Category Archives: 進学

通う価値のある学校

11月5日(木)

授業後、職員室に向かう途中、階段でFさんに会いました。最近、受験講座で顔を合わせることもなく、また、噂によると家に引きこもっているとのことでした。「よう、久しぶり」なんて声を掛けたら、ちょっと決まり悪そうに頭を下げました。

Fさんの引きこもりは、言うまでもなくEJU対策です。6月の試験で納得がいかなかったFさんにとって、今度の日曜日のEJUはのるかそるかの大勝負です。だから、おちおち学校へなんか行ってられないっていうわけで、家でシコシコと勉強に励んでいるのです。ことにFさんは理系ですから、ほぼすべての大学で理科2科目と数学の成績のチェックを受けるので、プレッシャーもひとしおです。

それはわかるんですが、引きこもって成功する確率って、学生が思うほど高くないんですよね。もちろん、成功した学生もいますが、私たち教師の脳裏には、失敗した学生の顔のほうが多く浮かんできます。こういうのって厳密に統計が取れませんから、定量的な説得力のある話ができません。だから、教師は自分の頭にある失敗例などを引き合いに出して「出てこい」と叱りつけますが、学生は話半分で教師の言葉を聞き流します。

周りが見えなくなっている学生に鳥瞰図を見せて自分の位置をはっきり示してやるのが教師の仕事ですが、これがなかなか難しいのです。学生と教師の間に真の信頼関係が醸成されていないと、学生はこの期に及んで話を聞いてはくれません。Fさんとはそういう関係が築けていたと思っていたのですが、私の勘違いだったようです。

ラッシュの混雑を乗り越えてでも通う価値のある学校――今年もまた、ここまでたどり着けなかったようです。

答えられない

11月4日(水)

今週末に入試を控えるSさんの面接練習をしました。準備してきた質問に対してはすらすら答えられるものの、想定外の質問にはしどろもどろになるという、中級あたりの学生によくあるパターンでした。

大学と学部の志望理由、卒業後の計画はきちんと答えられます。しかし、将来やりたい仕事をするために大学で何を勉強しなければならないかという質問に対しては、何かしゃべっているものの、それが答えになっていません。それじゃダメだと指摘しても、ビジネスに必要な知識などという抽象論の域を出ない答えしか返ってきません。

要するに、その大学への憧れがきちんとした形にまで成熟しておらず、漠然とした精神論に留まっているのです。これでは合格が覚束ないので、Sさんに考えてもらおうと、考える上での補助線を引いてやるのですが、Sさんにはその補助線が見えていません。Sさんは「先生ならどう答えますか」と、私に模範解答を求めます。もちろん、私の頭の中にはSさんの考えを忖度した答えがあります。でも、それを教えてしまっては、Sさんはそれを暗記するだけでしょう。そして、暗記すると、本番で緊張したら忘れるものです。忘れた時、頭が真っ白になるっていうのが、暗記の特徴です。

受験日までもうちょっと時間がありますから、現時点ではコテンパンにやっつけて、立ち直るのに必要な支柱を立ててあげたところまでにしておきました。支柱を力に立ち上がるかどうかはSさん次第です。ここで立ち上がれないようだったら、頭の中がまだ大学入試のモードになっていない、自分の将来に本気で向き合っていないのです。冷たい言い方ですが、大学に入るにはまだ早いっていうことです。そんないい加減な考えで大学に受かったところで、進学後いい勉強ができるはずがありません。1年か2年で大学をやめることになったら、時間とお金の無駄遣いですから、むしろ落ちたほうがいいです。さて、Sさんはどうするでしょうか。

どこで勉強?

10月28日(水)

Sさんが飛ばしています。先学期、初級クラスで受け持った学生ですが、文法と作文の成績が不合格でしたから、進級させませんでした。そのSさん、傍若無人の振る舞いが見られると、今学期の先生がおっしゃっていました。

Sさんは大学進学を目指していて、毎日塾に通っています。勉強熱心なのはいいのですが、塾が生活の中心になり、学校の勉強にまじめに取り組もうとしません。どんなに注意しても、EJUの問題を解く受験のテクニックを覚えることに一生懸命で、日本語を基礎からきちんと身に付けていこうとはしません。KCPはビザをもらうための隠れ蓑で、KCPで勉強する気はないのです。

塾とKCPとでは求めているものが違い、SさんにとってはKCPの勉強は生ぬるく、塾の勉強こそ自分の目標に合致しているのでしょう。そう思うのはSさんの勝手であり、塾で留学ビザが取れるなら、SさんはKCPに入学することなく塾で勉強したに違いありません。そういうことをしたい学生は、Sさんだけに留まるとは思えません。

日本の大学もなめられたものです。テクニックだけで入れるって思われちゃってるんですからね。実際、テクニックだけで入ったとしか思えない留学生がいるって、有名大学に進学したKCPの卒業生が言っています。そんなことをしているようじゃ、日本の大学の国際競争力は下がる一方でしょう。

今週、Sさんは第二志望校への出願を済ませました。第一志望校は来週です。どちらも留学生誰もが行きたいと思う大学です。Sさんが受かったら、KCPは、当然、合格者実績としてカウントすることでしょう。それを次の学生募集につなげていくことでしょう。でも、私の本心は、Sさんはカウントしたくないですね。

日本語はイマイチだけど

10月27日(火)

進学コース理科系のCさんは中級クラスですが、あまり中級っぽい話し方ではありません。内容のあることを話そうとしても、たどたどしさが最初に出てしまいます。単文を組み合わせて自分の考えを伝えようとしているので、日本語教師の私なら真意がある程度理解できても、入試の面接官が相手だったら、果たしてどうでしょう。

Cさんは、第一志望としてR大学を目指しています。R大学は難関校の一つですが、今までの合格者の傾向を見ると、日本語力の高さよりどれぐらい理科が好きかを見ているように思えます。2年前に入ったZさんも今のCさんと同じくらい日本語が下手でした。でも、理科の話になると目の色が変わり、表情が生き生きとし始め、そのつたない日本語に必死に耳を傾けると、実にしっかりしたことを言っているのです。その翌年のWさんも同様で、普段はどこかつかみどころがないのですが、自分の夢を語るときは、どことなく精悍な顔つきになりました。

Cさんは、残念ながら、今のところ、その先輩たちの域には達していません。私はCさんとの付き合いが長いですから、言いたいことがなんとなく響いてきます。「なんとなく」では、入試は通用しませんから、それが自然に出てくるように、そして、ZさんやWさんのように熱意がほとばしり出るような話ができるように、これから鍛えていかなければなりません。

もう一人、Dさんも理系志望の学生で、こちらはS大学の志望理由書で詰まっています。どこで仕入れたのか、妙に専門的な話をし始めています。ZさんやWさんのようなひたむきさよりも、自分を大きく見せたいのか、Dさんからは知識をひけらかそうとするにおいが感じられます。本当に専門的ならともかく、私程度の者でもひねりつぶせそうな知識ですから、面接官にちょっと意地悪されたらひとたまりもありません。それに、入学前に専門をキメ打ちすぎると、いい勉強ができません。何でも一旦は受け止めて味わって、その中から真に自分にあった分野を深めるってぐらいの気持ちが必要です。Dさんの理科を勉強したいという純粋な気持ちが表に出るように、志望理由書は全面的に書き直させました。

CさんやDさんの理科を愛する気持ちを伸ばしてくれる大学に進学させてあげたいです。

第2志望

10月23日(木)

FさんがK大学に受かりました。第1志望の学科に落ちて、第2志望の学科だとは言っていましたが、声からも表情からも一安心という穏やかさと喜びが垣間見えました。確かに第1志望ではありませんが、1年生の時に本気で勉強して好成績を挙げれば転学科という目も出てくるかもしれません。また、そうしているうちに、その学科の学問に魅力を感じるようにならないとも限りません。

外国人留学生の場合、面接で志望動機や将来設計をかなり詳しく聞かれることが多いですから、必然的にそういうことについて深く考えるようになり、それゆえ、どうしても第1志望にっていう気持ちにもなります。しかし、その留学生より1つか2つ下の日本人の高校生は、大学入試の時点でそこまで厳しく追及されることはありません。だから、第2志望でもまあいいかって気持ちのところもあるでしょう。

確固たる志望動機や将来設計を持つことは大切ですが、それに縛られちゃいけません。自分が描いた絵図面以外の将来像はない、なんてことはありません。人間万事塞翁が馬ですよ。Fさんも、ゆったりと現実を受け止めたほうがいいです。目の前の事態のいい面を見つめることも必要です。

Gさんは少し遅れて進学コースに入学しました。だから、昼休みに受験講座の説明をしました。話を聞くと、数学ができないから文系に進みたいということだけは決めていましたが、そこ止まりでした。なんにも考えないで日本へ来ちゃったんだなと思いました。同時に、日本の高校生もこんなもんなんだろうなとも。

日本の高校生は大学に入ってから将来を考えても間に合いますが、留学生は大学に入る前にその部分をかたらねばなりません。Gさんをちょうど1年後の入試シーズンまでにFさん並みに鍛えることができるんだろうかって考えると、肩が重くなりました。

また始まりました

10月19日(月)

受験講座が始まりました。今学期は受講者のレベルなどの関係から、私の担当する物理と化学2クラス体制です。今日は物理がありました。

まず、この11月に勝負をかける学生たちのクラス。こちらはEJUまでひたすら過去問です。今年から出題傾向が少し変わりましたから、そちらの話も少し。でも、根幹は変わっていませんから、少しだけ。

その後、今学期から勉強を始める学生たちのクラス。こちらは、物理の基礎から説き起こします。大学で教える事項でも、大学入試に役立ちそうなことは教えていきます。EJUは時間との勝負ですから、答えを出すまでの時間短縮につながるのなら、大学の知識だってどんどん応用させます。

前半のクラスは1年近く付き合ってきた学生ですから、気心も知れています。後半の学生は初めて顔を合わせる学生ばかりですから、これから関係を築いていきます。今学期は初級ですが、1年後は上級で、私のクラスにいるかもしれません。その時に、「おっ、やっと上がってきたな」って言いながら、肩でもたたける仲になっていたいです。

何年か前は理科系の学生に個別面接をしていたのですが、最近は日本語の授業が忙しくて、そういう時間がなかなか取れません。先週、今学期から理科を取る学生たちを集めてオリエンテーションをしました。その時に、この受験講座のポリシーから進路選択の基本的な考え方まで話しましたが、こういうことは1回こっきりでは真意が伝わるものではありません。個別面接があると個々の学生に強く訴えかけられるんですがね。

今日の授業で、先週末に届いたEJUの受験票を各学生に渡しました。理科について言えば、EJUまで各科目とも3回です。新しい学生にばかり力を入れるのではなく、11月勝負クラスも土俵際で1問拾う力をつけさせていきたいです。

もう一度KCPに入りたい

10月17日(土)

夕方、去年の夏にKCPをやめて帰国したJさんが来ました。国で勉強して、再来日し、専門学校に進学しようか大学に入ろうか迷っているとのことで、その相談が目的でした。

在籍中のJさんは早起きが苦手で、遅刻・欠席が多かったです。学校へ来れば授業に積極的に参加するし、日本語に対するカンも鋭いし、クラスメートに刺激を与える学生でした。でも、いかんせん朝が弱すぎて、退学を決意したのです。

実は、先週、Jさんからメールをもらっていたのですが、文面に誤字脱字がなく、とても驚きました。この調子なら、もしかすると大学にも手が届くかなって思えるほどでした。実際に顔を合わせて話をしてみても、1年余りのブランクは感じられませんでした。

Jさんの今の心配事は、KCP在学中の出席率が低いことです。これがビザを取るときに悪影響を及ぼさないかと悩んでいます。悩んでみても出席率の数字が変わるわけではありません。だから、もう一度KCPに入り直して、今度はまじめに学校に通って、出席率を少しでも上げたいと言いますが、これは無理な相談。なまじKCPに多少在籍したがために、入学してもすぐに出て行かなければならないのです。

去年KCPにいたときに出席率が悪かったのは、Jさん自身の目標がはっきりしていなかったという面もあると思っています。今はそれが明確になったのに、前回の出席率が足を引っ張りかねない状況です。Jさんは日本へ来るのがちょっと早すぎたんじゃないかな。後悔先に立たずといいますが、自分の将来像を固めてからでも遅くなかったと思います。今、KCPに在籍している学生の中にも、なんとなく来ちゃった組がいます。そういう学生を早く何とかしなくちゃって思いながら、Jさんの話を聞いていました。

不安をあおる

10月14日(水)

午前中の通常授業のあと、進学相談と、面接練習と、理科の受験講座のオリエンテーションと、志望理由書と小論文の添削とで日が暮れてしまいました。

Cさんは親に意向で大学院進学を目指していましたが、本人は専門学校に行きたいと思っていました。KCP入学以来1年間、大学院進学の準備をしてきましたが、自分の思いを抑えることができず、専門学校の体験入学に行ってきました。そうしたら、気持ちがさらに膨らみ、この夏に親に談判して、専門学校への進学を認めてもらったそうです。この判断が間違っていないかという最終確認の相談を受けました。背中を押してもらいたいんだけれども、大学院進学を完全に断ち切ってしまうことに、漠然とした不安も感じているのです。

今週末に面接試験を控えるKさんとFさんが面接練習をしました。もうすでに想定問答を作り、それを暗記するぐらい練習しているのですが、想定外の質問にどう対処したらいいか、1つでも多くのパターンを詰めておきたいのです。練習をどんなにやっても、KCPの教師は受験校の面接官じゃありませんから、すべての質問パターンを網羅することなど、不可能です。それはわかっていても、不安を解消するために、自分の思考の及ばない角度からの質問をしてもらい、自分をいじめずにはいられないのです。

Lさんは、志望校の小論文の過去問に答えては、原稿用紙を持ってきます。私が見れば十分合格点なのですが、どこか直してもらわないと気がすまないのです。直されたところを見たら、それだけ実力がついたような気がするのでしょう。Tさんは志望理由書です。何度ダメ出しをされても、果敢に再挑戦してきます。本番に試験以前に燃え尽きてしまうんじゃないかと、こちらが不安に感じるほどです。

その点、受験講座理科のオリエンテーションは、まだだいぶ時間がある学生たち相手ですから、Cさん、Kさん、Fさん、Lさん、Tさんのように切羽詰ったところはありません。でも、来年の今頃には、理科系ですから、口頭試問の練習をしてくれなんて言っているかもしれません。

暗黒の1年半

10月8日(木)

進学コースの新入生へのオリエンテーションをしました。「普通に勉強しているだけでは、今皆さんが考えている大学や大学院には絶対には入れません」というように、今回は厳しい話ばかりしました。

昨日のレベルテストでレベル1(一番下のレベル)に判定された学生は、レベル3で来年6月のEJU、レベル5で11月のEJUを迎えます。入試の早い大学に入りたかったらレベル3でのEJUが、国立大学を狙うならレベル5でのEJUが、勝負となります。また、大学院志望なら、レベル3か4の時に大学院の先生方と自分の専門について議論しなければなりません。いずれにしても、生易しいことではありません。

有名校とか国立大学とかって考えているなら、他人の3倍も5倍も勉強しなければ目標に到達できません。美術系の人も、自分の作品や美に対する考えなどが説明できるだけの日本語力が、面接試験のときまでに必要です。入学するのは1年半後ですが、入試はそのずっと前にあります。今日本語力がゼロに近い人が、そのときにしかるべき力をつけているには、並大抵の勉強では間に合いません。

だから、KCPにおいては楽しい留学生活など望むべくもありません。勉強に追われる毎日で、真っ暗闇になるに違いありません。人生で最も勉強する1年半になることでしょう。

…そういう話を一方的にしました。甘っちょろい考えで勉強を始めたら、卒業時にこんなはずじゃなかったと後悔するのは学生自身です。だから、そういう芽を徹底的に摘み取りました。もちろん、こちらも本気で全力を傾けて指導していきます。本気で全力だからこそ、生半可な覚悟では困るのです。オリエンテーションに参加した新入生たちには、この辛く苦しい1年半の先に夢の楽園があると信じて、この厳しさに耐え抜いてもらいたいです。

心配

10月5日(月)

朝、仕事をしていたら、7時半ごろ、電話が鳴りました。「はい、KCP地球市民日本語学校でございます」「あのー、Tさん(英語圏学生の担当者)はいますか」「いいえ、まだ来ていません。8時半ごろ来ると思います」「そうですか…」

しばらく考えている様子がうかがえ、やがて、意を決したように、「Eですが、S先生からメールをもらいました。期末テストの漢字が悪いですからもう一度テストをします。いつですか」「あさって、10月7日水曜日の午後4時からです」「あさっての午後4時にKCPへ行けばいいですか」「はい、そうしてください」「水曜日の4時ですね」「はい、そうです」…という調子に、不安でならないようで、何度も確認していました。

Hさんは何校か受験する計画で、着々と出願準備を進めています。午前中、その相談に学校へ来て、出願書類の1項目ずつ、私と一緒に確認しました。「本番の面接の時、眼鏡をかけた顔とかけない顔と、どちらがまじめそうに見えますか」「Hさんならどちらでもまじめそうに見えますよ」「でも、第一印象がとても大事ですから…」「じゃあ、受験票の写真に合わせなさい」「はい、わかりました。それと、服装はこれでいいですか(と、スーツ姿を改めて私に見せました)」「OK」「ネクタイの締め方もこれでいいですか」「大丈夫」「面接の受け答えのしかたですが、いつから練習を始めたらいいですか」「もう少し本番が近づいたら練習しましょう」…こちらも、細かい点まで気になるようで、行ったり来たりしながらあれこれ確認していきました。

そんな話をして席に戻ろうとすると、「今、Eさんからメールがあって…」と、S先生に呼び止められました。“今朝、学校に電話をかけました。知らない先生が漢字のもう一度テストは水曜日の4時からだと言いましたが、本当ですか”と書いてありました。本当に心配でたまらないんですね。