Category Archives: 社会

汗を流して

5月7日(火)

10連休はいかがお過ごしでしたか。私は予定通り関西を歩き回ってきました。五月山公園、小林一三記念館、小谷城址、佐和山城址、丹波亀山城址、長岡京古跡、神戸海洋博物館、青山高原、犬鳴山、…どうです、一緒に付き合いたくないでしょう。関西出身のH先生も、さすがにすべてはいらっしゃったことがないんじゃないでしょうか。

世界遺産クラスの名所旧跡寺社などは、大昔も含めて一度は訪れていますから、そういうところは避けて計画を立てました。しかし、往復で1120円の電車賃を節約するために、どうしても嵐山を突っ切る必要が生じました。行きは8時台だったので、お寺などの開門前でしたから、サクサク歩けました。しかし、帰りは昼下がりでしたから、インバウンド+10連休の観光客で、とんでもない人込みでした。ソフトクリームやらクレープやらコロッケやら、食べながら歩く人が多く、沿道の店は観光客を捕まえんと手ぐすね引いており、歩道は思うように前に進めません。ホコテンでもないのに歩行者が車道にあふれ、道路交通法上は無法地帯と化していました。観光人力車が車と人に進路をさえ着られ、車夫が苦笑いという始末でした。

やはり、自然を愛で、歴史に思いをはせ、美に浸るには、静かであるに越したことはありません。日々の東京の暮らしでできないことといえば、まさにこういうことです。ホテルの朝食バイキングでがっつり食べて、日中はコンビニもないような山野を駆け巡り、夕方疲れ果ててホテルへ帰りつき、大浴場で手足を伸ばし、早寝をするという毎日を送りました。山城をよじ登るとき、汗が噴き出ると、浮世の穢れも流れ出ていくような気がします。そして、頂上から下界を見下ろすと、身も心も清められた爽快さが味わえます。

これだけ遊びまくったのだから、さぞかし仕事への意欲が湧くだろうと思いきや、心は早くも夏休みです…。

明るい最後

4月26日(金)

明日から10連休です。私は例によって、関西遠征です。明日朝一番の飛行機で伊丹へ向かい、6日の午後の便で戻ってきます。したがって、これが平成最後のブログです。私は学校を一歩出たら仕事のことはきれいさっぱり忘れますから、遠征先から投稿するなどということは、絶対にしません。

今回の改元は予告されていますから、この稿のように「平成最後」という言葉を平気で使えます。昭和63年ごろ、「昭和最後」などと言ったら非国民扱いだったでしょう。穏やかな気持ちでその時代を振り返り、明るく新しい天皇の即位を迎えられるという意味において、生前退位というの捨てたものではありませんね。

私は新天皇と同年生まれ(あちらの方は早生まれですから、学年は1つ上)なので、次の改元を見ることはおそらくないでしょう。私にとっての昭和は、生まれて育って勉強して大人になるまでの時代、平成は社会人として力を尽くした時代、そして令和は隠居して人生を楽しむ時代にしたいものです。

平成の前半はエンジニアとして、中盤から後半は日本語教師として働きました。その時々はしんどいとか辞めたいとか思いましたが、平成の最後に顧みると、結構充実していたなと思います。でも、やっぱり、後悔もあります。平成〇年に戻ってやり直せるならと思うこともあります。別の選択肢を選んでいても、平成の最後に後悔していただろうなとも思います。だから、ベストの道を歩んできたと信じることにしています。

もうすぐ、平成が終わります。30年少々、ちょうど1世代です。今、KCPで勉強している学生たちが、令和の担い手です。次回のブログは、令和元年5月7日(火)です。

大学のレベル

4月23日(火)

Wさんは今学期の新入生です。理系の国立大学に進学したいという意気込みは評価できますが、大学で何を勉強するのかと聞くと、はっきりした答えが返ってきません。多くの国立大学がTOEFLのスコアを要求するが、自分はまだ受けていないと心配しています。何を勉強するにしても、TOEFLを受けていれば志望校選択の幅が広がりますから、Wさんの考えも否定するには当たりません。しかし、勉強の内容よりも大学のレベルばかりを気にするのはいただけません。

Wさんは、自分が知っている大学の名前を挙げては、盛んにどのくらいのレベルか尋ねます。偏差値的レベルが存在することは確かです。偏差値が少しでも高い大学にと目標を定めることも、向上心につながる面もあるでしょう。しかし、それが志望校選びの中心になってしまうと、本末転倒と言わざるを得ません。東大は無理でも、少しでも東大に近いレベルの大学に入りたいのです。

そうやって可能な限り偏差値の高い大学に入ったとしても、4年間持つかどうかは別問題です。日本人なら退学して入り直すという道もありますが、留学生はビザの問題がありますから、そう簡単に大学をやめるわけにはいきません。仮面浪人ということになりますが、そんなことをするくらいなら、最初から自分の進むべき道を明確にしてから進学するべきだと思います。理科系の場合、若い時にどのくらい創造的な研究ができるかが、研究者としての運命を左右します。若い頭脳を受験勉強という創造性とは程遠い勉強に費やすのはもったいないです。

でも、近年の国立大学は、予算を削られまくって創造性を養うどころではないとも聞きます。進学しても、研究室備え付けの古ぼけた本しか読ませてもらえなかったとなったら、留学生に愛想をつかされるでしょう。Wさんのように偏差値レベルを気にするのが、別の意味で重要になってくるかもしれません。

おとなしく

4月19日(金)

もう、桜の木は周りのほかの木に埋没してしまいました。今年の桜は意外に長持ちしたと思いますが、さすがにこの週末は「花見」ではないでしょう。うちの近くの桜並木も、今はただのどこにでもありそうな木に戻っています。桜前線は、信州から南東北を通過中です。

4月の新入生、特に初級に入った学生たちは、慣れない生活に右往左往しているうちに桜を見逃してしまったようです。生の桜を見ようと思っていたのに、言葉の壁と緊張感でそんなゆとりなどなかったというのが実情でしょう。

午前の授業を終えて、外階段を下りてくるとき、何気なく下を見ると、校庭のテーブルがほぼ満席でした。談笑しながらお弁当を広げているグループがいくつかありました。最高気温23.6度、風も弱く、日差しも強烈ではなく、外でお昼を食べるには絶好のシーズンです。校庭に桜はつきものですが、残念ながらKCPの校庭は木を植えられるほど広くはありません。でも、これから梅雨入りまで、校庭は、雨さえ降らなければ、KCPの中で一番過ごしやすい場所です。私もできることなら校庭のテーブルで仕事をしたいですが、なかなか思うに任せません。

初級の漢字の時間で、「神」という字を扱いました。ちょっと脱線ということで、“八百万の神”という日本人の宗教観にも触れました。教室にもトイレにも電車にも1本1本の木にも神様が宿っているというと、国籍性別年齢を問わず、感心したような顔をします。桜の木の神様は、みんなを喜ばせ楽しませ、また目立たぬ形で、今年は平成から令和への移り変わりを見守ているのでしょう。

空を突き刺す

4月17日(水)

パリのノートルダム大聖堂が焼け落ちました。パリ市民の心痛はいかばかりでしょう。1985年の早春、就職する直前にヨーロッパを3週間ほどふらつき、日本へ帰る直前にパリの街を観光しました。ベルサイユ宮殿とルーブル美術館とエッフェル塔と、そして、ノートルダム大聖堂を見ました。真下から、セーヌ川の対岸から、角度を変えて見入ったものです。中に入ると、厳かな、でも冷たさのない空気に包まれて、ずっとたたずんでいたい気持ちになりました。あの大聖堂が消えてしまったのかと思うと、私はクリスチャンではありませんが、大きな喪失感に見舞われました。

このニュースを聞いて、規模はだいぶ違いますが、山口市のサビエル記念聖堂が全焼したニュースに接した時のことを思い出しました。ニュースステーションの終わりに、その他のニュースみたいな中で流された燃え盛るサビエルの映像を見て、叫び声をあげそうになりました。山口に住んでいた時、時々訪れて姿のいい教会だなと思いながら飽かずに眺めていたものです。数年後、サビエル記念聖堂は再建されましたが、焼ける前とは趣が変わってしまい、いまだに訪れていません。

さらにもっと昔、私が住んでいた町には高い無線塔がありました。使われなくなって久しかったのですが、町のどこからでも見える、住民にとっては心のよりどころのようなものでした。しかし、老朽化が進み、私がその町を離れてからしばらくのち、解体されました。友人の婚礼でその町を訪れた時、見上げる存在のない空間を見つめ、町のアイデンティティーが失われたことを痛感しました。

高い建物や塔は、町のシンボルです。それが忽然と姿を消すことは、住民の心に深い傷を負わせます。9.11後のニューヨーク市民もそうでした。ノートルダム大聖堂再建のために、1000億円近い募金が寄せられたと報じられています。それが再建に十分な金額かどうかはわかりませんが、パリに大聖堂の尖塔が再び君臨する日が1日も早く訪れることを祈ってやみません。

選挙と学生

4月16日(火)

日曜日から統一地方選挙の後半戦が始まり、私が住んでいる区でも新宿区でも区議会議員選挙が行われています。私の区は狭い区ですから、日曜日など、私の家の周りに何人もの候補者がうようよしていて、大混戦でした。ですから、ある候補者が政見を語っていても、別の候補者がすぐそばで演説をしていますから、どの話にもじっくり耳を傾けるなんて無理でした。

A候補は、前回の選挙からずっと毎週、区議会の報告を印刷して、地域の住民に配っていました。他の候補者は、選挙が近づいてからにわかに同様のチラシを配ったり4年間の活動をまとめてビラにして各戸のポストに入れたりしていました。当然、A候補の方が信頼できますし、選挙期間中の運動では出くわさなくても応援したくなります。

私は根っからの地元民ではありませんから、地縁とか血縁とかはありません。A候補に対したって、恩義を感じているわけではありません。でも、いや、だからこそ、毎週報告を配ってくれるA候補に親しみを感じるのです。話したことはもちろん、会ったことすらありませんが、他の候補はさらにもっと遠い存在ですから、私の1票はA候補へという気持ちです。

選挙じゃありませんが、進路指導も同じようなところがあります。受験講座などを通して日ごろから付き合いがあると、受験本番が近づいた時、こちらから力になろうかという気になります。それに対し、普段はろくに顔も見せないくせに、切羽詰まった時だけこちらを頼ってくる学生がいます。頼られたら何らかの形で応えますよ。でも、素性もわからない学生を親身になって世話するまでには、それなりに時間が必要です。自分の都合だけで利用しっぱなしという学生には、必要最小限の対応になってしまいます。

心が狭いと言われればそれまでですが、誰でも多かれ少なかれこうなんじゃないでしょうか。より良質な人間関係が作れるかどうかは、進学してから留学を成功に導けるかどうかにも直結していると思います。その練習を、今のうちにしておいてもらいたいです。

ある帰国

4月5日(金)

新学期の準備をしていると、卒業生のWさんが帰国のあいさつに来ました。専門学校を卒業し、国の会社に就職するのだそうです。その会社とは、日本人なら誰でも知っているM社の海外支社で、職員室にいた先生方全員、すごーいと思わず感嘆の声を上げてしまいました。その声を聞いたWさん、ちょっぴり誇らしげでした。

就職後は、専門学校で勉強した知識や技術を生かして、新商品の開発に取り組むようです。日本の本社にも出張があり、その時にはまたKCPに顔を出すと言ってくれました。Wさんの凱旋を心待ちにしていましょう。M社は人口減で先細り感のある日本市場よりも、海外での事業展開に注力しています。そういう意味で、WさんはM社のエリートコースに第一歩を踏み出したのかもしれません。

KCPの学生たちは、多くが日本で大学や大学院に進学しようと考えています。その先はどうなのかというと、特に大学進学を目指している学生は、まだ若いということもあり、漠然としています。最終的には日本で就職したいとか日本の会社で働きたいとか言っていますが、どこまで強くそう念じているかは疑問です。

日本の会社に入ることが最終目標なら、日本の大学や大学院に入ることはその手段にすぎません。Wさんのような道もあるのです。むしろ、そちらの方が確率が高いかもしれません。KCPとしては、1人でも多くの学生が“いい大学”に入ることが、学校としての実績につながりますから、ありがたいです。でも、学生の人生というスパンで考えた場合、それでいいのかどうかわかりません。

そんなことより、私はWさんの日本語に感心しました。社交辞令ですけどもなどと言いつつ、心配りのある言葉が次々と出てきました。できる学生でしたが、さらに磨きがかかった感じがしました。専門学校の2年間、中身の濃い勉強をしたことが容易にうかがわれました。

明日は、新たな夢を抱いた学生たちが入ってきます。

令和に思う

4月2日(火)

新しい元号が「令和」と決まりました。私は菅官房長官の発表を生で見ることができず、後で「ホーレーのレーとなごむで“レーワ”と決まりました」とアナウンスで知らされました。“なごむ”はともかく、“ホーレー”といえば、私のような理系人間にとっては、まず、“放冷”であり、だから、最初、“冷和”という文字が思い浮かびました。さすがにそれはないだろうと思い、“法令”を思い浮かべ、“令和”に至りました。

その後の画面や写真などに映し出されている“令和”の筆文字が、まさにこの稿の印刷字体の“令”でした。KCPではひとやねの下に点を打ってカタカナのマという、手書きの字体を書くように指導しています。あれだけ堂々と世界に向けて手書きの“令”を示されてしまっては、ちょっと商売しにくくなりますね。

“令和”は万葉集を典拠とすると発表されたため、万葉集が急に売れ出したそうです。私は、古文漢文はからっきしですから、万葉集を改めて読もうなどとという気は全く起きません。新聞に出ていた“令和”のもとになった文を読みましたが、よくわかりませんでした。安倍さんは日本の古典から元号を採ったことにご満悦のようですが、私には“平成”のほうがわかりやすかったです。

典拠は国書ですが、私は“令”という字そのものに強い“中国性”を感じます。万葉の時代にこんなにまで“やまと”らしくない言葉づかいがあったのかと、むしろ感心させられました。中国の文化を未消化のまま、現代のカタカナ語のような気分で、万葉集に書き込んだのでしょうか。

私は新天皇と同い年(学年は、あちらの方は早生まれですから、私は1年下)ですから、改元をこの目で見られるのは、おそらくこれが最後でしょう。今上天皇より早くご退位なさるなら話は別ですが…。ですから、改元フィーバーと天皇即位のもろもろなどを、じっくり味わっておきたいと思っています。…と言いつつ、10連休は遊びまくる計画を立ってているんですがね。

修了式と同窓会

3月29日(金)

養成講座の修了式が終わり、会場の設営を手伝っていると、Mさん、Nさん、Tさん、Oさん、Kさんなど、懐かしい面々が次々と姿を見せてくれました。名前だけではピンとこなかった方々も、顔を見たら「ああああ!」という感じで、瞬時に線がつながりました。養成講座の同窓会は、互いに久闊を叙するところから始まりました。

養成講座を修了したMさんがKCPで先生をしていたのは、10年以上も前になるといいます。確かに、震災の前ですから、そういう計算になります。でも、顔はしわが増えたわけではなく、声の張りや艶も変わることなく、でも、お話を聞くと間違いなく歳月は流れており、なんだか不思議な気がしました。

Nさんは私がKCPに入る前にお世話になっていたところでしばらく教えていたそうです。そこは震災をきっかけに日本語を教えなくなってしまったという話を聞き、少し寂しくなりました。でも、Nさんはほかで仕事を見つけ、日本語教師として立派に独り立ちしていて、表情には自信がみなぎっていました。

KCPが日本語教師養成講座を始めたのは2001年のことです。調べてみると、私は2003年ごろから養成講座に携わっていますから、かなりの数の同窓生とどこかで接触があったはずです。今回出席できなかった方たちも、送られてきたメッセージによると各方面で活躍しているようです。その活躍に微力ではあっても貢献できたんのかと思うと、なんだか誇らしいです。

もちろん、KCPの養成講座出身者は、KCPでも多くの方が貴重な戦力となっています。今期の修了生からも、3名が4月からKCPで働き始めます。同窓会でつながりができた先輩方を目標にして、ぐんぐん成長していってもらいたいと思っています。

五分咲き? 満開? 八分咲き?

3月27日(水)

気象庁から、東京の桜が満開になったと宣言が出されました。ソメイヨシノでは、今年全国で一番早い満開宣言です(奄美沖縄地方の「ひかんざくら」は2月に満開)。21日の開花から、けっこう暖かい日がありましたからね。でも、朝の四ッ谷駅の桜は、まだ五分咲きぐらいに見えました。

そんなニュースを聞いていたので、お昼に出たついでに、花園小学校の桜を見に行きました。私と同じ考えをした人が多かったみたいで、花見に具合がいいベンチは満席でした。だから立って枝をしげしげと見ると、花はかなり開いているものの、つぼみもまだだいぶ残っていて、七分咲きから八分咲きといったところだと思いました。ここの桜は日陰になる時間帯が案外長いですから、靖国神社の気象庁標準木より咲くのが遅れているのでしょう。

午前中から風が強かったので、花びらに分解する前に、花そのままの形で吹き飛ばされているのもあり、なんだかもったいない感じがしました。拾って洗ってお茶か和菓子の上にでもそっと載せれば風流なのでしょうが、私にはそんな趣味はなく、砂ぼこりと一緒に舞う落ち花を見ているだけでした。いずれにせよ、今週末が東京のお花見ハイシーズンでしょう。お天気はパッとしなさそうな予報が出ていますが…。

桜といえば、数日前の新聞に、さいたま市に20キロにわたる桜並木があるという記事が出ていました。地図を見ると、さいたま市の南北を貫く形で数千本もの桜の木が、見沼田んぼを縁取るように植えられています。端から端まで歩いてみたい気にもなりますが、そんなことをしたら、3年ぐらいもう桜は結構ですなんてなるのでしょうか。