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入学式挨拶

みなさん、ご入学おめでとうございます。世界の各地から、このように多くのみなさんがこのKCPに入学してくださったことをとてもうれしく思っています。

みなさんはいつ日本へ来ましたか。去年のうちに来た人は、お正月を迎える日本と日本人の様子を観察できたのではないかと思います。日本人は新年に何をするかというと、お節料理をつついたり、帰省先で親戚や友人に会ったり、家族連れで買い物に出かけたり、などということが一般的です。そして、忘れてはいけないのが初詣です。

日本には「一年の計は元旦にあり」という言葉があります。年が改まり気分も一新された元旦にその年の目標を立てれば、その目標に向けて気持ちよく歩み始められるという、昔の人の知恵、教訓です。その一年の計を立てた人たちが、目標の成就を神様や仏様に誓い、助力をお願いするために祈りをささげるのが初詣です。みなさんのように、日本語が上手になりたい、志望校に合格したいなどという学業成就をお祈りするなら、東京では湯島天神や亀戸天神へ行くことが多いです。

初詣に行くかどうかはともかくとして、KCPでの勉強を始めるにあたって、留学の目標とそこに到達するための計画は立てておくべきでしょう。昨年末、今ここにいらっしゃるみなさんの中の数名にオンラインでインタビューしました。その方たちはみなしかるべき目標を持ってKCPに入学しようとしていることがわかりました。しかし、目標は、実現してこそ、少なくとも実現のために努力してこそ、意味があるのです。立てるだけなら誰でもできます。何の努力もせずに実現してしまうような目標は、その人の成長に寄与しません。最大限の努力をもってしてようやく手が届く目標こそが、みなさんのこの留学に豊かな実りをもたらすのです。

かといって、高すぎる目標は、これまた有害無益です。挑戦しても挑戦してもはじき返され、敗北感に打ちひしがれてしまうかもしれません。負け癖がついて、“どうせ私は…”と最初から勝負を捨ててしまったり、失敗を糧にしようとせず、同じ失敗を平気で繰り返すようになってしまったりしたら、成長など望むべくもありません。“日本留学で覚えたことはあきらめることだけだった”などということのないようにしてもらいたいものです。

暦の上での元旦はだいぶ過ぎてしまいましたが、みなさんの日本留学の元旦は、今この瞬間です。新鮮な気持ちで志高く留学の目標を掲げてください。そして、そこに向かってたゆまぬ努力を続けていくことが、結局は目標到達への近道なのです。学問に王道なしです。今の苦しさの先に、その何倍、何十倍もの喜び、安らぎがあると信じて進んでいってください。

苦しくなったら、私たち教職員を頼ってください。私たちにはみなさんの先輩方を指導してきた経験という引き出しがあります。みなさんには、その引き出しをぜひ活用してもらいたいです。それがみなさんの留学目標の成就につながるのでしたら、私たちにとって、これ以上の喜びはありません。

本日は、ご入学、本当におめでとうございました。

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朝の合格

1月9日(金)

9時過ぎ、月曜日と火曜日に宿題の問題集を買って帰ったYさんが来ました。「問題集をやって、金曜日の10時に学校へ持って来る」という約束をしていました。こういう約束をしても、その時間に遅れてくる学生が大半なのに、30分以上早く来た点は認めてあげてもいいでしょう。

「はい、じゃ、宿題を見せて」「はい。2の問題集は難しいです」「2には、レベル1で勉強しなかった問題もあります。だから難しいです」なんていうやりとりをしながら、“難しい”という感想が出てくるということは、実際に解いてみたということでしょう。立派なものです。

持って来た問題集を見ました。最初の課は「わたし(   )チンです。ちゅうごく(   )きました。」なんていう程度ですから、できて当然です。最後の課は「あした、雨が(降ります⇒   )と思います。」なんていうのですから、きちんと勉強していないと、正解にはたどり着きません。Yさんはちゃんと答えていました。

全部のページを隅から隅までチェックしていたらとんでもなく時間がかかってしまいますから、間違えやすいページをピックアップして見てみました。×だった問題もありましたが、私が指摘するとYさんはその間違いに気が付いて自分で直せましたから、勉強はしています。

ということで、Yさんにはレベル2に上がってもらうことにしました。難しい方の問題集にはレベル2で勉強する内容も含まれていますから、レベル2の授業の復習も兼ねてやってもらえばいいでしょう。

そう伝えると、Yさんはにこやかに帰っていきました。でも、本当に苦しいのはこれからですよ。レベル1の2倍ぐらい勉強しないと、“宿題をして進級”にすらなりませんからね。

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今どきの学生

1月6日(火)

今どき職員室に顔を出す学生は、期末テストの成績が悪かったか、進学の相談かのどちらかです。私は年末に何名かの不成績な学生を新年に呼んでいました。

Xさんはどうしても進級したいと言い張っていましたから、年末年始に勉強してもらい、引っ掛かったテストをもう一度受けさせることにしました。それで合格点が取れなかったらあきらめてもらうという計画を立てました。

そのXさん、昨日の午前中に“勉強したけど難しくてよくわからない”という弱気なメールを送ってきました。でも、テストは受けるだけ受けたいとのことでした。約束の時間の数分前に、Xさんは来ました。テスト用紙を渡すと、一心不乱に取り組みました。

本来の試験時間を少々オーバーしましたが、大目に見ました。Xさんの目の前で採点しました。玉砕でした。何問かは、私が×をつけた瞬間に「あ、○○」と正解を言いましたが、それを○にするわけにはいきません。期末テストよりも20点以上よくなったと、Xさんを担当した3名の教師以外は絶対理解不能の日本語もどきで訴えましたが、合格点には10点以上不足していると、ジェスチャーも交えて反論したら、あきらめました。

次はYさんです。こちらはXさんほどではありませんでしたから、宿題を課して、それをやってきたら進級ということにしました。宿題の問題集を2冊買ってもらおうと思ったのですが、お金が足りず、昨日は1冊だけ買って帰りました。最近の若者はみんなキャッシュレスですから、現金を持ち歩かないんですね。

そして、つい先ほど、Yさんが2冊目を買いに来ました。1冊目をやってからでいいと昨日言ったのですが、すぐに買いに来ました。どうしても上がりたいのでしょう。その意気は認めましょう。でも、会話力が心配だなあ。

Zさんは一時帰国から戻れなくなったと連絡がありました。国際情勢が影を落としているようです。Wさんはなしのつぶてです。どうしてやりましょう。

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押し詰まってきました

12月15日(月)

今週末が期末テストですが、そこへ向けてレベル1は厳しい戦いが続いています。中間テスト付近から“○○形”が続々と登場してきましたが、遂にラスボス・条件形が現れました。

作り方の説明の日本語は、みんなすぐに理解します。しかし、それに従って条件形が作れるようになるかというと、全くそんなことはありません。クラス全体に聞くと、できる学生につられてみんななんとなく言えたような気になります。しかし、ひとりひとりに聞くと、“あるきます―あるければ”“さがします―さがすれば”などというのが至る所から芽を出します。今のうちにこの芽を摘み取らねばと思いますが、なかなかうまくいきません。

こういうのは、1日で決着がつかなければ、長期戦に持ち込んでじわじわ浸透させていくのがいいのですが、なにせすぐ期末テストですから、悠長に構えているわけにはいきません。あの手この手で言わせてみようとしますが、そうたやすくうまくいくものではありません。結局、ほかにもやることがありますから、うちでも練習しろという方向に逃げてしまいました。

今使っている教科書は、会話が中心です。会話だと、勢いで目標としている文法項目が使えているように聞こえてしまうことがよくあります。しかし、筆記試験ではそうはいきません。正確さが要求されます。口頭では視覚的に何も残りませんが、筆記では厳然たる証拠が、学生にも教師にも突きつけられます。両者、それを見て青くなるという次第です。

このクラスに入るのは、あと水曜日だけです。その日に何とか仕上げなければ…と思っています。

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ある合格

12月9日(火)

朝、午前中の授業の準備をしていたら、Jさんからメールが届きました。見ると、R大学とK大学に受かって、R大学に進学することにしたと書いてありました。

Jさんは入学以来出席状況が悪かったです。このまま来年の3月まで在籍したら、大学に合格してもビザがもらえないということになりかねないと判断し、退学を勧めました。日本に未練があり、渋々という感じもありましたが、最後にはJさん自身で決断し、帰国しました。

KCPで上級クラスでしたから、日本語力はそれなり以上にあります。国で小論文や面接など、もともと持っている日本語力を生かす訓練をしたうえで受験したのでしょう。それが大学合格につながったに違いありません。ですから、Jさんにとっては、KCPは合わなかったのです。毎朝9時から、20人のクラスで、決められた時間割に従って、毎日のように発言を求められ、テストも宿題も多く、…という方式に息苦しさを感じていたのかも知れません。そこから逃れたくて学校を休んだと考えられなくもありません。国へ帰ったJさんは、自分のペースでより実のある勉強ができたのではないでしょうか。

1人でも多くの学生から支持されるようにと思って学校を運営していますが、どんな人でも取り込めるわけではありません。Jさんのような優秀な人材を取り逃がすことだってあるのです。Jさん以外にも、KCPの勉強法に背を向けて去っていた学生はいます。もちろん、昨日のこの稿のCさんのように、KCPにどっぷり漬かって進学した学生も大勢います。

Jさんの本当の勉強は、大学に入ってからです。大学は日本語学校より自由度が大きいですから、Jさんに合っているかもしれません。でも、その自由度に溺れてしまったら、何も得ることなく大学を後にしなければなりません。その意味では日本語学校よりも厳しいところです。大学をやめるのとKCPをやめるのとでは、その人の人生に与えるショックが桁違いです。

そういうことも考えつつ、Jさんには心の中で拍手を送っています。再来日した際には、顔を見せてくださいね。

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尻押し

12月1日(月)

レベル1は、いよいよ胸突き八丁にかかってきました。助詞もいろいろな使い方が出てくるし、動詞の活用も増えたし、微妙な違いを含んだ表現も出てくるし、教える方も苦しくなってきます。今までと同じ調子で教えていくと、学生たちは“???”になりかねません。こういう時は、どうにかして学生に印象を残すに限ります。理屈はよくわからないけど、なんか変なことをやったなあ…という方向に持って行きます。

「みんなの日本語」を使っていたころは文法が授業の柱でしたから、思い切って会話をふんだんに取り込んで特徴づけるということもしました。今は、使っている教科書がその反対の意識でつくられていて、会話が授業の中心ですから、文法のしくみに触れることで、学生の記憶になにがしかを残したいと思っています。

でも、やっぱり、主役は学生であり、日本語を身につける主体も学生です。教師は、学生をぐいぐい引っ張るというよりは、学生の尻押しをしている感じでちょうどいいのです。

私の尻押しは、学生の頭の整理のお手伝いです。例えば、既習事項の「写真を撮りますか」「写真を撮りませんか」「写真を撮りましょうか」は何がどう違うのか、これを学生に考えさせます。もちろん、ヒントぐらいは与えますよ。そして、その違いを自分でまとめて納得できれば、レベル2への道も開けていくでしょう。これの繰り返しが、胸突き八丁を越える杖だと思います。

気が付けば、12月です。ひと月でお正月です。学生が明るいお正月を迎えられるよう、今年最後のひと踏ん張りをしなければなりません。

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鍛えたいですが

11月28日(金)

Xさんは日本語プラス生物でEJUの問題に取り組んでいます。大学で生物系の勉強がしたいというだけあって、毎回そこそこの成績を挙げます。頭の中に知識体系が形作られているようですから、うまく鍛えればどんどん伸びていけそうです。

ただ、その鍛え方に工夫が要りそうです。わからない、解けない問題の多くが、知識の有無ではなく、問題文ないしは選択肢の読解にかかわっているからです。「先生、わかりません」と持って来る問題の多くが、難易度☆ぐらいのレベルです。Xさんの実力からすると、解けないわけがありません。

問題文をかみ砕いて、時にはホワイトボードに図を描いたりもして、解きほぐしていくと、たいていどこかで“なあんだ、そんなことか”となります。独力では問題文が読み取れなかったというケースがよくあります。Xさん自身もそれに気づいていて、もどかしく思っています。

だから、Xさんの“わからない”は、学術的にわからないのか、日本語的にわからないのか、瞬時に見分ける必要があります。後者の場合は、文構造にさかのぼって、問題文や選択肢の読解のポイントを教えることもあります。

また、Xさんは、日本人の高校生向けの図版資料を参考書として持っています。そこかしこに書き込みがあり、努力の跡がうかがえます。日本語の勉強にもなっていることと思います。しかし、索引を使っている形跡がりません。“ベクターは何ですか”と聞いてきたので、図版を見ろと指示したら、出ていそうなページをあちこち開いては出ていなかったということを繰り返していました。私が索引を使ってベクターの出ているページをたちどころに開いてみせると、とても驚いていました。

耳から入ってきた言葉を索引で調べるのは、まだ中級のXさんには難しいこともあるでしょう。しかし、印刷された言葉なら、楽に調べられるはずです。それとも、索引ページの日本語単語の行列を見るとめまいを起こすのでしょうか。鍛え方が難しそうです。

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教師も勉強

11月7日(金)

あさってが11月のEJU本番ですから、日本語プラスの生物も最後の模擬試験でした。解き終わったYさんに模範解答を渡すと自己採点して、「先生、5番の問題がわかりません」と、できなかった問題について質問してきました。PPTなどを用いて解説すると、わかってくれました。

「先生、塾ではこの辺の知識は勉強しませんでした。でも、よくわかりました」とYさん。塾の教育内容と日本の高校生物のシラバスには若干違いがあるようです。塾の先生はYさんと同国人の大学院生ですから、自分が勉強していないことは教えなかったのでしょう。

教師と言えども得手不得手はあります。でも、広く浅くのEJU生物ぐらいなら、不得手でもどうにかできると思います。どうにかするのが、教師だと思います。たとえ学校で勉強してこなくても、自分で勉強して教えるのが、仕事に対する責任ある態度だと思います。

数年前大活躍したPCR法などというのは、私が若いころにはなかった技術です。RNAワクチンも新しい技術です。私はそういうものも勉強して、少なくとも受験生に教えられるくらいにはなりました。私のような年寄りでもそうしているのですから、学問の第一線で活躍している大学院生なら、自分の習ってこなかったことを勉強してEJUの問題に対抗できるくらいになるなど、朝飯前のはずです。

Yさんは来年6月のEJUで好成績を挙げて、国立大学に進むという計画を持っています。十分可能性があります。私も後押ししていくつもりです。

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凶兆?

11月5日(水)

レベル1のクラスはカタカナディクテーションから始まりました。テニス、サッカーなどという言葉とともに、フォークが出てきました。カタカナの拗音はさんざん練習しましたが、フォとかディとかという、もともと日本語になく、欧米語が大量に流入してから生まれた音に関しては、今まで練習してきませんでした。案の定、学生たちは“フォーク”が何物かはわかったものの、それをどのように表記すればいいかはわかりませんでした。このクラスで一番よくできるPさんですら、“プオク”と書いていました。音的には当たらずとも遠からずだった点はさすがですがね。

正解を板書し、“ファ、フィ、フ、フェ、フォ”でファ行を形成するという話を、レベル1の学生でもわかる日本語でして、ファイト、フィンランドなど、実例を書いてみせました。これからファ行の言葉に嫌というほど出会いますから、できるだけ早いうちに慣れさせておくことが肝心です。

昨日から始まった漢字には、“日”がありました。“日”は曲者で、「九日の日曜日は休日です」という文に出てくる4つの“日”は、“か、にち、び、じつ”と、読み方がすべて違います。中国の学生が、「日本語の漢字は難しいです」とぼやいていました。漢字二日目にして弱音を吐いたりしていては、上級にたどり着くはるか手前で沈没してしまいますよ。

文法は形容詞の活用でした。寒いです、寒くないです、寒かったです、寒くなかったです、というように活用させます。頭では理解できますが、毎学期、口が回らない学生が必ず出てきます。“寒いです…”でつまずいているようだと、“あたたかかったです”なんて、絶対言えません。

日本語は、入り口は取っ付きやすいけど、勉強が進めば進むほど難しくなると言われます。早くもその兆しが見えてきたというところでしょうか。ここで挫折することなく上級まで進級して来てもらいたいものです。

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教科書に時間を奪われる

10月27日(月)

先週末、私が学校を休んでいる間に、大変なことが発覚しました。学校の図書室の机の上に教科書やノートなどを置きっぱなしにしている学生がいたのです。うち1名は、書架に教科書を突っ込んでいました。土曜日にT先生がそれらを回収したところ、教科書が消えてしまった学生が困って事務所へ来ました。そりゃそうでしょう。教科書がなかったら、授業を受けても半分ぐらいしか意味がわからないでしょう。

ある学生は、教科書をいちいち家に持ち帰るのは重くていやだと言います。だったら、せめて、タブレットに取り込むぐらいの努力をしてくださいよ。私のクラスのGさんはそうしていますよ。数年前に卒業したSさんも教科書用のタブレットを持っていました。家でどうやって勉強しているのでしょう。少なくとも、先週末は全く勉強する意志はなかったのでしょう。

そもそも、KCPの図書室は、物を置いて席取りをすることは禁じられています。このルールは教科書を置きっぱなしにする学生を念頭に置いて作ったものではありませんが、図らずもこれに当てはまる学生が生まれてしまいました。こういう形でこのルールが生きるとは、思いもしませんでした。

ちなみに、先学期は、Pさんが駐輪場の自転車のかごに教科書を置きっぱなしにしていることが発覚しました。これまた、教科書は思いから持って帰るのは嫌だと言っていました。学生にとって、教科書はおもりでしかないのでしょうか。予復習しなくてもKCPの授業ぐらいわかってしまうのでしょうか。それにしては、JLPTやEJUなどの日本語テストの成績が振るいませんが…。

私たちは教科書に沿って授業をしていますから、教科書がなければ予習も復習も宿題もできません。そうなると、授業で習ったことの理解度も深まりません。これでは日本語力が伸びるはずがないではありませんか。

なにより、この不届きな学生どもに説教をしなければならない私の貴重な時間を返してもらいたいです。

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