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入学式挨拶

皆さん、ご入学おめでとうございます。このように多くの若者が、世界中からこのKCPに入学してくださったことをとてもうれしく思います。

さて、KCPに入学なさった皆さんに課せられた義務は何だと思いますか。それは、毎日学校に出席することです。皆さんのビザは、一部の方を除いて、留学のビザです。そのビザは、KCPで勉強するために皆さんが日本に長期滞在することを許可するという効力を有しています。KCPで勉強しなかったら、KCPの授業に出席しなかったら、皆さんの長期滞在の大前提が崩れてしまい、ただちに帰国しなければなりません。これが、日本の入管法の精神です。そのほか、学校を欠席したことによって生ずるいかなる不利益も、皆さん自身の責任において処理しなければならないのです。学校は、皆さんに出席を促すことまではします。しかし、それ以上のことは、しませんしできません。

以上が、法律的な面から見た「出席すること」の義務の意味です。これに加えて、学校に出席することは、将来の皆さん自身に対して今の皆さん自身が果たすべき義務でもあります。

非常に残念なことに、今年の3月の卒業生の中に、出席率が悪くて希望の学校に進学できなかった学生が少なからずいました。入試で優秀な成績を挙げても、出席率が悪かったらまじめに勉強する気持ちのない学生だと思われ、また、合格させてもビザが下りないだろうと判断され、不合格にされてしまいます。出席率の数字は、皆さん以外の誰にも変えることはできません。ひとえに皆さんの努力にかかっているのです。

つまり、学校を欠席することは、自分の手で皆さん自身の将来を狭めていることを意味します。自ら進んで暗闇に身を投じるようなものです。若者には無限の可能性があるとよく言われますが、将来の自分に対する義務を果たさない若者には何の可能性もありません。AIの僕に甘んじて細々と暮らすしかないでしょう。その期に及んで、KCPでもっと勉強しておけばよかったと後悔しても、過ぎ去った歳月は取り戻せません。

皆さんは留学生活に夢を抱いてこの場にいることでしょう。でも、何もしなかったら、夢は夢のままです。楽な道ばかり選んでたどり着けるような夢は、それなりの小さな成功しかもたらしません。皆さんの夢を実現するためにまず必要なことは、学校に出席することです。学校は楽しいことばかりとは限りません。プライドがずたずたに引き裂かれることだってあるでしょう。学業面に限らず辛い目にあうことも1度や2度ではないでしょう。しかし、出席し続けた向こう側には、必ずや成長した皆さんの姿があり、夢への道筋がくっきりと浮かび上がっているはずです。

皆さんがそこに至るまでのお手伝いができることは、私たち教職員一同の非常に大きな喜びでもあります。

皆さん、本日はご入学、本当におめでとうございました。

覚えたつもりでも

3月25日(月)

期末テストの前日は、今学期のまとめが授業の中心となります。私のクラスでも、今学期全体とはいかないまでも、中間テスト以降に勉強したことを応用する練習をしました。学生はできたりできなかったり、一喜一憂していました。

今、私が受け持っているクラスは初級の一番最後のクラスで、期末テストに通れば中級になる学生たちが勉強しています。私は中級に上げてよい学生を見極めるためにクラスに入っているという触れ込みになっていますから、多少はいいところを見せようとします。しかし、そう簡単に習ったことが自由自在に使えるわけがありません。どこに使うか明らかな場合は、もちろん使えます(使えなかったら困ります)。しかし、一ひねりして迷彩を施すと、とたんに使えなくなります。使うべきところで使えるようになるまでには、レベル2つ分ぐらいかかるものです。

しかし、漫然と勉強しているだけでは、そうはなりません。話した言葉を聞き返され、わからないと言われ、誤解され、作文を真っ赤に添削され、テストで細かく点を引かれ、時には再試となり、そんな辛い道を歩んで、使うべき場面、使ってはいけない状況を体で覚えていくのです。マークシート方式のテストならわりとすぐに点が取れるようになるものですが、コミュニケーションツールの一要素として文法や語彙を正しく扱えるようになるには、習ってからしばらく時間がかかります。

実際に、今、このクラスの学生たちが私にさんざん注意されているのは、先学期やその前に勉強した項目が中心です。予期せぬところで予期せぬ文法を使えと言われ、「ああなるほど、この文法はこういうときに使うんだ」という発見を繰り返し、何か月か前に習った文法や語彙を身に付けていくのです。

泣いても笑っても明日は期末テストです。しかし、学校のテストは終わっても練習や勉強は続きます。文法などは、むしろ、この後が本当の勉強なのです。

わからないですか

3月22日(金)

今学期受験講座を受けてきたYさんは、わからないと如実に顔つきが変わります。日本語クラスのように20名も学生がいると、わかっていなさそうな顔をしていてもスルーしてしまうこともありますが、受験講座、特に理科は受講生が少ないですから、学生の“?”に付き合うことができます。

Yさんがわからなかったら、他の学生もわかっていないでしょうから、そこは言葉を変えたり付け加えたり身近な例をあげたり式の誘導を丁寧にしたり練習問題を通して考えさせたりしながら、理解を深めていきます。そういう意味で、Yさんは眉根を寄せて首をかしげた顔は、教師の暴走抑止装置となっているのです。実にありがたい存在です。

今学期はYさんにとって初めての受験講座でしたから、知識体系が未完成だったでしょうから、授業についていくだけで精一杯だったかもしれません。しかし、来学期は、問題を読めば正解への道筋がおぼろげながらも見えてくる程度にはなっていなければなりません。6月の本番で7割は確保してもらわないと、私立入試以降有利な戦いが進められませんからね。

そういうわけで、来学期は、もう、Yさんも疑問顔をしている暇はありません。学期休み中に今までの復習をがっちりやって、その範囲には何も疑問が残っていない状態で新学期の受験講座に望んでほしいです。また、頭の中に理科のネットワークを築いて、1つのことから連鎖的にあれこれ思い浮かべられるようになっていてもらいたいです。Yさんには理系のセンスが備わっていると思っていますから、ぜひとも伸ばしていってあげたいです。

暖かい

3月20日(水)

朝、コートを着ないで外に出ると、やっぱりまだ寒さを感じました。しかし、身にしみるような寒さではなく、駅まで歩いていくうちに体が温まってきました。最高気温21度などという予報を見たら、コートもマフラーも置いていきたくなりますよね。午前クラスの教室に入ると、窓が開いていました。入り込んでくる外気が心地よく感じられました。

「明日はどうして休みですか」「春分の日ですから」「春分の日ってどんな日ですか」「昼と夜の時間が同じになる日です」といったやり取りをした後、「暑さ寒さも彼岸まで」と板書しました。初級だと、さすがに彼岸を知っている学生はおらず、言葉の意味を説明すると、感心したようにノートに取っていました。漢字の時間に「咲」を取り上げたこともあり、春らしい授業日でした。

期末テストまで1週間を切り、授業語は追試や再試を受ける学生が数名いました。ためこむと期末前に受けられなくなり、進級できなくなってしまいます。学生のほうも必死です。みんな勉強してきたと見えて、受けた学生は全員合格点を取りました。問題は受けていない学生どもです。最後には救いの手が差し伸べられるだろうと、みょうちくりんな楽天主義に支配されて、こちらが受験をせかしても1日延ばしにするのです。こういう学生に春を訪れさせてはいけません。

東京地方の最高気温は21.5度で、5月上旬並み、もちろん今年最高でした。桜の開花宣言が出された長崎市は20.8度、やはり今年最高を記録しています。先週の開花予想によると、東京は明日です。果たして本当に咲くでしょうか…。

逃げ切れません

3月13日(水)

「みんな来てますか」「ううん、Kさん」「また休んでるの? じゃあ、追試も宿題も全部そのままってことですよね」「このまま逃げ切る気じゃないの」「結局困るのは自分自身なんだけどね」…。

Kさんは専門学校への進学が決まっている初級の学生です。今学期でKCPを退学することになっていますから、「進級できないぞ」という脅しは全く効きません。専門学校の入試に合格したことが自信につながるのはいいのですが、Kさんの場合、過信の域に達しています。確かに、初級にしてはできるほうだとは思いますが、日本語力の絶対値で見たら、やっぱりまだまだです。学校をサボって国の友達と遊びほうけているとしたら、専門学校の授業が始まってから仇を取られることでしょう。

KCPでの勉強は、テストも宿題も多く、楽しくないことが山ほどあります。でも、可能な限り短期間で可能な限り高いところまで到達しようと思ったら、ハードスケジュールになるのはしかたがありません。進学してから日本語で困ることがないようにと思って、語彙も文法も会話も聴解も、あれこれ盛り込んでいるのです。初級修了ではどう考えても不足ですが、それすら勉強せずに進学しようなんて、無謀以外の何物でもありません。

専門学校は大学の半分の時間で専門知識や技能をギュッと濃縮して勉強しますから、日本語的には学生が思っているよりずっとハイレベルです。安易な考えで進学すると、何も得ることなく日本を去ることになりかねません。Kさんがそういう道を歩み始めているのではないかと危惧しているのです。

頑張りどころ

3月12日(火)

今、私が持っているクラスは、次の学期に中級に上がる(つもりの)学生たちが勉強しています。もうすぐ期末テストというまさにこの時期、初級から中級への脱皮を図ります。みんなの日本語を勉強していた前半に比べて、後半は中級を意識した勉強をしています。今までに習った文法事項がスムーズに出てくるように訓練を積んでいるとも言えます。

授受表現、受身、使役、補助動詞、条件節など、文法用語で書き連ねると、初級とはいえ、今までにかなり高度なことをしてきたことがわかります。ただ、学生たちはそれらを単発でしか使えません。組み合わせて使うことでより精密な表現ができることや、詳しい情報を付け加えられることを学びます。単にテスト問題が解けるだけではなく、書いたり話したりという場面で、自分の心や頭の中を表現するために使えるようになってほしいのです。逆に、そういう表現に敏感になり、聞いたり読んだりした時に相手の心のひだをくみ取れるようになってほしいのです。

KCPの中上級の学生全員がその境地に至っているかと聞かれたら、いいえと答えざるを得ません。でも、そこを目標に進んでいかないと、日本で勉強したり働いたりはできません。学生たちのゴールがそこにあるのなら、KCPにいるうちにそこに一歩でも近づいておいてもらいたいです。

私が同じ事態に対して、これが初級の表現、これが中級の表現、これが上級の表現と例示すると、自分たちが今まで勉強した単語や文法も使いようによってはかなり高度で微妙な話もできるのだなと感心しているようでした。でも、感心しているだけでは中級に進級できません。最初はまねてでもいいですから、使えるようになってもらわないと…。

半年後の刈り取り

3月6日(水)

先週までは中級以上のクラスに入っていましたが、そこの学生の大半が卒業してしまったため、今週から初級クラスに入っています。顔と名前が一致する学生が2、3名というアウェイ状態が続いています。データを見ればわかるのですが、単に面倒くさくてサボってしまい、できる・できないの予備知識なしで学生たちに接しています。

でも、教室に入ってしばらくもしないうちに、こいつはできるとか、こいつはまずいとか、見えてきちゃいます。Mさんは、授業の最初から目を輝かせて教師の話を聞いていました。この学生は希望の星かなと思っていたら、授業の中頃に、昨日勉強した文法の核心を突く鋭い質問を発しました。他の学生の理解も深まると思い、このクラスのレベルは超えるかもしれませんが、ちょっと詳しく解説しました。Mさんは満足げにノートを取っていました。

その反対がSさんとOさんです。読解のテキストに付いている問題の答えをわざわざ板書したのに、問題の番号まで明示しているのに、“わかった、わかった”とばかりにニコニコしているだけで、全く写そうとしません。こういう学生は、間違いなく成績が悪いです。初日にして、要注意人物リストの筆頭に太字で記録されてしまいました。

テストの採点をすると、SさんとOさんはかろうじて合格点、Mさんはクラスで一番の成績でした。SさんとOさんは1つ上のレベルに進級できるよう指導していかなければなりません。今後の動向によっては、進級させないという厳しい判断も下さなければならないかもしれません。Mさんは、上手に育てて、上級クラスで再び見える日を楽しみに待つことにします。今学期は、種まきです。

いつもと違う朝

3月5日(火)

毎朝ロビーかラウンジで教科書を広げていたNさんが、今朝はいつまでたっても来ませんでした。来るわけがありません。昨日で卒業しましたから。

思えばNさんは、1年前に入学したときは、中級に判定されたのに全然コミュニケーションが取れず、初級に判定された友達に私の言葉を通訳してもらう始末でした。口数も少なく、KCPで勉強を続けていけるだろうか、そもそも日本で暮らしていけるだろうかと心配になりました。

でも、クラスでは黙々と勉強していたようで、すばらしい成績で順調に進級を重ねました。また、毎朝ロビーに出没していますから、朝のお掃除のHさんと仲良くなり、世間話をするようになりました。結果的にはこれがよかったのでしょうね。Hさんのような、日本語教師ではないごく普通の日本人と言葉を交わすことで、Nさんのコミュニケーション力は鍛えられたのです。

おそらく来日当初のNさんは、日本語は読んでわかるけれども聞いてわかる力はなかったでしょう。文字を頼りに日本語を理解しようとしていたに違いありません。聞いた音が文字に結びつかなかったら理解不能で、問いかけに対する返事など、できるわけがありません。1年かけてそれを克服し、志望校にも合格し、昨日めでたく卒業となったのです。

夕方、来学期から受験講座を受ける学生たちへのオリエンテーションをしました。日本語を文字で理解し、“きいてわかる”をおろそかにする学生が後を絶たないので、それではコミュニケーション力は育たないし、コミュニケーション力なしでは面接試験は通らず、将来の展望は開けないということを訴えました。Nさんに説いてもらえばよかったかな…。

実質総代

3月4日(月)

KCPの卒業式では、卒業生総代は設けていません。ただ、最初に証書をもらう学生だけ証書に書かれている文面を全て読み上げます。それ以外の学生のは“以下同文”で、名前以外は読みません。そういうわけで、実質的には最初に証書をもらう学生がその年の卒業生の顔となります。

今年の顔はBさんでした。1年以上最上級クラスに在籍し続け、去年の6月のEJU日本語では全受験生の最高点(実質満点)、同じく7月のJLPT・N1では満点の合格、そして国立大学への進学も決まっており、学生も教師も誰もが認める卒業生№1です。もちろん、予行演習の通りに証書を受け取り、最後の最後まで他の学生に範を垂れてくれました。

Bさんには、私も密かにお世話になりました。中間・期末テストなどでは、まず、Bさんの答案を採点します。そうすれば、模範解答を作らずにすむのです。Bさんの答えが、私の求めていた答えの水準よりも高すぎて、逆に模範解答にならなかったことすらありました。

こういう軸になる学生が抜けてしまった穴を、一体誰が埋めるのでしょう。去年はBさんが担ってくれるだろうなという予感がありましたが、今年はこれといった学生が思い当たりません。でも、おととしだって、その前の年だって、そう思いながらも4月期の終わりごろには頼りになりそうな学生が現れてきました。自分たちが最上級生だという自覚が、今年は勝負の年だという覚悟が、学生を育てるのだと思います。

Bさんは「長い間、お世話になりました。ありがとうございました」と言って、卒業式場を後にしました。明日から私は初級クラスの担当です。Bさんに続く人材を育てねば…。

実力差

2月22日(金)

先週、今週と、受験講座の物理は6か月以上勉強してきた学生のクラスと今学期から勉強を始めた学生のクラスとが、同じ項目を勉強しています。前者は中級以上で後者は初級が主力、前者にとっては復習に当たる内容ですから当たり前のことですが、こちらの言葉のしみ込み具合が全然違います。

6か月以上組は自分がどこでつまずいたかすぐわかり、私に質問することで解決しようとします。私がさらに噛み砕いた解説をすれば、どうにか理解レベルに到達します。初級主力組は、つまずきそうなところでこちらから確認を取らないと、わからないこともそのまま通過してしまいます。表情やしぐさなどからわからないというサインを見逃さないようにしていかなければなりませんから、疲れることはなはだしいです。

でも、6か月以上組も最初はそうでした。日本語力が不十分な時期に日本語で物理や化学の高度な内容の話を聞くのは、相当に厳しかったに違いありません。しかし、日本語力が付くにつれて理解が早まりかつ深まり、加速度的に理科の実力も伸びていきました。この苦しい時期を乗り切れるかどうかに、日本での進学が当初の希望通りになるかどうかがかかっています。

6か月以上組のSさんは、25日の国立大学集中試験日に遠征します。東京から西に向かうのは初めてのようで、富士山が見えるかどうかを気にしていました。進行方向右側の窓側に陣取れば、晴れてさえいれば富士山は見えます。受験ですから、幸せの左富士の話もしました。見えたら合格疑いなしと、景気づけしておきました。