Category Archives: 日本語

入学式挨拶

4月7日

皆さん、ご入学おめでとうございます。世界の各地から、このように多くの方々がKCPに入学してくださったことを非常にうれしく思います。

皆さんはこれから日本語を勉強していくわけですが、その日本語教育が、今、大きく変わりつつあります。

まず、日本語学習者の日本語力を測る尺度が変わりました。以前は漢字の読み書きがどれだけできるか、文法をどれだけ知っているか、日本人を相手にどれくらいペラペラしゃべれるかといったことが評価基準でした。しかし、最近は、日本語を使ってどんなことができるかが、日本語学習者の日本語力を表す基準になってきました。

どんなことができるようになりたいか、すなわち到達目標は、個々の学習者が何を目指すかによって違います。

たとえば、日本に留学したい学習者なら、日本語で行われる講義が理解できるとか、先生に質問して自分の知りたいことが聞き出せるとかでしょう。一方、日本で就職したい学習者なら、上司や同僚、あるいは社外の人と協力して仕事が進められるとか、いろいろな交渉を有利に進められるとかといったことが考えられます。そもそも日本で生活していくためには、ゴミの分別などの地域のルールを理解してその通りにできるとか、自分が欲しいものを店員に伝え、それを買うことができるといったような能力が求められるでしょう。この到達目標に対して、どこまでできるようになったら中級だとか上級だとかと判定します。

それにつれて、学校の教え方も変わりました。KCPの場合は日本で進学する学生が多いですから、「長い学術論文が読める」「説得力のある意見が言える」「専門的な内容をかみ砕いて説明できる」などということを最終的な目標に据え、これに向かって初級から勉強していくという形で、各レベルの学習内容を組み立てています。そして、これを基に日々の授業内容を決めていきます。

ですから、勉強したことをどう使うかではなく、目標に到達するには何が必要かをベースにした授業を行います。漢字や文法をひたすら覚えるのではなく、ゴールを見据えて話したり書いたり聞いたり読んだりする練習をします。これは、みなさんにとってはなじみの薄い勉強方法かもしれませんが、KCPを卒業し、進学や就職など、次のライフステージに進んだときに必ず役に立つ日本語が身に付きます。JLPTのN1に合格したとしたら、それは立派です。私たちも心から「おめでとう」と祝福します。しかし、そこで立ち止まっていてはいけません。N1を取ったのに何もできない学生を、今までに何人も見てきました。N1を取って何をするのか、何のためにN1を取ったのか、それを突き詰めて初めて、生きたN1になるのです。

日本語からさらに視野を広げてみても、知識や技術は、持っているだけでは何のメリットもありません。知識や技術を集めて喜ぶのは、趣味の世界での話です。その知識や技術を何に使うか、何のために知識や技術を学ぶのか、これを考えることこそが、皆さんに豊かな未来をもたらします。つまり、成功を手にすることができるのは、目的意識を持って自律的に勉強していける人なのです。

ここにお集まりの皆さんは、それぞれなにがしかの夢をお持ちのことと存じます。私たち教職員一同は、皆さんの夢の実現を全力で支えてまいります。どうか、皆さん、私たちを信じてついてきてください。

本日は、ご入学本当におめでとうございました。

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逸材

3月18日(火)

Xさんは4月からN大学に進学します。去年の4月にレベル1に入学して、ちょうど1年で進学ですから、優秀な学生です。レベル1の時、進学の授業で会いましたが、そのころから自分の考えをはっきり言える学生でした。このまま順調に伸びてくれれば、きっと“いい大学”に入れるだろうと思っていました。現に、レベル3で受験した昨年11月のEJUでは、レベル3でトップであるのみならず、できの悪い上級の学生をも上回っていました。

Xさん自身も2年計画で“いい大学”を狙っていました。しかし、家庭の事情により1年で進学せざるを得なくなりました。N大学の受験も、そういう緊急事態の中での決断でした。その時点で受験可能な大学の中で、Xさんの勉強したいことが勉強できる最高の大学がN大学でした。準備期間が短かったものの、持ち前の頭の回転の速さと語学的センスを生かし、合格を勝ち得たのです。

授業後に、たまたまばったりXさんに会いました。「Xさん、N大学に合格したんだって?」と声をかけると、口元目元に笑みを浮かべながら「はい」と答えてくれました。ふてくされたような顔で答えられたらどうしようと思いましたが、どうやら本人も納得しているようで、安心しました。「いいところに受かったね。Xさんが勉強したいことに関しては、N大学は一流だよ(これはXさんへの慰めでもお世辞でもなく、本当にそうです)。確かにあまり有名じゃないけど。きっといい勉強ができるから、頑張って」「はい、ありがとうございます」と目を輝かせながら、明るい声で応じてくれました。

環境の変化を嘆くことなく、それに打ち勝って自分で新たな道を切り拓いたXさんは、私が思っていた以上にすばらしい学生だったようです。そういう学生を手放すのは惜しいことですが、Xさんの将来に光あれと祈るばかりです。

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あれ、1回だけ?

3月15日(金)

教材や教科書として使う本を探しに紀伊国屋まで行きました。開店直後だったのでわりとすいていました。1階を軽く見て、日本語学習書が置いてある7階に上がると、私が初めての客だったみたいで、直立不動の店員さんたちが一斉に私に向かって頭を下げました。

しばらくご無沙汰しているうちに、新しい教材や日本語教師側の参考書などがずいぶん出ていました。どれもみんなほしくなりましたが、そこはぐっとこらえました。そんなことをしたら破産してしまいますから。

しかし、EJU関連の本は代わり映えしませんでしたね。新しい本もありましたが、他の分野の活発さに比べると見劣りがしました。

そんな新しいEJU関連の本の1つに、2024年のEJU試験問題集がありました。2023年までは6月のと11月のと別々に出版されていましたが、2024年分は1冊にするというお知らせがだいぶ前にありました。ですから、2回分を1冊にまとめて出版されるのだろうと思っていましたが、売り場に出ていた問題集には1回分しか載っていませんでした。しかも、値上げされていました。

諸式高騰の折、値上げはやむを得ないとして、2回試験があったのに1回分しか出版しないというのはどういうことでしょう。EJUの過去問って、よっぽど売れないんですね。赤字を少しでも減らそうとして、本来2セットあるはずの問題を1回分だけにしたのでしょう。

国を挙げて留学生を呼ぼうとしているのに、こんなことでいいのでしょうか。1回分だけでも出版されるだけありがたく思えということなのでしょうか。

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新しい芽

3月13日(木)

卒業生がいなくなって人数が減ったので再編成された中級クラスに入りました。知っている顔がほとんどいないクラスでした。私のなじみの顔は、みんな昨日出て行ってしまったのです。学生たちも、昨日までのクラスの友達はよく知っていますが、別のクラスだった学生はあまり知らないということで、状況は私とさほど変わりません。なんとなくおどおどした顔が、(おそらく昨日までのクラスごとに)教室に並んでいました。

授業を始めると、やはり様子見なのか、積極的に手を挙げる学生がいませんでした。こちらも顔と名前が一致しているわけではないので名簿を見ながら指名すると、結構答えられました。優秀な学生たちが残っているようです。本当に優秀なら、きっかけさえ与えれば、クラスが沸き立つはずです。

幸い、期末タスクのグループワークが予定されていました。このグループワークをてこに、誰でも手を挙げられるクラスにしていこうと思いました。数人ずつのグループに分かれると、互いに名乗り合うところから始まって、タスクをより良い形に仕上げようというムードが、各グループから立ち上がってきました。グループワークなのにスマホの興じる学生はおらず、日本語よりも母国語が上手になりそうなグループもありませんでした。期末テストまで10日ほどのクラスですが、最後まできちんと勉強しようという意欲が感じられました。

このクラスの学生たちは、その気になれば、どこかの大学に合格できたでしょう。しかし、それでは満足せず、もう1年KCPで勉強して、もっと“いい大学”にしようとしています。グループワークなどの様子を見る限り、実現の可能性は十分にあります。7月期か10月期あたりに、上級の上の方のクラスで再会したいものです。

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圧勝だけど

3月10日(月)

最上級クラスの最後の授業でしたから、このクラスの学生の実力が他のクラスの学生を凌駕していることを実感したいと思い、ちょっといたずらをしてみました。

先週の選択授業・小論文で、学生が実際に書いた誤文をみんなで訂正してもらいました。そのクラスには、幸い(?)、最上級クラスの学生がいませんでしたから、その際の教材をそのまま使い回しして、訂正のしかたにどのくらい違いがあるか見てみようという魂胆です。

やっぱり違いましたね。選択授業のクラスでは、誤文が書かれた用紙を配るとみんな一斉にスマホを手にし出しましたが、こちらは、まず、何も見ずにやってみようとしていました。そして、自分1人では手に余るとなると、周囲の学生と相談して、力を合わせてどうにかしようとしていました。特に時間制限を設けたわけではありませんでしたが、なんとなくみんなが終わったのは、どちらのクラスもだいたい同じくらいでした。

さて、出てきた答えです。私がこう直してほしいと思った答えがどんどん出てきました。選択授業のクラスでは誰もできなかった直し方を、こちらのクラスでは誰もがごく普通に書いていました。最上級クラス内ではパッとしないYさんやDさんも、小論文クラスの学生がどんなに頑張っても書けないような答えを、サラッと書いていました。

実力の違いは存分に味わえました。最上級クラスで下位の学生でも、他のクラスのトップレベルを上回るのですから。でも、鶏口牛後という言葉もあります。YさんやDさんはその辺をどう感じているのかなあと、ふと思いました。

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一覧性と俯瞰性

2月25日(火)

3連休中のことでした。スマホで仕事用の受信トレイをのぞくと、Gさんからメールが来ていました。T大学に受かったと書いてありました。先週末は非常に機嫌が悪そうで、入試の結果を聞きたくても聞けなかったのですが、いい結果が得られたようでした。

そのメールは入試の結果を知らせるためではなく、Gさんの本意はその後にありました。入学手続きをどのように進めたらいいか教えてほしいということでした。「明日、学校で聞いてもいいか」と書かれていましたが、「明日は、学校は休みなので、あさってに」と返信しました。

その“あさって”が来ました。午前の授業の後、卒業認定試験を受けたGさんが職員室に姿を現しました。Gさんが見せてくれた書類には、合格通知書があり、確かにT大学に受かったことを力強く訴えていました。しかし、主だった書類はそれだけで、必要書類はすべてメールで送られているとのことでした。Gさんのスマホの小さな画面を見せられましたが、字が細かすぎて何もわからず、拡大すると何の話かわからなくなり、結局、T大学からのメールを転送してもらいました。

それをプリントアウトして、ようやくGさんの疑問点と、その答えが見えてきました。今朝の授業で、「紙の教科書は、デジタル教科書に比べて一卵性と俯瞰性に優れている」などというテキストを読んだばかりでしたが、まさにそれを地で行ってしまいました。

内容的にはごく当たり前のことでしたが、初めての合格手続きのGさんにとっては、不安いっぱいの大仕事だったのでしょう。早速Gさんに知らせると、「ありがとう!」という、いかにもGさんらしいメールが返ってきました。

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叫び

2月21日(金)

先週のI大学の入試から帰って来てから、Zさんは「21日の午後1時に発表です」と、私と顔を合わすたびに言っていました。昨日も、「先生、明日の1時に運命が決まります」などと声をかけてきました。

午前中の授業が終わり、職員室に戻ろうと教室を出たら、「先生、あと40分ですよ」と、Zさんに絡まれました。昼ご飯を食べて来いと追い返して職員室内で仕事をしていると、いつの間にか1時を過ぎていました。連休明けの火曜日は卒業認定試験があるため、特別態勢になります。その準備をしていたら、ロビーからZさんに呼ばれました。運命が決まったのかなと思って出て行くと、いきなり抱き着かれました。「先生、I大学に合格しました」。

「いいから落ち着け!」と体を離したら、今度は床に倒れ込んで手足をばたつかせ、大きな叫び声を1つ。相談に来ていた午後授業の学生がびっくりしていました。その後、職員室に入り、大きな声で、「みなさん、私はI大学に合格しました。先生方がいろいろ教えてくださったおかげです。ありがとうございました」と報告しました。拍手が湧き上がりました。教壇実習中の養成講座のみなさんにとっても、番外の経験になったのではないでしょうか。

しかし、冷静にZさんの喜びの言葉を聞くと、何を言っているのかよくわからないところもありました。上述のセリフも、意訳の部分があります。面接練習でさんざん注意したことが、まだ定着していないのかと、Zさんの声が響く陰で頭を抱えていました。

でも、何はともあれ、よくやったとほめてやりたいです。

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やさしい日本語に挑戦

2月20日(木)

理科の日本語プラスを取っているCさんは、とてもまじめな学生です。中級になったばかりですから日本語力はまだまだですが、授業から何かを学び取ろうという気持ちは、今学期私が多少なりとも関わりを持っている学生たちの中で1番でしょう。

「日本語力はまだまだ」と言いましたが、このごろ、EJUの理科の過去問や、物理や化学の授業内容について、日本語で質問してくるようになりました。特に、問題の解き方を詳しく説明してほしいという質問が増えました。これは、理科の学術用語を日本語で理解し、図表や式などを参考にしながら、抽象度の高い議論についていけるようになったということです。話し方が拙いですから“まだまだ”などと評されてしまいがちですが、それ以外の面ではかなり高い能力を有しているのかもしれません。こういう、グンと伸びそうな予感のする学生は、思わず応援したくなります。

EJUの過去問には、必ず模範解答を作っています。解説も兼ねていますから、大学入試の答案より多少詳しく正解を得るまでの道のりを書いています。この模範解答、どうしても格調高く作りたくなるんですねえ。そうすると、自ずとCさんのような“まだまだ”にとってはわかりにくくなってしまいます。やさしい日本語に背を向ける形なのですが、型がある程度決まっていますから、書くのが楽なのです。表向きは格調高くなどと言いながら、内実は学生のためになる教材づくりを怠っているに過ぎません。

B社のページによると、去年のEJU2回分の過去問集は、3月下旬に刊行されるそうです。それが出たら、今年こそ、やさしい日本語で答案を書きたいものです。Cさんがすぐわかる解説を心がけます。

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さすが

2月19日(水)

最上級クラスの発表会をしました。社会問題について調べたことを、スライドを使って発表します。

昨日の夕方の時点でスライドが未完成の学生が数名いたので、スライドを完成しておくようにというメールを送っておきました。そして、今朝、学生たちのスライドをのぞいてみると、みんな出来上がっているではありませんか。朝、目が覚めたら、枕元にクリスマスプレゼントが置かれていたような気持ちでした。

何と言っても、学生たちが発表を怖がっていないのが、さすが最上級クラスですね。みんな、よく通る声で堂々と発表していました。授業中めったにしゃべらないSさんも、スライドを効果的に使って、わかりやすい発表をしてくれました。同じ上級でも、私が受け持っているクラスだと、ささやきかつぶやきかさもなければ聴力検査かわからなような声で、スマホに覚えてもらった原稿を読み上げるであろうと思われる学生の顔が、5人ぐらい思い浮かびます。

原稿を読んでいても、話し方が自然なんですよね、このクラスの学生たちは。漢字が読めなくて立ち往生してしまうことがありません。読み間違いはいくつかありましたが、大勢に影響がありませんでしたから、大目に見てあげましょう。欲を言えば、モニター画面を指し示しながらしゃべってもらうと、より一層、聞き手への訴求力が増すのではないかと思いました。

聴いている学生たちにも評価してもらいました。そのコメントが的確で、これまた感心させられました。話す力も聞く力も、CEFRの最高ランク、C2でしょうね。よくここまで伸びたものです。

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痛い目に遭わないと

2月17日(月)

先週の土曜日は、RさんのI大学受験日でした。お昼過ぎに、そろそろ面接の頃だろうかと思いましたが、その後は仕事に取り紛れてすっかり忘れていました。

昨日、仕事用の受信トレイを開いてみると、土曜日の夜にRさんからのメールが来ていました。本人の反省の弁が縷々書かれていました。今までに何回も面接練習をし、そのたびにあれこれ注意してきたのに、その注意が身に染みていなかったんですね。痛い目に遭って初めてそういうものなのかと理解できたのでしょう。

話すスピードが速すぎると言い続けてきたのですが、土曜日も全速力でしゃべってしまったようです。面接官が非常にゆっくり問いかけてきたのが、実は自分への注意だったのかもしれないという気付きがあった点は、進歩があったと認めてあげてもいいでしょう。

ぞんざいな言葉を使いがちな口癖も、たっぷり出てしまったようです。これも、それに気づいた点は偉いですが、抑えることができなかったのですから、面接官の印象は芳しくなかったでしょうね。

Rさんは、速くしゃべることが日本語の上手さを表すと信じていた節がありました。そうじゃないんだ、相手に伝わる話し方をすることがコミュニケーションの要だ、そして、面接はコミュニケーション力のテストでもあると、Rさんの耳はタコだらけになっているはずなのですが、まだ足りなかったようです。

結局、私の言葉もRさんに響いていなかったということは、私のコミュニケーション力も知れたものだったということです。幸いにもというか、Rさんはもう1校受験します。その面接では、Rさんの実力をいかんなく発揮させてあげたいものです。

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