Category Archives: 社会

AIと働く

1月20日(土)

1年で一番寒いとされる大寒を迎えました。覚悟して家の外に出ると、思ったほどでもありませんでした。空を見上げると星が見えず、上空の雲が多少なりとも熱が逃げるのを防いでくれたようです。しかし、日中もその曇り空が続いたため、気温はあまり上がりませんでした。

超級クラスでは、読解の時間にAIの上司とはどんなものかというテキストを読みました。意見があふれ出て激論が交わされるような雰囲気のクラスではないので、このテキストを踏まえて上司とはどういう存在かについて文章を書いてもらいました。それを一気に読んだのですが、深く考えて書かれた文章が多かったです。

学生たちは、私が思っていたよりAIの上司に対して好意的でした。感情に流されずに部下を評価できる、常に論理的に冷静に判断が下せるなど、考え方がぶれないことに期待しているようです。女性差別がなくなるので、女性の戦力化が進むのではないかという意見もありました。

学生たちはこの後30年かそれ以上、会社かそれに類似した組織で働くことになります。あと10年働けるかどうかの私より、AI上司について真剣に考えたことでしょう。そういう彼らが、その間気持ちよく働けるのは、人間よりもAIの上司の下だと思ったのです。“人付き合いが苦手だから、上司はAIのほうが働きやすい”という意見には、同感したくなるものがあります。学生たちの考えを読んで、私も認識を新たにしました。次の読解もAIに関するテキストです。また学生たちから刺激を受けたいです。

大寒の次の二十四節気は立春です。日の光に力がみなぎりだすまでもう少しです。

5:46

1月17日(水)

23年前、震源から300kmほど離れた山口県徳山市(当時)でもかなりの揺れを感じ、私もその揺れで目を覚まし(そのころは、今ほど早起きはしていませんでした)、テレビをつけました。神戸が壊滅していたのがわかったのが、地震発生からしばらく経ってからだったこともよく覚えています。あの日からしばらく、衝撃的な画像や映像が数え切れないほど目に入ってきました。

神戸とは特別濃密な関係はありませんでしたが、私も何かしなきゃという気持ちになりました。会社が派遣する被災地支援要員に選ばれなかったのが残念でなりませんでした。神戸ほどの街がつぶれたというのは、当時の日本人にとっては、かなりのショックでした。

山陽新幹線が復旧してから神戸を通り抜けましたが、ブルーシートに覆われた町には言葉を奪われました。初夏の陽光に輝く青に、かえって痛々しさを感じました。

超級クラスの授業で、阪神淡路大震災を取り上げました。学生たちの多くは、地震のない地域から来ています。日本は地震とは切っても切れない縁があること、日本文化には地震との共存や地震からの復興も含まれていることを訴えたかったです。事実、阪神淡路大震災後も東日本大震災やおととしの熊本地震をはじめ、死者が出るほどではなくても、多くの人々を恐怖に陥れる強い地震が、毎年発生しています。東海地震をはじめ、相当規模の地震が近い将来襲ってくることが予測されています。日本で暮らすとは、そういうことを前提に生きていくことなのです。

春になったら、野島断層を見に行こうと思っています。

雪の中を

1月13日(土)

センター試験が行われました。留学生のセンター試験とも言えるEJUは2か月前に終わっており、すでに結果も出ています。EJUの行われる11月は、実際に入学する翌年4月の5か月前で早すぎると思うこともありますが、雪のため開始を遅らせた会場もあったなどというニュースを聞くと、日本に不慣れな留学生が受験する試験は、雪のないうちに行うのが妥当だとも思えてきます。

志願者数58万人余りのセンター試験に対し、EJUは全志願者数で20分の1、日本国内の受験者数では30分の1程度になります。学生数の比率もそんなものですから、留学生が優遇されているわけでも冷遇されているわけでもなさそうです。

しかし、センター試験は問題が公開され、正解も配点も示され、自己採点が可能です。しかし、EJUは問題も正解も配点も全てブラックボックスです。どういう過程を経て自分の点数が算出されたのか、受験生自身にもわかりません。こういう点は、留学生はずいぶん冷遇されていると思います。各大学の独自試験も、問題の公開がなされないところが多く、留学生を増やそうと国が旗を振っているわりには、末端は動いていない感じがします。

大学なり大学院なりで学問を修めてから就職しようとなると、さらにお寒い状況が待っています。改善されつつあるとはいえ、優秀な若者が夢を叶えられずに日本を離れる例が後を絶ちません。私が知っているのはKCPの卒業生という、ほんの一握りにもならないサンプルですが、その中でもそうですから、全留学生においてはどれほどの人材流出、教育の空回りになっていることでしょう。

国が望んでいるような高度人材を世界中から集めるには、優秀な若者に学問をする場所として選んでもらうには、実が伴っていないように思えてなりません。

芽を摘む奴等

1月11日(木)

M先生の話によると、留学生の受験生を狙った振り込め詐欺が発生しているそうです。手口は以下のようなものです。

留学生にも日本人学生にも人気のあるX大学を受験したAさんのところに、こんな電話がかかってきました。「X大学のY学部Z学科に出願したAさんですね。おめでとうございます。合格が決まりましたから、すぐに学費を振り込んで、入学手続きをしてください」。

確かに、AさんはX大学Y学部Z学科を受験しました。でも、X大学の合格発表は来週です。変だとは思いましたが、国では奨学金受給者などは事前に合格が知らされることもあるので、もしかするとそういう例かもしれないとも考えました。しかし、インターネットで調べてみると詐欺集団の仕業だということがわかり、お金を振り込むのはやめにしました。

Aさんは、この詐欺集団が、自分がX大学Y学部Z学科を受験したという情報をどのような経路で手に入れたかわからないと、非常に不気味がっていました。また、問い合わせ先として教えられた電話番号は、X大学の正規の電話番号に非常に類似したものでしたから、実際にだまされた受験生がいたとしても不思議はないとも言っていたそうです。

最近の留学生はお金持ちになったとはいえ、数十万円にも及ぶ入学金や授業料をだまし取られたとしたら、そのショックはいかばかりでしょう。1人の若者の人生を真っ黒に塗りつぶす行為です。留学生の大志をくじいて自分の懐を肥やしても、全く心に痛痒を感じないのでしょうね、こういうことをする人たちは。

それにしても、Aさんの受験情報は、どういう流路を伝わって魔の手に渡ってしまったのでしょう。KCP側から漏れる要素は思い当たらないし、天下のX大学が流出源になるとも考えにくいです。それゆえ、再発防止策が立てられず、受験生本人の注意力に頼らなければならないというところがもどかしい限りです。

明日から新学期です。こういうつまらぬ挫折をさせないようにも力を注いでいきます。

入学式挨拶

入学式挨拶(2018年1月10日)

皆さん、本日はご入学おめでとうございます。このように多くの学生が世界の各地からKCPに集まってきてくださったことを大変うれしく思います。

さて、一昨年ごろからAIの実力が目に見える形でわれわれの前で発揮されるようになり、人間の仕事をどんどん奪っていくのではないかと危惧する声が強まってきています。昨年あたりは、AIに取って代わられる仕事は単純労働よりも頭脳労働だということが声高に叫ばれるようになりました。皆さんが幸せな未来を切り開いていくには、人間のライバルのほかに、AIにも競り勝っていくことが求められているのです。

AIに勝つには、勝たなくてもいいですから、せめて、共存していくためには、どうしたらいいでしょうか。ただ単に知識を増やすだけではAIにかなうはずがありません。知識の蓄積こそ、AIの最も得意とするところなのですから。皆さんにとっての外国語である日本語ができるだけでも、AIによる翻訳通訳技術は日進月歩ですから、皆さんに安寧をもたらすことにはなりません。

現在のところ、この答えを知る人は、世界中に誰もいないでしょう。七十数億の全世界の人々が、この答えを求めて右往左往しているのが今日であり、これからしばらくの世界のありようです。そういう中で、皆さんは日本へ留学に来ました。皆さん自身の中で留学の意義が明確でないと、この留学自体が皆さんの人生において無意味なものになり、青春の無駄遣いになってしまいかねません。

皆さんが持っている時間は、私などに比べればはるかに長いです。今まではそれをうらやましく思うだけですんでいましたが、AIという強力な競争相手と戦い続けなければならないとなると、同情を禁じえない面もあります。もちろん、同情しているだけでは私たちは役目を果たしたとは言えません。少しでも皆さんの未来を切り開く力になろうと思っています。これこそが、私たちの責務だとも思っています。

新年早々非常に厳しい話になってしまいましたが、AIを使いこなし次世代を築いていけるのは、皆さんのような優秀な若者だけです。その力を養い、どの方向に進めば明るい未来が見えてくるのかを、このKCPで探してください。そのためなら、私たち教職員一同、喜んで力をお貸しします。

本日は、ご入学、本当におめでとうございました。

大掃除の最中に

12月28日(木)

2017年最後の営業日なので、校舎内外の大掃除をしました。私は外回りを担当しました。枯葉がたくさん舞い込んでいるのは先刻承知でしたが、砂ぼこりも結構たまっていました。また、植え込みの陰や隣の敷地とのすき間に空き缶やポリ袋が落ちていました。いや、見えないだろうと思って誰かが意図的に捨てたのでしょう。電車など乗り物のシートも全く同じで、クッションの隙間のような目立たないところに小さなごみが無理やり突っ込まれていることが多いのだそうです。でも、それは、掃除する人に手間をかけさせるに過ぎません。空き缶(正確には、そこに何か月分もの雨水がたまっていたので七分どおり入っていましたが)を取り出すのも大変だったんですよ。

そんなことをしていたら、京都の大学に進学したGさんがやって来ました。「やせた?」「はい。キャンパスが山の上なんで、よく歩くんですよ」。去年の今頃は受験の真っ最中で、運動不足もあったのでしょうか、まん丸でしたが、今はお腹が一回りか二回りへこんだような気がします。単位も順調に取っているようですから、脳で消費するエネルギーが増えた分だけやせたのかもしれません。

そうなんですよね、Gさんは、KCP史上おそらく最多の大学を受験し、おそらく最多の大学に合格しました。年末年始は面接練習やら何やかやで、毎日大騒ぎでした。期末テスト後も始業日眼も特訓でしたものね。あれから1年、早いものです。

そのあと、在校生のDさんが、大学出願にKCPの書類が必要だけど、1月6日必着だからどうしようと、青い顔をして飛び込んできました。来年の年末は、遠くに進学したDさんがひょっこり現れて、こんなことを思い出させてくれるのでしょうか。

よい新年を迎えたいものです。

まだ何も

12月27日(水)

今年はまだ、年賀はがきを買ってもいません。去年までは、発売開始早々に全国各地の地方版年賀はがきを買い求め、各地方独特のお正月風景の点描を楽しんでから、それぞれの人が気に入ってくれそうな絵柄を選んで、一筆したためたものです。ところが、今年は勢い込んで地方版セットを買いに行ったところ、なんと、今年から地方版が廃止になったと言われてしまい、がっくり肩を落として何も買わずに家へ帰り、そのまま元日まであと5日に至ったという次第です。日曜日にウチの近くのスーパーの店先で郵便局の人がサンタに扮して年賀はがきを売っていたのですが、なんとなく通り過ぎてしまったのもいけなかったかもしれません。明日どうにか年賀はがきを手に入れて、年末を過ごす名古屋のホテルの一室で書くことになるのかなあ…。

私が年賀状を出すみなさんは、10年以上も会っていない方々ばかりです。本当に必要最低限の人数にしか出しませんから、手書きでも十分間に合うのです。また、一人ひとりに図柄を選ぶ過程を通して、その方に思いを馳せる時間も確保していました。でも、あて先の住所はその年のお正月にもらった年賀状を見て書きますから、その年賀状を読みながら思い出すことにしましょう。

実は、来年の年賀状を早くも1枚もらっています。先日、写真が趣味というCさんが、来年の干支である戌と遠縁関係にあるレッサーパンダ(どちらも食肉目イヌ亜目に属する)の年賀状をくれました。大学院は写真とは全然関係ない専門に進むのですが、まさにプロはだしの写真です。私はこういう方面にはとんと疎いもので、とてもまねできません。写真の持つ勢いに素直に感心し、愛でるのみです。

来週の今頃は‥‥

12月14日(木)

期末テスト1週間前なので、試験範囲を発表しました。試験範囲を書いた紙を教室の掲示板に張り出しましたが、私が入った超級クラスは、Sさんがスマホで写していたぐらいで、学生たちはあまり興味を示しませんでした。超級ともなると、実力で問題に取り掛かっても合格点ぐらいは取る自信があるのでしょうか。読解はそれでもどうにかなるかもしれませんが、漢字は試験範囲をきっちり復習しておかないとどうにもならない学生がたくさんいると思うのですが、学生たち自身はどう思っているのでしょう。

授業後、Lさんが再試やら追試やらを受けに来ました。Lさんは「卒業」がかかっていますから本気です。不勉強のまま受けて不合格になったり、欠席してそもそも試験自体を受けていなかったりしていると、平常点が悪すぎて卒業証書ではなく修了証書になってしまいます。今になって焦るんじゃなくて最初からきちんとやっておけよって言ってやりたくなりましたが、同じ立場のNさんは何もしていませんから、それよりは前向きだと思わなければなりません。

受験講座後、Jさんと一緒になりました。Jさんは期末テストが終わったら羽田空港直行で一時帰国します。21日と22日では、飛行機代が倍以上違うのだそうです。クリスマスに近づくと、急に高くなると嘆いていました。また、新学期の始業日に間に合うように戻って来ようとすると、1日違いで料金が高いとか。Jさんはちゃんと高いチケットを買って、始業日から出席します。

最近は、成績や進学に響かなかったら無理して始業日に戻らなくてもいいなどと子供を引き止める国の親がいるという話を聞きました。もってのほかです。親がいい加減だから、子供もいい加減な勉強しかできないのです。Jさんの考えが当たり前なのですが、それが立派に見えてしまうあたりに、近頃の若者とその親の問題点が潜んでいます。

400ppm

12月1日(金)

英国で18世紀後半に始まった産業革命は、人類が化石燃料を大量に消費するきっかけともなりました。化石燃料を燃やすと二酸化炭素が大気中に放出されます。それ以前は約280ppmで一定していた大気中の二酸化炭素濃度はじわじわ上がりだし、50年ほど昔の私の子ども時代には300ppmになりました。理科の時間に、地球温暖化とは関係なく(その頃、そんな言葉はありませんでした)純粋に知識として、そう教えられました。今は、どの教科書も400ppmと記し、温暖化効果ガスをどうにかしなければという流れになっています。この大気中の二酸化濃度変化の曲線を外挿すると、学生たちが私の年齢になることには500ppmになっているかもしれません。

このところ、なぜかこんな話を立て続けに数回しました。すると、何だか歴史の生き証人みたいな気分になるんですねえ。100ppmの変化を日々少しずつ実感してきたわけではありませんが、50年分をまとめて振り返ると、霜柱が少なくなったなあとかって感じることもあります。ベルリンの壁のあっち側とこっち側の話をしても、学生たちにとっては歴史の教科書の写真でしか知らない物を見て触って越えてきているんですから、半分英雄みたいなものです。社会人になる直前、無理してヨーロッパ旅行をし、度胸を決めて東ベルリンに踏み出したおかげで、今の私が形作られているのです。

今上天皇退位の日が2019年4月30日と決まりました。翌日から新しい元号となり、私は昭和平成そして新元号の三代を生き抜くことになります。それから10年もすると、私が明治生まれの祖父母を見ていたような目で、新元号時代生まれの子供から見られるようになるのでしょう。それまでに、祖父母たちのように威厳を備えた人物になっていたいなあと思います。

面の皮

11月27日(月)

私は、面の皮があまり厚くないので、普通の2枚刃のかみそりなどでひげをそると、わりとたやすくかみそり負けしてしまいます。そこで、電気シェーバーを使っています。ところが、最近、何年前に買ったかわからないくらい長期間愛用してきたシェーバーが、スイッチがなかなか入らなくなりました。1回でうなり出すのは稀で、数回から十数回スイッチを押さないと反応しなくなりました。もう寿命だとしても全くおかしくないので、新しいのを買うことにしました。

というわけで、先日、家電量販店でシェーバーを見ていると、「いらしゃいませ」(「っ」が落ちている)「何〇お探しですか」(“〇”は「か」と「が」の中間の発音)と声を掛けられました。こういう場面で、発せられた日本語で値踏みしてしまうのは、職業柄悪いクセだと百も二百も承知しつつ、中国人の店員だと思って振り向くと、それっぽい名前の名札を下げていました。

「こちらはおすすめの機種ですよ」とさらに声をかけてきましたから、「恐れ入りますが、しばらく一人で見させていただけませんか」と言うと、その店員はちょっと怪訝そうな顔をして、去っていきました。こんなばかっ丁寧な言葉遣いをされるのは初めてだったのかもしれません。乱暴な言葉を投げかける日本人ばかり相手にしてきたとすれば、日本人を代表して謝りたいです。

その後もあれこれ見比べて、買うと決めた品物をレジへ持って行くと、レジにはロシア人っぽい名前の店員さんが立っていました。家電量販店へ行くのも久しぶりでしたが、ずいぶんと外国人が働いているものだと感心させられました。KCPの学生たちも、時には私のような悪いお客にいじられながら、精一杯働いているのでしょう。また、進学し、そこを卒業したら、日本社会の構成員として、日本で生活していこうと考えている学生も少なくありません。その時には、少しは面の皮を厚くして、よい意味でふてぶてしく生き抜いてほしいものです。