Category Archives: 日本語

成長

8月28日(木)

夕方、職員室で仕事をしていると、受付から声がかかりました。「先生に会いたがっている卒業生が来ていますよ」。カウンターに出て行くと、名前は覚えていませんでしたが、記憶にしっかり残っている笑顔が迎えてくれました。「ゴメン、名前は忘れたけど、顔は覚えてる」と正直に申告すると、「10年前に入学して8年前に卒業したSですよ」と名乗ってくれました。

SさんはA大学に進学し、その後T大学の大学院に進みました。そこを出て就職したものの、職場があまりに田舎だったので、2年でやめて東京の会社に転職したそうです。新しい仕事が始まるまでの1か月ほどの休暇を利用して、KCPまで顔を見せに来てくれたというわけです。

話を聞くと、ちゃんとキャリアアップしているみたいです。行った先々で自分の肥やしになる何かをつかんで新天地に踏み出しているようです。この次の転職は、いよいよ社長かもしれません。そんな話をすると、Sさんはちょっと照れていました。多少はそういうことも考えいるんじゃないのかな。

KCPにいたころのSさんは、高校を出たばかりだったこともあり、まだまだ遊びたい盛りでした。授業をさぼったこともありました。でも、受験が近づくにつれて真剣になり、どうにかA大学に手が届きました。そこで4年間みっちり鍛えられたのでしょう。名門T大学の大学院に進学しました。そこでも学んだことを自分の血肉とし、就職を果たし、さらに転職までしてしまいました。その業界は仕事が厳しいと言われていますが、その厳しさを乗り越え、さらに何かをつかんでやるぞという意欲を感じました。

日本語も流暢になっていました。KCPの卒業式の時でもいくらか手加減しなければならなかったのに、KCPの教職員に話しかけても、Sさんはごく普通に返してくれました。こういうことができるから、日本でどんどん成長できるのでしょう。

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趣味日本語学習

8月14日(木)

授業後にクラスの学生の進路に関する面接をしました。

Cさんは、日本で進学も就職もせずに帰国すると言います。現在、リモートでしている仕事があり、国でそれを続けます。日本語の勉強は趣味だそうです。だから、入試に向けての読解や聴解などは、自分の必要とするないしは欲する勉強ではないので、あまり気が進みません。JLPTも、すでにN2に合格しており、日本で就職するつもりはないのでN1は不要であり、進んで取り組もうとは思いません。

趣味で語学を勉強するなんて、そして上級レベルまで上達するなんて、何とうらやましいことでしょう。そういう学習者を集めて授業ができたら、教師にとってもさぞかし楽しいことでしょう。でも、残念なことに、KCPは日本で進学する留学生のための学校であり、時には無理に知識を詰め込んだり、時には同じような練習を何回も繰り返したり、学習者にとってはつまらない授業もしなければなりません。楽しい日本語ではなく、苦しい日本語に陥っていることもあります。できないことをできるようになるまでさせるなんて、苦しい日本語の極致です。

Cさんは帰国したらどんな形で日本語と付き合っていくのでしょう。日本のドラマやアニメを見るなど、娯楽の日本語を追求するのでしょうか。日本語で思考回路を回してみて、新たな気付きを得ることだってあるかもしれません。これは発見の日本語かな。いずれにせよ、テストの点数に一喜一憂する受験の日本語とは大きく違います。

Cさんは、いい趣味を持っています。

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母は強し

8月13日(水)

レベル1の漢字の授業で「毎」を教えました。中国語では、下半分が“母”ですから、学生たちがよく間違えます。ですから、声を張り上げて「中国の学生、よく見て」と言ってから、ホワイトボードに大きく「毎」の字を書き、注意すべきところを赤で強調しました。これだけ印象付ければ“母”を書く学生はいないだろうと思って学生の教科書をのぞき込むと、Sさんは練習問題の答えにしっかりと“母”を書いていました。

レベル1の学生に私の日本語が通じなかったのか、脳にもペンを持つ指先にも深く刻み込まれた記憶と習慣の影響から逃れるのが難しいのか、ごく自然に“母”になってしまうんですねえ。中級・上級になっても尾を引き続けるのですから、記憶と習慣が主因でしょう。「毎」は作文や例文で何回直したかわかりません。これに限っては、中国人以外の学生の方が、正答率が高いと思います。

正直に言って、「毎」の下半分が“母”でも「毎」と認識できます。「苺」の下半分が“毋”でも「苺」と認識できます。だから、上記私の指導は重箱の隅的こだわりに過ぎないのかもしれません。でも、“末”と“未”も、“己”と“已”も、“申”と“甲”も、“礼”と“札”も別字です。もちろん、“母”と“毋”も別字です。入試の漢字の書き取りでこれらを取り違えたら、文句なし×です。重箱の隅的こだわりが利いている場合もあるのです。

ちなみに、「毎」を漢和辞典で調べてみると、“髪飾りをつけて結髪した婦人”を表した象形文字だそうです。とすると、中国の漢字(日本の旧字体)が本来の姿と言えます。

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就活戦線

8月4日(月)

Aさんは日本での就職を目指しています。国でも働いていたことがあり、その時の経験も生かして、ITの営業職を第1志望としています。大学院は英語で通しましたから、語学的にも即戦力と言えるでしょう。しかし、現時点ではまだ行けそうな手ごたえは得られていません。

Aさんが言うには、自分の日本語力がその主因だという分析です。聴解力に自信がないので、毎日1時間ぐらいポッドキャストで耳の訓練をしています。その訓練の成果が少しずつ出始めていると言っていました。しかし、それだけでは足りないとAさんは思っています。

そこで、BJTの勉強をしてみてはと勧めてみました。BJTとは、Business Japanese proficiency Testのことであり、なぜか漢字能力検定協会が主催しています。試験結果によって、J5からJ1+まで、受験生のビジネス日本語能力が6レベルに判定されます。

これを受験して、例えばJ1などと判定されていれば、就職試験で多少は有利になるでしょう。しかし、BJTの勉強を通して、仕事で使う日本語や、日本における仕事の進め方なども知ることができます。これは、JLPTの勉強などでは身に付けられません。そういった力、日本社会の常識も自分のものとしたうえで会社とコンタクトを取っていけば、今までよりは有利に話を進められるのではないでしょうか。

KCPから直接就職した卒業生も、日本の会社特有の仕事の進め方が壁になっているようです。そのため、優秀な日本語能力を有していても、なかなか独り立ちできないこともあるようです。

Aさんは努力家ですから、こちらのヒントをきっと有効に活用してくれるでしょう。いい話が聞けるまで、もう少し待ってみることにします。

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上手な日本語

7月30日(水)

レベル1のクラスで、勉強したばかりの課の表現を使って文を書いてくる宿題を集め、チェックしました。そもそも宿題をやって来なかった2名は論外として、やってきた学生の文をよく読んでみると、これまたあれこれ問題が出てきました。

日本語を勉強し始めて1か月弱ですから、表現が拙いのは許せます。自分の言いたいことをきちんと文字化できずもどかしい思いをしていることでしょう。これは、勉強が進んで使える表現が増えていけば、少しずつ解消していきます。問題は、表現のレパートリーがあまり多くないにもかかわらず、助詞の間違いがはびこり始めていることです。「を」と「に」、「に」と「で」がすでに怪しくなっている学生が1人2人ではありません。中間テストの前に復習したほうがいいかもしれません。

更にまずいのは、翻訳ソフト丸写しと思われる文です。既習表現か未習表現かなど全くお構いなしに、規定の行数まで翻訳ソフトが作り出した文を書き写しているのです。漢字にはふりがなをつけろと指示していますが、それも全く無視です。その学生に音読しろと命じても、絶対に音読できないでしょう。意味すら覚えていないに違いありません。

一昔前までは、既習文法を組み合わせてどうにか思いの丈を伝えようという努力が行間から感じられましたが、最近はそういう作品が減ってきました。お手軽に宿題をこなすことに目が行ってしまっているような気がします。それで満足なら、わざわざ苦労して日本で勉強する必要などないじゃありませんか。100万円単位のお金と、年単位の時間を投じていることを忘れてもらっちゃ困ります。

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成長を実感

7月25日(金)

「昨日のコトバデーはどうでしたか」と、出席を取って、開口一番に聞きました。いろいろよかったということだったのですが、「去年、レベル2で聞いた時、アフレコの言葉が全然わかりませんでしたが、昨日は同じアニメのアフレコが全部わかりました」とWさんが答えると、うなずいている学生が数名いました。

そうだろうなと思います。アフレコの日本語は、スピードも速いし、話し言葉だし、レベル2の学生にとっては難しいというのはよくわかります。自分たちのアフレコのセリフは、何回も聞いて何回も練習しましたから、当然わかります。しかし、他のクラスのセリフはコトバデーの会場で初めて聞きますから、聞き取れないほうが普通です。

でも、上級ともなれば、初めて聞くセリフでも、アニメの映像をヒントにすればかなりつかめるに違いありません。Wさんはじめ、うなずいた学生たちは、こういう形で自分の日本語力が伸びたことを実感できたのでしょう。

中級以上の学生が、自分の日本語力の伸びを実感できるチャンスは、案外少ないものです。その少ないチャンスの1つとしてコトバデーを活用してもらえれば、主催者側としてはうれしい限りです。

私は、昨日のコトバデーを見て、KCPにはこんなにも芸達者が大勢いたのかと感心しました。KCPの応援歌をロックにしたRさん、日本語の歌を見事に歌い上げたSさん、Tさん、Uさん、得意の楽器演奏を披露したVさん、Wさん、1人アフレコのXさん、Yさん、…。演劇部や琴クラブの面々は言うまでもありません。スピーチを芸と言ってはいけませんが、4人のみなさんのスピーチは立派でした。そして、司会のお二人の日本語がこなれていたこと。さすが、最上級クラスです。

昨日レベル2でコトバデーに参加したみなさんは、来年何をどう感じるでしょう。

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7月9日(水)

今学期も、水曜日はレベル1です。このクラスには、よくできるけど授業にあまりまじめに参加しない学生がいると引継ぎがあり、ちょっといじめてやろうかなと思って教室に入りました。

うわさ通り、Aさんはコーラスの際に口を開きません。でも、指名するとすらっと答えます。隣の人とのペア練習では、相手になったCさんに引っ張られて、会話をしていました。「隣の人じゃない人と練習してください」と指示すると、練習相手を求めて教室中を歩いていました。でも、やっぱり、つまらなそうな表情でコーラスに参加しない様子を見ていると、何かツッコミを入れたくなります。

少し複雑な自己紹介の練習をする時です。AさんとCさんにモデル会話をしてもらいました。

C:はじめまして。Cです。先月、アメリカのボストンから来ました。

A:はじめまして。Aです。先月、アメリカのシカゴから来ました。

と、こちらの計算通りの会話をしてくれました。そこで私が乗り出して、「Cさん、言いました。「先月、アメリカから来ました」。Aさん言いました。「先月、アメリカから来ました」。いいですか」とクラス全体に聞きました。大部分の学生はポカンとしていましたが、勘のいいPさんが、「私も」と自信なさげにつぶやきました。

それを待っていたのです。助詞“も”は、昨日勉強しました。Aさんの立場で、“も”を使ってほしかったのです。「私も先月、アメリカのシカゴから来ました」とした方が、親しみが感じられます。“も”を使うことで、あなたと私は同じだよという親近感がにじみ出てくるのです。初対面では、この親近感が大切です。

Aさんがさすがなところは、Pさんの「私も」を聞いて、すぐに軌道修正できるところです。言い直して、めでたくモデル会話の役を果たしてくれました。

君はよくできるけど、まだまだ勉強しなければならないことがたくさんあるよ――という、私からのメッセージは届いたでしょうか。

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読む難しさ

7月8日(火)

今学期は、火曜日と金曜日に、上級に進級したばかりのクラスを担当します。まだ上級2日目ですから、なんちゃって上級です。例えば、みんな張り切って読解の予習をしてきましたが、それがまだまだです。語彙リストに従って意味や漢字の読み方を調べてきた点は評価しますが、品詞まで調べてきた学生はほとんどいませんでした。「この中で“する”をくっつけて動詞になるのはどれ? “な”をくっつけて形容詞になるのはどれ?」と聞いてみても、すぐには答えは返ってきません。慌ててスマホで調べて答えようとしますが、すべてを見つけることは難しいようです。

中級あたりの学生がよく犯す間違いに、“熱心する”“熱中な”があります。「A先生は進路指導を熱心します」なんていう文を平気で書いたり言ったりします。言わんとすることはわかりますが、○はあげられません。この手の類の誤用を撲滅したいのです。

次は、本文の内容に入る前に、読解の教科書を音読させました。“ゲームクリエイター”という単語が出てきましたが、これを山型のアクセントではなく、“ゲーム、クリエーター”とあたかも2語のように読むのです。ゲーム研究者、ゲーム業界も、注意しても山型に読んでくれません。要するに、せいぜい単語レベルでしかテキストを見ていないのです。“ゲーム”という非常になじみ深い単語が目に飛び込むと、その次の“クリエーター”は目に入らないのです。これも、上級としてはいただけません。

それから、「遊びを欠いた」というフレーズも、「遊びを書いた」のごとく読んでくれました。“欠く”と“書く”のアクセントの違いを示した辞書は少ないでしょうからしかたがありませんが、次回からはきちんと読んでもらいたいです。

1学期かけて、上級らしいテキストの読み方ができるようになれば、私としては目標達成です。

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デビュー戦

7月4日(金)

Sさんは最上級クラスの学生です。読解も作文もよくできて、クラスの中でもトップを争う成績です。最上級クラスの首席をうかがうということは、KCPで一番日本語力が高いということです。唯一の弱点は、口数が少ないことで、こちらから水を向けないと授業中一言もしゃべらないことすらあります。でも、グループワークでは、ユニークなアイデアを出したり他のメンバーが気づかない点から発言したりしていますから、クラスのみんなから一目置かれています。

そのSさんに入学式の通訳を頼んだのは、期末テストの直前だったでしょうか。断られるかなと思ったら、「できると思います」と返事をしてくれました。Sさんにはこういう晴れの場で自信をつけて、さらに力を伸ばしてもらいたいと思って、通訳に選んだのです。

入学式の通訳は、基本は司会の教師の日本語を自分の母国語で新入生に伝えるのが任務です。台本がありますが、それを読み上げるだけではありません。臨機応変に対応しなければならないこともあります。また、入学式の後は新入生との懇談会(?)で自分の体験を披露したり、時には留学生活のアドバイスをしたりします。ですから、ただ単に日本語が上手なだけでは務まらないのです。

通訳は、自分の語学力を他人のために使う仕事です。人助けという面もあります。やさしい気持ちにもなります。ですから、やり遂げた時の充実感、高揚感が大きいようです。それを味わったSさんの笑顔を、今から楽しみにしています。

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インタビュー

6月24日(火)

プレースメントテストの結果、中級以上に入りそうな学生にzoomで面接をしました。毎学期、zoomでの面接をしているのですが、数年前とは違って、zoomを使うのはこんな時だけです。3か月ごとにしか使いませんから、s使い方を忘れていたり、zoomが微妙にバージョンアップしていたりなど、毎回おっかなびっくりです。

まずはEさん。いきなりやらかしてしまいました。Eさんの声がさっぱり聞こえないと思ったら、zoomの設定ではなく、私が使ったタブレットがミュートの状態でした。通常授業ではミュートが定位置なものですから、うっかりそのまま使ってしまったという次第です。ロスタイム2分ぐらいでしたから、被害は最小限に抑えられました。

入学式まで1週間以上も間があるのでまだ国にいるのかと思ったら、Eさんはつい最近まで日本で働いていました。もっと会話が上手になりたいということで、KCPに入学したそうです。今でも十分上手ですが、さらに磨きをかけて、日本語勝負したいそうです。教え甲斐がありそうです。…と言っても、私のクラスになるかどうかは全くわかりませんが。

続いてGさん。Gさんもすでに入国していて、その気になればKCPから歩いて行けそうなところに住んでいます。そして、やはり、できれば日本で就職したいそうです。大学の副専攻で日本語を学んでいますから、自分の歩む道を計画的に築いてきました。KCPはその仕上げなのでしょう。

EさんもGさんも、日本での進学を目指す学生とは違うプログラムでKCPに入ります。こういう学生が進学の学生に刺激を与えるところに、KCPの特長があるのです。

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