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「えっ」じゃないよ

4月7日(土)

新入生たちは、昨日がプレースメントテストで、今朝から事務と教務のオリエンテーションでした。私はその後に行われた進学コースのオリエンテーションを担当しました。

進学コースのオリエンテーションでは、毎学期厳しいことを言います。いい加減な気持ちで勉強に取り掛かっても、ろくな結果が出ません。日本なら楽に進学できるだろうと思っていたら大間違いです。痛い目にあい、悔し涙を流すのは、ほかでもない学生自身です。

今回は、私に与えられた時間全てを使って、日本語をしっかり勉強せよと訴えました。最近、卒業生や大学関係者から、立て続けに日本語力の大切さを聞かされました。入学式の校長挨拶に回してもよかったのですが、進学を考えている人たちにこそ、真剣に考えてもらいたかったのです。

学生たちは、ペーパーテストの点数さえよかったらどうにかなると思いがちです。しかし、学んだことを生かして何かをするというところまで考えると、他人を動かすことが必要であり、その際に物を言うのはコミュニケーション力です。そのコミュニケーション力を支えるのは、言うまでもなく、日本語力です。

ですから、日本語力と言っても、話す力と相手の言葉を聞き取り理解する力が最重要です。そこまで話をすると、「えっ?」という顔をしていた学生が何人もいました。その人たちは、きっと、面接の受け答えはテクニックでどうにかして…という算段をしていたのでしょう。

進学したら日本語力をつける勉強をしている暇などありません。KCPにいるうちにできるだけ高いレベルにまで上っておかねばなりません。その戦いが、来週から始まります。

初授業

4月3日(火)

2018年度初の授業をしました。学生相手の日本語の授業ではなく、日本語教師養成講座の文法の授業でした。養成講座は、日本語は存分に通じる方たちへの授業ですが、日本語の出力を抑える訓練という一面も持っています。属性形容詞とか連用修飾とか連体詞とかという用語は、日本人に対しては使えても、KCPの学生のような日本語学習者には使えません。また、「カリナさんの髪は長いです」よりも「カリナさんは髪が長いです」のような形の文が日本語には多いことを、学習者に対して理屈をこねて説明しても意味を成しません。練習を重ねて後者のタイプが口をついて出てくるようにしていくことが肝心です。

教える内容の10倍の知識を持っていないと教えられないと言いますが、10倍の知識を持っているとそれを全部披露したくなるものです。どうだすごいだろうと威張りたくもなります。しかし、それをしたら、特に日本語学校の初級でそんなことをしようものなら、クラス全体が「???」で包まれます。そして、教師としての信頼を失うことでしょう。だから、出力を抑える訓練をしなければならないのです。

養成講座の授業をしている私も、自分用のメモにはあれこれいっぱい書き込みをしています。また、書き込み以外のネタも頭の中には仕込んであります。しかし、受講生にはそれを全部伝えているわけではありません。そうするには時間が足りませんし、そうしても聞いている皆さんの頭に残るのはそのごく一部です。

要するに、養成講座受講中に、日本語文法の思考回路を脳内に築き上げてほしいのです。これさえあれば、日常生活で目にしたり耳にしたりする日本語を自分で分析し、そこから学習者の理解を助ける教材を自分で見出せるようになるでしょう。そうなれば、もう一人歩きできる日本語教師です。

新年度

4月2日(月)

ついこの前卒業したKさんが、ビザの資料をもらいに学校へ来ていました。進学したD大学の学生カードを、少し自慢げに見せてくれました。Suicaもついているカードで、Kさんもそれを手にして大学に進学した実感が湧いてきたようです。これまでは、宿題は重荷だったかもしれませんが、これからは自分が本当に勉強したいことが勉強できるわけですから、宿題も楽しくなる…かもしれません。

同じく3月に卒業して就職したCさんは、入社式を迎えたはずです。社長の訓示をきちんと理解できたでしょうか。社会人ともなれば、学生時代とは違って、たとえ新入社員でも責任が伴います。「日本語はまだまだです」では済まされません。KCPで身に付けた日本語力を駆使して、日本人同期の上を行く有能な社員になってもらいたいです。そういう人物だと見込まれて、入社試験に合格したんでしょうけどね。

こういうふうに、KCPは留学生にとって通過点に過ぎません。KCPで日本語を勉強して上手になっただけでは、まだ半人前です。その日本語を使って何をするかに、それぞれの留学生の将来がかかっているのです。KさんがD大学を卒業した後どうするつもりか知りませんが、活躍の場は日本に限りません。Cさんだって、一生この会社で過ごすかといえば、おそらく違うでしょう。どこへ行っても、何をするにしても、日本語を軸に人生を考えてくれたら、KさんやCさんに教えた立場の人間として、この上に喜びです。

今週末には、また大勢の新入生がやってきます。この学生たちは、来年あるいは再来年の4月を、どこでどのように迎えるのでしょうか。

先生こそ例文作り

3月24日(土)

養成講座の初級文法の最終回は、例文の作り方を取り上げます。日本語教師を目指す人たちは、とかく文法を言葉で説明しようとします。しかし、特に初級クラスでは、言葉による説明はあまり効果がありません。だって初級ですよ。言葉がわからないから初級にいるのであり、その人たちに言葉で文法や単語の意味を説明しようったって、土台無理な話です。言葉によらずに説明するには、例文が最も有効なのです。

でも、漫然と作っていては、説明力のある例文は生まれません。寸鉄人を刺すような例文を作るにはどうしたらいいかということになるのです。はっきり言って、私の話を聞いたからといってすぐにそういう例文が作れるようにはなりません。文法や単語の意味の構成要素を抽出し、それを際立たせるような例文を考え出します。これができるようになるには、残念ながら訓練を積むしかありません。作り慣れてくれば、文法や単語の意味の特徴が見えてきて、それを組み合わせた例文も、「う~ん」とかうなっているうちに作れるようになります。

また、例文はドリルの基本材料にもなります。単に機械的に言葉を入れ換えていくだけでは、練習する側も流れ作業になってしまい、覚えてほしいことが定着しません。学生の印象に残るドリルのキューは、例文作りから得られるものです。私は授業で遅刻した学生や前日欠席した学生をよくいじります。そういう学生をネタに文法導入するのにも、例文作りの訓練が生きてきます。

受講生の皆さんはどう感じてくれたでしょう。これからも講義やら実習やらが続きますが、例文作りの練習も忘れないでもらいたいです。将来確実に役に立ちますから。

鋭い追及

3月15日(木)

おとといに続いて最上級クラスに入りました。成り行きで学生が日ごろ感じている日本語の疑問に答えることになりました。

Q1:「すごい」は形容詞なのに、「すごいおいしい」などと周りの日本人が言っていますが、これは正しい日本語ですか。文法的には「すごくおいしい」と言わなければならないと思います。

はい、まさにその通りです。形容詞が別の形容詞や動詞を修飾する時は「~く」の形にしなければなりません。しかし、「すごい」は直後の形容詞や動詞の程度がはなはだしいことを表すことが多く、「とても」のような副詞に近いはたらきをしています。副詞は活用しませんから、「すごい」も変化させずにそのまま使っているのではないでしょうか。

Q2:「食べれる」「見れる」などら抜き言葉は正しい日本語ですか。日本人はみんな使っていますが、タレントがテレビで使うと字幕では「食べられる」「見られる」と直されています。

大半の日本人が使っているのですから、ら抜き言葉はもはや正しい日本語の一部と言ってもいいかもしれません。しかし、日本語教育は保守的ですから、もうしばらく教科書上ではら抜き言葉は正しくないとされるでしょう。

Q3:食べ物のレポーターは、どうして何を食べても「おいしい」としか言わないのですか。

単にそれ以外の言葉を知らないからでしょう。せめて「塩味が利いていておいしい」とかって、どういうところがおいしいか言ってほしいものです。

Q4:若い人たちは何でも「やばい」と表現しますが、なんだかバカっぽく感じます。

私もそう感じます。最近、何でも「大丈夫」で片付けようとする風潮も見えますが、これもよくない傾向だと思います。皆さんには物事を正確に詳しく表現できるだけの語彙力をつけてもらいたいです。

…さすが最上級、実によく観察しています。こういう目で見つめられたら、KCPの先生もちょっと危ういんじゃないかなあ。日本人の皆さん、留学生に尊敬されるような美しく高尚な日本語を使ってください。

今こそチャンス

3月13日(火)

最上級レベルの授業をしました。このレベルは、大半の学生が先週の卒業式で卒業しているので、いくつかのクラスを合併しても教室がすかすかの学生数です。学生数が少ないからと言って、いい加減な授業をするわけにはいきません。4月以降は、また次々と新しいことを勉強していきますから、これまでの復習をするのは今しかありません。そう考えて、文法は初級、中級、上級で習ってきたことの再確認に充てることにしました。

例えば、昨日は助詞の確認問題をしました。100問出して、合格点は100点。つまり、全問正解が合格の条件です。学生たちに聞いてみると、みんな何問かは間違えたようでした。あのライシャワーさんですら、ご自身が書いた文章の助詞は、ネイティブの日本人にチェックしてもらったそうですから、学生たちが間違えてもしょうがないかもしれません。でも、「友達を会いました」「区民センターに卒業式があります」みたいなみっともない間違え方はやめてほしいです。助詞以外にも、この手の見つけたほうが恥ずかしくなるような誤用を少しでも減らそうという主旨で授業を計画しました。

今回は、「あげもらい」がメインテーマ。モノの「あげもらい」ではなく、て形と組み合わせた行為の「あげもらい」です。さすがに最上級レベルだけあって、どうしようもないミスはありませんでしたが、答え合わせのときにこっそり直している学生がいました。また、問題文にまつわる「あげもらい」以外の文法や語彙に関する質問も出てきました。学生たちに基礎を振り返るというこちらの気持ちは伝わったようです。

このクラスの学生には、来学期から1年間KCPを背負って立ってもらわなければなりません(これも日本的な「あげもらい」の表現ですね)。期末テストまでわずかな間ですが、今のうちに最上級クラスの名に恥じない正確さも身に付けてもらいたいです。

スライドで視力検査

3月7日(水)

今学期の最上級レベルは、各学生に自分が興味を持っているテーマについてのプレゼンテーションをしてもらいました。各学生の発表を聞いてきましたが、感想を一言でまとめると、思いが先行しすぎているとなるでしょうか。

スライドの写真は、発表者のそのテーマへの情熱が感じられ、視覚への訴求力も強く、感心させられるものが多かったです。理解の助けになり、学生たちのセンスのよさも伝わってきました。

しかし、字が小さいんですよね。教室の後ろからじゃ読めないくらいでした。1枚のスライドに欲張って何でも入れ込もうとするのもありますが、どこかのサイトにあった文章をそのまま引っ張ってきたため、字数が多くなってしまったというパターンも見られました。インターネットで調べた内容を引用するのは構いませんが、そのままコピペというのは感心しません。進学先では絶対に注意されるでしょう。もしかすると、内容の要点を把握し、簡潔な表現でスライドにすることができなかったのかもしれません。そうだとすると、最上級クラスの学生としては、ちょっと情けないです。

私も先学期と今学期は、毎週、選択授業の身近な科学の発表資料作りに追われました。しかも、学生たちの発表は10分ですが、私は90分でしたから、スライドの枚数もかなりなものになりました。資料を読み込んで、周辺事項も含めて知識を堆積し、その中から珠玉の一言を選び出し、醸し出し、学生に伝わるような表現にしていきます。学生たちのスライドには、そこが足りなかったと思いました。

でも、これから進学先でビシバシ鍛えられていくことでしょう。来年の今頃には、私なんか足元にも及ばないくらいのプレゼンテーションができるようになっているんでしょうね。

日本語教師の文法

2月24日(土)

今学期は、土曜日は日本語教師養成講座の文法の講義をしています。3月までは初級文法のお話で、みんなの日本語初級版に出てくる文法を中心に解説しています。しかし、初級の範囲だけを抽出して教えていくというのは非効率的ですから、共通の土台に立つ中級上級の文法もいくらか触れていきます。

例えば、使役なら「先生は生徒を立たせました」みたいな典型的な用法はもちろん、「肉を腐らせてしまいました」みたいなちょっとひねった表現についても考えてもらいます。日本人はこの2つをわざわざ「使役」などと意識して使うことはありません。また、日本語学習者の母語ではこれらを同じ形で表現していないかもしれません。でも、日本語教師は2つの文では同じ文法項目が使われているけれども、その意味は違うことを明確に認識していなければなりません。

受身だと、「あべのハルカスが建てられました」と「あべのハルカスを建てられました」の違いなんていうことも取り上げます。この違いは、学習者に教えることはまずないでしょうが、受身の根本にかかわることですから、日本語教師を目指す方々には是非理解しておいてもらいたいです。授業を支える文法力を裏打ちする知識や発想もまた、日本語協視力の一端だと信じています。

一のことを教えるには十知っておかなければならないと、20年以上前の養成講座時代に教えられました。その後日本語教師を経験してきて、確かにその通りだと思いますから、私も自分の講座の受講生に対してその精神で向かっています。

センサー

2月22日(木)

卒業認定試験が来週の月曜日にありますから、超級クラスでそれに向けた練習問題をしました。今学期勉強した文法項目に関する問題ですが、出来はあまりよくありませんでした。学生たちに実力がないからではなく、問題が難しかったからです。

どうすれば問題を難しくできるかというと、動詞の形を変える問題にすればいいのです。超級ですからて形とかた形とかは、さすがにめったに間違えません。弱点は受身、使役、使役受身です。さらに、「~て/おく/しまう/みる/もらう/くれる」などの補助動詞を使うパターンも、思ったとおりに引っかかってくれます。そんな文法は初級で勉強するじゃないかと思うかもしれませんが、

隣にビルを「建てて」からというもの、日が全く当たらなくなった。

なんていう答えになってしまうんですねえ。

初級文法が臨機応変に使えるようになるには、長い時間がかかります。卒業間近になっても、上述の文法を理想的に使ってくれる学生などめったにいません。特に、“暗記の日本語”に頼っている学生は、「読んでわかる」止まりで、話すときは“ガイジンの日本語”を使い続けることでしょう。

この壁を突破するには、日本人の日本語から栄養を摂取することが必要です。“なるほど、「~てしまう」ってこういうときに使うんだ”“ここで使役が出てくるなんてシブイなあ”とかって感じ取れるだけの触覚がどうしてもほしいところです。それには、まず手始めに、教師の日本語に耳を傾けることです。

今週末が国公立大学入試の最後の山場です。それが過ぎたら心にゆとりもできるでしょうから、こんなことにも是非挑戦してもらいたいです。

実力あり?

2月19日(月)

私が受け持っている卒業クラスの文法は、このクラスの学生にしたらどこかで勉強したことがあるものばかりです。言ってみれば、日本語学校での文法の総復習です。だから、選択問題はほぼ問題なくできます。しかし、取り上げた文法を用いて短文を書かせてみると、不自然な文章が出てきます。

ホワイトボードには学生が書いた例文が6つ。どこか変なところはないかとクラス全体に聞くと、何人かがそれぞれ指摘しました。でも、一番気づいてほしいところには気づいてくれませんでした。

小学生にしては、このテストで80点を取るのはすごいと思う。

――この例文はいかがでしょう。もちろん、言いたいことはわかります。でも、それを「~にしては」を用いて表すとしたら、この例文は直すところがないほど素晴らしいものでしょうか。

違和感を持っていた学生もいたと思います。しかし、じゃあ、どう直せばいいかと問われると、答えようがなかったのではないかと思います。

このテストで80点も取るなんて、小学生にしてはすごい。

――文の前後を入れ換えて、これぐらいまで直してほしかったのですが、無理だったようです。優秀なクラスだとは思いますが、誤文訂正は単語レベルまでのようです。

さて、来週の月曜日は卒業認定試験です。このクラスの学生たちにも卒業証書をもらってほしいですが、実力のない学生、勉強していないには卒業証書を与えたくはありません。それを見分けるのが卒業認定試験ですから、今週いっぱい、どうすれば卒業に値しない学生をふるい落とす問題が作れるか、授業時間意外は頭を悩ますことになります。