Category Archives: 日本語

ひねりに耐える

9月18日(金)

今学期大学進学クラスでずっとやってきた聴解の授業のまとめをしました。EJUの過去問をさせたんですが、クラス全体でできのいい問題と、できの悪い問題と、傾向がはっきり分かれました。当たり前の話ですが、問題の中に出てきた言葉や文がそのまま選択肢に出てくると成績がよく、ひとひねり入るとちょっと下がり、ふたひねり入ると正解者が半分ぐらいになり、さらにひねられるとまぐれ当たりと変わらない正答率になります。ひねりまくっている問題は、スクリプトを読解の問題として出しても、かなりの学生が間違えるんじゃないかと思いました。

ひねりまくりの問題は、中級の学生あたりは捨ててもいいんじゃないかな。そんなに数が多いわけではありませんから、「ああ、わからなかった」と潔くあきらめることも戦術です。わからなかった問題、できなかった問題についてくよくよしていると、次の問題、その次の問題に悪影響を及ぼします。気持ちを切り替えて新しい問題に取り組むことが肝心です。

上級とか超級とか、いわゆる上位校を目指す学生は、そう簡単に問題を捨てるわけにはいきませんから、どうにかこうにかくらいついていかなければなりません。ひねりに耐えられる聴解力がある学生が、上級とか超級とかだとも言えます。そのためには、音を聞き取る力はもちろんのこと、その音から単語、単語から文、文から文脈と、理解を面的に立体的に展開していく力を養成する必要があります。それは語彙力でもあり、想像力でもあり、社会性でもあると思います。

来学期の目標ができました。10月期が始まったら、EJUまで1か月です。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

水曜の朝のお楽しみ

9月16日(水)

土曜日から4連休で、連休明けの来週水曜日が期末テストですから、今週が実質的に今学期の最終週です。水曜日に担当してきた最上級クラスも、どうにか最後の授業を迎えることができました。このクラスはオンラインでしたから、学生と顔を合わせたのは中間テストの試験監督の時だけです。その時は全員マスクをしており、オンラインの時はマスクを外していますが、モニター上に各学生に割り当てられた豆粒ほどの画面では、顔をしっかり覚えるには至らず、学校の外で会ってもわからないでしょうね。

このクラスの授業は、語彙と文法が中心でした。毎週水曜日の朝はその下調べをすることになるのですが、その時間が今学期のひそかな楽しみでした。単語一つをとっても、学生たちが辞書で調べただけでは気付かないニュアンスを付け加えたり、関連語を付け加えたり、単に問題の答え合わせをしておしまいにはしませんでした。学生が知らないと思われる用法も紹介しました。超級クラスですから、日本人と同じレベルの話がガンガンできるのがうれしかったです。

文法も意味を教えるにとどまらず、類似表現との違いにも触れました。学生たちに間違った例文を書かせないということを目標にしていました。ですから、学生が提出してくる例文は私の授業の成績表でした。最上級クラスだけあって、理解は早いです。でも、違和感のある使い方が毎回散見されました。そういうのを見つけると、戦いに敗れたような無念さを感じました。

こういうふうに、単語の意味や文法についてねちこち調べるのは、私は大好きです。水曜日の朝は、至福の時間でした。

最終回の例文は、私の勝ちだったかな。みんな要点をつかんだ例文を書いてくれました。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

問題のレベル

9月12日(土)

EJUの各科目の出題傾向・出題形式は、日本人の大学入試問題と少し違っています。私が担当している理科も、問題の難易度は去年までのセンター試験と同じくらいですが、EJUはまんべんなくということに力点を置き、一問一答が中心です。そういうわけで、EJUのための勉強をする留学生に手ごろな問題集がなかなかありません。

それは日本語も同様で、EJUの読解の練習問題というと、過去問が一番だということになってしまいます。毎週土曜日に行っているEJU対策の受験講座でも、学生たちにさせる問題に苦労しています。過去問以外の問題は、正解がはっきりしなかったり、逆に明らか過ぎたりということがよくあります。苦し紛れの空欄補充問題や、丸投げに近い「内容に合っているもの」など、作問者の苦労が伝わってきて、解きながら涙が出そうになることもしばしばです。選択肢の文も、初級の語彙でざっくりまとめられていて大学入試問題っぽくなかったり、凝り過ぎて不自然な表現だったりしている問題も見かけます。

じゃあ、お前が作ればいいじゃないかと言われそうですが、とてもではありませんが、25問も作れません。KCPの教師が総力を挙げても、1セット作り上げるのがやっとでしょう。何人ぐらいのライターを擁しているかわかりませんが、EJUの問題はよく作り込まれていると思います。最近、EJUの問題の分析をしてみて、強くそう感じました。そりゃあ、世界中から日本の大学を目指す人たちに解いてもらうのですから、いい加減な問題じゃ日本の恥です。解いてみて新たな世界が広がるような問題を期待します。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

難物

9月10日(木)

HさんはM大学のコミュニケーション関連の学部を目指しています。日本以外の外国でも暮らしtことがあり、異文化コミュニケーションに興味があるので、大学でもその方面の勉強をしたいと言っています。

ですから、「国を離れて外国で暮らした時、どんなところに異文化を感じましたか」と聞いてみました。すると、「食事と文化と生活方法に感じました」という答えが返ってきました。「もう少し具体的に言うと?」「A国の人は早起きでした。日本は通勤電車が混んでいます」という調子で、議論がかみ合いませんでした。こんな基本的なツッコミで焦点がぼやけた答えしかできないようでは、M大学に手が届きそうもありません。

異文化コミュニケーションという響きのよいカタカナ言葉にあこがれているのでしょう。あこがれも専門分野を選ぶきっかけにはなりますが、あこがれのままで熟成させることなく入試に臨んだら、合格の目はありません。Hさんは、これから出願までの間に、異文化コミュニケーションの何たるかを勉強し、大学で何を学ぶか自分の頭の中で組み立てなければなりません。

ロボットを作りたいというだけのCさんも、議論が深まらない学生です。どんなロボットかと聞いても要領を得ませんし、機械工学科で機械を勉強したいと訴えられても、聞き手は困ってしまいます。Cさんの頭の中には何かがあるのでしょうが、それがこちらには漠然としか伝わってきません。こちらも、徹底した脳内改革が必要です。

出願の山場に向かって、この手の学生が続々と現れてきそうです。繁忙期到来です。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

木陰の秋

9月8日(火)

台風10号は秋を呼び込む台風ではなかったようで、日本海側はフェーン現象のため猛暑日だらけです。東京も最高気温34.2度で、猛暑日をかろうじて免れた程度でした。昨日の夜、帰宅するときは、肌にまとわりつくような蒸し暑い空気の層が感じられませんでした。このまま涼しくなるのかなと思いきや夜中に気温が上がったらしく、今朝出勤するときは、空の暗さ以外真夏のままでした。

お昼に外に出た時も、蒸し暑さは変わりませんでした。しかし、木陰に入ると快適だったのです。花園小学校の校庭の端っこにある桜の木の下で、しばらく本を読んでいました。御苑の木陰の芝生に寝転がったら、受験講座の直前まで昼寝しちゃったんじゃないでしょうか。

午後は、K先生が受験相談の学生を連れてくることになっていたのですが、相談しなくてもよくなったみたいで、時間がぽっかり空きました。ですから、先週A先生からもらったT大学の過去問を解いてみました。あさっての受験クラスの練習問題に使えないかと思ったのですが、うーん、無理そうかな。

第1問が古典がらみの問題で、今までの授業で全然触れていない内容が出題されていました。紀貫之の書いた日記なんて、このクラスの学生は誰も答えられませんよ。第2問はわりと素直な文章で、これならいけるかもしれません。でも、筆答問題がなくて、ちょっと歯ごたえが足りないような…。他に適当な教材がなかったら、これを使うことにしましょう。

受験講座が終わり、日がだいぶ傾いても、まだ暑いですね。でも、気象庁の予報によると、今週末か来週には平年並みの気温になるそうです。とすると、台風10号は大きな気象の流れの中で秋のきっかけを作ったと言えるのかもしれません。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

温暖、死亡、変換、巨大、河川

8月19日(水)

超級クラスの語彙の練習問題に、同じような意味の漢字を2つ重ねた熟語をあげなさいというのがありました。オンライン授業でしたから、画面を見て最初に目についたSさんを指名しました。「はい、温暖」という答えがすぐに返ってきました。すばらしい答えです。ばっちり予習してきたのでしょう。共有画面のホワイトボードに書いて、次にCさん、Jさん、Yさんと指名しましたが、「わかりません」でした。

たとえ予習をしていなくても、「温暖」という文字が画面に出ているのです。いやしくも超級の学生なら、それをヒントに「寒冷」ぐらい思いついて当然だと思うのですが。この3人は、先週の語彙の中間テストではそれなりの点を取っていましたが、暗記のたまものだったのかもしれません。それとも、クラスメートの答えからすぐに導き出される答えを口にすることを潔しとしなかったのでしょうか。

でも、その後は、死亡、変換、巨大、河川など、順調にしかるべき答えが出てきました。どうやら、たまたま気の利かない学生を3人続けて指名してしまったようでした。やっぱり、全体を見渡せば、力があるなあと思いました。

はっきり言って、日本人だって、同じような意味の漢字を2つ重ねた熟語を挙げろと言われても、とっさに答えられる人は多くないと思います。そう考えると、Sさんが偉くて、Cさんたちの方が普通だとも言えます。でも、このクラスの学生たちには入試が待ち構えています。入試を勝ち抜くには、豊富な語彙力が不可欠です。だからこそ、こういう問題をやらせているとも言えます。

日本語学校は変なガイジン養成機関だとも言われます。このクラスのみんなを早くその域に送り込みたいです。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

名誉の負傷

8月14日(金)

感染者が増えたとか広まったとか言っているうちに、中間テストの日になってしまいました。オンライン授業だったり対面授業だったり日本語教師養成講座をしたり受験講座をしたり、毎日右往左往していたら、もう学期の半分です。早いものですね。

最上級クラスの漢字の問題に、「…夕日に映えて美しい」の「映えて」の読みを書くというのがありました。採点しみると、「うつえて」などというのは問題外ですが、「ばえて」という誤答が目立ちました。老眼の私は、最初、濁点を見落としていました。でも、「は」の上が何となく汚れているような答案がちょくちょく出てきましたから、メガネを外して近眼の目をその字に近づけて注意深く確かめると、明らかに「は」に濁点が付いていました。答案用紙を再点検すると、濁点付きがザクザク現れました。

明らかに「インスタ映え」の影響です。日本人なら、インスタ『ば』えであっても、「夕日に映えて」は「『は』えて」と答えるでしょう。しかし、この問題を間違えた学生たちは、そこまでには思いが至らなかったのです。でも、この学生たちは「映え」という流行語を使いこなしているに違いありません。

その1つ下のクラスのテストに、「化石」の読みが出されました。中国の学生に「かし」という誤答が目立ちました。「石」の発音は、中国語では「shi」です。他の国の学生はちゃんと「かせき」と答えていましたから、母語の干渉であることは疑う余地がありません。

この2つの誤答を比べると、片や日本語に慣れ過ぎて間違え、片や母語を引きずって失点しています。そう考えると、「ばえて」は名誉の負傷のようにも見えてきます。「さすが最上級クラス、立派な間違え方をした」とほめてあげたくすらなりました。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

横綱のお相手

7月22日(水)

先週の水曜日は日本語教師養成講座のオンライン講義でしたが、今週は最上級クラスのオンライン授業でした。メンバーの半分ぐらいは何となく知っていますが、その中には教えたのは初級以来という学生もいて、実質的には初顔合わせに近いクラスです。全員が大学院か大学への進学を希望しています。

しなければならない課題をすべて終えても時間が少しあったので、先週上から2番目のクラスでやった問題をこのクラスの学生たちに送って、解いてもらいました。先週のクラスもよくできるクラスでしたが、でも、間違いが少なくありませんでした。このクラスはどうだろうという興味も少しありました。さて、結果はどうでしょう。

ある程度時間をあげてから答え合わせをしてみると、ほとんどミスがありませんでした。オンラインだからこっそり何かで調べたということも考えられますが、にわかに調べたところで答えにたどり着けない問題も含めて正解ばかりでした。立派なものです。この最上級クラスが横綱だとしたら、2番目のクラスは大関か、下手をすると関脇ぐらいでしょう。それくらい、力の差が際立っていました。

また、ちゃんと予習して授業を受けるという勉強のスタイルが出来上がっています。そう感じたので、学生たちの予習が及んでいなさそうな点を衝いて質問してみました。根性のねじ曲がった私の質問には、さすがになかなか答えられませんでした。でも、来週からもこうして授業が楽しめるのかと思うと、胸が弾みます。

横綱のみなさんには、横綱相撲を続けて、志望校まで勝ち進んでもらいたいです。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

挨拶に感心

7月21日(火)

日本語教師養成講座の修了式がありました。今回修了したみなさんは、すでに日本語教育能力検定試験に合格している方や、実際の教えた経験のある方たちで、理論はわかっているから実際に教える力を身に付けようと受講した方々です。

修了生のみなさんは、今年の2月から今月まで受講なさっていました。ちょうど感染が広がる時期に当たり、授業見学や模擬授業をしようにもオンライン授業ばかりになってしまうなど、苦労が重なっていました。それを乗り越えて、修了の日を迎えたわけです。私は直接指導していませんが、実際に指導なさった先生方は、感慨ひとしおだったのではないでしょうか。

修了式では、私が修了証をお渡しした後、修了生お一人お一人に挨拶をしていただきました。こういう時、ほとんど何も言えずに形式的にごく短く済ませてしまうか、だらだらと長ったらしく話し続けるか、そんな人が多いです。しかし、今回の修了生はみんな内容のある話をピシッとまとめて語ってくれました。この点に感心しました。というか、こういうことができるということは、優秀な教師になる素養があるということだと思います。

教師は、突然話を振られてもそれなりに何か応えなければなりません。周りからは、気の利いたことを言ってくれると期待されています。「とりあえず、先生に何かしゃべっていただこうよ」「〇〇さんは高校の先生だからスピーチお願いしちゃおう」なんていう調子で、何かの式次第が決まっていくことて、よくあるんじゃないでしょうか。授業中に学生から矢が飛んでくることもしょっちゅうです。

今回のみなさんは優秀だと担当の先生方から聞いていましたが、それが実証された修了式でした。現在は、日本語教育界には逆風が吹いていますが、それにめげず立派な先生に育ってもらいたいです。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

敬語

7月8日(水)

おとといに引き続き行った養成講座の授業のテーマは待遇表現。敬語が中心でした。敬語はみんなの日本語の49課と50課、初級の最後に勉強します。毎学期、学生たちが苦労させられるところです。でも、みんなの日本語レベルの敬語が使えれば、日本社会でそれなりにやっていけます。いや、49・50課を身に付けたら、“ガイジン”などと侮られることは絶対にないでしょう。

その敬語ですが、養成講座受講生のみなさんも、毎期、かなり苦労なさいます。尊敬語と謙譲語を混同するくらいは当たり前で、敬語の誤用訂正となると、ほとんどお手上げ状態ですね。社会経験のある方でも、そうそうすんなりいくものではありません。だって、KCPの教師ですら、よーく聞いてみると完璧とは言えませんからね。他人の敬語の間違いに気づいて一人でにやけている私みたいな人種が異常なのです。

毎回話題になるのは“おられる”です。「社長は会議室におられます」「先生はラウンジでくつろいでおられます」は、敬語という観点から正しいかどうかです。“目上の人がどこかにいる”または“目上の人が何かしている”という意味で“おられる”を使っていいかと聞かれたら、少なくとも私は絶対に使いません。

“おる”は“いる”の謙譲語です。その謙譲語を尊敬動詞にしたところで、根本のところでへりくだっているのですから、目上の人に対して敬意を表したことにはなりません。ただし、西日本では「どこにおったん(=どこにいたの)」「ちょっと子供見とって(見ておって=見ていて)」のように、謙譲とか尊敬とか関係なく“いる”の意味で“おる”を使います。ですから、西日本の方の“おられる”は、尊敬動詞と考えてもいいでしょう。

日本語教師を目指そうという、日本語に対する意識が高い方々にとってもこれぐらいややこしいのですから、学生がすぐには使えないのも当然です。明日から、また学生たちがそれに向かって挑戦していきます。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ