Category Archives: 教師

見学

6月2日(月)

私が月曜日に受け持っているレベル1のクラスには、今週、養成講座の実習生が入ります。最終日の6日(金)に教壇実習を行うことになっています。初日は見学なのですが、私の授業では見物にこそなれ、見学にはなりません。しかも、進度の都合上、教師主導で進める授業でしたから、学生から発話を引き出すという理想の形からは程遠い授業となってしまいました。しかし、今ここで進度を稼いでおかないと、教壇実習が予定通りにできないという、ジレンマみたいなものにも陥っています。

案の定、学生たちは後半になると疲れてきて、集中力が落ちてしまいました。スマホをいじったりコーラスに参加しなくなったり、悪い授業の見本みたいな様相を示してきました。こんなことなら、授業の最初が定位置の漢字を、授業の中ほどに持って来て気分転換を図るという手もあったかなと思いましたが、もはや手遅れでした。

そんなさんざんな授業でしたが、実習生のTさんにとっては驚きの連続だったようです。私たちが何気なくやっていることでも、外の人から見ると想像を絶する展開に映ることはよくあります。そういう展開が実習生や見学者の勉強になるかどうかは別として、今まで座学で学んできたことを教室で応用するとこうなるのかと感じているのではないでしょうか。

Tさんは休み時間にクラスの学生に声をかけて、コミュニケーションを取っていました。学生たちの日本語力を肌で知ることは、Tさんにとっては予定戦場を確認する意味もあります。ここは丘になっているとか窪地だとか、川が流れているとか地盤が固いとか、しっかり見て回って、勝利を手にしてもらいたいです。私のような姑息な戦法ではなく、堂々と正攻法で。

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持ち込み可

5月13日(火)

あさっては中間テストです。私が担当している最上級クラスでは、読解は教科書持ち込み可としました。最上級クラスですから、読解の問題文も長文になります。それだけの文章を入力するのも労力が非常にかかりますし、それを印刷する紙だってかなりの枚数になります。それを無駄だとまでは言いませんが、効率的だとは思えません。だから、教科書持ち込み可としたのです。

個人の教科書ならいろいろな書き込みがなされているのではないかと指摘する人もいるでしょう。でも、その書き込みは、その学生が授業をまじめに聴いていた証です。それを参考にして答えて高得点を挙げたとしても、授業をきちんと聞いていたか、ちゃんと参加していたかをチェックするという、中間テストの実施目的は達成されます。大学入試やJLPTみたいな試験ならそうはいきませんが、学校の定期試験は授業内容の理解度を見る試験ですから、これでいいのです。

でも、問題の作り方は変えなければなりません。穴埋め問題や並べ替えの問題は意味がありません。できれば学生の書き込みが生きるような問題を出してあげたいです。入力の手間が多少省けた分以上のロードがかかるかもしれませんが、これはかける価値があるロードではないかと思っています。

学生たちには、中間テストの読解は教科書がないと問題が解けないと、くどいほど伝えました。明日もダメを押してもらいます。そして、書き込みはいくらしておいてもいいとも言ってあります。これを聞いてわざわざ書き込みを付け加える学生がいるかどかわかりませんが、果たしてテストの結果はどうなるでしょう。

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何か飲まない?

5月12日(月)

「何か飲む?」「うん、飲む」。この会話に現れている2つの“飲む”は、明らかにイントネーションが違いますよね。?付きの方は、語尾でいったん下がったのちに上がって終わりますが、答えの方は下がったままで終わります。この違いは、教科書の文字を読んだだけではわかりません。実際の会話での発音を聞いたり、自分で話してみたりしないと身に付くものではありません。同様に、「何か飲まない?」「ううん、飲まない」(という会話が実際になされることはほとんどないでしょうが)における2つの“飲まない”も、イントネーションによって意味と役割の違いを表しています。「何か飲む?」ができたら、「何か飲まない?」も正しいイントネーションで発話できるでしょう。実際、私のクラスの学生たちは、ガイジンっぽくないイントネーションで話せるようになりました。

では、「何か飲む?」と「何か飲まない?」は何が違いますか。この2つ、レベル1の教科書にほぼ同時に出てきました。学生たちは、私の真似をしてイントネーションはどうにかできるようになったものの、“意味は?”と聞かれると、お手上げです。知っている単語をかき集めて、“丁寧”とか“気持ち”とかと答えますが、それだけでは言わんとしていることがさっぱり伝わってきません。

簡単に言ってしまうと、「何か飲む?」は「あなたは何か飲みますか」であり、「何か飲まない?」は「(一緒に)何か飲みませんか」です。こういう説明を、身振り手振りも交えてしたら、ある学生が「誘う?」などという、レベル1らしからぬ難しい言葉で聞き返してきました。速攻でスマホを見たのかもしれません。たとえそうだとしても、こちらの意図が伝わったことは確かですから、「うん、そうだね」と言って、さらに使う場面を与えました。

文字だけで勉強すると、上級になっても「何か飲まない?」が使えません。そういう芽をしっかりつぶしておくのが、初級の教師の役割です。

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わたしはできる?

4月9日(水)

今学期は、月曜日と水曜日がレベル1のクラスの担当です。レベル1は、言うまでもなく、大半の学生が新入生で、先学期成績が振るわずに進級できなかった学生がぽつりぽつりといる程度です。したがって、顔と名前が一致する学生はいません。プレースメントテストの結果を調べれば、誰ができそうとかあぶないかもしれないとかが、多少は見当が付きます。でも、リーダーシップがあるとか細かいところによく気がつくとか飽きっぽいとかわがままとか、性格的なところは皆目わかりません。“前学期担当の先生”というのがいませんから、引継ぎもありません。予備知識なしで授業に臨むわけです。そういう意味で、最初のうちは授業を組み立てるのに苦労します。

とはいうものの、授業でやり取りを進めていくと、そういったことが自然に見えてきます。まず、こちらは「こんにちは」とあいさつしたのにスマホを見続けているような学生は、要チェックです。出席を取る際に、手をわずかに上げるだけで返事をせず、目も合わせようとしない学生に対しても、警戒信号をともします。こういった見かけ上のアラームは、その後さらに突っ込んで見ていくと解除されることもよくあります。

Kさんは出席を取った時点で要注意リストに名前が載った学生です。連絡事項を伝えてから、昨日の宿題を回収しました。清音、濁音、半濁音のひらがなを書いてくることになっていました。ひとりひとりから用紙を集める時も、Kさんから受け取った用紙に素早く視線を走らせると、ひらがなから若干の違和感がにおいました。その直後、ひらがなのディクテーションをしました。単語を読み上げながら学生の字を見て回ると、なんと、Kさんは半分ぐらいのマスが空欄でした。音声と文字が一致していないのです。宿題は家で時間をかけてやりましたからどうにか乗り切れたものの、聞き取ってすぐに書かなければならないディクテーションとなると、お手上げだったのでしょう。もはや、第一級、いや、超特級の要観察学生です。授業後、事情聴取をしようと思っていたら、あっという間に消え去ってしまいました。警戒レベルは、さらに上がりました。

宿題をチェックしたり日報を書いたりした後、引継ぎを兼ねて担任のN先生に報告すると、Kさんは、昨日、レベル1ではなくレベル2のクラスに入りたいと言ってきたそうです。日本人の友達がいて、すでにアルバイトも始めているとか。日本人の友達とは、雰囲気や勢いでコミュニケーションができてしまうのでしょう。でも、KCPでの勉強は、それではすみません。日本での進学を希望しているのなら、なおさらのことです。

できるだけ早くKさんの発想を変えさせてあげないと、悲惨な運命が待ち受けています。

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背中

4月8日(火)

お昼少し前、先日この稿で取り上げたYさんが帰国の挨拶に来ました。明日、帰国するそうです。国で就職先が見つかったとのことですから、こちらもホッと一息というところです。ずっとYさんを見てきたK先生は、学生を引き連れて、4月期の始業日恒例ともいえる御苑の花見に出ていました。Yさんに初級の学生への通訳などでさんざん助けてもらったM先生も、午前中は授業でした。30分ばかり待ってもらい、2人の先生が職員室に戻ってくる頃合にまた来てもらいました。

K先生とは、長い時間話していました。いろいろと積もる話があったのでしょう。努力は、日本での進学という当初の夢をかなえるという形では実を結びませんでしたが、Yさんは、表情を見る限り、別の形で実を結ばせたのかもしれません。K先生にそんな話をしているようにも見えました。そして、午後の授業が始まる少し前に、笑顔で手を振りながらKCPを後にしました。

吹っ切れたと思っちゃっていいのかなという気はしましたが、Yさん、あなたにとってKCPで勉強した月日は、決して黒歴史じゃないですよね。お土産の紙袋を差し出したその手で何かをつかみ、そしてそれを握りしめていますよね。今年もあなたのようなすばらしい学生にめぐりあい、立派に育て上げたいと思っています。

Yさんの姿を目にするのも、おそらくこれが最後でしょう。でも、明るい色合いのスプリングコートをまとって新たな道に第一歩を踏み出そうとしているYさんの背中を、そっと押してあげたくなりました。

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成長

4月3日(木)

3月で上級の多くの学生が卒業していきましたから、今学期は初級のクラスを中心に入ります。初級はカリキュラムを変え、それに合わせて教科書を変え、教えるスタイルも変え、以前とは様相がだいぶ違っています。昨年10月期に週1日だけレベル2に入りましたから、ある程度の見当はつきます。しかし、今学期はレベル1と3にどっぷり入りますから、かなり気を引き締めてかからねばなりません。

午後から、その打ち合わせがありました。レベル担当のO先生から、新しい教科書を使った授業の進め方の手ほどきをしていただきました。口頭説明だけでしたから、なんとなくわかった気にはなったものの、実際の教室で、こちらの思い描いたとおりに学生が反応してくれるだろうか、本当についてきてくれるだろうかなど、不安もいくらかあります。

O先生が強調していたのは、3か月続ければ学生たちは変わるということでした。学期の最初のうちは、例えばシャドーイングも満足にできなかったのが、期末テストの頃には余裕でできるようになるとのことです。そういう成長が実感できるのは、教師としては非常に楽しみです。差も授業をやり慣れているかのごとく振る舞いながら、学生の変化を味わっていくことにしましょう。

夕方、数年前の卒業生のHさんが来ました。明日、帰国するそうです。日本企業の支社で日本語を使って仕事をするそうです。Hさんは、私のクラスの時は、本当によく寝る学生でした。EJUを日本語しか受けなかったという痛すぎるミスを犯したため、本来の志望校とはだいぶ違うところに進学したものの、大学で大きく伸びたんでしょうね、一流と言っていい会社に就職しました。そして、今回の転勤というわけです。卒業後もどんどん成長している(元)学生を見るのは、心が躍るものです。

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ちょっと早い新入生

4月2日(水)

入学式は来週の月曜日ですが、もうすでに入国し、学校を見学しに来る新入生がいます。KCPに入学後、大学や専門学校に進学する時には、オープンキャンパスや進学相談会といった、来年勉強するかもしれない学校を実際に見に行くチャンスがあります。しかし、日本語学校の場合は、せいぜいインターネット経由の画像や映像を目にするくらいでしょう。SNSの情報をどこまで信じるかという問題もあります。

だから、来日したら学校まで足を運んでみたくなる気持ちはよくわかります。そういう新入生には、各国担当のスタッフが懇切丁寧に対応します。現在、新学期の準備で校舎内がごたごたしていますし、誰もいない暗い廊下を案内してもパッとしないでしょうし、学生がワイワイ談笑していてこそのラウンジですし、学校の中を見てもあまり実感が湧かないかもしれません。でも、そういう熱心な新入生には、精一杯サービスしてあげたいものです。

Pさんもそんな新入生で、理科系の大学への進学を目指しているそうです。今学期日本語プラスも含めてKCPで勉強し、6月のEJUを受験すると言っています。国でももちろんEJUの準備をしてきましたが、やはり予定戦場の近くで適度な緊張とともに勉強したいのでしょう。こちらとしては、その期待に応えてあげなければなりません。

寒い日が続いていますが、週末からまた温かくなるそうです。入学式の日は20度近くになるという予報が出ています。1年のスタートにふさわしい陽気になりそうです。

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ちょっと違った卒業式

3月12日(水)

朝、マンションの外に出ると、道が濡れていました。学校に着く直前に、ごく弱い雨に降られました。卒業式で四谷区民センターまで移動するのですが、傘は使いたくないんですが…。

8時頃、和服にコートという和洋折衷みたいな恰好のKさんが、「寒い、寒い」と言いながらロビーに入ってきました。和服とは言うものの、浴衣に近いものですから、そりゃあ、寒さに打ち震えたくもなるでしょう。その“和服”も着崩れてしまって、冷たい空気が直接懐に流れ込んできますから、よけいに寒いのです。ロビーの壁際に立っているKさんの前をいろいろな先生が通るたびに、着方を直されていました。見るに見かねて手を出したくなる着崩れようなのです。

開場の9時近くに区民センターのホールへ行くと、すでに10名ほどの学生が来ていました。みんな正装していました。入試の面接試験のためにそろえたスーツを着てきたのでしょう。LさんやSさんは、Kさんとは違って本格的な和装でした。歩き方がぎこちないのは、やむを得ないところでしょうか。

今年は会場の都合で、区民センターは午前中だけで、午後からはKCPの講堂で続きを行うという形です。卒業生ひとりひとりに証書を手渡すのは午後の部です。午前中は理事長から祝辞をいただき、皆勤賞などの表彰をし、演劇部と琴クラブの発表がありました。私がセリフを4つ5つ言った演劇部は、みんな堂々と演技し、卒業生から大きな拍手をいただきました。琴クラブの演奏は、たぶん初めての曲じゃなかったでしょうか。長い曲でしたが、一糸乱れぬきれいな音色がホール中に響きました。

そして、教職員による歌。私は皆さんの足を引っ張らないように隅っこに立っていましたが、N先生やY先生たち実力派の先生方のリードによって、卒業生たちの気持ちを引き付けることができました。

ここまでで午前の部が終わり、私は大急ぎで学校へ。卒業生が三々五々移動してきたところで、証書の授与式。区民センターよりもずっと小ぢんまりした会場ですから、和気あいあいといった感じで式が進みました。コスプレも何名かいました。証書授与後の挨拶も、その雰囲気に合わせて、いつもよりやわらかめにしました。こういう、学生と教師との距離の近さが、KCPのいい所なんじゃないかなあと、笑い声に包まれたステージ上で思いました。

卒業生が去っていきます。明日から、KCPの新しい1年が始まります。

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次の時代に

3月11日(火)

卒業式前日の上級の教室は、どこか浮き立っています。それでも、教師としては教科書の所定のページまで授業を進め、卒業生に対しては勉強の区切りをつけ、卒業式以後も勉強を続ける学生たちにはこれからも勉強が継続するというシグナルを与えなければなりません。

授業の最初に明日の卒業式のお知らせなんかをしてしまうと、卒業生の気持ちは完全にどこかへ飛んで行ってしまうでしょうから、そういったことはすべて後回し。姿が見えない卒業生もいましたからね。そして、昨日の続きの読解。本文は終わっていて、内容確認問題と、本文に出てきた表現・語彙の勉強をしました。

このクラスのいいところは、卒業生は浮ついているものの、残る学生たちは宿題もやってきたし、課題にも前向きに取り組んでいるところです。今までの経験から言うと、残る学生も卒業生につられてフワフワしてしまうことが多いのですが、このクラスの学生は友達に会うためだけに来ているような卒業生をしり目に、ノートをとったり例文を考えたりしていました。

現在の上級クラスで4月以降も勉強を続ける学生たちは、来年度の主力メンバーです。6月のEJUで高得点を取って“いい大学”に進学したり、7月のJLPTで満点かそれに近い成績を挙げたり、入学式をはじめとする学校行事で通訳などとして活躍したり、とにかくあらゆる場面で下級生の到達目標として君臨してもらわなければ困ります。ですから、向学心の片鱗がうかがわれる授業態度が頼もしく映りました。

授業の最後は校歌の練習です。明日の式で歌います。歌詞に出てくる言葉と“KCP”の関連を説明したら、2回目は、少しは声が出るようになりました。

明日からは、この教室は使いませんから、いすを机の上にあげて帰ってもらいました。整然と並んだいすと机を見て、卒業生たちが日本語を使って幸せになれますようにと、神様もいないのに祈ってしまいました。

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静けさ

2月7日(金)

金曜日のクラスはおとなしいクラスで、学生たちはめったなことでは発言しません。でも、指名したらまともな答えが返ってくるのが不思議なところです。能ある鷹は爪を隠すと言えば聞こえはいいですが、発言しないと無能と判断されるのが世の中の常識ですから、このままではKCPを出た後で大損しかねません。

Kさん、Sさん、Cさんなどは、読解の教科書を読ませると実に滑らかに読みます。本人たちも自分は日本語がスラスラ読めるという自信があるんじゃないかと気づいているはずです。だけど、それ以上のことはしないんですねえ。「“逝かせてくれ”とはどういう意味ですか」と聞いても、誰も答えてくれません。Kさんたちなら当然答えられるはずなのに、指名されるまでは口を開きません。その一方で、私が何か説明すると、しっかりノートを取りますから、勉強する気は十分あるのです。

私の授業の時だけそうならば、私の授業の進め方が悪いせいだと言えますが、他の先生方の日も水を打ったような静けさが続くのだそうです。これは、もう、指名するまで口を開かないというのは、このクラスの文化なんですね。先学期もだいたい同じメンバーで、同じような雰囲気だったそうですから、クラスの伝統文化と言ってもいいでしょう。

これだけ堅固な文化を築いてしまったとなると、卒業式までに打ち崩すのは非常に難しいでしょう。でも、卒業後、学生たちの頭に残るKCPのイメージって、どんなものなんでしょう。位い目地しか残らなかったとしたら、教師として辛いなあ…。

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