Category Archives: 日本語

峠越え

4月15日(木)

先週から始まった日本語教師養成講座の初級文法の授業が、ようやく最終日を迎えました。動詞とか助詞とか日本語文法の基礎となる部分をお話してきました。最終日は、今まで話してきた文法事項が、みんなの日本語の中にどのように反映されているかを見ました。

1課から50課まで、どんな文法項目がどんな順番に並んでいるか、どの課が私の授業のどこに相当するか、そういうのも中心に概観していきました。こういうまとめ方をするには初めてでしたから、私自身も昨日みんなに日本語を読み直し、その組み立てを改めて確認しました。

やっぱり、14課以降、動詞の活用形が次々と現れるところが胸突き八丁だと感じさせられました。また、「て形+補助動詞」が踵を接して登場するあたりも、学習者にとっては辛いだろうなと思いました。教える側はゴリゴリ押し込むだけですからあまり感じませんが、次から次へと微妙に違う文法を覚えて使い分けなければならないとなると、混乱もするでしょうし心が折れそうにもなるでしょう。

そういう切所を乗り越えて50課までマスターすると、ミラーさんじゃありませんが、日本で普通に生活していけそうです。常々、入試の面接の文法はみんなの日本語のレベルで十分だと言ってきましたが、その思いを強くしました。もちろん、語彙は補わなければなりません。

学生たちがうまくしゃべれないというのは、結局、みんなの日本語の山場をきちんと越えていないからです。学生も教師も妥協し、山にトンネルを掘ってしまうのです。そんなことを反省しつつ、偉そうな顔をして解説していました。

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手書きは最高

4月9日(金)

昨日に引き続き、一番下のレベルのクラスに入りました。日本語ゼロ(に近い)ですから、文字から教えます。ひらがなカタカナの導入は今まで何度もやったことがありますから要点はわかっているつもりですが、オンラインでするのは初めてです。

対面なら、学生が練習しているところを見て回り、変な字やきたないを見つけたらその場で直させます。オンラインだと現行犯逮捕ができないのがつらいです。だから、「シ、ツ」「ソ、ン」の違いを5回ぐらい実演して強調しました。読む方はまあまあ以上にできますから、なおさらきちんとした字を書いてほしいのです。

オンライン授業ならわざわざ手書きをさせなくてもいいのではないかという意見もあります。しかし、KCPに入学する学生はほとんどが進学希望で、志望校への提出書類が手書き指定であることがよくあるのです。そのため、初級の頃から丁寧な字を書く訓練をしておきたいというわけです。

オンライン出願を実施している大学でも、志望理由書や学習計画書は手書きです。ペーパーレスが進む中、取り残されている感じがします。手書きの文字に人柄が現れていると思っているのでしょうか。書き終えてから、細かい所まできちんと見直し、誤字脱字をなくすことができる志願者こそが、根気強く専門の勉強ができると思っているのでしょうか。

日本には手書き信仰みたいなものがあります。世の中にワープロ文書が氾濫する中、手書き文書の価値が高まっています。ですから、大学が上述のような発想をしても不思議はありません。ただ、字があまりに汚い留学生は生活力全般に劣るという傾向があります。今までのKCPの学生を見ていると、そんな気もします。3月末ぎりぎりまで行き先が決まらなかったCさんも、字の汚さは相当なものでした。

昨日からやっている自己紹介をノートに書いて写真に撮ってメールで送れと言ってあります。どんな字が届くでしょうか。楽しみでもありこわくもあり…。

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大辛

3月19日(金)

久しぶりに漢字の書き取りテストの採点をしました。オンラインですから、学生が書いた答案用紙そのものを採点するわけにはいきません。学生に答えをノートに書き取らせ、それを写真に撮って送ってもらい、その写真をチェックするという、若干もどかしいやり方をしました。

写真は送られてきたのですが、写真の向きがまちまちで、1名だけですが逆さまなのもあり、採点するのに一苦労しました。う~ん、学生たちはそこまで気を使ってくれないのかな。

点数はそんなに悪くありませんでした。最低でも合格点の60点は超えていましたから。でも、学生自身が思ったよりは悪いのではないかと思います。一画一画がはっきりしない達筆すぎる字は×にしました。画と画のつながりが教科書と違っているのも×にしました。そういったあたりで減点された学生が多かったです。几帳面な楷書の字を書いたアメリカ人の学生が満点でした。中国の学生は、ちょっと悔しいでしょうね。

このクラスは一番下のレベルですから、基本に忠実ということを重視します。また、出願時に提出することが多い志望理由書は、手書きがほとんどです。それには流麗な文字は歓迎されません。下手でもいいですから、楷書で丁寧に書くことが求められます。達筆すぎて減点された学生たちは、半年もすれば志望理由書を書くことになるでしょう。だから、今から訓練なのです。

写真で答案を送ってもらうこの方式、1つだけいいことがありました。それは、学生が書いた文字を自由に拡大できることです。生の答案だと、老眼の私には読めない字もあります。そういう字も、パソコンの画面上なら拡大し放題です。だから、調子に乗って、ガンガン×を付けてしまったところもありますが…。学生のみなさん、辛い採点になってしまい、申し訳ありませんでした。

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日本語が変わる?

3月5日(金)

「みんなの日本語」の掉尾を飾るのは敬語です。尊敬語と謙譲語の基本の部分を扱います。もちろん、教科書の問題でちょっと練習したくらいで過不足なく適切に使えるようになるわけがありません。日本語教師養成講座で敬語を扱っても、受講生はボロボロになるくらいですから。

日本語教師を目指す人たちは、日本語について興味・関心も持っているでしょうし、言葉に対する感度も高いことでしょう。そういう方々をもってしてもすぐには適切レベルにならないのですから、外国人である留学生が一発で身に付かなかったとしても、強く責めるには当たりません。

街を歩いていると、敬語の誤用例などいくらでも見つかります。「お~になります」という尊敬の表現を使うべきところで、「お~します」という謙譲の表現を使ってしまっている例が最も多いです。日本を代表する有名企業、優良企業でも、店内アナウンスやパンフレットなどでそんな誤用を犯しています。

日本人の大学生は、就活で鍛えられます。さらに新入社員教育で磨きがかけられます。しかし、そこがピークで、あとは頻繁に使う人でも誤用が定着してしまうものです。私はこういう商売をしていますから、そういうのに敏感に反応しますが、一般的な日本人は気にも留めないことと思います。

大多数の日本人が、尊敬語と謙譲語の区別がつかなくなったら、敬語は今の私たちにとっての古文みたいになるのでしょうか。読んで意味を理解したり話したりするのが特殊技能とされるのかもしれません。街の日本語を拾っていると、その日は案外近いような気がします。

学生たちはけなげに練習し、「お~になります」と「お~します」が使い分けられるようになりました。期末テストが終わったら、記憶の彼方に消えてしまうんでしょうがね。

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大差

2月8日(月)

上級クラスで文法のテストをしました。オンライン授業ですから、テストもオンラインです。学生の自室で受けるということは、教科書やノートは見放題ということになります。満点続出を防ぐひねくれた問題があるにしても、普通に勉強していれば80点ぐらいは軽く取れるはずです。

ひねくれ問題をものともせずに、満点近い点数をとったWさんやSさんはさすがです。授業で指名しても的を射た答えを返してくれるだけのことはあります。Yさん、Zさんもそのグループでしょう。不明な点はすぐに質問して解決するなど、前向きな態度が好成績につながっています。Cさんは、授業中の反応からは想像できない高得点でした。復習型の学生なのでしょう。

一方、Oさん、Iさん、Lさんはひどいものでした。出席を取る時だけ返事をして、あとは指名しても反応しなければ、ブレークアウトセッションになれば逃げてしまい、授業中何をしているかわかったものではありません。試験問題が教科書のどこから出ているのかすらわからなかったのではないでしょうか。ノートが真っ白けなのは、疑う余地がありません。

ボーダーライン上が、TさんやSさんです。応用問題はからっきしでしたが、教科書の例文に沿った問題で点を稼ぎ、かろうじて合格点を確保しました。教科書の使い方をしている分だけ、Oさんグループより上です。

要するに、勉強する学生はオンラインだろうと対面だろうと力を付けていくのです。オンラインだからと手を抜く学生は、伸びないどころか落ちていきます。最高点と最低点で4倍近い差が付きました。学期が始まって1か月なのにね。

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王様がセンタク

2月5日(金)

「Aさん、次の例文を読んでください」「はい。『王様のような生活をしてみたいです』」「はい、じゃあ、みなさん、マイクオフのままでいいですから、私の後に一緒に読んでください。『王様のような生活をしてみたいです』…。じゃあ、Bさん、王様のような生活って、どんな生活ですか」「センタクします」「え、センタク? 王様は服を洗いますか。家族が着た服を洗うんですか」「いいえ、センタクです。…お金をたくさん使います。高い物を買います」

これをお読みのみなさんは、Bさんが何と答えようとしたかわかりますか。

「ゼイタク」でした。下々の民にしてみれば、王様の生活は贅沢に見えるでしょう。日本人の語感だと若干非難めいたにおいがしますから、例文のような「してみたいです」には合わないように思えます。しかし、そこは不問に付しましょう。Bさんなりに「王様のような生活」をあれこれ考えて「贅沢」という言葉にたどり着いたのだとしたら。

けれども、「センタク」という発音は許せません。発音が悪いにもほどがあります。KCPの学生の超ヘタクソな日本語によって日々訓練されている私ですら理解できなかったのです。普通の日本人に通じるはずがありません。パソコンのマイクにせいで済まされるレベルではありません。漢字が読めないか、「ゼイタク」と発音しているつもりでも「センタク」となってしまうのか、いずれにしても根が深いです。

対面授業なら一文ごとにコーラスさせて、変な発音はすぐに発見し訂正させます。その繰り返しで1ミリずつでも滑らかな日本語へと近づけられます。それが充分にできていないのが現状です。

Bさんも進学希望ですが、今年の秋ぐらいまでに面接にたえ得る発話力が得られるでしょうか。

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面接も読解も

2月3日(水)

午前中、午後クラスの学生の面接練習をしました。やっと中級になったくらいの学生たちですから、上級の学生に対するようなわけにはいきません。学生が緊張するようにプレッシャーをかけたのでよけいにいけないのでしょうが、「簡単に自己紹介してください」と聞くと、名前と出身地だけという、本当に簡単な自己紹介になってしまいました。やっぱり、何か一言でいいですから、自分を特徴づける、売り込む言葉がほしいですね。

Rさんは2度目ですが、プレッシャー下では覚えたことを答えるのが精いっぱいのようでした。それでも前回よりは内容の伴った答えになっていましたから、少しは進歩しています。自分の学びたいことが伝えられるようになっていましたから、光が見えてきました。本番までもう少し時間がありますから、一段階ずつ登っていきましょう。

経営学部志望のYさんは、中小企業診断士の資格を取りたいと言いました。大学院まで進学して、修了後は帰国して、中小企業が多い故郷の街の経済を支える人材になりたいと、拙い日本語ながらも将来構想を語ってくれました。今まで多くの学生の面接練習で面接官役をしてきましたが、こういう答えは初めてでした。経営学部といえば、みんな起業したりMBAを取ったりしたがります。その中で中小企業を支えることで地域貢献したいという目標は、大いに輝きます。

午後はRさん、Yさんのクラスを担当しました。う~ん、2人とも、読解も文法もまだまだだなあ。面接の受け答えだけ上手になっても、進学してから教科書が読めなかったら勉強どころじゃありませんよ。

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いい陽気ですね

2月2日(火)

初級クラスの漢字の時間に、「陽」の字を教えました。「陽」を使う熟語として「陽気」が挙げられていました。「陽気」には形容詞の用法と名詞の用法があります。形容詞の方は、教科書に出ている英語訳が“cheerful”、中国語訳が“快活的”となっており、「トムさんは陽気な人です」という例文も、まあ問題ないでしょう。

もう一方の名詞の「陽気」の英語訳は“weather”、中国語訳は“天気”となっていました。「天」の字を勉強した時に日本語の「天気」を勉強しており、その英語訳、中国語訳も“weather” “天気”でした。これだと、陽気=天気になってしまいます。

例文として出ている「いい陽気になりましたね」は、日本人の感覚では、絶対に「いい天気になりましたね」と同じではありません。後者は「晴れました」「青空が広がりました」に近い意味ですが、前者はそういう意味ではありません。2月の初旬に「いい陽気になりましたね」と言ったら、「暖かくなりましたね」でしょう。

じゃあ、天気と陽気は何が違うのでしょう。「東京は、5月が1年でいちばん陽気がいい」と言ったら、過ごしやすいという意味です。そもそも、「悪い陽気」とか「陽気が悪い」とかって、あまり言わないんじゃないでしょうか。「じめじめした陽気」ということもありますが、一般には「快適」というのが暗黙の了解になっていると思います。

お天気マニアとしてはいい加減に済ますことができませんから、無理を承知で初級の学生にそういう話をしました。しかもオンラインですから、こちらの気持ちがどれだけ伝わったかはなはだ心もとない限りです。初級担当のT先生がご覧になっていたら、即刻授業停止命令が出たことでしょう。

朝はけっこうな雨が降ってどうなることかと思いましたが、午後からはいい陽気になりました。124年ぶりの節分にふさわしい2月2日でした。

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鼻の悦び

1月21日(木)

昨年末に辞書を2冊買いました。三省堂の「新明解」と大修館書店の「明鏡」です。新版の出版が重なりました。どちらもずっとお世話になっている辞書ですから、紀伊国屋ポイントカードでため込んだポイントの有効期限も近いことだし、両方とも買い込んでしまいました。

旧版の辞書と収録語彙や語釈をくらべてニヤッとするほど暇ではありませんが、よりブラッシュアップされた語義解釈は手元に置いておきたいものです。言葉を商売道具にしているのですから、この程度の投資を惜しんではなりません。

すでに約1か月使っていますが、いまだに新刊書特有の、紙のにおいともインクの香りともつかない独特の芳香が、辞書を引くたびに立ち上ります。マスクを通しても感じられるのですから、辞書を開いて鼻を近づけて直接かいだらもっと快感に浸れるかなと思って、今朝、まだ誰もいない職員室で、こっそりマスクを外してその香気を吸い込んでみました。思ったほど強くはありませんでしたが、お上品に私の鼻孔をくすぐってくれました。私が通勤電車の中で読む本は文庫や新書が主力ですから、買ってから1か月も経ったら気が抜けています。新明解にしても明鏡にしても、辞書本体はケースに入っていますから、新刊書の香りは逃げにくいようです。

今どき、紙の辞書を使う人は少ないでしょう。充実した辞書サイトにも簡単に入れます。しかし、紙の辞書は読めますから好きです。調べようと思った単語の語義を見てそれで終わりではなく、その隣の単語を起点に思わぬ大旅行をすることもよくあります。1冊の辞書にとどまらず、数冊の辞書を読み比べるところにも、紙の辞書の魅力があります。今朝も、養成講座の授業準備の際に少々楽しませてもらいました。

次は、岩国あたりが改訂にならないかな…。

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ガースーと面接

1月6日(水)

「ガースー」と初めて聞いた時、田舎の不良高校生が親や教師に隠れて煙草を吸っている様子が思い浮かびました。ガースーと菅首相の政策や政治姿勢は無関係なはずですが、ガースー以後、菅さんのやることなすことすべて、うさん臭く映ってしまいます。だから緊急事態宣言に協力しないなどとは言いませんが、この人についていこうという気持ちは薄まってしまいました。

たった一言によって、聞き手を傷つけてしまったり、聞き手の信用を失ってしまったり、それゆえ自分に対する聞き手の評価を大きく下げてしまったりすることがよくあります。言葉尻を捕らえてあれこれするなとも言われますが、言葉は自分自身を指すナイフにもなりえます。

昨日に引き続いてAさんの面接練習をしました。Aさんは研究熱心で、志望校について調べられるだけ調べ、志望校のカラーに合うように面接の答えを作り上げています。私の昨日の指摘を踏まえて、いくらか熱く語れるようにはなっていました。それでも、画面越しということを考慮すると、印象が今一つかなあ。

志望理由は立派になったものの、専門とする分野について突っ込むとすぐメッキがはげてしまいます。そうすると、聞き手にとっては落胆の度合いもひとしおです。Aさんの答えがガースーと聞こえました。ですから、後半はAさんが大学で勉強しようとしていることやその周辺事項のレクチャーをしました。こちらがヒントを与えれば、考えるきっかけやキーワードがわかれば、Aさんはそれについて研究してくれるでしょう。付け焼刃の感は拭えませんが、刃なしでは話になりませんからね。

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