意欲の差

2月19日(月)

来週の月曜日は、卒業認定試験があります。卒業予定者は、この試験を受けて、合格すれば「卒業」、不合格だったら「修了」となります。卒業式の日にもらう証書の文言が多少変わるだけで、それ以外の部分で卒業生と修了生を分け隔てすることはありません。とはいえ、卒業式でもらった証書が修了証書だと、もらった本人はいくらかショックを受けるようです。

月曜日の私のクラスは最上級クラスです。卒業認定試験の範囲を教室内の掲示板に張り出しておくと、帰り際にみんな写真を撮っていました。このクラスの学生の力なら十分合格できるはずですが、最後の最後まで気を抜かずに最善を尽くそう、有終の美を飾ろうとしている気持ちが伝わってきました。さすがと感心させられました。

同じ上級ですが、そのちょっと下のクラスでは、同じように試験範囲を発表しましたが、多くの学生が何の反応も示さなかったとのことです。すでに卒業証書をあきらめている学生の顔が思い浮かびました。しっかり写真に撮ったと思われる学生の面々も十分想像がつきました。両者の間には、勉強に対する歴然とした意欲の差があります。あきらめ組は、進学が決まって日本語を勉強する気になれないという面もありますが、根本的に好奇心や向学心が薄いように思います。進学先で生き残っていけるか、心配です。

最上級クラスとそのちょっと下のクラスで、同じ内容の授業をしたことがあります。学生の反応が全然違いました。前者の学生からは、教師に向けられた「知りたい」という欲求というか圧力を感じました。一方、後者からはそういった手ごたえは薄かったです。最上級クラスまで上り詰めるには、それぐらいの学習意欲、前進し続けるパワーが必要なのです。なんとなく進級を重ねただけでは、実力の伸びは止まってしまうのです。

こういうことを、初級の学生たちにうまく伝えられないかなあと思います。今の目の輝きをずっと保ち続けてくれと訴えたいです。

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