Category Archives: 授業

話し好き

4月11日(木)

先学期私のクラスだったPさんは、会社に授業料を出してもらってKCPで勉強している社会人です。通常の日本語授業のほかに、プライベートレッスンも受けています。午後、そのプライベートレッスンを受け持ちました。

7月のJLPTを受けますから、第一はそれに合格するためのプライベートレッスンなのですが、授業で習った文法や語彙を使った会話の練習もします。やってみると、どうやらPさんは会話の練習の方が好きなようです。仕事でいろいろな経験をしているだけあって、話の内容がおもしろかったです。カメムシには臭くない種類もあるとか、黄砂やPM2.5が飛んでくるので最近は洗濯機と乾燥機が一体化した機種が売れるようになったとか、国は不動産価格が高くて70歳までローン返済があるとか、岸田さんより安倍さんの方がオーラがあったとか、JLPTの問題そっちのけで盛り上がってしまいました。

そんなとりとめのない話をしていましたが、Pさんの偉いところは、授業で習った文法や語彙を使うという会話練習の趣旨を忘れなかったことです。自分から使おうとしていたこともそうですが、私がここでこういう形で使うんだよと指摘すると、次に同じようなパターンが出てきたときに使ってみようと挑戦していました。夏に社長さんが来日した時は通訳しなければならないそうですから、普通の学生とは必死さが違います。

普通の学生だって、6月のEJU、7月のJLPTが運命の分かれ目になりかねません。それなのに、切迫感が見えないんですよね。1年後の進学の可否が2か月後の試験で決まると言われてもピンとこないんでしょう。煽り立てるのが、教師の仕事です。

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敏勘

4月8日(月)

朝、一人で仕事をしていると、電気のついていないロビーに人影が表れました。シルエットからするとKさんのようでした。ああ、そうだ、新学期が始まるんだよね。今学期も毎朝一番乗りのつもりかな、Kさんは。

他の先生方はクラス授業でしたが、私の今年度の始業は養成講座の講義でした。初回の講義はいつも日本語文法ですが、まずは日本語文法的な発想、文のとらえ方、もっと大きく言ってしまえば世の中の見方を身に付けていってもらいます。

「彼は学生ですか」「はい、そうです(よ)」(1)は会話として成り立ちますが、「彼は元気ですか」「はい、そうです(よ)」(2)は不自然ですよね。こんなことは、高校までの国文法の時間でも取り上げません。普通の日本人は一切気にも留めません。本能的に(1)は〇だけど(2)は×だと判断し、無意識のうちに(2)を避けています。その避けている(2)にも目を向けて、あえて疑問に思う癖をつけてもらうのが、この文法シリーズの狙いでもあります。

さらに根本的なところには、日本語文法に対する勘を養うということがあります。文を読んだり聞いたりした瞬間に、誤用に気がつく(内容についてはともかく)とか、より適切な表現が思いつくとか、言い回しの違いによるニュアンスの違いを感じ取るとか、そんなことができるようになってもらいたいのです。

勘を養うことの重要性は、日本語文法に限ったことではありません。私が担当している理科や数学の受験科目だって、勘が働くかどうかで問題が解けるかどうかが決まることがよくあります。料理だって、ここでコショウを一振りなんていうのは、クッキングブックではなく勘のささやきではないでしょうか。

最後の例のように、勘は言語化しにくいものです。だから、“習うより慣れろ”的な訓練が必要です。養成講座のみなさんもそうですが、新学期を迎えた学生のみなさんも、勘を鋭くしていってください。

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待ちかねる

3月25日(月)

桜の開花が遅れています。現時点で、高知、宮崎、広島の3か所だけです。東京は20日に咲くという予想が出ていましたが、いまだに咲く気配すら見られません。最近は3月中に散ってしまうこともよくありましたが、今年の花吹雪は4月になってから吹き荒れるのでしょう。

小雨と霧雨の間ぐらいの雨が降る中、昼食をとりに外に出ました。コートを着ないで出たら、速足で歩かないと寒くなりそうな感じでした。最高気温で見ると、関東地方はひと月くらい季節が逆戻りしたようです。温かいものを食べましたが、学校に帰り着くまでに温かさが消え去ってしまいました。

午後は今学期最後の日本語プラスの授業をしました。午前中使っていなかった教室を使うので授業の始まる15分ほど前にエアコンを入れておきました。しかし、寒がりのDさんから、「先生、エアコンの温度を上げていただけませんか」と訴えられました。

午後の初級クラスの授業後に、来学期の日本語プラスのオリエンテーションをしました。会場にしていた教室ですが、私が来た時には誰かがエアコンをつけていました。やっぱり、ひんやりしたんでしょうかね。

今年の春は、急に足取りが遅くなってしまったようです。でも、少し前まではこれが普通だったようにも思えます。これぐらいがちょうどいいような気もします。お花見は、4月になってからしたいものです。3月のお花見は気が早すぎるというのは、年寄りの感覚でしょうか。

もう一歩のところで待たされていますから、今年の春はなんとなく期待に胸が膨らみます。いい学生がたくさん入ってきてくれるとうれしいんですがね。

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旧交を温める

3月15日(金)

病欠のO先生に代わって、初級クラスに入りました。名簿を見ると、このクラスには先々学期レベル1で教えた学生が2人います。そういう学生に会って伸びを確かめるのも、代講の楽しみです。

教室に入ると、その1人であるSさんはすでに教室にいて、授業開始直後に行われる漢字テストと文法テストの準備をしていました。いい点取れよと心の中で声を掛けました。

ほどなく始業のチャイムが鳴りましたが、知っている学生のもう1人、Fさんが来ていません。出席を取り終わってもまだ入ってきません。「では、漢字のテストを始めます」と、試験用紙を配り終えた頃にFさんが入ってきました。私と目が合うと、一瞬、しまったという顔をしました。

テストが終わると、週の初めにやった文法テストの返却日に当たっていましたから、学生たちにテストを返しました。Sさんは、なんと、不合格ではありませんか。「レベル1の時はいい学生だったのに」と言いながら返すと、申し訳なさそうに受け取っていました。こういう恥ずかしい思いをしなければならなくなることがありますから、KCPの学生は油断ができません。Fさんは、以前と変わらず優秀な成績でした。

このクラスはアルファベットの国からの学生が優秀なようで、テストの成績でもトップを争っていました。フィードバックのついでに初級とは別の切り口からこのテストで扱っていた文法の話をしました。そういうのを真剣に聞いていたのも、アルファベットの国のみなさんでした。

確かに、JLPTやEJUでは漢字の国の学生の方が好成績を収めますが、KCPのテストはコミュニケーション力を見ようという色彩もありますから、国でそういう訓練を受けてきたアルファベットの国の学生が有利になる面もあります。上述のように、知的好奇心が強いことは、この先大きく伸びていく余地があるということでもあります。

代講は、時間が奪われることは事実ですが、興味深い発見も多いので、結構楽しんでいます。

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3月の定番

3月5日(火)

卒業式直前の上級クラスの授業では、よく“お世話になった先生へのお礼状”を書いてもらいます。さすがの上級の中でも上の方、超級の学生でも、いきなりお礼状を書けと言われても書けるものではありません。ですから、私は、よく、10年余り前に中級まで勉強して進学していった学生からもらったお礼状を見本にしています。このお礼状は、文面には拙さが見られるものの文法的な誤りはなく、時候のあいさつ、感謝の言葉、読み手の健康を気遣う言葉と、お礼状の要素はすべて盛り込まれています。しかも「拝啓~敬具」でまとめられていますから、上級の教材としても十分に通用します。それどころか、日本人の大学生だってここまで書ける人って少ないんじゃないかと思われるほどです。

中級の学生が書いた文面ですから、超級の学生なら内容はすぐに理解できます。問題は、それを自分に合わせてカスタマイズできるかです。省エネタイプの学生は、時候の挨拶まできっちり写します。しかし、「専門学校に進みます。いつか先生に私が作ったケーキを食べてもらいたいです」という部分はどうにかしなければなりません。そこで頭を抱えてしまうんですねえ。今年の卒業生たちも、みんな呻吟していました。

「手紙の文章は、チェックはしませんよ」と言ってありますが、これも学生たちにとってはプレッシャーになるようです。せっかくのお礼状に誤用がいっぱいだったら、そりゃあ恥ずかしいでしょうね。でも、見本のお礼状を書いた学生は、誰のチェックも受けていません。しかも、今のようにAIにお願いすれば何でもしてくれるようになるより前の時代です。超級の学生にできないはずがありませんから、私は突き放します。

それぞれ、自分のお世話になった先生の名前を封筒に書き、手紙を入れて封をして出してくれました。「卒業式の前に読まれると恥ずかしい」と言っていますから、宛名の先生には卒業式後にお渡しします。

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少子化対策はやっぱりない

3月4日(月)

朝、出勤すると、ロビーに雛人形が飾ってありました。遅ればせながらですが、今年は2月29日が学校行事でみんな出かけましたから、しかたのないところでしょう。

昔は、「雛飾りを片付けるのが遅れると、お嫁に行くのが遅くなる」と言われたものです。それに従えば、KCPの女子在校生全員の婚期が遅れるということになります。でも、今時、婚期がどうのこうのということ自体、あまり話題にならなくなったような気がします。それだけ晩婚化、非婚化が進んだのです。

金曜日とは別のクラスで、日本の出生数と韓国の出生率の動画を見せて、どんな条件が整えられれば安心して子供を産み育てられそうかというテーマで話し合ってもらいました。数人のグループをいくつか作りましたが、どのグループもメンバーが意見を言い合っていました。

しかし、結論は厳しいものでした。多少は改善されつつあるものの、子どもを産み育てることにおいては女性の負担が大きく、動画で述べられていたように、自分のしたいこととの両立が難しいと訴えた学生もいました。また、親世代と自分たちの世代とで、子育てに対する考え方が違うから、子育てを親に頼れないという意見も出てきました。自分たちが子供の頃はその差が小さかったので、親世代はそのまた親世代(学生たちから見ると祖父母世代)に頼れたけれども、今は違うというわけです。そんな感じで、学生の多くが、積極的に子供を持ちたいとは思っていないようでした。

日本人の若者も同じように考えているんでしょうね。少子化の打開策を考えるよりも、少子化を前提とした社会づくりに力を入れるべきなのかもしれません。

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少子化対策はない?

3月1日(金)

今週は立て続けに2件、少子化の進行を示す統計が発表されました。1つは、昨年の日本の出生数が一昨年比5%減の75万人余りだったという厚生労働省の発表です。もう1つは、韓国の昨年の出生率が一昨年より0.06下がって0.72だったという韓国統計庁の発表です。両国とも少子化の進行が問題になっていましたが、さらに深刻化したというデータが示されました。

これを基に、上級クラスでどんな施策があれば子供を産み育てようという気になるかという話し合いをしました。学生たちはこれから子供を持つ(かもしれない)世代です。そして、クラスの大半が少子化に悩む国から来ています。そういう学生たちがどんな反応を示すか、アイデアを出すかに興味がありました。

「避妊薬などに高額の税金を掛ければいい」などという暴論は出てきたものの、残念ながら、膝を叩くような案は出てきませんでした。つまり、各国の施策は若者の心を子育てに向ける力はなく、かといって若者を子育てに向けされる妙案もないということです。さらに言えば、現代社会は若者が子育てに励むには不向きな構造になっているのです。だとすると、日本も韓国も他の国々も、少子化の進行は止められず、社会を支える層が薄くなることによる国家の崩壊は防ぎようがないということになります。

ほんの20分か30分の議論で素晴らしい政策が思い浮かんだら、どこの国も少子化に頭を抱えることはないでしょう。でも、学生たちが、どんな条件が整えば子供を産む育てる気になるか全然見当がつかないというのは、見過ごすことはできません。この状況を打破するには、コペルニクス的発想の転換が必要なようです。

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新クラスの前触れ

2月26日(月)

卒業認定試験がありました。と言っても、私は試験監督ではなく、上級で卒業認定試験を受けない学生たちを集めた合同クラスの授業を担当しました。

一口に上級と言っても、今学期上級に進級したばかりの、よくできる中級と言った方がふさわしい学生から、その辺のバカ高校生よりもよっぽど日本語がよくわかる学生までいます。ですから、普通に授業をしたら上か下のどちらかがつまらない思いをすることになります。そういうわけで、上の上から上の下まで組み合わせたグループをいくつか作り、グループ学習をしました。

「下のレベルの人はわからないことを上のレベルの人に聞いてください。上のレベルの人は聞かれたら教えてあげてください」と指示しておいたからでしょうか、上の上組が質問に答えている場面が見られました。Qさん、Bさん、Lさん、Aさん、Cさんなど、自分が引っ張らなければという学生が自然発生的に現れました。

初級の学生の作文から拾ってきた誤用を直す課題では、上級らしい文法や語句などを用いた、私の想定を上回る訂正がいくつも出てきました。単に助詞や単語をいじるだけではなく、文の作りをガラッと変える訂正もあり、学生たちの力を見直しました。

このクラスの学生たちの一部は、4月からの新学期になると机を並べて勉強することになります。今は3月に卒業する学生たちの陰に隠れているところがありますが、来年度の最上級クラスを構成するメンバーであり、KCPをしょって立つ面々です。まっすぐに育っていってもらいものです。

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同じです

2月22日(木)

初級クラスの漢字の時間に「絵」が出てきたときのことです。教科書に「絵」「絵本」「絵画」と3つの言葉が載っていましたから、これに付け加えて「絵文字」を紹介しました。「えもじ」という読み方まで教えると、Gさんが「えもじ?」と大きな声をあげました。そして、「先生、同じです」と大発見でもしたかのように叫びました。

Gさんにとっては、SNSなどの文にくっつけるあれは、アルファベットの“emoji”でした。実は、それは元をたどると日本語の「絵文字」なんだと説明すると、「知りませんでした」と、これまた教室中に響き渡るような大きな声で驚きを表していました。

「絵文字」が“emoji”として英語にもなっているということは、情報としては知っていました。しかし、“emoji”を根っからの英語だと信じて疑わない人を目の当たりにすると、こちらの方こそ驚きの声をあげたくなりました。Gさんをはじめ世界中の多くの人々が、絵文字を自国語のごとくごく当たり前に使っているのです。短期間によくぞそこまで浸透したものだと感心せずにはいられません。“emoji”も“kimono”“sashimi”“tsunami”と同じレベルに達しているのです。いや、使われている頻度や範囲を考えると、先輩語を凌駕していると言ってもいいでしょう。

工業製品が日本の名刺代わりだったのは、私が若かった頃の話です。テレビや自動車こそが、富士山同様日本の象徴でした。時は流れ、ポケモンのあたりからソフトな名刺になり、“emoji”に至ったわけです。世界の文化を彩っているのですから、大いに胸を張りましょう。

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窓は、開けてあります

2月21日(水)

それにしても寒かったですねえ。昨日が春どころか初夏を思わせる暖かさでしたから、なおさら落差を感じさせられました。最高気温(13.2℃)は平年を上回りますが、これが記録されたのは、昨日の暖かさの余韻がまだ残っていた、日付が変わった直後でした。常識的感覚的意味での日中の最高気温は8度程度で、一番寒い時期(1月下旬)の平年値を1.5度ほど下回ります。でも、まだ2月ですから、こんな日があるくらいでちょうどいいのかもしれません。

そういうわけですから、昨日はコートなしの春の装いとは打って変わって、スーツの下にカーディガンを着こむという厳寒期仕様で出勤しました。それでも職員室ではなんとなく寒く、ひざ掛けが手放せませんでした。

午後の初級クラスの教室に入ると、エアコンがついているのに窓が開いていました。寒気のためかなと思って、何も言わずに出席を取って、予定されていた単語テストを行いました。テストが終わって、来週のディズニーシー行きの説明をしたあたりから、学生たちの気持ちが盛り上がってきました。

発音練習、漢字と、いつも通り授業を進めていくと、漢字の終わりぐらいに、開いている窓のすぐ前に座っているKさんが「先生、エアコン、消してもいいですか」と注文。「消してもいいですか」ではなく「消していただけませんか」としなければいけないところですが、それはさておき、窓は換気のためではなく、外の冷気を取り入れるために開けてあったのかと驚かされました。そして、なんと、Kさんの注文に異を唱える学生が1人もいませんでした。「エアコン、消してもいいですか」と確認を取ると、うなずく学生は数名いたものの、誰一人首を横に振りませんでした。このクラスは、放っておいても国籍の壁なくみんな誰とでもしゃべります。そのエネルギーが教室の空気を温めるのでしょうか。

漢字の後、聴解、文法と定番の授業が続き、最後は防災に関するお知らせをしました。終業のチャイムが鳴るまで、エアコンをつけてくれという声は上がりませんでした。

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