Category Archives: 日本語

雑談こそ命

12月14日(火)

代講で久しぶりに上級のクラスに入りました。今学期初めてじゃないかな。中間テストの試験監督も上級クラスでしたが、授業をしたわけじゃありませんから。

今私が受け持っているクラスと、レベルは1つしか違わないんですが、雑談に対する反応が全然違います。気楽な話なのか本気で聞かなければならない内容なのか、ほんのちょっとしたやり取りの中からしっかりつかみ取るのです。話の流れが見えていると言ってもいいでしょう。

このクラスの学生の一部を初級で教えた時は、もちろんこうじゃありませんでした。オンラインだったこともあり、ゆっくり話す私の言葉を聞き取るので精一杯で、指示が伝わらないこともまれではありませんでした。その学生たちが、日本語の冗談に日本語の冗談で応えられるまでに成長したのです。まあ、「雨がありました」なんていう、そのまま午後の初級クラスにご移動いただいてもよろしいような発話もありましたが…。

肝心の授業ですが、学生たちが提出した例文を見る限り、理解できたようです。上級の文法ですから、言葉の裏側の意味も感じらなければなりません。同時に、その裏側の意味を上手に利用して、自分の気持ちや考えを表すことができるようにというのが授業の目標です。完璧とまでは言いませんが、概ねそこまで到達できたんじゃないかと思います。

どんな言語でも、雑談が一番難しいと言います。当意即妙に切り返すには、語学力のみならず頭脳の明晰さも必要です。そういう点では、このクラスの学生はかなりイケてるんじゃないでしょうか。これから受験を控えている学生もかなりいるクラスですが、自信を持って臨み、満足のいく結果を残してもらいたいです。

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ゆとりの時間

12月11日(土)

今学期私が担当しているレベルの読解の教科書で使われている文章のうち、2つは私が書いたものです。理科系的な内容を、専門性も損なわず、中級の学生でも理解できる日本語で表すというのは、決して楽な仕事ではありませんでした。

同じ内容を理科系の受験講座を受けている学生に話すのなら、ある程度のところまでは暗黙の了解みたいな共通認識に基づいて進められます。むしろ、多少の専門用語を織り込んだり、数式で表現したりした方が、聞き手の学生の勉強になります。しかし、文科系や芸術系の学生も相手だとなると、いや、そちらの方が主力だとなると、専門用語や数式を振り回すのは慎まなければなりません。それでいて、専門的技術的な事柄を、可能な限りはしょらずに、中級の日本語で伝えていくのです。私自身、ずいぶん勉強し直しました。

最近、「文系のためのめっちゃやさしい○○」というシリーズの本を読んでいます。“○○”には、化学、物理、微分積分、人体などの項目が入ります。新しい知識を得るというよりは、知識の表現のしかたを勉強しています。その“表現”は文章に限らず、視覚への訴え方も含まれます。つまり、どんな図を見せればこちらの思いが伝わりやすいかも勉強させてもらっています。

このシリーズであれこれ勉強したら、次は何を書きましょうかねえ。受験講座の資料もいくらか見直したくなりました。かみ砕いて説明するという点においては、日本語教師養成講座にも通底するものがあります。先月EJUが終わってから、私が担当する受験講座が激減しました。その時間的余裕を、こういう面に振り向けています。

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望まれて

12月1日(水)

午前中は、初級の学生向けに数学の受験講座をしました。全員オンラインの学生で、来年6月のEJUを目指しています。

授業が終わったところで、ZさんがY大学に合格したと報告してくれました。海外での直接募集に応募し、見事に試験に通ったのです。「おめでとうございます」なんですが、そうすると、来年の4月にはY大学に行ってしまいますから、もしかすると生のZさんには会えずじまいになってしまうかもしれません。

岸田首相の決断で、昨日から外国人の新規入国が全面的に認められなくなりました。Zさんもうまくすると来年2月ごろに入って来られることになっていたのですが、全外国人の入国が最低1か月差し止めで、しかも長期間待っている順番に入国ですから、Zさんが日本へ来るのは早くて来年3月ではないでしょうか。すると、進学先の決まっているZさんは、KCPで対面授業をほとんど受けることなく卒業してしまいます。何かの事情で予定が送れたら、オンライン授業だけで卒業ということになるかもしれません。

Zさんは、大学進学後にもらえる奨学金について質問してきました。Zさんのような場合どうなるかよくわかりませんでしたから、調べてから答えることにしました。職員室に戻ってからすぐ調べてメールを送ると、私からのメールを待っていたのか、すぐに返信が来ました。Zさんにとっては色よい回答ではなかったのに、きちんとお礼の言葉が書かれていました。それも、正しい日本語で。

こういうちょっとしたやり取りをおろそかにしないあたりに、Zさんの人間性を垣間見ました。こんなちょっとしたことがさらっとできるなら、ZさんはY大学で将来の財産になる人脈を築いていけるでしょう。それは、Zさんの周りの日本人学生に大いに刺激を与えるに違いありません。Y大学が欲しがるわけです。合格は、当然の結果です。

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背伸びのさせ方

11月27日(土)

来週の日曜日が12月のJLPTです。土曜日は、それを受けようという学生たちに向けての受験講座が開かれています。私もN2クラスの教師に駆り出されました。

このクラスは初級の学生ばかりですが、練習問題で取り組む文法は、私が通常授業で教えている中級クラス並みかそれ以上です。すでに何名か脱落していますが、ここまで食らいついて残っている学生は、みんな授業を受ける態度も真剣です。

一般に、中級や上級で習う文法は、ピンポイントで使うと効果的なものが多く、それゆえ適用範囲が狭いです。そういう用法を、初級の学生にもわかる日本語で説明したり、初級の学生もピンとくるような例文を提示したりというのが、こういう授業の難しさです。抽象概念を扱うときに威力を発揮する文法に初級の語彙を当てはめてみても、学生に覚えてもらいたいような例文はできません。文法には習うべき時期があるのだと痛感させられます。

こういう時には、中級以降でもう一度勉強し直してもらうことを前提に、大胆に割り切って教えます。中級上級を担当する教師としては一言も二言も付け加えたくなる説明でも、心の中で「半年待って」とかってつぶやきながら、それを押し通してしまいます。

国でN1を取ったという新入生が、時々KCPのプレースメントテストで初級に判定されます。クレームをつけて無理やり中級に入り込んでも、結局伸びません。N1やN2の文法は、国の言葉で説明してもらい理解しても、その文法が漂わせているニュアンスまでは嗅ぎ取れません。

さて、このクラスの学生たちは、どこまで理解が進んだでしょう。いくつかあった「ほど」や「によって」の違いがわかったかな。

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終わりは始まり

11月13日(土)

明日が11月のEJU本番ですから、私が担当している受験講座の大半は今週までです。来週から暇になるかと言えば、決してそんなことはありません。今年は先学期から超過密スケジュールでしたから、仕事の積み残しや先送りがたくさんあります。まず、それをどうにかしなければなりません。そして、気が付けば11月中旬、受験シーズンたけなわですから、面接練習などが待ち構えています。

来週は、受験講座の資料の補修をします。不都合な箇所は見つけ次第直してきましたが、そろそろ全体調整をしなければなりません。科目によっては、資料そのもののリバイスも必要です。受講生にわかりやすい資料をと心掛けていますが、盛りだくさんになり過ぎている面もあります。また、EJUの模範解答も、スマートな解き方を見つけた問題がありますから、手を入れていきます。

進学資料の改訂も、今年は遅れてしまいました。必要最低限の資料やデータは揃えてありますが、学生を志望校に押し込むには、もうひと頑張り必要です。

日本語教師養成講座の教材作成も急がなければなりません。私が担当する諸々の科目間の調整を進めて、有機的に関連付けていきます。私は、養成講座の最大の役割は、日本語教師としての思考回路を形成することだと思っています。受講生の脳みその中に、普通の日本人とは違う、日本語教師特有の語彙や文法や発音などのネットワークを構築するお手伝いをするのが養成講座なのだという考えで講義をしています。そういうポリシーに照らし合わせて、講義や資料を見直します。

要するに、年末まで暇にならないということです。

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作文はきれいな字で

11月10日(水)

中級の作文ともなると、日本語の文章が書ければいいという問題ではありません。主張が明確かどうかが採点のポイントとなります。ここで言っている主張とは、“消費税増税に賛成か反対か”といった賛否を問うものばかりでなく、“来年挑戦してみたいこと”などという事柄を答える場合もあります。いずれにしても、テーマに対してきちんとした結論を出しているかが重要です。主張が明確な文章は構成がしっかりしていますから、書かせるときにその点を強調し、採点もそこを見ます。

同じ説明を聞いたはずなのに、提出された作文にはかなりの差が生じます。訴えたいことがすっと頭に入ってくる作文もあれば、何回読んでも“何が言いたいの?”と聞き返したくなる作文もあります。いや、作文などと言ってはいけません。日本語の文字の羅列です。文法や語彙の誤用が主張をぼやかすことはよくありますが、慣れてくるとそういうファクターを取り除いて、主張の明確さを見ることができるようになります。

ところが、私の採点には1つの傾向があります。それは、字のきれいな作文の点数が高いことです。見た目で作文を評価しているわけではありませんが、字がきれいだと一読して主張が理解できた気になってしまうようです。逆に、字が汚いと嫌悪感が先立ってしまいます。原稿用紙から無言の圧力を感じて心を閉ざしてしまい、主張を感じ取りにくくなっているのかもしれません。

これでは公平な評価とは言えません。そうはいっても、きれいな字を見て和んでしまう私の心を抑えることは、容易ではありません。入試の小論文を採点する先生方はどうなのでしょう。私ほどではないにしても、多少はそういう面があるのでしょうか。だからAIに採点を任せるという動きにつながっているんじゃないかな。

いまさら手遅れかもしれませんが、学生にはそんなことも伝えたいです。

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Doppler効果

11月8日(月)

理科系の大学の口頭試問では、大学で勉強する専門に関連した理科や数学の事柄が聞かれたり、優しい問題を解かせられたりします。もちろん、出題も日本語だし、回答も日本語です。

中級のCさんは、そんな入試がある大学を狙っています。受験講座の後で、その口頭試問の練習をしました。残念ながら、合格には程遠い回答内容でした。正確に言うと、専門知識はしかるべきレベルのものを持っています。しかし、それを日本語で表現できないのです。

“エチレン”という私の言葉に反応して、膝の上に置いた手の指を2本立てて何事か表そうとしています。しかし、Cさんの口から“二重結合”という、有機化学のごく基礎的な用語は発せられませんでした。“ドップラー効果”と聞いても全然わかりませんでした。「“ドップラー”は英語ですか」と聞いてきました。「はい」と答えると、「英語で言ってください」ときました。“Doppler”と英語の発音をすると、「ああ、わかりました」と腑に落ちた様子でした。でも、口頭試問では、日本語の“ドップラー”がわからないと、どうしようもありません。

Cさんは、日本へ来てからも、ずっと国の言葉で理科や数学を勉強してきました。EJUでは目標としていた点数が取れましたが、口頭試問の練習でこのざまですから、先は決して明るくありません。口頭試問がない大学に合格し進学したとしても、こんな程度の専門日本語力では、授業についていけないでしょう。少なくとも、1年生の最初の学期は大いに苦労するに違いありません。

だから、受験講座を受けてほしいのです。中級では、まだ、日本語で物理や化学や数学を勉強するのはかなりの負担です。しかし、それに耐える訓練をしておけば、口頭試問にも進学後の授業にも対応できるようになります。受験講座は、EJUの先を見越した勉強をしているのです。

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違いがわかる?

11月1日(月)

月曜日に私が担当している中級クラスには、初級文法の復習の時間があります。初級の教科書から取ってきた例文や、語彙だけ少し中級っぽくした文から作った問題を宿題にして、その答え合わせをしています。

初級クラスでこの問題をしたら、習った文法はできる、未習はできない、難しい語彙はわからないとなるでしょう。中級となると、その文法を習った後にいろいろな文法を習っています。その中には似たような形や意味のものも含まれています。すると、初級の学生は間違えないような問題を間違えたり、初級とは違った間違え方をするようになったりします。知恵熱みないなもんでしょうかね。

そうなることは織り込み済みというか、それを整理するのがこの授業の意義です。たとえば、「て形+あります、います、おきます」などの補助動詞の意味や使い方とか、「と、ば、たら、なら」の違いとか、あるいは初級の学生は思いつかないような場面で使えるかとか、1ランク上の質問が出てきます。それも、週を追って高度になりつつあります。学生たちも、この授業の活用法が見えてきたのでしょう。

この授業は、ドリルや会話といった練習が主眼ではなく、学生に文法項目の再確認・再認識をしてもらうことが目的です。ですから、「東京(  )暮らしています」に「で」を入れるか「に」を入れるかで生じる微妙な意味の違いを通して、助詞の「で」と「に」の意味・用法を見つめ直すなどということもします。

上級になったら、この授業で扱っているような小技をピシッと決めて、引き締まった日本語を書いたり話したりしてほしいです。それが、進学してから役に立つ日本語なのです。

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彼女は悲しげな表情で去っていく彼に手を振った

10月20日(水)

文法の例文に、“彼女は悲しげな表情で、去っていく彼に手を振った”というのがありました。学生にコーラスさせた後、「悲しげな表情の人は誰ですか」と聞きました。「彼女」という声が多かったですが、「彼」と言った学生もある程度いました。

最初、「かれぇ? なーに考えてんだ、こら!」と反応してしまいましたが、よく考えたらそれもあり得るのです。教科書には“彼女は悲しげな表情で、去っていく彼に手を振った”と書かれていますが、読点の位置をちょっとずらして、“彼女は、悲しげな表情で去っていく彼に手を振った”としたらどうでしょう。悲しい人は彼になってしまいます。

文字にすれば両者の違いは明らかですが、音声だけだったらどちらにも受け取れるのです。もちろん、授業の場合は教科書がありますから、この例文からは悲しげなのは彼女だという結論にしかなりません。しかし、教科書を読まない、ないしは読点に頓着しない学生が、彼は悲しげだと受け取ったとしても、不思議ではありません。

学生と教師の間に誤解が生じることがよくあります。多くの場合が、学生の理解力不足、教師の説明力不足に起因しますが、こんな読点の位置の食い違いが原因となっているケースもあるのではないでしょうか。話し言葉の場合、話し手は自身の頭の中で組み立てた文を音声として発信し、聞き手は受信した音声を自身の頭の中で再構築し理解します。教師は“彼女は悲しげな表情で、去っていく彼に手を振った”のつもりで言っても、学生は“彼女は、悲しげな表情で去っていく彼に手を振った”と受け取ることだって、十分にあり得ます。その差は、ほんのちょっとした間の置き方の違いにすぎないのですから。しかし、教師は学生の理解力不足を信じて疑いません。

音声言語は証拠が残りませんから検証のしようがありませんが、こういう行き違いがなかったか、胸に手を当てた次第です。

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東京ドーム

10月18日(月)

今、扱っている読解のテキストに、説明をわかりやすくするには「東京ドーム3個分」などというたとえを使うといいという一節がありました。“A氏は東京ドーム3個分の敷地の大豪邸に住んでいる”と言ったらわかりやすいでしょうか。とんでもなく広いということは伝わりますが、それ以上ではないでしょう。それよりも“うちの敷地の1000倍だ”などという方が、実感が伴うのではないかと思います。東京ドームよりも自分ちの方がはるかに身近ですからね。でも、それでは一般の人にはわかりません。だからこそ、具体的イメージは犠牲にしても、東京ドームなのです。

その東京ドームにしても、伊勢丹新宿本店の延べ床面積の方が広いとなるとどうでしょう。伊勢丹が広いと受け取るか、東京ドームが意外と大したことがないと感じるか、人それぞれでしょう。観客席も取っ払った東京ドーム全体に売り場が広がっていたら、見て回る気がなくなるでしょうね。だから、東京ドームも広いのかなあ。

東京ドームの面積は、200m四方よりももう一回り大きいくらいです。ということは、東京ドーム3個分とは、200m強×600m強ということです。御苑と三丁目の駅間距離が700mですから、御苑の一番西側と三丁目の一番東側で600m強でしょうか。その間を幅200mで占領するとなると、相当なものです。

さて、学生の反応はどうだったかというと、Gさんから「東京ドームって何ですか」という質問が真っ先に出ました。Gさんは野球に関心なさそうだもんね。

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