Category Archives: 自分自身

新重文

5月17日(土)

太陽の塔が国の重要文化財に指定されるそうですね。言わずと知れた大阪万博のシンボルです。私より年若の重文は、おそらく代々木競技場に次いで2件目でしょう。

代々木競技場は、確かに私より若いですが、できたのは私が物心つく前です。丹下健三氏渾身のデザインであるあの大屋根を見て大泣きしていたと、母や伯母からよく言われたものです。

太陽の塔は、はっきりと記憶があります。1970年の大阪万博は見に行きましたから。父のお盆休みに合わせて行ったので、私たちが入場した日は、入場者数の最高記録を更新した日となりました。その後さらに更新されましたから、万博期間中最高とはなりませんでしたが、ベスト(モースト?)10には入っていると思います。ろいうわけで、とんでもなく混んでいる日に行ったので、太陽の塔は見ただけで入れませんでした。でも、太陽の塔の圧倒的存在感は、幼心に強烈に刷り込まれました。

その後、だいぶたってから、というか、わりと最近、万博記念公園内にある国立民族学博物館を見学しに行ったとき、太陽の塔の根元を通りました。ちょうど私が万博を見に行ったぐらいの年頃の子どもが、学校の遠足か何かで来ていました。太陽の塔に近づくことすらできなかったあの大混雑を思い出しました。

太陽の塔の重文と同時に、琵琶湖疏水も国宝に指定されます。こちらも、一番年若かどうかはわかりませんが、国宝としては新しい建造物でしょう。こちらも、浜大津の取水口から南禅寺のちょっと先まで、疏水に沿って歩いたことがあります。

私が生きているうちに、私より年若の国宝が生まれるでしょうか…。

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できました

5月14日(水)

昨日に引き続き、最上級クラスの中間テストの読解問題作りに励みました。というか、今晩帰宅するまでに仕上げておかないと、テストの時間は確保してあるものの、テスト問題がないという前代未聞の事態になってしまいます。そうならないように、朝からコーヒーを飲んで目を覚まし、気合を入れて取り組みました。

今学期使っている読解テキストは初めて使う教材です。難解な文章が連なっており、教師も油断できません。学生にその文章を味わってもらおうとなると、留学生向け上級読解テキストを扱う時の数倍の力で立ち向かわなければなりません。試験問題を作ろうと読み直してみると、その数倍の力をもってしても読み落としていた部分がいくつも見えてきました。こんないい加減な授業をしてきた教師が試験問題を作るなど、おこがましいにも程があるとさえ思えてきました。同時に、この新発見を基に、もう一度授業をしたくなりました。でも、そんなことをされた学生は、いい迷惑でしょうね。

学生たちはどうなのでしょう。試験を明日に控えて教科書を読み返してみて、新たな発見をしているのでしょうか。そんなことができた学生がいたら、ぜひ、議論してみたいですね。そうやって、人生や社会や世の中を見つめる新たな眼が養われたのなら、読解の授業をやった甲斐があるというものです。

問題はどうにか作り上げました。授業で議論した内容を問題にし、合格点ぐらいは取れるようにしました。また、学生間の実力差が現れそうな問題も潜ませました。あとは印刷するだけです。

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難しくても

5月9日(金)

今学期の最上級クラスの読解では、日本人の高校生の教材を読んでいます。そのまま読ませると難解すぎて内容が取れないでしょうから、補助教材を用意します。今回は上野千鶴子さんの文章ですから、上野さんの人となりを紹介した後、上野さんが2019年に東大の入学式で祝辞を述べている映像を見せました。当時、その内容がとても話題になった祝辞です。

15分近い映像でしたから、最後までついてきてくれるだろうかと心配しましたが、ごく一部の学生を除いて、興味深げに耳を傾けていました。字幕にも助けられたと思いますが、よくついてきてくれたと思います。ジェンダーによる差を、データに基づいて示し、それが不当であると訴えていましたが、学生たちにはそういう論の進め方が新鮮だったようです。

こうやって、上野千鶴子さんの発想、考え方を大づかみしたうえで、読解テキストに入りました。今回は学生たちに内容を解釈してもらおうと思い、読むポイントをまとめたシートを配り、グループで考えてもらいました。「三人寄れば文殊の知恵」と板書しましたが、これを知っている学生はいませんでした。文殊は知恵の神様だと言ったCさんは、神様ではありませんが、よく知ってるねと褒めてあげました。

小グループになると話しやすいようで、教室のあちこちから議論が聞こえてきました。しばらくしてから話し合いの内容を聞きましたが、まあ、順当なところでした。上野さんの考えも、おおむね理解できたようで、安心しました。来週の授業が、この読解の山場です。脱落者を出さないようにしなければ‥。

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どうでしたか

5月7日(水)

レベル1のクラスで形容詞の過去を導入し、「○○はどうでしたか」も勉強したので、練習を兼ねて「運動会はどうでしたか」と学生たちに聞きました。私が聞く前に学生同士でQAの練習をしましたから、私の問いかけに対してわりとスムーズに答えが返ってきました。みんな「楽しかったです」「面白かったです」と答えました。それだけではつまらないので、「何が楽しかった/面白かったですか」と突っ込むと、これまたみんな、自分の出場した種目を挙げました。中にはルールを十分に理解せずに競技に加わっていたと思しき学生もいましたが、無我夢中でとんだりはねたりしたのがエキサイティングだったのでしょう。「疲れた」という声もありましたが、若い体が程よく動いた、心地よい疲れだったに違いありません。

その調子で、「連休はどうでしたか」もQA練習させました。その後に何人かの学生に聞きました。ところがこちらはパッとしませんでした。「どこも行きませんでした」が相次ぎ、「うちでゲームをしました」「宿題をしました」という学生ばかりでした。レベル1の日本語力では、どこかへ何かをしに行くとしても、意志疎通が大いに不安でしょうから、うちで勉強の合間にゲームをするくらいが関の山なのかもしれません。

私は、連休中は奈良県桜井市に滞在し、古墳やら遺跡やらを見て回りました。雨が降った昨日は別として、1日3万歩以上歩きました。気温がさほど高くなく、もちろん寒くもなく、外を歩くのに絶好のコンディションでした。

私が古墳や遺跡を好むのは、いくらでも想像力をはたかせることができるからです。姫路城の現存天守閣は美しいです。歴史的価値があります。でも、目の前に江戸時代に建てられた天守閣が屹立していたら、想像力はそこ止まりです。それに対し、下津井城跡や高取城跡には何もありません。想像力ははたらかせ放題です。この延長線上に○○寺跡や××古墳があるのです。説明版を隅から隅まで読んで、何があったか、どんな人が闊歩していたか思い浮かべるのが好きです。そういうところばかり、1日に何か所も訪れたというわけです。

私も運動会の日の学生同様、心地よい疲れを十分に堪能しました。

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だれにしようか

4月26日(土)

来週の金曜日が運動会ですから、土曜日にわざわざ出勤してきた教師は、その準備に力を注ぎました。各競技をどうやって進めるかはもちろん、種々の小道具の作成も、こういう授業のない日でないとなかなか進みません。授業の合間に、学生の切れ目を見計らってでは、仕事が細切れになってしまいます。

N先生は、自分のチームの学生を読んで、チームの応援旗を作ったり、応援のフォーメーションの練習をしたりしていました。KCPの運動会は紅白2チームではなく、4チーム対抗です。他のチームを圧倒するような応援となると、核になる学生が欲しいところです。2階のラウンジでやっていた練習に参加していた学生たちは、当日応援の主力メンバーとなることでしょう。

私はというと、かなりの時間を割いて人繰りをしていました。私が受け持っている最上級クラスは、もっぱら競技役員です。朝の駅から体育館までの道案内や体育館内の会場設営から始まって、競技の最中は出場する選手を並べたり審判の補助をしたり、体育館内で喫煙など悪いことをする学生がいないか見回りをしたり、運動会終了後は後片付けもしてもらいます。どの競技のどんな仕事に誰を貼り付けるかという、学生の割り振りをしていたというわけです。

学生に手伝ってもらうのは、教職員だけでは手が足りないからというのが第一の理由ですが、それだけではありません。通訳というのも重要な仕事です。来日1か月ほどの初級の学生との意思疎通には、上級の学生たちの通訳が欠かせません。恩着せがましい言い方をすると、こういう場で通訳した経験が、自分の日本語力に対する自信につながるものですから、そういう経験も差せたいのです。

さらに、気働きを実地体験してもらいたいと考えています。国では大事に育てられてきたでしょうから、学生の側が気働きをする必要などなかったことでしょう。日本で生活するようになって多少はそういうことができるようになったでしょうから、その成果を存分に発揮してもらいたいところです。運動会での仕事の内容は一応決まっていますが、当日その場の流れに合わせて機転を利かせることも求められます。そういうことができそうな学生を要所要所に配置することに、朝から時間を費やしたというわけです。

学生たちはわりと気安く日本で就職したいと言いますが、日本で働く際には気働きができることが不文律みたいなものです。私も、運動会の日には、学生たちの気働きをじっくり観察するつもりです。

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返却物を上手に使え

4月17日(木)

今学期は、週1回のクラスが3つあります。先週は初めての授業で、今週は2回目の授業でした。しかし、中6日で登板となると、先週覚えたつもりだった学生の顔と名前が、ものの見事に消え去っていました。非常に特徴のある学生は覚えていましたが、それ以外の学生は顔つきがかすかに記憶に残っている程度でした。

顔と名前をどうやって覚えるかというと、テストの時を利用します。テスト用紙に書かれた名前と外見を一致させます。学生たちは下を向いて問題を解いていますから、顔はよく見えません。そして、テストの時間が終わってテスト用紙を集めたら、それを見ながらどんどん指名し、テスト時間中に覚えた外見と名前と顔を一致させます。金髪短髪で丸顔の緑のジャケットはAさん、長髪小柄で茶色いフレームのメガネをかけているのはBさん、…というふうに記憶していきます。

返却物があると、ラッキーです。名前を読み上げると返事をしてくれます。その学生の席まで足を運んで、しっかり顔を合わせて渡し、記憶を強化します。返却物が複数あると、ラッキーと叫びたくなります。

木曜日のクラスも週1で2回目でした。名簿を見て顔が思い浮かぶのは、せいぜい5人。でも、昨日回収したと思われる例文が返却を待っています。名前を覚えることも練り込んで授業を組み立てていきました。

名簿を見ながらたくさん指名し、返却物は最後の仕上げに使いました。迷わず等の学生の席まで行って手渡せました。これで頭の中に入ったかな。でも、1週間たったら忘れているかもしれません。来週の木曜日が楽しみのような、怖いような…。

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朝の差し入れ

4月16日(水)

昨日は選択授業の小論文の授業があったのですが、会議やら日本語プラスやらで、全く読む時間がありませんでした。ですから、朝一番で、誰もいない職員室で読み始めました。朝は頭もさえているし、余計な仕事が舞い込む心配も少ないし、作文類の添削にはもってこいの時間です。

そういうわけで小論文を読むことに集中していると、6時半ごろでしょうか、職員室のドアを控えめにノックする音が聞こえました。“あ、やっぱり来たか”と思いながらドアを開けると、予想通り、そこにはMさんが立っていました。昨日の晩、事務局のCさんから、Mさんが朝早く学校へ来るかもしれないと言われていました。

Cさんによると、新入生のMさんは満員電車には絶対に乗りたくないので、始業日以来毎朝早く家を出て、学校の近くで時間をつぶしていたそうです。喫茶店もろくに開いていない時間帯なので、バス停のベンチで過ごした日もありました。それを不憫に思ったCさんが、それなら金原がいることだし、校舎内に入れてあげたらどうかということになったのです。

「先生、これどうぞ」と、Mさんは紙袋を差し出しました。お礼のつもりなのでしょうか、スウィーツの差し入れをいただきました。授業が始まる9時近くまで2時間余り、ラウンジで勉強すると言っていました。

Mさんはご両親の元で大切に育てられたらしく、まじめで素直な学生です。大切に育てられすぎたので、満員電車は絶対ダメなのかもしれません。日本人からすると常識外れっぽいところもありますが、日本の生活に慣れてくれば、いつの間にか乗れるようになっているかもしれません。

Mさんからの差し入れをいただきながら小論文を読みましたが、難解なものばかりでした。1つの文が数行にわたり、原稿用紙1枚に段落がないというのが続きました。スウィーツがなかったら、7時半には心が折れていたかもしれません。

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間違って登録

4月14日(月)

先週末に日本語プラスの学生登録をし、各学生にメールで時間割を送りました。週が明けると、あちこちから登録訂正の依頼が来ました。こちらの入力ミスかもしれないと思い、学生がこちらに送ってきたデータと照らし合わせてみると、入力ミスはありませんでした。学生の入力ミスか勘違いばかりでした。

入力フォームはそんなに難しく作ったつもりはないんですがねえ。やっぱり、日本語が読み取れていないんだなあと思いました。入力フォームには時間割表までつけておいたのに、同じ曜日・時間帯の科目を2つ登録してしまった学生がいました。文系と理系の数学の両方にチェックを入れた学生もいました。

時間割を見ながら自分に必要な授業を見つけ出して科目登録するというのは、大学に入ったら毎学期必ずすることです。大学の科目登録よりもはるかに単純なKCPの日本語プラスの登録すら満足にできないようだと、先行きは明るくありません。

こういうことも含めて、日本で勉強していくには何が必要か、日本語でこんなことができるようになっていなければ進学先で困ってしまう、などということも実地に示して指導していくのも、日本語学校の役割です。そう考えて、メールを見て違うと訴えてきた学生には、ちゃんと話を聞いて、最終的には修正に応じます。

だから、一番困るのは、何も訴えてこない学生です。日本語プラスの時間割が送られてきているよとクラスの先生から言われているにもかかわらずメールをチェックせず、登録した授業に出ず、結局不本意な進学に甘んじざるを得なかった学生が、毎年必ず出てきます。

いずれにしても、2026年度入試の戦いはもう始まっています。2か月後の6月のEJUが最初の決戦です。

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始まったの?

4月12日(土)

大坂・関西万博の開会式が行われたようです。ネットのニュースの見出ししか見ていませんから、“ようです”などという頼りない文末表現を用いています。見出ししか見ていないのは、あまり興味がないからです。

毎年、春の連休は関西方面へ出かけます。今年も行きますが、今のところ、大阪には足を踏み入れる予定はありません。去年のまだ暑いころ、5月の連休の宿を予約しようとしたら、定宿にしているホテルの値段があまりに上がっていたので、大阪泊はあきらめました。行きたいところ(万博ではありません)があったのですが、それはまたの機会にすることにしました。大阪以外にも関西は見所がたくさんありますから、そちらを優先します。

1970年の万博は、自分で主体的にというよりは父に連れられて、夏休みに千里まで見に行きました。入場者数の記録を更新した日にぶち当たってしまい、月の石など人気の展示物を見ることはできませんでしたが、子供心に世界にはいろいろな人がいて、いろいろな文物があるんだなあと感心しました。

今回の万博も、詳しく調べれば目玉の展示もあるのでしょうが、何が何でも見たいと思えるような展示物のうわさは聞こえてきません。私だけではなく、世間一般にそんな人が多いのではないでしょうか。70年は国中が一丸となって盛り上がっていた印象がありますが、今回はずいぶん冷めています。

4年前の東京オリンピックもそうでしたね。無観客という大きすぎるハンデを背負っての開催でしたが、そうまでして開催する意義があったのかなと今でも思っています。何かのイベントで国中が盛り上がったのは、ぎりぎり98年の長野オリンピックと02年のワールドカップまでだったような気がします。

盛り上がらなくなったのは、国中が老いたからでしょうか。豊かではなくなったからでしょうか。個人主義が進展したからでしょうか。全国民が熱狂するイベントをもう一度見たいとも思いますが、国も半端じゃない財政赤字だし、民間にも活力がなさそうだし、もう無理かなっていう気がします。

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あれ、1回だけ?

3月15日(金)

教材や教科書として使う本を探しに紀伊国屋まで行きました。開店直後だったのでわりとすいていました。1階を軽く見て、日本語学習書が置いてある7階に上がると、私が初めての客だったみたいで、直立不動の店員さんたちが一斉に私に向かって頭を下げました。

しばらくご無沙汰しているうちに、新しい教材や日本語教師側の参考書などがずいぶん出ていました。どれもみんなほしくなりましたが、そこはぐっとこらえました。そんなことをしたら破産してしまいますから。

しかし、EJU関連の本は代わり映えしませんでしたね。新しい本もありましたが、他の分野の活発さに比べると見劣りがしました。

そんな新しいEJU関連の本の1つに、2024年のEJU試験問題集がありました。2023年までは6月のと11月のと別々に出版されていましたが、2024年分は1冊にするというお知らせがだいぶ前にありました。ですから、2回分を1冊にまとめて出版されるのだろうと思っていましたが、売り場に出ていた問題集には1回分しか載っていませんでした。しかも、値上げされていました。

諸式高騰の折、値上げはやむを得ないとして、2回試験があったのに1回分しか出版しないというのはどういうことでしょう。EJUの過去問って、よっぽど売れないんですね。赤字を少しでも減らそうとして、本来2セットあるはずの問題を1回分だけにしたのでしょう。

国を挙げて留学生を呼ぼうとしているのに、こんなことでいいのでしょうか。1回分だけでも出版されるだけありがたく思えということなのでしょうか。

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