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鋭い着想

7月18日(木)

私が大学生のころは、物理や数学のテストでどうしても解けない問題があったら、自分の最も得意とする問題について論述し、その内容が素晴らしければ単位はもらえると言われていました。私はそこまでする度胸がなく、いや、そもそもそんなすばらしい論述ができる問題もなかったので、解けなくても部分点狙いでちまちまと答えを書いては、超低空飛行を続けたものです。だから、これが事実かどうかは確かめていませんが、要するに、きらりと光る何かを持っている学生は拾い上げようということだったのだろうと思います。

たとえこの話が本当だったとしても、今はこんないい加減な試験など、しているところはないでしょう。学生の習熟度や能力をきちんと評価できるテストが行われていることと思います。あるいは、こんなことをしてくれる、度量の広い教師がいてくれたらなあという、夢の世界の話がまことしやかに流れただけかもしれません。

Sさんは理系の受験講座を受けていますが、実にユニークな問題の解き方をすることがあります。私など、学生に説明することを前提に、オーソドックスな、安全確実な解法を採ることが身にしみついています。作問者が思い描いた通りの解き方をたどっているんだろうなと思うとちょっと悔しく思うときもありますが、すでに発想が凝り固まっていて、新しい方法など浮かんできません。

その点、Sさんは盤石の理系の知識に加えて、教科書とは違った視点から問題を捕らえ、新たな着想を得る境地に至っています。10点満点の問題でも20点あげたくなるような、鮮やかな解答を示すことがあります。Sさんの志望校の先生がSさんの答案を見たら、どんな点数をつけるでしょう。やっぱり10点は10点なんでしょうかね。採点官が思いもよらなかった解き方をしていたら一発合格……やっぱり無理な夢です。

どうしたらいいんだろう

7月17日(水)

今学期から受験講座を受け始めた学生は、今が一番不安なときだと思います。クラスの日本語の授業では絶対に出てこない単語が次々と襲い掛かり、習ったばかりの文法や教科書の後ろの方にあった文法が連発され、教師の言葉を追いかけるだけで精一杯かもしれません。確かに国の高校で習った覚えのある内容なのですが、それを日本語で改めて勉強するとなると、また違った難しさを感じるでしょう。

私は初級を教えた経験もありますから、目の前の学生が知っているはずの文法を組み合わせて説明を組み立てることもできますが、そうでない先生方は言葉の加減が難しいと思います。でも、進学したら、進学先の先生方が留学生に合わせたやさしい日本語を使ってくれることは、まずないでしょう。日本語「を」勉強するのではなく、日本語「で」勉強する訓練を、受験講座を通してしてもらいたいと思っています。

先学期以前から勉強している学生たちも、試練の時です。大学の独自試験に照準を合わせた問題に取り組むとなると、EJUよりずっと大量の日本語を読まなければなりません。また、筆答式となると、自分の考えを簡潔にまとめることも求められます。日本人の受験生よりは甘く採点してもらえるとしても、限度というものがあります。採点官にとって意味不明の文だったら、点数はもらえません。採点官は、KCPの先生方のように広い心で留学生の書いた文の意味を受け取ってはくれないでしょう。口頭試問となったら、論理的に話を進めていく必要があります。これまた特訓あるのみです。

EJUで少しぐらい点が取れただけでは、考えている大学には手が届きません。苦しくてもここで力を伸ばすのです。夏に鍛える――今年はまだ夏らしい日がありませんが…。

日本時間

7月8日(月)

Xさんは、先学期の期末テストで、文法の点数が合格点にちょっと足りませんでした。だから、期末テストの範囲の文法を使った例文を書いてくるという宿題を出されました。午後、その宿題を持って来ました。

例文を読んでみると、確かに勉強の跡は見られました。しかし、「てんきよほ」だったり、「また」と「まだ」が区別できなかったり、「泥棒が入って台所でケーキを食べられました」だったりなど、看過できない間違いも少なからずありました。

自動詞と他動詞が入れ替わっているのは、指摘したらすぐわかります。しかし、これは“AでなければB”という論理に従って答えただけで、本当にその動詞が定着したかと言えば、怪しい限りです。助詞の間違いもそうです。「を」が違うと言われたから「に」と答えておくとかという発想は、その場しのぎに過ぎません。

このまま進級させるのは忍びないのですが、進学のことを考えると同じレベルで足踏みさせておくわけにもいきません。「普通の勉強のしかたじゃ、すぐに勉強がわからなくなりますよ」としつこく注意したものの、上がってしまったら“普通の勉強”しかしないでしょうね。

Xさんは、入学以来、そうやって上がってきたのでしょう。でも、“何となくわかる”では、これ以上日本語力が伸びることはないでしょう。発想を変えなきゃいけないよとは、私以外の先生にも言われているはずですが、身に染みていないんですね。

それよりも何よりも、Xさんの腕時計は、Xさんの国の時刻を示していました。これじゃあ、いくら年月が経っても、日本の生活になじむわけありません。常に国のことを考えていたら、日本語が定着することはないでしょう。Xさんの先が見えたような気がします。

宿題提出

7月3日(水)

Sさんは、先学期の期末テストの文法が、合格点にほんの少し足りませんでした。先々学期も期末テストで成績が落ちたため、進級できませんでした。このレベルは初級の最後なので、後半は中級へのつなぎの文法を練習します。Sさんは2学期ともここでつまずいたようです。

先週、Sさんには、学期の後半で勉強した文法を使って例文を書いて提出するという宿題を課しました。その宿題が、昼食から戻ってくると、メールで届いていました。

Sさんの例文を読んでいくと、最初のうちは習った文法を使いこなした例文が多かったですが、6月になってから勉強した項目あたりから、消化不良の文法が目立ってきました。例えば、助詞の「を」でも通過の意味の「を」を勉強したのに、「カレーを食べます」などと、初級の入り口で勉強する例文を書いていました。

例文を上から下まで眺めまわしてみると、Sさんの理解がどこで止まったかが実によくわかります。学期中でも宿題で例文を書かせていますが、その添削がSさんの心に届いていなかったのです。もちろん、教師はそれぞれの学生の理解度に合わせて文を直します。時には教科書の何ページを見ろと指示することさえあります。そこまでやっても、届かないときには届かないものなのです。

Sさんの宿題をこのまま受け取るわけにはいきませんから、書き直してもらいたい例文に印をつけて、その例文は書き直して再提出せよと送り返しました。Sさんのほかに、Jさんにも同じ宿題を出しています。明日あたり、その回答が届くのでしょうか。おちおちせき込んでいる暇などありません。

3か月の成果

6月20日(金)

今学期の授業最終日で、復習を中心に進めました。順調に伸びた学生、伸び悩みが感じられる学生、3か月も経つと差がつくものです。力を伸ばした学生は、出席率がいいこともさることながら、授業に真剣に取り組んでいましたね。出席率はすばらしいけれども暇さえあればスマホをいじっていたCさんと、同じぐらいの出席率で授業に全力を傾けているZさんを比べると、Zさんは学期を通してテストはほぼ100点だったのに対し、Cさんはじわじわと点数が下がっています。文を作ったり話したりする時、Cさんは何でも一言で済まそうとしていますが、Zさんはできるだけ長い文にしようとしています。Zさんの発話能力も伸びたとはいえまだまだですが、Cさんは3か月前と変わっていないんじゃないかな。

「アメリカ人のように英語が上手です」「韓国料理のような辛い料理が好きです」。名詞の前なら「ような」、形容詞や動詞の前なら「ように」と習ったけど、どうして違うんだ…と質問してきたBさんも、力を伸ばしたと思います。教師は、“名詞修飾”という代わりに“名詞の前”と言ったのでしょう。3か月前のBさんなら、こんな指摘は絶対にできなかったでしょう。教師の言葉を必死にノートに書きとっていたBさんの姿が思い出されます。

Jさんはよく休むし、しょっちゅう心ここにあらずみたいな顔をしているし、注意したのですが、文法テストはここ2回不合格でした。尻に火が付いた様子でもなく、明日はどうするつもりでしょう。今学期はEJUの勉強に力を入れたそうですが、Jさんの発話力じゃ面接は通らないでしょうねえ…。

初級クラスの授業最終日には「今度は中級か上級のクラスで会いましょう。待っていますよ」と言って締めくくります。3か月後か6か月後に、グーンと伸びた学生たちと再会したいものです。

苦手意識

6月10日(月)

SさんとYさんは漢字が極端にできません。中間テストも20点とかという、まぐれ当たりでも取れそうな点数でしかありません。漢字に関してはぬぐいがたい苦手意識があるようで、努力をしようとすらしません。授業後、中間テストで間違ところを直してから変えるように言いましたが、今週は火曜日しか空いていないとか言いながら帰ってしまいました。

漢字がわからないということは、文法にも読解にも悪影響を及ぼします。教科書を読ませようとしたって、漢字があるたびにつっかえてしまい、隣の学生に小声で教えてもらう始末です。テストの答案はほとんどひらがなで、たまに漢字が書いてあっても、誤字のことが多いです。読むのにも苦労しますし、直すにしてもどこまでなら手を加えた内容を理解してもらえるか考えなければならないので、採点するのに他の学生の倍は疲れます。

でも、SさんもYさんも日本で進学したいのです。将来は日本での就職も考えています。現状では進学も難しいですし、ましてや就職なんて、「100年早いよ」と言われそうです。本人たちも自分の現状に気づいており、それがストレスとなってさらにやる気を失わせているところがあるように見えます。

日本で暮らしていくには、漢字を覚えることは不可欠だと思います。大学教授や多国籍企業の日本支社長みたいに英語だけで暮らしていける人なら別でしょうけど、大多数の“一般庶民”レベルの人たちは、周りの人たちと日本語で意思疎通することなしには生きていけないでしょう。漢字を書くことはなくても、日本語の語構成における漢字の役割を理解するだけで、日本語がわかるようになります。生活費、交通費などの「ひ」は、「日」でも「火」でもないと知っていれば、言葉のレベルが上がります。自国語だけで暮らしていくとしたら、それは自ら進んで使い捨ての労働力に甘んじることを意味すると思います。

SさんとYさんは、そういうことを望んではいないでしょう。だったら、苦しくても漢字を勉強しなければ、明るい未来は開けません。私たちの方も、SさんやYさんのような学習者にどんな漢字教育を施せば、その人たちが日本で生きやすく暮らしていけるようになるか考えていかなければなりません。

日本人らしい

6月7日(金)

文法の教科書に「田中さんは日本人らしい人です」という例文がありました。「じゃあ、田中さんはどんな人だと思いますか」と学生たちに聞いてみました。これをお読みの皆さんは、どんな人を思い浮かべますか。

真っ先に挙がった答えが、「ハンカチを持っている人です」でした。確かに、KCPの学生は、年齢性別国籍を問わず、ハンカチを持っていません。トイレで手を洗っても、手を振って水を飛ばしてしまいます。そのためトイレの手を洗うところが汚くなってしょうがないのですが。それに対し、日本人は子供のころからハンカチを持つことを厳しくしつけられています。私も事あるごとに学生にハンカチを持つように言っています。だからハンカチを持っている人が日本人らしい人なのかもしれませんが、それが最初に出てくるということは、学生たちにとってハンカチを持つということがよほど普通じゃない行為に映っているのでしょう。

逆の見方をすると、ハンカチを常に持ち歩くことは、学生たちにとっては異文化の代表なのです。その中でも、なかなかまねできない、あるいはなじみにくい日本固有の文化であるに違いありません。外見だけからはわからない、日本人の隠れた特徴、日本で生活してみないとわからないちょっとディープな小ネタと言ってもいいかもしれません。

その他、仕事が終わったら居酒屋へ行くとか、すぐすみませんと言うとか、フムフムとうなずきたくなる答えが出てきました。「私は日本人らしいですか」と聞いてみたくなりましたが、ここで脱線し続けているわけにもいきませんから、次に進みました。進度が遅れても聞いてみたかったなあと、少し後悔しています。

峠越え

6月5日(水)

日本語をゼロから勉強し始めていくと、何か所か大きな山というか崖をよじ登らなければならないところがあります。たとえば、みんなの日本語で言えば14課、て形が出てくるところです。「ます」に集約されていた活用が、動詞本体に及びます。その後、続々と活用形が現れ、学習者は、まず、ここでふるいにかけられることになります。

今、私が受け持っているクラスは、みんなの日本語が終わり、中級への橋渡しの授業をしています。中級に上がれない学生の大半が、ここで挫折するのです。中級になると教科書・教材が親切でなくなり、“わからない”を乗り越えて突き進む破壊力みたいなものが求められます。みんなの日本語には各国語の文法解説書がありますが、中級にはそんなものはありません。日本語を日本語で理解しなければなりません。

今、ここで戸惑っているのがTさんです。わからない言葉を辞書で調べて理解しようとするのは感心しますが、辞書に頼りすぎるきらいがあります。「飲みたいなあ」の「なあ」まで調べてしまって、辞書に載っていないから理解のしようがないとなってしまうのです。また、日本語で「デザイン」といえば、色とか形とか模様とか主に外観についてですが、英語の“design”は、設計やら製造工程やら、「デザイン」には含まれない意味も含みます。ところがTさんは、「デザイン」を“design”だと思い込んで一歩も動かないので、誤解が解けません。

これから期末テストまでの間に、日本語を自国語に置き換えて理解するという態度を改めないと、たとえ成績的には中級に上がれても、中級の文法も読解も理解できないでしょう。未習の単語や文法も、わからないでは済まされません。今の勉強法も根本から変えなければなりません。さて、Tさん、変身できるかな。

書初め

6月4日(火)

昨日の夜、職員室の入り口から呼ばれ、推薦書を書いてほしいと頼まれました。私のクラスの学生でもないし、先学期受け持った学生でもないし、「私はあなたをよく知らないんですが、推薦書に何をどう書けばいいんですか」と聞きました。すると、「先生、Wですよ」という答えが返ってきました。思い出しました。去年S大学に進学したWさんでした。最後の学期は、私が担任でした。だから、推薦書と言えば私が書くことになります。

推薦書の材料にもしようと思って、詳しく話を聞いてみました。WさんはT大学の大学院に進学することを目的に来日したのですが、2018年度入試では失敗しました。それで、やむなくS大学に編入学しました。そういえばそんな事件がったなあとだんだん思い出してきました。そして、今回、T大学大学院に再挑戦するそうです。その出願書類の1つが、日本語学校からの推薦書なのです。

Wさんは、KCP在籍中、毎日図書室が閉まるまでずっと勉強していました。鋭いタイプの学生でも、要領のいい学生でもありませんでしたが、努力を継続できる学生でした。S大学に進んだ後も、T大学大学院への進学という大目標は決して忘れず、日本語の勉強をコツコツと続けてきました。それが実を結び、今では日経新聞が読みこなせるようになりました。ちょっと質問してみましたが、問題意識をもって日経を読んでいることがよくわかりました。

その他、将来計画なども聞き、推薦書のネタを十分に揃えました。そして、今朝、朝一番にWさんの推薦書に取り組みました。下書きから清書まで、1時間ちょっとでできました。今シーズン初の推薦書は、気持ちよく書けました。

大差

5月27日(月)

先週の水曜日に回収した文法の宿題の出来があまりに悪かったので、金曜日にもう一度説明して、文を作ってくる宿題を出しました。週末によーく考える時間がたっぷりあったはずの学生たちの宿題を集めましたが、チェックしてみると、出題の意図を理解してきちんと文を作ってきた学生と、私の説明を全く聞いていなかったのではないかという学生と、両極端になりました。

Xさんは自分がどこで間違えたかを明確に理解し、2つでいいのに4つも例文を考えてきました。こういう学生には、もう一段階上を狙ってもらうための添削をします。ただ漫然と〇をつけるだけでは、学生の意欲に応えたことにはなりません。

Yさんも、一ひねり加えた例文を書いてきました。自分で難しい課題を設定し、それに向かって進もうという向上心が感じられます。

SさんとJさんは全く同じ例文を書きました。いつも離れた席に座っているので、また、その例文はその文法を使う典型的なものなので、写しあったとは思えませんから、とりあえず〇にしておきます。もしかすると、どこかのサイトの例文を丸写ししたのかもしれませんが、証拠不十分で無罪です。

CさんやZさんは、改善が見られませんでした。文法を理解していないようです。期末テストに向けて、非常に心配な学生たちです。どこが間違っているかを明示し、再々提出させるつもりです。

最悪なのは、宿題をやってこなかった者どもです。わざわざメールを入れたのにやってこなかったとは、やる気なしと判定されても文句は言えません。この中には、中間テストの時点で進級が危ぶまれているKさんもいます。というか、もはや私の心の中では、完全にもう一度同じレベルですね。現レベル以前の間違いも多いし、進級させたら上のレベルの先生方に申し訳ありません。同じクラスになった学生も、できない学生のせいで進度が遅れたりしたら迷惑でしょう。

XさんとKさんとでは、天地ほどの差ができてしまいました。