病院にて

1月6日(金)

3か月に1度の目の定期検診のため、病院へ行きました。私が通っている病院は電子化が進んでいて、再診の場合は診察券を機械に通すだけで受付が終わり、その足で眼科の診察室前まで行くと、ほとんど待つことなく名前が呼ばれ、予備検査を受けるという流れになっています。

しかし、診察を受けない月が3か月以上続くと、機械が診察券を受け付けてくれません。前回の診察が9月末でしたから、10・11・12月と診察を受けない月が3か月続いたため、今回は人間のいる受付窓口で手続をしなければなりませんでした。保険証と予約のチェックが済めばOKなんだろうと思っていましたが、一向に名前が呼ばれません。持って行った雑誌を何ページも読んだころに、ようやく名前が呼ばれました。その後はいつものペースで診察が進みましたが、融通が利かない話だなあと思いながらまぶたをひっくり返されたりしていました。

受付が機械化されていなかったら、9月末の次の受診が12月末だろうと1月初めだろうと、待ち時間は、ほどほどに待つという意味においては、変わらなかったはずです。厳密には窓口の方のチェック項目が1つか2つ増えているのかもしれませんが、それが患者の待ち時間に影響を及ぼすほどのことはありません。通常の受付業務が機械化されると人間による受付に比べて待ち時間は短縮されます。しかし、通常ではないと判定された受付は、通常の受付に比べて待ち時間が大きく延びることになります。

大多数の患者が通常の受付ですから、機械化による時間短縮効果は非常に大きいです。私もいつもはその恩恵に浴しています。しかし、通常でなくなると、待ち時間の長さがとてつもなく長く感じられるのです。実際には機械化以前の受付時間と大して変わらないと思いますから、感覚的な問題にすぎません。ですから、病院トータルとしては、患者の待ち時間は大幅に短縮されているはずです。そうは言っても、いや、それだからこそ、通常ではない場合の「待たされた」感が強調されてしまい、そればかりが記憶に残ってしまいます。

通常ではない場合などそう頻繁にあるわけではありませんから、そのときは我慢すればいいのでしょう。でも、それは我慢である限り、機械化の負の側面であることには変わりありません。通常受付ではない患者の犠牲の上に、多くの患者の利便性が図られていると言えないこともありません。

新学期の超級の教材探しをしているからでしょうか、頭の中が理屈っぽくなっています。

お金持ち

1月5日(木)

年明け早々から、学生がひっきりなしに訪れてきます。面接練習とか、出願書類のチェックとか、これから受験や出願の大学などにかける学生たちが、まだまだたくさんいます。さすがにここまで来ると出願の段階で教師に怒鳴られるような間抜けはいないと思いきや、Hさんなどは経費支弁の書類が全然整っていなくて、やり直しを命じられていました。

そんな中で悠然と構えているのがGさんです。Gさんは現時点で3勝3敗、つまり行き先は確保してありますが、これから私立の本命校と国立大学を狙います。予定通りに出願・受験するとなると、全部で14校になるとか。ここまで来ると、受験が趣味なのではないかと疑いたくなります。

でも、Gさんは決して闇雲に受けているのではありません。勉強したいことが勉強できる学部学科に焦点を定め、理想とする学校から滑り止めまで、それぞれ狙い撃ちしています。それにしても14校です。受験料だけでも数十万にも及び、既に支払った入学金や遠隔地受験の交通費などまで計算に入れると、100万円にも達するのではないでしょうか。私はGさんの経済状況についてとやかく言う立場にありませんが、こういう受験を許してくださるGさんの実家は、かなり裕福なんだろうなと想像しています。

本当に、学生というかその実家というか、あるいはその出身国が豊かになったと思います。KCPのほかに塾にも通う学生のほうが普通になりましたし、アルバイトをしなくても生活できる学生がほとんどで、Gさんほどではないにせよ、併願校の数も増えました。投資の配当で生活費を出している学生もいます。かつては「学生=貧乏」と自他共に認める方程式が成り立っていましたが、今は教師よりもいい生活をしている学生も多いんじゃないでしょうか。

学生の学習環境もよくなったはずですが、学生が平均的に優秀になったかというと、そうでもない感じがします。塾に通っている学生がすばらしい成績を収め、“いい学校”に進学しているかというと、そうでもありません。厳しく接しても優しく接しても、勉強に向かおうとする姿勢を見せようとしない学生が増えました。Gさんなんか、お金を有効に使っているほうだと思います。

新学期も、そういう学生がたくさん入ってくるのでしょう。心して指導に当たらねばなりません。

名古屋の山

1月4日(水)

年末年始の休みは、名古屋へ。いかにも旅行者然としたいでたちだったのですが、名古屋駅のホームで「すみません。この電車は松本へ行きますか」と聞かれました。まさか、こちらが日本語教師だと気付いて聞いてきたわけではないでしょうが、私は旅先でも不思議と外国人からモノを聞かれます。発音の感じからすると、中国人や韓国人でも、東南アジアの人でもなく、ブラジル人ではないかと思いました。

名古屋の市営地下鉄の主な駅では、日本語、英語のアナウンスに続き、中国語、韓国語、そしてポルトガル語のアナウンスが流れます。それぐらいポルトガル語話者≒ブラジル人が多いのです。いや、愛知県に住んでいる外国人の絶対数で言えば、ブラジル人は中国人や韓国人よりも多いですから、英語の次にポルトガル語が流されてしかるべきなのです。

愛知県は、人口に対する外国人の割合が、東京都についで2番目に高い県です。東京は首都という特殊事情で外国人比率が高い面が見逃せませんから、実質的には愛知県が一番だとも考えられます。元日は泊まったホテルのすぐそばの神社へ初詣に行きました。そこにもブラジル人と思しき人たちが焚き火にあたっていました。この人たちがどんな宗教観を持っているかまではわかりませんが、焚き火に手をかざす姿は周りに溶け込んでいました。

行きの新幹線からはまっ白な富士山が見えました。「幸せの左富士」も見えました。松阪まで足を伸ばしたとき、方角と形から富士山だろうと思われる山の頂上部が見えました。名古屋の街中からは、富士山は見えませんでしたが、御嶽山を始め、木曽の山々が見えました。こういう山々を見て、ブラジル人は故郷の山を思うのでしょうか。それとも、雪をいただいた山など見ても、ブラジルの山とはあまりにも違うので、何も感じないのでしょうか。

推薦書と大掃除

12月27日(火)

仕事納めの日ですが、朝から推薦書を3通書きました。もちろん、推薦書はそう簡単に書けるわけではありませんから、学生の人となりや教室での様子、今学期で言えばBBQ大会などの集団行動での活躍ぶりなどを参考に、書き上げて生きます。志望校や専攻など、これから先のことをどれだけ真剣に考えているかも、当然織り込みます。こういう頭脳労働は、朝の頭がすっきりはっきりしている時間帯に限ります。そして、他の先生方や職員の皆さんがいない静かなときに集中してやります。

そして、大掃除。1年の垢を落として、気持ちよく新年を、新学期を迎える準備をしました。本当は、新学期の準備も多少はしたかったのですが、それは年が明けてから。

さて、私は、明日の今頃は、名古屋です。

はなむけ

12月26日(月)

9時を過ぎたころから、正装した学生がポツリポツリと集まり始めました。朝からすきっとしない空模様だったせいでしょうか、学生たちの出足は今ひとつ思わしくありませんでした。定刻の10時直前にどっと押し寄せて、空席が目立たなくなったところで、2015年1月入学生の卒業式が始まりました。

3月の卒業式に比べると数分の一程度の規模ですが、12月の卒業式は卒業生全員の顔がよく見える卒業式です。今回も、証書授与の後で、全員にスピーチをしてもらいました。卒業生のために集まってくださった先生方からも一言ずつはなむけのお言葉をいただきました。小ぢんまりとしていますが、密度の高い卒業式だったと思います。

卒業生のスピーチですが、司会のM先生が単調な内容にならないようにいろいろと予防線を張ってくださったのですが、急にしろと言われたからかもしれませんが、中には「これで卒業?」と言いたくなるのもありました。それでも、学生たちの心の内を想像すると、感動を呼び起こされました。

私は卒業生たちが入学した時に、出席率が悪くてやめさせられた学生の例を出して、卒業までしっかり勉強するようにと願いを込めたスピーチをしました。しかし、今朝、卒業生の出席率を調べてみると、ひどいのもいましたね。そういう学生に限って、優秀な頭脳を持っているんですよね。

学生たちは、自分の能力とか才能とか可能性とかをどう捕らえているのでしょう。岡目八目じゃありませんが、そういうのは当人ではないほうがよく見えるのかもしれません。本人に見えていたら、それを磨く努力をしたことでしょう。学生たちに気付かせられなかったことが、指導者として悔いの残るところです。

KCPでの勉強は、さらに高度な勉強をするための予備教育です。次の段階は、真に自分の人生を左右する勉強だと思って、今までの比ではなく真正面から取り組んでもらいたいです。若いうちの失敗は許されますが、次第にその余地は狭くなっていきます。それが、大人になるということなのです。

Cさんの悩み

12月24日(土)

午後からCさんの進学相談。国立大学に出願しようと思っているCさんにとっての最大のネックは、TOEFLです。成績そのものではなく、受験した時期が遅かったため、スコアが届くかどうか微妙なのです。早い時期に受けておかなかったCさんが悪いのですが、下手をすると、TOEFLは受けたもののその成績は使わなかったということにもなりかねません。

英語が世界共通語であることは論を待ちません。Cさんが目指している理科系の学問分野では特にそうです。英語がわからないと世界最先端の学問に触れられなくなるとも言えるでしょう。だから、入学時に何らかの形で受験生の英語力を見るというのも理解できます。しかし、同時に、その「何らかの形」がTOEFLでありすぎるような気もします。実際の入試日のはるか以前に安からぬ受験料を払って受験せねばならないというのが、私には解せないのです。自前で英語の試験問題を作るのはかなりの負担なのでしょうが、その負担をすべて受験生の側に回してしまうというのもどうなのでしょうか。

そもそも、日本の教育のいいところとは、日本語で高等教育まで受けられるということだったと思います。それが日本語の価値を高めていたはずです。そう思って日本留学を決意した学生も少なくないでしょう。なのに、英語の試験のスコアが届くかどうかで門前払いに近い仕打ちをするのは、ちょっと理不尽な気がします。

留学生を本気で増やしたかったら、こういうところの改善も必要なのではないかと思います。

寒空に

12月23日(金)

天皇陛下には申し訳ないのですが、天皇誕生日の祝日にもかかわらず、KCPは仕事をしました。来週の月曜日が2015年1月生の卒業式だからです。昨日の期末テストの採点のほか、私にはEJUのデータ整理という仕事もあります。そこへ持ってきて進学相談も飛び入りで加わり、想定以上の商売繁盛の一日となってしまいました。

仕事をしながらも、気になるニュースが一つ。それは、昨日の新潟県糸魚川市の大火です。糸魚川へは、何年か前にフォッサマグナミュージアムを見学しに行きました。地学ファンにはたまらない展示内容で、機会があれば、フィールドワークにも行きたいと思っていました。

火事があったのはフォッサマグナミュージアムとは線路を挟んだ反対側で、雁木のある古風な街並みが続く地域です。足早に通り過ぎただけでしたから、いずれ趣をゆっくり味わってみたいと思っていました。それだけに残念でなりません。木造の建物が密集していたから火が広がってしまったとのことですが、その木造の建造物群がえも言われぬ味わいを醸し出していたのです。いずれ再建されるでしょうが、同じ街並みが戻ることはないでしょう。

もうすぐお正月というのに焼け出された方々を思うと、言葉がありません。昨日は南風が吹いて20度まで気温が上がりましたが、アメダスのデータを見ると、夜半から風向きが変わり、日が改まるとともに朝から日中にかけて気温が下がっています。明日以降は冬が本格化するとのことです。3.11直後の寒々とした風景が脳裏をよぎりました。

3.11もそうでしたが、自分の足で歩いたり空気を吸ったりしたことのある町が災害に見舞われた姿を目にするのは、何とも心が痛みます。糸魚川の一日も早い復活を祈ってやみません。

ある退学

12月22日(木)

期末テストの日の朝、まだ7時半にもなっていないというのに、Sさんが来ました。退学手続に来たと言います。もうマンションを引き払い、今晩羽田から帰国するそうです。

Sさんは、先学期、選択授業で受け持ちました。優秀な学生でした。でも、欠席も多かったです。中間テストはすばらしい成績でしたが、期末テストは欠席したので、私の授業は不合格でした。そうです。Sさんは出席率が改善せず、退学を決意したのです。

退学届の退学理由の欄に、Sさんは「もう十分勉強しましたから」と書きました。その文字を見ながら、本当にそう思っているのだろうかと思いました。優秀な頭脳、日本語に対する鋭い勘を持っているのに、授業を休むがゆえに平常点が低く、思うように進級もできず、退学に至ってしまいました。順調に進級していれば、超級の私のクラスにいたかもしれないのに、学籍簿上では「中級」で退学ということになります。遅刻欠席してはいけないというプレッシャーから解放されたからでしょうか、吹っ切れたような笑顔を浮かべていましたが、内心ではこんなはずではなかったという忸怩たる気持ちがあってもおかしくはありません。

専門学校進学という目標のはるか手前でつまずいてしまったのですから、挫折感はあるでしょうね、きっと。この1年ほどを無為に過ごしてしまったと感じているとしても不思議はありません。でも、いたずらに負け犬根性を抱いてほしくはありません。この経験をばねに、日本語に無関係なことでもかまいませんから、再び挑戦してもらいたいです。

まねできない

12月21日(水)

EJUの結果が返ってきました。Yさんは、物理は1問かせいぜい2問間違いくらいの成績でしたが、化学は全問不正解の点数でした。答案用紙にマークシートの塗る欄が3列並んでいたので、左から物理、化学、生物の欄だと思い、化学は左から2列目にマークしたと言います。慰めの言葉も思い当たらないミスです。欄には解答番号が記されているので、それを問題用紙の解答番号と照らし合わせれば、どこにマークすべきかは明らかです。それゆえ、非はYさんにあります。

Yさんは、そういうふうにマークしたものの、ちょっと不安だったので、会場にいた試験監督官にマークのしかたはこれでいいかと尋ねました。その監督官が「それでいい」と答えたので、そのまま提出しました。しかし、そのマークのしかたは間違っていて、全く点数にならなかったのです。Yさんの実力からすると、このミスによって60点ぐらいが消えてしまったと思われます。いずれにしても、Yさんは自分の人生を大きく左右しかねない痛恨のミスを犯してしまいました。

試験監督官は、マニュアルによって、Yさんがしたような質問に答えることが禁じられているのかもしれません。あるいは、監督官はアルバイトの学生か何かで、本当に「それでいい」と思っていたのかもしれません。世界中で行われるEJUの公平さを保つためには、監督官は余計なことは話してはいけないのでしょう。だから、監督官を責めるつもりはありませんが、Yさんの失ったものを考えると、どこかに何かをぶつけたくなります。

繰り言をつぶやいても問題は解決しません。Yさんの持ち点で勝負できそうな大学を探し出し、面接時の秘策を伝えました。すぐに体勢を立て直さなければなりませんから、もたもたしている暇はありません。

それにしても、今までこういうマークのしかたをした学生はいませんでした。Yさんは発想力の豊かな学生ですが、ここまでオリジナリティーを発揮されると、ちょっとついていけません。その創造性は大事にしてもらいたいですが、発露の場は心得てもらいたいところです。

見つけて

12月20日(火)

H大学の合格発表がありました。受かったPさん、Oさんは喜びを隠せない様子でしたが、残念な結果に終わったWさんは、授業中は精一杯気を張っていたものの、落胆の色が濃い表情をしていました。

合格発表のたびに感じるのですが、大学は、こちらがいい学生だと推薦したいような学生を落とし、よりによってなんでこんなやつをっていう学生を合格させちゃうんですよね。Pさんは日本語力で、Oさんは人間性で受かったと思いますが、Kさんはどうして受かったのか見当がつきません。本人たちを見ている者としては、Kさんより絶対Oさんなんですがねえ。成績的にもWさんのほうが上だと思います。

Wさん自身、どこが悪くて落とされたのかわからないと言っていました。自分で思い当たる節があれば対策の立てようもありますが、これでは次につながる指導もしにくいです。現時点はWさんの気持ちを奮い立たせることが最優先ですが、受験校が決まったとして、合格に向けて何をどうしていけばいいでしょう。

先日、数年前の卒業生のJさんが来ました。JさんがM大学に受かったのも、Jさんには失礼ながら、Kさん並みの番狂わせだと思いました。もちろんJさんは喜びましたが、入学後しばらくして学校へ顔を見せに来た時には、自分にとってレベルが高すぎて大変だと顔を曇らせていました。そのJさんが、数多くのノーベル賞受賞者や著名政治家を輩出しているアメリカのC大学に留学すると報告に来てくれたのです。在学中、普通の頑張りようではなかったはずです。

意外な合格でもこういうこともありますから、それを一概に否定するつもりはありません。でも、KさんとWさんとどちらがJさんに近いかといえば、明らかにWさんです。レベルの高いところに入っても、そこの水に親しんで自分を伸ばしていける力があります。

まあ、いいでしょう。Wさんを拾った大学は、2年後か3年後に、ダイヤの原石を手に入れたことに気がつくに違いありません。とはいえ、土に埋もれた原石じゃどうにもならないので…。