Category Archives: 進学

わからない

7月17日(木)

「先生、Kさんは珍しい人ですね。日本語が全然上手になりませんよ。熱心に質問するのはいいんですが、何言ってるか全然わかりません。だから、質問されるとマーカー渡してホワイトボードに書いてもらうんです」と、数学のS先生がぼやいていました。

私の化学と物理の時間にもKさんは質問しますが、質問内容がわからないということはありません。私の答えを聞いているKさんの様子を見る限り、私の答えはKさんにとって的外れではなく、質疑応答が成り立ち、コミュニケーションも取れていたことになります。

S先生と私の最大の違いは、日本語教師であるかどうかです。つまり、Kさんの日本語は、日本語教師には通じますが、そうでない人には通じないのです。日本語教師は日々不完全な日本語にまみれて鍛えられていますから、一般の方には理解できない、ひどい発音やめちゃくちゃな文法もわかってしまうのです。

Kさんは決して不真面目な学生ではありません。出席率も100%です。授業中にいい加減なことをしているとは思えません。話す練習だって、一生懸命やっているでしょう。それでも、一般人のS先生には通じない日本語しか話せないのです。

だとすると、Kさんの資質ではなく、KCPの授業のあり方の問題なのかもしれません。確かに、私たちの授業をきちんと受ければ、大部分の学生は普通の日本人にも通じる話し方ができます。しかし、Kさんのような取りこぼしも出てしまっているのです。

Kさんは今年受験です。面接や口頭試問が待ち構えています。面接官、試験官は日本語教師ではありません。今のままでは、ここで点を稼ぐことは期待できません。どうにかして、この山を越える力をつけさせるのが、私たちの仕事です。

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どんな建築?

7月14日(月)

午後、Pさんが職員室の入口から、文字通り顔を出して、私を呼びました。今週から始まる日本語プラスの受講について相談したいとのことでした。

Pさんは建築の勉強がしたいです。しかし、高校を卒業してからしばらくは足りていたこともあり、高校で勉強した理科や数学を忘れてしまいました。化学は何とか暗記で行けそうだけど、物理はそれじゃ無理そうだから、日本語プラス物理を受けたいと言います。その前に、日本語プラス物理でどんな勉強をするのか知りたいというので、授業で使うパワーポイントの一部を見せながら、こんなことを勉強した記憶があるかと尋ねました。あるところはうなずき、別のところは首を横に振りという具合でした。

そして、数学や物理を勉強しないで入れて建築が勉強できる大学はないかと聞いてきました。この質問、毎年誰かがします。デザイン寄りの建築ならそういう大学もあります。しかし、耐震建築みたいな建築なら、物理も数学もしっかり勉強しておかないと、大学の授業にはついて行けません。

この点をPさんに確認すると、デザイン系の建築だと言いますから、具体的にB大学の入試科目を示して、これならPさんにも十分可能性があると励ましました。でも、そういう大学に入ったら、将来役に立つ建築の勉強ができるのだろうかと、別の心配が頭をもたげてきたようです。

こうなると、気が済むまで悩むのが一番の解決法ではありますが、来年4月に進学しなければならないPさんに、そんな余裕はありません。文転しようかなどと言い始めたPさんの尻を叩いて、物理の勉強もする、B大学も受けてみるという方向で話をまとめました。

今学期は、こういう相談が次々とやってくることでしょう。

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文章を書く

6月26日(木)

もうじわじわと2026年度入試が始まっていますが、最近は志望理由書など受験生が頭を使って考えなければならないはずの書類も、生成AIに書いてもらうのが常識となりつつあります。大学側もそれを前提に書類を受け取り、別の方法で学生の真の力を測ろうと方向転換を始めています。

だいぶ前になりますが、ZさんがA大学の志望理由書を持ってきました。文法的には直すところがほぼありませんでした。構成も非常に整っていて、このまま出してもそこそこ以上の評価はしてもらえそうでした。でも、同時に、どこかつかみどころのない、つるんとした印象も残りました。チャット君に書いてもらったのかなと思いましたが、本人に確認は取りませんでした。

私は“つるん”にとがった何かを取り付けようと、Zさんにあれこれ注文を付けました。Zさんの勉強したいことも知っていましたから、それが際立つようにと「このあたりはばっさり切ってしまえ」なんてアドバイスもしました。読み手の心に引っかかり、面接の場で議論になることを期待しました。

しかし、Zさんが書き直した改訂版は、初版とあまり変わりませんでした。私の意見は、チャット君に却下されたようです。私がZさんの心を動かせなかった、AIに負けたということです。でも、大学の先生はこんなに甘くはありません。A大学のようなレベルの高い大学なら、どこまで本気で考えているか、厳しく問うてくることでしょう。

最近、「Aiに書けない文章を書く」(前田安正、ちくまプリマ―新書)を読みました。「Aiは、文書は書けるけれども文章は書けない」と筆者は述べています。文書と文章の違いについて触れるとネタバレになりかねませんから、ここから先は「AIに…」をお読みください。

Zさんは志望理由書という文書を作成し、私は文章にしようとしたけど果たせなかったというのが、Zさんと私のやり取りの結果です。面接の場で志望理由書を文章にすべく、Zさんを鍛えていくほかないでしょう。

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進学フェア

6月9日(月)

12時少し前に私が6階の会場であいさつするころには、すでに数名の初級の学生が講堂の入口で待ち構えていました。私が教えているレベル1のクラスのSさんの顔もありました。

定刻12時になると、Sさんたちが狙っていた大学のブースに向かって行きました。いよいよ大学・大学院進学フェアの開始です。レベル1のクラスでも下位のTさんの姿も見えました。Sさんはともかく、Tさんは日本語で大学の担当者とやり取りできるとは思えないのですが、4つか5つの大学の話を聞いていました。盛んにうなずいていましたから、少しは話がわかったのでしょう。日本語力よりもコミュニケーション能力で勝負といったところでしょうか。Tさんの意外な側面を垣間見ました。

12:15に午前の授業が終わるや、Hさんが会場に飛び込み、一目散に第一志望の国立大学の元へ。その後、予定外の大学の話も聞いて、満足気に帰っていきました。Cさんも第一志望の大学のブースで長い時間話を聞いていました。日本語プラスの理科に出ている学生たちは、先週の授業で話を聞くべき大学を指示しておいたので、その大学の話に耳を傾けていました。

今度の日曜日が今年1回目のEJUですから、進学に対する具体像が描けないというのが、学生たちの本音でしょう。でも、そういう時期から動き回って、いろいろな大学の話を聞いたり実際に見に行ったりしていくと、秋口の受験シーズン本番で慌てふためくこともありません。“まだまだ”なんて思っている学生が、結局泣きを見るのです。

さて、KCPのみなさんは、好スタートを切れたかな…。

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距離

5月30日(金)

Nさんは頭の回転が速く、わりと弁も立ち、優秀な学生と言っていいです。最近書いてもらった進学スケジュールによると、大学院進学を考えています。授業後、そんなNさんと、進路のことを中心に面接をしました。

「大学院に進学したいんですね」と私が聞くと、「本心は専門学校に入って就職したいんです」と、いきなり番狂わせの答えが返ってきました。日本で修士の学位を取って帰国し国で就職する――というのが、ご両親の希望のようです。Nさん自身は、自分は勉強があまり好きではないので大学院進学には向かないと考えています。専門学校で興味のある技術を身に付け、それを生かした仕事をしたいというのがNさんの本当の希望です。

来日後、Nさんはご両親が出してくださったお金で大学院入試の塾に通いました。これがNさんにとってどうしても引っ掛かるところで、律儀なNさんとしては、そうあっさりと大学院進学をあきらめるわけにはいかないのです。「ありのままを話せば親はきっと理解してくれるだろうけど…」というのが、現在のNさんの心情です。

こういう悩みを抱える学生は、毎年必ず何人かいます。親と大喧嘩をした末、自分の希望を通した学生もいましたが、スポンサー様のご意向には逆らえず、不本意な勉強を続けた例もありました。中には、自分の怠け心を親との意見の不一致にすり替えようという不届き者も、たまにはいます。

私は実際に学生の様子を目にしている立場ですから、どうしても学生寄りになります。上述の不届き者にしたって、「お宅のお子さんは、お考えになっているほど勉強好きじゃないんですよ」と言ってあげたくもなります。

いくら通信技術が発達しても、物理的距離はいかんともしがたい場合があります。

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ITを勉強したい?

5月29日(木)

授業後、Gさんと面接しました。Gさんは来春大学に進学すると言っています。しかし、話を聞くと、毎日10時間寝ているそうです。そして、学校の外ではほとんど勉強していません。睡眠時間と学校にいる時間と通学に要する時間と食事などにかかる時間を差し引いても、まだ6時間ぐらいあります。その時間は何をしていくかと聞くと、遊んでいるとのことでした。これじゃ、進学なんて夢のまた夢ですよ。6月のEJUは自信があるかときくと、首を振りました。ここにはとても書けないような点数を目標としているようじゃ、先は明るくないです。

Gさんは理系日本語プラスを受けていますから、大学でどんな勉強をしたいか聞いてみました。ITという答えが返ってきましたが、さらに突っ込んでも具体的な内容は出てきませんでした。漠然とIT、だからなんとなく理系という発想で日本語プラスに出てきたのでしょう。数学や理科はどうかと聞くと、全然わからないと言っていました。だから、先週あたりから数学や理科の授業を休むようになったのでしょう。10時間も寝ているのなら、本気で精神的に落ち込んでいるわけでもなさそうですが…。

かなりまずい状況ですねえ。このまま目標を見失ってしまうと、勉強もやる気が出ず、生活も惰性に陥り、留学生活が人生の無駄遣いになりかねません。漠然とITならそこにもう一歩踏み込んでみて、クリアなイメージを持つことが必要です。結果的にITに進まなくても、何かがつかめるはずです。

それにピッタリなのが、再来週の月曜日に行われる大学・大学院進学フェアです。毎年、何校かの大学の担当者に来ていただいて、説明会、進学相談会を開きます。そこに、ITが学べるT大学が参加しますから、GさんにはT大学の先生の話を聞けと指導しました。Gさんが、これで上向いてくれればと思ています。

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自力で発見

5月20日(火)

火曜日は上級の選択授業があります。私は小論文を担当しています。ある程度の長さの文章を読んで、それについて調べて、自分の意見や考えを書くということを毎週しています。学生たちはどんな課題に対しても、的外れではない小論文を書いてきます。

そういう、優秀と言っていい学生たちなのですが、1つだけ不満があります。それは、自分の間違いが見つけられないこと、書いたら読み返さずに提出しようとすることです。

Mさんは授業時間を30分ほど残して、今週の小論文を提出しようとしました。時間があるから読み返せと言っても、「大丈夫です」と言い張ります。とりあえず受け取って、Mさんの席の所で読んでみました。1行目に誤字がありました。その後も、誤字や不自然な文法・語彙の用法やねじれ文など、小論文全体を意味不明にするような致命的なミスこそないものの、このまま添削したら原稿用紙が血まみれになりそうでした。

「間違いがたくさんあります。時間は十分ありますから、もう一度読んで直してください」と言って、原稿用紙をMさんに返しました。Mさんは不満げに原稿用紙を受け取りましたが、直そうとはしませんでした。

その後、Cさん、Sさん、Tさんなどが提出しようとしましたが、出来具合はMさんと五十歩百歩でした。

小論文は、主に文科系大学の主要入試科目です。“いい大学”に受かろうと思ったら、おろそかにできる科目ではありません。同じような実力の受験生が大勢受験しますから、1点が明暗を分かつことだって十分考えられます。自分の間違いに気が付いて修正できる受験生は勝ち目がありますが、それができない、ないしはそれを放棄してしまった受験生は、不合格への道を歩むしかありません。

学生たちが書いている最中でしたが、そういうことを忠告して、読み返すようにと指示しました。CさんやSさんは読み直していましたが、Mさんはそんな気配が見られませんでした。一刻も早くスマホをいじりたかっただけだったのかもしれません。

さて、学生たちはどんな文章を書いたのでしょう。これから読んでいきます。

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自信回復

5月8日(木)

Sさんが進学の相談に来ました。Sさんは優秀な学生です。しかし、昨シーズンはどこの大学にも落ちてしまい、4月からもKCPで勉強をつづけ、捲土重来を期しています。

Sさんは国公立大学を狙っています。それぐらいの力は持っていると思います。でも、大学に落ち続けたことが尾を引いているようで、自信を失っています。「私のEJUの成績で行ける大学がありますか」という質問が最初に出てきました。あと1か月余りに迫った6月のEJUに対しても、おびえているような感じがしました。

試験が好きな人はいません。どんな簡単な試験でも、逆に落とし穴が仕込まれているのではないかと疑心暗鬼に陥ってしまいます。今のSさんは、それが高じているような気がします。自分の答えに自信を持ってもらいたいのですが、自信をつけさせるにはどう指導すればいいか、これが難しいのです。ただ単に「自信を持って!」なんて言ったところで、Sさんの心は変わりません。

Sさんが、去年の11月の成績で入れそうな国公立大学はないかと聞いてきましたから、まずはそれに答えることにしました。論拠となるデータを示した上で「X大学ならSさんの点数でも十分手が届くよ」と言ってあげられれば、Sさんの気持ちも多少は上向くのではないでしょうか。そういう大学も含めて、Sさんが勉強したいことが学べそうな大学を何校かリストアップしました。

まじめなSさんのことですから、リストを渡せばそれらの大学について自力で深く調べることでしょう。そうしているうちに、その大学に入りたいと思うようになり、試験におびえるのではなく、積極的に立ち向かおうという気持ちが沸いてきたらと思っています。

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オリエンテーション

4月15日(火)

今学期の日本語プラスが始まりました。いや、全体としては昨日から始まっているのですが、私は、昨日は午後クラスでしたから、1日遅れで始まったという次第です。

まず、大学進学準備と称して、大学進学全般に関するオリエンテーションをしました。学生たちが勘違いするのは、進学するのは1年後ですが、実質的な勝負は6月のEJUすなわちちょうど2か月後だという点です。私立大学の入試は9~11月ぐらいが山場ですが、合格発表が年内となると11月のEJUの成績は使えません。6月のEJUでいい点数を取らない限り、“いい大学”には入れないのです。

毎年口を酸っぱくして言い続けているのですが、入試は早く動いた学生が勝つのです。この4月に進学した卒業生たちも、1年前の4月から「先生、どうしたらいいですか」と騒いでいた学生たちが、第1志望かそれに近いところに進学しています。そういう実例も示しながら学生たちの尻を叩きましたが、今年の学生たちはどうでしょう。

次は化学。化学と物理、化学と生物という組み合わせで受験する学生ばかりですから、理科全般についてのオリエンネーションをしました。化学と物理は、平均点が50点をちょっと超える程度ですが、それで満足していてはいけません。最低でも60点、“いい大学”を目指すなら70点は取らなければなりません。生物は平均点が65点ぐらいですから、“いい大学”に入るには80点は必要でしょう。

さらに、カタカナ語から逃げていては全体に成績は伸ばせません。英語の発音とも微妙に違う不自然な発音かもしれませんが、それが日本語の専門用語なのですから、覚えるほかありません。

化学の受講生も、6月15日のEJUに勝負をかけなければなりません。生易しいことではありませんが、どうにか乗り越えてもらいたいものです。

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入力

3月28日(金)

2024年度の進学データをまとめています。受験校や進学先などは、基本的に学生の自己申告です。それを、各学生のEJUとJLPTの成績などとひもづけます。これがなかなか大変な作業なんですねえ。

まず、学校名はまだしも、学部学科名、大学院だったら研究科や専攻名があやふやです。「A大学経営学部経営学科」と書いてあるのに、A大学には経営学部はなく、ネットで調べてみると「経済学部経営学科」だったなどというのはよくあるパターンです。学科名がブランクだと、本人に問い合わせることもあります。

TOEFL、TOEICなどの英語の試験の成績も集めています。数字を入力するだけですから、致命的なミスはありません。TOEFL:780、TOEIC:80などという回答は、明らかに入力ミスですから、こちらで書き換えればいいだけです。よく見ると、意外な学生が高得点だったり、そんな点数でよくこんな“いい大学”に入れたねという成績があったり、そんな方向に頭が向かってしまい、作業が遅れてしまうこともあります。

やっぱり、結果を出せなかった卒業生のデータを見るのはつらいですね。Yさんはその典型でしょうか。日本語もよくできるし、授業中の態度も言うことなしだし、発想も豊かだし、協調性もあるし、こんな素晴らしい学生がどこにも受からなかったなんて、不思議でなりません。

私たちは年単位でYさんを見てきましたから、Yさんの優れているところ、秀でた点まで目に映りますが、一発勝負に近い入試だと、そうはいかないこともあるのでしょう。本番で力を出し切るにはどうしたらいいかという指導が足りなかったのでしょうか。

Yさんが入力したデータには、何一つ間違いはありませんでした。不合格校を細部まで入力するのはつらかったでしょうに…。

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