Category Archives: 日本語

1・3・5位

10月16日(水)

JPETは、JLPTに比べると知名度も低く、受験者数もはるかに小規模ですが、国際的な外国語学習評価基準であるCEFRにのっとって受験者の実力を判定してくれます。そのJPETの2024年上半期の成績優秀者上位5名のうち、3名をKCPの学生が占めました。その賞状と記念品が届いたので、午前の授業の終了間際に、その3名が在籍している最上級クラスの教室にお邪魔して、表彰しました。

3名とも、最上級クラスの中でもトップを争う学生ですから、そのぐらいの成績を挙げて当然と言えばその通りです。でも、小規模とはいえ受験者は100人や200人ではありませんから、その中での1位とか3位とか5位とか言えば、偏差値を出すとすると80や85まで行ってしまうのではないでしょうか。またCEFRでも最上級レベルに評価されますから、その辺を歩いているバカ高校生はもちろんのこと、普通の高校生をも上回る日本語力かもしれません。クラスの先生方も、そう思ってるに違いありません。

去年は1位と2位の学生を出しましたから、KCPは2年連続で最高位に近い成績の学生を輩出していることになります。今年のJPET受験者募集の際に、去年の話をして、「今年もぜひ上位を独占してもらいたい」と発破をかけました。3名は、その期待に見事に答えてくれました。非常にうれしく、また、誇らしいことです。

この3名に、日本語で太刀打ちできる留学生はほとんどいないと言っていいでしょう。ですから、自信をもって自分の目指す道を突き進んでいってもらいたいと思っています。

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行くべ

10月7日(月)

新学期の準備が着々と進んでいますが、私は毎日のように養成講座の授業をしています。養成講座はオンラインでも受講できますが、わざわざこちらまで足を運んでくださるのですから、オンラインではできないサービスをしています。

その1つが、辞書や参考書の紹介です。最近は何でもネットで調べられますが、ネットでは調べがつかないことが載っている辞書や参考書の実物をお見せします。「日本語類義表現使い分け辞典」などというのは、その代表格でしょう。また、学習者向けの参考書も、普通の日本人が普通に日本語を使う際には全く不要ですが、日本語教師にとっては学習者の視点を知るうえで大いに役に立ちます。「セルフマスターシリーズ」や、「日本語文法演習」のシリーズがこれに当たるでしょうか。まだまだお見せ」していない本がありますから、追い追い紹介していこうと思っています。

もう1つ、方言の日本語文法なんていうのもやることがあります。もちろん、授業で正式に取り上げるのは共通語であり、学習者に教えるのも共通語です。これは東京近辺で使われている日本語が元になっています。しかし、地方地方に方言があります。その文法の根幹は共通語と同じですが、細部において違っていることがあります。

例えば、主に東北地方で使われる「べ」です。「行くべ」(実際の発音は“イグベ”に近いですが、文法解説上“イクベ”にしておきます)といえば、相手に声をかける状況なら「行きましょう」、その場にいない人についていうなら「(彼は)行くでしょう」となります。つまり、東北地方における「べ」は、共通語の「ましょう」と「でしょう」という、接続する動詞の活用形が違う2つの文末表現に相当するのです。さらに、終止形が“る”で終わる動詞に付くときは、「(帰るべ⇒)帰っぺ」「(食べるべ⇒)食べっぺ」のように、音便もあります。

共通語においては、ナ行五段動詞は「死ぬ」しかありませんが、山口県では「いぬ(去ぬ)」もあります。「今日は早ういなにゃいけん(今日は早く帰らなければならない)」「太郎は、はあ、いんだでよ(もう帰った)」のように、ごく当たり前に活用します。

こんな話をすると、その地方出身の受講生は、「ああ、そうだ、そうだ」という顔をされます。そうじゃない方は、「えっ、そんな日本語あるの?」と、目が点になります。

方言の日本語文法を系統的に研究したら、さぞかしおもしろいだろうなあと思います。

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朝の電車は狭いです

10月5日(土)

学生の話を聞いていると、時にハッとさせられるような表現に出合います。先日、初級のTさんに日本での生活はどうかと聞いた時のことです。Tさんは、「朝の電車は狭いです」と答えました。中級以上なら「朝の電車は混んでいます」「朝は電車が混んでいますから、学校へ来るのがとても大変です」などと答えてもらいたいところです。でも、Tさんの実感は「朝の電車は狭い」のです。

この答えを聞いた時、とても新鮮な気持ちになりました。四方八方から押し込まれ、下手をすると片足を浮かせて吊革につかまってやっとバランスを保っているような状況かもしれません。これを言い表すには、上述の文法的にも語彙的にも正しい表現よりも、「朝の電車は狭いです」の方がぴったりくるように思いました。

テストで「朝の電車は狭いです」などと書いたら、文句なし×でしょう。でも、Tさんにとってはこの3か月ほどの日本での生活を象徴する言葉が、「朝の電車は狭いです」なのに違いありません。Tさんにすいている電車の写真を見せて「この電車は広いですか」と聞いても、「はい、広いです」とは答えないような気がします。「朝の電車は狭いです」は、朝のラッシュの状況を描写したのではなく、Tさんの心象風景、ないしは母国での生活との違いを最も強く感じた場面を凝縮した言葉なのです。

この感覚を、Tさんは母語でどのように表現しているか、整理しているか、そこまではわかりませんが、きっとスマートにまとめているのでしょう。でも、「朝の電車は狭いです」は、聞いた人をこんなに感動させる力を持った斬新かつ衝撃的な言葉なのですよ。

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フル回転

9月26日(木)

学校的には期末テストでしたが、私は養成講座の新しい受講生に文法の講義をしました。普段日本語の文法など意識したことのない人たちに日本語文法の発想法を植え付けていくのが、この文法の講義の主たる役割です。今までとは違う角度から、自分の使っている日本語を見つめ直してもらう、と言ってもいいでしょう。

可能動詞の説明をした後、「さあ作ってみましょう」と動詞を示して作ってもらうと、予想通り、“来れます”“食べれます”という答えが返ってきました。「9割がたの日本人がこう言っていると思いますが、日本語の教科書ではそうなっていないんですねえ」と訂正を求めましたが、“来られます”“食べられます”がなかなか出てきませんでした。それだけ、“来れます”“食べれます”ががっちり定着しているのだと感じさせられました。おそらく、学校の国文法の時間に“来られます”“食べられます”と習ったことはすっかり忘れているのに違いありません。いや、そう習う前から“来れます”“食べれます”と言っていたはずですから、“来られます”“食べられます”と先生が言っても意識されなかったのかもしれません。

ここで説明すると長くなりますから省略しますが、“来れます”“食べれます”は、可能動詞の作り方として合理的な面もあります。上述のように大半の日本人の支持も得ていますから、何がなんでもダメと否定するつもりはありません。でも、教科書が“来られます”“食べられます”となっているのに、教師が“来れます”“食べれます”と言っていたら、学習者は混乱するだけでしょう。

“来られます”“食べられます”に限らず、これから驚くことばかりだと思います。講義終了時に受講生に感想を聞いてみたら、「頭がフル回転しています」と言っていました。次回は来週ですが、しばらくはフル回転を続けてもらいます。糖分をたっぷりとって、脳が栄養十分の状態で講義室にいてくださいね。

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年に1回に

9月21日(土)

次の学期はEJUがありますから、ちょっと遅くなってしまいましたが、今年6月の過去問を仕入れて理科3科目の模範解答を作っておかねばと思い、過去問を出版している凡人社のサイトを見たら、発売された形跡がありません。EJUを実施しているJASSOのページを見ると、2024年度から過去問は年1回の出版になったと出ているではありませんか。今度の11月の分と合わせて、来年3月に出版予定だと書いてありました。

6月のEJUは、出願者数が国内外計26,088人、受験者数は22,688人でした。このうち過去問を買う人はどのぐらいでしょう。国内受験者は大半が日本語学校生でしょうから、個人で買う人はそんなにたくさんいるとは思えません。こう考えると、EJU過去問の販売部数は2,000冊とかというレベルではないでしょうか。この部数だと赤字かもしれません。また、EJUの対策本や練習問題集もあまり出ていません。紀伊国屋で探しても、顔なじみの本しかありません。作っても慈善事業になってしまうのでしょうね。

JLPTは、今年の7月のデータがまだ発表されていませんから去年の12月のデータで言うと、N1の受験者が45,000人強、N2は67.000人強です。こちらは、EJUの数倍の受験者がいて、ビジネスパーソンが個人で受験することも十分考えられます。ですから、過去問も対策本も問題集も、EJUとは比べ物にならないくらい種類が豊富です。こちらは事業的にペイするのでしょう。

国は外国人留学生を増やそうとしています。しかし、足元がこれだと、その努力が実るかどうか怪しいのではないでしょうか。

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9月12日(木)

レベル3のクラスの代講をしました。水曜日と木曜日にレベル4のクラスを担当していますが、ずいぶん差があるものだと感じました。期末テストまで2週間ですから、私のクラスの学生たちも今学期初めの頃はこんな程度の日本語力だったのです。普段、バカだのできないだのと言っていますが、レベル4の学生たちは、この2か月余りの間に、着実に力を付けてきているのです。

何よりも反応が違います。クラスの学生たちは私の話し方に慣れているからかもしれませんが、私の言葉を聞いて理解して、それに対して反応してくれます。しかし、この代講クラスの学生たちは、「???」という顔をしていました。言葉が届いていないのかなと思って、つい説明を付け加えてしまいました。

語彙もそうでした。レベルが1つ違うということは、授業3か月分の差があります。伸び盛りの中級付近でのこの差は、やはり厳然たるものがあります。レベル4ならすぐ出てくる単語が、レベル3ではなかなか出てきませんでした。この学生たち、来月からレベル4でやっていけるのだろうかと、心配になってしまいました。

今、レベル5のクラスに入ったら、同じことを私のクラスの学生たちに感じるでしょうね。“あいつら、レベル5じゃ通用しないだろうな”と思いながら、レベル5の学生たちを大したものだと心の中でほめることでしょう。

でも、同時にそれは、KCPの教育が機能していることを意味します。1学期ごとに、弱々しかった学生がたくましく育っていっているのですから。…と、自画自賛でこの稿を締めくくってみました。

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読み書きができても

9月6日(金)

漢字テストがありました。毎度のことですが、読み書きの問題は比較的できますが、教科書に出てきた漢字熟語の使い方となると、とたんに正答率が落ちます。正答率が落ちない学生は、日々の授業の予復習を欠かさず、勉強した熟語を例文や作文などで使ってみようという姿勢の持ち主です。

フランス語は、使用頻度の高い単語を1000語知っていれば、約80%理解できるそうです。2000語なら90%だそうです。これに対し日本語は、上位1000語で60%、2000語でも70%弱という話です。90%理解しようと思ったら、1万語ぐらい知っていないといけないようです。日本語は単語の数が多い言語なのです。

だから、授業でも、学生の理解語彙をちょっとでも増やそうと心がけています。そして、それを無理やりにでも使わせて、使用語彙に格上げさせようとも試みています。しかし、テストの結果を見る限り、これらが実を結んだとは言い難いのが現状です。

午後はEJU日本語の強化クラスを担当しました。読解でも聴解・聴読解でも、本文に書かれている言葉やスキットで使われた言葉が、選択肢中では言い換えられている例が多数あります。最低でも理解語彙を増やしておかないと、“いい学校”に手が届く成績は得られません。クラスの学生たちは、その言い換えに気づかなくて苦戦していました。

学生は、漢字以外にも覚えなければならないことがたくさんあり、時間も脳みその空き容量も余裕がないのかもしれません。でも、この秋に鍛えて語彙の壁を乗り越えない限りは、光明が見えてきません。

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快晴なのに

9月2日(月)

久しぶりに青空が広がりました。校舎の前から空を見上げてもビルの谷間の狭い範囲の空しか見えませんが、気象庁が観測した日照時間を見ても、雲一つない青空だったことがわかります。全国的に見ても、局所的に雷雲が発達した地域はありますが、一日中雨だったところはなかったようです。

しかし、KCPの中には暗雲が垂れ込めた学生がいました。

先週のこの稿に登場した、調理の専門学校に進むつもりのWさんは、日本語は心配ありませんが、数学(算数)は全く自信がありません。先週の専門学校フェアの際にも、簡単な計算問題ができなかったら、日本語ができても落ちるかもしれないと言われました。調理なら、塩分濃度の計算ぐらいはしなければなりませんからね。そこで、先週末、私に練習問題を作ってくれと頼んできました。というわけで、練習問題を作り、今朝、クラスの先生を通して渡してもらいました。

授業後にWさんが職員室に飛び込んできました。「先生、こんな問題、絶対無理です」と訴えてきました。“こんな問題”といっても、「税抜き1,645円の食料品は、税込みでいくらですか“ぐらいのレベルです。もちろん、食料品の税率8%は示してあります。その場は家でゆっくり考えろとなだめて帰しましたが、本当にこの程度の問題ができなかったら、食塩水の濃度計算など、はるかかなたの問題でしょう。

そのあと、S大学の指定校推薦応募者のEさんの面接をしました。「あなたの行きたい大学、学部、学科の名前を言ってください」と聞くと、「S′大学のT学部のUがつかです」と答えました。そもそも大学名が不正確だし、学部名は言葉足らずだし、学科名に至っては間違っているうえに“がつか”ですよ。思わず、「がっか。小さい“つ”」と直してしまいました。それには目をつぶって質問を続けても、さっぱり話がかみ合いませんでした。Eさんは7月のJLPTでN2に合格したのですが、その片鱗も感じさせない答えっぷりでした。

私が2人の相手をしているころ、東京は雲ひとつない青空で、最高気温34.1度を記録しました。

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質問魔

8月30日(金)

現在中級レベルのWさんは、専門学校に進学して調理の勉強をするという目標がしっかりと定まっています。おとといの専門学校進学フェアでも、志望校のブースでずいぶん長い時間話を聞いていました。

今の自分の日本語力では専門学校の授業についていけないと感じていますから、クラスの中で一番よく勉強しています。十二分に予習をしてきて、わからなかった点をガンガン質問します。毎日、10時半の休憩時間になると、質問事項を書き連ねたメモ帳を手に教卓まで来ます。Wさんの質問は、教師の気が付かない、学習者ならではの視点に基づいていますから、質問されるこちら側も勉強になります。それをヒントに、急遽授業の内容を組み換えることもあるくらいです。

また、Wさんは、間違いを恐れずに、習ったばかりの語彙や表現をどんどん使って話をしたり例文や作文を書いたりします。そういうのを見ると、単に誤用を指摘して直すだけでなく、上級で勉強するより高度な日本語に書き換えることもあります。時には、解説も加えます。Wさんならこれをしっかり受け止めてくれるだろうと思えますから、こちらもやる気が湧いてきます。

その一方で、Wさんが質問している間、一生懸命スマホを見ている学生もいます。授業中にされた質問には、クラスの全学生がわかるように答えます。それを聞かないことは、日本語力を伸ばすチャンスを自ら捨てていることになります。耳がこちらに向いていないのですから、聴解力が付かないのも当然です。

専門学校の出願は、9月早々に始まります。Wさんは第1期に出願する気満々です。

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90%と100%の違い

8月29日(木)

Mさんはまじめな学生です。いつも積極的に授業に参加し、宿題は必ずやってきて、どんな課題にも真正面から取り組みます。Mさんの発する質問はみんなの参考になりますから、教師も力を入れて答えます。時々力を入れ過ぎて、時間があっという間に過ぎてしまうのが困った点ではありますが。

そのMさんですが、中間テストは振るいませんでした。採点された自分の答案用紙を前にして、今までこんな点を取ったことがないと肩を落としていました。肩を落とすだけならどんな学生でもできます。Mさんの偉いところは、その間違え方を分析し、今後何をしていけばいいかというところまで考察した点です。

「私は90%理解すればもう大丈夫と思ってしまいます。でも、100%理解しないとテストで点が取れません」と、濁点がないために×になった漢字の答えを示しながら話してくれました。まさにその通りで、Mさんの漢字テストはどうしようもない間違いは少なく、正解の至近距離にある誤答が目立ちました。読解も同様で、頭の中ではわかっているのでしょうが、それを答案用紙上に表す際に言葉足らずで減点された問題が多く、合格点を割り込んでしまいました。

“詰めが甘い”というやつです。授業中は口頭で答えますから、勢いで教師も他の学生もそれでいいような感じになり、微妙なずれは見逃されています。たとえ間違いに気づいても、会話や議論の流れを優先して、その場で訂正しないこともあります。そんなことが積み重なって、こうなってしまったのかもしれません。

Mさんは、これからは細かいところにも注意して、期末テストでは立派な点数を取り、学期全体で合格の成績にすると誓いを立てました。こちらも間違いを厳しく指摘することで、Mさんの意気込みに応えていくことにします。

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