Monthly Archives: 3月 2017

寝かせません

3月23日(木)

元NHK記者で、ジャーナリストで、数々の著作のある、東工大などでも教えている池上彰さんと、読売新聞の1面コラム「編集手帳」を担当している竹内政明さんの対談「書く力」(朝日新書)を読みました。達意の文章を書くお二人の言葉にはっとさせられることばかりでした。その中に、私も心がけていることが1つありました。書き上げた文章をしばらく寝かすということです。

相手のある文章の場合、書いたらすぐに送ったり渡したりせずに、可能な限りしばらく時間を置いてから読み返すようにしています。書いている最中やその直後は、そのテーマに対して多かれ少なかれ頭に血が上っていますから、どうしても視野狭窄に陥りがちです。文字通り冷却期間を置くと、自分の文章を相対化して見られるようになり、書いているときには見えなかった周辺事項が浮かび上がってきます。また、自分の文章に対する入れ込みも薄くなりますから、凝ったつもりの文章が不細工に感じてくることもあります。

そうやって、伝えるべきことを冷静に把握し直し、文章の虚飾をはがし、こちらの意図が相手に伝わることを第一に考えた文章が書けるようになってきます。残念ながら、貧弱な文章力と発想力ゆえに、寝かしてから見直しても大して進歩のない場合も多々あります。

この稿は、毎日、1日の終わりに早く帰りたいという気持ちを抑えながら書いていますから、寝かすということはしていません。それゆえ、何かの拍子に以前のブログを読むと、赤面することもしばしばです。だから、「予の辞書に反省という語はない」といわんばかりに、過去は振り返りません。

明日は期末テストですから、おとといまでに作った読解の問題を読み返しました。名問と思った問題が迷問だったり、選択肢が微妙すぎて答えが絞り切れなかったりという問題が出てきました。文法や文字語彙も同様でした。学生たちの努力の成果を計るテストですから、あだやおろそかにはできません。

その印刷も終わり、ほっと一息つきながらこれを書いています。そして、寝かせることなく投稿してしまいます…。

春の息遣い

3月22日(水)

昨日はさっぱり見えなかった四谷の桜でしたが、今朝は快晴でしたから、かすかな光を集めた心持ちピンクっぽい枝が明けきらぬ車窓から見られました。夜中から北寄りの風が強く、朝はコートが欠かせませんでしたが、最高気温は15度を超えました。陽射しの確かさは、春のものです。

授業後、Sさんが進学相談に来ました。Z大学を受けたいので、その情報がほしいということでした。過去に合格した学生のEJUの成績は、Sさんなら十分に手が届きそうな点数でした。今からしっかりと狙いを定めてそれに向かって努力を続ければ、受験本番の秋ごろには十分な実力が蓄えられていることでしょう。志望校についての研究を深めていけば、面接でも有利な戦いができるに違いありません。

わけもわからずただ有名だというだけで志望校としているようでは、いずれ破綻を来します。そういう学校には到底手が届かないとわかってから動き始めても、後手に回って弥縫策の連続となり、望ましい結果は得られません。そういう指導をしているつもりなのですが、そういう学生が後を絶たないのが現実です。

それだからこそ、Sさんのような学生が来るとうれしくなってしまいます。確たる裏づけのある希望に満ちた話を聞くと、こちらもその希望の実現にぜひとも手を貸したいという意欲が湧いてきます。そして、そういう話をしているSさんからは、これから伸びていこうという勢いも感じました。

ほころび始めた桜と同じように、KCPの中でも新しい芽吹きが見えてきました。何だかんだと言いながらも、やっぱり春なんですね。

開花

3月21日(火)

全国に先駆けて、東京で桜の開花宣言が出されました。もう少し正確に言うと、ソメイヨシノの開花宣言です。沖縄や奄美大島では、すでに1月にヒカンザクラの開花宣言が出されています。九州から北海道南部まではこのソメイヨシノが桜の開花宣言の対象となり、道央、道東、道北はエゾヤマザクラが開花の標準木となります。今日の最高気温は平年を2度ほど下回りましたが、先週後半から比較的暖かい日が続いたおかげで、開花宣言となったのでしょう。

昨日は暖かかったので、窓を思いっきり開けて大掃除をしました。冬物を片付ける勇気はありませんでしたが、窓を開けるのが億劫でなかなか行き届かなかった部分の掃除まで手がけることができました。そんなこともあり、そろそろ桜が咲くかなと思い、今朝は私の定点観測地点である四ッ谷駅の桜を見ようと思ったのですが、日の出直前なのと雨雲で暁光がさえぎられたのとが相まって、何も見えませんでした。明日は朝から晴れのようなので、桜のつぼみの膨らみ具合をしっかり観測したいと思っています。

そんな雨の中、今夜の夜行バスで関西に旅立つXさんが別れの挨拶に来ました。Xさんは、本当は24日の期末テストまでKCP勉強しなければならない学生ですが、今のアパートの契約が今日までなので、今夜進学先の関西へ向かうことになったのです。お世話になった先生方へと、ドーナツを買ってきてくれました。私も、ずいぶんお世話しました(?)から、お相伴にあずかりました。

Xさんの“サクラサク”は、東京の桜と違ってとても遅かったですが、つぼみがほころびつつあります。満開になるかどうかは、関西へ行ってからの勉強次第です。

あっちへ行く

3月18日(土)

私が本を読むのは、興味の対象に関してより深く知りたいという知識欲もありますが、小説などの物語の世界に引き込まれたときの快感を味わいたいという面もあります。作家は、よく、小説を書いていくと登場人物がひとりでに動き出して、自然に筆が進んでいくことがあると言います。読者としてこの感覚にはまることがあり、そのときのエクスタシーというか高揚感というか、要はあっちの世界へ行っちゃったような気分が何とも言えないのです。ささやかな現実逃避をしているようなものかもしれません。司馬遼太郎、吉村昭、東野圭吾、有川浩、まだまだいますが、こういった作家の本では必ずトリップします。

いちばん最近思いっきり泳がせてもらったのは、山崎豊子の「約束の海」です。山崎豊子の遺作が文庫本になったので買っておいたのを、今週、ようやく手に取ったのです。400ページあまりを2日ほどで読了してしまいました。朝も夜も電車を乗り過ごしそうになり、お昼のお店ではご飯そっちのけになり、存分に楽しませてもらいました。

でも、それだけに、この本が遺作だということが残念極まりありません。登場人物が歩き出し、感情を持ち、その顔立ちが脳裏にくっきり描かれたところで、彼らは動きを止めてしまいました。山崎豊子自身、壮大な展開を考えていたようなので、なお一層登場人物のその後が気なってなりません。

私の未読の本棚には私を別世界に誘い込んでくれそうな本が並んでいます。来週期末テストが終われば、次々と手を出していこうと思っています。

花咲か爺さん

3月17日(金)

私のクラスで、ゲストをお迎えして、コロコロ紙芝居をしました。コロコロ紙芝居とは、立方体の箱を4つ組み合わせて、箱の見せる面をコロコロ変えながら、紙芝居のように物語を展開していくというものです。今回は、♪裏の畑でポチが鳴く…という童謡に合わせて、花咲か爺さんに挑戦しました。

花咲か爺さんは、どこかで聞いたことがある学生もいれば初めての学生もいました。ゲストが持ってきてくださった絵本をSさんが読むと、みんな耳を傾けていました。ですが、花咲か爺さんの歌は全員初めてのようでした。ゲストが歌いながらコロコロ紙芝居を次々展開していくと、学生たちの目に好奇心が宿り始めました。

今度は学生たちの番ですが、ゲストに歌ってくださいと言われても、すぐには歌えません。しかもコロコロの操作をしながらとなると、どうしても口の動きがおろそかになってしまいます。それでも何回か繰り返していくうちに歌えるようになり、ソロで歌いながら紙芝居をする学生も出てきました。そんな学生を写真に撮ったりもしながら、楽しんでいました。私も最後に実演させられ、冷や汗をかかされました。これで、今年の忘年会のかくし芸はばっちりOKですね。

上級になると、初級ほど声を出したり体を動かしたりという授業がなくなります。初級のうちは日本語を体で覚える部分もありますが、上級は日本語を日本語で理解することが強く求められますから、頭ばかりを使うようになります。そういう授業はメリハリを付けにくく、ともすると退屈しがちです。時には、歌を歌うなどという、いつもの授業とは対角の授業も刺激になると思います。来学期も何か目新しい企画を実施したいものです。

横綱登場

3月16日(木)

昼休み、「先生、卒業生が是非金原先生にお会いしたいと言っていますが…」と呼び出され、ロビーに出て行くと、Zさんがにっこり笑いながら「先生、お久しぶりです」と声をかけてきました。

ZさんはR大学に進学し、この4月から4年生になるか、ちょうど卒業ぐらいの計算になります。だから、「何年生になるの? それとも卒業?」と聞くと、「先生、大学やめました」と言うではありませんか。「えーっ、じゃあ、今、何してるの?」「4月から専門学校です」

もう少し正確に言うと、Zさんは大学をやめたのではなく、やめさせられたのです。犯罪に手を染めたとかそういうのではなく、留年を繰り返したためです。Zさんが進んだR大学は、私が受験生だった頃も進級基準が厳しくて大量の留年が出ることで有名でした。だから、R大学の卒業生はがっちり鍛えられた精鋭ぞろいだと高く評価されてきました。ZさんがR大学に入るとき、そういう話をして、R大学は入ってからも必死に勉強しないと卒業は難しいと強く戒めました。Zさんと同期のWさんは、この話を聞いて、R大学にも受かっていたのに、M大学に進みました。

KCPにいたときのZさんは、日本語力は「ちょっと…」という感じでしたが、理数系にはきらりと光るものがありました。何より、理科が大好きでしたから、R大学に進学したら大きく花開くのではないかと期待していました。しかし、Zさんが言うには、1年生の時から勉強が難しくてついていけなかったそうです。

専門分野がどんなに好きでも、日本語力が伴っていなかったら、やはり大学での勉強は無理なのでしょうか。Zさんにとって、R大学はレベルが高すぎる大学だったのでしょうか。R大学には今年も何人か進学します。その面々を思い浮かべると、少々不安を禁じえません。R大学以外にも、自分の実力以上の大学に進学する学生もいます。今はそういう大学で勉強できる高揚感に包まれているでしょうが、それが苦しみと後悔へと変質するのは、意外とたやすいことなのかもしれません。

専門学校に進学しなおすことをわざわざ報告に来てくれたZさんは、目標を設定しなおして吹っ切れたような顔をしていました。何より、KCP時代と同じような明るい笑顔と、大台を突破してすっかり丸くなった体つきから、前を向いて進んで(転がって?)いこうという強い意志がほとばしり出ていました。

ごちゃごちゃ

3月15日(水)

Xさんは理系のセンスのある今年の期待の星です。順調に仕上がってきていて、6月のEJUでは高得点が期待できそうです。でも、不安なところがあります。それは、意外と教師に話を聞いていない点です。EJUの過去問をやって、答え合わせをして、解き方や理論の解説をして、質問はないかと聞くと、私が解説したことをそのまんま聞いてくることがあります。聞き取りができないわけではありません。私が解説しているときに自分の世界に入っちゃってるのか、問題を解くのに疲れて集中力が途切れてしまうのか、とにかく明らかに私の話を聞いていません。

でも、Xさんが聞いてくることは、私が何も解説をしなかったら鋭い質問と言えますから、何もわかっていないわけでもなく、伸びる要素も十分に感じられます。それだけに、私の解説をよく聞いた上で、さらに理解を深める質問をしてきてもらいたいと思うのです。

それからもう一つ、計算の途中経過をきちんと書き残さないところも気になります。Xさんがどこで間違えたのか調べようにも、ごちゃごちゃとあっちこっちに書き散らした計算メモでは考えの道筋が見えてきませんから、調べようがありません。Xさん自身だって、つまずいた場所が見えなかったら、同じ間違いを何回も犯しかねないんじゃないでしょうか。そして、各大学の独自試験は答えを導き出す過程も採点対象ですから、他人が読んでもわかるような答案の書き方もがっちりしつけていかなければなりません。

来学期の受験講座の説明会が始まっています。Xさんのように鍛え甲斐のありそうな学生がたくさん来てくれることを願っています。

ご奉公

3月14日(火)

お昼を食べに行こうと玄関を出たら、卒業生のHさんが微笑みかけてきました。授業料減免の手続き書類を見てほしいと言います。C大学に進学するのですが、書類が通ると約40万円が減免されます。これはHさんでなくても大きな金額ですから、Hさんの書いてきた理由書に手を加えて、説得力を持たせました。実際、Hさんには弟がいて、ご両親の教育費の負担は半端なものではありませんし、これからも当分続きます。

かつてに比べれば学生たちの家庭はかなりお金持ちになりましたが、それでも学費を安く抑えたいという気持ちは変わりがありません。親の負担を軽くしたいという思いは尊いですし、アルバイトのために勉強時間が削られるようでは、何のために進学したかわからなくなってしまいます。日本は奨学金の制度があまり充実していませんから、特に新入生にとっては、授業料の減免は何とかものにしたいところです。

実は、昨日はSさんから入学手続き書類に載っていた奨学金について聞かれました。その奨学金は返済の必要があり、実質的には借金です。そういうのにうっかり手を出してしまうと、就職時に経済的にマイナスからのスタートになってしまいます。そのために真っ暗闇の社会人生活を送っている日本人の例をよく聞くようになりました。ですから、Sさんには少し節約に心がけて、勉学に励んで、2年生から条件のいい奨学金がもらえるような成績を取るようにとアドバイスしました。

Hさんが進学するC大学は、わりと有利な条件の奨学金が整備されています。1年生のときに授業料減免でしのげば、2年生からそれ以上の金額になる奨学金受給生になることも夢ではありません。そうやって新しい生活への不安を取り除いてあげることが、卒業生への最後のご奉公だと思っています。

若作り

3月13日(月)

先週の土曜日、A新聞の土曜版を見て、何じゃこらと思ってしまいました。シロウトさんの写真がでかでかと週間テレビ欄の1面を飾っているではありませんか。落ち着いて下のほうまで見ると、元アイドルのNさんの名前があるではありませんか。そう思ってその写真をもう一度よく見てみると、確かにNさんの面影が残っています。デビュー30年と書いてありましたから、Nさんが老けるのも無理はありません。

私の記憶に残っているNさんはデビュー間もない頃ですから、そのNさんに比べたら、今のNさんはしわもあれば皮膚もたるんでいるのはやむをえないところです。でも、やっぱり、土曜日の朝一番に襲ったショックは相当なものでした。アイドルはいつまでもアイドルであり続けることはできないと、また、年齢を重ねてこそにじみ出てくる味わいがあると、頭ではわかっていても、老境ともいえるNさんの顔写真には愕然とさせられました。だって、数年前ぐらいはシロウトさんに間違えるほどのことは絶対にありませんでしたよ。

日本には、とかく若いことに価値が置かれる傾向があります。特に芸能界はそれが強いですから、タレントさんは年齢不詳の不自然なほどの若作りをしがちです。そういう人たちに比べたら年齢相応のありのままの姿を新聞の写真に使ったNさんには好感が持てます。

夕方、来学期の受験講座の説明会を開きました。志望校のアンケートをとると、多くの学生がK大学とかW大学とかT大学とかH大学とかと答えていました。そういう超有名な大学名しか知らないということもありますが、そう書いている学生たちと、妙な若作りに走る俳優やタレントの顔が重なってきました。ただ、若作りと違うのは、これから私たちの指導に素直に耳を傾け、夜を日に継いで勉強し続ければ、望みがかなわないでもないというところです。

伝わるかな

3月10日(金)

初級のクラスに入りました。このクラスは、来週の月曜日に日本人のゲストを呼んで会話をすることになっていますから、その練習をしました。上級ならいきなり会話をしろと言われても、それなりに何とかできるでしょうが、初級はそうはいきません。中心テーマに至るまでの想定問答も考えておかないと、大混乱に陥りかねません。

あいさつのしかたとか、相槌の打ち方とか、アイコンタクトとか、話題の流れに沿った話し方とか、会話は単に丁寧体で話せばいいという問題ではなく、考えておかなければならないこと、気をつけなければならないことが山ほどあります。それに気付かせるのが、今日の授業の主目的でした。

ゲスト会話でいつも困るのが、学生たちの話したい内容と学生たちの語彙のギャップです。「ヨーロッパのビルは日本語で何といいますか」とCさんに聞かれましたが、これだけでは答えようがありません。Cさんにさらに情報を求めても、Cさんはそれ以上の言葉を知りません。それでもどうにかこうにか聞き出したところ、「洋風建築」のことでした。こういう言葉をそれぞれの学生が抱えているのです。自分の思いが伝わった喜びと同じくらい、思いが伝わらなかった悔しさも、会話能力を伸ばすと思います。

その後、今週末に受験を控えているZさんの面接練習をしました。今までに何回も練習をしましたから、志望理由や将来の計画など、主要な質問には十分対応できます。それ以外の部分で自分をアピールする戦略を一緒に考えました。そこで他の受験生に差をつけようという作戦です。そのZさんも、1年前は今日の午後の学生とどっこいどっこいの力でした。Zさんの受け答えを聞きながら、初級の学生の1年後に思いを馳せました。