Category Archives: 授業

明日はリベンジ

10月20日(火)

例文は授業を映す鏡と申しましょうか、学生が提出した例文を見ると、授業の出来がよくわかります。今朝までに、昨日中級レベルで行ったオンライン授業の例文が届きましたが、そこには昨日の授業の抜け落ちが如実に表れています。

もう少しこちらから例文を提示したり学生に練習させたりしたいところだったのですが、時間に追われて学生の「わかりました」という声を信じて次の科目に移ってしまいました。それが敗着だったようで、説明の足りなかったところをわざと突いてくるかのように、学生たちは誤文を作ってくれました。

上級のクラスだったら、教師の説明不足を学生が補ってくれることもよくあります。日本語文法に慣れて勘が働くようになっているため、学生たちは既習の文法との比較を無意識のうちに行い、おそらくこういうことだろうと理解してしまうのです。教師は、学生の理解力の高さに助けられて授業を進めている面もあります。

中級の学生は、そこまで手練れではありません。経験値が十分ではありませんから、上級の学生に対してよりも手厚く説明したり練習したりしなければなりません。その時間がなかったというのは、完全に教師の作戦ミスです。学生の予習が想像以上に足りなかったという言い訳はありますが、それに全面的に責任を押し付けることはできません。

明日は、偶然にも、昨日と同じ学生を相手に、代講でオンライン授業をします。図らずしてリベンジの機会が与えられました。今度は学生の予習不足も織り込んで、抜け落ちがないように授業が進められるよう、準備を進めています。

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わかりましたか

10月16日(金)

月曜日のこの稿に書いた超級向けオンライン講義をしました。講義の内容を聞き取るということが、この授業の主たる目的ですから、前もって原稿を書き、それに沿ったレジュメを作りました。正確に言うと、この授業を企画なさったH先生に原稿をお送りし、H先生の目でご覧になって学生に聞き取らせたいところを中心に、資料を作っていただきました。

原稿をそのまま読むと10分かそこらですが、パワーポイントを見せてその説明を加えると15分くらい、5分ほど無駄話をして、計画通りの20分にしました。大学の先生も無駄話をしますから、また、そんなノイズをのけて話題の中心を聞き逃さないようにするのも、学生たちがこれから必要になる聴解力です。

話が終わってから学生たちに理解度を確認する質問をしてみました。H先生が作ってくださった資料に基づいてあれこれ聞いたのですが、オンラインの向こう側でぼ~っとしているだろうなと思われる学生を指名すると、やはり、要領のいい答えが返ってきませんでした。普段はしっかりしている学生を指名しても、聞き慣れない専門用語が含まれていると、うまく答えられないケースがありました。

聞いた内容を簡潔にまとめることに関しても、課題があるようです。聞き取れてはいるのでしょうが、その趣旨を過不足なく伝えるとなると、まだまだ難しかったみたいです。受け取った情報を加工して発信する力を開発していかなければなりません。

でも、的を射た質問もいくつか出てきましたから、鍛えようによっては大きく伸びていくことでしょう。入試の先も見ていかなきゃね。

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頭脳の再構築

10月13日(火)

先週金曜日から新学期が始まっていますが、私は土曜日の受験講座を担当しただけで、クラス授業をしていません。もっぱら、日本語教師養成講座に携わっています。

10月から私が行ってきた授業は、中上級の文法です。N1の文法項目すべてについて懇切丁寧に解説していくなどということをしていたら、年末までかかっても終わりませんから、文法項目のとらえ方、どこに目を付けるかについて話してきました。特に、教師が例文を通して文法項目の意味を明確に理解することや、言葉による説明ではなく例文によって学習者に文法項目を教えるということに力を入れました。

上級になると、語法と文法が相互乗り入れするような形でその境界があいまいになってきます。また、文章や発話の文脈を捕らえて書き手・聞き手の意味するところを理解することが求められます。そういったことから、文法らしい文法よりも少し外側の事柄にも触れてきました。

そんなことよりも何よりも、受講生のみなさんの頭の中に、文法的な発想を植え付けること、文法理解の回路網を構築することを目指してきました。街なかで使われている敬語の間違いに気づいたり、主語と述語が一致していない、いわゆるねじれ文に違和感を抱いたり、興味深い言葉の使い方を見つけて感心したりさらなる応用例を探したりなどして、常日頃から文法を意識し、頭を訓練していってもらいたいのです。こういう訓練の積み重ねが、いずれは授業に生きてきます。

わずか半月ほどの私の授業でしたが、初回に比べれば受講生のみなさんは文法的な生活が送れるようになってきたように感じます。来週の月曜日は、今期の中上級文法のテストです。少しずつ形作られつつある文法的頭脳を駆使して、合格点を取ってもらいたいです。

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講義を聞く

10月12日(月)

今学期はどこかのレベルを主導的に担当することはありませんが、3つのレベルで授業をします。でも、その代わり、あちこちから教材作りを頼まれています。

超級クラスからは、聴解の授業の依頼が来ています。聴解と言っても、EJUやJLPTの過去問や練習問題をやるのではなく、話の要点をノートに取るというものです。学生たちが進学してから必要となる技能を磨いておこうという趣旨です。私は、ちょっとした長さの講義をするという役回りです。

今まで「身近な科学」で話してきた内容をまとめればどうにかなるのですが、ノートを取らせるとなると、少なくともはじめのうちは、ノートに取りやすい話し方を心がけなければなりません。パワーポイントは、図表以外は使わないことにしていますから、音声だけで専門的な内容を正確につかませるにはどうすればいいかなども多少は考えます。最終的には、学生が力を付けて、未知の内容の話でも要点を把握できるようになってもらいたいと思っています。

最近の大学には、パワーポイントがないと授業が理解できない学生が増えているそうです。パワーポイントなら文字も書かれているし、要点も強調されるし、事柄と事柄の関連も明示されますから、学生の理解の助けになります。しかし、それがないと、講義の要点も内容の関連も頭に入らず、結局、何もわからなかったということになってしまうそうです。

KCPの学生にはそんな大学生・大学院生にはなってもらいたくありませんから、こういう授業を企画しているわけです。学生たちがこの気持ちを受け取ってくれること願っています。

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あれは3年前

10月7日(水)

昨日の夕方、3年前にO大学に進学したGさんが来ました。Gさんは、私をロビーに呼びスト、私がGさんをすっかり忘れているものと思って自己紹介を始めました。でも、Gさんは粘りに粘って卒業式後にO大学の合格を決めた学生で、私にとっては印象深い学生でした。

Gさんは夏ぐらいからいろいろな大学を受け続けました。そのたびに面接練習をたっぷりしました。自分の思いの丈をすべて語ろうとするので、1つの質問への答えが長くなり、そのうち自分でも何を言っているのかわからなくなるというパターンに陥るのが常でした。私だけではなく、K先生やH先生など、他の先生を捕まえて面接s練習していました。

しかし、なかなか芽が出ませんでした。卒業式でKCPとお別れするはずができず、残されたのは最難関のO大学だけとなり、本人も教師ももう1年頑張ることになりそうだと覚悟を決めた時、O大学合格の報が届きました。それをGさんの口から直接聞いた時、私はGさんに向かって深々と頭を下げました。「よくやった」「本当におめでとう」「お疲れさまでした」…、いくつもの感情が入り混じった最敬礼でした。

そのGさんも4年生です。大学院に進学することにしました。大学の勉強だけではなく、学外でも自分の好きな道を追求していると言って、Gさんが発行人になっている同人誌を1冊くれました。編集の大変さを身に染みて知ったと感想を一言。自分の思いを面接官役の私にぶつけることしかできなかったGさんが、多くの同人の思いを受け止めて同人誌を編んだのです。大きな成長を感じずにはいられませんでした。

今シーズンも何人かの学生の面接練習に付き合っていますが、Gさんほど思いを受け止めるのに覚悟のいる学生はいません。Gさんに面接官役をやってもらいたいなと思いました。

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磨き上げる、研ぎ澄ます

10月1日(木)

月が替わり、10月期が始まりました。それと同時に日本語教師養成講座も新規受講生を迎えて開講しました。

私はいつも通り文法の講義を受け持ちます。初めのうちは、受講生の思考回路を変えることに力点を置きます。文法に敏感になる、何気なく聞いたり読んだり、いや、もっと受動的に自然に目や耳に入ってきた日本語の中から「あれっ」とか「おや?」とか「ちょっと待って」とか感じた言葉の使い方を拾い上げる感覚を身に付けてもらいます。そして、何がその違和感の元なのか分析し見極める感覚を磨くことが、日本語教師には不可欠だと思っています。

初回のネタには、ある新聞記事を使いました。助詞の使い方が悪いため誤解が生じかねない見出しの実例です。記事に出ていた1つは私も見かけてこれはひどいと思っていたものです。私がわざわざ取り上げたくらいですから、受講生のみなさんはみんな何がどう悪いのか気づきましたが、そういう心構えなしでこういう見出しに触れていたら、知らず知らずのうちに、文法的ではないけれども合理的な意味に解釈してしまったに違いありません。

確かに、文法的には変でも、話し手・書き手の言わんとしていることが感知できれば、その発話や文の文法性についてとやかく言うことはめったにありません。もちろん、誤解が生じたときは助詞が間違っているとか多義的に解釈できるとか、文句は言うでしょう。日常生活においては、それで全く問題ありません。というか、敢えて波風を立てることはしないでしょう。しかし、日本語教師の仕事は言語的に日常生活ではありません。一般庶民とは違う次元の空間に存在しています。その空間を自由に漂い、ましてやお金を得ようというのなら、その方面の感覚を研ぎ澄ますことが求められて当然です。

これから2週間ほどは、養成講座講師の日々が続きます。帰る前に明日の資料の準備をしておかなければ…。

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使用語彙を増やそう

9月24日(木)

来月からまた日本語教師養成講座の授業を受け持ちます。私が担当する授業の中に、日本語の語彙に関する部分があります。日本語は他の言語に比べて日常使われる語彙数が多いという話をします。日本語の単語のルーツには、和語、漢語、それに外来語があり、また、話し言葉と書き言葉の違い、かたい場面とくだけた場面での言葉遣いの違いなど、語彙が増える要素ばかり目立ちます。日本語は、アルファベットの言葉の3倍くらい単語を覚えないと、語彙的に同じレベルにならないそうです。

このことは、当然、学習者にとっては重荷になります。日本語は、動詞の活用が規則的だとか、修飾語は被修飾語の前に来るとか、文法は決して難しくありません。だからとっつきやすいのですが、しかし、覚えるべき単語が続々と湧いてきて、上達しようと思うと、底なし沼にはまるがごとき様相を呈してきます。

KCPの学生も状況は全く同じで、昨日の期末テストでは、超級の学生たちもみんな語彙で討ち死にしました。漢字の読み書きに関してはかなりのレベルに到達している学生も、その読んだり書いたりできる漢字の言葉を正しく使えるかというと、残念な答えにしかなりません。これぐらいは正解してくれるよねと思った問題でも、実にあっけらかんと間違えてくれます。

読解のテストはそこそこの点が取れていますから、理解語彙はけっこうあるのでしょう。しかし、使いこなせる語彙となると、まだまだなのです。努めて語彙を増やす方向に授業を持って行っているつもりですし、短文作成などで使うチャンスも与えているはずなのですが、どこか何か足りないのでしょう。

かろうじて合格点くらいの答案に囲まれると、学生たちから責められているみたいです。

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手ごたえがあるような

9月9日(水)

私の超級クラスの授業はオンラインです。学生を油断させないために、まず、次から次と指名します。すると、中には指名されてからプリントや教科書を探し始める学生もいます。Hさんなどは、毎週のように部屋でガサゴソやっています。とはいえ、多くの学生はきちんと予習して授業に臨んでいます。

指名するとだいたい正しい答えが返ってくるのはいいのですが、指名しないと答えが返ってこないことがよくあるのは問題です。チャットを使って発言するのもCさん始めごく限られています。まして、マイクを通して話し掛けてくる学生など、1回の授業で1人いればいい方です。オンライン授業の方が発言が多いという教師の声がよく紹介されていますが、私のやり方が悪いのでしょうか、実感がわきません。

ZOOMのブレークアウトセッションも、毎回利用しています。3人ぐらいのグループにすると、みんな意見を言い合うようです。セッション終了後にどんなことを話したか聞くと、こちらの狙いから多少外れていることがあるにせよ、実のある議論をしていたことがうかがわれます。お互いに刺激し合って、1人では湧き上がらなかった発想を手にすることもできるようです。教室で3人組でディスカッションするより高いレベルに到達しているのではないかと見ています。

学生たちはどう思っているのでしょうか。それこそ顔を合わせる機会がありませんから、聞いてみることすら難しいです。ZOOMに映し出される学生の顔は小さすぎて、表情もなかなか読み取れません。多少なりとも学生のためになっていると信じて、これからも授業を進めていきましょう。

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温暖、死亡、変換、巨大、河川

8月19日(水)

超級クラスの語彙の練習問題に、同じような意味の漢字を2つ重ねた熟語をあげなさいというのがありました。オンライン授業でしたから、画面を見て最初に目についたSさんを指名しました。「はい、温暖」という答えがすぐに返ってきました。すばらしい答えです。ばっちり予習してきたのでしょう。共有画面のホワイトボードに書いて、次にCさん、Jさん、Yさんと指名しましたが、「わかりません」でした。

たとえ予習をしていなくても、「温暖」という文字が画面に出ているのです。いやしくも超級の学生なら、それをヒントに「寒冷」ぐらい思いついて当然だと思うのですが。この3人は、先週の語彙の中間テストではそれなりの点を取っていましたが、暗記のたまものだったのかもしれません。それとも、クラスメートの答えからすぐに導き出される答えを口にすることを潔しとしなかったのでしょうか。

でも、その後は、死亡、変換、巨大、河川など、順調にしかるべき答えが出てきました。どうやら、たまたま気の利かない学生を3人続けて指名してしまったようでした。やっぱり、全体を見渡せば、力があるなあと思いました。

はっきり言って、日本人だって、同じような意味の漢字を2つ重ねた熟語を挙げろと言われても、とっさに答えられる人は多くないと思います。そう考えると、Sさんが偉くて、Cさんたちの方が普通だとも言えます。でも、このクラスの学生たちには入試が待ち構えています。入試を勝ち抜くには、豊富な語彙力が不可欠です。だからこそ、こういう問題をやらせているとも言えます。

日本語学校は変なガイジン養成機関だとも言われます。このクラスのみんなを早くその域に送り込みたいです。

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雷雨のち虹

8月13日(木)

受験講座の終わり近く、突然の低い雷鳴に驚き窓の外に目をやると、真っ暗ではありませんか。激しい雨も降っています。受講生たちは不安そうな顔をしていました。きっと、傘を持って来なかったに違いありません。「通り雨だから、すぐにやむよ。授業が終わったら、ラウンジで休んでいきな」と声をかけると、少し安心したようでした。

授業が終わって廊下に出ると、なんという蒸し暑さ! 換気のため外階段に通じるドアを開放していますから、雨の湿気をたっぷり含んだ熱気が廊下に充満しています。結露するんじゃないかなあと思ったくらいです。

教室の後片付けを済ませて1階に下りると、傘を借りに来る学生が続々と。あっという間に貸し出し用の傘が消えていきました。午前中の青空を見ていたら、傘を持ち歩こうとは思いませんよね。でも、天気予報は午後雨が降ると言っていました。それに、昨日も雷でしたが、夏の雷はしばらく続くものです。この週末も、同じような時間帯に雷雨があるのでしょう。

昨日もそうでしたが、雨が降ったのにいっこうに涼しくなりません。気温はたいして下がらず、湿度はぐんと上がって、毛穴がふさがりそうな暑苦しさです。いや、下がってはいるのですが、元の気温が高かったため、下がってもそれなりに暑く、湿度が上がったので素肌に水蒸気が絡みついているような感じです。

でも、ほんの短い時間でしたが、職員室の窓から虹が見えました。ビルの隙間のほんのわずかな空に、角度にして30度ぐらい、七色の橋が架かっていました。何かいいことがありそうだなと、勝手に信じています。

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