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好印象

5月22日(火)

授業を終え、教室から外階段を下りて職員室に入ろうとすると、3月に卒業したGさんがいました。Gさんは進学先がなかなか決まらず、卒業式が過ぎて、期末テストの頃にS大学に合格しました。ですから、6月のEJUを申し込んでしまっていたのです。その受験票が先週末に学校に届き、それを受け取りに来たというわけです。

「EJU、受けるの?」「はい。大学の授業を聞いて受験勉強の内容がわかるようになってきたところもあるし、大学の授業を理解するために高校の教科書を勉強しなおしていますから」「大学の勉強はおもしろい?」「出席率100%ですよ」「当たり前だろ、まだ1か月ちょっとなんだから」「でもS大学は思っていたよりいい大学です。大学院進学や就職にも有利みたいだし」「そうだよね。S大学だったら日本だけじゃなくて世界に出ても勝負できるよ」「でも、出席を全然取らない授業もあるし、プリントを持ち込んでもいいテストもあるし、甘い感じもします」「自分で自分をコントロールできないと生きていけないんだよ。変に安心していたら、成績が出てから泣くぞ」

進学先に絶望して仮面浪人しているわけではなさそうなので、安心しました。1か月半で新入生の心を捕らえたのですから、S大学は大したものだと思います。でも、反面、授業の管理は私が学生のころとあまり変わっていないようでもあります。その後、T大学に進学したKさんから、スマホを使った厳密な出席管理の話を聞かされましたから、なおさらS大学のおおらかさが浮かび上がりました。

こういう情報をもとに、在学生の進路指導をしていきます。S大学は、大きなプラスポイントを得ました。

1年かけて

4月28日(土)

S大学に入ったKさんが、ビザ更新に必要な書類を申し込みに来ました。「大学、楽しい?」と聞いたところ、にっこり笑って「楽しい」と答えていましたから、本当に大学生活をエンジョイしているようです。でも、KさんにとってS大学は目標にしてきた大学ではありません。S大学は、私などからすると十分に“いい大学”ですが、KさんにとってはS大学生とは世を忍ぶ仮の姿に過ぎません。今年、I大学を受けると言います。

Kさんは大学院まで行くつもりでいます。だったら、S大学で4年間しっかり勉強し、大学院でI大学に進むべきです。時間がもったいないです。若いときの1年は、特に研究者にとっては、非常に貴重です。その1年を犠牲にしてまで、S大学ではなくI大学に進まなければならない理由が、私には見えません。I大学生え抜きでI大学大学院に入りたいのなら話は別ですが、そんなことに価値を置く人など、いまどき誰もいません。

研究にはひらめきと冒険心とタフな肉体と何でも吸収できる柔軟な頭脳及び精神が必要です。この5つが5つとも備わっているのは、若いときだけです。経験を保守的に利用するようになったら、研究者としての寿命は尽きたと言ってもいいでしょう。いつ寿命が尽きるかは、人それぞれです。だから、一刻も早く研究者としての実力を養い、第一線で活躍できる時間を少しでも長くしたほうがいいのです。

S大学なら、一流の研究者としての基礎教育を確実に受けることができます。今年1年かけてI大学に入り直し、また同じような基礎教育を受けるのは、時間の無駄に思えてなりません。

このような話をKさんにしました。でも、Kさんは仮面浪人するんだろうなあ…。

スタート

4月18日(水)

今週から受験講座が始まっています。水曜日は、ひと通り勉強が終わった学生対象の化学と物理の時間です。今学期は、もちろん6月17日に控えたEJUに備え、過去問を中心に進めていきます。

さて、第1回ですが、化学も物理も目標時間より10分余計にかかってしまいました。決してできない学生たちではないのですが、時間を厳しく区切って問題を解く練習が足りません。EJUの難しさは、じっくり考えれば解ける問題を短時間に解かなければならないところにあります。そのためには、問題を見た瞬間に解き方が頭の中に浮かんでこなければなりません。物理だったら問題の図からただちに式が思い浮かび、それをパシパシと解いて答えを出すのです。化学なら問題文中のキーワードと頭の中の知識が結びつき、正誤を判断したり反応式を思い浮かべたりできることが求められます。

こうなるには、やっぱりかなりの訓練が必要です。毎年4月はこんなもんで、これから6月に向けて鍛えていって、どうにか目標の成績に手が届くようにします。運動神経を競うような問題の解き方をしてどうするんだと思わないでもありませんが、4月期にこうやって鍛えておくと、7月期に大学独自試験向けの勉強をするときに効いてくるのです。今は、ある種のひらめきみたいなものが生まれる素地を形成しているのだと思います。最終的には量より質ですが、質を生み出すためには量をこなすことも必要です。EJUの勉強にはそんな役目もあるのです。

約2か月の短期決戦です。6月に好成績を挙げておけば、その後の受験を有利な条件で進めることができます。力の限りを尽くしてもらいましょう。

入学式挨拶

皆さん、ご入学おめでとうございます。このように多くの学生が、世界中からこのKCPへ来てくださったことをうれしく思います。

先日、去年の3月の卒業生、Aさんが遊びに来てくれました。Aさんは、KCP在学中は遅刻を1回しただけの出席率99.9%というまじめな学生でした。残念ながら第1志望の東京の大学には合格できず、地方の大学に進学しました。いかにも都落ちという風情で東京を後にし、それから1年間全くKCPに顔を出すことはありませんでした。やはり第1志望に落ちたことが尾を引いているのかなと密かに心配していました。

ところが、1年ぶりに姿を現したAさんは、進学した町で出会った日本人の恋人と一緒でした。そのせいかどうかはわかりませんが、とてもすっきりした顔をしていました。その恋人も、明るく気さくな人で、Aさんに大きな信頼と期待を寄せていることが、しぐさや言葉の節々からわかりました。

そんなことより何より、Aさん自身が大学で将来のためになるいい勉強ができていると思っていることが表情からほとばしり出ていたことが、私にとってはうれしかったです。入学前に想像したよりもはるかに充実した学生生活を送っていることがうかがえました。JR東日本に就職することを目標に、卒業までの計画を立てています。JRへの就職は厳しい戦いになるけれども、是非挑戦したいと意欲的に語ってくれました。

冷たい言い方をすれば、第1志望の大学に入れなかったのですから、Aさんは受験の敗者です。確かに来日前に思い描いたのとは違う道を歩んでいます。しかし、負けっぱなしではありませんでした。想定外の新しい環境で自分を最大限に生かし、当初の計画よりも彩り鮮やかな留学の果実に向かって、着実に進んでいます。

Aさんだって、東京を離れる時には筆舌に尽くしがたい葛藤があったと思います。けれどもある時点でそれを振り切り、今ここで何をするのが自分にとって最善なのかを考え、それを実行に移し、確かな手応えを得ているからこそ、笑顔でKCPを訪れることができたのです。

つまり、自分の人生は自分で切り開くべきものだということです。うまくいかなかったからと落ち込んでいたり、与えられた環境を嘆き続けたり、誰かが助けてくれるのを待っていたりするだけでは、漫然と時が過ぎていくだけです。そういう受身ではなく、積極的に何かを勝ち取る日本留学を皆さんに期待します。そのためなら、われわれ教職員一同は、喜んで皆さんの力になります。

本日は、ご入学本当におめでとうございました。

思い出

4月4日(水)

3月に卒業した学生たちの進路をまとめました。進学した人が一番多いですが、就職した人もいれば帰国した人もいます。夢を叶えた人もいれば、夢が破れた人もいます。計画どおりに歩んでいる人もいれば、入学した時とは全然違う方向に進んだ人もいます。努力が報われた人も、報われなかった人もいます。

概して言えることは、自分自身ときちんと向き合った人は、たとえ来日時の思いとは違っていても、将来に向けて着実に進んでいるのに対して、行き当たりばったりだったり自分を正しく評価できなかったりしていた学生は、いったいどうしちゃったんだろうっていう進路になっています。CさんやGさんやLさんは、残念ながら、どうしちゃったんだろう組です。

この3人は、入学の学期に私のクラスでした。Cさんはしっかり者のZさんと友達になりました。でもZさんのいいところを見習うことなく、1年で大学進学したZさんと離れてからは、がたがたと崩れていきました。Gさんの辞書には「完璧」という言葉はないようで、何もかもが中途半端でした。何度叱られても蛙の面に水で、卒業後の進路も中途半端なままでした。Lさんはどこか斜に構えたところがありました。自分では冷静なつもりだったのかもしれませんが、自分の将来に対しても熱くなれず、流されるままに進学したように思えてなりません。

鉄を熱いうちに打たなかった私が悪かったのかなあと思いながら、3人のデータを入力しました。3人はKCPでの留学生活をどう思っているでしょう。新しい世界では、同じ轍を踏まないようにしてもらいたいです。

もちろん、そのクラスはそんな学生ばかりではありません。Lさんと仲のよかったDさんは、山あり谷ありの留学生活でしたが、大きく成長したと思います。最後の学期も私が受け持ち、大人になったと感じさせられました。最上級クラスに上り詰めて進学もきちんと決めての卒業ですから、立派なものです。

今週末は、新入生のプレースメントテストです。どこかのクラスで新入生を受け持つことでしょうが、卒業までに学生自身が成長を実感できるように育てていきたいです。

仮面浪人

3月20日(火)

Gさんは昨年から数校の大学に挑戦してきましたが、どこからもお声がかかりませんでした。そのGさんに、昼休みに呼び出されたので、4月以降の受験講座をどうするのかという相談だと思って、カウンターまで出向きました。

「先生、今までいろいろな大学に不合格でしたが、S大学に合格しました」と言うではありませんか。私はS大学も到底無理だと思っていましたから、一瞬何の話なのかわかりませんでした。「へえ?」と聞き返して、もう一度同じことを言ってもらい、ようやく線がつながりました。

それだけなら「おめでとう、よくやったね」で終わりでしたが、次の言葉を聞いてさらにまた困惑に陥りました。「先生、S大学に入って今年もEJUを受けて、来年もっといい大学に入ります」。Gさんが私を呼んだのはこの話がしたかったからだったのです。

大胆というか、身の程知らずというか、世間をなめてかかっているというか、今度こそ本当に言葉を失いました。Gさんの言う“いい大学”とは今年落とされた大学です。Gさんの日本語力からすると、次も勝ち目のある戦いになるとは限りません。

KCPで受験勉強を続けるのではなく、形の上だけでもS大学に進学するということは、大学生の身分は確保しておき、来年ダメだったらそのままS大学生として勉強を続けるつもりなのでしょう。そんな中途半端な環境に身を置くと、虻蜂取らずに終わりかねません。受験には失敗するわ、S大学では留年するわで、1年が無駄になってしまいます。そうなるおそれが強いように思えてなりませんでした。

だから、Gさんの考えは否定して、S大学で4年勉強し、大学院で今Gさんが考えているところに入ればいいとアドバイスしました。でも、Gさんは晴れやかな顔にはなりませんでした。どうやら背中を押してもらいたくて私に相談したようです。今の自分は世を忍ぶ仮の姿だなどと思っているうちは、どこに進学しても有意義な留学生活は送れないでしょう。

大学は勉強を教えてもらうばかりの場所ではありません。オーダーメードの学びの場を築いてこそ、真に有意義な大学生活が送れるのです。

退学処分

3月19日(月)

おとといの桜の開花宣言に誘われたわけではないでしょうが、昼休みにおととしの卒業生のLさんが来ました。J大学法学部の、4月から3年生です。卒業に必要な単位は今年中に取れる見込みで、卒業を1年早めることもできるとか。大学院進学も視野に入れて勉強していくそうです。

Lさんはずっと法律の勉強をしようと思っていて、面接練習のときには志望理由や将来の夢を明確に語っていました。厳しい質問をしても、こちらが納得できる答えを返してきました。ペーパーテストが多少悪くても受かるという手応えを感じていましたが、まさにその通りになりました。

しかし、Lさんの周りには何となく法学部に入ってしまった学生がいるようです。そういう学生は授業についていけず、大学が定めた最低限の基準単位すら取れずに退学させられてしまいます。きっと、偏差値だけで志望校志望学部を決めたのでしょう。

日本人学生だったら、退学になっても、多少肩身は狭いでしょうが、日本から追い出されることはありません。しかし外国人留学生はそういうわけにはいきません。退学=帰国です。それを人生の試練として素直に受け入れられる人は少ないと思います。

私たちは学生の口から出てくる希望を第一に進路指導していきます。しかし、もう一歩踏み込んで、学生の適性を見極め、時には進路の変更を迫ることも必要です。名より実を取るように指導することもあります。Lさんの話を聞いて、進学競争が激しくなればなお一層のこと、学生の将来を考えた指導が必要だと思っています。

知らないだけ

3月16日(金)

卒業生を送り出して時間に多少は余裕ができ、また、学期末も近づいてきましたから、来学期の受験講座の登録を受け付けています。どの科目を取るかのほかに、志望校を書いてもらいます。今週は初級の学生が中心ですが、みんな大きなことを言っていますね。東大というのは、自分でも身の程知らずだと思うからでしょうか、あまりいません。しかし、それ以外の有名大学は続々と出てきます。

ひとつには、そういう大学しか知らないということがあります。東大のほかは早慶とせいぜいMARCHぐらいしか知らないというのが、新入生の平均値です。先週卒業した学生たちも、大して変わるところはありませんでした。

去年の4月期のMさんは、東大しか知らない学生でした。難関であることはわかっていましたから、まじめな性格であるだけに、大変なプレッシャーを感じていました。悲壮感がほとばしり出ていて、見ているだけで胸が締め付けられそうになりました。しかし、Mさんの勉強したいことは、K大学でも東大に負けないくらいいい勉強ができます。ですから、K大学について自分でも調べてみるように言いました。

Mさんは、いろいろな資料を読み込んでK大学を深く知れば知るほどK大学に行きたくなり、ついにはK大学を第一志望にし、見事に合格しました。東大に比べたらK大学は有名ではありません。国でK大学を知っている人はほとんどいないでしょう。でも、自分の留学の目的はK大学で叶えられるとわかったら、Mさんには迷いはありませんでした。来月から充実した大学生活を送ることになるでしょう。

私たちの役目は、Mさんをたくさん生み出すことです。

まっさらの教科書とくさいトイレ

3月10日(土)

昨日卒業していったXさんが、受験勉強に使った教科書や問題集を持ってきてくれました。私が持っていない教科書でしたから、ありがたくいただくことにしました。

その教科書、正確に言うと、使おうと思って買ったけれどもまっさらのままで終わってしまった、日本の高校の教科書です。教科書は市販の参考書よりずっと安いですが、Xさんの場合、冊数が多いですから数千円に上ります。それを、手垢にまみれるどころかインクの匂いすら漂ってきそうな状態で寄付してくれました。近頃の学生(の親)はお金持ちになったものです。

そのXさん、実はおととい私のところへ進路の相談に来ました。M大学とE大学に受かったけれども、どちらがいいだろうかと聞かれました。私の感覚ではE大学だと答えたら、XさんはM大学のほうがトイレもきれいだしそれ以外の設備も整っていると、受験のときに実際に見てきた感想を述べてきました。どうやら、心の中ではM大学と決めていて、私の口からM大学という言葉を聞き、背中を押してもらおうと思っていたようです。

私がM大学よりはE大学だと意見を変えなかったので、Xさんは態度保留のまま帰りました。それから2日間周りの人に聞いたりネットで調べたりして、自分の勉強したいことを勉強するならE大学のほうがいいだろうという結論に至ったようです。それでも、E大学はトイレがくさいとか食堂が狭いとか、M大学に未練がありそうなことも言っていました。

国立大学は予算が削られ続けていて、人材や施設の充実に影響が出ているという話をよく聞きます。E大学も国立ですから、トイレにかけるお金を研究費か何かに回しているのでしょうか。貧乏な大学で裕福な学生が学ぶ――なんだか皮肉な様相を呈しています。

上下

3月3日(土)

今朝の日本経済新聞によると、文部科学省は大学を「世界的研究・教育の拠点」「高度人材の養成」「実務的な職業教育」の3種類に分類するそうです。文科省が何と言おうと、大学がこの順番に序列化され、KCPから大学進学しようと考える学生たちは「世界的研究・教育の拠点」大学を狙うことでしょう。

抜群に優秀で、間違っても「世界的研究・教育の拠点」大学に入れちゃう学生は、まあいいでしょう。しかし、「世界的研究・教育の拠点」大学に失敗して、「高度人材の養成」大学に受かった学生はどうでしょう。官製ランキングのおかげで、喜びも半減となってしまうかもしれません。

文科省の言いたいこともわかりますし、これが理想的に機能したら日本の大学の世界的地位の向上につながるかもしれません。しかし、今ですら足りない大学への補助金抑制策の一環としてこういうことを考えているのだとしたら、本末転倒だと思います。「喜びも半減」の学生が集まってもその大学を伸ばすパワーにはならないし、このランキングをもとに大学の活動費が削られでもしたら、まさに負のスパイラルです。

また、今はよい意味で大学ランキングの埒外の大学がいくつかありますが、そういう大学もランキング枠内に入れ込むのだとしたら、角を矯めてしまうことになるのではないかと危惧しています。大学側も、官製ランキングに振り回されないような個性と自信を持って、学生に訴えかけてもらいたいです。

有名大学が“いい大学”だという傾向があることは認めます。でも、個々の学生にとっての“いい大学”は、巷間に流布しているランキングとは別の次元のものだとも思います。世間的な“いい大学”を捨てて自分の意志で選んだ大学に進み、そこで充実した学生生活を送っている卒業生が何人もいます。自分の物差しを持てと言われても難しいと思いますが、誰かが作ったランキングで自分の人生を決めていくなんて、悔しいじゃありませんか。