎年何人かから耳にします。この臨時クラスの学生たちも、あと数か月でそんなつわものになって、志望校へと旅立っていくのでしょうか。

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まな板は何をするのに使いますか

5月13日(金)

まな板は肉や野菜を切るのに使います。この例文は○ですか、×ですか。

みんなの日本語42課に、「のし袋はお祝いのお金を入れるのに使います」という練習があって、O先生がその応用で学生に作らせたら出てきた例文です。

肉や野菜を切るのは、やはり包丁ではないでしょうか。「まな板は肉や野菜を切る『とき』に使います」だったらいいでしょうが、『のに』だったら包丁の代わりにまな板を使うイメージがあります。

「『この』まな板は肉や野菜を切るのに使います」「『あの』まな板は魚を切るのに使います」というように、ある特定のまな板で、何かとの対比があれば、「のに」でもいいような気がします。また、まな板に調理以外の斬新な、意外な、みんなに知らせたい、注目してもらいたい用途があって、それを述べる際には、「のに」が適しています。

「のし袋はお祝いのお金を入れるのに使います」というのは、のし袋を初めて見る外国人には意味がある情報であり、ですから伝えるだけの価値があります。しかし、日本人に向かってそんなことを言っても、何をいまさらと思われるのが関の山でしょう。

まな板も同様で、まな板の上で肉や野菜を切ることを伝えても、新しい価値は生みません。だから、私はここをやる時には、身の回りの物の意外な用法、自分はこんなことに使っているというのの紹介をさせます。「AはBするのにも使えます」とか、「私はAをBするのに使っています」とかという文にしています。まあ、なかなかこれはっていう文は出てきませんけどね。

みんなの日本語も終わりが近づくと、単なる文型のまねごとではなく、意味のある情報を伝えることに重きが置かれるようになります。そう考えると、まな板は何をするのに使うのがいいのでしょう。

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早いですね

5月10日(火)

各クラスで中間テストの範囲が発表されました。来週の火曜日・17日は中間テストです。始業日以降も毎日のように新たに来日した学生が登校してきました。そういう学生たちの面倒を見ているうちに、学期の半分が過ぎようとしています。気が付いたら、レベル1の教室から「あります」とか「います」とかの声が聞こえてきました。教科書のその辺まで進めば、多少はまとまったことが話せるようになります。もう、学期も半ばなんだなあと感じさせられています。

今までオンライン授業を受けてきた学生たちも、日本へ来て学校に通い、教室で大勢のクラスメートと顔を合わせて授業を受けるとなると、勝手が違うようです。オンラインでは元気だった学生がおとなしくなってしまったという報告も聞いています。日本での生活や教室での授業に慣れていけば、また元気に発言するようになるのでしょう。後半戦に期待しています。

去年から日本にいる学生たちは、その多くが受験リベンジ組です。入管の特例を活用してKCPの在籍期間を1年延長して、自分の目指していた大学・大学院に改めて挑戦します。今度こそは成功するぞ、失敗は許されないぞという意識が強く、早め早めに動こうとしています。この気持ちを忘れないでいてほしいです。もちろん、気持ちだけでは合格しませんから、実のある努力を続けることが肝心です。

気になる情報もあります。Cさんが燃え尽きてしまったのではないかという声もあります。志望校に落ちた3月の時点では気持ちを切り替えて前に進もうとしていましたが、今学期に入ってから失速気味だと言います。早くも中だるみじゃ困るんですけどね。

中間テストが終わると、EJUまで1か月です。

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はじめまして

5月7日(土)

朝から仕事をしていて目が疲れてきたので、ちょっと息抜きにロビーに出たら、「すみません。M先生はいますか」と、話し掛けられました。年格好からすると学生なのですが、あまり見かけない顔です。私もすべての学生の顔と名前を知っているわけではありませんし、つい最近入国したばかりの学生なのかもしれません。また、ちょうどJLPTやEJUのための受験講座が始まる時間帯でしたから、その関係の用事なのかなと思い、M先生を呼びました。

しかし、M先生もその学生(?)の顔に見覚えがない様子でした。「お名前は?」とM先生が聞くと、「Hです」と答えるではありませんか。M先生も私もびっくりしました。この稿にも何回か登場している、教師のだれもが1日も早く教室で会いたいと願っていた、あのHさんが目の前に立っているのです!!

2人同時に思わず「えーっ」と声を出し、M先生が「ねえ、Hさん、ちょっとマスク、取ってみて」と促すと、Hさんはマスクを外しました。その口元は、オンラインの画面で見慣れたHさんのものです。でも、何か違います。そう、メガネをかけていなかったのです。髪型もオンラインの時とは違っていました。でも、声は確かにHさんです。

Hさんは、これから行われるウェルカムミーティングで代表あいさつをします。その練習をしに、早めに学校へ来たのでした。「やっとここまで来たねえ」と声を掛けると、少し笑みをこぼしながら軽くうなずきました。

Hさんのあいさつは立派なものでした。去年の漢字が「待」だったHさん、今年は飛躍の年にしてくださいね。大いに期「待」していますよ。

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いい大学とは

5月6日(金)

午前中、F大学の留学生担当の方がいらっしゃいました。この大学は、卒業するまでそれぞれの学生がどんな学生生活を送っているか知らせてくれます。送り込んだ学生を一人一人きちんと見てくれているんだろうなと思います。こういう大学は、安心して学生に薦められます。

それと、F大学は進学した学生が、異口同音にいい大学だと言っています。これは大きいです。大学の教職員があれこれ言うよりも、そこで学ぶ学生の一言の方が重みがあります。レストランや観光地などと同列に並べてはいけないかもしれませんが、その場に身を置いた人からの口コミは無視できません。まして、顔も人となりもよくわかる卒業生の言葉は、単なるうわさとは信頼度が桁違いです。

そういう点では、H大学も“いい大学”です。東京から見ると僻遠の地と言ってもいい所にありますが、進学した学生は充実した学生生活を送り、卒業後もH大学での勉強や経験や人脈を生かして、各方面で活躍しています。H大学に入ると決まった時には都落ちという風情を醸し出している学生もいましたが、次に顔を合わせたときは生き生きとしていました。学生のほうも、自分の大学生活を誇らしく思っていますから、私たちに知らせたくてたまらないのです。

留学生の場合、便りがないのは元気な証拠とはなりません。せっかく進学した大学や大学院をやめて帰国している例もまれではありません。そういう情報が、だいぶ経ってから元同級生などを経由して伝わってくると、その学生の顔を思い出してはどんな進路指導をすればよかったのだろうかと、心が少し重くなります。

F大学は、この春入学の留学生は少なかったようです。すると、来年春はチャンスかな…。

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思いを語る

5月2日(月)

JASSOの奨学金受給者として推薦する学生を決める面接をしました。学生の自己推薦を受け付ける形で募集し、出席率や成績などで一次選考し、そして面接です。

まずは初級の学生が2人。どちらも勉学の意欲があり、日本の大学・大学院に進学しようと一生懸命なのはわかりましたが、残念ながらそこまででした。自分の気持ちや考えを一方的に訴えることはできても、それに関連する質問をすると、その質問の意図がつかめず、話がかみ合わなくなりがちでした。私がジェスチャーを交えてかなりかみ砕いて質問内容を説明すると、ようやくそれっぽい答えが返ってきました。これじゃあちょっとね。

次は中級の学生たち。粒ぞろいだなと思っていたのですが、総じて期待外れでした。面接室に入った時から緊張している雰囲気でしたから、私が見つめるとそれがなお一層高じるのではないかと、あえて目をそらしたくらいです。その甲斐もなく、初級の学生よりいくらかいいかなという程度で終わってしまいました。

満を持して登場したのが上級のXさん。文法や語彙の間違いがないとは言えませんが、自分の意見を堂々と開陳していました。もともと積極的な性格だということもありますが、去年1年間、私も含めたKCPの教師からさんざんたたかれ鍛えられた経験がものを言っているのです。

初級・中級の学生たちは日本へ来たばかりと言ってもいいくらいですから、教師に囲まれて大学・大学院の志望理由や将来設計を聞かれたらビビる方が普通でしょう。そういう意味ではちょっと気の毒ですが、これからこういう場を次々と迎えるのですよ。ガンガン鍛えていきましょう。

3連休の後、6日(金)に、面接第2陣があります。

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