尊敬のまなざし

8月6日(火)

アメリカの大学のプログラムでKCPに留学している学生と話す機会がありました。そのうち2人が、日本史を専攻していて、ハーバード大学の大学院で研究を続けると言っていました。その研究対象も、徳川家康とか源平合戦とかという多くの人が手を付けたものではなく、幕末維新期の庶民の生活とかその時期の津軽藩の動向などという、あまり研究がなされていない分野でした。

2人の話を聞いているうちに、私もその方面に興味が湧いてきました。庶民の衣食住の欧米化がいつどのような形で進んだか、それも一様に進んだのではなくまだら模様を描きながら広がっていったのでしょうから、それを追いかけるのはさぞかし面白いだろうと思いました。また、畿内や江戸周辺ではなく、津軽という辺境ともいうべき地域に目を付けた点も、私にとっては新しい視点に感じられました。

研究を進めるには、古文書を読むことも必要です。日本人ですらごく限られた人しか読めないそういった文献を、外国人である2人は、非常な苦労は伴うものの、どうにか読んでいると言いますから、驚きを禁じえませんでした。「変体仮名は苦手ですね」とも言っていましたが、こちらは変体仮名など読もうとも思いません。

私は、歴史は好きですが、高校のとき古典文法がさっぱりわからなかったので、大学で歴史を勉強することはあっさりきっぱりあきらめました。私が読めるのは夏目漱石までですから、古文書の解読は専門家に任せて、そのエッセンスだけを現代文で勉強させてもらえれば十分だと思っています。歴史好きの素人以上は望んでいません。

だから、異国の古文書に果敢に挑む2人を見ていて、素直に尊敬しました。何年か後に、2人の研究成果に触れるのを、今から楽しみにしています。

引っかかるなあ

8月5日(月)

午後から奨学金と指定校推薦の面接をしました。

奨学金受給希望者のAさんは、堂々とした受け答えで、さすが上級と思わせられました。KCPから推薦することは問題ありませんが、他校から推薦された学生と比較したときに果たしてどうでしょう。かなりのレベルでも対抗できると思いますが、どのくらいのライバルが出現するか見当がつきませんから、予断は許しません。

指定校推薦のBさんもCさんもDさんも、さすがに大学の研究はしてきています。志望理由や大学で勉強したいことなどについては、的外れの答えはありませんでした。でも、こちらからの質問には苦しい答弁になってしまう場面も見受けられました。例えば、3人とも、EJUの成績があまりよくありませんでしたからその辺をつつくと、それまでの勢いが止まってしまいました。言い訳をしてほしいのではありませんが、こちらに、これなら進学してからもやっていけそうだという安心感を抱かせてほしかったです。

Bさんは面接のマナーもイマイチでした。まだ8月初旬ですからしかたがないとところもありますが、面接の最後に一言挨拶がほしかったですね。Cさんは、いかんせん声が小さかったです。2メートル弱ぐらいしかないのに、聞き取れるか取れないかでしたから、面接本番では完全にアウトです。Dさんは語彙が少ない感じがしました。似た意味の単語を最初から最後まで誤用していました。要するに、3人ともKCPから推薦するにしても、かなりの特訓が必要だというわけです。

留学生を取り巻く大学進学の環境がどんどん厳しくなってきています。これに打ち勝てるだけの地力をつけさせることが、私たちに課せられた責務です。

現実を見つつ

8月3日(土)

平日は授業がぎっちり詰まっていて、その準備と後処理で1日が終わってしまいます。そのため、思索にふける時間がなかなか取れません。その点、土曜日は学生が押し寄せてくることもなく、少しのんびりできます。

その“のんびり”の時間を使って、6月のEJUの結果をまとめました。今回は、平均点は今までとあまり差がありませんが、2~3期連続で受けた学生が点を伸ばしたというのが特徴と言えます。2期連続受験の学生の得点を見ると、いつもなら“あーあ”という学生がそこかしこに出てくるのですが、今回はゼロではないという程度で済みました。多くの学生が数十点成績を上げました。3期連続組も大半が得点を増やし、中には1年前に比べて100点以上も伸びた学生もいました。

学生本人が満足しているかどうかは別です。80点伸ばすつもりだったのが50点“しか”伸びなかったなどと思っている学生もいるでしょう。伸びは大きかったけれども、点数の絶対値がまだまだだと思っている学生もいるに違いありません。現状に満足せずにさらに上を目指すことこそ、進歩のカギです。でも、上を見るばかりではなく、今の実力にも向き合わなければなりません。

いろいろと不満はあるでしょうが、6月の成績で受かりそうなところに出願することが、昨今の厳しい留学生入試状況を乗り切るキモです。11月に期待してもいいですが、過大な期待は禁物です。先物取引で大やけどをするようなことは、絶対にしてはいけません。

もうすでに進学相談に来ている学生もいますが、来週からはこちらから学生を捕まえて上述のような指導をしていきます。出遅れると、3月まで影響が及びかねません。厳しく指導していきますから、学生の皆さん、覚悟しておいてください。

まず話す

8月2日(金)

学生たちは、日本で暮らしているからと言って、いつも日本語を使っているわけではありません。学校で使う日本語は今勉強している文法の応用が中心です。買い物だって、コンビニやスーパーなら無言でできます。アルバイトの日本語も限られた語彙や文法ばかりです。行いの悪い学生なら、遅刻・欠席や宿題忘れなど、するべきことをしなかった言い訳をしたり、それを教師に突っ込まれたときに反論したりと、多少はバラエティーが生まれてきます。出来のいい学生はそういうことがなく、かえって多種多様な日本語を話すチャンスがないんじゃないかと思います。

もちろん、特に上級の学生は、進学の時期が近づくと、志望校の決定や志望理由書を巡る攻防など、高度な日本語を使う機会が生まれてきます。でも、いわゆる日常会話はあまりしているようには思えません。

“だから”と言っていいかどうかわかりませんが、日本人ゲストをお呼びして会話をする授業が、各レベルで毎学期1回ぐらいあります。私が受け持っているレベルでは、月曜日から準備を始め、いよいよ本番となりました。

夏休みの時期だからでしょうか、大学生がたくさん来てくださいました。学生3~4名にゲスト1名ですから、結構濃厚に話ができたと思います。授業中はどこか引いている風情の学生も、前のめりになってゲストに何やら話していました。テストでは不合格を重ねている学生も、何やら一生懸命訴えていました。どのグループも話が途切れることがなく、制限時間はあっという間に過ぎ去っていきました。

ゲストのみなさんがお帰りになってから学生たちに感想を聞いてみると、自分の日本語が確かに通じたという手ごたえを感じていたようでした。文法にも語彙にも間違いはあったはずですが、また、表現も不細工だったに違いありませんが、それを乗り越えてコミュニケーションが取れたという自信が生まれたのではないかと思います。通じないんじゃないかと思ってしゃべらないのではなく、どうにかなるものだと信じて話してみることが、上達につながるのです。どうにかならないこともありますが、同じミスを繰り返さないようにすれば、少しずつ進歩するのです。この会話授業を、その進歩の一里塚にしてもらえたら、授業は大成功です。

奇遇

8月1日(木)

職員室で午前のクラスの後処理と午後の授業の準備を進めているところを、Yさんに呼ばれました。Yさんは先学期受け持った学生で、今学期は教えていません。昼休みに自分のクラスではない学生からお呼びがかかると、だいたい受験講座関係か、何かややこしい事柄です。ちょっと渋い顔をしながらYさんのところへ行くと、「明日からの京都ツアーに行くのは私1人ですか」と聞かれました。

京都ツアーとは、この週末に京都で開かれるオープンキャンパスを巡るツアーで、企画には京都市も1枚かんでいます。明日の昼過ぎに京都駅近くに集合ですから、明日朝の新幹線で京都に向かいます。京都まで1人で行くのは寂しいから、KCPで他にも参加する学生がいたら紹介してほしいというのが用件でした。

たまたま、このツアーに参加するLさんがロビーにいたので、急いで呼び込んで顔合わせをさせました。2人とも新幹線の自由席で行くようで、時間の調整をしていました。

詳しく聞いていませんが、おそらくYさんは東京の外に出るのが初めてなのでしょう。志望校探しの一環として京都ツアーに申し込んではみたものの、出発が近づくにつれて不安が高まってきたのに違いありません。イチかバチか私に聞いてみたところ、その場で同行者に出会えるという最もラッキーな結果になったというわけです。

何はともあれ、東京から離れたところの大学に目を向けようというのは、好ましい傾向です。こういうツアーを組むということは、ぜひとも留学生に来てほしいというサインですから、その流れに乗らなきゃ損です。Yさん、Lさんには、回った大学の中から志望校を見つけてもらいたいです。

でも、天気予報を見ると、明日の京都の予想最高気温は38度、この先1週間、猛暑日の熱帯夜と出ています。「暑くてかなわん」とあきらめてしまうんじゃないかと心配しています。

初発話

7月31日(水)

私が受け持っている初級クラスは、初級の中では一番上のレベルです。一番下のレベルならほぼ全員が新入生ですが、このレベルではKCPですでに1、2学期勉強している学生が主力です。特に私のクラスは新入生がCさん1人で、Cさん以外の学生間にはある程度の人間関係ができあがっていました。

そんなこともあり、また、Cさん自身が内気な性格なのだと思いますが、始業日からずっと、Cさんは指名されたとき以外にはみんなの前で話しませんでした。ところが、7月の最終日に至って、ついにCさんが指名されないのに発言したのです。

授業を進めていたら、「先生、寒いので、エアコンの温度を上げていただけませんか」というCさんの声が聞こえてくるではありませんか。心の中では感激しつつ、でも、驚きすぎてはいけないと思いながら対応しました。

Cさんはできない学生ではありませんから、指名されたときには正しい答えをしてくれます。ペアワークでもこちらの指示を適切に理解し、しかるべき活動をしています。あとはほんのちょっとの勇気があれば、みんなの前で話せたのです。その勇気を与えてくれたのが、教室の寒さだったというわけです。

実は、Cさんが初めて発した言葉は、「先生、寒いので、エアコンの温度を上げていただけませんか」ではありませんでした。語彙的文法的に派手に間違えてくれたので、ちょっとツッコミを入れました。そのツッコミにも笑顔で反応し、他のクラスメートともに正解である「先生、寒いので、エアコンの温度を上げていただけませんか」まで寄り道しながらたどりつきました。Cさんの間違いはクラス全体をまとめる役割を果たし、最後にCさんに正しい言い方をしてもらった時、満足げににっこり笑っていました。

これに味を占めて、明日からどんどん発言してくれることを期待しています。

直面

7月30日(火)

EJUの結果が学生の手元に届いてだいぶになりますが、Zさんは誰にも成績を教えません。「悪い」と言うだけで、具体的な点数に関しては口をつぐんでいます。いい成績ではないと思っていたようですが、予想を超えるひどさだったようです。11月も受験すると言っていますが、11月も思い通りの点が取れなかったらという恐怖に駆られています。急にどこを受験したらいいかと騒ぎ始めました。

早く動き出そうというのは結構なことですが、Zさんの場合、浮足立っているというべき慌てようで、見ていて心配になりました。自分の勉強したいことが勉強できそうな大学を自分なりに調べているのですが、あっちへフラフラ、こっちへフラフラで、さっぱり的が定まりません。こちらからアドバイスを出しても、上の空のようです。

一昔、いや、半昔前なら、夏の盛りのころから志望校だ出願だ受験だとピーピーガーガー言っていた学生は、第2志望ぐらいには引っかかったものでした。しかし、今はそうは問屋が卸しません。去年も、早く動き出しても卒業式のころまでどうにもならなかった学生がいました。夏の時点で第2志望どころか第3志望にもなっていなかった大学を受けざるを得なくなった学生もいました。

どうやら、Zさんは、強権を発動してどこかに出願させでもしないと、腰が定まらないようです。遠大な目標ではなく、手が届きそうなところにゴールを設けて、それに向けて集中していけば、落ち着きも取り戻せましょう。計画的に物事を進めようという気持ちにもなるだろうと期待もしています。

でも、Zさんは自分の成績を直視しています。LさんやKさんは「これは自分の点数ではない」と言って、出願に関しては全く動こうとしていません。こちらが、もっとずっと心配です。

夏初日

7月29日(月)

昨今の留学生入試事情にはかなり厳しいものがあり、夢や憧れや見栄だけではどうにもなりません。「東京の大学に入りたい」というのは簡単ですが、定員の厳格化も相まって、その実現は決してたやすいものではありません。

学生たちには、6月のEJUの点数で受かりそうなところに出願するように指導しています。6月のEJUの成績がどんなに不満でも、自分の実力はこんなもんじゃないと思っても、公式記録は、大学に通知される成績は、その低い点数なのです。学生は11月には成績が伸びると信じたがりますが、それは往々にして淡い期待に終わります。そして、11月のEJUの成績も使える大学は、国立大学を中心に限られた大学また、6月の成績で前期試験を、11月の成績で後期試験を実施する大学は、間違いなく後期試験の方が入りにくいです。ですから、11月の成績は当てにしてはいけません。6月で勝負しなければならないのです。

そういう指導をずっとしてきたのですが、学生にこちらの真意を伝えるのは難しく、6月の成績を見て愕然としている学生が少ないのが現状です。6月の成績を見て7月中に志望校を決定せよ言い続けてきたので、中にはあれこれ相談に来る学生もいます。でも、大部分の学生は夢の域から脱しきれないのが現状です。

そんな中、H大学の進学説明会が開かれました。予想を上回る学生が集まり、資料が足りなくなるほどでした。H大学は生半可な成績では入れない大学ですが、志望校を決めなければという意識が感じられました。H大学を本命としていると思しき学生は、説明が終わっても会場に残って質問を続けていました。

関東甲信地方は梅雨明け。夏本番=受験シーズンの幕開けです。

引き上げるには

7月27日(土)

授業をたくさん持っていると、どうしても仕事の滞貨が生じます。土曜日はその滞貨を一掃する日として、朝一番で、本当は3日前に済ませておかなければならなかったテストの採点をしました。

最高点96点、最低点41点。学期が始まって最初のテストなのに、早くも2倍以上の点差がついてしまいました。一番悪かったKさんは、決して怠けていたわけではありません。学校も休まなかったし、授業中もきちんと練習していたし、宿題もきちんとやってきたし、まじめな学生です。難点を挙げるとすると、応用力に乏しいことです。宿題のように家でゆっくり考える時間があると正解まで行けますが、授業中に突然指名されて反射的に答えなければならないとなると、勢いが衰えてしまいます。そうそう、宿題もひねった問題はあまりできなかったっけ。

Kさんのように、まじめなのに成績が伸びない学生は、対応が難しいです。Yさんのように派手に休んだ学生なら「休んだからこんなひどい成績になるんです」とガツンと言えますが、Kさんにはわからないところを丁寧に復習練習するほかありません。ただ漫然と再テストを受けさせるだけでは、たとえ合格点を取ったとしても、本当の力はつかないでしょう。

このテストは、月曜日に学生たちに返却します。Kさんには特別に時間を取って、このテスト範囲の文法や語彙を徹底的に勉強し直させたいです。わからないところを確実につぶし、次回以降のテストで復活してもらいましょう。…と思っていたら、2回目のテストは、なんと月曜日。Kさん、点が取れるかなあ。

激励メッセージ

7月26日(金)

今週、KCPでは、京アニへの激励メッセージを募集しました。18日に発生した放火事件は世界中に衝撃を与えていると報じられていますが、それを裏付けるかのように、多くの学生から絵や言葉のメッセージが寄せられました。私のクラスでも、普段はめったに口を開かないKさんが、職員室へ向かおうとする私をわざわざ捕まえて、「先生、メッセージカードはまだありますか」と聞いてきました。WさんとSさんも、授業後教室に残ってメッセージを書いて(描いて)くれました。

日本のアニメは、世界中で高く評価されて、多くの若者に日本に興味を持つきっかけを与えています。しかし、アニメの制作会社がアニメの作品と同様に名前が知られている、尊敬されているというのは、意外でした。日本人は昔から裏方に関心を示し、敬意を払ってきましたから、日本国内で京アニの名が通っていることには何の不思議もありません。でも、こういうのにわりと淡白だと思っていた外国人が、今回のように涙を流し花束をささげるのは、正直に言って、驚きでした。それゆえ、少なからぬKCPの学生が、やっとチャンスが巡ってきたとばかりに、激励メッセージを送ろうとしていることに目を見張りました。

いい傾向だと思います。どこからでも見える表面しか見ていないのではなく、それを支える人々にも視線を向けることで、日本人の心根がわかってくると思います。「京アニ、ありがとう」と叫ぶことで、学生たちは殻を1枚脱いだのではないでしょうか。

WさんとSさんは京アニへの思いを熱く語ってくれました。この思いが激励メッセージに載っていれば、京アニの方々もしっかり受け止めて、再建に向かってくれるでしょう。