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頭を鍛える

11月13日(月)

「昨日のEJUはどうでしたか」「…」。私のクラスの学生たちは、昨日のEJUについて何も語ってくれませんでした。私も学生時代は、学校の平常テストから入学試験まで、過ぎ去ったテストのことは一切忘れ、出来や感想を聞かれても「まあまあ」としか答えませんでした。答えが間違っていたことがわかってもどうすることもできず、ただ落ち込むだけですから。学生たちがそこまで考えて無言だったのかどうかはわかりませんが、今ここでEJUの反省をするより、各大学の独自試験の対策を考えたほうが前向きであり、現実的です。

さて、その独自試験対策ですが、理科系の受験講座では、筆答試験や口頭試問に備える授業を始めました。どちらにしても、自分の思考の軌跡を明確かつ論理的に述べることが重要です。数式の羅列や独りよがりの演説では通りません。でも、EJUのマークシート方式の訓練を続けてきた学生たちは、答えを見つけるテクニックには長けているかもしれませんが、導き出す力はあまり磨いていません。

それから、大学に進学したら、数式を追いかけながら先人の足跡をたどったり、目の前の現象を数式や法則に落とし込んだりというように、演繹的にも帰納的にも論理思考が必須となります。そういう頭脳の基礎を今のうちから築いておきたいのです。大学院に進んだら、未知の世界を自分の脳みそで切り開いていかなければなりません。それにたえうる頭へと鍛えていきたいのです。

これが、私が学生たちにできる最後のご奉公だと思っています。

初スーツ

11月8日(水)

今週末、Jさんは入試の面接があります。その面接練習をするために午後職員室に現れたとき、買ったばかりのスーツも持っていました。スーツの着方がわからないので、そこから指導してほしいとのことです。

まず、ワイシャツ。スーツを買った店で一緒に買ったのですが、首回りがちょっときつそうでした。ワイシャツは袖の長さと首回りで選ぶという大原則も知らなかったようです。店も、首回りぐらい測ってくれなかったのでしょうか。

次はネクタイ。もちろん、締めるのは初めてなので、私が指導することに。でも、こちらは毎朝無意識に手を動かしていますから、教えるとなると戸惑ってしまいます。Jさんが見てよくわかるようにゆっくり実演しようと思っても、いつもとリズムが違うとこちらまでうまく結べなくなってしまいます。それでも何回か締めているうちに形が整ってきました。

新品のスーツを取り出し、タグなどをはずし、袖を通そうとしますが、センターベンツが仕付け糸で止まっています。ズボンのベルトも初めてのようで、長すぎる分だけ切ろうとすると、心配そうな顔に。

まあ何とか着られたところで、ようやく面接にと思いきや、面接室への入り方がわからないと言います。ノックや挨拶のしかたを教えました。面接室からの出方も練習しました。

やっと面接本番…にはなりませんでした。自分なりにまとめてきた志望理由を読んでくれと言います。絶対に他の受験生とかち合うことがない志望理由でしたが、強烈過ぎて上滑りするおそれも感じました。角を矯めて牛を殺してはいけませんから、Jさんらしさを消さない範囲でいくらかマイルドに書き直しました。

久しぶりに野生児登場という感じでした。そもそも、本番3日前から面接対策というあたりからして、大物ぶりを発揮しています。Jさんは実力的には合格の可能性が十分にありますから、あと2日のうちにどうにか形にしたいです。

1年経つと

10月28日(土)

ゆうべは今年の3月の卒業生といっしょに食事をしました。正確に言うと、私以外の卒業生と先生方はお酒も飲み、私は食事だけいただきました。

MSの卒業生ですから、集まった卒業生たちは全員それなり以上に名の通った大学・大学院に進学しています。ですから、みんな胸を張って自分のこの半年あまりの学生生活を語っていました。教室ではいつもドヨーンとした顔をしていたLさんは、とてもすっきりした明るい顔をしていました。レポートと発表に追い立てられて忙しいといいつつも、Yさんの目は輝いていました。理系大学に進学したWさんは、女子学生がいないと言いつつも、どこか誇らしげに見えました。

Kさんは、留学生向けの日本語の授業が簡単すぎて取らなかったそうです。KCPの最上級クラスで鍛えられていたんですから、そりゃ当然ですよ。そのKさんですら、入学当初は講義の日本語がよく聞き取れなかったとか。Kさんのしゃべりは日本人となんら変わるところがありませんから、在校生にそういう話をして刺激を与えてもらいたいところです。

KCPにいたときは出席状況に大いに問題のあったBさんも、進学先ではほとんど欠席していないとか。欠席したらその次から自分の席がなくなっていたという事件を経験し、それに懲りて休まずに通っているそうです。KCPもそれぐらい厳しくしなきゃいけないのかな。

幹事役のMさんは相変わらず生真面目な性格です。私のグラスが空くと、「先生、お飲み物は?」と気を回してくれました。将来は研究者を目指していますが、偉ぶらない態度は人望を集め、きっとすばらしい研究業績につながることでしょう。

今朝、私のパソコンにはCさんからの志望理由書が届いていました。Cさんも、1年後はゆうべの面々と同じくらいに成長しているのでしょうね。

やっぱり忙しい

10月20日(金)

金曜日は、私が担当する受験講座はありませんから、午後はいくらか時間ができるかと思ったら、そうは問屋が卸してくれませんでした。

まず、新学期の引継ぎ。昨日まで私だけ時間がなかったので、先学期私のクラスだった学生たちの状況を今学期の先生方に引き継ぐという、担任としての最後の仕事がまだでした。今学期の先生方に先学期の様子を話していると、何度注意しても一向に生活が改まらなかったSさん、Kさん、波が激しかったFさん、努力家のEさん、明るいけど詰めが甘いOさん、優秀だったAさん、Mさん、9月に出席率が落ちて気になっているZさん、Dさんなど、先学期の教室風景を久しぶりに思い出しました。そんな話をして職員室の外に出ると、同じクラスだったHさんが、「TOEFLの成績がよくなかったから志望校を変えました」と報告してくれました。

次は、Tさんの志望理由書。M先生のところに送られてきましたが、理系特有の部分は私が見ることに。約2000字に込められたTさんの思いを、M先生がかなり整理してくださいましたが、800字という制限をクリアするには、さらにもっと刈り込む必要があります。Tさんの情熱を最大限くみ、制限字数を守り、なおかつインパクトのある文章となると、いつもながら難しいものです。

NさんからはEJUの物理の問題に関する質問。本質的ではありますが、問題文をもう少し慎重に読んでもらえると私に聞くまでもなくわかるんですがねえ…。本番では自分で解決してくれると信じましょう。

事始め

10月17日(火)

今学期から受験講座を始めた学生たちの理科の授業が始まりました。まずはオリエンテーション。いつも強調していることは、計算力をつけることです。EJUは1.5~2.5分で1問を解かなければなりませんから、計算に時間がかかると考える時間がなくなってしまいます。また、EJUは有効数字がせいぜい2桁で、しかも選択式ですから、最初の1桁がわかると答えが選べてしまうこともあります。そういう特性を利用して、計算量を極力減らしていくのです。もちろん、1日で計算のテクニックを全て教えきれるわけがありませんから、練習問題を解きながら少しずつ学生たちに覚えてもらいます。

それから、カタカナ語を恐れていてはいけないということです。化学や生物は特にカタカナ語が多いですから、これを克服しないことには、EJUで勝ち目がありません。スライド画面いっぱいのカタカナ語を見てオエッとなった学生たちも、3か月後にはそのカタカナ語を駆使して私に質問してくるようになるものです。逆に、カタカナ語に負けて理科系の進学をあきらめる学生もいます。カタカナ語は運命の分かれ目なのです。

そんな目の前の受験をどうするかよりも、私が一番伝えたいことは、自分の将来をある程度見通して進学先を決めてほしいということです。有名大学の卒業証書がほしいのなら、頑張ってそこにはいって、そこでも頑張って卒業して見せるほかありません。しかし、その後日本で就職するとか、研究者の道を歩むとかというのが究極の目標ならば、有名大学への進学が必ずしも最善策とは限りません。

私の話を必死にメモしていた学生たちを、すくすくと伸ばしていきたいです。

年寄りばかり?

9月28日(木)

Lさんは、左足を右膝の上に載せて足を組んだり、右手に頭を載せて壁のほうを向いたり、机の上の消しゴムや学生証を落としては拾ったりと、実に落ち着きがありません。PさんとSさんは絶えず貧乏ゆすり。Kさんは左腕で腕枕をするように机の上に体をもたせ掛けて問題文を読んでいます。私が監督した教室には、いったいどうなのだろうという姿勢で期末テストを受けている学生が目立ちました。

頭をかきむしりながら難問に取り組んでいるなら、頑張っているなと好感を持つかもしれません。でも、Lさんたちの態度は、見ていて気分のいいものではありませんでした。KCPの期末テストなら、「こいつはまったくもう」などと思いながら試験監督が苦笑いするだけですみますが、入学試験だったらどうでしょう。試験中の姿勢だけで落とされることはないでしょうが、他の評価が同点で並んだ場合、誰を落とすかとなったら、Lさんみたいな受験生でしょう。私が決めるのだったら、そうしますね。

入学試験は、殊に競争率が高いところでは、落とす材料を探す手段の1つです。それに対抗するには、落とされる材料を相手に与えない、隙を見せない用心が必要です。ライオンの前で昼寝をするようなまねは許されません。K先生は、受験クラスの授業では常に「背筋を伸ばして」と指導しているそうですが、学生の体作りも含めて、理にかなっています。

人を外見で判断してはいけないと言われますが、外見で判断されるのが世間というものです。来学期はこんなことも学生に伝えていきましょう。

9月21日(木)

「貧乏ゆすり」というくらいですから、いすに腰掛けている時、絶えず膝を揺らし続けることは、日本人の目からはみっともなく見えます。授業をしていると、国籍性別年齢を問わず貧乏ゆすりが見られることから、日本以外の国ではそれほど見苦しい癖ではないのかもしれません。そうは言っても、クラスにいる20人ほどの学生の大半に貧乏ゆすりをされると、こちらも体や心のバランスが崩れてきそうになってきます。

大学先学志望の学生を集めたクラスで、志望理由書を書かせ、その志望理由書に基づき、1人1答の面接をしました。教卓のまん前にいすを置いて、そこに1人ずつ読んで座らせ、書きたてほやほやの志望理由書を見ながら、私が質問するというものです。他の学生が見ている前で、まだ面接慣れしていないこの時期に、予期せぬ質問をされるとなると、緊張はするでしょう。だから、無意識のうちに膝が揺れていたということもありうるでしょう。でも、貧乏ゆすりしないほうが少数派だったというのは、予想だにしなかった結果です。

授業の最後にクラス全体にそのことを注意すると、みんな驚いたような顔をしていましたから、きっと自分自身でも気づいていなかったに違いありません。現に、「私は貧乏ゆすりをしましたか」と聞いてきた学生が数名いました。そして、していたと指摘すると、ちょっと落ち込んだ表情になりました。

各大学の面接官も私と同じ神経を持っているとすると、質問に対する答えがどんなにすばらしくても、貧乏ゆすりひとつでその好印象が帳消しになってしまうでしょう。ましてや発音不明瞭だったりしたら、絶望的です。これも、学生たちの大好きな日本文化の1つです。

こんな評論家的なことを言っている暇はありません。受験シーズンは始まっていますから、面接練習の場でばりばり鍛えていかなければなりません。貧乏ゆすり撲滅――これが、今シーズンの私の目標です。

デジタルネイティブの実力

9月20日(水)

今学期は、毎週水曜日に学生のプレゼンテーションの時間がありました。クラスの半分ぐらいの学生のプレゼンテーションを見てきましたが、学生間にかなりの差を感じました。

できる学生は、聞き手の目をモニターの画面に引き付けるスライドを見せて、話が終わった後の質疑応答も盛り上がりました。そういう学生もいる一方で、自分が見つけたネットのページをそのまま貼り付けて見せているだけ、発表原稿をそのまんまスライドにしているだけという学生もいました。聞いている学生のほうも、話の内容がつかみにくいため、発表者が話した内容を改めて聞き返したり的外れな質問をしてしまったりすることが少なくありませんでした。質問が出てこないことすらありました。そんなときは、私が誘導尋問のような形で、プレゼン内容を補わせるような質問をして、学生の理解の手助けをしました。

こういう学生は、聞き手のことを一切考えていないか、考えが及ばないかなんだろうなと思いながら聞いていました。彼らが近い将来に迎える面接試験のことを思うと、暗澹たる気持ちになります。ペーパーテストでは他人に自慢ができるほどの成績が挙げられても、自分が一方的にしゃべるだけでは面接官の心証はよくないでしょう。そういうのを直していくのがこの授業のひとつの目的でもあるのですが、お手本となるプレゼンの翌週ぐらいに箸にも棒にもかからない原稿棒読みを聞かせられると、こいつは他人から学ぶ能力にも事欠いているのかと、がっかりしてきます。

私が学生のころはパワーポイントなどという便利なプレゼンテーションツールなんかありませんでしたから、レジュメをいかにわかりやすく作るかが通常の発表(プレゼンテーションという言葉自体、私の学生時代にはなかったように思います)でのポイントでした。でも、そのレジュメを使って、発表内容をいかにわかりやすく伝えるかはずいぶん訓練されたものです。

デジタルネイティブである学生たちは、私なんかよりもそういう訓練を受けてきていると思うんですが、実際はそうでもないんでしょうか。案外、こういうところに日本語学校が果たすべき役割があるのかもしれません。

ある質問

9月19日(火)

化学の受験講座の準備をしていると、Hさんが「物理の問題なんですが、聞いてもいいですか」と尋ねてきました。見ると、何年か前のEJUの問題でした。Hさんは答えを教えてもらったけれども、どうしても納得がいかないようでした。すぐ授業が始まり、授業後は私は別の仕事がありましたから、後日解答するとしておきました。

いろいろな仕事が終わって職員室に戻り、Hさんが質問してきた問題をもう一度考えてみました。すると、どうということはなく、単にHさんが問題の一部を読み落としていたことがわかりました。一見もっともらしい理屈をこねてきたので何だかHさんの言い分が正しいように思えてしまいましたが、肝心なところが抜けていたのです。Hさんには明日にでも、問題の早とちりを指摘しておきましょう。

私のほうも、時間がなかったとはいえ、Hさんの勘違いにすぐに気付かず、Hさんに寄り切られてしまったような形になってしまったのはよくありません。Hさんの考え方では問題の前提が狂ってしまって、問題が成り立たなくなってしまうことにどうして目が行かなかったのでしょう。偉そうなふりして学生に講義していますが、まだまだですね。

Hさんは決して物理ができない学生ではありません。それでもこういう勘違いをしてしまうというのは、日本語力が足りないのでしょうか。でも、6月のEJUはHさんのレベルでは高得点だったんですけどね。いろんな要素がありますが、物理の問題は物理の力だけでは解けないのです。そのギャップを少しでも縮めようと、Hさんは私を頼っているのでしょうから、それに応えていかねばなりません。

開業

9月8日(金)

今シーズン初の推薦書を書きました。Pさんは出席率もいいし努力家だし、喜んで推薦できる学生です。推薦書に書きたい内容がたくさんありますから、すらすらと書くことができました。この時期に推薦書と言ってくる学生は、たいてい来日当初から進学したい学校が決まっていて、そこを目指して努力を重ねてきた学生ですから、推薦書で悩むことはありません。Pさんもそんな1人です。

志望理由書の添削も頼まれました。夏休みの直前に相談に来ていたSさんが、A大学の志望理由書を書いてきました。相談に乗った時に志望理由書の書き方の基本を教えておきましたが、実際に書いてみるとそうスムーズには筆が進まなかったようで、約束の時間をだいぶ過ぎてから来ました。悪くはない内容ですが、でも、“悪くはない”止まりです。初めての学生が陥りがちな抽象論の空中戦が見られましたから、注意しておきました。Sさんはいいネタを持っていますから、それを活用してくれれば読み手の目を引く志望理由書が書けるでしょう。

初級クラスの学生の進学相談もしました。ZさんはM大学かC大学といい、FさんはJ大学かG大学と言っています。2人の実力からすると夢のような話で、来春の進学は無理そうだと気付き、予定を延長することを考え始めたようです。2人とも頭でっかちで、難しいものを読む勉強には熱心なのですが、語彙力が伴っていないため、その勉強が血肉になっていない憾みがあります。

来週は9月も半ばです。推薦書も志望理由書も進学相談も、どんどん増えていくことでしょう。時には引導を渡さなければならないことも出てきます。覚悟を決めて事に当たらないと、学生に負けてしまいます。