Category Archives: 日本語

再挑戦

1月8日(水)

あさってから新学期ですが、学生たちはぎりぎりの攻防を続けています。先学期の成績が振るわなかった学生に「もう一度同じレベル」という連絡をしたところ、どうしても進級したいという学生が何名か現れました。毎学期のことですが、今学期はお正月休みが長かったため、始業日の直前までごたごたが続いています。

Bさんは“もう一度”の連絡を受けた1人です。進級したいと訴えてきたため、一番点数の悪かったテストを受け直してもらうことにしました。もちろん、誰にでもこういうチャンスを与えるわけではありません。Bさんは意見を積極的に発表するなど、授業への貢献が大でしたし、授業中の活動を見る限り進級する学生に劣るとは思えませんでしたから、チャレンジさせようと思いました。結果は、こちらの期待に応えてくれました。

Cさんも同様に訴えてきました。授業中の発言などからは進歩が感じられました。しかし、Bさんに比べてどのテストも成績が劣り、特に文章力のなさが目立ちました。再チャレンジも意味不明の文が多く、あえなく失敗となりました。今学期は卒業の学期ですから、卒業証書が手にできるように努力してもらいたいものです。

Dさんも力及ばずでした。Dさんはすでに進学先が決まっていますから、無理して難しいことを勉強してわからないことを増やすより、先学期よくわからなかったことを確実に身に付けて卒業したほうが、進学してからのためになります。

まるっきり問題外のEさんからは、何の反応もありませんでした。本人も納得しているのでしょう。Eさんはこれから受験の本番ですから、それどころではないのかもしれません。

職員室には、新学期の教科書や教材が積み上げられて、学生たちを待ち構えています。

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おいしい難問

1月7日(火)

夕方、先学期初級で教えたDさんが、自分で作った麻婆豆腐を持って来てくれました。容器のふたを開けると、おいしそうなにおいが鼻腔を刺激しました。麻婆豆腐とはいうものの赤くなく、ほのかに生姜の香りも感じられました。Dさんの話によると、Dさんの出身地ならではの味付けなのだそうです。

味わってみると、確かに赤唐辛子も入っているのですが、しょうがの辛さが勝っていて、普通の麻婆豆腐とは文字通り一味違っていました。のど元を過ぎてしばらくすると、生姜がじんわりと効いてきて、額や首筋が汗ばんできました。日本の中華料理屋でかく汗と違ってサラッとした汗のような気がしたのは、気のせいでしょうか。

Dさんは、ペーパーテストはよくできる学生でしたが、会話はさっぱりでした。担任のN先生と一緒にごちそうになりながらいろいろな話をしましたが、なかなかスムーズに話せませんでした。Dさんはスマホの翻訳アプリに頼ったり、英語を交えたりしながら意思疎通を図ります。こちらはDさんの言いたいことを察して、Dさんにわかりそうな日本語で聞き返します。それが図星ならDさんは微笑みながら同じ言葉をリピートし、違っていたら髪をかきむしりながらまた言葉を探し始めるというのの繰り返しでした。

Dさん自身も、自分の思ったことが日本語にできず、もどかしいそうな顔つきを何回もしていました。でも、そのもどかしい顔つきの現れる頻度がだんだん下がってきました。1時間ほど話し込んでいるうちに、思考回路が日本語で回るようになってきたのでしょう。ということは、Dさんは、毎日1時間とは言わないまでも、30分ぐらい会話練習を続ければ、滑らかに話せるようになるに違いありません。

でも、この“続ければ”が、学生にとっても教師にとっても難しいんですよね…。

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授業が終わったら

12月24日(火)

お昼に外に出ると、“恋人がサンタクロース”など、クリスマスソングが流れていました。しかし、私は養成講座の2024年最後の授業でした。

授業の内容は、テスト結果の分析でした。とかくクラスの平均点を出してお茶を濁しがちですが、それでは本当にお葉を濁したにすぎません。平均点はクラスの得点分布が正規分布(きれいな山型の分布)をしている時に意味をなし、その形が崩れれば崩れるほど意味をなさなくなります。中級クラスで言えば、毎日行っている漢字の復習テストなどは満点を取って当然のテストですから、日々の平均点の変動を見てもあまり意味がありません。

中間テストや期末テストは、学生の実力を見る意味合いもありますから、正規分布に近い分布をしてもらいたいところです。しかし、そうは問屋が卸しません。大きな山のほかに、極端にできない学生の山ができてしまうことがよくあります。平均点でクラスを評価しようとすると、できないグループの数名が足を引っ張ってしまい、クラスの実態を正確に表さないことがあります。そういう場合には中央値や最頻値を用いるとか、分布の全体像を見比べるとか、いろいろな手があります。

そんな話を、EJUやJLPTの実際のデータも交えてしていきました。この授業資料を作る際に私自身も新たな発見をし、勉強になりました。

今年の養成講座の授業はこれで終わりですから、受講生のAさんはそのままご実家に帰省なさるとか。新年早々ハードな授業が始まりますから、心身ともに十分に休んできてもらいたいです。今頃(18:03)は、もう、ご家族とクリスマスパーティーをしているころでしょうかね。

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退学届

12月19日(木)

3時頃、Qさんが退学手続きに来ました。配偶者のDさんの就職が決まったので、家族滞在ビザにするそうです。今学期何回か「次の学期も勉強すれば卒業だよ」と誘ってみましたが、最終的に退学の道を選びました。

QさんもDさんも初級クラスで受け持ちました。Qさんはともかく、Dさんはいつも日本語より英語が先に出てきてしまい、なかなか上達しませんでした。今では初級レベルの主みたいな学生です。Dさんの場合、日本で就職することが来日の主目的であり、できることなら日本語の勉強はしたくなかったのです。そのため、授業も上の空で、仕事のことばかり考えていました。

「日本語ができると早く就職できるよ」と気持ちを勉強に向かわせようとしましたが、決して揺らぐことはありませんでした。Dさんにとって、KCPは就職活動の足場でしかありませんでした。どうやら仕事が決まったようですが、Dさんの日本語力からすると、仕事で使うのは国の言葉なのでしょう。

QさんはDさんに比べればずっと日本語の勉強に力を入れていました。曲がりなりにも中級まで上がってきたのですから。そのQさんにしても、授業料を払わずに日本にいられるのならそっちにしようという考え方なのです。もう少し勉強を続ければ、日本語で仕事ができるくらいにはなると思うんですがねえ。

日本で暮らすなら日本語ができなければならない――とまでは思いませんが、同国人のコミュニティーの中に閉じこもって生きていくというのは、どうなのでしょう。Qさんたちはそんな生活をしていくのではないかという気がしてなりません。狭くて息苦しいような気がしますが、そうでもないんですかね。

夕方、Dさんも退学の手続きに来ました。2人に幸あれと祈るばかりです。

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意外な、差の感じ方

12月18日(水)

T先生の代講でレベル8のクラスに入りました。今学期授業をしてきたレベル5のクラスに比べると、やはり数段上という気がしました。授業は、期末の前日でもあり、発話力テストとしてのプレゼンテーションでした。ですから、私が感じた差は、話す力の差です。

プレゼンテーションで使われたスライドは、レベル5でも8でも大差ありませんでした。むしろ、映し出された字が大きい分だけ、レベル5の方が優れているとも言えます。しかし、そのスライドで語られる日本語は、8の勝ちです。

どこが違うのかというと、まず流暢さでしょう。Kさんなど、全くよどみなく話を進めていました。レベル5で最も話す力があると思われるJさんをもってしても、足元にも及びません。訥弁という印象が強いFさんも、原稿を持たずにすらすらと10分弱の発表をこなしていました。しばらく見ないうちに話す力がずいぶん伸びたものだと感心させられました。

最近は、こういう発表をさせると、原稿づくりの際にこっそり翻訳アプリを用いる学生がいます。レベル5だと、翻訳アプリの日本語レベルに話す力が追いついておらず、その翻訳文が妙に浮き上がってしまいます。レベル8にも翻訳アプリを使った学生がきっといたことでしょうが、その日本語が浮き上がって来ないのです。難しい言葉遣いに負けない発話力が備わっているのです。

こういう人たちが翻訳アプリを使うなら、それは実に有力な武器になります。人間がコンピューターを使っている図になります。しかし、レベル5あたりの学生だと、コンピューターに負けてしまっていますから、アプリ翻訳の文をそのまま使うと、もれなく違和感がついてくるのです。

こういうところにも、中級と上級の差が横たわっているのだなと思い知らされました。

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Tシャツにジーンズ

12月13日(金)

Eさんはアメリカの大学のプログラムで留学してる学生です。このプログラムには、毎学期、オーラルテストがあります。授業後、Eさんにそのオーラルテストをしました。

私のオーラルテストのやり方は、自然なやり取りをしながらその学生の話す力を見極めていくというものです。Eさんは最初緊張していたようでしたから、クラスの先生の名前や、その先生方の中でだれが一番面白いかとか厳しいか、気楽に答えられて、でもその答えの中に文法力や語彙力が垣間見られるような質問をしました。

はじめは言葉を探しながら答えていたEさんでしたが、次第に即答に近くなってきました。口に潤滑油が回ってきたのでしょう。じゃあちょっと込み入った質問をということで、KCPでの勉強が終わったらどうするか聞いてみました。ファッション系の専門学校に行きたいそうです。続いて、アメリカではなく日本でファッションの勉強をするのはどうしてかと問うと、アメリカのファッションは簡単すぎるのだそうです。

アメリカ人は1年中Tシャツにジーンズ、寒かったらパーカーを着るだけだけど、日本にはきれいなファッションがたくさんあるのだそうです。確かに、私の周りのアメリカ人学生、特に男性は、冬でもTシャツにジーンズです。今年の3月に卒業したJさんは、まさにEさんの言う通りでした。薄っぺらいパーカーしか着ていないくせに風邪で休むとは何事かと激怒したこともありました。アメリカ人の修正だったんですね。

Eさんは日本人と変わらない服を着ていましたが、これは友達の誕生パーティーに着ていくくらいの服なのだそうです。おしゃれな服をいっぱい着たいから日本へ来たのであり、将来は自分でそういう服を作って、原宿あたりで売りたいと夢を語ってくれました。

気が付いたら、Eさん、最初のたどたどしい話し方が嘘のように、よくしゃべっていました。オーラルテスト、十二分に合格点です。

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望みはある?

12月9日(月)

Aさんは大学入試の面接が迫っています。EJUの日本語の点数はまあまあ以上ですが、話すのがよくありません。話せないわけではありません。早口なのと口をあまり開けずに話すのとが相まって、非常に聞き取りにくいのです。私は半年以上もAさんと付き合っていますから、Aさんの話し方に慣れています。そのため、Aさんの言わんとしていることがわかってしまうのです。しかし、大学入試の面接官は違います。Aさんの話し方では、10%も理解してくれないでしょう。そういうことを、夏の暑いころからAさんに伝えてきました。しかし、Aさんはどこ吹く風といった感じで、話し方を変えようとはしませんでした。

先週、面接練習をしました。その時、Aさんはその様子をスマホで録画・録音しました。そして、おそらく、自分で撮ったビデオを見たのでしょう。また、面接練習後のフィードバックで、話し方を今までよりもずっと強く注意されもしました。そんなことがあったので、その翌日から、Aさんは授業の際に例文など教科書を読む時には自分を指名してくれと申し出ました。今学期はやる気のなさが目立ったAさんでしたが、実際に指名してみると、本気を出して読んでくれました。

少しでも話す力を付けようとしての申し出なのですか、手遅れ感があります。早口で口を開けずにという話し方で固まってしまって、なかなか聞き取りやすい読み方にはなりません。「え、わからない。もう一度」と何回言われたでしょう。面接に間に合わそうという根性は買いますが、見通しは決して明るくありません。

もっと早い時期から厳しくしつけておくべきだったという反省は残ります。でも、面接までに残された時間で精いっぱい引っ張り上げるつもりです。

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期待していいのかな

12月6日(金)

昨日のこの稿に登場した初欠席のJさんは、朝からちゃんと出席しました。それどころか、授業後、担当のS先生に昨日の授業内容を全部聞いて帰ったそうです。期末タスクの準備も、グループの中心になって進めていたと言います。この調子なら、大崩れすることなく卒業式まで行くでしょう。

さて、その期末タスクですが、社会問題について調べて、グループで発表するというものです。そのグループは教師が決めます。成績≒日本語力、リーダーシップの有無、国籍、人間関係、テーマに関する知識量、まじめに毎日出席するかなどといった事柄を勘案し、学生を割り振ります。

このように書くと、教師は何でも知っていて、最適なグループを瞬時に作っているようにも見えますが、実は違います。あれこれ考えて、シミュレーションを重ねて、自信など全くないのに、このグループ分けなら絶対うまくいくよという顔をしながら発表するのです。

今回は成績があまりよくない学生を集めたグループがありました。グループ内の力の差がありすぎると、できる学生がこの課題を通して伸びていかないおそれがあるのです。それを避けるために、勝負に出たといったところです。社会問題について日本語で話し合えるだろうかと一抹の不安を抱いていましたが、全くの杞憂でした。むしろ、このグループが一番楽しそうにやっているように見受けられました。

もちろん、発表を見なければ最終判断はできませんが、果敢にかつ笑いを絶やさずテーマに取り組んでいる姿には、大いに期待が持てました。この発表がうまくいけば、このグループの面々も、自分の日本語に自信が持てるようになるのではないかと、秘かな期待を抱いています。

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おはようございます?

12月4日(水)

朝から、来学期の新入生へのオンラインインタビューをしました。プレースメントテストの結果、中級以上と判定された新入生のレベル決定をするための面接です。アメリカ本土にいる学生もいるため、朝8時から始めました。

「日本は“おはようございます”ですが、Pさんのところは、今、何時ですか」「あ、今、夕方の6時です」「じゃあ、“こんばんは”がいいのかな?」なんていう調子で、緊張をほぐしながら始めました。

それが効いたからかどうかわかりませんが、Pさんは実にのびのびと話してくれました。私は覚えていなかったのですが、10年近く前にもKCPで勉強したどうです。その後大学に行って、卒業して、アメリカで働いて、でも日本で働きたくてまたKCPで勉強しようと思ったそうです。

同じアメリカのAさんも、日本で就職したいと言っていました。来年7月のJLPTでN2を取り、仕事を見つけたいのだそうです。こういうふうに明確な目標を持っていると、崩れにくいんですよね。しかも、大学を卒業していますから、大人の分別も持ち合わせています。こんな学生がクラスに1人いると、クラスが引き締まるものなのです。

もう1人のSさんはアメリカの人ではありませんが、大学で歴史や文学を勉強したいと言っていました。国で入った大学は自分の勉強したいことが勉強できないので、退学して、日本で大学に入り直すのだそうです。歴史や文学なら、K大学がいいと薦めておきました。

面接した3人とも、発音がよかったのが印象的でした。もちろん、外国人特有のイントネーションはありましたが、発音そのものに変な癖がなく、聞き取りやすかったです。

あと1か月少々で、この3人に会えます。今から、とても楽しみです。

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地力

12月3日(火)

日本語プラスの授業の後で、受講していたGさんが研究計画書を見てほしいと言って、A4用紙4枚ほどを取り出しました。私がかつて専門にしていた分野なら、多少は意見が言えるかもしれませんが、それ以外の話だったら畑違いですから、見当違いの意見を吐いてしまうでしょう。それでもいいから読んでくれというので、目を通してみました。

残念ながら私の専門外の内容でしたが、興味を持っている分野ではありましたから、おもしろく読ませてもらいました。Gさんの狙いは、内容についての意見を求める点にあるのではなく、研究計画書の体裁が整っているかどうかを確認する点にありましたから、そんなに難しく考えずに読むことができました。

最低限の形式は整っており、論理的な矛盾もありませんでした。翻訳ソフトかAIかを使ったんでしょう、日本語も立派なものでした。一つ気になったのが、大学院の先生と日本語で話をするのかという点でした。もしそうだとすると、Gさんの日本語では心もとないこと極まりありません。

その辺を確かめると、質疑応答は英語でするとのことでした。「そりゃあ、理科系は英語だよ」なんて、日本語教師としてあるまじき発言をしてしまいましたが、Gさんが狙っているM大学なら、修論の発表はきっと英語でしょう。Gさんにとっての日本語は生活用語であって、学問のための言葉ではありません。研究の場こそ日本ですが、研究を進める頭脳は英語で回転しているのです。

何となく寂しいですが、これがに現在の日本語の地力です。

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