Category Archives: 生活

一応治りました

5月20日(月)

雨が上がってからだいぶ気温も上がりましたが、朝は寒いくらいでしたね。先週から夏装束ですが、今朝はさすがに半袖で家を出る気にならず、しっかりカーディガンを重ねました。

午前中、カーディガンを羽織り、傘を差して整形外科まで足のけがを見てもらいに行きました。今月で骨を折ってからかれこれ4か月になります。3月からは月に1回の通院で、痛い目に遭わされるわけではありませんが、病院というところは、やっぱり心弾むところではありません。

撮ったばかりのレントゲン写真を見た先生は、「痛みがないということですから、今回でとりあえず治療終了ということにしましょう」と言ってくれました。「新たに何か症状が現れたら、また来てください」ですから、仮釈放といったところでしょうか。

そうです。あくまでも仮釈放です。「骨が完全にくっつくには1年かもっとかかるでしょう」とのことですから、少なくとも来年の今ぐらいか夏休みあたりまでは、骨を折った左足にはあまり負担をかけないに越したことはありません。飛んだり跳ねたりは、まだまだ禁物です。とはいえ、連休は連日3万歩以上、山道も含めて歩き回りました。そんな無茶をしてもレントゲンで異常なしだったのですから、自信を持っていいのかもしれません。

ただ、ギブスやサポーターで足首を固定していたせいで、左の足首の動きがぎこちないです。右に比べると可動範囲が狭まっているような感じがします。こちらは自分で足首を回しながらでもほぐしていくほかないでしょう。先生に聞き忘れてしまいましたが、もう足裏マッサージは解禁でいいのかな。だったら、久しぶりに行きたいんですが…。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

便利さの追求

5月9日(木)

A先生が授業で使おうと思って、最近発売された聴解の問題集を買いました。近頃は、聴解の問題集でも、音声はCDではなくダウンロードするタイプのものが増えました。この問題集もその手のものでしたから、A先生は事前に内容を確認しておこうと思いました。ところが、ダウンロードしようと思っても画面が真っ白になってしまって、結局できませんでした。システムの不具合だそうです。「買う前に言ってよー」とA先生は嘆きましたが、私だったら「金返せ」と叫んでしまったかもしれません。

A先生は出版社に問い合わせのメールを送りましたが、なしのつぶてのようです。やっぱりCDのような現物があった方が安全確実なのでしょうか。ダウンロードの方が、何かと都合のいいことが多いですが、こういうトラブルに巻き込まれると、手も足も出せません。出版社側のシステムなど、私たちにとってはブラックボックスですからね。

昨日、JR東日本が、当分の間みどりの窓口をこれ以上減らさないと発表したと報じられました。以前、この稿に有楽町駅のみどりの窓口が閉鎖されていて驚いたということを書きました。しかし、外国人観光客をはじめ、みどりの窓口を必要とする人が多く、みどりの窓口が残っている駅が大混雑しているそうです。

もう一つ、チケットレス化が予想より進んでいないというのも理由に挙げられていました。スマホかカードを改札口にタッチするだけで座席指定車に乗れるのですから、便利なものです。でも、紙の切符の方が、安心感があるのでしょう。スマホをタッチした瞬間に改札口が閉じられてしまったら、パニックに陥る人もいるに違いありません。チケットレスもブラックボックスです。

A先生も、授業準備の段階でダウンロードがうまくいかないことがわかったからよかったようなものの、スクリプトだけ読んで授業に臨み、ダウンロードできないとなったら、平常心は保てなかったでしょう。授業に大きな穴をあけることにもなりますしね。

紙の切符を持って、CDウォークマンで音楽を聴きながら旅をしていたころが、人間の本能に一番負荷がかからなかったのかもしれません。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

こいのぼり

4月30日(火)

朝、外階段から教室へ行こうとしたら、校庭上空にこいのぼりが泳いでいるのが目に入りました。先週土曜日は何もなかったし、今朝出勤した時も曇り空しか広がっていませんでした。きっと、O先生が飾り付けてくださったのでしょう。

今週は連休の谷間で、授業日は3日だけです。5月2日(木)に、年中行事として端午の節句を予定しています。その一環として、毎年恒例のこいのぼりを揚げました。曇り空だと今一つ映えませんが、風になびくこいのぼりは、やはり初夏の風物詩です。

そういえば、学校以外でこいのぼりを見かけていません。私の行動範囲が、ほぼ家と学校との往復に限られていて、しかも地下鉄経由ですから、そもそも外を見るチャンスがあまりないというのが大きな要因です。おとといと昨日は家の近くを歩き回りましたが、小学校にも幼稚園にもこいのぼりは揚がっていなかったように思います。最近はそういうことをしなくなったんですかね、学校でも。

KCPの近くにある花園小学校と花園幼稚園も見てきました。わずかに幼稚園の掲示板に折り紙のこいのぼりが張られているだけでした。校舎や教室の中には何か飾り付けがなされているのかもしれませんが、外から見る限りいつもと変わらぬ姿でした。コンビニも、恵方巻は派手に宣伝していましたが、柏餅はあまり目立ちません。令和の端午の節句は、通奏低音のごとく地味に行われるのでしょう。

午後、化学の授業をしたら、うっすら汗をかきました。端午の節句は地味でも、季節は夏の入口なんですね。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

悩み

4月26日(金)

文部科学省からの奨学金をもらう学生を決める面接をしました。正確には、KCPが奨学金をもらう学生として文科省に推薦する人を決める面接です。書類審査などで落とされる可能性がありますから。とはいえ、こちらから推薦した学生は例外なくもらえると考えていいくらいですから、事実上「奨学金をもらう学生を決める面接」なのです。

まず、奨学金が欲しい人を募集しました。出席率で制限を加えましたから、誰でもというわけにはいきません。毎日口を酸っぱくして休むなと言っているのですが、こういうところで残念な思いをする学生が後を絶ちません。また、日本で進学する留学生対象ですから、就職希望や帰国予定の学生は対象外です。

こちらの希望としては、お金に困っている学生にあげたいです。出席率や成績がよくても、裕福ない家庭の学生には、遠慮してもらいたいところです。お金の出所は私たちの税金ですから、奨学金を遊ぶ金や貯金の積み増しに使ってほしくはないです。ですから、面接の際には経済状況も聞きます。

Sさんは学業優秀で、出席率も問題なく、しっかりしたビジョンを持って進学しようとしていますから、当選確実です。残りの数名が横一線で、甲乙つけがたい状況です。Kさんはお金に困っていますが、成績が心配です。でも非常な努力家です。やはりお金の心配が絶えないCさんは、アルバイトがなかなか決まらないと言っていました。意外だったのがYさんで、あっさり落ちるだろうなと思っていたら、自分の将来に対してとても深い考えを持っていることがわかりました。好感度急上昇です。

…などなど、結局だれを選べばいいか決めかねて、継続審議ということになりました。各方面から情報を集め、最終決定します。もう少し受給者枠が多ければみんな推薦できるのにね。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

3月中旬並み

4月24日(水)

寒かったですね。最高気温は夜中に記録された16.5℃で、最低気温14.4度は日中に記録されました。本来なら最高気温が出る時刻の14:24です。日中の最高気温が14度台というのは、3月中旬です。40日ほど気候が後戻りしてしまったことになります。

私なんか、今週から夏のスーツを着始めましたから、うすら寒くてかないません。ひざ掛けでどうにかしのいでいます。しかし、学生の中には半袖で平気な顔をしているつわものもいます。先生たちから「寒くないの?」などと声をかけられていましたが、それが楽しみというか、「ぜんぜん」とかって自慢げに答えたくてしょうがないといった風情でした。そう答える自分を誇らしく思っているのでしょう。風邪をひいて休むなどということさえなければ、半袖短パンでもいいでしょう。見ているこっちが寒くなってしまいますが。

先週は夏日も記録したのに、このところ最高気温が平年値を下回る日が続いています。しかし、明日は26度、あさっては28度と、また夏日になるという予報が出ています。気温が激しく上下すると、体調を崩す学生が出てきます。せっかく好スタートを切って新学期の勉強を始めたのに、熱を出して欠席したのがきっかけでつまずいてしまう学生が必ずいます。ここのところの寒さがそんな学生を生み出すのではないかと心配しています。半袖の学生も、ほどほどにしておいてもらいたいです。

今年も中間テストの翌日からクールビズを予定しています。そのころには、半袖でも鳥肌が立つこともなくなっているでしょう。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

大変身

4月20日(土)

お昼過ぎ、トイレに行こうと職員室から出たら、「すみません。F先生がいますか」と声をかけられました。どこかで見たような顔なんだけれども、私が知っているその顔の持ち主は、こんな調子で話しかけてくるキャラじゃありません。人違いかなと思って、「先生、学生ですよ」とF先生を呼び出しました。

ロビーに出るや、F先生、「Yさん、元気だった?」と、つい数秒前、私が頭の中で否定した卒業生の名前を呼ぶじゃありませんか。F先生を目にしたYさんも、にこやかな表情になりました。Yさんってこんな笑顔になるんだと、F先生の影からYさんの顔をしげしげと眺めてしまいました。

Yさんは、今年B大学に進学しました。KCP在学中のYさんは、出席率も悪く、成績も振るわず、いわゆる問題児でした。いつも眉間にしわを寄せ、日本語に自信がないせいか、ほとんどしゃべりませんでした。進学についても高望みを続け、F先生をさんざん悩ませました。卒業式の頃に、第3志望ぐらいのB大学にどうにか滑り込みました。

まだ1か月足らずですが、B大学での留学生活は楽しいようです。好きな勉強をしていますから、笑顔も湧き上がってくるのでしょう。「すみません。F先生『が』いますか」と言ってしまうあたり、日本語はまだまだですが、自分から日本語を発するようになったのですから、大進歩です。B大学では日本人の友達もできたと言っていましたから、日本語を話す力もこれからぐんぐん伸びることでしょう。

KCPを訪ねて来てくれたということは、Yさんの心に余裕が生まれたということです。順調な滑り出しと言っていいでしょう。今週は忙しくて私の方に心のゆとりがなくなっていましたが、明るく輝いているYさんを見て、少しリフレッシュできました。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

自由の国?

4月15日(月)

先週、外階段とそれに続く物置の屋根に吸殻が落ちていました。発見場所から考えて、KCPの学生が捨てたものと思われました。同じ日に、近所の方からKCPの学生が外でタバコを吸っているという苦情が来ました。学校近辺を警戒していたところ、Aさんが吸っているのを見つけ、すぐに捕まえました。調べると、Aさんは未成年でした。

たばこに関するトラブルが相次いだので、その翌日、全校学生に向けて喫煙に関する注意の放送を流しました。このところしばらく喫煙が問題になることはなかったのですが、卒業生が抜けて新しい学生が大勢入ってきたため、また元の状態に戻ってしまったのかもしれません。それゆえ、かなり厳しい言葉で放送の原稿を作りました。

週が明けました。また路上喫煙者が捕まりました。休み時間にいつもの喫煙所へ行ったら満員だったので、外で吸ったと言い訳をしていました。満員だったら吸わないで学校に戻るという考えは、かけらも浮かんでこなかったのでしょうね。この学生にとって、先週の放送は何の歯止めにもなりませんでした。善悪の判断もできなくなるということは、重度のたばこ依存症と言うべきでしょう。

数年前には、「日本は自由の国だから何でも許されると思った」と言った学生もいました。大きな勘違いもいいところです。日本には言論の自由や職業選択の自由はありますが、喫煙の自由はありません。昭和は喫煙者が大手を振って闊歩していましたが、令和は喫煙者の喫煙権は無視される時代です。

これは日本に限ったことではなく、世界的な潮流です。学生の母国でも同様であるに違いありません。それにもかかわらず好き勝手にたばこを吸ってしまうような学生には、まず、目を大きく開いて自分の周りを見渡してもらいたいです。喫煙がどれだけ忌み嫌われているか、それを知ることが留学の第一歩でしょう。

先週から今週にかけての喫煙者に、猛省を促します。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

さっぱり

4月10日(水)

午後、先週入院した慶應病院で抜糸してきました。手術が全身麻酔でしたから、抜糸も大掛かりになるのではないかと心配していました。でも、椅子に座って、仰向けに倒されると、「はい、消毒します」「ああ、傷口、きれいですね」「じゃ、糸を抜いていきます」と声をかけられ、数分で「はい、抜き終わりました」となり、椅子を起こされ、「うがいしてください」で終わってしまいました。

手術の大騒ぎに比べると、何とあっけないこと。治療費もお昼ごはんと同じか安いくらいでした。来月の中頃、もう一度傷跡が順調にふさがってきていることを確認してもらうために通院することになりました。そこでOKがもらえたら、今回の手術は完全に終わりになるのでしょう。

退院時に痛み止めのロキソニンをもらい、痛くなったら飲むようにと言われましたが、1粒も飲むことなく抜糸できました。とはいえ、手術をした左下奥にどことなく違和感が残っていて、軟らかいものでも左で噛むのがためらわれました。ところが、糸を抜いたらその違和感がきれいさっぱり消え去りました。ためしに、病院の帰りにパンを買って食べたら、ごく自然に左で噛めました。

病院から帰って来てから、レベル2の日本語強化のオリエンテーションに参加しました。通常の日本語授業に上乗せして、さらに学びを深めたり広めたりする授業です。そういう授業を希望する学生たちですから、真剣に教師の話に耳を傾けていました。そんな学生の前で話をするのは、やっぱり気持ちがいいものですね。糸を抜いた口が、いつもより滑らかに動いた気がしました。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

心が狭い?

4月9日(火)

昔はよく車を運転しました。住んでいたのが山口県で、道路状況が著しくよかったのもその一因です。会社から帰って来てから軽く100キロドライブとか、休みの日に山口県一周とか、意味もなく車で出かけたものです。高速道路を使わずとも、渋滞にはまることなく運転そのものが楽しめました。

東京に住むようになってからは、車の運転は縁遠いものになりました。それどころか、バスも含めて車そのものに乗らなくなりました。長い休みに旅行した時ぐらいでしょうかね。

先週入院した時、病室の窓から病院の駐車場が見下ろせました。次から次へと車が来て駐車スペースに止められていくのですが、その止め方にツッコミを入れていました。「アホ! ハンドルの切り方が逆だ」「そんなところからバックしたら隣の車にぶつかっちゃうだろう」「何トロくさいことやっとるんじゃ。車2台待ちくたびれとるぞ」…。中にはほれぼれするような止め方もありましたが、一言物申し上げたくなる動き方をする車がほとんどでした。

私は支配欲が強いんでしょうかね。バスなんかに乗っていても、「こら、黄色で突っ込む気か。渡り切る前に赤になるぞ」「小型車1台ぐらい、前に入れてやれよ」「ここは追い越し車線に逃げるのが常道だろう」「何で右折するんだ。まっすぐ行った方が近いじゃないか」などと、心の中でわめき続けています。バスの運転手さんの方が、運転がうまいに決まってるのにね。

東京でライドシェアが解禁されました。でも、私なんかライドシェアを使ったら、目的地に着くまでにへとへとになってしまうに違いありません。運転のしかただけでなく、道の選び方にも文句をつけかねません。この性格を直さない限り、ライドシェアを使いこなすことはできないでしょう。

自動運転の車に乗ったら、どうなっちゃうのかな。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

入院記

4月6日(土)

先週のこの稿でお知らせしたとおり、月曜日から木曜日まで入院していました。病魔に侵されよれよれになって入院したわけではなく、放っておくとまずいことになるかもしれない、いわば病気の元を予防的に取り除くためでしたから、病棟の他の患者さんたちには申し訳ないくらいぴんぴんしていました。

入院した1日は、簡単な検査をいくつかしただけでした。ベッドを起こしたり倒したり機能を確かめた後はすることがなく、200ページ余りの本を読み終えてしまいました。そして、ブリの煮つけの夕食をいただいて、就寝時刻の夜9時を迎えました。病棟は暖房がよくきいていて、布団の中に入ると暑いくらいでした。

手術日の2日は、朝6時半から飲食禁止でした。熱と血圧を測って手術衣に着替えるとほかにすることがなく、2冊目の本を読み始めました。9時過ぎに看護師が迎えに来て、手術室まで歩いて移動。手術開始直前までメガネをかけていてもいいとのことでしたから、手術室をじっくり観察させてもらいました。ドラマなどで見たのと同じように、無影灯に取り囲まれ、帽子とマスクで表情がわからない手術スタッフに見つめられ、麻酔薬が腕から注入されました。ああ、こうやって気を失うんだなあと思いながら、鼻からガスも吸わされ、意識がなくなりました。

その次の記憶は、「金原さん」と起こされた時でした。入院前の手術オリエンテーションみたいなときに、麻酔から覚めると吐き気を催したり体の自由が利かなくなったりすることがあるかもしれないと言われましたが、そんなことは全くなく、手術はうまくいったんだと、手術室を出る前に勝手に確信してしまいました。

病室に運ばれてスマホの時計を見ると、12:01でした。正味の手術時間は2時間弱だったでしょう。事前に先生に言われた通りでしたから、安心材料がまた増えました。

ところが、ここから6時間ベッドで安静にしていろと言われ、これが最大の苦痛でした。点滴のチューブがつながっていますから、自由には動けません。麻酔はもう切れていますから眠くもありません。私はスマホで時間つぶしをする人間ではありませんでしたが、スマホに頼らざるを得ませんでした。でも、ここで大問題が発生しました。私は左手でスマホを操作しますが、その左腕に点滴の針が刺さっていますから、動かし続けることはためらわれます。そういえば、入院時に病棟に入るとき、「利き腕ではないほうにタグをつけます」と言われ、左手首にタグをつけてもらいました。こんな目に遭うなら、左腕の自由を確保しておくべきだったと後悔しました。右手1本でページをめくりながら、2冊目も読んでしまいました。

6時になり、ようやく立ち上がってもいいと言われ、足を床に付けました。全くふらふらすることもなく、トイレまで行って、用を足してきました。点滴で水分をたっぷり補給されていましたから、膀胱が破裂しそうでした。この日は、食事は全くなし。口の中の手術でしたから、しかたがありません。

3日朝は、待ちに待った食事がでました。3食全粥でしたが、おかずは普通のものでした。肉や魚の塊も出ましたが、手術したのとは反対側の歯で普通に噛んで食べました。

この日は左手が自由に使えましたから、スマホで5月の連休と夏休みの旅行の計画を練りました。それだけではありません。紅麴事件についても調べました。私はサプリは一切口にしませんが、事件について知ると、それで間違っていなかったと思えてきました。でも、スマホを長時間眺めていると、ドライアイの症状が現れてきました。スマホの画面より本の活字の方が目に優しいのでしょうか。でも、本は最後の1冊となっていましたから、大事に読まなければなりません。病室の窓から桜が見えるかなと思って探しましたが、見つかりませんでした。

4日、退院手続きや支払いを済ませ、せっかく慶應病院に入院したのですから、入院中の穴埋めをしてくださった教職員のみなさんへのお礼として慶應グッズでも手に入れようとしました。しかし、病院の売店には手ごろなものはなく、総合案内の方に聞いたら医学部の生協まで行けば何かあるかもしれないとのことでした。そこまでする気は湧かず、うちに戻りました。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ