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峠道

5月22日(水)

中間テストの後からは、来学期中級に上がる予定のクラスでは、漢字の教科書が中級で使うものに変わります。これを機に、授業の進め方を予習前提の中級的なものにしていきます。

昨日の授業でそういう話をしておいたのに、教科書ノートをチェックしてみると、全然予習してこなかった学生が何人かいました。予習してきた学生も、今までの初級的なやり方から抜けられず、教科書に出てくる語句を徹底的に調べてくるというこちらの要求には程遠いものでした。

毎学期、中級の教科書を使った初日の授業は、こんなものです。そして、学生たちは私に激しく突っ込みを入れられ、全く答えられず血まみれになって授業を終えるのです。期末テストまでボコボコにされ続け、少しずつ鍛えられ、漢字以外の科目でも中級の授業についていける力をつけていくのです。

中級以上は、日本語で思考回路を構築しておかなければ、得るものが非常に少ない日々を送ることになります。授業の進むペースがぐっと早くなりますから、母国語に頼っていては理解が追いつきません。日本語で何かをする、日本語を通して誰かとつながる、日本語によってコミュニケーションを図る、そういったことを本格的に学んでいくのです。その第一歩が漢字の授業という位置づけです。

Kさん、Tさん、Sさんあたりは、自分の予習のどこが足りなかったかをつかんだようです。次の漢字の授業までには軌道修正をして、自分で得るところの多い授業を作り出せるようになっているでしょう。でも、何となくぼんやりしていたYさん、Cさん、Iさんはどうでしょう。初級と中級の境目にある峠を越えられるでしょうか。どうにか越えさせなければなりません。

きれいな教科書

5月16日(木)

Nさんは、昨日とおととい、欠席でした。明日に中間テストを控え、昨日のテストを受けたいと言ってきました。昨日受けた学生たちには採点して返却し、授業中にフィードバックまでしていますから、成績はつきません。それでも勉強のために受けたいとのことでしたから、受けさせました。

Nさんの答案を採点すると、何と不合格点。フィードバックのときにこういう答えはこういう理由でダメだと注意したのをそのまま書いている問題もありました。授業を聞いていないんだなあ。

練習問題扱いとはいえ不合格ですから、教科書やノートを見てもいいから正しい答えを書けと言って、自分で直させました。だいたい直せたのですが、いくつかの問題はどうしてもわからないようでした。Nさんの教科書を手に取り、その問題が書いてあるページを開くと、何の書き込みもないではありませんか。そこを勉強した日に欠席したのか、出席しても教師の話を聞いていなかったのか、Nさんの頭にはその付近で学ぶべきことが全然入っていないことだけは確かです。

他人の教科書をあんまりしげしげとのぞき込むのもいかがなものかと思い、Nさんの教科書を隅から隅まで見ることはしませんでしたが、なんだか妙にきれいな教科書でした。同じ時に買っているはずのXさんやYさんの教科書は、かなり年季が入っているように見えるんですがね。XさんもYさんも、昨日のテストは90点台でした。

Nさんは、自分から昨日のテストを受けたいと申し出ました。だから、全然やる気のない学生だとは思いません。しかし、楽に勉強したいのでしょうね。日本で進学するつもりだそうですが、それが実現したとしても、このままでは実り多き留学にはならないでしょう。中間テストが終わったら、そこから指導しなければなりません。

食らいつく

5月9日(木)

受験講座の理科は、EJUの過去問に取り組んでいます。先月まではその日の授業で取り上げた事項に関する問題だけでしたが、今月からはフルセットの問題に挑戦してもらっています。

これまでとは違って範囲が広いので、どこで勉強した知識を使えば答えられるかわからない、どのように推論していけば結論に至るか見えないなどというのが、学生の本音ではないかと思います。しかし、ここで意気消沈しては、高得点は望めません。問題文を読んだら解答への道筋が見えてくるくらいにならないと、勝ち目はありません。

平均2分ぐらいで1問を解かなければならないEJUの試験方式に疑問を感じないわけではありませんが、現実問題として、それに対処できないと大学進学できないのですから、学生を鍛えていくほかありません。学生の方も、茫然自失としているのではなく、残りの1か月でどうにかするんだという気構えで挑戦を続けてほしいです。

Yさんは必死に食らいついてきている学生です。“?”という顔つきをすることもありますが、私の解説に耳を傾け、自分の手を動かし、その“?”を解消しようとしています。Jさんも自分のペースで理解を深めようとしています。Jさんが目を回していると、頭の整理がつくまで少し間をおいてあげることもあります。

Cさんはちょっと厳しいかな。フルセットになったとたん、戦意喪失みたいなオーラを出しています。6月は練習なんていう気持ちで受けたら、秋までの出願校には入れません。先手必勝という流れがどんどん強まっていますから、どうにか気持ちを奮い立たせてもらいたいところです。

80%

4月24日(水)

Jさんはとうとう学校へ来ませんでした。今月の出席率は、どうにか80%はキープしていますが、悪くはないという程度に過ぎません。このまま休み癖がついて楽な方へと落ちていったら、進学の目はなくなるでしょう。

このところ、進学先が日本語学校の出席率を重視するようになりました。成績が良くても出席率のせいで落とされてしまったと考えられる学生が現れています。Jさんもそういう道を歩み始めないとも限らないので、心配なのです。しかし、Jさんにそういう心配が伝わっていそうもなく、無断欠席を繰り返しています。

Jさんは、先学期は成績が振るわず、今学期進級できませんでした。そのため、同じ勉強をもう一度しているので、モチベーションが下がっているとも考えられます。でも、そんなことをしていたら、また進級できなくなってしまいます。同じレベルで足踏みを続けていたら、進学どころではありません。

もちろん、クラスの教師は注意していますが、こわいのは、Jさんが「またか」という気になってしまい、教師の言葉に耳を傾けなくなることです。卒業直前の切羽詰まった時期に及んで、頼れるのは日本語学校の教師しかいないという状況に追い込まれ、ようやく教師の言葉を正面から受け止めるようになる――という学生が毎年います。

進級を逃すくらいですから、Jさんはすばらしい日本語力を持っているとは言いかねます。出席率がよければそれをカバーすることもあり得ますが、80%をやっと上回る程度だったら、何のとりえもない学生になってしまいます。こういうことが、学生にはなかなか見えないんですよね。

だからと言って放置しておくわけにはいきません。4月なら修正可能ですから、手を尽くしていきましょう。

落差

4月18日(木)

読解のワークシートを子細に見ていくと、クラスの学生の力が見えてきます。テキストの要点を要領よくまとめたのもあれば、設問にまともに答えていないのもあります。文法がいい加減だったり、誤字脱字があったり、答えの良しあし以前のシートを見ると、頭が痛くなってきます。薄い鉛筆で汚く書かれたシートは、読む気すら失せてきます。そんな時は、丁寧な字で心を込めて書いたと思われるシートを読んで、立ち直るきっかけをつかみます。

本文に基づいて穴埋めをしたり一問一答したりする部分は、ひどいシートでもどうにか許容範囲内に収まっています。しかし、創造的に答えなければならない問いへの答えは、大差がつきます。最低最悪は、そこだけブランクというシートです。Gさんも、そんなシートを提出しました。

新学期が始まって2週間足らずですが、早くも“こいつは危ない”と踏んでいるのがGさんです。自分から積極的に答えようとしないし、指名してもすぐ隣の学生に聞こうとするし、教科書もつっかえつっかえでしか読めないし、いつ脱落してもおかしくない状況です。「アメリカへ去きます」を見た時には驚きましたが、何回指摘しても直らないことにはあきれるばかりです。直されたところを全く見ていないのでしょうね。入学して半年余り、いまだに国の言葉との切り替えができないというのは、コミュニケーション力が欠如していることを意味します。それでも進級してきたということは、テストで点を取ることにだけは長じているのでしょう。

しかし、今度のレベルはそれじゃあ通用しません。創造性も問われるし、発話力も重視されます。1秒でも早く発想を切り替えないと、Gさんはここで成長が止まってしまうでしょう。下手をすると、来年3月の卒業まで同じレベルを繰り返すことにだってなりかねません。ということは、進学だって危ういです。

そんな危機に立たされていることを、Gさんはまだ気付いていないようです。

半年差

4月9日(火)

今学期はEJUが控えているため、始業2日目から受験講座が始まりました。私の火曜日は、生物。2クラスあり、1つは今学期の新入生、もう1つは去年の10月期から勉強している学生のクラスです。今学期の新入生といっても上級に入っていますから、去年の10月期からの学生より日本語レベルは上です。

新入生クラスの学生たちは、国で生物を勉強してきたと言います。ある程度自信を持っているようでもありました。しかし、国の言葉ではなく日本語で生物を勉強するとなると、動植物の名前をはじめ、見慣れぬ言葉だらけです。細胞の構造という生物の基本の基本についての話でしたが、大変な重荷だったようです。日本へ来て半月もたたないうちから、自分たちにとっては外国語である日本語でかなり高度な話を聞いて理解しなければならなかったのですから、授業後にいかにも疲れたという表情になったのもやむを得ないところでしょう。同時に、「とても勉強になりました」と言ってくれたので、相当な刺激にもなったのでしょう。

10月期からの学生たちは、先月までにEJUの生物の範囲を一通り勉強したので、今学期は過去問に挑み続けます。40分時間を与えて解かせたら、みんな35分ほどでできてしまいました。答え合わせをしても、こちらは余裕が感じられました。正解以外の選択肢の解説にも強い関心を示していました。学生たちの生物をとらえる目が広がってきていることを感じました。

半年前、この学生たちが初級で生物の勉強を始めた時は、日本語の問題文が全然理解できず、困り顔しかできませんでした。それを思うと、長足の進歩です。新入生クラスの学生たちも、早くここまで到達してもらいたいです。

入学式挨拶

皆さん、ご入学おめでとうございます。このように多くの若者が、世界中からこのKCPに入学してくださったことをとてもうれしく思います。

さて、KCPに入学なさった皆さんに課せられた義務は何だと思いますか。それは、毎日学校に出席することです。皆さんのビザは、一部の方を除いて、留学のビザです。そのビザは、KCPで勉強するために皆さんが日本に長期滞在することを許可するという効力を有しています。KCPで勉強しなかったら、KCPの授業に出席しなかったら、皆さんの長期滞在の大前提が崩れてしまい、ただちに帰国しなければなりません。これが、日本の入管法の精神です。そのほか、学校を欠席したことによって生ずるいかなる不利益も、皆さん自身の責任において処理しなければならないのです。学校は、皆さんに出席を促すことまではします。しかし、それ以上のことは、しませんしできません。

以上が、法律的な面から見た「出席すること」の義務の意味です。これに加えて、学校に出席することは、将来の皆さん自身に対して今の皆さん自身が果たすべき義務でもあります。

非常に残念なことに、今年の3月の卒業生の中に、出席率が悪くて希望の学校に進学できなかった学生が少なからずいました。入試で優秀な成績を挙げても、出席率が悪かったらまじめに勉強する気持ちのない学生だと思われ、また、合格させてもビザが下りないだろうと判断され、不合格にされてしまいます。出席率の数字は、皆さん以外の誰にも変えることはできません。ひとえに皆さんの努力にかかっているのです。

つまり、学校を欠席することは、自分の手で皆さん自身の将来を狭めていることを意味します。自ら進んで暗闇に身を投じるようなものです。若者には無限の可能性があるとよく言われますが、将来の自分に対する義務を果たさない若者には何の可能性もありません。AIの僕に甘んじて細々と暮らすしかないでしょう。その期に及んで、KCPでもっと勉強しておけばよかったと後悔しても、過ぎ去った歳月は取り戻せません。

皆さんは留学生活に夢を抱いてこの場にいることでしょう。でも、何もしなかったら、夢は夢のままです。楽な道ばかり選んでたどり着けるような夢は、それなりの小さな成功しかもたらしません。皆さんの夢を実現するためにまず必要なことは、学校に出席することです。学校は楽しいことばかりとは限りません。プライドがずたずたに引き裂かれることだってあるでしょう。学業面に限らず辛い目にあうことも1度や2度ではないでしょう。しかし、出席し続けた向こう側には、必ずや成長した皆さんの姿があり、夢への道筋がくっきりと浮かび上がっているはずです。

皆さんがそこに至るまでのお手伝いができることは、私たち教職員一同の非常に大きな喜びでもあります。

皆さん、本日はご入学、本当におめでとうございました。

覚えたつもりでも

3月25日(月)

期末テストの前日は、今学期のまとめが授業の中心となります。私のクラスでも、今学期全体とはいかないまでも、中間テスト以降に勉強したことを応用する練習をしました。学生はできたりできなかったり、一喜一憂していました。

今、私が受け持っているクラスは初級の一番最後のクラスで、期末テストに通れば中級になる学生たちが勉強しています。私は中級に上げてよい学生を見極めるためにクラスに入っているという触れ込みになっていますから、多少はいいところを見せようとします。しかし、そう簡単に習ったことが自由自在に使えるわけがありません。どこに使うか明らかな場合は、もちろん使えます(使えなかったら困ります)。しかし、一ひねりして迷彩を施すと、とたんに使えなくなります。使うべきところで使えるようになるまでには、レベル2つ分ぐらいかかるものです。

しかし、漫然と勉強しているだけでは、そうはなりません。話した言葉を聞き返され、わからないと言われ、誤解され、作文を真っ赤に添削され、テストで細かく点を引かれ、時には再試となり、そんな辛い道を歩んで、使うべき場面、使ってはいけない状況を体で覚えていくのです。マークシート方式のテストならわりとすぐに点が取れるようになるものですが、コミュニケーションツールの一要素として文法や語彙を正しく扱えるようになるには、習ってからしばらく時間がかかります。

実際に、今、このクラスの学生たちが私にさんざん注意されているのは、先学期やその前に勉強した項目が中心です。予期せぬところで予期せぬ文法を使えと言われ、「ああなるほど、この文法はこういうときに使うんだ」という発見を繰り返し、何か月か前に習った文法や語彙を身に付けていくのです。

泣いても笑っても明日は期末テストです。しかし、学校のテストは終わっても練習や勉強は続きます。文法などは、むしろ、この後が本当の勉強なのです。

わからないですか

3月22日(金)

今学期受験講座を受けてきたYさんは、わからないと如実に顔つきが変わります。日本語クラスのように20名も学生がいると、わかっていなさそうな顔をしていてもスルーしてしまうこともありますが、受験講座、特に理科は受講生が少ないですから、学生の“?”に付き合うことができます。

Yさんがわからなかったら、他の学生もわかっていないでしょうから、そこは言葉を変えたり付け加えたり身近な例をあげたり式の誘導を丁寧にしたり練習問題を通して考えさせたりしながら、理解を深めていきます。そういう意味で、Yさんは眉根を寄せて首をかしげた顔は、教師の暴走抑止装置となっているのです。実にありがたい存在です。

今学期はYさんにとって初めての受験講座でしたから、知識体系が未完成だったでしょうから、授業についていくだけで精一杯だったかもしれません。しかし、来学期は、問題を読めば正解への道筋がおぼろげながらも見えてくる程度にはなっていなければなりません。6月の本番で7割は確保してもらわないと、私立入試以降有利な戦いが進められませんからね。

そういうわけで、来学期は、もう、Yさんも疑問顔をしている暇はありません。学期休み中に今までの復習をがっちりやって、その範囲には何も疑問が残っていない状態で新学期の受験講座に望んでほしいです。また、頭の中に理科のネットワークを築いて、1つのことから連鎖的にあれこれ思い浮かべられるようになっていてもらいたいです。Yさんには理系のセンスが備わっていると思っていますから、ぜひとも伸ばしていってあげたいです。

暖かい

3月20日(水)

朝、コートを着ないで外に出ると、やっぱりまだ寒さを感じました。しかし、身にしみるような寒さではなく、駅まで歩いていくうちに体が温まってきました。最高気温21度などという予報を見たら、コートもマフラーも置いていきたくなりますよね。午前クラスの教室に入ると、窓が開いていました。入り込んでくる外気が心地よく感じられました。

「明日はどうして休みですか」「春分の日ですから」「春分の日ってどんな日ですか」「昼と夜の時間が同じになる日です」といったやり取りをした後、「暑さ寒さも彼岸まで」と板書しました。初級だと、さすがに彼岸を知っている学生はおらず、言葉の意味を説明すると、感心したようにノートに取っていました。漢字の時間に「咲」を取り上げたこともあり、春らしい授業日でした。

期末テストまで1週間を切り、授業語は追試や再試を受ける学生が数名いました。ためこむと期末前に受けられなくなり、進級できなくなってしまいます。学生のほうも必死です。みんな勉強してきたと見えて、受けた学生は全員合格点を取りました。問題は受けていない学生どもです。最後には救いの手が差し伸べられるだろうと、みょうちくりんな楽天主義に支配されて、こちらが受験をせかしても1日延ばしにするのです。こういう学生に春を訪れさせてはいけません。

東京地方の最高気温は21.5度で、5月上旬並み、もちろん今年最高でした。桜の開花宣言が出された長崎市は20.8度、やはり今年最高を記録しています。先週の開花予想によると、東京は明日です。果たして本当に咲くでしょうか…。