Category Archives: 社会

手紙はいくら?

11月15日(木)

中間・期末テストの日は、学生の登校時間は早まり、教師の出勤時間は遅くなります。学生はラウンジで教科書を開いて最終チェックをしようと思い、いつもより早く学校へ来ます。教師は前日までに準備した試験問題を粛々とさせるだけで、授業準備が不要なので、のんびりとお出ましになります。定期試験日は、普段とはちょっと違う空気が流れる朝のKCPです。

試験監督は、いつもと違うクラス・レベルの教室に入るので、何かと刺激になります。私はレベル1のクラスの監督でした。監督中に学生が取り組んでいる試験問題をのぞいてみると、“80円の切手を5枚ください”という文を書かせる問題がありました。あれ、今、手紙って80円じゃなかったよねえ…と思いましたが、ちょっと自信がありません。消費税率が8%に上がった時に端数がついたはずだけど、最近郵便料金がまた上がったような話も聞いたし…。つい先日、年賀状を買った時、62円になっていましたからねえ、はがきが。

はがきと封書の郵便料金は、昔は常識でしたが、今はどのくらいの人が知っているのでしょう。先週あたりかなあ、クラスで「電話とメールとどちらが好きか」という話題になり、今はメールよりもLINEだとか、スカイプは電話なのかとかと話が広がりました。そのとき、「先生は手紙を書きますか」と聞かれました。振り返れば、ここ何年も、年賀状以外の手紙は書いていないような気がして、「年賀状だけですね」答えました。学生たちは笑っていました。

その学生たちにしても、出願書類を送る時になって初めて郵便局のお世話になったという例が多いと思います。郵便局という単語はレベル1で勉強しますが、実は学生にとっては縁の薄い存在のようです。そういえば、私も郵便貯金の口座があるはずですが、どうなっているのでしょう。

ネットで調べたら、封書は82円でした。

木枯らしも吹かず

11月14日(水)

今朝あたりはだいぶ気温が下がったと思いましたが、まだまだコートなしでも平気そうです。最近、秋の短い年が続いていましたが、今年は久しぶりに秋を満喫しています。

授業中教室の窓から空を見上げて、真っ青な秋空が目に入ると、思わず見とれてしまいます。冬の乾いた、光ばかりが目立つ青空ではなく、適度な瑞々しさが感じられる、手を伸ばして触りたくなるような青さに心が引き付けられます。こういう秋が、今年はじっくり味わえるのです。

KCPの校舎から見える狭い青空ではなく、広々とした青空に両手を伸ばしたいです。BBQのときがチャンスでしたが、あいにくその日はそれどころではなく、気がついたらたそがれ時でした。3日は好天でしたが雑用に追われ空を見上げるチャンスすらなく、以後、休みの日はいまひとつ空模様がパッとしません。今週末はどうなのでしょう。

秋を満喫するのはいいのですが、今年はまだ木枯らし1号が吹いていません。去年は10月30日でしたから、すでに半月遅れていることになります。木枯らし1号は、西高東低の冬型の気圧配置の日に吹きます。しかし、これから数日の予想気圧配置図を見ても、西高東低にはなりそうもありません。定義上、東京の木枯らし1号は11月の中旬までに吹くことが必要ですから、もしかすると、今年は木枯らし1号が吹かない年になるかもしれません。そうなると、1979年以来39年ぶりになるのだそうです。

気象庁の長期予報によると、エルニーニョが発生しているので今シーズンは暖冬になるそうです。秋が長いのが暖冬の兆候だとしたら、あまり喜んでばかりもいられません。

1時間待ち

11月13日(火)

午前の前半の授業が終わり、選択科目の教室に移動するために後片付けをしていると、Hさんが教室に入ってきました。Hさんは前半の授業を休んでいます。「どうして休んだんですか」「先生、すみません。踏み切りで1時間止められました」「踏み切りで止められた?」「はい、車に乗っていたんですが、踏み切りで全然動かなくて遅刻しました」「Hさんのうちはどこですか」「池袋です」…。

要するに、友達と一緒にタクシーで学校へ来ようとしたか、友達に車で送ってもらおうとしたかで、運悪く池袋駅近くの開かずの踏み切りに捕まり、1時間身動きが取れなかったようです。それならどうして車を降りて電車で来ようとしなかったかと訴えたかったのですが、次の予定が迫っていたのでHさんを釈放しました。

それにしても、Hさんは東京で1年半も暮らしているのに、車の中でボーっと1時間も待っていたなんて、いったいどういう神経をしているのでしょう。この1年半、日本の社会を全然見てこなかったのでしょうか。日本はクルマ社会ですが、東京で一番信頼できる交通機関は電車であり、クルマは、快適かもしれませんが、時間の計算の立たない移動手段です。こんな、東京人にとっては常識以前のこともわからなかったとしたら、Hさんは家と学校と、せいぜいアルバイト先にしか足を踏み入れていないのでしょう。それも、決まりきった道を通って。もしかすると、国の仲間だけと付き合い、日本のニュースには全く触れず、スマホで国のサイトばかり見ていたのかもしれません。日本語は多少じゃべれるようになったかもしれませんが、これでは社会性はまったく身についていません。

選択授業は、Hさんとは違うレベルの学生向けの小論文でしたが、社会性のある意見が出てくるか、若干暗い気持ちで授業に臨みました。

はさみで勝つ

11月10日(土)

外部の研修会でNIE(教育に新聞を)を勉強してきたM先生を中心に、授業で新聞を扱う先生が増えました。私は朝日と日経のデジタル版の有料購読者ですから、10日前ぐらいからの新聞記事を紙面の形で印刷することができます。ですから、パソコンでこれはと思う記事を見つけた先生から、その記事をいかにも新聞から切り抜いたかのように印刷してくれと頼まれることがこのごろよくあります。

今朝もA先生から、トランプ大統領とCNNの記者の記事ということで依頼されました。検索するとそれっぽい記事が引っかかってきましたが、それは大きな記事の中の一部でした。大きな記事だと字数も多すぎるし、扱っている範囲も広すぎるし、授業で使ったらもてあましそうです。でも、A先生がほしい記事だけピンポイントで印刷することはできません。しかたがないですから、大きい記事を印刷して、必要な部分だけ切り抜くことにしました。

A先生は、はさみを手にしながら、「なんだかアナログだねえ。Sさん、これ、パソコンの中でどうにかならない?」と、ITに詳しいSさんに聞きました。「できるけど、手でやるほうが早い。何でもコンピューターにやらせようとしちゃだめだよ。手の方が効率的なことだってある」とSさん。「パソコンでこんなことがしたいんだけど」と相談すると何でも解決してくれるSさんの言葉ですから、重みがあります。

いろんなアプリやら小道具やらがあります。それを上手に使いこなせば確かに便利です。楽です。そういうものが使えるように仕事をやり方を変えることも業務の効率化の一つです。しかし、何でもそれを基準に考えるというのは、人が機械に振り回されていて、人間の主体性が奪われているように思えます。人間がAIに負けるというのには、こういう面もあるのかなと、Sさんの言葉に感じました。

どこでもいい

11月5日(月)

受験講座の後、Lさんから絶対に合格できる大学はないかと聞かれました。LさんはすでにT大学に出願しています。また、以前、T大学以外にもいくつかの大学を紹介しています。その中から何校か出願するようですが、それだけでは不安なので、さらに安全確実な大学が知りたいということです。

Lさんは去年の1月に入学した学生ですから、今年の12月に卒業で、それまでにどこかに合格を決めなければなりません。年を越して受験することは認められません。そのため、焦っているのです。学部学科はどうでもいいから、とにかく受かる大学をと言い出す始末です。

最近、入管の指導が厳しくなり、1月入学生は翌年の12月に確実に出国しなければなりません。ですから、事実上、その後が受験日となる国立大学は受験できません。進学するなら、1年3か月で日本語学校を終えるようにという考えです。KCPはこの入管の考えに沿って学生を指導していますから、Lさんは、国立大学はきっぱりあきらめ、11月のEJUも受けず、6月の成績で合否が決まる年内に発表がある大学に照準を合わせています。

こういう入管の方針が、国外でどうもあまり理解されていないきらいがあります。入管も日本語学校のいろいろな方法で伝えてはいますが、周知徹底という段階には至っていません。1年3か月で進学しようと思ったら、1月に入学する学生は、中級ぐらいの日本語力をつけている必要があります。ところが実情はそうじゃないんですねえ。

ぼやいたところで規則は変わりません。Lさんを始めとする学生たちに、規則を守って後ろめたいところのない形で卒業進学させるのが、私たちの役目です。

学園祭で休み

11月1日(木)

午後、職員室で受験講座の準備をしていると、2人の学生がもじもじしながら声をかけてきました。そのちょっと前から職員室内のテーブルで何か書いていましたから、どこかのクラスの再試の学生かもしれません。私のクラスの学生ではありません。でも、私のそばに何人かの先生がいらしたにもかかわらず私に声をかけてきたということは、時節柄、進学相談かもしれません。「えっ、私?」と聞きながら2人の顔をよく見てみると、今年の3月に卒業したRさんとSさんではありませんか。さっきまで取り組んでいたのは、近況報告の用紙でした。

聞いてみると、学園祭で休みだからKCPまで顔を出しに来たそうです。週末まで、Rさんの大学は5連休、Sさんの大学は4連休です。

「そんなに休んじゃったら、高い授業料、もったいないじゃない」「あ、そういえばそうですね」「学園祭は何もしないの?」「はい、やる気になっているのはごく一部の学生で…」「RさんもSさんも一部じゃないほうなんだ」「ええ、まあ」

…というような会話を交わしながら2人の近況報告を読むと、理系のRさんはけっこう忙しそうですが、文系のSさんは“遊びと両立”なんて書いてあるくらいですから、そんなに忙しくもないようです。学生たちは、入試の面接練習の時には「勉強のほかにサークル活動もして…」などと言っていますが、実際には無所属が多いみたいです。日本人と交わるにしても、限られた範囲なのでしょう。

明日はKCPの学園祭みたいなBBQ大会です。各クラスでそれぞれ準備が進んでいます。お天気は心配ありませんが、料理の味はどうでしょうか…。

永久に不滅

10月27日(土)

先週の土曜日に行われたEJUの模擬テストを欠席した学生に対して、欠席したことをその学生の学生カルテに入力しました。賞罰の罰の欄に“10.20EJU模試無断欠席”と書き入れました。コンピューターに入力しましたから、その学生が卒業するまではもちろんのこと、卒業後も半永久的に無断欠席の記録が残ります。

模擬テストの申し込みの時に、申し込んだら欠席できないと繰り返し注意しておいたのに、これらの学生は欠席しました。主催する専門学校との信頼関係に基づいて参加させてもらっているのだから、欠席はKCPの名前に傷を付けることになる、と伝えました。でも、とりあえず申し込んでおいて、気が進まなかったら休んでもいいや、という気持ちで申し込んだ可能性が否定できません。本当に具合の悪かった2名からは連絡をもらっています。

携帯電話が普及して以来、約束の重みが軽くなったと言われています。ケータイに連絡することで、気軽にドタキャンできるようになったからです。そして、いつのまにかドタキャンの連絡すら省略されるようになってしまいました。それではいけないということを教えようと、約束の重みを感じさせる指導をしてきているつもりですが、模擬テストの無断欠席のような行動を根絶するには程遠いのが現状です。

私は語学の教師に過ぎませんが、言葉の表面的な意味だけではなく、自分の発した言葉が受け手に与える影響や、自分が受け取った言葉に込められた送り手の心まで察することのできる学生を育てたいと思っています。だから、多少大人気ないかもしれませんが、“無断欠席”と入力しまくったのです。

郵便物

10月26日(金)

このところ毎日、どこかの大学から入学案内が届きます。私は、商売柄、大学の名前には詳しいほうだと思いますが、それでも知らない名前もあります。大学側は、日本語学校の一覧表か何かを見ながら機械的に発送しているのでしょう。入学案内を見て、1人でも受験し合格し入学したら、入学案内の作成・発送などにかかわる費用は元が取れてしまうのだと思います。

知っている大学なら、その大学について学生に語ることもできます。しかし、中身を知らない大学については、たとえ大学案内を見ても、語りようがありません。せいぜい大学の所在地についてあれこれ言うのが関の山です。これでは、KCPから受験者が現れるとは思えません。いただいたパンフレットに目を通して勉強できればいいのですが、今の私にはその時間がありませんから、私は学生を押す力にはなれません。

大学から担当者が来てくださると、様子ががらりと変わります。その大学の真のウリが見えてくるし、面と向かって話せば情も湧くし、その大学に対する親近感が全然違ってきます。条件の合いそうな学生に対して、その大学を推したくもなります。つまり、私がその大学の営業マンになったようなものです。もちろん、大学の担当者に会えば自動的に営業マンになるわけではありません。やっぱり、その人から何かを感じなければ心は動きません。

現在、日本には大学が768校あるそうです。この768校が減りつつある日本の高校生を奪い合い、優秀な留学生を確保すべく戦っています。その戦場の十字路にいると、勝ち残りそうなところとそうでもないところとが、戦いの砂塵の合間からぼんやり見えてきます。

卑弥呼? 伊達政宗?

10月25日(木)

私の今学期の木曜日は、選択授業「日本の地理歴史」の日です。

その初回の授業。まず、手始めに、日本の歴史と聞いて思い浮かべる言葉を聞いてみました。江戸時代、鎌倉幕府、織田信長、紫式部などは、超級の学生なら常識の範囲内です。明智光秀、源義経、小野妹子、東郷平八郎などという人物が出てくるところを見ると、思ったよりディープな日本史ファンがいるのかもしれません。三内丸山遺跡、平知盛、寛政の改革などというのは、さすがに出てきませんでした。でも、法隆寺、日光、姫路城といった世界遺産が1つも出てこなかったことは意外でした。

この授業は、学生に興味のある日本史上の人物を調べて発表させることで進めていきます。自分の担当人物をきめてもらうとき、ヒントなしだと難しすぎるでしょうから、卑弥呼から野口英世まで数十人の例を示しました。すると、Gさんが真っ先に手を挙げて、「その中にはないんですが、伊達政宗について発表してもいいですか」と聞いてきました。もちろんOKです。こういう学生がいてくれると、クラスのレベルが上がるものです。

授業後にGさんにちょっと話を聞いてみました。すると、伊達政宗に触れたくて仙台まで行ったことがあるそうです。何年か前に、石田三成の大ファンで、“大一大万大吉”の旗印のスマホケースを持っていたMさんを思い出しました。石田三成のお祭を見に行くために学校を休んじゃったくらいでしたからね、印象に残っていますよ。

私も学生たちが取り上げなかった事柄について発表してみようかな…なんて思いました。

点と線

10月24日(水)

今月のKCPの目標は「日本の秋を楽しもう」です。今週は、その秋を楽しむことができるイベントをクラスで紹介していきます。今週末から来週にかけて行われる、神田神保町の古本祭りも取り上げることになっていて、F先生が気合を入れて説明用のパワーポイントを作ってくださいました。

午前クラスのA先生が、10時半の休み時間に半分怒りながら職員室に帰って気ました。学生たちの世界が狭すぎるというのです。F先生のパワーポイントで説明を始めたはいいけれども、学生たちは神田がどこか知りませんでした。ホワイトボードに山手線を表す丸を描いて、新宿はどこかと聞いても右とか言っていた学生もいたそうです。自宅と学校の間をバスか徒歩で往復するだけなので、東京の他の場所は全く知らないという学生も。

その話を聞き、私も午後の自分の初級クラスで学生に聞いてみました。残念ながらA先生のクラス以下で、ホワイトボードに丸を描いてこれは何かと聞いたら、丸ノ内線という答えが返ってきて、みんなそれにうなずく始末でした。これは山手線だと言って、新宿はどこかと聞いても、ポカンとするばかりでした。

確かに学生たちには日々自宅学習に励んでもらいたいですが、これでは自分の身の回りの社会について知らなさ過ぎます。どこかへ出かけるときはスマホの乗り換え案内か何かに頼ってその通りに動きますから、いっこうに土地勘が養われないのに違いありません。

彼らの好奇心はしなびてしまったのでしょうか。来週の金曜日はBBQで立川の昭和記念公園まで行きますが、新宿で中央線に乗ったらスマホを見っぱなしで、気がついたら目的地だったということなのでしょうね。点しか見ていなかったら、世界は広がりません。