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本を手に取る

4月14日(木)

夕方、理科の教材を仕入れに紀伊国屋書店へ行き、あれこれ本を手に取っていると、「先生」と声をかけられました。振り向くと、今年S大学に進学したDさんが、KCPにいたときよりいくらか大人っぽい顔をして、にっこり微笑みながら立っていました。

「レポートの書き方の本を探しているんです。何かおすすめの本はありませんか」。早速、提出したレポートに注文がついたそうです。S大学だったらいい加減なレポートははねつけるでしょうから、Dさんが慌ててレポートの書きかを勉強しようという気持ちになるのも無理はありません。

考えてみれば、DさんはKCPでEJUの記述と小論文の対策や志望理由書の書き方は勉強しましたが、レポートの書き方はやっていません。本当は、入試関係の作文が終わったら、進学してから困らないような文章の書き方を練習させなければならなかったんです。入試が終わったら、合格が決まったら、もう作文なんてしたくないっていうのが学生の本音でしょうし、教師のほうも、学生を志望校に入れたら、ほっと一息つきたくなるものです。

来週か再来週、新学期のごたごたが落ち着いたら、レポートの書き方ぐらい教えられないことはありませんが、Dさんだって進学してからまたKCPに戻る気はないでしょう。やっぱり、学生が卒業する前に、学生の意識を変えて、大学に入るための日本語ではなく、大学に入ってからの日本語を教えていくことを考えなければなりません。

Dさんには、売り場にあった本の中からよさそうなのを2、3冊紹介しました.読解の苦手だったDさんが、何のためらいもなく、普通の日本人の大学生が参考にするような本を数冊手に取って読み比べている姿を見て、短い間に成長したもんだなと感心しました。

唯我独尊

4月12日(火)

Lさんは新入生で初級クラスに入れられたのですが、自分はもっと上のレベルだと信じていて、昨日はだいぶ反抗的な態度を取っていました。

今日は授業の最初にテストがあり、Lさんは制限時間の5分前ぐらいにできてしまいました。すると、答案用紙を提出するでもなく、机の上にEJUの問題集を出すではありませんか。即刻注意して引っ込めさせました。

テストの次は在校生なら先学期勉強してきた文法を使ったQ&Aです。Lさんは質問は聞き取れたようですが、答えは文ではなく単語で、しかも発音が悪く、私が聞き取れませんでした。日本語教師を惑わす発音ですから、Lさんの日本語は普通の日本人には通じないでしょう。

休憩時間を挟んで教室に戻ると、Lさんは日本人高校生向けの物理の問題集を出していました。休憩時間に何をしてもかまいませんが、教師が戻ってきたら授業に関係のないものは片付けるのが常識というものです。しかし、Lさんは出しっぱなし。これまたただちにしまわせました。

こういうLさんを見ていて思い出したのが、Yさんです。Lさんと同じレベルのとき、やはり日本人向け問題集を買い、EJUの過去問はすべて解けると豪語していました。受験講座でもマイペースを崩さず、もしかするととんでもない大物かもとかすかな期待も抱きましたが、ふたを開けてみれば、平均点を取るのがやっとというありさまでした。それでも無謀な挑戦を続け、挙句の果てに、Lさんが思い描いていた大学よりは5段落ちぐらいの大学にかろうじて滑り込むのがやっとでした。

LさんにはYさんを髣髴とさせる空気が満ち溢れており、非常に心配です。今、私たちが何を言っても聞く耳を持たないでしょう。痛い目にあって目を覚ましてくれればいいのですが、Yさんのようにそれを痛いと感じずにわが道を歩み続けるような気がしてなりません。

Lさんは理科系ですから私がどうにかしなければならないのでしょうが、なんだか気が重いです。

入学式が終わって

4月5日(火)

今週は入学式が花盛りで、入学式を終えた学生が何人か報告に来てくれました。Yさんもそんな1人で、S大学の入学式後、スーツ姿を見せに来てくれました。

「入学席でどんな話を聞いた?」「うん、いろいろ」なんていう受け答えには若干不安も感じますが、「S大学に進学できてよかったです」と言っていましたから、きっといい話が聞けたのでしょう。明日から早速授業だという声には、これからの勉学に希望を抱いている確かな響きがありました。

Yさんの学科の新入生には留学生が5人いるそうですが、Yさんの国からはYさんだけで、先輩も1人いるだけだとか。でも、おかげで、入試の面接官だった先生が顔と名前を覚えていてくださったそうです。「だから悪いことはできないよ。欠席なんかしたらすぐわかっちゃうからね」っていってやったら、ちょっとビビッていました。

私だって、少数派の国の学生は顔と名前をすぐ覚えます。まして、学科でたった2人しかいない国の学生だったら、学科の先生方全員の注目を集めるはずです。目をかけてもらえるとも言えますが、期待を裏切ったらその反動も大きいんじゃないかな。良きにつけ、悪しきにつけ、国旗をまとってキャンパスを歩いているようなものですから、公私にわたって心して行動しなければなりません。

Yさんは早くもサークルに入ったそうです。そこでも少数派の国からの留学生ということで、けっこう声をかけられているそうです。先輩や同輩がいないことを、今のところはハンデとは感じず、ウリにしているみたいです。Yさんは敵を作るキャラじゃありませんから、頼りになる仲間、将来につながる友人も得られるんじゃないかな。

とはいえ、あまり張り切りすぎても、息切れしてしまいます。いきなりたくさん履修登録しすぎて、レポート・試験の時期に青息吐息どころか、共倒れになってしまったら、楽しいはずの留学生活が、挫折感にまみれてしまいます。頑張り屋のYさんが一番気をつけなければならないのが、この点です。「また大学の様子を報告に来ます」というYさんの言葉に期待して、もう一回り大きくなったYさんの姿を思い描いています。

残念な学生

3月31日(木)

学期休みになると、先生方は「残念な」学生に電話をかけ、その学生を呼び出したり宿題を与えたりして、何とか進級させようとします。私は、今学期受け持った学生は卒業生が大半で、来学期も残る学生たちには「残念な」学生はいませんでしたから、高みの見物を決め込んでいます。

教師から「残念な」成績を知らされた学生は、たいてい、自分はそんなにわからないわけではないということをアピールしようとします。わかっているんだけど、ケアレスミスを犯したとか、答え方がちょっとまずかっただけだとか、そんな言い訳をします。中には、あまり勉強しないで期末を受けたと言って、教師の逆鱗に触れてしまう学生もいます。勉強しさえすればこんなのチョロイと言いたいのでしょうが、学生の本分である勉強を怠けたのだから、進級する資格などあるわけがないというのが教師の論理です。

それでも説教+宿題ぐらいで進級を認めてもらった学生は、まだ幸せです。電話口で冷たく「もう一度同じレベルです」と告げられた学生は、憤懣と落胆と悲憤と怒りと嘆きとが入り混じった複雑な感情を抱きます。それを教師に吐き出そうとしますが、「残念な」成績しか挙げられない学生ですから、教師の心を動かすような日本語になどなるはずがありません。その日本語が火に油を注ぐ形となり、さらにドツボに陥っていくパターンが大半です。「あなたには上のレベルじゃなくて下のレベルに行ってもらいます」なんて言われている学生すらいます。

でも、本当に困るのは、テストでは点を取っちゃうんだけど、全然話せなかったりコミュニケーションが取れなかったりする学生です。そういう学生の実力のなさがあぶりだされるのが、志望理由書を書いたり面接練習をしたりする頃なのです。入試は、説教+宿題や再試験でどうにかなる問題ではありませんから、今から自覚を持って真の実力を上げるように、こちらも指導しどうしていかねばなりません。

分不相応?

3月29日(火)

卒業式前からずっと一時帰国していたGさんが、お土産を持って挨拶に来てくれました。お母様が入院していたので全然遊べなかったとか。

GさんはS大学に進学し、来週早々入学式とオリエンテーションがあります。「先生、なんだか不安です」と言いますが、もう入学金も授業料も払ってしまったのですから、突き進むしかありません。今さら授業についていけるかどうか心配だなんて口走るくらいなら、最初からS大学など受験しなければよかったのです。

S大学は、Gさんにとっては「入れたらいいな」という大学で、はっきり言って、実力相応校より1ランクか2ランクか上の大学です。入試の際には私も精一杯支援をしました。Gさんも憧れの大学に入れるなら何でもしますっていう覚悟でした。合格発表のときの喜びようは、尋常なものではありませんでした。でも、自分でもS大学は実力より上の大学という認識がありますから、いざ入学が迫ると、あれこれ不安を感じずにはいられないのです。

日本人の友達が作れるだろうかというのが、最大の不安のようです。「私は日本語がまだまだですから」ってそういうGさんを、日本語力だけではなく、キャラも深い部分の人間性も含めて、S大学は自分のところで勉強するだけの力があると認めたのですから、その判断を信じようじゃありませんか。少なくとも、同国人だけで固まってるようなら、楽しいキャンパスライフは望めません。

おそらく、Gさん以外にも同じような不安を抱えている学生が少なからずいることでしょう。でも、あなた方はその大学に選ばれたのです。学力も申し分なく、学風にも溶け込めると見込まれたのです。自信を持って、入学式を迎えてください。

大仕事

3月23日(水)

今学期最後の授業は初級クラスでした。教科書の残りの部分を片付けたら、後は復習とまとめです。初級は1学期の間にグンと力を伸ばしますから、復習と言ってもかなり広範囲にわたります。また、初級も後半に差し掛かると少々特殊な言葉遣いも勉強しますから、覚えるべきことも結構な量です。

Sさんは復習プリントやまとめプリントを読んでいるだけで、そこにある練習問題をやろうとしません。いや、Sさんとしては問題を考え答えを出しているのですが、それを全くプリントに書き込もうとしませんから、教師としてはやっているとは認められないのです。指名すると、案の定、正確には答えられません。こちらが「えっ?」と聞き返し、間違いに気付いた周りの学生が小声で教えても、Sさんは平気な顔です。

こういう学生は、自分はできる、こんな程度のことはわかっていると思い込んでいます。だから、間違いを指摘されてもそれはケアレスミスに過ぎないと思い、本気で改めようとはしません。もちろん、その間違いはケアレスミスなんかじゃありません。文をきちんと作らないから、間違いが間違いとして認識できないのです。だから、本当はわかってなんかいないということが、本人には全然見えてきません。

今までに何十人もこういう学生を見てきましたが、末路は哀れなものです。友人や教師の忠告には耳を傾けず、わが道を歩み続けますから、日本語力は伸びません。進級できずに同じレベルをくり返すとなると、授業がつまらないので受験勉強にのめりこみます。しかし、日本語力がいい加減ですから、受験勉強もうまくいきません。自己流を貫いたあげく、卒業が近づいてから自分の失敗にやっと気がついても、もはや手遅れです。志望校には当然手が届かず、不本意な進学をする羽目に陥ります。

Sさんはそんな体臭をぷんぷん発散させています。Sさんをどうやって真っ当な世界に連れ戻すかっていう、この1年の大仕事を見つけてしまいました。

命名法

3月15日(火)

受験講座の化学を受けている学生たちは、有機化学に出てくる物質名を覚えるのに難儀をしています。そこで、今期は、主な有機化合物の構造式とその名前をプリントにまとめ、学生たちに配りました。教科書の何十ページにもわたってちびちびと登場するたくさんの有機化合物を、一網打尽にしました。

そのプリントを配り、今すぐ覚えろと言い、20分後にテスト。もちろん、いい点数なんか取れるわけはありませんが、私が見ようと思ったのは、化合物名の覚え方やテストでの答え方です。

Hさんは、国で勉強した知識を基に、国で勉強した名前をカタカナに置き換えていきました。安息香酸みたいに漢字の名前になるとつまずき気味でした。

Sさんは、ひたすら丸暗記を始めました。カタカナ語は皆目見当がつかないということで、つべこべ理屈を唱えず、潔く丸暗記に取り掛かったのです。

テストとなると、Hさんは手持ちの知識でどうにかなるところをどんどん答えていきます。一方、Sさんは暗記した部分はすぐに答えられましたが、そうでないところでは筆が止まってしまいます。しかし、Sさんが偉いのは、構造式と化合物名の一覧表の問題となっていない部分、つまり、構造式とその物質名の両方が出ているところからヒントを得て、命名法の規則方を推測し、それに基づいて答えていた点です。

有機化合物の物質名は、IUPAC命名法という規則にのっとって付けられており、その規則がわかれば、構造式から物質名が自動的に付けられるのです。Sさんはその規則を見つけ出そうとし、一部は見出すことに成功していました。残念ながら、IUPAC名ではない慣用名が定着していてそちらが用いられるものも少なからずあります。そうなると、Sさんの努力も実りません。

でも、このように雑多なものの中から規則を発見し、そこから自然の本質に迫ることこそ、科学者が進むべき道です。正直に言って、Sさんの実力はまだまだだと思いますが、伸びる芽はもっといるとも思います。

顔を作る

3月7日(月)

大量の卒業生が去ってしまったので、午前中の校舎は寂しいものがあります。使われていない教室が多いためどこか薄暗く、休み時間になっても廊下には学生の姿がちらほらするだけです。職員室も、午前中はスカスカでした。

私は超級レベルで残っている学生たちを併せたクラスを担当しました。この学生たちは、来学期からKCPの顔になります。そして、この学校をこれから1年間引っ張っていくことになります。そういう存在になってもらわなければ困ります。

少なくとも来学期の行事では、中心的な働きをしてもらうことになります。去年4月期に行われた運動会でも、去年の卒業式以降に残った超級の面々が、競技役員を始め、中心になって働いてくれました。その経験がとても印象深かった、最上級クラスの一員という自覚が生まれたという声も、おととい卒業していった学生たちから聞かれました。彼らは立派にKCPのか落として活躍してくれたと思います。

だから、今朝の超級合併クラスでは、集まった学生たちに自覚を促すと同時に、プレッシャーもかけました。先週までは卒業していった学生たちの陰に隠れてふわふわしていてもよかったのですが、今からはそうではありません。最上級クラスの一員として、先輩として、在校生にもこれから入ってくる新入生にも、模範を示し、KCPを盛り立てていくことが求められます。

このクラスの学生は、進学実績も上げてもらわなければなりません。初日は「お手柔らかに」したつもりですが、明日からはガンガン行きますよ。覚悟しておいてもらわなきゃ…。

早くも課題

3月4日(金)

今年の卒業式は例年より早いので寒空の中で行われるのかなと思っていましたが、天がKCPに合わせてくれたのでしょうか、ここに来て急に暖かくなりました。今朝も、遅刻して教室に入ってきた学生があっさりエアコンのスイッチを切ってしまいましたが、誰も文句を言わず、授業終了までエアコンなしでも全く寒くありませんでした。卒業式の予行演習ということで、体を動かしたからかもしれませんが…。

最上級クラスの卒業式前日の授業ということは、KCPで一番レベルの高い授業ということですから、その名に恥じることのないように、日本人でも骨の折れそうな漢字のパズルをやらせました。いかに最上級クラスとはいえ、さすがに一人でやるのは難しかろうと思い、周りの友達と協力してやってもいいことにしました。しかし、多くは独力で答えを出そうとしていました。

辞書やスマホを参考にしながらでしたが、途中で投げ出す学生はおらず、むしろ、私の予想よりもだいぶ早くできてしまった学生が次々と。改めて学生たちの能力の高さを感じました。一流の大学院に進学することになっている学生も多いクラスですから、当然といえば当然ですね。

ただ、論理的に推論して答えを導き出す学生がいる一方で、行き当たりばったりに解いている学生もいました。来年進学予定の学生に後者のタイプが多かったことが少々気懸かりです。でも、明日卒業する学生だって、去年の今頃はそんなもんだったかもしれません。1年間もまれ続けたおかげで、きちんとした仕事の進め方ができるようになったとも考えられます。要するに、これから1年の課題が突きつけられたわけです。

「明日、卒業パーティーの後、一緒に食事をしてくださいませんか。YさんもHさんもMさんも、みんな来ますから」と、授業後、完璧な日本語で明日のお昼のお誘いを受けました。春の陽気に釣られて、ふらっと出かけることにしました。

アセトンは何ですか

3月1日(火)

Sさんは受験講座の物理と化学を取っています。物理では理系的なカンのよさを示し、難しい問題をあっさり解いたり、こちらの言わんとすることをすばやく悟ったりします。しかし、化学はカタカナ語の物質名が覚えられず、苦戦中です。このところ有機化学をやっていますが、そこに出てくる物質名が全く頭に入りません。

「先生、アセトンって何ですか」って、あんた何回聞けば気がすむんだい、と突っ込みたくなるほど繰り返し聞きます。アセトンは入試の有機化学の常識ですから、覚えなくてもいいとは、口が裂けても言えません。アセトン並みの重要語を毎回聞きます。同じ名前を何回も耳にしていくうちに覚えていくだろうと思っていましたが、記憶は遅々として深まりません。1週間後にはきれいにリセットされています。

Sさん自身も、物理は1つのことを覚えるとたくさんの問題が解けるようになるが、化学はカタカナ語を1つ覚えたところで解ける問題はごく限られている、と言っています。半ばさじを投げたような発言です。

Sさんはこの苦手を克服すれば大きく成績を伸ばすことができるでしょう。しかし、6月のEJUまで3か月以上あるとはいえ、これはSさんにとっては容易ならざる課題です。でも、この課題を乗り越えない限り、Sさんが考えている愛学には進学できないでしょう。進学できたにしたって、ここまでカタカナ語が苦手となると、単位を落としかねません。いずれにせよ、明るい未来にはつながりそうもありません。

Sさんをどこまで引っ張り上げられるかが、新年度の私の課題になりそうです。