Category Archives: 授業

最終日

9月18日(水)

Rさんにとっての最後の授業の日は、文法テストで始まりました。いつもと同じように涼しい顔で問題に取り組み、制限時間いっぱいまで入念に答えを見直していました。ペアワークも淡々とこなし、指名されたら几帳面に答え、私が板書したことは一言も漏らすまいとノートに書き留め、始業日から変わらぬ様子で授業を受けていました。

授業の最後に、クラスメートに挨拶をしてもらいました。みんなに聞こえる声で、一言一句かみしめながら、今まで楽しく勉強できたお礼を述べていました。拍手が湧き上がり、Rさんは笑顔で教室を後にしました。

Rさんは今学期の新入生で、アメリカの名門C大学から来ました。学期の初めのころは表情も硬く、めったに言葉を発することもなく、緊張していることが教師側にもビンビン伝わってきました。クラスになじめるだろうかと心配もしました。しかし、3週間ぐらいたったころから日に日に表情が明るくなり、1か月が過ぎるころからは、授業中に積極的に発言するようになりました。やがて、授業中にどんどん疑問点を質問しだし、その質問もさすがC大学の学生という感じで的を射ており、クラスのみんなの信頼を勝ち得ていきました。

学生の冗談にも笑って反応したり、感心した時は大きくうなずいたり、表情も豊かになりました。例文にもその表情の豊かさが現れてきました。学期の最初は指定された文法項目などを盛り込むので精いっぱいだったのに、今ではウィットを利かせた文が作れるようになりました。本当に大きく成長したと思います。

明日からは教室にRさんがいません。なんだか信じられないような気がします。

没個性

9月4日(水)

読解のテキストに熊本地震の話がちょっとだけ出てきました。地震となると言いたいことがいっぱいありすぎて、放っておくと独演会になりかねません。身近な科学ならそれでもいいでしょうが、初級の読解で、しかも他にやることが山ほどある日にそんなことはできません。あえて何も触れずにさらっと流そうと思いましたが、それではこちらにストレスがたまってしまいますから、震度7という家がつぶれて死者が出るほどの地震だったということだけ話しました。でも、学生たちの反応は薄かったです。

学生たちの多くは地震がほとんどないところから来ています。日本で生まれて初めて地震を体験し、震度2ぐらいで大騒ぎをします。この前の日曜日は防災の日で、地域によっては防災訓練をしたり、お昼ごろに電車に乗っていたら訓練に出会えたりしたはずなのですが、そんなことを経験したり見かけたり気付いたりした学生はいなかったようです。地震が起きたら人並み以上にびっくりするくせに、地震の周辺事項に対する感度は鈍いのです。

大地が揺れ動くということが想像できないのでしょう。学生たちにとっても“地震雷火事親父”かもしれませんが、地震が圧倒的にずば抜けて1位の恐怖に違いありません。揺るぎないはずのものが揺るいじゃうんですからね。日本で暮らしていく上では、いつでもどこでも地震に見舞われるおそれがあるんだということを伝えていくのが私の役回りじゃないかと思っています。そういう授業をすることが、教師の個性なのだとも思っています。

とはいえ、テキストの隅っこにちょこっと出てきただけの熊本地震からここまで引っ張っちゃったら、本末転倒です。だから、予定の時間を踏み越えることなく読解を終えました。

激怒の裏に

8月28日(水)

私が受け持っている初級の一番上のレベルは、中間テスト後から漢字の教科書が変わりました。初級の教科書から中級の教科書になったのです。今までは教科書で取り上げる単語に各国語訳がついていましたが、それがなくなりました。それに伴って、教師の授業の進め方が変わり、学生にも予習のしかたを変えるように指示を出しました。単語の意味を日本語で説明できるように、例文全体の意味を理解してくるように、というのが主なものです。

きちんと予習してあるかどうか事前にチェックをしたんですが、実際に授業をしてみると、学生がしてきたのはほんのうわべだけの予習で、こちらの質問にまともに答えられる学生はほとんどいませんでした。例文の中に「大気中」という言葉が出てきたのでこれの読み方を聞いたら、1人を除いて「だいきちゅう」と答えました。「お前ら予習不足だ!」と激怒しました。いや、正確には激怒するふりをしました。

毎学期、中級の漢字の教科書を使った最初の授業では、学生たちの予習不足が露呈されるのが常で、それは驚くにあたりません。「だいきちゅう」も毎度おなじみ、想定内の答えです。問題は、いかに次から教師が満足できる予習をしてくるようにさせるかです。ですから、激怒のふりをして、予習してこないと大変なことになると学生に恐怖心を植え付けたわけです。

中級になったら、頭の中が日本語で回転するようになっていなければなりません。それが聴解力向上や読み書きのスピードアップなどにもつながります。このレベルの学生たちが乗り越えなければならい壁でもあります。中級以降伸びるかどうかは、日本語で考えられるかどうかなのです。

よくできるけど

8月9日(金)

今朝、電車の窓から朝日を見ると、東の彼方のビルのてっぺんから、どうにか頭を出している程度でした。昨日が立秋ですから、もう、夏至よりも秋分の方が近いのです。日中は猛暑日が続いていますが、朝日を見る限り、秋を感じずにはいられません。

夏至直後に始まった今学期も、もうすぐ中間点です。昨日の選択授業の中間テストを皮切りに、文法などの中間テストがある14日までに、いろいろな中間テストが目白押しです。

私のクラスでは、会話の中間テストをしました。授業で習った文法や語彙を駆使して、与えられたシチュエーションにふさわしい会話を作り上げ、実演します。もちろん、発音やイントネーションなどもしっかり見ます。

こういうテストを毎学期やっていますが、難しいなあと思うのは、相手に応じて言葉遣いの丁寧さを決めていかなければならないことです。初級の入り口はですます体しか教えていませんから迷うことはありませんが、私が教えているレベルぐらいになると、丁寧体と普通体、状況によっては一部敬語についても選択肢に加えなければなりません。

あらかじめ注意して、学生たちの目をそちらにも向けさせるようにしていますが、発表の段階になると、みんな丁寧語のフラットな人間関係ができてしまいます。それはそれで幸せな世界かもしれませんが、私にはちょっと生きにくいかな。

結局、日本語だけで生活する空間に身を置かないと、お互いの阿吽の呼吸で言葉遣いを変えるワザなんか身に付かないのでしょう。それができるのは、やっぱり進学してからです。日本語学校の擬似日本語空間は日本語を勉強する場であり、日本語で何かを勉強するようになって、日本人っぽい日本語がしみ込んでくるのです。

プレッシャー

8月8日(木)

今学期は、火、水、木曜日が受験講座もある日で、朝から夕方までフルに授業をします。ですから、木曜の受験講座が終わると、金曜日にも日本語のクラスが残っているのに、なんだか1週間が終わってしまったような錯覚にとらわれます。それではいけないのですが、授業が日本語だけとなると荷が軽いことは確かであり、しかも週末目前ですから、ホッとするなという方が無理だと思います。

しかし、明日は違います。会話の中間テストがある上に、文法の平常テストもあり、諸般の事情で文法をガンガン進めなければなりません。しかも、大学から来ている実習生が授業を見学します。かなり強引な進め方をしないとミッション・コンプリートになりそうもありません。そんな授業を実習生に見せていいのだろうか、いや、クラスを仕切り倒しているところこそ見せる価値があるんじゃないだろうかなどと、頭を痛めています。

進度を稼ぐとなると、どうしても教師の発話が多くなりがちです。学生に無駄な動きをさせないようにぐいぐい引っ張っていきますから。失敗を通して学習項目をしみこませていくという、私がよくとる方法ができません。脱線も許されませんから、私にとても息苦しい授業になります。

週末で疲れていると、学生に押されて怠惰な方向に流れてしまいます。精神的にもベストコンディションを保たなければなりません。心技体を整えるなどというと、トップアスリートの世界みたいです。でも、厳しい条件に打ち勝って結果を出すのは、やっぱりその世界のトップアスリートですよ。そう考えると、なんだかやる気が湧いてきました。

まず話す

8月2日(金)

学生たちは、日本で暮らしているからと言って、いつも日本語を使っているわけではありません。学校で使う日本語は今勉強している文法の応用が中心です。買い物だって、コンビニやスーパーなら無言でできます。アルバイトの日本語も限られた語彙や文法ばかりです。行いの悪い学生なら、遅刻・欠席や宿題忘れなど、するべきことをしなかった言い訳をしたり、それを教師に突っ込まれたときに反論したりと、多少はバラエティーが生まれてきます。出来のいい学生はそういうことがなく、かえって多種多様な日本語を話すチャンスがないんじゃないかと思います。

もちろん、特に上級の学生は、進学の時期が近づくと、志望校の決定や志望理由書を巡る攻防など、高度な日本語を使う機会が生まれてきます。でも、いわゆる日常会話はあまりしているようには思えません。

“だから”と言っていいかどうかわかりませんが、日本人ゲストをお呼びして会話をする授業が、各レベルで毎学期1回ぐらいあります。私が受け持っているレベルでは、月曜日から準備を始め、いよいよ本番となりました。

夏休みの時期だからでしょうか、大学生がたくさん来てくださいました。学生3~4名にゲスト1名ですから、結構濃厚に話ができたと思います。授業中はどこか引いている風情の学生も、前のめりになってゲストに何やら話していました。テストでは不合格を重ねている学生も、何やら一生懸命訴えていました。どのグループも話が途切れることがなく、制限時間はあっという間に過ぎ去っていきました。

ゲストのみなさんがお帰りになってから学生たちに感想を聞いてみると、自分の日本語が確かに通じたという手ごたえを感じていたようでした。文法にも語彙にも間違いはあったはずですが、また、表現も不細工だったに違いありませんが、それを乗り越えてコミュニケーションが取れたという自信が生まれたのではないかと思います。通じないんじゃないかと思ってしゃべらないのではなく、どうにかなるものだと信じて話してみることが、上達につながるのです。どうにかならないこともありますが、同じミスを繰り返さないようにすれば、少しずつ進歩するのです。この会話授業を、その進歩の一里塚にしてもらえたら、授業は大成功です。

引き上げるには

7月27日(土)

授業をたくさん持っていると、どうしても仕事の滞貨が生じます。土曜日はその滞貨を一掃する日として、朝一番で、本当は3日前に済ませておかなければならなかったテストの採点をしました。

最高点96点、最低点41点。学期が始まって最初のテストなのに、早くも2倍以上の点差がついてしまいました。一番悪かったKさんは、決して怠けていたわけではありません。学校も休まなかったし、授業中もきちんと練習していたし、宿題もきちんとやってきたし、まじめな学生です。難点を挙げるとすると、応用力に乏しいことです。宿題のように家でゆっくり考える時間があると正解まで行けますが、授業中に突然指名されて反射的に答えなければならないとなると、勢いが衰えてしまいます。そうそう、宿題もひねった問題はあまりできなかったっけ。

Kさんのように、まじめなのに成績が伸びない学生は、対応が難しいです。Yさんのように派手に休んだ学生なら「休んだからこんなひどい成績になるんです」とガツンと言えますが、Kさんにはわからないところを丁寧に復習練習するほかありません。ただ漫然と再テストを受けさせるだけでは、たとえ合格点を取ったとしても、本当の力はつかないでしょう。

このテストは、月曜日に学生たちに返却します。Kさんには特別に時間を取って、このテスト範囲の文法や語彙を徹底的に勉強し直させたいです。わからないところを確実につぶし、次回以降のテストで復活してもらいましょう。…と思っていたら、2回目のテストは、なんと月曜日。Kさん、点が取れるかなあ。

読む

7月23日(火)

今秋から、火曜日の後半は選択授業です。私の担当は、大学入試過去問で、読解を中心に、有名大学の留学生入試を解いていきます。初回は、4年前のK大学の問題。クラスの学生の力がわかりませんでしたから、少しやさしめの問題で様子見をしました。

最上級クラスの学生は、設定した制限時間をだいぶ余して解き終わってしまいました。上級になりたてぐらいの学生だと、制限時間をフルに使っても解けない問題があったようです。やはり、長文を読むスピードが違います。問題を解くテクニックというよりは、読み進むパワーの差を感じました。

問題を解いている学生を見てみると、本文や問題文を目で追っていき、答えだけさらさらとメモするのが、最上級クラスの学生です。下の方(と言っても上級には変わりありませんが)の学生は、シャープペンシルの先で単語を追いながら、時には単語ごとに区切りを入れながら読んでいます。初級のころからわからない単語で立ち止まってはいけないと指導されていますから、シャープペンシルの先が完全に止まってしまうことはありませんが、行きつ戻りつしている学生は少なくありませんでした。

答え合わせをしてみても、最上級クラスの学生は貫録勝ちです。読み取るべきところを読み取って、正解につなげていました。今回はあまり難しい問題ではありませんから、これが解けたから合格疑いなしなどとは到底言えません。でも、K大学クラスの大学なら、どこに受かってもおかしくないという感じはしました。

来週はもう少し骨のある問題に挑戦してもらいましょう。でも、骨のある問題は、模範解答を作るのに骨が折れるんですよね…。

関心事

7月16日(火)

先学期から、最上級クラスでは、週明けは前の週の気になるニュースについて話してもらうということで、学生たちに聞いてみました。

まず挙がったのが、「ジャニーズの社長さんがなくなった」というニュースでした。私たちの世代にとってジャニーズは憧れというか雲の上の存在で、田原俊彦とか近藤真彦とかは、確かにその前の“スター”に比べれば身近な存在でしたが、我々下々とは違うという感覚がありました。学生たちにとってのジャニーズは、亀梨和也あたりのようでした。木村拓哉という声もありましたが、やはり、亀梨の方にずっと親近感を覚えるようでした。

そんなことよりも盛り上がったのが、未明(だから厳密には「先週」のニュースではありませんが)に埼玉で起きた殺人未遂事件でした。高校生が自宅の部屋で侵入者に首を刺されたというもので、現時点で犯人はまだ捕まっておらず、高校生は命に別状ないとのことです。学生たちは、事件の背景とか関係者とかについて好き勝手なことを言って、想像力をたくましくしていました。

それが一段落したところで、日経の社説を読ませました。日本の人口減少を扱った記事です。こちらは記事の内容について、常識問題も加えて、いくつか問を設けました。記事を読ませ始めた瞬間はおとなしくなってしまいましたが、設問をみんなで考える段になると、また元気が出てきました。

残念ながら、問の答えははずれが多かったです。「三大都市圏は東京、大阪、京都」など、江戸時代じゃないんだぞと突っ込みを入れたくなる場面もありました。ただ、日本の現状に対して強い関心を持っていることはよくわかりました。この関心をさらに伸ばしていけるような授業を、今後もしていきたいと思いました。

施政方針

7月10日(水)

新学期は、クラスの雰囲気作りが教師の重要な仕事です。どんなクラスにしていくか、担任教師を中心に方向性を定めていきます。今学期、私が担任をする初級クラスは、できるだけ長い文で話させるという方針で進めていこうと考えています。

さて、その初日。ともすれば単語で答えようとする学生を相手に、まずは単文でいいですから、きちんと「です/ます」で答えさせていきました。私が担当しているレベルは初級の最後の段階ですから、単に口数が多ければいいという問題ではありません。中級に上がることを前提に、まとまった話、微妙なニュアンスも伝えられるようになってもらわなければなりません。今すぐじゃなくてもいいですが、会話の期末テストのころには、「みんなの日本語」の文法を駆使して、複文で意味のあることを話せるように成長していてもらいたいです。授業でのやり取りを通して、私の考え方を浸透させていくつもりです。

これは私1人が騒ぎ立ててもできる話ではなく、一緒にクラスを受け持つ先生方のご協力が必要不可欠です。クラスの教師全員が口うるさく注意して初めて、効果が上がるのです。今学期はH先生とK先生という経験豊富な方々と組んでいますから、その点は大船に乗った気分です。

授業は楽しいことが第一ですが、初級の総まとめをするという観点からは、苦しんでもらわなければならないこともあります。私がボコボコにして、H先生とK先生にフォローしていただくのがいいのかな。授業後に、昨日出された宿題のチェックをしました。早速どの学生のプリントも真っ赤にしてしまいました。