Monthly Archives: 10月 2020

万有引力を聞き取る

10月23日(金)

「万有引力の法則って何ですか」「…すみません。わかりません」うつむいたWさんの口から、弱々しい声が漏れました。理科系の学部に進学するつもりなのですが、これではお先真っ暗です。万有引力の法則を知らないという意味でお先真っ暗なのではありません。“バンユウインリョクノホウソク”という音が、Wさんの頭の中の“万有引力の法則”(厳密にいうとWさんの母語で表現しなければなりませんが…)と結びついていない点が、闇夜なのです。

それじゃあということで、他の法則の名前を出しましたが、Wさんはいずれも首をかしげるばかりでした。数式で示せばきっとわかるでしょうが、それではWさんの勉強にならないと思い、私が聞いた法則名をリストにして、Wさん自身に調べてもらうことにしました。試験日が迫る中でこんな基礎的なことをしなければならないのはもどかしい限りなのですが、Wさんの志望校にはそういう試験がありますから、どうにかしてもらわなければなりません。

その後、京都の大学の合同オンライン説明会に参加しました。京都の街の紹介から始まり、留学生支援制度の説明、そして各大学の説明と続きました。限られた時間内に目一杯情報を詰め込もうとしていますから、みなさん留学生向けというのをお忘れなのではないかというほど、ナチュラルスピード以上でした。日本人の私ですらたっぷり疲れたのですから、留学生はフルに聞いていたらへとへとだったでしょう。でも、私が大学側の立場だったら、やっぱり情報をぎゅう詰めにしちゃうだろうな。

そうは言っても、大学に進学したら留学生はこのスピードで毎日いくつもの講義を聞かなければなりません。最近は、キャンパスに足を運ばなくてもいいように、オンデマンドの授業が増えたかもしれませんが、繰り返し聞けたとしても聞き取る難易度はさして変わらないでしょう。KCPの学生も大勢参加しましたが、どのくらい理解できたでしょうか。Wさんのような学生は、音を聞き取ることに加えて、その音と自分の頭の中の母語での表現を照合しなければなりません。Wさんだって、私の受験講座を聞いていてくれたら、万有引力ぐらい軽くこなせたのに…。

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次から次へと

10月22日(木)

秋の深まりとともに、受験シーズンもたけなわとなっています。

まず、授業が終わるや否や私を捕まえたZさんは、先日S大学に合格しました。初級の時に受けたEJUのスコアしかありませんから、それで勝ち目がありそうな大学ということでS大学を受けました。しかし、できればもう少し上のランクの大学ということで、T大学を狙っています。S大学の入学手続き締切がもうすぐだが、入学金などを払い込んだ方がいいかという相談でした。

もちろん、S大学の権利は確保しておかねばなりません。その上で、T大学でも他の大学でも受験すればいいのです。確かに、T大学に受かったらS大学に支払った入学金は戻ってきません。しかし、S大学の権利を放棄して受けた他大学が全滅だったら、来年4月以降の居場所がありません。日本人ならともかく、ビザの切れ目が日本との縁の切れ目になりかねない外国人留学生は、受験における背水の陣は避けるべきです。

1階に下りてくると、Nさんが声をかけてきました。R大学に合格したと報告してきてくれました。第一志望校ですから、大喜びです。Nさんは、担任教師でも言っていることがわからなくなることがあるくらい、日本語力に問題があります。R大学は日本語力よりも専門分野への興味の強さを評価してくれたのでしょう。その点だったら、Nさんは誰にも負けません。いい大学を選んだものです。

次はKさん。以前私が与えた課題について書いてきた小論文へのコメントを聞きに来ました。Kさんの文章は、前置きが長いのです。本論に入るまでに規定字数の1/4ぐらい使っています。それから、自分ならこうするという意見が足りません。書かれていることは間違っていませんが、それに対する考察や展望があまり見られません。これだと読み手に訴える力が弱いです。そういう点を指摘しました。

Kさんが終わったら、受験講座。11月8日を控えて、真剣勝負の最中です。先週よりもはるかに真剣なまなざしで、模擬テスト代わりに解かせた過去問の解説を食い入るように読んでいました。

明日も、進学行事が満載です。

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後悔先に立たず

10月21日(水)

先週末、ほかのクラスからは「T大学に合格しました」という声が聞こえてきたのですが、Cさんからは何の報告もありませんでした。“便りがないのは無事な証拠”と巷間では言われていますが、KCPでは“報告がないのは落ちた証拠”です。そういう意味で嫌な予感がしていたのですが、D大学の面接練習に来たCさんに聞いてみると、案の定でした。

そういうわけで、Cさんは今週末のD大学の試験に勝負をかけます。筆記はある程度自信があるようですが、面接はからっきしなのです。D大学の入試でも、面接試験会場で、KCPで練習したのと違う面接室への入り方を指示されたため緊張してしまったとか。半分は言い訳でしょうが、面接練習をしてみると、半分は事実のようでした。自分の短所として、人前ですぐ緊張する点を挙げていました。毎週授業で顔を合わせている私を目の前にしてあがってしまうようでは、先行き決して明るくはありません。

その1つの原因として、Cさんは自分の発話能力に自信を持っていない点があります。ネットや本など、文字情報を吸収することを中心に勉強してきたCさんは、自分から何かを発信することに慣れていません。授業で指名しても、単語でしか答えません。そういう答え方で、いわゆる化石化が起きてしまっているのかもしれません。D大学の入試には口頭試問もありますが、専門用語を黙読するばかりで声に出したことがないCさんにとってはこれまた難問です。頭で理解している事柄を日本語で口頭表現できないのです。そういう勉強をしてこなかったことを後悔している様子が、Cさんの表情からありありとうかがえました。

Cさんのような口が遅れている学生は毎年いますが、みんな入試で痛い目に遭うまで自分の勉強のしかたに問題はないと信じています。若いのに、どうして頭が固いのでしょう。

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明日はリベンジ

10月20日(火)

例文は授業を映す鏡と申しましょうか、学生が提出した例文を見ると、授業の出来がよくわかります。今朝までに、昨日中級レベルで行ったオンライン授業の例文が届きましたが、そこには昨日の授業の抜け落ちが如実に表れています。

もう少しこちらから例文を提示したり学生に練習させたりしたいところだったのですが、時間に追われて学生の「わかりました」という声を信じて次の科目に移ってしまいました。それが敗着だったようで、説明の足りなかったところをわざと突いてくるかのように、学生たちは誤文を作ってくれました。

上級のクラスだったら、教師の説明不足を学生が補ってくれることもよくあります。日本語文法に慣れて勘が働くようになっているため、学生たちは既習の文法との比較を無意識のうちに行い、おそらくこういうことだろうと理解してしまうのです。教師は、学生の理解力の高さに助けられて授業を進めている面もあります。

中級の学生は、そこまで手練れではありません。経験値が十分ではありませんから、上級の学生に対してよりも手厚く説明したり練習したりしなければなりません。その時間がなかったというのは、完全に教師の作戦ミスです。学生の予習が想像以上に足りなかったという言い訳はありますが、それに全面的に責任を押し付けることはできません。

明日は、偶然にも、昨日と同じ学生を相手に、代講でオンライン授業をします。図らずしてリベンジの機会が与えられました。今度は学生の予習不足も織り込んで、抜け落ちがないように授業が進められるよう、準備を進めています。

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今年一番の寒さ

10月17日(土)

寒い1日でした。東京は朝から気温が上がらず、最高気温も11月中旬並みにとどまりました。北海道と沖縄は平年並みだったようですが、本州、四国、九州の大部分は、1か月ぐらい先の気温となりました。5月23日以来毎日最低1か所はあった真夏日の地点が、このままいくと0になりそうです。

換気のため開けっ放しにしている正面玄関のドアから、寒気が容赦なく入ってきます。北国生まれで寒さに強いはずのNさんも、ジャケットを着て仕事をしています。F先生はブランケットにくるまっています。私もひざ掛けを出そうかな。

…などと考えていたら、寒気といっしょに、学校を通して出願した学生あてに、11月のEJUの受験票が届きました。宛名がパスポートと同じアルファベット表示になっているため、早速どれが誰あてなのかコンピューターで調べて、来週早々渡せるようにしました。

EJU読解の受験講座に来ていて、用事があって職員室に立ち寄ったDさんには直接手渡しました。EJUのサイトによると、今回から試験会場の表示がQRコードになったとのことでしたから、Dさんに頼んで中身を見せてもらいました。すると、試験会場は受験票に印刷されていましたが、会場への行き方・地図がQRコードから取り出すように変わっていました。QRコード一覧表が同封されていましたが、そこには北から南まで、東も西も、全国の会場のQRコードが並んでいました。

Dさんは超級の学生ですから、その中から自分の会場を見つけ、QRコード経由で地図などの情報を取り出すことはたやすいでしょう。しかし、初級の学生だったらどうでしょう。QRコードが左か右か、上か下かにずれてしまい、違う会場への行き方を信じてしまうおそれがあると思います。各会場の案内図を用意し同封する手間を省きたいということなのでしょうか。全国の会場のQRコード一覧表を全学生に送るとなると、紙の節約にすらなっていないような気がします。

Dさんの封筒から、冷たい風が吹き出してきたような気がしました。

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わかりましたか

10月16日(金)

月曜日のこの稿に書いた超級向けオンライン講義をしました。講義の内容を聞き取るということが、この授業の主たる目的ですから、前もって原稿を書き、それに沿ったレジュメを作りました。正確に言うと、この授業を企画なさったH先生に原稿をお送りし、H先生の目でご覧になって学生に聞き取らせたいところを中心に、資料を作っていただきました。

原稿をそのまま読むと10分かそこらですが、パワーポイントを見せてその説明を加えると15分くらい、5分ほど無駄話をして、計画通りの20分にしました。大学の先生も無駄話をしますから、また、そんなノイズをのけて話題の中心を聞き逃さないようにするのも、学生たちがこれから必要になる聴解力です。

話が終わってから学生たちに理解度を確認する質問をしてみました。H先生が作ってくださった資料に基づいてあれこれ聞いたのですが、オンラインの向こう側でぼ~っとしているだろうなと思われる学生を指名すると、やはり、要領のいい答えが返ってきませんでした。普段はしっかりしている学生を指名しても、聞き慣れない専門用語が含まれていると、うまく答えられないケースがありました。

聞いた内容を簡潔にまとめることに関しても、課題があるようです。聞き取れてはいるのでしょうが、その趣旨を過不足なく伝えるとなると、まだまだ難しかったみたいです。受け取った情報を加工して発信する力を開発していかなければなりません。

でも、的を射た質問もいくつか出てきましたから、鍛えようによっては大きく伸びていくことでしょう。入試の先も見ていかなきゃね。

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これから3か月

10月15日(木)

今学期初めての日本語授業は、上級の入り口のクラスでした。自分の意見・考えを論理的に説明するという課題をしましたが、まだまだでしたね。意見までは言えます。しかし、その裏付けをこちらにわかるように伝えることができませんでした。

このレベルの学生たちには、論理的に説明する、ないしは論理的な説明を理解してそれを応用するというあたりに弱点があります。これを克服した暁に、真の意味での上級なったと言えます。そうなるまでには、もう少し時間が必要です。

大学や大学院に進学したら、論理的な議論の毎日です。ですから、こうした能力を今のうちに開発しておく必要があります。読解や聴解をはじめ、作文、口頭発表など、様々な機会を設けて論理的思考を鍛えていこうとしています。KCPの上級を何期か経験したら、完全とまでは言いませんが、そういう力がついてきます。そうなると、日本語力が足りなくて進学先で挫折するということはなくなります。

文法の例文も書かせました。こちらはまだまだでしたね。「は」と「が」の使い分け、特に対比の「は」が使えないんですねえ。いずれきちんと身に付けさせねばなりません。対比の「は」ならまだしも、上級になっても「大学を合格しました」などと書いているのは許せませんね。そんな文を書いていると大学に落ちるぞと言ってやりたいです。

「ほしいだ」「うれしいだ」などと書いているのもいました。こういう輩は即刻初級送りにしてやりたいですね。初級の先生方から、そんな学生なんか要らないと言われそうですが。

初回の感想は、鍛えがいのある学生が大勢いるといったところです。年末までしっかりやらなければ…。

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今の授業は

10月14日(水)

昼休みに、Xさんが来ました。Xさんは2年前にR大学に進学しました。しかし、1年でやめて、W大学に入り直し、今は2年生です。

Xさんが進んだ学科は、後期になってもオンライン授業が続いています。キャンパスへ行くのは試験の日だけだそうです。確かに、その学科は実験や実習はなさそうですから、その気になれば全面オンライン化も難しくはないのでしょう。でも、Xさんは、言葉には出しませんでしたが、ちょっと寂しそうな顔をしていました。

R大学だって十分以上に伝統があり、有名であり、教育力の高さには定評があるのに、そこを捨ててW大学に入ったのです。それにもかかわらず、家で自習に近い勉強しかできないというのは、さぞかし辛いことでしょう。W大学がいい加減なオンライン授業をしているとは思えませんが、学生の立場からすると、どんなに素晴らしいオンライン授業でも満たされないものがあるのではないかと思います。

今後は、大学の授業において、一定の割合のオンライン授業が定着すると言われています。オンライン授業は、現時点では緊急事態に対処する体制の1つですが、ごく近い将来、恒久的な大学教育の手法になるのかもしれません。そうなると、高等教育とは何ぞやという議論も湧き上がってくることでしょう。

私たちは、学生が大学や大学院に入るのをお手伝いするという立場です。高等教育のあり方が大きく変わるとなると、私たちの進路指導の方向性も変わってきますし、そもそも国境を越えて学生が移動するだろうかというところまで考えを及ぼさなければならなくなります。

Xさんは、また来ますと言って去っていきました。マスクを外して撮った写真のXさんは、笑顔だったでしょうか。

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頭脳の再構築

10月13日(火)

先週金曜日から新学期が始まっていますが、私は土曜日の受験講座を担当しただけで、クラス授業をしていません。もっぱら、日本語教師養成講座に携わっています。

10月から私が行ってきた授業は、中上級の文法です。N1の文法項目すべてについて懇切丁寧に解説していくなどということをしていたら、年末までかかっても終わりませんから、文法項目のとらえ方、どこに目を付けるかについて話してきました。特に、教師が例文を通して文法項目の意味を明確に理解することや、言葉による説明ではなく例文によって学習者に文法項目を教えるということに力を入れました。

上級になると、語法と文法が相互乗り入れするような形でその境界があいまいになってきます。また、文章や発話の文脈を捕らえて書き手・聞き手の意味するところを理解することが求められます。そういったことから、文法らしい文法よりも少し外側の事柄にも触れてきました。

そんなことよりも何よりも、受講生のみなさんの頭の中に、文法的な発想を植え付けること、文法理解の回路網を構築することを目指してきました。街なかで使われている敬語の間違いに気づいたり、主語と述語が一致していない、いわゆるねじれ文に違和感を抱いたり、興味深い言葉の使い方を見つけて感心したりさらなる応用例を探したりなどして、常日頃から文法を意識し、頭を訓練していってもらいたいのです。こういう訓練の積み重ねが、いずれは授業に生きてきます。

わずか半月ほどの私の授業でしたが、初回に比べれば受講生のみなさんは文法的な生活が送れるようになってきたように感じます。来週の月曜日は、今期の中上級文法のテストです。少しずつ形作られつつある文法的頭脳を駆使して、合格点を取ってもらいたいです。

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講義を聞く

10月12日(月)

今学期はどこかのレベルを主導的に担当することはありませんが、3つのレベルで授業をします。でも、その代わり、あちこちから教材作りを頼まれています。

超級クラスからは、聴解の授業の依頼が来ています。聴解と言っても、EJUやJLPTの過去問や練習問題をやるのではなく、話の要点をノートに取るというものです。学生たちが進学してから必要となる技能を磨いておこうという趣旨です。私は、ちょっとした長さの講義をするという役回りです。

今まで「身近な科学」で話してきた内容をまとめればどうにかなるのですが、ノートを取らせるとなると、少なくともはじめのうちは、ノートに取りやすい話し方を心がけなければなりません。パワーポイントは、図表以外は使わないことにしていますから、音声だけで専門的な内容を正確につかませるにはどうすればいいかなども多少は考えます。最終的には、学生が力を付けて、未知の内容の話でも要点を把握できるようになってもらいたいと思っています。

最近の大学には、パワーポイントがないと授業が理解できない学生が増えているそうです。パワーポイントなら文字も書かれているし、要点も強調されるし、事柄と事柄の関連も明示されますから、学生の理解の助けになります。しかし、それがないと、講義の要点も内容の関連も頭に入らず、結局、何もわからなかったということになってしまうそうです。

KCPの学生にはそんな大学生・大学院生にはなってもらいたくありませんから、こういう授業を企画しているわけです。学生たちがこの気持ちを受け取ってくれること願っています。

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