3月11日(水)
四谷区民ホールのステージから客席を見下ろすと、最前列付近に私が教えてきた最上級クラスの面々が陣取っていました。みんな、いつも授業の時のような、隣のコンビニまで買い物に行くようないい加減な格好ではなく、見違えるような立派な姿をしていました。寝起きのような顔も、1人もいません。KCPの卒業式を、自分の人生の節目と位置付けていることがよくわかりました。
卒業生にとって、KCPでの日々は、将来の方向性を決めるものでした。そういうつもりで留学に来たはずです。その方向性が決まって進学や就職をするのだったら、まさしく人生の節目です。人生模索中でモラトリアムを続けるのであれば節目とは言えませんが、そういう卒業生はほとんどいません。
ただし、心の底から祝える卒業かどうかは、それぞれだと思います。1年前に受験に失敗したZさんは、臥薪嘗胆捲土重来して見事に志望校を射止めました。一方、Sさんは夢破れて方向転換しました。Gさんも専門学校でもう1年勉強し、志望校に再挑戦します。2人にとって、この卒業式はほろ苦い記憶となるでしょう。
学校に戻ってきて、卒業生ひとりひとりに証書を渡しながら、そんなことを考えていました。どんな形にせよ、明日からの新しい日々を充実したものにして、次の節目を歓喜の光とともに迎えてほしいと思いました。
卒業式後は、あちこちで友達や教師と写真を撮る姿が見られました。私も何名かの学生とともに被写体となりました。いつか、卒業生がその写真を見る時、何を思うのでしょうか。
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