Category Archives: 生活

暗雲

1月18日(月)

東京の新規感染者数は、「最多更新」ではなく「○曜日で2番目に多い」などという日が多くなっています。ということは、ピークは越えたと見ていいのでしょうか。たとえそうだとしても、高値安定ですから、気を緩めることなどもってのほかです。

力士でさえ何十人も感染していて、休場者同士の方が好取組になるのではないかとさえ噂されています。そもそも、力士は四股で大地を踏みしめ、疫病退散をはかるのが務めのはずです。その力士が大量に疫病に取りつかれているのですから、この疫病がいかに質の悪いものかよくわかります。

日本の国の中全体に、「この先どうなるのだろう」という漠然とした不安と、「私はかからない」という根拠のない自信と、「最終的にはどうにかなるだろう」という思考回避の楽観がないまぜになって漂っています。抑圧的な雰囲気の底に欲求不満のマグマがたまっています。それが所々で噴出し、集団で羽目を外したり、ある特定の対象に向かって憂さ晴らしをしたりという、見聞きするにたえない事件を引き起こしています。

万里の波濤と数々の障害を乗り越えて、今までの学生より一桁上の困難の末に日本にたどり着いた新入生たちは、思い描いた留学生活とは似ても似つかぬ半監禁生活に陥っています。私たちも何とかしてあげたいと思っていますが、新入生だけ対面授業というわけにもいきませんしね。気の毒なことこの上ありません。

オリンピックは返上して、その予算を今困っている人のために使うべきだという意見が、正月の新聞に出ていました。中止でお金が落ちなくなると困る人も出てくるのでしょうが、一考の余地があるのではないでしょうか。

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最後の腕時計

1月4日(月)

大晦日のお昼ごろ、チラッと腕時計を見ると、急げばぎりぎり快速電車に間に合う時間でした。駅の階段を駆け上がり、息を整えながらホームでもう一度時計を見ると、あと30秒ほどで電車が来るはずでした。しかし、1分経っても3分経っても電車は来ず、やっと来た電車は全然違う行き先でした。何気なく駅の時計を見ると、私の時計より15分も進んでいるではありませんか。いや、駅の時計は、よほどの田舎の鉄道でないかぎり、きわめて正確ですから、私の時計が15分も遅れていたのです。

そういえば、大晦日は、朝から、だいぶ時間が過ぎたんじゃないかなと思って時計を見るとほんの数分しかたっていなかったということが2、3回ありました。そして、時計の針をよく見てみると、秒針が不整脈を起こしていました。ツツツッと進んだかと思うとしばらく止まってしまうというのを繰り返していました。朝、家を出るときは正確でしたから、その後おかしくなったのです。

私の時計は電波時計ではありませんが、12秒進みという状態で安定していました。ですから、秒針まで信用していました。それがみごとに覆されたのです。でも、この時計を買ったのは前世紀です。日本語教師を始めたばかりで、KCPにお世話になる前でした。やはり、それまで使っていた時計が突然止まってしまい、次の仕事までの合間に大急ぎで買ったものです。それ以来、入浴時以外はほとんど外すことなく、海外へも行ったし、日本国内は1都1道2府43県すべて連れて行きました。

20年以上も公私にわたって付き合ってくれた時計ですが、どうやら寿命のようです。用事を済ませたあと、時計屋に立ち寄りました。腕時計に対する条件は、電池交換不要なこと、文字盤がアラビア数字で書かれていること、カレンダーなど余計な機能がないことです。電波時計ならさらにありがたいのですが、そういう時計はなく、電波時計はあきらめました。

大晦日は古い時計をはめて寝て、1月1日から新しい時計を使っています。この時計が古い時計と同じだけもったとすると、私は80歳を超えています。その頃はもう楽隠居で、新しい腕時計は必要ないかもしれません。そう思うと、この時計をより一層大事に扱いたくなりました。

これが、年末年始の最大の出来事でした。

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静かなイブ

12月24日(木)

八八八。末広がりが3つ並んで縁起がよさそうですが、都内の新規感染者数となると、困った数です。曜日別過去最高を10日連続で記録しているとか。こういう状況に恐れをなしたのでしょうか、退学・帰国を決めた学生が予想より多くなりました。

私は家と学校の間を行き来するだけで、帰りも寄り道はしません。朝は始発に近い時間帯ですいているし、夜も1年前に比べればずっと車内に余裕があります。昼ご飯だって、12時ごろから1時半ごろまでの混んでいる盛りは避けます。店をのぞいてみて席がある程度以上埋まっていたら、そこには入りません。密になるおそれがありますから、自宅マンション以外ではエレベーターに乗りません。

ところが、昨日タクシーで帰ったというK先生が運転手さんから聞いた情報によると、新宿の繁華街はとんでもないことになっているようです。マスクをしている人が珍しく、そういう酔客に対して乗車拒否をすると、写真を撮ってばらまくぞと脅されるそうです。そういう人たちが感染し、家族にうつして数を稼いでいるのではないでしょうか。

大規模な忘年会は自粛されていますが、仲間内の飲み会はそうでもないのかもしれません。大人数で会食した菅さんもかからなかったんだから、俺たちはそれより少ない人数だからへっちゃらだい…ってところでしょう。ウィルスが変異して感染力が強まったという話も聞きます。そういった諸々の要因が相まって、おめでたい数になってしまったのだと思います。

今夜はクリスマスイブですが、もちろん、何もしません。夢の中でサンタさんに会って、プレゼントをいただきましょう。

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卒業しても

12月23日(水)

午後から、去年の1月に入学した学生たちの卒業式がありました。今回の卒業生たちは、KCPでの生活の前半は普通に過ごせましたが、後半は新型肺炎に対する不安を抱えながらの留学生活を送ってきました。それにもかかわらず、去年の12月の卒業式と大きく変わらない数の卒業生がいました。苦しい中、一緒に学校を支えた同士のような感じすらします。よくぞ残ってくれたと、感謝しています。

みんな、知らず知らずのうちに、リスクを評価し、管理し、上手に回避し、そして初志を貫徹したとも言えるでしょう。そういう意味で、非常に価値ある卒業です。そういう卒業生が、去年と変わらぬほどいたのですから、誇らしくなります。この経験は、これで終わりにせずに、これから先の人生にも生かしてもらいたいです。

卒業式が終わってもホッとできない学生もいます。そんな卒業生の1人、Sさんは、この週末に第一志望校の受験を控えています。卒業式後に、オンラインになった面接の練習をしました。

第一志望校だけあって難関校です。ただ日本語が話せるというだけでは通りません。しかし、Sさんの話し方は平板すぎて、Sさんの思いが伝わってきません。間違ったことは言っていないのですが、ポイントがつかめません。印象に残らないと言ってもいいでしょう。これでは勝ち目がありません。面接試験はコミュニケーション試験でもあるとすると、コミュニケーションが取れないと判定されかねません。

そういう点を指摘すると、明日もう一度やりたいと言ってきました。卒業しても、毎日学校に通うSさんです。

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騒音

12月18日(金)

来週の火曜日が期末テストで、学生たちは翌日から年末年始の休みに入ります。学期休みや春の連休、夏休みなど、まとまった休みの直前には、休み中の生活の注意を全校一斉放送で流します。今までは事務職員が放送を担当してきましたが、今回は全員が出払っていて、暇そうにしていた私にお鉢が回ってきました。

年末年始休み直前は、今までは、一時帰国の注意をしてきました。しかし、今年は下手に一時帰国すると永久帰国になりかねません。学生たちもそれはよくわかっていますから、国内での過ごし方というか、うちから気安く出るなという話になってしまいました。

私は孤独を愛する人間ですから、出歩いたところで人込みには近寄らず、和気あいあいと会食することもありません。人気のない早朝に活動し、みなさんが盛り上がる夜の街には足を向けません。グルメじゃありませんから、コンビニ弁当やスーパーの見切り品でも十分ごちそうです。

でも、学生たちはそうではないでしょう。異郷で仲間と語らうことに喜びを感じ、また、それが息抜きや憂さ晴らしにもなります。精神衛生上は好ましいかもしれませんが、感染症対策上は最も避けなければならない行動様式です。そういう意味で、苦しい戦いがまだまだ続きそうです。

さて、私の放送は、声が響きすぎたそうです。隣のマンションから苦情が来そうだとも。先週コロナ対策の一斉放送には、聞き取りにくかったという意見がありました。ですから、マイクを、マスクに触れぬ程度に近づけ、声を張って話しました。それが効きすぎたようです。

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それが理由ですか

12月1日(火)

月が改まると、前の月の出席率が悪かった学生に欠席理由書を書かせます。これは、学生指導の面もありますが、入管への提出書類にもなり得る、重い意味を持った書類です。

私も上級クラスでこれを書かせました。Hさんは、遅刻・欠席はすべて寝坊と書きました。ここまで開き直られてしまうと、逆に言葉を失ってしまいます。12月は出席率100%で終わらせると誓いを立てましたが、具体的にはどうするのでしょう。どのように生活を立て直すかが運命の分かれ目です。

Mさんは昼夜逆転の生活を送っているようです。昨日の晩たまたま12時に寝たので、今朝8時の目が覚め、遅刻せずに学校へ来られたと言います。4時ごろ寝る日が多いとか。4時と言えば、私はもう眼を覚ましています。Mさんも生活習慣を改める必要があります。

DさんとJさんは、EJUが終わって緊張感がなくなってしまったと言います。EJUがゴールではなく、面接などの大学独自試験を受け、合格して初めてゴールです。いいや、入学し、勉強を進め、目標としていた知識や技術や能力を身に付けた時点で、やっと留学の最終到達点でしょう。就職してからのことは取りあえずおいておくとしても、EJUは通過点に過ぎませんから、そこで安心してもらっては困ります。こちらは精神の立て直しが不可欠ですから、HさんやMさんのような生活立て直し組より重症かもしれません。

みんな、今年は一時帰国をして一息つくということもできず、心身の疲れがたまっているに違いありません。でも、行き先が決まっていない以上、まだ気を緩めることはできません。ここで気を抜いたら、自分の将来を狭めることになります。人生には何回か無理をしなければならないときがあります。学生たちにとっては、それが今なのです。

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社長になりました

11月24日(火)

昼食に出ようと支度をしていると、職員室の入り口付近から明るい叫び声が聞こえました。ちょっといいなりをした見慣れぬ人が入ってきました。「先生、Gさんですよ」と声をかけられましたが、私の頭の中で線がつながるまでしばらく時間を要しました。それもそのはずです。Gさんは13年前の卒業生です。顔つきも変わり、しかもマスクもしていますから、わからない方が普通です。

Gさんは15年前にレベル1に入学しました。その時のクラスの担任が私でした。努力家で、アルバイトをしながらでしたが、成績は常にクラスでトップを争っていました。レベル3課4の時には、新入生に勉強のしかたを手ほどきする先輩役を立派に務めました。その後も順調に進級を続け、KCP卒業後はA大学に進学しました。

A大学卒業後日本で就職したという消息を風の便りに聞きましたが、その後どうなったか全然わかりませんでした。そのGさんが、突然姿を現したのです。今は起業し、社長として多くの従業員の上に立っています。Gさん自身が波乱万丈と語っているように、言い知れぬ苦労はあったでしょうが、それを乗り越えて学校に錦を飾るかのように訪れてくれました。

私は学生の顔や名前をすぐに忘れてしまう方ですが、Gさんのことは明確に覚えていました。それは、やはり、公私ともに全力で留学生活に取り組み、苦しさに押しつぶされることなく夢をかなえたからです。進学後もそこがゴールだと思わず、新たな目標を掲げ、それに向かって突き進み、世間の荒波を乗り切り、今の地位を築いたのです。在校生たちに講演してもらいたいくらいです。

苦労を成長の糧にできる人って、違いますね。

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休んでいます

11月9日(月)

昨日のEJUの出来具合が気になるところですが、私のクラスはオンラインでしたから、詳しくは聞きませんでした。オンラインの小さい画面では学生たちの微妙な表情がつかめませんから、変なツッコミ方をして学生を傷つけてしまうおそれがあります。手加減が難しいのです。

気になるのは、受けた学生が2人全くオンラインに出てこなかったことです。Sさんは受験講座で面倒を見てきました。まじめな学生ですから、めったなことでは休まないはずです。ショックが大きくて立ち直れないのでしょうか。Tさんも気安く休む学生ではありません。授業後電話をかけてみましたが、反応はありませんでした。明日、ケロッとして登校してきてくれればいいのですが…。

SさんもTさんもそうですが、今年は昨日のEJUが実質的に一発勝負という学生が少なくありません。これに失敗したら不本意な進学をするか、日本留学をあきらめるかという厳しい選択を迫られるケースも考えられます。第一志望校には入れなくても、実力相応校には手が届いてほしいと思っています。学生たちの希望と実力と試験結果と各大学の特色と、そういったものを総合的俯瞰的(菅首相的な意味ではなく、文字通り)に見極めて、学生が進学してから満足できるような進路指導をしていくことになります。教師にとっての正念場です。

さて、オンライン授業に出席した学生たちですが、いつも以上に予習ができていませんでした。教科書の例文は漢字が読めないし、宿題はやっていないか間違っているかだし。それぐらいは大目に見てあげなきゃいけないかなと思いましたが、よく考えたら昨日EJUを受けていない学生もたくさんいたのです。

進路指導より先に、精神のたるみの解消が必要です。

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ぽにょぽにょ

10月31日(土)

学校にいると、20歳前後の若者とは日々接していますが、小さな子どもや、ましてや赤ちゃんと触れ合うことは、まずありません。私の場合、親戚まで広げても赤ちゃんには縁遠いというのが現状です。

午後、以前KCPに勤めていたK先生が来ました。10か月というお子さんを連れて。K先生が職員室に入ってくると、その場にいた教職員全員が赤ちゃんに注目。私は手を消毒し、ほっぺたを触らせてもらいました。ぽにょぽにょの柔らかいほっぺたはやっぱり快感ですね。私に触られてもK先生のお子さんは嫌がりもせず、笑顔さえ見せてくれました。調子に乗って、手の甲とかふくらはぎとか、肌が露出しているところをもみもみしてしまいました。変なオッサンにちょっかいを出されてさぞかし迷惑だったでしょうが、ご機嫌斜めになることなく、愛嬌を振りまいてくれました。

抱っこをすると、マスクに触ろうとします。それはよろしくないですから、上下に前後に左右に揺らしてマスクから意識をそらせるようにしました。どうやら、そういうGがかかる動きが好きなようで、にこにこ笑っていました。他の先生方も、なんだかんだ言いながら、触ったり抱いたり、本当にアイドルでした。

おかげで、職員室の空気がとても和みました。人見知りしない赤ちゃんでしたから、だれに抱かれても泣くことなく、みんなが気持ちよくあやすことができました。私たちはほんのちょっとの間だけでしたから“気持ちよく”というレベルですが、K先生は1日中であり毎日であり子どもの命を守る責任もあり、常に“気持ちよく”というわけにはいかないでしょう。“ああ楽しかった”ではすまないのです。にもかかわらず、KCPにお勤めだったころと同じように明るく元気でした。立派だなあと思いました。

赤ちゃんは体の80%が水なのだそうです。だから、ぽにょぽにょなのであり、抱くと気持ちがいいのでしょう。疲れ気味の週末でしたが、活力をいただき、来週の仕事の準備がはかどりました。

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磨き上げる、研ぎ澄ます

10月1日(木)

月が替わり、10月期が始まりました。それと同時に日本語教師養成講座も新規受講生を迎えて開講しました。

私はいつも通り文法の講義を受け持ちます。初めのうちは、受講生の思考回路を変えることに力点を置きます。文法に敏感になる、何気なく聞いたり読んだり、いや、もっと受動的に自然に目や耳に入ってきた日本語の中から「あれっ」とか「おや?」とか「ちょっと待って」とか感じた言葉の使い方を拾い上げる感覚を身に付けてもらいます。そして、何がその違和感の元なのか分析し見極める感覚を磨くことが、日本語教師には不可欠だと思っています。

初回のネタには、ある新聞記事を使いました。助詞の使い方が悪いため誤解が生じかねない見出しの実例です。記事に出ていた1つは私も見かけてこれはひどいと思っていたものです。私がわざわざ取り上げたくらいですから、受講生のみなさんはみんな何がどう悪いのか気づきましたが、そういう心構えなしでこういう見出しに触れていたら、知らず知らずのうちに、文法的ではないけれども合理的な意味に解釈してしまったに違いありません。

確かに、文法的には変でも、話し手・書き手の言わんとしていることが感知できれば、その発話や文の文法性についてとやかく言うことはめったにありません。もちろん、誤解が生じたときは助詞が間違っているとか多義的に解釈できるとか、文句は言うでしょう。日常生活においては、それで全く問題ありません。というか、敢えて波風を立てることはしないでしょう。しかし、日本語教師の仕事は言語的に日常生活ではありません。一般庶民とは違う次元の空間に存在しています。その空間を自由に漂い、ましてやお金を得ようというのなら、その方面の感覚を研ぎ澄ますことが求められて当然です。

これから2週間ほどは、養成講座講師の日々が続きます。帰る前に明日の資料の準備をしておかなければ…。

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