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遠回り

1月9日(火)

JさんがK大学の志望理由書を持って来ました。週末・連休に必死に書いたことはわかりますが、この内容は、夏ごろに初めて書いた志望理由書のレベルです。突っ込みどころ満載の中身が薄い志望理由でした。明日が出願締め切りですから、Jさんに内容を考えさせているゆとりはありません。ですから、こちらからかなり入れ知恵をして、なんとか体裁を整えました。

Jさんは、私が言ったことは理解できたようですが、それを自分のものにできたかどうかは疑問が残ります。私のアドバイスで志望理由が急に厚みが増すとは思えません。これからガンガン鍛えて、私が何を言わんとしていたのかはっきりつかませていかないといけません。

私はJさんが入学した学期に初級で受け持ちました。Jさんは、自分自身では中級に入るつもりだったようで、初級というKCPのレベル判定には不満を持っていました。ですから、KCPよりも塾での勉強を中心に、今まで過ごしてきました。でも、もう後がない時期に及んでも、KCPの進学指導なら数か月前に済んでいる「低度」の志望理由書しか書けていないのです。

塾で伸びる学生もいますから、塾での勉強を一概に否定するつもりは毛頭ありません。でも、Jさんについて言えば、Jさんは塾を上手に使いこなしてきませんでした。塾とKCPとのバランスが取れていなかったために、こんな現状に甘んじなければならないのです。

JさんのEJUの成績と志望校を比べると、どこかに合格できるはずです。入学以来ずっと私の手元にいてくれたら、自信を持ってそう言えますが、なにせ1年以上のブランクがあります。これから卒業までの間に、そのブランクを取り戻さなければなりません。

来週の今頃は‥‥

12月14日(木)

期末テスト1週間前なので、試験範囲を発表しました。試験範囲を書いた紙を教室の掲示板に張り出しましたが、私が入った超級クラスは、Sさんがスマホで写していたぐらいで、学生たちはあまり興味を示しませんでした。超級ともなると、実力で問題に取り掛かっても合格点ぐらいは取る自信があるのでしょうか。読解はそれでもどうにかなるかもしれませんが、漢字は試験範囲をきっちり復習しておかないとどうにもならない学生がたくさんいると思うのですが、学生たち自身はどう思っているのでしょう。

授業後、Lさんが再試やら追試やらを受けに来ました。Lさんは「卒業」がかかっていますから本気です。不勉強のまま受けて不合格になったり、欠席してそもそも試験自体を受けていなかったりしていると、平常点が悪すぎて卒業証書ではなく修了証書になってしまいます。今になって焦るんじゃなくて最初からきちんとやっておけよって言ってやりたくなりましたが、同じ立場のNさんは何もしていませんから、それよりは前向きだと思わなければなりません。

受験講座後、Jさんと一緒になりました。Jさんは期末テストが終わったら羽田空港直行で一時帰国します。21日と22日では、飛行機代が倍以上違うのだそうです。クリスマスに近づくと、急に高くなると嘆いていました。また、新学期の始業日に間に合うように戻って来ようとすると、1日違いで料金が高いとか。Jさんはちゃんと高いチケットを買って、始業日から出席します。

最近は、成績や進学に響かなかったら無理して始業日に戻らなくてもいいなどと子供を引き止める国の親がいるという話を聞きました。もってのほかです。親がいい加減だから、子供もいい加減な勉強しかできないのです。Jさんの考えが当たり前なのですが、それが立派に見えてしまうあたりに、近頃の若者とその親の問題点が潜んでいます。

級風

12月13日(水)

各家庭に家風が、各学校に校風があるように、各クラスにも級風とでもいうものが感じられます。今学期私は3つのクラスを担当していますが、それぞれ色が違います。

Aクラスは、朝、どんなに寒くても、だれもエアコンのスイッチを入れません。コートやジャケットを着込んだまま、手をこすりながら教師が来るのを待っています。Bクラスはしっかり暖房が入っており、教師が指示を出さなくても机をコの字型に並べて授業を受けます。Cクラスは黙々と勉強するのが得意ですが、声がさっぱり出てきません。

それぞれのクラスの色は違いますが、例えばAクラスの学生がBクラスに入ったらやっていけないかといったら、そんなことはないでしょう。きっとBクラスの級風に染まり、違和感なく溶け込むことと思います。級風になじめず、クラスを変えてくれと訴えてくる学生もいますが、ごく稀なことです。

いい級風が生まれるかどうかは、学期初めの数日間、極論すれば始業日にかかっているとも言えますが、学期途中の行事を境にガラッと変わることもよくあります。Cクラスは欠席が目立って心配だったのですが、グループタスクが始まってからグッと改善されてきました。でも、Aクラスはグループ活動では空気は変わりませんでした。

授業中静かでも、寒中我慢大会でもかまいませんが、勉強しようという気風はクラスに漂っていてほしいです。みんなで上を向いて進もうと思う学生が1人でも多いクラスを作りたいです。でも、これは教師1人の力でどうにかなる問題ではありません。学生にもクラスに思い入れを持ってもらいたいです。

不安と期待と頼もしさ

12月12日(火)

今学期も、日本語のクラス授業のほかに受験講座の理科の授業がたっぷりあり、火曜日は大学独自試験・口頭試問対策と、来年6月のEJUに備えるという、2クラスの科学の授業があります。

口頭試問対策は、学生にやさしい問題を解かせて説明させるというものです。知識が系統立てて頭の中に入っているか、それを聞き手にわかりやすく説明できるかがポイントです。EJUのように選択肢という形でヒントが与えられるわけではありませんから、知識は持っていても、きちんと整理されていないと、面接官が納得できるようには答えられません。また、学生は、最初の質問に答えられても、私が二の矢三の矢を飛ばしますから、それに答えるには一見かけ離れた事柄の関連性にも目を向けておく必要があります。

私のほうも、きっかけの質問の周辺事項を頭に入れておかないと、学生を追い込む質問ができません。一問一答では学生の力が付きませんから、学生に次々質問できるように、予習しておかなければなりません。ある程度ストーリーを作ってから授業に臨みますから、準備に労力がかかるのです。EJUが終わっても、気が休まる暇がありません。

そうは言っても、学生とこういうレベルの質疑応答ができるのは楽しいものです。受験講座に参加し始めたころと比べて知識が広がり深まった学生を見ていると、頼もしく思えてきます。でも、学生が個人的に力を伸ばしたとしても、受験は他人との戦いですから、ライバルたちを上回る成長を遂げねばなりません。それが実現できているかどうかとなると、私もちょっと自信が持てません。

来年6月組は、まだ種をまき始めたばかりです。1年後に口頭試問組の域まで達しているでしょうか。こちらもまた、楽しみでもあり、不安でもあります。

合格後

11月29日(水)

CさんはR大学の大学院に合格しています。来年3月の卒業まで、俗に言う“優雅な老後”を送ることができる身分です。しかし、大学院に進学してからのことを考え、KCP在学中に簿記の試験を受けることにして、インターネットの講義を聞きながら勉強しています。日本語の聴解の訓練にもなるし、一石二鳥というわけです。また、大学院には英語で行われる講義もあるらしく、それに備えて英語の勉強もしています。

Cさんは、専門的な話は専門用語を使いますからほぼ理解できます。しかし、テレビ番組のような日常語をたくさん使う会話は半分ぐらいしか聞き取れません。ですから、日常語を聞いたり話したりする訓練をしたいと、授業にリクエストを出してきました。

というように、Cさんは合格が決まった後も自分の能力を伸ばそうと、帰宅してから何時間も勉強しています。こんな貪欲に勉強していけば、大学院に入ってからも何でも吸収し、Cさん自身の人生の基礎を盤石なものとする有意義な留学となるでしょう。

AさんとKさんはT大学に合格しました。合格が決まってから、欠席が増えました。出席しても、授業中、いまひとつピリッとしません。テストの成績を見る限り、学校以外であまり勉強しているようには思えません。目標を達成してホッとしたと言えば実にその通りですが、こんな生活をあと4か月も続けたら、大学の授業が始まっても勉強モードにならないんじゃないかなあ。去年のWさんみたいに、どこかに受かった後も卒業式直前まで受験しまくる必要はありませんが、たがが緩みすぎると元に戻らなくなってしまいます。

Cさんは自分で動くエンジンを持っているのに対し、AさんとKさんは自分で目標を作れないのかもしれません。大学院進学の学生は学問のコツをつかんでいるのに対し、大学進学の学生は学問の厳しさを知らないとも言えます。そういう意味で、まだこどもなのでしょう。

森の重箱

11月24日(金)

授業が終わると、Lさんが質問に来ました。Lさんは、いつも、その日の授業内容や、それ以外に日頃自分が疑問に思っていることなどを質問します。とても勉強熱心で、自分の力を伸ばそうという意欲がひしひしと感じさせられる学生です。

じゃあ、順調に力が伸びているかというと、必ずしもそうではありません。どうしてかというと、木を見て森を見ず的なところがあるからです。細かいところに目が行き過ぎて、物事を大づかみすることが苦手なようです。重箱の隅をどつきまわして重箱を壊してしまうタイプです。

Lさんの読解の成績は、上級になってから下がっています。勉強を怠けたからではなく、大きな目で文章全体を眺めるということができていないのです。慎重な性格ですから、わからないことを残したまま前に進むことができず、局地戦ばかりを続け、大局的な戦局を見失い、勝機を逸しているように思えてなりません。

読解の時には、小説などだったらその場面を頭の中で思い描きながら読めと指導しています。論説文なら具体例を考えながら読めと指導しています。ところが、文章理解のキーとなる単語の意味を「この文章の中ではどういう意味ですか」と聞いても、辞書的な意味しか答えられない学生が多いです。さらに、わからない単語の解説をして、語句レベルでは不明な点がないようにしても、少なからぬ学生がその場面を具体的にイメージできません。

私が英語を勉強した時はどうだったかなあと思い返してみると、乏しい想像力を駆使して文章をイメージ化していました。私もLさん同様単語の意味や文法にこだわるたちでしたが、それと文章の読解は別と割り切っているところがありました。

Lさんはまだ行き先が決まっていません。志望校を見る限り、ここで脱皮しないと苦しいです。木をじっくり見ることは美質でもありますが、それを封印することも、後にその美質を生かす上で必要なのです。

ある退学

11月22日(水)

Eさんが退学することになりました。出席不良のためです。今学期の選択授業は私のクラスなのですが、まだ一度も顔を合わせていません。ですから、出席の悪さは推して知るべしといったところです。

Eさんは去年の7月に入学しました。中級クラスに入り、理科系の受験講座も取りました。私が指定した参考書も買い揃え、11月のEJUでいい成績を取り、17年4月に大学進学という計画で、気合十分で私の授業を受け始めました。知識もあり、授業も最前列で受け、やる気もありましたから、Eさんの計画は決して無謀なものとは思いませんでした。

ところが、それが続いたのは1か月でした。中間テストのころから受験講座に出なくなり、次の学期は受験講座を取ることもありませんでした。日本語クラスの出席率も急降下し、クラスの先生によると、学校へ来ても「出席」というよりは「存在」に過ぎないようでした。アルバイトはきついけれども、学費のためにやめるわけにはいかないと言っていたそうです。17年4月大学進学など、自然消滅でした。

その後、学校から厳しく注意されると一時的にはよくなるものの、すぐまた元に戻るということが繰り返されました。アルバイトを減らしたりやめたりしても、効果はありませんでした。もはや、心が完全に折れてしまっています。退学は賢い選択だと思います。

出席不良で退学となると、形の上ではEさんの留学は失敗だったとなってしまいます。しかし、本当の失敗にするかどうかは、これからのEさん次第です。若いうちの失敗は、むしろ成功の基です。入学当初の輝きのエネルギー源は何だったのか思い出し、再び炎を燃え立たせ、今度はこの留学での経験を生かして、にっこり笑ってもらいたいものです。

十人十色

11月21日(火)

授業後、奨学金受給生との懇談会に参加しました。司会役のDさんの意向で、将来社会に対してどんな貢献をしようと思っているかについて、各学生に語ってもらいました。みんな、自分の将来についてしっかり考えていることに驚かされました。私は、大学に入るころは言うに及ばず、大学院進学時でさえ、将来に対するおぼろげなビジョンすら描いていませんでした。来年3月までのKCPを背負って立つ学生たちですから、また、それぐらいしっかりした考えの学生を選んで奨学金受給生にしていますから、当然のことなどかもしれません。いや、学生時代の私のようにぼんやりしていたら、グローバルな競争にはついていけないに違いありません。

時間ぎりぎりまで奨学金受給生の話を聞き、大急ぎで受験講座へ。先週からしている口頭試問の練習です。実際にホワイトボードを使って説明させてみると、予想通り頭の中の知識が素直に出てきません。抜け落ちだらけの説明だったり、突っ込みに口ごもってしまったりして、学生たちはまだまだ感を抱いて教室を後にしました。

授業直後、Jさんの志望理由書をチェックして、指定校推薦の学内面接をしました。Kさんは悪い学生ではありませんが、いまひとつ決め手に欠く感じが否めません。私たち面接官の心を揺さぶる、ほとばしるような意欲や目の輝きは見られませんでした。心の叫びを聞きたかったです。

それからすぐ、Sさんの面接練習。ハキハキ答えてくれたのですが、答えの内容に若干疑義があり、いくらか軌道修正することに。Sさんが勉強しようとしていることは、Sさんが抱いている夢の実現とは少し方向性が違うような気がしました。本番でそこを突かれるとぐだぐだになりそうでしたから、再考を促しました。

いやあ、いろんな人の話を聞いたものです。明日も、昼休みから息つく間もなく予定が詰まっています。受験シーズンのピークですから、しかたありません。正月休みを夢見ながら、歯を食いしばります。

目の前の学生

11月15日(金)

教卓のまん前の席を指定されたGさんは、テストの前から落ち着きがありませんでした。隣の席のXさんのノートをのぞき込んだり国の言葉でなにやら質問したりしていました。直前の確認と言えば聞こえがいいですが、表情はあまり真剣には見えませんでした。

テストが始まっても、貧乏揺すりこそしませんでしたが、口をパクパクさせたり手をあっちこっち動かしたり、あげもらいか貸し借りか行き来かわかりませんが、語彙か文法か自分なりに確認しているようでした。周りの学生は試験問題に真剣に取り組んでいるので、そんなGさんの動作など眼中にないようでしたから、放置しておきました。

聴解の時間になると、できない学生の典型的パターンに陥りました。次の問題が始まっているのに、前の問題の答えをあれこれいじりまわすのです。消しゴムで消して書き直している間に、新しい問題はどんどん進みます。そうすると、その問題も聞き取れなくて、そのまた次の問題の時に答えを考えることになります。すると、そのまたまた次の問題が…というように、悪循環に陥ってしまいます。Gさんは自転車操業にもなっていないようでした。

多くの留学生を見ていると、中には勉強に不向きなのもいます。そういう学生は勉強以外の分野で活躍すれば幸せになれるでしょうが、日本語という外国語を勉強しているうちは、苦難の連続です。Gさんにもそんなにおいを感じ取りました。まだ初級のGさんは、卒業が再来年の3月です。それまでもつのかなあと、心配になりました。

中間テストが終わりました。あさっては水上バスの旅です。Gさんも、こちらは楽しんでくれるでしょうか。お台場で活躍してくれるでしょうか。

東海道新幹線

10月30日(月)

「…東海道新幹線など、やたらトンネルが多いが…」という文が超級のテキストの中にありました。授業でそこの部分を扱ったのですが、私はどうも納得がいきませんでした。かつて、私は月に1回ほどは東海道山陽新幹線を利用していましたから、このあたりはちょっとうるさいです。山陽新幹線は確かにトンネルが多いですが、東海道新幹線は決してそんなことはありません。平野を突っ走るイメージが強いです。

調べてみると、東海道新幹線のトンネルの割合は13%、山陽新幹線は51%でした。建設中のリニア新幹線の8~9割は別格としても、東海道新幹線以外の新幹線はどれも半分ほどがトンネルですから、冒頭のテキストは当たっているとは言えません。

東海道新幹線は、何と言っても富士山がよく見えます。高架橋の上からですから、並行して走る東海道線より眺めがいいかもしれません。海は熱海の前後、焼津付近、浜名湖辺り、蒲郡の手前でチラッと見えるだけですが、山陽新幹線は三原と徳山の海だけですからねえ。穏やかな多島海で遠景は癒されますが、近景は工場の裏手の海ですから、いまひとつパッとしません。夜は工場萌えになりますけどね。

東海道新幹線は景色が悪いと思われかねない文章でしたから、「幸せの左富士」の話をしました。東京から大阪方面に向かって新幹線に乗ると、富士山は右手に見えるのですが、静岡駅を過ぎた直後に、ほんの一瞬、右手に富士山が見えます。静岡を過ぎたあたりですから、同じ静岡県内とはいえ、富士山までかなりの距離があります。ですから、天気に恵まれないと見えませんし、精神を集中して首をかなり後ろに向けないと拝めません。だからこそ、これが見えたら“幸せの”となるのでしょう。

関西の大学を受験する学生が、幸せの左富士に見送られて、望みを叶えてくれれば最高ですね。