Category Archives: 日本語

前途多難

3月22日(水)

上級クラスは、実力テストを行いました。今学期、主力メンバーが卒業で抜けてしまったので、来学期のクラス編成の参考資料にします。

問題は、来学期上級クラスに新たに加わる予定の学生も受験しますから、やさしめのものから上級の中でも上位の学生の実力が判定できそうな問題まで、難易度の幅を広く取りました。また、文章力を見るために、簡単な作文問題も入れておきました。

Sさんは早々に問題を解き終え、スマホをいじり始めたので、スマホを指さして注意。すると、かばんの中から授業には全く無関係の本を取り出して読もうとしたので、「あなたはテストの受け方を知らないんですか」と小声で注意。本はしまったものの、どこからか買い物のレシートを出して広げようとしたので、さらに注意。すると、「もう終わりました」と言うので、明らかに問題の指示とは違う答え方をしているところを「これはどうなんだ」と指すと、渋々答えを見直し始めました。

授業後、そのSさんの答案を採点すると、私が指したところは、結局問題の指示通りには答えられていませんでした。他の問題も、“できない学生ではない”という程度の出来でした。でも、Sさん自身は、おそらく、あんなのちょろいと思っているのでしょう。こんなあたりに、Sさんが今シーズンの受験が全滅だった原因があるように思えました。そこを改めない限り、Sさんが心の底から笑える日は来ないでしょう。

やはり結果が思わしくなかったKさんは、作文問題がまるっきりでした。Nさんは実力不足。受験を何となく先延ばしにしたJさんは、その気持ちがわかるような成績でした。

こうした学生たちをどう指導していけばいいのでしょうかね、これから1年…。

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すばらしい通訳

3月4日(土)

この頃どうもAさんの様子がおかしいので、担任のB先生と一緒に話を聞くことにしました。Aさんは逃げも隠れもせずに指定した時刻に指定した場所まで来ましたが、Cさんを伴っていました。Cさんに通訳を頼んだと言います。Aさんだって上級の学生です。でも、自分の日本語に自信が持てず、自分よりもさらに上のクラスのCさんを通訳としてついてきてもらったのです。

生活状況の話も聞くつもりをしていましたから、プライバシーにかかわることも質問するがそれでもいいかと聞いたら、それも計算済みだと言います。こういう場合には事務職員が通訳を務めるのが常ですが、運悪く通訳ができる職員は仕事で外出していました。まさか上級の学生が通訳を必要とするとは思わず、約束をしていませんでしたからしかたありません。

Aさんとの話の内容をここに記すわけにはいきませんが、Cさんの通訳は素晴らしかったです。Aさんの言わんとしている微妙なニュアンスもくみ取って訳してくれました。初級の学生にこちらの考えを伝えてもらうことはありましたが、学生の思いの丈を日本語にしてもらうという通訳をしてもらったのは初めてでした。Aさんも、Cさんが私たちに話す日本語を聞いて満足そうでしたから、きっと的を射た通訳だったのでしょう。

Cさんは、EJUなどの試験の点数が非常に高いわけではありません。しかし、Aさんの言わんとしたことをきちんと日本語にできたという点においては、高度な日本語力というか、相手の気持ちに寄り添うコミュニケーション力を有しているのです。こういう学生がKCPで育ったということがうれしかったです。なにせ、Cさんはおととしの春、レベル1のオンライン授業で私が教えた学生ですから、ちょっと鼻が高くなりました。

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難しい文法

3月1日(水)

Bさんは来年の進学を目指しています。もう1年KCPで勉強するにあたって、どのようにして日本語力を伸ばし、進学につなげていくかについて面談しました。

得意科目を聞くと、漢字、文法、読解といいます。苦手なのが、会話、聴解、作文です。会話は、学校外で日本人と話すとき、どんな単語や文法を使ったらいいかわからなくなるから苦手なのだそうです。作文もほぼ同様です。さらに突っ込んで聞くと、上級らしく難しい単語や文法を使おうとするけれども自信が持てないのだそうです。上級になり切れていない学生が背伸びしようとすると、このようになりがちです。

日本人だって、日常会話でN1やN2の文法を使いまくっているかというと、全くそんなことはありません。みんなの日本語レベルの文法を上手に組み合わせているにすぎません。これが本能的にできるところが母語話者なのですが、Bさんが想像しているほどの難しい文法など使っていません。私も、この稿では意識してN1の文法を使いますが、話しているときは、教師相手でも「みんなの日本語」ですね。

入試の面接にしても、状況は変わらないでしょう。無理して小難しい文法を使って失敗するよりは、初級文法を正確に使いこなす方が、評価は高いに違いありません。面接練習でも、そういう指導をしています。

そんなことをBさんに伝えましたが、これで問題が解決するくらいだったら、Bさんはこんな悩みを打ち明けることもないでしょう。口を開くチャンスがつかめないんでしょうね。こんなふうに一対一で話を聞く機会を提供していくことが、Bさんの会話力を伸ばすほぼ唯一の道だと思います。

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地下活動に潜入

2月27日(月)

先週あたりから、演劇部が地下活動を続けています。演劇部は3月10日の卒業式で発表をする予定です。今年の卒業式はKCPの6階講堂ではなく、数年ぶりに四谷区民センターで行われます。そのステージに立とうと、N先生のご指導の下に、地下の多目的室で日々練習に励んでいるのです。私もチョイ役をいただいていますから、昼休みにその練習に呼ばれた次第です。

6階講堂ならマイクなしでも会場中に声が届くでしょうが、四谷区民センターとなるとそうはいきません。ですから、限られた本数のマイクをどう回すかも考えながらステージ上での動きを決めていきます。私も「Aさんからマイクをもらって…」と、マイクの動き指示も受けました。

私のセリフはほんの二言三言ですから知れたものです。でも、年のせいか、それがなかなか頭に入らないんですねえ。しょうがないですから言葉の勢いと動きで周りを圧倒して、セリフのあやふやさをごまかしています。まあ、大体どんなことを言えばいいかは頭に入っていますから、それに合わせていけば大崩れはしないでしょう。

学生たちは、セリフもたくさん出し、振り付けもあるしで、私の数倍かそれ以上に負担があるはずなのですが、みんな果敢にそれに立ち向かっています。練習のたびに改良案が出てきて少しずつ形が変わりますが、そんなことなどものともせずにどんどん吸収していきます。伸びようとする力は、見ていて気持ちがいいです。

来週の金曜日が本番ですが、それまでにみんなが揃って練習できる機会はそんなに多くありません。でも、この勢いなら卒業生へのすばらしいはなむけになるのではと期待させてくれます。

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苦すぎるチョコレート

2月14日(火)

世の中はバレンタインデーでしたが、KCPは中間テストでした。私が担当している上級クラスには漢字が弱い学生が多いですから、漢字を直接読んだり書いたりする問題は出さないことにしました。その代わり、漢語や漢字を使った慣用表現の意味を問う問題を出しました。例えば、「非常においしい」だったら「とてもおいしい」、「手を貸す」ときたら「手伝う」と答えるという具合です。上級ですから、もう少し難しくしました。こういう出題形式なら漢字が苦手でもどうにかしてくれるだろうと思いました。しかも、昨日の授業で、ダメ押しのつもりで、こういう問題を出すと、答え方まで説明しておきました。

午後、さっそく採点してみると、惨敗でした。部分点まであげたのに、大半の学生が半分以下の点数でした。これが足を引っ張り、赤点続出となってしまいました。出題者としては大失敗でした。

同時に、「漢字」という授業名にすると、学生は漢字しか見ないんだと痛感させられました。「語彙を増やす」というのはレベルの目標として挙げていたのですが、学生たちには伝わっていなかったんですね。意味を問うた語句は日常生活でも使われており、奇をてらったものではありません。学生たちが進学先で机を並べる日本人の学生はみんな知っていそうなものばかりです。

さて、明日からこの落とし前をつけなければなりません。教科書の新しいページに進むのではなく、今学期歩んできた道を振り返ることが先決のようです。文法テストも同様の傾向が見られますから。

学生から、特別苦いチョコレートを贈られた気分です。

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ごがつようか

1月31日(火)

上級クラスで、ニュースのディクテーションをしました。その中に「コロナ、5月8日に5類感染症に…」というのがありました。これが、とんでもないことになってしまいました。学生の答えを見ると、5月8日派と5月4日派が拮抗していました。元々あまり出来のいいクラスではありませんから、何名かは苦戦するだろうなと顔を思い浮かべていました。しかし、思いもよらなかった学生まで間違えていました。そんなこんなで半々になってしまいました。

そもそも、“4日”と“8日“は、初級のディクテーション問題です。上級の学生がこんなところでつまずいていてはいけません。でも、このクラスの学生は、学校以外で日本語に触れていない節があります。国の友だちと暮らし、国のコミュニティーを通して情報を得、国の言葉に包まれて生きていたら、日本語を聞き取る耳など育つわけがありません。自動翻訳信者だったら、もはや日本語は必要ありません。

だいたい、このニュースは大きく扱われましたから、それを全然知らないという方がおかしいです。知っていれば、“4日”なのか“8日”なのかはわかるはずです。私の発音が悪くて“よっか”と聞こえても、“ようか”と修正できるでしょう。国のニュースは見逃さなくても、日本のニュースは全く無視しているに違いありません。

答え合わせの後、思わず説教モードになってしまいました。さすがに「よっか、ようか、とおか」などという発音練習まではしませんでしたが、このままこの学生たちを世に解き放っていいものやらと、心配になりました。

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スマホを見る

1月30日(月)

Pさんがまたスマホを見ています。読解問題のプリントを配ると、普通の学生はわからない単語を調べるためにスマホを取り出します。スマホに頼りっきりでテキストを読むのはあまりほめられたことではありませんが、それでもまだ理解の範囲内です。しかし、Pさんはプリントそっちのけでスマホに集中します。スマホ依存症と言って差し支えないでしょう。

Pさんは漢字の読み書きが極端に弱いです。上級の読解となると、漢字で書かれた単語がわからなかったら、手も足も出ません。単語を調べると言っても、ほとんどすべての漢字の言葉を調べなければなりませんから、いくらスマホの使い方に習熟していると言っても、それにかかる時間は半端じゃありません。だから、最初からあきらめてしまっているのです。

じゃあ、そんなPさんはどうして上級クラスにいるのでしょう。ひとえに、聴解力と話す力のおかげです。日本語を聞いて理解する力は他の学生よりも強いですから、教師の話を理解するのはクラスメートよりも速いです。理解したことや自分の意見を話す力も標準以上ですから、一見するとできる学生なのです。読んで書くテストは下手をすると初級以下かもしれませんが、理解力はどう考えても上級です。

現に、読解試験のない大学に合格しています。その大学の合否判定基準がどうなっているかわかりませんが、面接時の受け答えが高く評価されたに違いありません。最近KCPから進学者がいなかった大学に入ってくれたことはうれしいですが、入ってからどうなるか非常に心配です。

Pさんみたいな学習者は、日本語スタンダードのどこのレベルに入れればいいんでしょうかね。

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今学期は忙しい

1月28日(土)

今学期は受験講座のほかに、上級の1レベルと選択授業1クラスの授業を全面的に作り上げていかなければなりません。卒業・進学の学期ですから、JLPTのN1の問題集なんかやったところで、学生にとってはありがたくも何ともありません。「進学してから役に立つ授業」を目標に、無い知恵を絞っています。

読解は、市販の教科書も使っていますが、“今”の日本を感じてもらうために、新聞やら動画やらにも触手を伸ばしています。学生たちの興味を引きそうな話題で、少し気合を入れれば読める難しさで、読んだ後で意見交換ができそうな内容で、などと注文を付けていくと、そうそうたやすく手に入るものではありません。

選択授業は、先週この稿で取り上げたとおり、学生に日本の観光ガイドを作ってもらいます。どこかのサイトの丸写しでないものを作らせるには、ターゲットとした観光地に興味を持ち、多角的に調査し、その結果をまとめ上げるという活動が必要です。これには、まず、きっかけを与えなければならないと思い、そのための資料作りをしました。日本国内の地理に関しては、私は1都1道2府43県すべてに足を踏み入れたことがありますから、ある程度のネタは持っているつもりです。いかにしてそのネタに学生を食いつかせるかが主戦場です。

授業に加えて、進路が決まっていない学生を志望校に送り込むという仕事もあります。むしろ、こちらのほうが重要かもしれません。週が明けたらこちらのテコ入れもしていかねばなりません。

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辞書だって

1月27日(金)

漢字の読みの問題で、「犯人グループは地下に潜った」という例文が出てきました。クラスの学生たちは、当然のごとく読めました。

「Aさん、犯人グループはどうしたんですか。何をしたんですか」と聞くと、Aさんは、「地下に入りました」と答えました。他の学生たちも、「うん、そうだね」という雰囲気でした。「犯人たち、地下鉄に乗ったんですか。新宿駅の地下で買い物か食事したんですか」と追い討ちをかけると、ようやくクラス全体が、犯人グループはただ単に地下へと移動したのではないと気付いたようでした。

ここまでみんな「地下に潜った」をスルーするクラスも珍しいですが、どのクラスでも字義通りに受け取って平気な顔をしている学生は少なくありません。漢字の問題ですから、読めさえすればいいと思うのでしょうか。機械的に読み方を調べてふりがなを書いただけでは、上級の予習としては不十分です。視野を広く持ち、読み仮名を振ったら文を読み返し、文全体の意味を考えるくらいはしてほしいです。ほんのちょっと気を回せば、「地下に潜る」が慣用表現であることぐらい、ピンと来るはずです。

そういうことができる学生は上級になってからも実力が伸び続け、形式的に漢字の読み方を書いて済ませてしまう学生は伸び悩むのでしょう(そういえば、この「伸び悩む」も、「背が伸びて大人になったので人生について悩むようになった」とかと、ずいぶん大げさな解釈をした学生がいました)。読解も同様で、単語の意味を調べただけで勉強したような気になっている学生が目立ちます。辞書だって、読み方や単語の意味よりも高等なことを調べてもらいたいと思っていますよ、きっと。

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漢字テストの結果

1月26日(木)

木曜日のクラスは、先週も今週も漢字テストがありました。このクラスは中国人学生が主力ですが、漢字テストの好成績者は、2回ともアルファベットの国やハングルの国から来た学生でした。もちろん、中国人学生も何人かは満点近い成績を挙げます。しかし、そういう学生は少数派で、箸にも棒にも掛からぬ不合格点が成績簿のそこかしこに散らばっています。

最大の原因は、勉強せずにテストを受けることです。35点とかという学生が、家でまじめにテスト勉強をしてきたとは到底思えません。Sさんのようにすでに進学先が決まっていて、あとは4月になるのを待つばかりという学生のモチベーションを高めるのは、東大に入るより難しいです。

それから、漢字は意味さえわかっていればそれで十分だという考えの持ち主が多いことです。EJUの読解の点数が聴解・聴読解に比べてやたらに高い学生は、こんな発想だと思います。確かに、漢字は表意文字ですから、読み手に意味を伝えることが主たる働きです。漢字テストの成績の悪い学生は、読み方は二の次だと思っているのではないでしょうか。しかし、そんな発想では、日本人とコミュニケーションが取れません。Sさんのように、もう消化試合だと思っている学生が、こういう安易な考えをしがちです。スマホの翻訳機能で世渡りができると思っているのかもしれません。

漢字が障壁となって日本への留学が進まないと言われることがよくあります。これは欧米の学生を念頭に置いた意見ですが、中国の学生にも当てはまります。Sさんが進学先で日本人の学友と談笑している図が、思い浮かびません。

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