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単語

8月8日(水)

日本語は語彙が多い言語で、欧米語の倍ぐらいの単語を覚えないと、新聞などが読めるようにはなりません。ですから、私は、初級のうちから教科書に載っていない単語も何かと関連付けて出しています。上級でも上級なりに取り上げたくなる単語があり、漢字でも文法でも読解でも、チャンスがあれば、学生の頭にあれこれ押し込みます。

N1の文法なんていったら、大人の日本人でも意味を取り違えたり、そもそも全然知らなかったりするものも少なくありません。しかし、知っている単語の数、使える単語の数は、そう簡単に留学生には負けません。KCPの学生たちが進学する大学・大学院の同級生のレベルに追いつくには、相当な努力が必要です。

学生たちの関心も、そういう方面に向いていることが多いです。上級ともなると耳も相当以上に発達していますから、日々の生活で聞きかじった単語を自分も使ってみたいと思うことも多いようです。それゆえ、単語の数を増やすことに興味を示すのです。

方言も学生たちにとっては近寄りがたくもありますが、魅力を感じる分野です。私は親の仕事や自分の就職先の関係で、東京を基準に北方面の言葉も西方面の言葉も、それなりに話せます。感情を込めるなら、むしろ方言のほうが話しやすくすらあります。そんなわけで、怒ったり驚いたり喜んだりすると、思わず出てくることがあります。それが学生に受けて、本来の怒りが伝わらなくなってしまうこともあります。

授業で1回扱ったくらいでは、単語は定着するものではありません。繰り返し触れさせて注意を向けさせていくことがどうしても必要です。

流れない

7月25日(水)

久しぶりに最上級クラスの授業をしました。さすが最上級と思わせられる場面もありましたが、そんなそぶりは学生たちには見せません。まだまだ上を目指してもらわなければなりませんから、ほめるのはもう少し先です。

その一方で、“???”となってしまったこともありました。それは読解の時間に教材としているテキストを読ませたときです。上手に読める学生は、きれいな発音の聞き取りやすい声の大きさで、本当にすらすら読んでいきます。しかし、一部の学生は、つまずきながらたどたどしく読んでいました。まず、漢字が読めません。漢字に関してはほぼ各駅停車で、読めなくて立ち止まったり読み間違えたりするたびに助け舟を出していたら、私が読んでいるのとあまり変わらなくなってしまったなどという学生もいました。

漢字は多少読めても、文字を拾い読みしていて、文全体のイントネーションはおろか、単語のアクセントもおかしい学生もいました。聞いているほうは、耳からの音声が頭の中ですぐには文に再構築されず、理解に時間がかかります。本人は、自宅学習などでは黙読するだけでしょうから、自分の音読の下手さ加減には気づいていないかもしれません。しかし、これだけ下手だと、音読と発話は別だとはいうものの、入試の面接に向けて不安材料が浮き彫りになってきました。

超級クラスには、国でかなり勉強してきたため、KCPの初級を経験せずに、いきなり中級や上級に入った学生もかなりいます。そういう学生の中には、N1の問題にはやたら強いけど、声を出させるとからっきしというパターンもあります。ペーパーテストさえできれば日本での進学はどうにかなると思っている節も見受け荒れます。

語学の学習はゲームじゃありませんから、やはり、コミュニケーションが上手にとれることを目指したいです。

ボコる

7月19日(木)

はじめて本格的な読解をするレベルのクラスの授業をしました。みんな予習をしてきたと言っていましたが、教科書を見ると所々にアンダーラインが引かれている程度で、こちらが考えているような予習がなされているとは到底思えませんでした。そんなわけで、私の意地悪根性がむくむくと芽生えてきました。

学生たちは頭で理解しているだけ、母語に翻訳した上でわかったつもりになっているだけでしょうから、まず、読み取った内容を徹底的に日本語で言わせました。案の定、こちらの質問には単語で答えるだけで、文で答えさせようとするとしどろもどろになり破綻をきたし、発言を板書してはいかにひどい答えかを指摘し、ボコボコにしてやりました。単語の意味をちょこっと調べた程度で予習したつもりになってもらっては困ります。「読解」と名乗る以上は、せめて段落レベルで内容が理解できていなければなりません。学生たちは、明らかにその点が甘かったです。クラス全員が血まみれになり、初めての読解は終了しました。

学生たちは、内容を理解していなかったわけではありません。読みが浅いのと、読み取った内容を日本語で表現する力が弱かったのです。なぜ表現できなかったかというと、初級の文法が十分に使えていなかったからです。前のレベルまでに習った文法が使えるようになっていないと読解の問題には答えられないのです。そういうことをいって、授業のまとめとしました。

これだけやっつけておけば、来週はもう少しまじめに予習してくるでしょう。ここで鍛えておけば、中級上級になったときには読解のコツがつかめているはずです。

わずかの間に

7月13日(金)

今学期も、週末の最後の授業はレベル1のクラスです。さて、その初回。知っている顔は、先週までしていたアメリカの大学のプログラムで来ている学生向けの授業に出ていた2名のみ。そのクラスで一番よくできたLさんと一番ダメだったJさんがいました。一番よくできたといっても、一番下のクラスの中での話ですから、絶対値は大したことありません。一番ダメだった学生は、一番下の中で最下位だったのですから、そのできなさ加減は想像を絶するものがあります。

私にとっては初回でしたが、このクラスも火曜日から始まっていますから金曜日はすでに4日目です。で、カタカナのテストがありました。昨日はひらがなのテストで、再試になってしまった学生もかなりいましたから、こちらはどうなるだろうと心配していました。ところが、昨日の惨敗で目が覚めたのか、ほとんどの学生が制限時間を大幅に余してカタカナの五十音を書き上げました。

Lさんは順当に満点。一画一画を丁寧に書いた几帳面な字が、程よい大きさでマス目を埋めていました。昨日は不合格だったJさんの答案を採点するのは怖かったのですが、〇がどんどん増えていくではありませんか。“ハヒフヘト”になっちゃうあたりはご愛嬌ですが、合格点にわずかに足りないところまで持って来ました。不合格ですからほめちゃいけないのでしょうが、心の中でよくやったと肩をたたいてやりました。

例文を作る宿題も出ていましたが、Jさんはこちらも的外れではない、〇に値する文を書いてきました。わずか1週間かそこらで、ずいぶん伸びたと思いました。Lさんにしたって、先月下旬に来日した時は日本語がほぼゼロでしたから、うっかりすると上級の学生よりずっときれいなひらがなカタカナが書けるようになり、そのきれいな字で気の利いた例文が作れるようになったのですから、これまた長足の進歩です。

週末に、いいものを見させてもらいました。

特別授業

7月12日(木)

受付のところにある椅子に座って、中国人の学生がアメリカ人の学生に日本語を教えています。「払わなければなりません、have to pay」なんてやっています。“授業”の内容からするとどちらの学生も決してレベルは高くなく、日本語だけでコミュニケーションが取れているかとなると、怪しいものがあります。でも、教える側も添わる側もかなり真剣で、何とか伝えようとする気持ちと、ほんのかけらでもいいからくみ取ろうとする心とが重なり合い、お互いに汗を拭きながらの特別授業が繰り広げられています。

午前中は養成講座の授業で、受講生から今学期はどのレベルのクラスを受け持っているのかと聞かれました。明日は一番下のレベルのクラスだと答えると、「どうやって教えるんですか」。私が養成講座で担当している「文法」は、教師として知っておくべき知識を扱っていますから、助詞の用法を事細かに取り上げていきます。レベル1の学生に教えるのはそのごく一部に過ぎません。教えるというより口で覚えさせると言ったほうが正確かもしれません。でも、教師がそれをするためには、広範な知識が必要です。知識に裏打ちされた練習こそが、学習者の体にしみ込む授業を形作るのです。

受付で繰り広げられたレッスンには、知識もテクニックもありませんでした。でも、友達をわからせよう、異国の友達と日本語でコミュニケーションが取れたらどんなにすばらしいだろうという、情熱や夢が感じられました。この点は、我々教師も謙虚に見習い、自分の授業に取り入れていくべきだと思います。また、養成講座の受講生にも是非見ておいてもらいたい場面でした。

大きなスーツケース

6月22日(金)

中間テストと期末テストの日は、いつもより朝早く来る学生が増えます。2階のラウンジを開けておくと、7時台の前半にはテーブルがサラッと埋まります。校庭が使えるのが9時からですから、午前クラスの学生たちが勉強するとなると、ラウンジになるのです。

期末の日は、それに加えて、大きな荷物の学生が出現します。スーツケースを転がしながら学校へ来て、テストを済ませたらその足で空港へ向かう学生たちです。一刻も早く一時帰国したいのでしょう。日本で必死に孤独との戦いを続けてきたのですから、家族や友達と会って心を癒やしてもらおうと思うのも不思議ではありません。

Yさんもそんな学生で、お土産がたくさん詰まっていそうなスーツケースをロビーの柱のところに置いて教室へ行こうとしますから、事務所に預けておくように言いました。荷物は物々しいですが、服装はいたって軽装で、ちょっとコンビニへでも行くような感じでした。

Yさんは、先学期末も帰国していて、しかも戻ってきたのが新学期開始数日後という、確信犯的な行動を取っています。そのとき厳しく指導され、「休まない」と言っていたのに、じわじわと休みが増えました。学校側から指導が入らないぎりぎりのラインを保っていたというだけで、決してほめられる出席率ではありません。そんなわけで、本当は一時帰国など認めたくないのですが、日本語学校には学生の一時帰国を止める術はなく、私の目の前でスーツケースを引きずるに至っています。

血の汗を流しながら勉強して大きな進歩を遂げているのなら、3か月に1度のご褒美も認めてあげたいです。でも、Yさんはそういう感じがまったくありません。面倒なことや苦しい思いはしようとせず、おいしいところをつまみ食いしてきたように見えます。

そんなYさんも、来学期は本格的に受験の準備に取り掛からなければなりません。3月まで充電しなくてもいいくらい、フルチャージで戻ってきてもらいたいです。

押し詰まって

6月21日(木)

学期末が近づくと、今学期いっぱいでKCPをやめる学生が退学届を提出してきます。

Cさんは、EJUの直後に退学届を出し、すでに帰国してしまいました。退学届を出したにもかかわらずだらだらと日本にい続ける学生に比べれば潔いものですが、担任の先生にも周りの友達にも一言も挨拶せずに消えてしまうというのは、いかがなものでしょう。

Eさんは、壁にぶち当たって帰国します。来春の進学を目指していたのですが、EJUの各科目の勉強が思うようにはかどらず、国で勉強し直してくるそうです。でも、Eさんはまだ初級です。日本語の成績も悪くなく、来学期中級に上がったらEJUの各科目の実力もグッと伸びると期待していたのですがねえ…。今が我慢のしどころで、もう3か月、いや、2か月粘ってくれれば、きっと光が見えてきたはずなのに、残念です。

Fさんは、日本の水が合わなかったようです。今学期の新入生ですが、来日してからずっと国へ帰りたくてたまらなかったそうです。親と話し合い、一度は勉強を続ける方向に傾いたのですが、やはり日本で暮らし続けるのは耐えられないようで、正式に帰国することになりました。新しい道での成功を祈ってやみません。

Yさんは帰国したら大学に復学します。短い間でしたが、国では到底不可能なほど密度の濃い勉強ができたと満足げに語ってくれました。どんな課題にも全力で取り組んできたYさんは、まだまだ勉強を続けるクラスメートのよい刺激になりました。

Bさんは国へ帰って、働いて、お金をためて、またKCPに戻ってきたいと言っていました。今回の留学費用も自分で働いて工面し、それを予定通りに使い果たし、予定通りに帰国するのだそうです。自分が目標とする日本語レベルまでKCPで勉強するにはあとどれくらいかかり、そのための学費や生活費にいくらぐらい必要か計算できているようです。かなりしっかりした将来設計を持っており、ただただ感心するばかりです。

明日がKCPで最後の1日の皆さん、有終の美を飾ってくださいね。

将来計画

6月8日(金)

レベル1のKさんは、中間テストは合格点を取りました。しかし、中間テスト以降の文法テストでは、連続して赤点です。中間テストも余裕のある合格点ではありませんから、来学期進級できるか不安になってきたようです。授業後の面接でも、そこのところを繰り返し繰り返し聞いてきました。

来週からのテストでしかるべき点数を取れば、計算上は進級可能です。しかし、先週今週のテストで赤点の学生が、それより内容の複雑な来週以降のテストで、今までの赤点を挽回するような高得点が挙げられるとは、到底思えません。平均して最終成績がかろうじて合格基準点を上回ったとしても、来学期進級したレベルで非常に苦しんで、おそらくその次の学期は進級できないでしょう。

一番下のレベルから進級できないのは、Kさんにとっては忸怩たる思いでしょう。しかし、一番の基礎の穴を埋めておけば、それを土台として伸びていけます。その穴を放置したまま進級してその上に何かを築こうとしても、正に砂上の楼閣です。基礎がないのですから、何回挑戦しても賽の河原よろしくそのたびに潰えてしまうでしょう。

だから、Kさんが妙に頑張ってぎりぎりの点数で上がってしまうことは、決してKさんの幸せな将来につながらないと思っています。目先の利益を追うより将来を見据えてもらいたいのですが、「進級できない=暗黒の未来」という考え方から離れられないのが普通です。こんな話は、通訳してもらっても理解してもらえないに違いありません。じゃあ、どうすれば気持ちが伝わるのでしょうか。それが、どうしてもわかりません。

勘を磨く

6月7日(木)

朝、昨日担当した中級クラスの文法テストの採点をしました。1枚目の学生が結構いい成績でしたから調子よく行きそうだと思ったら、2枚目からがガタガタで、終わってみれば赤点の山でした。

中級も後半となると、使用範囲が限られていたり、前件の動詞などの活用形が決まっていたり、後件のテンスやモダリティーに制限があったりなど、取り扱い注意の文法項目が連続して登場します。そういう文法は汎用性はありませんが、ここぞというときに使うと文が引き締まります。ですから、小論文などで用いてほしいのですが、テストの結果を見る限り、それはまだまだ先のことのようです。

学生たちはそういう文法に触れたことがないかというと、そんなことはないはずです。聞いたり読んだりはしていますが、文脈から意味がわかってしまい、そこに使われている文法はスルーしてしまっているのです。それに改めて目を向け、きちんと覚え、今度は話したり書いたりできるようになってもらおうと思っているのですが、これが一筋縄ではいかないのです。

超級ともなると勘が働いて、要注意の部分を上手にクリアして使えるようになってきます。この勘を鋭くするには、アンテナの感度を高めて、教わった文法が使われている場面をすかさずキャチして、使用状況を分析することが必要です。時々、この前こういうときのこういう文法を使っていたのだが、これは正しい使い方だろうかと聞かれることがあります。これができる学生は、一般に好奇心が強いですね。成績優秀でも自己完結してしまう学生は、ここまでには至りません。

中級の学生たちに、今、それを求めるのは酷ですが、そういう方向に成長していってほしいと思いながら、赤点を成績簿に入力しました。

わずか1時間

5月28日(月)

授業後、クラスの学生の面接をしました。中間テストの結果をもとに成績、進路や生活について話を聞き、アドバイスをしたり相談に乗ったりします。時には説教もします。

Yさん、Gさん、Cさんの3人の話を聞きましたが、3人に共通していたことは、自宅学習が1時間ということです。今学期でKCPをやめて帰国するとか言うのなら大目に見てあげてもいいですが、3人とも大学院や大学への進学を希望しています。たった1時間では宿題も満足にできないかもしれません。いわんや、受験勉強なんかしていないに等しいです。Yさんは6月のEJUは受けずに11月で勝負すると言っていますし、Gさんも6月の成績はあまり期待していないと弱気な発言をしています。大学院志望のCさんも、7月に受けることになっているJLPTの勉強が進んでいる気配は感じられませんでした。

アルバイトで忙しいというのなら、好ましいことではありませんが、勉強時間が1時間というのも理解できます。しかし、3名はアルバイトをしていません。Yさんは宿題をしたらすぐ寝てしまい、日々の睡眠時間は12時間だそうです。Cさんは日本の音楽を聞いたり小説を読んだりしているそうですが、中間テストの読解が不合格では、その効果は疑わしい限りです。Gさんにいたってはさらに要領を得ず、毎日何となく時間が過ぎているそうです。

志望校にしても、大学院受験のCさんは自分の研究したいことができるところを2校見つけていますが、Yさんは特に根拠がなくN大学と言い、Gさんは全く何も決まっていない状況です。30日に行われる校内進学フェアで目を見開いてもらわねば、どうにもならなくなってしまいます。

受験講座に出ている学生たちはこんなことになっていませんが、私たちのチェック網をすり抜けている学生たちの動向が気になります。面接した3人みたいな学生が他のクラスにも同じようにいるとしたら、今年の進学はどうなってしまうのでしょう。