Category Archives: 日本語

凶兆?

11月5日(水)

レベル1のクラスはカタカナディクテーションから始まりました。テニス、サッカーなどという言葉とともに、フォークが出てきました。カタカナの拗音はさんざん練習しましたが、フォとかディとかという、もともと日本語になく、欧米語が大量に流入してから生まれた音に関しては、今まで練習してきませんでした。案の定、学生たちは“フォーク”が何物かはわかったものの、それをどのように表記すればいいかはわかりませんでした。このクラスで一番よくできるPさんですら、“プオク”と書いていました。音的には当たらずとも遠からずだった点はさすがですがね。

正解を板書し、“ファ、フィ、フ、フェ、フォ”でファ行を形成するという話を、レベル1の学生でもわかる日本語でして、ファイト、フィンランドなど、実例を書いてみせました。これからファ行の言葉に嫌というほど出会いますから、できるだけ早いうちに慣れさせておくことが肝心です。

昨日から始まった漢字には、“日”がありました。“日”は曲者で、「九日の日曜日は休日です」という文に出てくる4つの“日”は、“か、にち、び、じつ”と、読み方がすべて違います。中国の学生が、「日本語の漢字は難しいです」とぼやいていました。漢字二日目にして弱音を吐いたりしていては、上級にたどり着くはるか手前で沈没してしまいますよ。

文法は形容詞の活用でした。寒いです、寒くないです、寒かったです、寒くなかったです、というように活用させます。頭では理解できますが、毎学期、口が回らない学生が必ず出てきます。“寒いです…”でつまずいているようだと、“あたたかかったです”なんて、絶対言えません。

日本語は、入り口は取っ付きやすいけど、勉強が進めば進むほど難しくなると言われます。早くもその兆しが見えてきたというところでしょうか。ここで挫折することなく上級まで進級して来てもらいたいものです。

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欠席のお詫びとご連絡

10月23日(木)

3:15からの日本語プラス物理の授業に行く前にメールをチェックすると、Aさんからのメールが届いていました。Aさんは私が担任をしているクラスの学生ですが、そのクラスは、木曜日は私の担当日ではありません。「欠席のお詫びとご連絡」というタイトルからすると、きっと学校を休んだのでしょう。

メールを開くと、いきなり、「いつも大変お世話になっております。」ときました。確かに担任としてお世話はしていますが、メールでこう言われちゃうとねえ…。

次はクラスと名前で、これは問題なし。そして、欠席理由を述べ、「…誠に勝手ながら、本日10月23日(木曜日)の授業を欠席させていただきます。」と書いてありました。事前連絡なら“欠席させていただきます”でいいですが、メールが届いたのは2時過ぎですから、明らかに事後連絡です。最低でも“欠席させていただきました”ですよね。私は、こういう状況で学生が“させていただく”を使うことはいかがなものかと思っています。“欠席しました”で十分、“欠席いたしました”が許容限度でしょう。

そして、「授業を欠席することにより、ご迷惑をおかけし、大変申し訳ございません。」と続きます。授業を担当していない私はもちろん、授業内容からすると授業をされたY先生も、Aさんが休んだことで迷惑をこうむってはいません。迷惑をかける相手は、教師よりもクラスメートでしょう。私に詫びるとすれば、欠席連絡が遅くなったことについてです。こんな空虚な言葉よりも、明日はちゃんと学校へ来るのか書いてほしかったですし、「宿題はありませんか」ぐらい聞くのが学生としての礼儀だと思います。

普段のAさんの態度を見ていれば、Aさんに悪意があったとは思えません。私に対して失礼があってはいけないと思い、欠席連絡の文例を検索し、それに則って文面を作成したのでしょう。しかし、Aさんが模範としたのはビジネスメールであり、残念ながら学校の欠席連絡にはふさわしくない文例でした。Aさんなら、自分で文面を考えても、私を納得させるメールが書けたはずです。それぐらいの実力は私が保証しますから、自信を持ってもらいたいです。

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自己紹介

10月20日(月)

先週末、レベル1のクラスには作文の宿題が出ていました。始業日から1週間余りなのに一番下のレベルのクラスでも作文を書かせるのかとお考えになる方もおいでになるかもしれませんが、作文と言っても自己紹介です。今までの授業で学んだ文型や単語を組み合わせて、また、ひらがなカタカナを書く練習として、自己紹介をしてもらおうという算段です。

その作文を回収しました。何名かは「先生、ごめんなさい」でしたが、大半の学生は宿題プリントになにがしか書いてきました。

上から下までいっぱい書いてあるなあと思って読んでみると、だいたい翻訳ソフト丸写しです。チャット君の作品かもしれません。少なくとも、辞書を使って書いたことは間違いありません。こちらは、そこまでして書いてもらうつもりはありません。せいぜい「専門は量子力学です」などというときの“量子力学”を調べる程度まででしょう。むしろ、教科書の習ったところを行きつ戻りつしながら、使える単語と文型を見つけ出し、思い出し、あれこれ工夫を加えて自己紹介文を作り上げてもらいたいのです。

Aさんは、行数は少ないですが、明らかに自分の力だけで書いていました。こちらの狙い通りの自己紹介です。Hさんは、「がっこうまでとほ10ぷんです」の“とほ”は調べましたね。“あるいて”は習ったはずなのですが…。Tさんの「じゅぎょうがはじまるまえはいつもきんちょうする」は、翻訳ソフトかな。

期末テストが近づいたら、もう一度同じ宿題を出したいですね。そうすると、学生たちは自分たちがどれだけ力をつけたか実感できると思います。でも、そんな余裕、、あるかな…。

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「すずし」とは言いませんね

10月6日(月)

みなさんは、い形容詞の語幹を感嘆詞的に使いますか。例えば、今年の夏なんか毎日でしたが、冷房の効いた屋内から外に出た瞬間、「あつ(暑)!」と、実際に口には出さなくても、心の中でそう叫んだりはしませんでしたか。学生たちもよく言っていましたから、現代日本語としてかなり浸透していると思われます。

さて、このい形容詞の語幹ですが、2拍のものが一番よく使われます。「あつ」「さむ」「くら」「おも」「こわ」「わる」「はや」「おそ」「やば」など、きりがありません。3拍となると、「ちいさ」よりは「ちさ」、「おおき」は「でか」、「おいし」は「うま」でしょう。長音を切り詰めて2拍にしたり、2拍の類義語を持ってきたりする例があります。それ以外となると、「みじか」「つめた」「うるさ」「きたな」は耳にしますが、「あかる」「かなし」「うれし」は聞きませんねえ。4拍以上になると、絶望的ですね。「うつくし」「あたらし」「おもしろ」「ほそなが」「あたたか」「のぞまし」「むしあつ」「けたたまし」「むさくるし」なんて、聞いたことがありますか。「むずかし」は「むず」になりますね。

とはいうものの、「けちくさ」「めんどくさ」「えげつな」「あほくさ」「びんぼくさ」「きしょくわる」など、ネガティブな意味の形容詞は、4拍以上でも“い”省略形が用いられます。そもそも、「あつ」「さむ」なども、不快感や意外、驚きを表す時に用いられ、だからこそ感嘆詞的なのです。「あま(甘)」と言ったら、単に甘いのではなく、甘すぎるとか、予想をはるかに上回る甘さだとか、甘やかしすぎているとか、そんな感情の発露だと思います。

この“い”省略形は、もともとは関西言葉でしょう。私は、半世紀以上も前に、京都に住んでいたいとこ経由で知りました。関東地方でも普通に使われるようになったのは、今世紀に入ってからではないでしょうか。もしかすると、スマホやSNSの普及と歩調を合わせているのかもしれません。ここから先は、私のような素人ではなく、どなたか専門家の研究にお任せすることにします。

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獅子ほどではありませんが

9月6日(土)

レベル1は日本語を勉強し始めて日が浅い学生が多いですからやむを得ないのかもしれませんが、テストをすると助詞を見落として誤答をしていると思われる例が目立ちます。例えば、

しゅくだいは、ボールペンを(     )でください。

という問題に、「かかない」と答えてしまうのです。空欄の前の助詞が「で」ならそれで正解ですが、この問題では「を」ですから、「つかわない」などにしなければなりません。

「ボールペン」は筆記用具ですから、「つかいます」と「かきます」だったら、「かきます」の方が親和性が高いです。だから、「かかない」したくなる方が自然だとも言えます。そういう気持ちに耐えて、助詞「を」をしっかりと目に焼き付けて、ここは「かかない」ではないと判断する…というようなステップを踏んで、正解にたどり着くわけです。思考回路の自然な流れにあえて逆らった先に正解があると言ってもいいかもしれません。

そういう不自然な思考を求めるから悪問だと言いたいわけではありません。「ボールペンでかかないでください」は、その日の授業で勉強したことの確認テストなら適しています。もう一段階上の、多少の応用力も見るのなら、「ボールペンでかかないでください」は易しすぎます。こういうテストで×を食らって、痛い目に遭い、悔しい思いをし、助詞にも目を光らせなければならないということも身に付いていくのです。

千尋の谷に我が子を突き落とす獅子ほどではありませんが、初級の先生も時には厳しく学生に当たるのです。

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成長

8月28日(木)

夕方、職員室で仕事をしていると、受付から声がかかりました。「先生に会いたがっている卒業生が来ていますよ」。カウンターに出て行くと、名前は覚えていませんでしたが、記憶にしっかり残っている笑顔が迎えてくれました。「ゴメン、名前は忘れたけど、顔は覚えてる」と正直に申告すると、「10年前に入学して8年前に卒業したSですよ」と名乗ってくれました。

SさんはA大学に進学し、その後T大学の大学院に進みました。そこを出て就職したものの、職場があまりに田舎だったので、2年でやめて東京の会社に転職したそうです。新しい仕事が始まるまでの1か月ほどの休暇を利用して、KCPまで顔を見せに来てくれたというわけです。

話を聞くと、ちゃんとキャリアアップしているみたいです。行った先々で自分の肥やしになる何かをつかんで新天地に踏み出しているようです。この次の転職は、いよいよ社長かもしれません。そんな話をすると、Sさんはちょっと照れていました。多少はそういうことも考えいるんじゃないのかな。

KCPにいたころのSさんは、高校を出たばかりだったこともあり、まだまだ遊びたい盛りでした。授業をさぼったこともありました。でも、受験が近づくにつれて真剣になり、どうにかA大学に手が届きました。そこで4年間みっちり鍛えられたのでしょう。名門T大学の大学院に進学しました。そこでも学んだことを自分の血肉とし、就職を果たし、さらに転職までしてしまいました。その業界は仕事が厳しいと言われていますが、その厳しさを乗り越え、さらに何かをつかんでやるぞという意欲を感じました。

日本語も流暢になっていました。KCPの卒業式の時でもいくらか手加減しなければならなかったのに、KCPの教職員に話しかけても、Sさんはごく普通に返してくれました。こういうことができるから、日本でどんどん成長できるのでしょう。

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趣味日本語学習

8月14日(木)

授業後にクラスの学生の進路に関する面接をしました。

Cさんは、日本で進学も就職もせずに帰国すると言います。現在、リモートでしている仕事があり、国でそれを続けます。日本語の勉強は趣味だそうです。だから、入試に向けての読解や聴解などは、自分の必要とするないしは欲する勉強ではないので、あまり気が進みません。JLPTも、すでにN2に合格しており、日本で就職するつもりはないのでN1は不要であり、進んで取り組もうとは思いません。

趣味で語学を勉強するなんて、そして上級レベルまで上達するなんて、何とうらやましいことでしょう。そういう学習者を集めて授業ができたら、教師にとってもさぞかし楽しいことでしょう。でも、残念なことに、KCPは日本で進学する留学生のための学校であり、時には無理に知識を詰め込んだり、時には同じような練習を何回も繰り返したり、学習者にとってはつまらない授業もしなければなりません。楽しい日本語ではなく、苦しい日本語に陥っていることもあります。できないことをできるようになるまでさせるなんて、苦しい日本語の極致です。

Cさんは帰国したらどんな形で日本語と付き合っていくのでしょう。日本のドラマやアニメを見るなど、娯楽の日本語を追求するのでしょうか。日本語で思考回路を回してみて、新たな気付きを得ることだってあるかもしれません。これは発見の日本語かな。いずれにせよ、テストの点数に一喜一憂する受験の日本語とは大きく違います。

Cさんは、いい趣味を持っています。

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母は強し

8月13日(水)

レベル1の漢字の授業で「毎」を教えました。中国語では、下半分が“母”ですから、学生たちがよく間違えます。ですから、声を張り上げて「中国の学生、よく見て」と言ってから、ホワイトボードに大きく「毎」の字を書き、注意すべきところを赤で強調しました。これだけ印象付ければ“母”を書く学生はいないだろうと思って学生の教科書をのぞき込むと、Sさんは練習問題の答えにしっかりと“母”を書いていました。

レベル1の学生に私の日本語が通じなかったのか、脳にもペンを持つ指先にも深く刻み込まれた記憶と習慣の影響から逃れるのが難しいのか、ごく自然に“母”になってしまうんですねえ。中級・上級になっても尾を引き続けるのですから、記憶と習慣が主因でしょう。「毎」は作文や例文で何回直したかわかりません。これに限っては、中国人以外の学生の方が、正答率が高いと思います。

正直に言って、「毎」の下半分が“母”でも「毎」と認識できます。「苺」の下半分が“毋”でも「苺」と認識できます。だから、上記私の指導は重箱の隅的こだわりに過ぎないのかもしれません。でも、“末”と“未”も、“己”と“已”も、“申”と“甲”も、“礼”と“札”も別字です。もちろん、“母”と“毋”も別字です。入試の漢字の書き取りでこれらを取り違えたら、文句なし×です。重箱の隅的こだわりが利いている場合もあるのです。

ちなみに、「毎」を漢和辞典で調べてみると、“髪飾りをつけて結髪した婦人”を表した象形文字だそうです。とすると、中国の漢字(日本の旧字体)が本来の姿と言えます。

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就活戦線

8月4日(月)

Aさんは日本での就職を目指しています。国でも働いていたことがあり、その時の経験も生かして、ITの営業職を第1志望としています。大学院は英語で通しましたから、語学的にも即戦力と言えるでしょう。しかし、現時点ではまだ行けそうな手ごたえは得られていません。

Aさんが言うには、自分の日本語力がその主因だという分析です。聴解力に自信がないので、毎日1時間ぐらいポッドキャストで耳の訓練をしています。その訓練の成果が少しずつ出始めていると言っていました。しかし、それだけでは足りないとAさんは思っています。

そこで、BJTの勉強をしてみてはと勧めてみました。BJTとは、Business Japanese proficiency Testのことであり、なぜか漢字能力検定協会が主催しています。試験結果によって、J5からJ1+まで、受験生のビジネス日本語能力が6レベルに判定されます。

これを受験して、例えばJ1などと判定されていれば、就職試験で多少は有利になるでしょう。しかし、BJTの勉強を通して、仕事で使う日本語や、日本における仕事の進め方なども知ることができます。これは、JLPTの勉強などでは身に付けられません。そういった力、日本社会の常識も自分のものとしたうえで会社とコンタクトを取っていけば、今までよりは有利に話を進められるのではないでしょうか。

KCPから直接就職した卒業生も、日本の会社特有の仕事の進め方が壁になっているようです。そのため、優秀な日本語能力を有していても、なかなか独り立ちできないこともあるようです。

Aさんは努力家ですから、こちらのヒントをきっと有効に活用してくれるでしょう。いい話が聞けるまで、もう少し待ってみることにします。

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上手な日本語

7月30日(水)

レベル1のクラスで、勉強したばかりの課の表現を使って文を書いてくる宿題を集め、チェックしました。そもそも宿題をやって来なかった2名は論外として、やってきた学生の文をよく読んでみると、これまたあれこれ問題が出てきました。

日本語を勉強し始めて1か月弱ですから、表現が拙いのは許せます。自分の言いたいことをきちんと文字化できずもどかしい思いをしていることでしょう。これは、勉強が進んで使える表現が増えていけば、少しずつ解消していきます。問題は、表現のレパートリーがあまり多くないにもかかわらず、助詞の間違いがはびこり始めていることです。「を」と「に」、「に」と「で」がすでに怪しくなっている学生が1人2人ではありません。中間テストの前に復習したほうがいいかもしれません。

更にまずいのは、翻訳ソフト丸写しと思われる文です。既習表現か未習表現かなど全くお構いなしに、規定の行数まで翻訳ソフトが作り出した文を書き写しているのです。漢字にはふりがなをつけろと指示していますが、それも全く無視です。その学生に音読しろと命じても、絶対に音読できないでしょう。意味すら覚えていないに違いありません。

一昔前までは、既習文法を組み合わせてどうにか思いの丈を伝えようという努力が行間から感じられましたが、最近はそういう作品が減ってきました。お手軽に宿題をこなすことに目が行ってしまっているような気がします。それで満足なら、わざわざ苦労して日本で勉強する必要などないじゃありませんか。100万円単位のお金と、年単位の時間を投じていることを忘れてもらっちゃ困ります。

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