来ようにも

9月9日(月)

派手に吹き荒れてくれたものです。私が家を出る時は、暴風雨と言ってもよい状況でした。地下鉄を進んでいる間に台風が遠ざかり、御苑の駅から地上に出た時は強風ぐらいになっていました。ゆうべのうちに授業開始を10:45と決めていましたから、もっとゆっくり家を出てもよかったのですが、学校への問い合わせの電話があるかもしれませんし、地下倉庫や校庭など、風雨で被害が出そうなところの見回りもしなければなりませんから、いつも通りに出勤しました。

JRをはじめ地上を走る鉄道の復旧・運転再開が遅れたため、10:45になってもいらっしゃれない先生が多く、午前クラスは特別シフトになりました。私も急遽超級クラス用の教材を用意したり、私自身いつもと違うクラスに入ったりしました。10:45の時点で出勤していた教師総動員で、どうにかしのぎました。せっかく学校へ来てくれたのですから、こちらも精一杯サービスしなければなりません。私も来たかいがある授業になるよう心掛けました。

学生たちの住まいは学校の近くが多く、天気さえ回復すれば歩いてでも自転車ででもいくらでも来られます。しかし、教師の方は遠距離通勤も少なくなく、台風の風による被害を受けた線区沿線にお住いの場合はいかんともしがたいわけです。学校の近くは野分のまたの日状態でしたが、線路の周りは災害現場そのもののようでした。

今回の台風15号は、960ヘクトパスカルという、関東地方を襲った台風としてはかなり発達した状態のまま上陸したのに加え、速度が思ったほど速くならず、首都圏は電車が動かせない状態が長く続いたのです。昨日の夕方、私は歯医者に通っていました。土曜の時点では歯医者からの帰りの足を心配していましたが、杞憂でした。その代わり、今朝がメタメタになってしまいました。

日中は猛暑日になりましたが、夏の盛りのような肌にまつわり付く、粘っこいような暑さではありませんでした。36度を超える空気の中に、秋を感じました。

演習問題

9月7日(土)

①A教授(   )面談(   )を申し込みます。 ②結婚(   )申し込みます。 ③ツアー(   )申し込みます。

という問題だったら、助詞は何を入れますか。

①は、明らかに“に、を”ですね。②も、“を”で異存がないところでしょう。③は、いかがでしょうか。“を”ですか、それとも“に”ですか。

④B社(   )ツアー(   )申し込みます。

だったら、①と同様に、“に、を”という答えのほかに、“の、に”という答えも成り立ちます。しかし、①を“の、に”とすると、違和感があると思います。また、④は、“の、を”も、ニュアンスの違いはあるものの成り立ちます。しかし、①を“の、を”は、成り立つとしても、ニュアンスレベルの違いではすみません。

②’Cさん(   )結婚(   )申し込みます。 は、“に、を”以外はないでしょう。“の、に”は結婚相手公募みたいな感じがします。“の、を”は、意味不明です。

以上の考察をどうまとめたらいいかは、皆さんご自身でお考えください。特に、日本語教師を目指している方は、頭の訓練としてぜひ取り組んでいただきたいです。

なんでこんなことを考えたかというと、昨日担当したクラスで回収した宿題の問題の中に、“申し込みます”を使って短文を作れという問題があり、それをチェックしているうちにはたと悩んでしまったからです。教科書は、“北海道旅行はもう申し込みましたか。――いいえ、まだ申し込んでいません”と、万能の助詞“は”で巧みにかわしています。

学生たちは、JLPT、EJU、ビザ、仕事、結婚、休みなど、いろいろなものを申し込んでくれました。初級の問題ですが、実に深く考えさせられる問題でした。

1年後を危ぶむ

9月6日(金)

来学期から受験講座を受ける初級の学生に、受験講座の説明をしました。来学期から受講するの学生たちは、11月のEJUの時点でもまだ初級ですから、高得点は期待できません。ですから、来年6月のEJUに向けて10月から勉強と練習を始めて、6月までに実力をたっぷり蓄え、高得点を取ろうという算段です。2学期にわたって基礎固めをし、来年4月期に実戦演習を繰り返せば、十分に達成可能な計画です。

しかし、こちらの思った通りに動いてくれないのが学生です。ちょっとできるようになると、受験講座をサボりがちになります。塾かどこかできちんと勉強していてくれればいいのですが、そうじゃない学生が多数派です。そういう学生に限って、ぎりぎりのところへ追い込まれてから、急にこちらを頼りだすのです。でも、それじゃあ手遅れです。

逆に、最初の1回か2回で教師の日本語についていけなくなり、挫折する学生も後を絶ちません。初級の学生向けにやさしく話していますが、専門用語はやさしくしようがありません。それをかみ砕いた言葉で教えたところで、どこかで難しい言葉も覚えなければならないのです。最初の苦しいところを乗り切れば、あとはどんどん楽になるのに、そうなる前にあきらめちゃうんですよね。

この説明会に出られなかったSさんが、後刻職員室へ来ました。Sさんは、「EJUは国の大学入試よりやすいです」と言います。出たぞ、税抜き98円! 「EJUの問題をしましたが、全部わかりました」。うそこけ、答えを見てわかった気になっただけだろうが! 「今度のEJUでいい点数をもらいますから、N大学もO大学も大丈夫です」。点数をもらっているうちは大丈夫なわけがないだろ、アホンダラ!

こういうことをへたくそな日本語で述べ立てる学生は、毎学期います。志望校に受かったためしがありません。Sさんも、その王道を突き進んでいくようです。1年後に尾羽打ち枯らしたSさんを見たくはないのですが、果たしてどうでしょう。

入試問題を目の前にして

9月5日(木)

昨日W大学を受けたEさんが試験問題をくれました。問題用紙を開いて最初に感じたことは、“うわっ、面倒くさい”でした。小さい字がたくさん並んでいて読む気をなくしてしまったというのが、より正確な描写でしょう。どうにか読んだとしても、問題をきちんと解いて答えを出すところまでたどり着けるだろうかという不安も湧き上がってきました。

集中力がなくなってきたのだと思います。授業で使うために大学の過去問を解くことがよくありますが、本番の入試並みに60分とか90分とかかけて取り組むことはありません。解いている最中に話しかけられたり電話に出たりほかの仕事をしたりと、思っているよりもずっと時間を細切れに使っています。だから、集中力のなさを感じずにすんでいたのです。ところが、学生から「昨日の問題です」なんて問題を渡されると、一気に解かなければならないような気がしてしまい、怖気づいて逃げようとした結果が、“面倒くさい”だったのではないでしょうか。

それを乗り越えてもう少し詳細に問題を見てみると、こうすれば問題は解けるだろうという道筋は、直感的に浮かびます。でも、その道筋に従って問題を解き進めようという気力が満ちてこないのです。年寄り特有のずるさだなと思います。口は出すけど手は出さないじゃ、第一線は務まりません。

そう思いながらも、この瞬間的に解法が見えてくるということこそ、頭脳はまだまだ明晰な証拠じゃないかと、自画自賛してもいます。ただ、同時に、これは本気で取り組むべき問題、これは捨ててもいい問題などと仕分けしてしまうのは、やっぱりずるさですね。

昨日、Eさんと一緒にW大学を受けたら、Eさんよりいい成績を取れたでしょうか。若い者には負けられないと思いつつも、負けちゃうのが落ちかな。

没個性

9月4日(水)

読解のテキストに熊本地震の話がちょっとだけ出てきました。地震となると言いたいことがいっぱいありすぎて、放っておくと独演会になりかねません。身近な科学ならそれでもいいでしょうが、初級の読解で、しかも他にやることが山ほどある日にそんなことはできません。あえて何も触れずにさらっと流そうと思いましたが、それではこちらにストレスがたまってしまいますから、震度7という家がつぶれて死者が出るほどの地震だったということだけ話しました。でも、学生たちの反応は薄かったです。

学生たちの多くは地震がほとんどないところから来ています。日本で生まれて初めて地震を体験し、震度2ぐらいで大騒ぎをします。この前の日曜日は防災の日で、地域によっては防災訓練をしたり、お昼ごろに電車に乗っていたら訓練に出会えたりしたはずなのですが、そんなことを経験したり見かけたり気付いたりした学生はいなかったようです。地震が起きたら人並み以上にびっくりするくせに、地震の周辺事項に対する感度は鈍いのです。

大地が揺れ動くということが想像できないのでしょう。学生たちにとっても“地震雷火事親父”かもしれませんが、地震が圧倒的にずば抜けて1位の恐怖に違いありません。揺るぎないはずのものが揺るいじゃうんですからね。日本で暮らしていく上では、いつでもどこでも地震に見舞われるおそれがあるんだということを伝えていくのが私の役回りじゃないかと思っています。そういう授業をすることが、教師の個性なのだとも思っています。

とはいえ、テキストの隅っこにちょこっと出てきただけの熊本地震からここまで引っ張っちゃったら、本末転倒です。だから、予定の時間を踏み越えることなく読解を終えました。

ある電話

9月3日(火)

受験講座が終わって職員室で一息ついていると、S大学から電話がかかってきました。留学生を受け入れる態勢を整えたので、説明に来たいとのことでした。S大学なら志望校の1つになりそうな学生の顔がいくつか思い浮かびましたから、話を聞くことにしました。ところが、先方は明日の朝お邪魔したいと言います。でも、私は、水曜日はクラス授業と受験講座で、9時から5時まではほとんど時間がありません。

こうなると、普通は別の日にということになりますが、先方は「じゃあ、資料だけ置いていきますよ。明日の朝、そちらの方へ行く用事がありますから」と言います。それも、明るいというか軽いというか、とてもあっさりした口調で。要するに、何かのついでにこちらに寄って、言いたいことを伝えていこうという心づもりなのでしょう。

ビジネスの世界ですから、時間を有効に使おうという気持ちはわかりますし、ジグソーパズルのピースがぴったり合わなかったら違うものを当てはめようとすることもわかります。でも、あの口調で言われちゃったら、聞き手はいい気分はしませんよ。S大学は名門と言われている大学ですが、自分本位の考え方をしたがるのかなと思ってしまいます。こういう態勢で集めた留学生を果たして本当に大切にしてくれるのだろうかと疑いたくすらなります。

電話口では、「はい、わかりました。今後ともよろしくお願いいたします」と言いましたが、この担当者とはあんまりよろしくしたくないですね。こうして本音を隠してしまうところが、日本人のよくないところなのかもしれませんがね。

変身できたかな

9月2日(月)

今朝は、馬子にも衣裳みたいな、どことなくぎこちないスーツ姿の学生が何人も職員室の前を通っていきました。お昼の時間に、面接身だしなみ講座があるからでです。スーツ屋さんの店長さんがいらっしゃって、スーツの着こなしや、男性ならネクタイの結び方、女性ならメイクのポイントなどを教えてくださいます。去年開催して好評だったので、今年もそろそろ入試の面接シーズンに突入しますから、また開くことになったのです。

「人は外見よりも中身が大切だよ」と日ごろから言っていますが、「人は見た目が9割」なんていう本がベストセラーになってしまうほどですから、表面的なものも無視はできません。初めて入ったクラスで、初めて顔を合わせた学生に対しても、やっぱり第一印象で判断してしまう傾向はあります。クラスの学生なら、その後いくらでもその第一印象を修正するチャンスはありますが、入試の面接は一発勝負です。中身の素晴らしさが伝わる前に拒絶されてしまうことの方が多いのではないでしょうか。

また、こういう講座を受けて、それに基づいて身支度を整えて面接に臨んだとなれば、それが試験場での自信につながると思います。堂々とした態度で面接官の前に立てば、面接官の目を引き付けることもできるでしょう。逆に、「こんなスーツの着方で面接官に変に思われないだろうか」などとびくびくしていたら、その自信のなさを面接官に見抜かれて、減点されてしまうかもしれません。昨今の留学生入試はどこも競争が激しいので、減点の要素は1つでもなくしておかなければなりません。

朝、馬子にも衣裳だった学生たちはどうなったでしょう。帰りがけの姿を見逃してしまいましたから、講座の効果をすぐに確かめることはできませんでした。でも、入試の結果で効果を示してもらえれば、それで結構です。

君子豹変す

8月30日(金)

Kさんは先学期の新入生で、私のクラスでした。シャキッとしたところがなく、特別な理由もなく遅刻したり欠席したりし、来ても筆記用具を持ってこなかったり、持って来てもろくにノートを取らなかったり、成績といえば、テストでかろうじて合格点を取り、どうにか墜落は免れるという超低空飛行でした。テストや作文の字は汚く、読むのに一苦労しました。授業で指名しても、ぼそぼそと答えるだけで、やる気とか元気とか覇気とかいうものとは無縁の学生でした。進級させるかどうかさんざん迷ったのですが、数字的には合格ですから、目をつぶって上げてしまいました。

そのKさんが、お昼から行われた専門学校フェアに姿を現しました。まず、自分から進んでこういう場に現れたことに驚いてしまいました。進路について前向きに考え始めたのなら、大きな進歩じゃありませんか。そして、2校のブースで、それぞれかなり長い時間、話を聞いていました。専門学校の方に一方的に話されて理解できるのかなあと心配になりましたが、どちらのブースでも姿勢が前のめりになっていましたから、何かに引き付けられているのだろうと思っていました。いや、そうだと信じようとしていました。

学生たちが帰った後、Kさんと話していた2校の方に、ご挨拶も兼ねて、お話を伺いました。「…Kという学生がお邪魔したかと思いますが、いかがでしたか」「あーあ、Kさんですね。真剣に話を聞いてくださいましたし、こちらの方面にとても強い興味をお持ちのようでしたし、何より質問が的を射ていましたね。本気で考えていることが伝わってきました。先生からも是非当校にと薦めていただけませんか」。え、あのKさんが的を射た質問? とても信じられませんでしたが、外交辞令ばかりだとは思えませんでした。

目指す地点が明確になると学生は強くなるものですが、Kさんも自分の将来像が描けてきたのでしょう。Kさんの進学する上での最大の弱点は出席率です。86%と聞いた専門学校の方は、来年3月まで頑張ればいい数字になると励ましてくださいました。

来週は9月。専門学校の出願がぽつぽつ始まります。

直しにくい

8月29日(木)

夏休みが明けてから、いろいろな学生から進学相談を受けています。今年も受験シーズンに突入したんだなあと実感しています。

初級クラスのYさんは、Z大学に出す志望理由書を持って来ました。分量的にも内容的にもかなりの力作ですが、どう見てもだれかの手が入っているとしか思えません。言い回しが妙に難しいのです。でも、日本人が書き直したんじゃないでしょうね。間違え方がいかにも外国人なのです。おそらく、身の回りの同国人か、Z大学に進学した先輩化に見てもらったのでしょう。確かに言いたいことはよくわかりますが、中途半端にうまい日本語だと、かえって直すのが難しいのです。

上級クラスのTさんはA大学を目指しています。Tさんの志望理由書は、明らかにTさんが独力で書いたものです。Tさんの話し方がそのまま文章になっています。黙読すると、Tさんの声が聞こえてきます。他人に頼らずに書き上げた点は評価しますが、このままでは書類審査で落とされかねません。私はTさんの事情をよく知っていますから、この志望理由書でも意味はわかります。しかし、冷静に考えて、Tさんのことを全然知らないA大学の先生には、Tさんの思いは伝わらないでしょう。

また、2人とも、余計なことを書いているため、面接でそこを突かれて沈没するおそれがあります。初級のYさんはしかたないにしても、上級のTさんはどこかで教わっているはずなのに。

ということで、YさんのもTさんのも、ほぼ全面的に書き直しとなりました。Tさんのは直すところだらけで、ゼロから私のペースで書けます。“日本語教師が手伝いました”という文章にならないように注意しながら書きました。ところがYさんのは元の文章を生かそうとすると、非常に添削しにくいのです。思いのほか時間がかかってしまいました。

留学生入試の競争が激化していますから、各学生の出願校数が増えそうです。ということは、これからこういう仕事が増えるということです。学生の皆さん、お手柔らかにお願いしますよ。

激怒の裏に

8月28日(水)

私が受け持っている初級の一番上のレベルは、中間テスト後から漢字の教科書が変わりました。初級の教科書から中級の教科書になったのです。今までは教科書で取り上げる単語に各国語訳がついていましたが、それがなくなりました。それに伴って、教師の授業の進め方が変わり、学生にも予習のしかたを変えるように指示を出しました。単語の意味を日本語で説明できるように、例文全体の意味を理解してくるように、というのが主なものです。

きちんと予習してあるかどうか事前にチェックをしたんですが、実際に授業をしてみると、学生がしてきたのはほんのうわべだけの予習で、こちらの質問にまともに答えられる学生はほとんどいませんでした。例文の中に「大気中」という言葉が出てきたのでこれの読み方を聞いたら、1人を除いて「だいきちゅう」と答えました。「お前ら予習不足だ!」と激怒しました。いや、正確には激怒するふりをしました。

毎学期、中級の漢字の教科書を使った最初の授業では、学生たちの予習不足が露呈されるのが常で、それは驚くにあたりません。「だいきちゅう」も毎度おなじみ、想定内の答えです。問題は、いかに次から教師が満足できる予習をしてくるようにさせるかです。ですから、激怒のふりをして、予習してこないと大変なことになると学生に恐怖心を植え付けたわけです。

中級になったら、頭の中が日本語で回転するようになっていなければなりません。それが聴解力向上や読み書きのスピードアップなどにもつながります。このレベルの学生たちが乗り越えなければならい壁でもあります。中級以降伸びるかどうかは、日本語で考えられるかどうかなのです。