Category Archives: 日本語

書くのを忘れた?

1月16日(火)

このところ、養成講座の授業で上級の文法について話しています。N1の文法項目を淡々と解説するのでは能がありませんし、受講生の方々も退屈極まりないでしょう。ですから、日本語を様々な角度から眺め、それを通じて上級の学習者が身に付けていくべき事柄に触れています。

KCPの上級の学生にとっての難関の1つに、複合動詞があります。食べ始める、持ち上げる、歩き回る、書き直す、走り切るなど、2つの動詞を組み合わせてできている動詞です。例えば、「会議室に大型モニターを 付ける/置く/設置する」などとは言えますが、“取り付ける”は、まず出てきませんね。ましてや“据え付ける”なんて、夢のまた夢です。こんな話をしたら、みなさん不思議そうな顔をしていました。日本人にとっては、「取り付ける」よりも「設置する」の方が難しいですからね。

上級クラスに入るたびに、この学生たちの弱点は複合動詞だと意識して、説明の言葉の中に使ったり、板書したり、学生が複合動詞に触れるチャンスを作っています。作文の添削でも、複合動詞に書き換える形で赤を入れることがよくあります。かなり力を入れているつもりですが、「先生、宿題に名前を書くのを忘れたかもしれません」などという発言が一向に減りません。「書き忘れた」ぐらい、言えて当然だと思うんですけど。

今、目の前に上級クラスの作文の束があります。複合動詞の芽を見逃さず、直していきますよ。学生の作文は、養成講座の教材の宝庫でもあるのです。

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声に記憶あり

1月9日(火)

養成講座の授業を終えて1階に戻ると、G先生から「先生、卒業生のHさんが来てます」と声をかけられました。G先生が指し示す方を見ると、2人が私を見てお辞儀をしました。名前を聞いても顔を見ても、その人たちが誰か思い出せませんでした。

「先生、お久しぶりです。Hです」という声を聞いて、「あーあ」と線がつながりました。聞けば、6年前の卒業生というではありませんか。もう1人は、結婚相手でした。こちらは初級でやめてしまった学生で、私が担当していたレベルまで上がる以前にKCPを去ったようです。

若者が6年経てば、ずいぶん変わるものです。顔をよく見れば確かにその当時の面影が感じられますが、名前と顔だけでは記憶は呼び起こせませんでした。また、いい学生は概して記憶に残らず、悪い学生ほど強い印象を残します。Hさんは、クラスで一、二を争ういい学生でした。

それからしばらくして、「先生、卒業生だそうです」と、また呼ばれました。受付から親しげな笑顔がこちらに向けられています。「もしかして、Aさん?」と半信半疑で近づくと、「先生、やだなあ。忘れちゃったんですか。Aですよ」。こちらも、その声を聞いた瞬間、確信できました。声って偉大な力を持っていますね。

Aさんは12年前に卒業したと言いますから、東日本大震災の頃の学生です。あの頃の未成年は、今は立派な中年で、日本で結婚し、会社も始めていて、立派に根付いています。日本語は、臨機応変にぼけたり突っ込んだり、顔さえ見なければ日本人に聞こえます。大学を卒業するまでは、だいぶ苦労したそうですがね。

今、私が教えている学生たちが、数年後かもう少し経った頃、HさんやAさんのようになっているでしょうか。FさんはHさんのタイプかな。BさんはAさんと同じような道を歩むんじゃないかな。あれこれ想像してみました。学生がどうなるかよりも、10年後に私がこの学校にいるかどうかの方が、ずっと大きな問題のような気がします…。

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元に戻る

1月5日(金)

学期休み中に学校へ来る学生は、何か問題を抱えている場合がほとんどです。特にこの学期休みは、進路相談が目立ちます。SさんやTさんのようにサクサク話が進み、先生からしかるべきアドバイスをいただいて帰っていく学生がいる一方、HさんやIさんやJさんのように、話がなかなか進まない学生もいます。

どうして話が進まないかと言えば、日本語を忘れてしまっているからです。HさんもIさんも、お正月は同国人の友達と楽しく過ごしたそうです。その間日本語を使うことはほとんどなく、ものの見事にきれいさっぱり忘れてしまったのです。面接練習に来たIさんは、志望理由どころか「お正月、何してた?」といった雑談にも満足に答えられませんでした。Hさんもしかりで、出願書類を書くのに一苦労どころではありませんでした。Jさんは、年末に合格した大学名が言えませんでした。

SさんやTさんは、思考回路が日本語で回っているのです。だから、情報を得て、どうするか考えて、反応するという一連の情報処理をすべて日本語で行っています。もちろん同国人の友人との付き合いもあるでしょうが、生活の土台が日本語なのです。校内で国の言葉を使うのは、教師から新入生などへの通訳を頼まれた時ぐらいじゃないでしょうか。

それに対してHさんたちは、授業のとき以外に日本語を使おうとしません。それでも毎日学校に通ってくれば、24時間おきに日本語の思考回路のスイッチが入ります。ところが、お正月休みの1週間余りは、そのスイッチがずっとOFFでした。こういう生活をしていたら、日本語は伸びませんよ。せめて最後の1学期ぐらい、日本語にどっぷりつかろうよ。

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ためはだめ?

1月4日(木)

年末年始の休みに、とあるローカル線に乗ったときのことです。ローカル線ですから単線で、上下列車のすれ違いは、走りながらではなく駅に止まってします。そのすれ違い駅に着いた時、車掌さんが「反対列車との待ち合わせのため、しばらく停車いたします」とアナウンスしました。ほどなく反対列車が来ました。すると、「反対列車到着のため、間もなく発車いたします」というアナウンスが聞こえてきました。

最初のアナウンスは全く違和感がありませんでしたが、発車時のアナウンスを聞いた時には、思わず「へっ?」と言っちゃいそうになりました。「反対列車が到着いたしましたので、間もなく発車いたします」だったら何ら問題はありませんでしたが、「ため」はだめですねえ。

「ため」も「ので」も、接続の形は違いますが、理由を表すことには変わりありません。最初のアナウンスも、「反対列車との待ち合わせをいたしますので~」と言っても、意味も変わりませんし、乗客に対して失礼にも当たりません。でも、なぜ、反対列車が到着した後のアナウンスは、「ため」だと違和感たっぷりなのでしょう。

「文法が不合格のため、進級できません」「全科目合格のため、進級できます」

「雨天のため、予定を変更します」「晴天のため、予定は変更しません」

「電車が遅れたため、遅刻しました」「電車が遅れなかったため、授業に間に合いました」

…どうも、「ため」は、予想外の事態が発生したり、いつもとは違う結末を迎えることになったりした場合に有効みたいです。また、どちらかというと、自分にとって不都合な結果になったときのほうが、相性がいいような感じがします。上記3組の文のうち2番目の文は、もしこれらが言えるとしたら、全科目合格するとは思っていなかったとか、雨という予報だったので予定変更を関係者に連絡しておいたとか、遅刻を覚悟していたのにかろうじて間に合ったとか、それぞれ順当な結果ではなかったニュアンスが感じられます。いずれもレアケースでしょう。

反対列車が到着したことで自分の列車が発車できるということは、予定されていたことであり、不都合なことでもありません。私の違和感の根っこは、こんなところにあったのだと思います。

では、車掌さんはなぜ「ため」を使ってしまったのでしょうか。おそらく、「ため」の持っている改まった感じにひかれたからではないかと思います。「反対列車が到着いたしましたので~」よりも「「反対列車到着のため~」の方が硬い言い方で、車内アナウンスにふさわしいと思ったのでしょう。

さて、仕事始め。いきなり、養成講座の文法の授業でした。今年も、文法を考えながら過ごす1年になりそうです。

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教師の敵

12月21日(木)

先週から今週にかけて、日本語教師養成講座で「評価・テスト」というタイトルで講義をしています。日本語に限らず、教えたらテストをし、その結果を評価するのが教師の仕事ですからね。

一口にテストと言っても、JLPTみたいな何十万人もの受験生がいるものから、KCPのクラスで行う20人ばかりのもの、あるいはアメリカのプログラムできている学生に実施しているオーラルテストなら1対1という小規模なものまで、種々雑多です。また、入学試験のように合格不合格を判定するテストもあれば、KCPの漢字復習テストのように満点が当然というテストもあります。しかし、どのテストも受験者の日本語力(読解力、語彙力、スピーキング力、…)を正確に把握することを目的としている点は変わりません。

私もそう考えて、できる学生しかできない問題から、できない学生でもできる問題まで組み合わせて、1つのテストを作ってきました。また、学生が勘違いや誤解を起こさないように質問文を考えたり、こちらの意図する答えが出るように問題文や解答欄を工夫したりしてきました。

ところが、ここに受験テクニックというものが立ちはだかります。これを使えば、読解本文の内容を理解しなくても答えが導き出せたり、選択肢を見ただけで答えが浮かび上がったりしてきます。これでは本当の日本語力を測定したことにはなりません。読解力がなくても読解テストでいい点が取れたら、その瞬間の学生はうれしいでしょう。しかし、そんな読み方ばかりしていったら真の読解力がつかないので、進学してから苦労することになります。N1やN2に合格しても、EJUで高得点をあげても、日本語がさっぱりわからない学生がいるのは、こんなところにその原因の一端があると思います。

私もそんな受験テクニックを教えることがありますから、被害者面ばかりはできません。いずれはこんなテクニックなしでも日本語を受け止められる人になってもらいたいです。

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通訳

12月13日(水)

今学期、毎週水曜日の夕方は、初級の学生向けに大学進学そのものについての授業をしてきました。日本の大学の特徴とか、大学の留学生入試の仕組みとか、面接や志望理由書についてとか、大学進学の準備を始めたばかりの学生が知らないことを話してきました。

初級の学生が相手ですから、私が普通にしゃべったのでは話が通じませんから、毎週上級の学生に通訳を頼みました。自分も経験者ですから、パワーポイントを見ただけで話の内容がだいたい見当がつきます。だから、通訳の長さからすると、おそらく私の言葉になにがしか付け加えてくれていたものと思われます。

私の日本語を国の言葉にしてくれるだけにとどまらず、初級の学生からの質問を日本語にして私に伝えてくれます。そういう形で初級の学生たちと私とをつないでくれます。実に心強い援軍です。初級で入った学生が、通訳する側に立っている姿を見ると、立派になったなあと思わずにはいられません。

上級の学生は午前授業ですから、夕方まで学校にいるというのは、授業後図書室などで勉強している学生か、ラウンジあたりで友達とおしゃべりしたりタブレットかパソコンを見たりしている学生か、そんなあたりです。そういう学生を捕まえて通訳を頼むと、結構快く引き受けてくれます。

上級の学生にとても、通訳ができるということは、自分の日本語力に自信を持つきっかけになるのではないでしょうか。頼む立場としても、授業中ろくにしゃべらず、スマホばかりいじっている学生は敬遠します。話せても、こちらの話を聞こうとしない学生も、ご遠慮申し上げます。通訳に選ばれた時点で、コミュニケーション力が保証されたのです。

今学期話を聞いていた学生たちが、来年のこの学期、通訳する側に回っていてもらいたいですね。

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12月12日(火)

今年の漢字は「税」に決まりました。日本漢字検定協会のコメントによると、1年を通して増税の議論が行われたこと、インボイス制度導入、ふるさと納税のルール厳格化など、税にまつわる話題が絶えなかったから選ばれたのだそうです。私の感覚だと「税」よりも「暑」ですがね。

今年の漢字を募集しているころにはあまり騒がれていなかったかもしれませんが、パーティー券の売り上げキックバックによる裏金は、安倍派だけで5億円にも上るそうです。自民党全体では一体いくらになるのでしょう。この裏金も、広い意味では脱「税」でしょう。

安倍派の5億円、自民党の?億円は、「裏」金と言われるくらいですから、何に使われたかは全然わかりませんし、今後明らかになるとも思えません。どうせ世の中の役には全く立たない、ろくでもないことに使ったのでしょう。裏金作りに励んだとされる面々の写真は、顔つきが悪いですね。わざとそういう写真を選んでいるかのようです。中でも、2000万円を受け取ったとされる橋本聖子参議院議員は、スピードスケートや自転車でオリンピックに出ていたころのさわやかさのかけらも感じられない顔になっていました。

何億円か、あるいはもう1桁上のお金があれば、貧困家庭を何世帯救えるでしょう。給料が低くて人手不足に陥っている介護施設に回せば、多くの介護する人される人が幸せになれるでしょう。こんなこと、あの顔つきのみなさんの脳裏は一瞬たりともかすめなかったのです(法律的に難しいのかもしれませんが)。

もうかっている企業が自民党のパーティー券を買い、自民党がふるさと納税的な発想で集めたお金を上述のようなところに配り、返礼品は自民党のパーティーでも岸田さんのありがたいお話…というのはいかがでしょうか。

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上手です

12月11日(月)

学期末が近づくと、アメリカのプログラムできている学生の面接(発話力テスト)があります。午前の授業後、2人の学生の面接をしました。

Rさんは日本で就職しようと考えています。だから、選択授業も私のクラス、ビジネス日本語を取っています。ビジネス場面で使われる日本語は特殊な表現が少なくなく、言外のニュアンスまで汲み取らなければならないところが難しいようです。リップサービスかもしれませんが、私の授業も役に立っているとのことでした。

Cさんは専門学校に進学し、そこを卒業後、やはり日本で就職ということも考えています。専門学校のプログラミングの模擬授業に参加したら、やっていることが簡単すぎたので、コンピューターグラフィックスに専攻を変えたそうです。相当できるのでしょうか。

2人とも最上級レベルの学生ですから、私が無茶苦茶な語順で話しかけてもきちんと内容を把握し、しかるべき返答をしてくれました。さすがと思いました。うっかりすると、日本人の友だちを相手にしているような感じでしゃべってしまいます。誤用が全くないとは言いませんが、日本語教師でなければ気づかないと思われる軽微なものしかありませんでした。TOEFLのスピーキングでも、多少の間違いがあっても満点が取れるそうですから、この2人の私の評価は満点にしました。Rさんなんかは、満点以上の点数をあげてもいいくらいでした。

2人に共通している点は日本への好奇心の強さです。単に日本の文化が好きだというにとどまらず、自ら動いてその“好きだ”という気持ちを満たそうとしています。それも、ネット検索で満足するのではなく。こういう点を、レベルの下の学生たちに残していってもらいたいです。

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「ば」考

12月9日(土)

夜になると随所でイルミネーションがきらめき輝き、それにスマホを向ける人たちは、美しさに酔うというよりは、獲物get!といった顔をしています。そんな人たちを包むように、街にはクリスマスソングが流れています。

毎年繰り返される光景ですが、毎年気になることがあります。それは、「ば」です。

クリスマスソングの定番「恋人がサンタクロース」の歌詞には「ば」がたくさん出てきます。“今夜8時になればサンタがうちにやってくる”“大人になればあなたもわかる”“明日になれば私もきっとわかるはず”…という具合です。

日本語文法では、一般に、確定条件においては、前件を「ば」ではなく「たら」で表すとされています。「ば」は仮定条件で使うと、どの文法書にも書かれています。「駅に着いたら連絡します」は〇だけど、「駅に着けば連絡します」だと、駅にたどり着けるかどうかわからないような感じがしませんか。

「恋人がサンタクロース」の歌詞はいかがでしょう。“大人になればあなたもわかる”は、わかるための条件が大人になることだとも受け取れるので、ぎりぎりセーフかもしれません。でも、“今夜8時になればサンタがうちにやってくる” “明日になれば私もきっとわかるはず”はそういう見方もできません。とはいうものの、聞き慣れてしまったからなのでしょうが、さほど強い違和感もまたないのです。みなさんはいかがでしょうか。

養成講座の初級文法では、確定条件には「ば」は使えないと言い切っていますし、レジメにも明記してあります。「恋人がサンタクロース」は偉大なる反例なのですが、なぜ変な感じがしないのか、そこが気になっているのです。

うちの前のショッピングモールは、今夜も「恋人がサンタクロース」を流していることでしょう。それを聞きながら、「ば」に違和感がないことに違和感を抱きつつ、足早に通り過ぎるのでしょう。

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隠れた有名人

11月30日(木)

半月ぶりぐらいに養成講座の講義をしました。クラス授業や日本語プラスと違って不定期ですから、連続する時もあれば間が空くこともあります。次回は12月半ば、また半月ぐらい間隔があります。

今回もいろいろなことをしゃべりましたが、can-do statementsについても触れました。これは、日本語教師にとってはタン塩とかスパナとかと同じくらい当たり前の言葉ですが、受講生はじめ一般の方々にとってはなじみの薄い言葉です。この稿をお読みのみなさんも、おそらくそうでしょう。

can-do statementsとは、「学習者がこのレベルまで勉強したら、こういうことができる」というのをまとめたものです。「中級まで勉強したら日本語のニュースが聞き取れます」なんていう感じで書かれています。英語をはじめ、外国語を勉強している方は、通っている学校などで見たことがあるかもしれません。

can-do statementsは、一見日常生活と直結しているとは言い難いのですが、実はその精神は私たちの生活の中に隠れています。例えば、「1歳ならもう歩けますね」「5年生か。じゃあ1人で旅行できるね」「この契約が取れたら、山田君を課長にしよう」なんていうのも、can-do statementsの応用と言えるのではないでしょうか。

「3割で50本打てたら、大谷は来年もMVPだろう」などとスポーツ選手やタレントや作家などを評価したり期待をかけたりするのもこのグループでしょう。ここまで考えると、can-do statementsはタン塩やスパナどころか、みそ汁やドライバーぐらいありふれているのかもしれません。

そんな話も交えながら、講義を進めました。

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