Category Archives: 進学

春の息遣い

3月22日(水)

昨日はさっぱり見えなかった四谷の桜でしたが、今朝は快晴でしたから、かすかな光を集めた心持ちピンクっぽい枝が明けきらぬ車窓から見られました。夜中から北寄りの風が強く、朝はコートが欠かせませんでしたが、最高気温は15度を超えました。陽射しの確かさは、春のものです。

授業後、Sさんが進学相談に来ました。Z大学を受けたいので、その情報がほしいということでした。過去に合格した学生のEJUの成績は、Sさんなら十分に手が届きそうな点数でした。今からしっかりと狙いを定めてそれに向かって努力を続ければ、受験本番の秋ごろには十分な実力が蓄えられていることでしょう。志望校についての研究を深めていけば、面接でも有利な戦いができるに違いありません。

わけもわからずただ有名だというだけで志望校としているようでは、いずれ破綻を来します。そういう学校には到底手が届かないとわかってから動き始めても、後手に回って弥縫策の連続となり、望ましい結果は得られません。そういう指導をしているつもりなのですが、そういう学生が後を絶たないのが現実です。

それだからこそ、Sさんのような学生が来るとうれしくなってしまいます。確たる裏づけのある希望に満ちた話を聞くと、こちらもその希望の実現にぜひとも手を貸したいという意欲が湧いてきます。そして、そういう話をしているSさんからは、これから伸びていこうという勢いも感じました。

ほころび始めた桜と同じように、KCPの中でも新しい芽吹きが見えてきました。何だかんだと言いながらも、やっぱり春なんですね。

開花

3月21日(火)

全国に先駆けて、東京で桜の開花宣言が出されました。もう少し正確に言うと、ソメイヨシノの開花宣言です。沖縄や奄美大島では、すでに1月にヒカンザクラの開花宣言が出されています。九州から北海道南部まではこのソメイヨシノが桜の開花宣言の対象となり、道央、道東、道北はエゾヤマザクラが開花の標準木となります。今日の最高気温は平年を2度ほど下回りましたが、先週後半から比較的暖かい日が続いたおかげで、開花宣言となったのでしょう。

昨日は暖かかったので、窓を思いっきり開けて大掃除をしました。冬物を片付ける勇気はありませんでしたが、窓を開けるのが億劫でなかなか行き届かなかった部分の掃除まで手がけることができました。そんなこともあり、そろそろ桜が咲くかなと思い、今朝は私の定点観測地点である四ッ谷駅の桜を見ようと思ったのですが、日の出直前なのと雨雲で暁光がさえぎられたのとが相まって、何も見えませんでした。明日は朝から晴れのようなので、桜のつぼみの膨らみ具合をしっかり観測したいと思っています。

そんな雨の中、今夜の夜行バスで関西に旅立つXさんが別れの挨拶に来ました。Xさんは、本当は24日の期末テストまでKCP勉強しなければならない学生ですが、今のアパートの契約が今日までなので、今夜進学先の関西へ向かうことになったのです。お世話になった先生方へと、ドーナツを買ってきてくれました。私も、ずいぶんお世話しました(?)から、お相伴にあずかりました。

Xさんの“サクラサク”は、東京の桜と違ってとても遅かったですが、つぼみがほころびつつあります。満開になるかどうかは、関西へ行ってからの勉強次第です。

横綱登場

3月16日(木)

昼休み、「先生、卒業生が是非金原先生にお会いしたいと言っていますが…」と呼び出され、ロビーに出て行くと、Zさんがにっこり笑いながら「先生、お久しぶりです」と声をかけてきました。

ZさんはR大学に進学し、この4月から4年生になるか、ちょうど卒業ぐらいの計算になります。だから、「何年生になるの? それとも卒業?」と聞くと、「先生、大学やめました」と言うではありませんか。「えーっ、じゃあ、今、何してるの?」「4月から専門学校です」

もう少し正確に言うと、Zさんは大学をやめたのではなく、やめさせられたのです。犯罪に手を染めたとかそういうのではなく、留年を繰り返したためです。Zさんが進んだR大学は、私が受験生だった頃も進級基準が厳しくて大量の留年が出ることで有名でした。だから、R大学の卒業生はがっちり鍛えられた精鋭ぞろいだと高く評価されてきました。ZさんがR大学に入るとき、そういう話をして、R大学は入ってからも必死に勉強しないと卒業は難しいと強く戒めました。Zさんと同期のWさんは、この話を聞いて、R大学にも受かっていたのに、M大学に進みました。

KCPにいたときのZさんは、日本語力は「ちょっと…」という感じでしたが、理数系にはきらりと光るものがありました。何より、理科が大好きでしたから、R大学に進学したら大きく花開くのではないかと期待していました。しかし、Zさんが言うには、1年生の時から勉強が難しくてついていけなかったそうです。

専門分野がどんなに好きでも、日本語力が伴っていなかったら、やはり大学での勉強は無理なのでしょうか。Zさんにとって、R大学はレベルが高すぎる大学だったのでしょうか。R大学には今年も何人か進学します。その面々を思い浮かべると、少々不安を禁じえません。R大学以外にも、自分の実力以上の大学に進学する学生もいます。今はそういう大学で勉強できる高揚感に包まれているでしょうが、それが苦しみと後悔へと変質するのは、意外とたやすいことなのかもしれません。

専門学校に進学しなおすことをわざわざ報告に来てくれたZさんは、目標を設定しなおして吹っ切れたような顔をしていました。何より、KCP時代と同じような明るい笑顔と、大台を突破してすっかり丸くなった体つきから、前を向いて進んで(転がって?)いこうという強い意志がほとばしり出ていました。

ご奉公

3月14日(火)

お昼を食べに行こうと玄関を出たら、卒業生のHさんが微笑みかけてきました。授業料減免の手続き書類を見てほしいと言います。C大学に進学するのですが、書類が通ると約40万円が減免されます。これはHさんでなくても大きな金額ですから、Hさんの書いてきた理由書に手を加えて、説得力を持たせました。実際、Hさんには弟がいて、ご両親の教育費の負担は半端なものではありませんし、これからも当分続きます。

かつてに比べれば学生たちの家庭はかなりお金持ちになりましたが、それでも学費を安く抑えたいという気持ちは変わりがありません。親の負担を軽くしたいという思いは尊いですし、アルバイトのために勉強時間が削られるようでは、何のために進学したかわからなくなってしまいます。日本は奨学金の制度があまり充実していませんから、特に新入生にとっては、授業料の減免は何とかものにしたいところです。

実は、昨日はSさんから入学手続き書類に載っていた奨学金について聞かれました。その奨学金は返済の必要があり、実質的には借金です。そういうのにうっかり手を出してしまうと、就職時に経済的にマイナスからのスタートになってしまいます。そのために真っ暗闇の社会人生活を送っている日本人の例をよく聞くようになりました。ですから、Sさんには少し節約に心がけて、勉学に励んで、2年生から条件のいい奨学金がもらえるような成績を取るようにとアドバイスしました。

Hさんが進学するC大学は、わりと有利な条件の奨学金が整備されています。1年生のときに授業料減免でしのげば、2年生からそれ以上の金額になる奨学金受給生になることも夢ではありません。そうやって新しい生活への不安を取り除いてあげることが、卒業生への最後のご奉公だと思っています。

若作り

3月13日(月)

先週の土曜日、A新聞の土曜版を見て、何じゃこらと思ってしまいました。シロウトさんの写真がでかでかと週間テレビ欄の1面を飾っているではありませんか。落ち着いて下のほうまで見ると、元アイドルのNさんの名前があるではありませんか。そう思ってその写真をもう一度よく見てみると、確かにNさんの面影が残っています。デビュー30年と書いてありましたから、Nさんが老けるのも無理はありません。

私の記憶に残っているNさんはデビュー間もない頃ですから、そのNさんに比べたら、今のNさんはしわもあれば皮膚もたるんでいるのはやむをえないところです。でも、やっぱり、土曜日の朝一番に襲ったショックは相当なものでした。アイドルはいつまでもアイドルであり続けることはできないと、また、年齢を重ねてこそにじみ出てくる味わいがあると、頭ではわかっていても、老境ともいえるNさんの顔写真には愕然とさせられました。だって、数年前ぐらいはシロウトさんに間違えるほどのことは絶対にありませんでしたよ。

日本には、とかく若いことに価値が置かれる傾向があります。特に芸能界はそれが強いですから、タレントさんは年齢不詳の不自然なほどの若作りをしがちです。そういう人たちに比べたら年齢相応のありのままの姿を新聞の写真に使ったNさんには好感が持てます。

夕方、来学期の受験講座の説明会を開きました。志望校のアンケートをとると、多くの学生がK大学とかW大学とかT大学とかH大学とかと答えていました。そういう超有名な大学名しか知らないということもありますが、そう書いている学生たちと、妙な若作りに走る俳優やタレントの顔が重なってきました。ただ、若作りと違うのは、これから私たちの指導に素直に耳を傾け、夜を日に継いで勉強し続ければ、望みがかなわないでもないというところです。

取り消し

3月9日(木)

先週、もう1年KCPで勉強すると決心したGさんが、O大学に合格しました。O大学は第1志望ですから、当然、そこに進学します。4月からのKCPの授業料を納める準備をしていましたが、それをO大学の入学金に回します。KCPの近くに引っ越そうと、アパートの契約も済ませたとのことですが、こちらも解約です。難しい交渉をしなければならないと言いつつも、顔は笑っていました。

Gさんは、M大学の入学手続きを忘れるくらい準備に集中したのですから、それはもちろん、全力を挙げてO大学の試験に臨みました。しかし、英語の成績に自信がなかったGさんは、その結果には期待をかけていませんでした。でも、大逆転なのかミラクルなのかよくわかりませんが、合格してしまいました。面接のここがよかったのではないかとニコニコ顔で解説してくれましたが、受験直後や先週の木曜日の自信なさげな様子が嘘のようです。

終わりよければすべてよしと言いたいところですが、おそらくボーダーライン上の争いにかろうじて勝ち残っての合格でしょうから、喜んでばかりもいられません。「勝って兜の緒を締めよ」です。各駅で特急通過待ちみたいなことをしていたら、せっかく一発で受かった意味がなくなってしまいます。

EJUで大失敗したWさんも、高望みと思っていたJさんもYさんも志望校に受かりました。今シーズンは、土俵際で粘って白星をつかんだ学生が多かったように感じます。Gさん、Wさん、Jさん、Yさん、みんな入試直前には鬼気迫るものがありました。入試を精神論で片付けたくはありませんが、そういう執念も合格の一要素だったことは否めません。そういう意味で、私も学ぶところが多かった今シーズンの入試でした。

学生がたくさん来ました

3月8日(水)

卒業式が終わり、午前中の授業はなくなりましたが、その代わり会議がありました。会議を終えて職員室に戻ると、WさんとLさんが私を待っていました。WさんはD大学、LさんはS大学とT大学にそれぞれ受かったと報告してくれました。喜ばしい限りです。

Wさんは早速D大学の入学手続書類を持ってきて、書き方のわからないところを聞いてきました。ちょっと考えれば見当がつきそうなところや、注意書きを見ればわかるところもありましたが、私が読んでもよくわからず、電話で確かめろと指示を出した項目もありました。多少きついことを言われても、第一志望の大学に受かったWさんは、ニコニコしていました。

その2人と入れ替わりに、Nさんが進学相談に来ました。大学で何を勉強したいのかを聞いても、いまひとつはっきりしません。あれこれ聞いていくと、どうやら親から名のある大学に入るようにと言われているみたいです。そのため、大学を卒業したらどうするかよりも親の意向に沿おうとしている姿勢が見えました。今すぐ志望校を決めなければならないわけではありませんが、志望校によっては6月のEJUで勝負しなければなりません。その6月のEJUまであと3か月です。あんまりのんびりしているわけにもいきません。

昨日は、Cさんが自分の使った参考書や問題集を持ってきてくれました。妙にきれいなのがあるのが気になりましたが、後輩のためにという気持ちはありがたく頂戴しました。1年前のCさんは怪しさの塊みたいな学生で、国立大学に受かったのは本人の努力のたまものです。そのCさんが使った本ですから、ご利益が期待できそうです。

理科の受験講座では、早くも過去問フルセットに挑戦。EJUの影が迫ってきます。休む暇がないなあ…。

振り返る

3月7日(火)

超級のクラスで、ちょっと意地悪をしてみました。みんなの日本語の文法項目で作った例文の助詞穴埋め問題をさせました。「日本酒は米(  )造られます」という類の問題です。穴が100個で、合格点を100点にしました。

「日本酒は米(で)造られます」なんてやっている学生がぼろぼろいるくらいですから、当然、誰も100点なんか取れません。「廊下(  )走ってはいけません」「近く(  )スーパー(  )できました」「小倉さん(  )赤ちゃんが生まれたの(  )知っていますか」なども出来が悪かったですね。そしてまた、各人つまずくところがちょっとずつ違うんですね。結構本質的なところをあれこれ解説することになりました。

確かに、「日本酒は米(で)造られます」「やっと日本の生活(を)慣れました」なんて言ったり書いたりしても誤解が生じるおそれはありませんまずないでしょう。しかし、このクラスの学生たちが狙う大学・大学院の先生方は違和感を覚えるかもしれませんし、日本語はイマイチという判定を下されたとしても文句は言えません。

超級の学生には意思疎通ができればいいというレベルではなく、きれいな日本語をリズミカルに話してもらいたいです。だから初級文法の復習もするし、アクセント・イントネーションの練習もします。国で勉強してきた学生たちが初級でどんな勉強をしてきたかはわかりませんが、その後にしみこんでしまった悪い癖を少しでも洗い落としておくことが、今後のためになると思います。

さて、次にこのクラスに入るときは、何でしごいてやろうかな…。

鳥になる

3月2日(木)

Gさんが、もう1年KCPで勉強を続けることにしました。Gさんは去年の秋、早々とM大学に合格しました。しかし、国立大学受験準備にかまけていて、入学手続きを忘れ、入学資格を失ってしまったのです。

普通の大学は合格発表から入学手続きの締め切りまで2週間ほどですが、M大学は3か月もあり、また国立の試験対策に熱中していたこともあり、手続きを忘れてしまったのです。私もGさんと一緒に国立準備にばかり目が行ってしまったのがいけませんでした。担任教師なら、大所高所から学生を見守って、サポートしなければなりませんでした。学生と同じ視点、同じ視野しか持たなかったら、教師である意義がありません。

そうは言っても、カメラを引いて全体像を捕らえるアングルを確保するのは、文字で記すほど易しくはありません。学生と同じ地平から物事を考えることも必要で、同時に鳥瞰もしなければならないのですから。そのバランスが崩れると、今回のようなことになってしまいます。M大学の手続きをし忘れたのは、もちろん第一にはGさん自身の責任ですが、「M大学の手続きは終わってるよね」と、どこかで注意を向けさせてあげられなかったものかと思わずにはいられません。

明日、Gさんは見送られる立場ではなく、見送る側の一員として卒業式を迎えます。せっかく書いた卒業文集も、クラスの仲間と一緒にとった卒業制作の動画も、Gさんの手元へは来ません。強がりかもしれませんが、私の前では前向きな表情をしていることだけが救いです。

問題を抱えつつ

2月28日(火)

Sさんは来年T大学に入りたいと言っています。理系希望で、理科や数学のセンスは十分にあります。日本語は現在中級クラスですが、まだまだ伸びていくでしょう。英語もそこそこ自信があるようですから、今後変な道に進まなければ、期待してもよさそうです。

今、Sさんが一番悩んでいるのは、カタカナ言葉です。化学の問題をやらせても、カタカナで書かれている物質名がわからないために問題が解けないということがよくあります。母国語で書かれていたら解けるはずだからと言って、ここを素通りすることは絶対にしてはいけません。ここをいい加減にしたまま進んでいくと、T大学のはるか手前で沈没してしまうでしょう。そういう学生を山ほど見てきましたから、Sさんを上手に育てていきたいと思っています。

Cさんは大学で遺伝の研究をしたいと思っています。そういう方面の知識量はかなりのもので、高校を卒業したばかりとは思えないほどです。しかし、日本語がネックになって、その知識を生かせずにいます。私が説明すると、「先生、ちょっと待ってください」と言って、しばらく反芻してから「わかりました」とにっこり笑うのが常です。これでは、試験で実力を発揮することは至難の業でしょう。夢を叶えるためには日本語力をどうにかしなければならないのですが、Cさんは日本語の勉強はあまり好きではないようです。自分の好きな生物や化学の勉強に走ってしまう毎日で、宿題をしてこないとか、テストの成績が悪いとかで、クラスの先生によくしかられています。

SさんもCさんも、そのほかHさんもGさんも、みんな私にとっては期待の新人ですが、みんなそれぞれ問題を抱えています。その克服に少しでも力を尽くしていくつもりです。