Category Archives: 進学

ご奉公

3月14日(火)

お昼を食べに行こうと玄関を出たら、卒業生のHさんが微笑みかけてきました。授業料減免の手続き書類を見てほしいと言います。C大学に進学するのですが、書類が通ると約40万円が減免されます。これはHさんでなくても大きな金額ですから、Hさんの書いてきた理由書に手を加えて、説得力を持たせました。実際、Hさんには弟がいて、ご両親の教育費の負担は半端なものではありませんし、これからも当分続きます。

かつてに比べれば学生たちの家庭はかなりお金持ちになりましたが、それでも学費を安く抑えたいという気持ちは変わりがありません。親の負担を軽くしたいという思いは尊いですし、アルバイトのために勉強時間が削られるようでは、何のために進学したかわからなくなってしまいます。日本は奨学金の制度があまり充実していませんから、特に新入生にとっては、授業料の減免は何とかものにしたいところです。

実は、昨日はSさんから入学手続き書類に載っていた奨学金について聞かれました。その奨学金は返済の必要があり、実質的には借金です。そういうのにうっかり手を出してしまうと、就職時に経済的にマイナスからのスタートになってしまいます。そのために真っ暗闇の社会人生活を送っている日本人の例をよく聞くようになりました。ですから、Sさんには少し節約に心がけて、勉学に励んで、2年生から条件のいい奨学金がもらえるような成績を取るようにとアドバイスしました。

Hさんが進学するC大学は、わりと有利な条件の奨学金が整備されています。1年生のときに授業料減免でしのげば、2年生からそれ以上の金額になる奨学金受給生になることも夢ではありません。そうやって新しい生活への不安を取り除いてあげることが、卒業生への最後のご奉公だと思っています。

若作り

3月13日(月)

先週の土曜日、A新聞の土曜版を見て、何じゃこらと思ってしまいました。シロウトさんの写真がでかでかと週間テレビ欄の1面を飾っているではありませんか。落ち着いて下のほうまで見ると、元アイドルのNさんの名前があるではありませんか。そう思ってその写真をもう一度よく見てみると、確かにNさんの面影が残っています。デビュー30年と書いてありましたから、Nさんが老けるのも無理はありません。

私の記憶に残っているNさんはデビュー間もない頃ですから、そのNさんに比べたら、今のNさんはしわもあれば皮膚もたるんでいるのはやむをえないところです。でも、やっぱり、土曜日の朝一番に襲ったショックは相当なものでした。アイドルはいつまでもアイドルであり続けることはできないと、また、年齢を重ねてこそにじみ出てくる味わいがあると、頭ではわかっていても、老境ともいえるNさんの顔写真には愕然とさせられました。だって、数年前ぐらいはシロウトさんに間違えるほどのことは絶対にありませんでしたよ。

日本には、とかく若いことに価値が置かれる傾向があります。特に芸能界はそれが強いですから、タレントさんは年齢不詳の不自然なほどの若作りをしがちです。そういう人たちに比べたら年齢相応のありのままの姿を新聞の写真に使ったNさんには好感が持てます。

夕方、来学期の受験講座の説明会を開きました。志望校のアンケートをとると、多くの学生がK大学とかW大学とかT大学とかH大学とかと答えていました。そういう超有名な大学名しか知らないということもありますが、そう書いている学生たちと、妙な若作りに走る俳優やタレントの顔が重なってきました。ただ、若作りと違うのは、これから私たちの指導に素直に耳を傾け、夜を日に継いで勉強し続ければ、望みがかなわないでもないというところです。

取り消し

3月9日(木)

先週、もう1年KCPで勉強すると決心したGさんが、O大学に合格しました。O大学は第1志望ですから、当然、そこに進学します。4月からのKCPの授業料を納める準備をしていましたが、それをO大学の入学金に回します。KCPの近くに引っ越そうと、アパートの契約も済ませたとのことですが、こちらも解約です。難しい交渉をしなければならないと言いつつも、顔は笑っていました。

Gさんは、M大学の入学手続きを忘れるくらい準備に集中したのですから、それはもちろん、全力を挙げてO大学の試験に臨みました。しかし、英語の成績に自信がなかったGさんは、その結果には期待をかけていませんでした。でも、大逆転なのかミラクルなのかよくわかりませんが、合格してしまいました。面接のここがよかったのではないかとニコニコ顔で解説してくれましたが、受験直後や先週の木曜日の自信なさげな様子が嘘のようです。

終わりよければすべてよしと言いたいところですが、おそらくボーダーライン上の争いにかろうじて勝ち残っての合格でしょうから、喜んでばかりもいられません。「勝って兜の緒を締めよ」です。各駅で特急通過待ちみたいなことをしていたら、せっかく一発で受かった意味がなくなってしまいます。

EJUで大失敗したWさんも、高望みと思っていたJさんもYさんも志望校に受かりました。今シーズンは、土俵際で粘って白星をつかんだ学生が多かったように感じます。Gさん、Wさん、Jさん、Yさん、みんな入試直前には鬼気迫るものがありました。入試を精神論で片付けたくはありませんが、そういう執念も合格の一要素だったことは否めません。そういう意味で、私も学ぶところが多かった今シーズンの入試でした。

学生がたくさん来ました

3月8日(水)

卒業式が終わり、午前中の授業はなくなりましたが、その代わり会議がありました。会議を終えて職員室に戻ると、WさんとLさんが私を待っていました。WさんはD大学、LさんはS大学とT大学にそれぞれ受かったと報告してくれました。喜ばしい限りです。

Wさんは早速D大学の入学手続書類を持ってきて、書き方のわからないところを聞いてきました。ちょっと考えれば見当がつきそうなところや、注意書きを見ればわかるところもありましたが、私が読んでもよくわからず、電話で確かめろと指示を出した項目もありました。多少きついことを言われても、第一志望の大学に受かったWさんは、ニコニコしていました。

その2人と入れ替わりに、Nさんが進学相談に来ました。大学で何を勉強したいのかを聞いても、いまひとつはっきりしません。あれこれ聞いていくと、どうやら親から名のある大学に入るようにと言われているみたいです。そのため、大学を卒業したらどうするかよりも親の意向に沿おうとしている姿勢が見えました。今すぐ志望校を決めなければならないわけではありませんが、志望校によっては6月のEJUで勝負しなければなりません。その6月のEJUまであと3か月です。あんまりのんびりしているわけにもいきません。

昨日は、Cさんが自分の使った参考書や問題集を持ってきてくれました。妙にきれいなのがあるのが気になりましたが、後輩のためにという気持ちはありがたく頂戴しました。1年前のCさんは怪しさの塊みたいな学生で、国立大学に受かったのは本人の努力のたまものです。そのCさんが使った本ですから、ご利益が期待できそうです。

理科の受験講座では、早くも過去問フルセットに挑戦。EJUの影が迫ってきます。休む暇がないなあ…。

振り返る

3月7日(火)

超級のクラスで、ちょっと意地悪をしてみました。みんなの日本語の文法項目で作った例文の助詞穴埋め問題をさせました。「日本酒は米(  )造られます」という類の問題です。穴が100個で、合格点を100点にしました。

「日本酒は米(で)造られます」なんてやっている学生がぼろぼろいるくらいですから、当然、誰も100点なんか取れません。「廊下(  )走ってはいけません」「近く(  )スーパー(  )できました」「小倉さん(  )赤ちゃんが生まれたの(  )知っていますか」なども出来が悪かったですね。そしてまた、各人つまずくところがちょっとずつ違うんですね。結構本質的なところをあれこれ解説することになりました。

確かに、「日本酒は米(で)造られます」「やっと日本の生活(を)慣れました」なんて言ったり書いたりしても誤解が生じるおそれはありませんまずないでしょう。しかし、このクラスの学生たちが狙う大学・大学院の先生方は違和感を覚えるかもしれませんし、日本語はイマイチという判定を下されたとしても文句は言えません。

超級の学生には意思疎通ができればいいというレベルではなく、きれいな日本語をリズミカルに話してもらいたいです。だから初級文法の復習もするし、アクセント・イントネーションの練習もします。国で勉強してきた学生たちが初級でどんな勉強をしてきたかはわかりませんが、その後にしみこんでしまった悪い癖を少しでも洗い落としておくことが、今後のためになると思います。

さて、次にこのクラスに入るときは、何でしごいてやろうかな…。

鳥になる

3月2日(木)

Gさんが、もう1年KCPで勉強を続けることにしました。Gさんは去年の秋、早々とM大学に合格しました。しかし、国立大学受験準備にかまけていて、入学手続きを忘れ、入学資格を失ってしまったのです。

普通の大学は合格発表から入学手続きの締め切りまで2週間ほどですが、M大学は3か月もあり、また国立の試験対策に熱中していたこともあり、手続きを忘れてしまったのです。私もGさんと一緒に国立準備にばかり目が行ってしまったのがいけませんでした。担任教師なら、大所高所から学生を見守って、サポートしなければなりませんでした。学生と同じ視点、同じ視野しか持たなかったら、教師である意義がありません。

そうは言っても、カメラを引いて全体像を捕らえるアングルを確保するのは、文字で記すほど易しくはありません。学生と同じ地平から物事を考えることも必要で、同時に鳥瞰もしなければならないのですから。そのバランスが崩れると、今回のようなことになってしまいます。M大学の手続きをし忘れたのは、もちろん第一にはGさん自身の責任ですが、「M大学の手続きは終わってるよね」と、どこかで注意を向けさせてあげられなかったものかと思わずにはいられません。

明日、Gさんは見送られる立場ではなく、見送る側の一員として卒業式を迎えます。せっかく書いた卒業文集も、クラスの仲間と一緒にとった卒業制作の動画も、Gさんの手元へは来ません。強がりかもしれませんが、私の前では前向きな表情をしていることだけが救いです。

問題を抱えつつ

2月28日(火)

Sさんは来年T大学に入りたいと言っています。理系希望で、理科や数学のセンスは十分にあります。日本語は現在中級クラスですが、まだまだ伸びていくでしょう。英語もそこそこ自信があるようですから、今後変な道に進まなければ、期待してもよさそうです。

今、Sさんが一番悩んでいるのは、カタカナ言葉です。化学の問題をやらせても、カタカナで書かれている物質名がわからないために問題が解けないということがよくあります。母国語で書かれていたら解けるはずだからと言って、ここを素通りすることは絶対にしてはいけません。ここをいい加減にしたまま進んでいくと、T大学のはるか手前で沈没してしまうでしょう。そういう学生を山ほど見てきましたから、Sさんを上手に育てていきたいと思っています。

Cさんは大学で遺伝の研究をしたいと思っています。そういう方面の知識量はかなりのもので、高校を卒業したばかりとは思えないほどです。しかし、日本語がネックになって、その知識を生かせずにいます。私が説明すると、「先生、ちょっと待ってください」と言って、しばらく反芻してから「わかりました」とにっこり笑うのが常です。これでは、試験で実力を発揮することは至難の業でしょう。夢を叶えるためには日本語力をどうにかしなければならないのですが、Cさんは日本語の勉強はあまり好きではないようです。自分の好きな生物や化学の勉強に走ってしまう毎日で、宿題をしてこないとか、テストの成績が悪いとかで、クラスの先生によくしかられています。

SさんもCさんも、そのほかHさんもGさんも、みんな私にとっては期待の新人ですが、みんなそれぞれ問題を抱えています。その克服に少しでも力を尽くしていくつもりです。

悩み

2月10日(金)

朝、メールを開くと、Kさんから進学相談のメールが来ていました。Y大学に受かったけれども、来年もっと上のランクの大学を狙いたいというものです。

Y大学はネームバリューもありますし、それ相応の評価も受けています。しかし、それ止まりです。いまひとつ一流になりきれないところが、Kさんの気になるところなのかもしれません。

Kさんのメールを読んで、Kさんはこんなにも自分に自信を持っていないのかと驚かされました。KCP入学以来、まじめに勉強していましたが、それはこの自信のなさの裏返しだったかもしれないと思いました。こちらからどんどん口を挟んで、どんどん受けさせればよかったと反省しています。

Kさんは実力のない学生ではありません。教科書を音読させたら、たぶんクラスで一番上手でしょう。漢字もよく知っているし、文章力もあります。しかし、Kさんは自分のそういった力に気付いていないのです。だから、Kさんと同じくらいの力の学生が、Kさんの考えている大学を受験して受かっても、ああいいなあと見送るだけでした。ところが、受験体験ぐらいのつもりで受けたY大学に受かったことで、急に欲が出てきたのです。自分ももしかしたら周りの友だちが合格を決めたような大学に受かるのではないかと思い始め、私にメールを送ってきたのでしょう。

要するに、「1年」をどう考えるかです。受験勉強に使って狙い通りの大学に入るか、Y大学に進学して早く社会に出るかという選択です。Kさんのようにきちんと勉強していける人なら、その勉強の場がY大学であろうとKさんの思い描く大学であろうと、着実に成長できると思います。ただ、Kさんがどの程度真剣に大学選びをしたかは気になります。Y大学で自分の勉強したいことが勉強できるならいいのですが、大学も学部も学科も適当に選んでいたとしたら、本気で進路を考え直したほうがいいと思います。

そんなメールを返信しました。夕方、Kさんは友人たちと受付で談笑していました。どんな結論を出したか、はたまた考え中なのかわかりませんが、来週クラスに入ったとき、話を聞くことにしましょう。

次が来る

2月9日(木)

K大学に合格したCさんが、入学手続でわからないことがあると言って、私のところへ来ました。K大学から送られてきた資料を読みましたが、私にもわかりませんでした。「これはK大学に電話して、直接聞くしかないね」と言うと、Cさんはかけてくれといわんばかりの視線を私に投げかけました。

かけてあげてもよかったのですが、いつまでも私たち日本語教師がCさんのそばにいられるわけではありませんから、自分でかけるようにと促しました。「緊張しますからどう聞いたらいいかわかりません」と言いますから、尋ね方を教えて、Cさんにかけさせました。問い合わせて得られた結論はCさんにとって必ずしも喜ばしいものではありませんでしたが、Cさんは1つの大仕事を成し遂げたような表情をしていました。

PさんはE大学を目指しています。E大学の独自試験の準備をしています。数学の問題を解いたところ、答えは合っていたものの、解き方は模範解答と全然違っていました。それで、自分の解き方でも点数がもらえるかと私に聞いてきました。

Pさんの解き方は、間違ってはいませんが、大学に入ったら通用しない考え方に基づいていました。練習問題レベルならそれでも答えが出せますが、もっとひねった問題となると苦しくなるでしょう。そういうことをアドバイスしたら、ちょっと苦笑いしながら納得してくれました。

来週の月曜日から、6月のEJUの出願が始まります。もう少しで今シーズンが終わると思ったら、もう来シーズンが始まろうとしています。なんと慌しいことでしょう。

見失っちゃった

2月8日(水)

ZさんはG大学に合格しました。しかし、本命はこれから受験を控えるB大学です。1つ行き先を確保したので、精神的にゆとりを持って試験に臨むことができるでしょう。ところがZさんは、過去にB大学に合格した人たちのEJUの点数を見たら自分よりだいぶいい成績だったので、G大学に受かった喜びも半減という顔になってしまいました。

XさんはD大学に出願していましたが、書類審査ではねられてしまいました。小論文や面接の準備をしていただけに、門前払いのショックは大きかったようです。そのショックを振り払うかのように、来週に迫ったH大学の面接練習に打ち込みました。しかし、どうしても考え方がネガティブなほうに向かってしまい、話がくどくなりがちでした。自分の思いを漏れなく伝え、少しでも面接官に好印象を残そうとするあまり、かえって主張が見えなくなってしまうのです。誤解を避けようと説明を加えすぎ、本筋が隠れてしまいました。私はXさんの他大学に出した志望理由書も読んでいますし、面接練習も何回もしていますから、Xさんの意図するところはどうにか理解できますが、始めて顔を合わせるH大学の面接官はどうでしょう。

2人とも、これから挑む大学は、背伸びして思い切り手を伸ばしてかろうじて指先が最下辺に触れるかなというレベルの難関校です。これを記念受験にしないためには、守りに入ってはいけません。一か八かの勝負に出ることさえ考えてみるべきかもしれません。それを、過去のデータを見てびびったり、やたら予防線を張りまくって言いたいことがまっすぐ言えなくなってしまっていたら、勝ち目なんかありません。

これからしばらくは、こういう悩める子羊のお世話が続きます。