5番の答え

2月7日(木)

「Hさん、5番の答えは何ですか」「…忘れちゃった『ことになる』」「5番は『ことになる』、いいですか」「……(カサコソと、自分の答えを訂正する消しゴムとシャープペンシルの音)」「じゃあ、6番。Gさん、お願いします」……「はい、10番は『わけがない』でいいですか」「いいです」「じゃあ、問題2全体を通して質問ありますか」「先生、5番は『わけだ』じゃないんですか。さっきの先生の説明だと『わけだ』になると思うんですが…」「はい、その声を待っていました。私がいった答えが違っていると思ったらすぐに言わなきゃだめだろう。Fさんが何も言わなかったら、あんたたち間違ったことを覚えて帰ったかもしれないんだよ」

とまあ、授業中こんな意地悪もします。上級の学生なら間違いに気付いて当然ですから、学生が発した間違いをほったらかしておいて反応を見るのです。何でもこちらが説明してくれると思われたらたまりませんから、甘ったれるんじゃないという意味も込めて、わざと教えないで学生から何か言ってくるのを待ちます。

Fさんはこういうときに真っ先に指摘してくる学生です。私の話をよく聞き、それに基づいて論を進め、おかしいと感じたらすぐに質問します。多くの学生は、私が間違った答えを言っても自分のほうが間違っていると思い、「5番」答え合わせのように、正解を誤答に書き換えてしまいます。それに対し、Fさんは教師という権威にも屈することなく、果敢に自分の意見を述べるのです。もちろん、こちらが想定していなかったところで質問が飛んできてあわてることもあります。そういう緊張感を教師に与えてくれるのも、Fさんなのです。

このクラスには4月から進学する学生が大勢いるのですが、Fさんのような積極性がないと、実になる勉強ができません。そういう意味で、カサコソという消しゴムの音に、ちょっと不安も感じました。

カシャッ

2月6日(水)

私のクラスは、3月で卒業する学生と4月以降もKCPで勉強を続ける学生とが半々くらいという構成です。卒業組はほぼ進路が決まり、心の中に消化試合的な無気力感が湧き上がりつつあるようです。学校には出席しているものの、例えばテストで不合格点を取っても平気な顔をしているというように、向上心があまり感じられません。

今朝、9時少し前に私が教室に入ると、カシャッというスマホのシャッターの音がしました。昨日欠席したEさんが、授業中の書き込みのあるCさんの教科書を撮ったのでした。最近は手で書き写すことすらしないのですね。私たちの頃も、ノートのまるごとコピーというのがありましたが、そのコピーした紙にあれこれ書き加えたものでした。スマホの画面だと、それを眺めて覚えるだけなのでしょうか。そんなことで覚えられるのかなあ。チャイムが鳴ったらすぐ始めるテストに関して言えば、一夜漬けにすらなっていません。

そのEさんは卒業組です。“合格=進学先の授業についていける”ではなく、進学後に苦労した学生は数限りなくいます。Eさんもその一員になりそうな気がしてなりません。あと1か月の勉強で急に力が伸びるわけではありませんが、春節だなんだかんだと怠けていたら、4月に授業始まっても耳も目も手も口も思い通りに働かないに違いありません。緊張感を持って勉強し続けていれば、耳も目も手も口も新しい環境にスムーズになじんでいくでしょう。

さて、今朝のテストですが、Eさんも含め、春節を存分に楽しんだと思われる学生たちは軒並み不合格でした。来年4月を目指している学生たちはきっちり点を取ってきました。消化試合組をちょっとでも引っ張り込む授業をと思っています。これが、この学期の一番難しいところです。

来るって言ったじゃない

2月5日(火)

Kさんはもうずいぶん長い間休んでいます。つまずいたのは夏です。それまで出席率ほぼ100%だったのに、風邪をこじらせて数日休んだのが転落の入口でした。どうにか持ち直したものの、体調は完全には戻らず、休みがちになってしまいました。

夏学期はそれまでの貯金がありましたから、入学からの出席率を見る限り、ボーダーラインを上回っていました。しかし、秋になってもKさんの体調は完全には戻りませんでした。出席すると、授業に積極的に参加し、発言も多く、成績もそれなり以上です。日本語のセンスがあるのでしょうね。でも、たびたび欠席したため、Kさん自身にとっては思うように力が伸びていないという焦りが芽生えてきたようでした。

秋口から何校か大学を受験しましたが、結果を出せませんでした。19年4月入学を目指すには志望校を落とさざるを得なくなり、本人的には忸怩たる思いでさらにいくつかの大学に出願しました。その大学の入試が近づき、また、実際に寒さで体調を崩し、今学期になってから欠席が増えてしまいました。

ゆうべ、Kさんからメールが来ました。不本意な大学に出願することになり、周りの友人に合わせる顔がないと言っていました。「明日から学校に出ます」という文面を信じたのですが、…やっぱり、12:15まで姿を現しませんでした。

もう、肉体的にも精神的にも、留学に耐えられる状態ではないのだと思います。Kさんには日本語のセンスがたっぷりありますから、是非勉強を続けてもらいたいのですが、無理でしょうね。歯車が悪いほうへ回転し続けています。帰国して出直すのが、Kさん自身のためです。次にKさんが来た時には、そう諭すつもりです。

Unhappy new year!

2月4日(月)

授業が終わって職員室に戻ると、Xさんからメールが来ていました。「春節なので休みます」という意味のことが書かれていました。他にも、Yさんからは「春節で国の両親が来ているので一緒に旅行しています」というメールが来ていました。

担当の先生に聞いてみると、確かにその2名は欠席したとのことでした。無断欠席ではない点は学校の指導を守ったと言えますが、気安く休むなという指導は無視されたに等しいです。

Xさんにとって旧正月を祝うこと、Yさんにとって旧正月に来日した両親と旅行することは、彼らにとって非常に重要なことであり、“気安く休む”ことにはならないのかもしれません。しかし、Xさん、Yさんが留学しているここ日本には、旧正月を休む風習はなく、両名が欠席理由としてメールしてきたことは、全く理由になっていません。

国の習慣を捨てろと言っているのではありません。個人的に春節を祝うことにまでは口出ししようとは思いません。しかし、学校という公の場を、春節という、日本においてはきわめて私的な理由で休むことは、認められません。公私混同ないしは日本社会になじんでないと見なすほかありません。

土曜日のお昼に入った中華料理店は、入口に日本のお正月の輪飾りが取り付けてありました。店内にはなぜか“明かりをつけましょぼんぼりに…”というひな祭りが流れていました。でも、従業員の表情などからも、春節を祝っているのだなと感じられました。自分の国の風習をささやかに主張しているこの店の雰囲気を好ましく感じました。Xさん、Yさんも、こういう気の利いた祝い方を身に付けてもらいたいです。

2月2日(土)

今学期の作文は比較的やりやすい学生たちに当たったと思っていたら、やっぱりとんでもないのがいました。先週は休んで今週は出てきたZさんのを読もうとしましたが、1行目から挫折しそうになりました。しょっぱなから「長い人生がほしいだ」ですよ。初級で何を勉強してきたのでしょう。どうやって中級まで上がってきちゃったのでしょう。

Zさんの話し言葉はそんなにひどくはありません。音声は形に残らないのに対して、文字は目で何回でも確認できますから、間違いが目立つという面もあるでしょう。でも、文と文のつながりがわからないのです。そういう発想でもってこういう文章を生み出したのか、全く見当が付きません。進学希望ですが、志望理由書などどうするつもりなのでしょう。

実は、今週はひょんなことから英作文をしなければならなくなりました。英語で文法の説明をしたり指示を出したりすることは、年に数回ぐらいはあります。受験講座や上級の授業などで英単語をホワイトボードに書くこともあります。しかし、まとまった長さの文を書くというのは、今の校舎ができてから初めてじゃないかなあ。

言いたいことを文にしてみると、KCPだったらレベル2ぐらいの文法であり語彙です。というか、知らず知らずのうちに、難しいことを考えなくなっていたのです。自分の作文能力に見合ったことしか頭の中に浮かんでこなくなりました。無意識のうちに自主規制したいたのでしょう。作文に取り組んでいる学生たちも、こんな状況に追い込まれているのだろうかと思いました。

その点は、Zさんは立派なものです。言いたいことを思い切り原稿用紙にぶつけてきましたから。惜しむらくは、そのほとんどが失敗で、日本語教師すら理解に苦しんでいる点です。

自分も苦労したから学生にも甘く…などということは、絶対にしません。私みたいにならないように、厳しくチェックしていきます。

スーツで授業

2月1日(金)

受験講座の教室に入ってきたSさんは、スーツ姿でした。土日でどこか遠いところにある大学の受験なのかと思って聞いてみると、スーツが好きになったとか。先週は、正真正銘、飛行機に乗って入試を受けにいきましたが、それで癖になったみたいです。

「先生は毎日スーツですよね」と聞かれましたが、私の場合はスーツが制服みたいなものですから、着るのが普段の姿です。学生のSさんと同列に考えるわけにはいきません。KCPへいらっしゃったお客様にお会いするときには、スーツにネクタイが一番無難です。まあ、私はカラーシャツに変わったデザインのネクタイが定番ですから、本当に無難な服装かどうかはわかりませんが。

それから、冬はスーツは意外と暖かいのです。ネクタイで首元をキュッと絞めると、熱が逃げていきませんから、隠れたウォームビズだと思います。そうそう、スーツの布地もウールですしね。だから、教室にエアコンが入っていなくても、私はけっこう平気です。寒そうな顔をしている学生から「先生、エアコンをつけていただけませんか」という声が上がるのを待っています。…こんなことをSさんに話したら、うなずきながら聞いていました。

Sさんからどうしてスーツが気に入ったのかを詳しく聞きだすことはできませんでしたが、スーツを身に付けるとパリッとした気持ちになるなどというのだとしたら、立派なものです。ONとOFFの切り換えができることは、社会人として必要不可欠な才能(?)です。Sさんもスーツに身を包むことで臨戦態勢になれるのだとしたら、そして、そういうピリッとした心理状態に開館を覚えるのだとしたら、大きな武器を手にしたと思います。

Sさんのスーツは、今月、もう何回か活躍することになっています。満開の桜につながればと思っています。

いい迷惑

1月31日(木)

このところ休んでいたMさんが久しぶりに来ました。Mさんは先学期も出席率が悪く、担任のK先生に「次の学期は絶対に休まない」と約束した上で今学期を迎えました。しかし、1月の出席率は50%そこそこで、クラスで最低でした。欠席はいずれも無断欠席で、こちらからの電話にも出ませんでした。

理由を聞いてもはかばかしい答えは返ってきません。K先生との約束で、体調が悪かったら病院へ行くと言っていますから、病院へ行っていない以上、風邪などという言い訳もできません。どうせズル休みなのでしょう。「これから頑張ります」というMさんに対し、「じゃあ、K先生との約束はどうなるんですか。最初から破るつもりで約束したんですか」と迫ると、押し黙ってしまいました。

Mさんは先学期中に進学先が決まりました。だから気が緩んで休みがちになったのかもしれません。しかし、こんな出席率では、進学してからビザが出るかどうかはなはだ怪しいところです。ビザがもらえなかったら帰国せざるを得ませんが、そうなってもしかたがない状況です。こちらからの電話にすら応じなかったというか、あえて無視していたのでしょうから、確信犯です。帰国を余儀なくされたとしても、自業自得です。普段は義理を欠いていながら、困った時だけ学校を頼るようなことはしてほしくありません。

作文の採点をするはずだった1時間を、Mさんの説教に費やさせられてしまいました(これは使役受身、迷惑の受身です)。もちろんMさんのような学生ばかりではありませんが、こういう学生は手間がかかるので印象が強いのです。午後からは、なんとなく重苦しい半日になってしまいました。

見せたくない

1月30日(水)

水曜日は作文の選択授業です。私のクラスはEJUに関係のない学生たちばかりですから、作文を書くことを通して、先学期・今学期に勉強した文法や語彙を使ってみて覚えることに主眼を置いています。先週はこちらが想像したよりうまくかけていましたから、今週は少し課題のレベルを上げました。

学生たちには書くのに1時間与えましたが、何名かは時間をかなり余して「できました」と原稿用紙を出そうとしました。受け取って読んでみると、先学期・今学期どころか初級文法を間違えているではありませんか。「間違いがたくさんあります」と言って、作文を学生に差し戻しました。

私に作文を受け取ってもらえなかった学生たちはどことなく不満顔でしたが、読み直し始めました。しかし、自分の間違いに気づいた様子はうかがえませんでした。文法と漢字の教科書は見てもいいことになっていますから、教科書を参考にしていましたが、自分で自分の文章を読んでいる限り、間違いは浮かび上がってこないようでした。

自分の間違いは見えてこなくても、他人の間違いはすぐわかるものです。これを岡目八目と言ってよいかどうかはわかりませんが、となりの友達に目を通してもらえと指示を出しました。しかし、間違いだらけの文を見せるのは恥ずかしいのか、ごく一部の学生しかしませんでした。

…という調子で、早い時間に提出しようとした学生たちは、結局、自分の力だけでどうにかしようとするばかりでした。そして、最終的に提出された作文を読んでみると、直してほしかった部分はほとんど手付かずでした。聞くは一時の恥と言いますが、見てもらうも一時の恥という空気がこのクラスに生まれてこないものでしょうか。

満面の笑み

1月29日(火)

私を取り巻く授業の都合がうまい具合に回って、午前中は授業がありませんでした。ここぞとばかりたまっていた仕事に取り掛かったのですが、どれもこれも、やっているうちに顔つきが渋くなっていくのが自分でもわかるというようなパッとしないものばかりでした。

午前の授業が終わり、最初に私のところへ来た話は、先週末から休んでいる学生がまた休んだという報告でした。頭を抱えているところへ、Sさんが私を呼び出しました。「はい、お待たせしました。どうしましたか」と、また難問を持って来られたのではないかと少しびくつきながら声をかけました。「先生、H大学に合格しました」「ええっ、よかったですねえ。おめでとう」「ありがとうございます」と、今月でSさんの担任は7か月目ですが、今まで見せてくれたこともないような笑顔を輝かせていました。Sさんが進学するH大学のキャンパスは都心から少し離れたところにありますが、都心のど真ん中の大学に進学することになっているYさんにそこを突っ込まれても、ニコニコしながら受け流していました。

未成年のSさんにとって、ここまでの受験は初めて襲い掛かられた世間の荒波であり、決して順調だったわけではありません。先学期あたりはずっと不機嫌な表情をしていました。留学生を積極的に受け入れると言いつつも、出願にしても合格後の入学手続きにしても、外国人留学生に対してフレンドリーとは言いがたいのが実情です。角を曲がるたびに障害物に出くわしたというのが、Sさんの偽らざる心境かもしれません。それだけに、この合格がひとしおうれしかったのだと思います。

日曜日のニュースで、国立大学が入試問題の出題意図と模範解答を公表すると伝えられていましたが、留学生入試は問題すら公表されない現状が続くのではないかと危惧しています。M先生によると、日本語学校に力がなさ過ぎるから文科省や大学からなめられているからこうなっているということです。

それはともかくとして、オリンピック選手や観客へのおもてなしの気持ちを、ほんの少し留学生にも向けてもらえないだろうかと、最近いつも思っています。

朝から涙

1月28日(月)

先週末の大坂なおみの全豪オープン優勝、世界ランキング1位奪取で今週のニュースは持ちきりになると思いきや、嵐の解散という、それを覆い尽くすニュースが湧き起こりました。ショックで学校へ来られないという学生からの欠席の連絡が早朝から入ったり、授業で嵐の話題を出そうとしたら泣きそうになった学生が何クラスかで現れたり、KCPにも影響がありました。

嵐ってつい最近生まれたグループのように思っていましたが、調べてみたら今年で丸20年になるんですね。メンバーも、一番若い松本潤でさえ今年は年男。リーダーの大野智はその3つ上です。もう十分にオジサンと言って悪ければ、アイドル扱いが失礼な年齢と言ってもいいでしょう。私よりも1回り下がSMAP、彼らよりもう10歳ぐらい下が嵐となります(私を基準に考えてはいけないか…)。SMAPなきあと10年ぐらい芸能界を支えていくのが嵐だと思っていたのですが、違っちゃいました。

でも、本当に解散するのは来年末です。それまでの間にファンを始めみんなのコンセンサスを得て、SMAPとは違うきれいな去り際を考えているのでしょう。そうあってもらいたいと思います。上述の学生たちのように、嵐の国ということで日本まで来ちゃう学生がいるのですから。そういえば、やはり熱狂的な嵐ファンだった卒業生のWさんやPさんはこのニュースをどこでどう聞いているのでしょう。まさか学校を休んじゃったんじゃないでしょうね。

5月に新しい元号が始まって、さらに10年も経つと、嵐は平成の香りのするアイドルなんていって、懐かしがられるようになるのでしょうね。今50歳前後の少年隊や光GENJIにバブルの輝きを見るように…。