永久に不滅

10月27日(土)

先週の土曜日に行われたEJUの模擬テストを欠席した学生に対して、欠席したことをその学生の学生カルテに入力しました。賞罰の罰の欄に“10.20EJU模試無断欠席”と書き入れました。コンピューターに入力しましたから、その学生が卒業するまではもちろんのこと、卒業後も半永久的に無断欠席の記録が残ります。

模擬テストの申し込みの時に、申し込んだら欠席できないと繰り返し注意しておいたのに、これらの学生は欠席しました。主催する専門学校との信頼関係に基づいて参加させてもらっているのだから、欠席はKCPの名前に傷を付けることになる、と伝えました。でも、とりあえず申し込んでおいて、気が進まなかったら休んでもいいや、という気持ちで申し込んだ可能性が否定できません。本当に具合の悪かった2名からは連絡をもらっています。

携帯電話が普及して以来、約束の重みが軽くなったと言われています。ケータイに連絡することで、気軽にドタキャンできるようになったからです。そして、いつのまにかドタキャンの連絡すら省略されるようになってしまいました。それではいけないということを教えようと、約束の重みを感じさせる指導をしてきているつもりですが、模擬テストの無断欠席のような行動を根絶するには程遠いのが現状です。

私は語学の教師に過ぎませんが、言葉の表面的な意味だけではなく、自分の発した言葉が受け手に与える影響や、自分が受け取った言葉に込められた送り手の心まで察することのできる学生を育てたいと思っています。だから、多少大人気ないかもしれませんが、“無断欠席”と入力しまくったのです。

郵便物

10月26日(金)

このところ毎日、どこかの大学から入学案内が届きます。私は、商売柄、大学の名前には詳しいほうだと思いますが、それでも知らない名前もあります。大学側は、日本語学校の一覧表か何かを見ながら機械的に発送しているのでしょう。入学案内を見て、1人でも受験し合格し入学したら、入学案内の作成・発送などにかかわる費用は元が取れてしまうのだと思います。

知っている大学なら、その大学について学生に語ることもできます。しかし、中身を知らない大学については、たとえ大学案内を見ても、語りようがありません。せいぜい大学の所在地についてあれこれ言うのが関の山です。これでは、KCPから受験者が現れるとは思えません。いただいたパンフレットに目を通して勉強できればいいのですが、今の私にはその時間がありませんから、私は学生を押す力にはなれません。

大学から担当者が来てくださると、様子ががらりと変わります。その大学の真のウリが見えてくるし、面と向かって話せば情も湧くし、その大学に対する親近感が全然違ってきます。条件の合いそうな学生に対して、その大学を推したくもなります。つまり、私がその大学の営業マンになったようなものです。もちろん、大学の担当者に会えば自動的に営業マンになるわけではありません。やっぱり、その人から何かを感じなければ心は動きません。

現在、日本には大学が768校あるそうです。この768校が減りつつある日本の高校生を奪い合い、優秀な留学生を確保すべく戦っています。その戦場の十字路にいると、勝ち残りそうなところとそうでもないところとが、戦いの砂塵の合間からぼんやり見えてきます。

卑弥呼? 伊達政宗?

10月25日(木)

私の今学期の木曜日は、選択授業「日本の地理歴史」の日です。

その初回の授業。まず、手始めに、日本の歴史と聞いて思い浮かべる言葉を聞いてみました。江戸時代、鎌倉幕府、織田信長、紫式部などは、超級の学生なら常識の範囲内です。明智光秀、源義経、小野妹子、東郷平八郎などという人物が出てくるところを見ると、思ったよりディープな日本史ファンがいるのかもしれません。三内丸山遺跡、平知盛、寛政の改革などというのは、さすがに出てきませんでした。でも、法隆寺、日光、姫路城といった世界遺産が1つも出てこなかったことは意外でした。

この授業は、学生に興味のある日本史上の人物を調べて発表させることで進めていきます。自分の担当人物をきめてもらうとき、ヒントなしだと難しすぎるでしょうから、卑弥呼から野口英世まで数十人の例を示しました。すると、Gさんが真っ先に手を挙げて、「その中にはないんですが、伊達政宗について発表してもいいですか」と聞いてきました。もちろんOKです。こういう学生がいてくれると、クラスのレベルが上がるものです。

授業後にGさんにちょっと話を聞いてみました。すると、伊達政宗に触れたくて仙台まで行ったことがあるそうです。何年か前に、石田三成の大ファンで、“大一大万大吉”の旗印のスマホケースを持っていたMさんを思い出しました。石田三成のお祭を見に行くために学校を休んじゃったくらいでしたからね、印象に残っていますよ。

私も学生たちが取り上げなかった事柄について発表してみようかな…なんて思いました。

点と線

10月24日(水)

今月のKCPの目標は「日本の秋を楽しもう」です。今週は、その秋を楽しむことができるイベントをクラスで紹介していきます。今週末から来週にかけて行われる、神田神保町の古本祭りも取り上げることになっていて、F先生が気合を入れて説明用のパワーポイントを作ってくださいました。

午前クラスのA先生が、10時半の休み時間に半分怒りながら職員室に帰って気ました。学生たちの世界が狭すぎるというのです。F先生のパワーポイントで説明を始めたはいいけれども、学生たちは神田がどこか知りませんでした。ホワイトボードに山手線を表す丸を描いて、新宿はどこかと聞いても右とか言っていた学生もいたそうです。自宅と学校の間をバスか徒歩で往復するだけなので、東京の他の場所は全く知らないという学生も。

その話を聞き、私も午後の自分の初級クラスで学生に聞いてみました。残念ながらA先生のクラス以下で、ホワイトボードに丸を描いてこれは何かと聞いたら、丸ノ内線という答えが返ってきて、みんなそれにうなずく始末でした。これは山手線だと言って、新宿はどこかと聞いても、ポカンとするばかりでした。

確かに学生たちには日々自宅学習に励んでもらいたいですが、これでは自分の身の回りの社会について知らなさ過ぎます。どこかへ出かけるときはスマホの乗り換え案内か何かに頼ってその通りに動きますから、いっこうに土地勘が養われないのに違いありません。

彼らの好奇心はしなびてしまったのでしょうか。来週の金曜日はBBQで立川の昭和記念公園まで行きますが、新宿で中央線に乗ったらスマホを見っぱなしで、気がついたら目的地だったということなのでしょうね。点しか見ていなかったら、世界は広がりません。

過ぎたるは猶…

10月23日(火)

授業後、Tさんが志望理由書を見てほしいと持って来ました。頭痛がするか吐き気を催すような志望理由書ばかりを見てきた目には、一読で内容がすっと理解できるTさんの志望理由書が神々しくさえ見えました。文法的な手直しは、助詞をわずかに訂正する程度で終わりました。文法チェックに加えて、Tさんは字数制限に合わせるために200字ぐらい削ってほしいと言います。ところが、Tさんの文章には無駄がありませんから、なかなか削れないのです。一部の言葉を置き換えて数文字ずつでも削りましたが、積もるほどのちりにはなりません。

こうなると、隙のない文章というのも考え物です。試合前のプロボクサーのごとく、十二分に筋肉質の体から無理やりに脂や水分を絞り出すようなものです。ですから、字数を減らすには文章の骨格から抜本的に見直す必要があります。でも、文章の骨格に手を入れると、Tさんの志望理由書ではなく、私の創作になってしまいかねません。そんなことまで考えると、かえって頭痛に吐き気の志望理由書よりも厄介にすらなってきます。

どうにかこうにか赤を入れてTさんに手渡したところで、私は受験講座の時間が来たのでタイムアウト。受験講座の合間にたまたま顔を合わせたTさんに聞いたところ、それでもまだ100字ぐらいオーバーしているとか。こうなったら根性を決めて、Tさんに事情聴取して白紙の状態からつくり上げるほかないでしょう。Tさんの志望校は締め切りが迫っていますから、明日は腰も腹も据えて取り掛かることになるかもしれません。

初授業

10月22日(月)

始業日から10日も経って、ようやく初めて最上級クラスの授業に入りました。先週は養成講座の授業のため、このクラスの授業が2回とも代講になってしまったのです。

Mさんも、10日経って今学期初めての授業でした。就職試験のため、先月末からずっと一時帰国していたのです。まだ結果が出たわけではありませんから、もうしばらく落ち着かない気持ちで授業を受けることになるのでしょう。最上級クラスともなれば、進学だけではなく、就職を狙っている学生もいます。日本語力を生かせる仕事となると、あるようなないような、ある意味、運任せのところもあります。MさんのほかにもSさんも就職狙いですが、どうにかいい結果につなげてもらいたいです。

Yさんは欠席でした。授業後電話をかけたら、昨日T大学の試験があり、先週末からあまり眠れなかったそうです。ゆうべは、試験が終わってほっとして気が緩んで、これまでの睡眠不足を取り戻すかのように、昼まで寝てしまったとのことでした。そういえば、同じ大学を受けたKさんもこちらが隙を見せると寝ていました。面接試験というのは、どんなに日本語ができるようになっても、プレッシャーになるようです。

「プレッシャーをばねに」とはよく言われますが、それができるのは本当に力のある人たちだけです。YさんもKさんもそんな緊張する必要はないのですが、やはり本番の雰囲気は独特なのでしょう。文字通り力を出し切ってもぬけの殻みたいになっていたのかもしれません。

このクラスには、まだまだ受験を控えた学生が大勢います。今学期は、そんな学生たちのお世話が中心です。

模擬授業

10月19日(金)

私がIデパートのカードを作ったのは、Iデパートにあるマッサージ屋に通い始めたのがきっかけでした。カードだと割引料金で回数券が買えるからです。カードを作ってしまうと、同じような品物がよそにもあっても、Iデパートで買うようになりました。私の身の回りにIデパートで買ったものが増えていきました。

まんまとIデパートの戦略にはまってしまったわけですが、損したとか腹立たしいとか、そんなネガティブな感情はありません。Iデパートの品物は、私が感じるよりも周りの人たちが「いい品物ですね」と言ってくれますから、持ち主であり、その良さを見極めた(と勝手に信じている)私自身を誇らしく感じています。要するに、満足しているのです。

上級の学生を対象にした、S大学の先生による模擬授業を聞きました。マーケティングについてのお話で、聞いているうちにIデパートと私との関係を思い出しました。先生の言葉をお借りすると、私はIデパートのターゲティング対象にぴったり当てはまり、Iデパートが思い描いたとおりにふるまっていることになります。

何かの本で、販売とは買いたい人に物を売ることで、マーケティングとは人に買いたいと思わせることだという意味のことが書いてありました。S大学の先生の講義を聞いて、改めてなるほどと思いました。私と一緒に聞いていた学生たちも、うなずいたり盛んにメモを取ったりしていました。私の授業中、すぐどこかの世界へいってしまうKさんも先生の板書を写していましたから、大学の先生の話には聞き手を引き付ける何かがあるのでしょう。

学生たちに大学の講義とはどのくらいのレベルの日本語で行われているのか実体験してもらおうと思って、模擬授業をしていただきました。「先生のお話がわからなかったら大学の授業を聞いてもわからないということですから、大学に行くのは無駄です」と脅しをかけました。教室の後ろから見ている限り、みんな何がしかの手応えを感じたのではないかと思います。

見えない

10月18日(木)

医学部入試の合格者決定過程で不正が行われていた例が、最近相次いで発覚しています。差別を受けて不合格にされた方たちの悔しさは、いかばかりでしょう。

どの大学でも、浪人していない男性を優先的に合格させてきたようで、まるで家のことは専業主婦に任せてひたすら働いていた猛烈サラリーマンを育てる機関になったかのようです。医師の仕事はかなりハードだから女性には厳しすぎるという、理由とも言い訳ともつかない差別した側の言葉がそれを裏付けています。

医学部に進む留学生はほとんどいませんから、また、いたとしても留学生特別入試なら試験方法も合否基準も日本人受験生とは違いますから、留学生がこの不正の犠牲になっていたとは考えにくいです。しかし、合否判定に関しては、どこまで信じていいかわからないうわさが常に流れています。「A大学はB国の学生は合格しやすいが、C国の学生はなかなか合格できない」「D大学は高校を卒業したばかりで英語がよくできる女の学生を好む」「E大学は1つの日本語学校からの合格者は1人にしている」…。

もし、こういったうわさが事実なら、医学部入試の不正に匹敵するような差別です。あってはならないことだとは思いますが、うっすら実感できる話もあります。留学生入試は、日本人高校生入試に比べてブラックボックスの部分が大きいです。日本人向けの試験問題は公開しているのに、留学生向けの問題は非公開という大学も少なからずあります。こうした秘密主義が憶測を呼ぶのです。

そういう面から、私は今回の一連の不正事件に興味を持っています。

行き場がなくなるよ

10月17日(水)

今学期は水曜日が午後の初級クラスで、午前中少し余裕があるはずでした。しかし、あれこれ雑用を片付けているうちに、あっという間に昼休みになってしまいました。まあ、開講日以来たまっていたこまごまとした用事を処理できたのですから、有意義だったと言えないこともありませんが…。

昼休みになったら上級の学生が押し寄せてきて、そちらの世話で手一杯です。そんな中、アポなしでG大学の方が訪ねてきました。お話を伺うと、日本人向けのAO入試に去年の2倍近い受験生が応募し、“若干名”とされている留学生の定員が少ないほうに動くかもしれないとのことでした。ですから、G大学を志望する学生がいたら是非早い時期の入試で受けてほしいというお勧めでした。KCPからG大学には、毎年何名かの学生が進学していますから、気を利かせてくださったのでしょう。

要するに、入試時期が遅くなればなるほど入りにくくなるということです。第1志望校の合否を見極めてから第2志望校以下に出願などと言っていたら、滑り止めになるはずの第2志望校の入試が第1志望校の入試よりもハイレベルになりかねないのです。

私たちはそういう情報をある程度つかんでいましたから、夏あたりから先手必勝という指導をしてきました。しかし、学生たちは自分たちに都合のいい情報ばかりを信じ、私たちがたきつけてもなかなか動こうとしません。でも、もはや悠長なことは言っていられません。首に縄をつけてでも出願に持って行かなければなりません。

午後の授業は、そんな学生の顔がちらついて、若干集中力を欠き、予定の進度まで進めませんでした。

違います

10月16日(火)

今学期はEJUが迫っていますから、始業日の翌日から受験講座が始まっています。私の理科も昨日から始まっています。今学期から受験講座に加わった初級の面々も、11月のEJUを受ける学生が大半ですから、過去問をやらせてみました。やはり日本語の読み取り・理解がかなり大変なようで、上級の学生たちの1.5倍から2倍ぐらいの時間がかかります。でも、初級の学生の多くが、来年6月に照準を合わせていますから、そのころには馬の上級の学生たち並みのスピードで解けるようになっているでしょう。

しかし、学生たちの国の教育カリキュラムと日本のそれとが違っている場合は、そのギャップ埋めなければなりませんから、さらに負担が大きくなります。SさんとTさんはそういう学生で、過去問の中の数問は国の高校では全く手をつけなかった範囲だと言いますから、来週はそのために時間を取って詳しい説明をすることにしました。

日本の大学は、よく、入るのは難しいけど出るのは易しいと言われてきました。かつてほどのことはないでしょうが、今でも多少はそういう気が残っているように思えます。もちろん、大学で勉強していくだけの能力や適性のない学生を入れてはいけませんが、EJUの出題範囲が学生たちの母国の教育カリキュラムと違うことが、他の面で高い能力を有している学生にとっての高い壁となっているとしたら、ちょっと違うんじゃないかなあと思います。

理系の大学で高校の数学や理科の補習をしなければならないという事例を耳にすると、そんな学生を無理して入れなくてもと思ってしまいます。留学生が大学に入ってから落ちこぼれてしまうよりは、入る前にはねられた方が、少しでも早い時点で軌道修正できますから、幸せなのかもしれません。

何はともあれ、今はSさんとTさんを来年6月までにEJUで勝負できるだけの力をつけさせることに集中します。