Category Archives: 進学

剣が峰

6月21日(火)

昨日、Wさんが来学期の授業料を払いに来ました。今学期のWさんは5月の出席率が足を引っ張って、来学期の授業料を受け取る基準の出席率に達していません。そういう学生は、事務所から担任教師のところに回され、少なくとも担任教師の説教を受けてから、再度事務所で授業料支払いの手続をします。

私のところに回されてきたWさんに質問しました。「どうして授業料を受け取ってもらえなかったと思いますか」「出席率が悪いですから」「どうして出席率が悪いんですか」「時々休みましたから」「時々? よく休んだから、授業料を受け取ってもらえないほど出席率が悪くなったんじゃないの?」「はい…」「じゃあ、どうして学校を休むんですか」「朝、遅く起きますから」「遅く起きる? どうして遅く起きるんですか。早く起きないんですか」「…」「どうすれば早く起きられるようになると思いますか」「…」「そこんとこがわからないんじゃ、次の学期も、その次の学期も、卒業するまでずっと、遅刻や欠席が多いままだよね。このままでは、KCPで勉強を続けてもらうわけにはいきませんね」

こうして文字化すると、我ながら陰湿な責め方ですね。でも、出席率低下の本質的原因をつかんでいないと、改善のための手も打てません。ということは、いつまでたっても出席率は上がらないということです。そんな学生をたくさん抱えることは、この学校の信用問題にもかかわります。また、ここでしつけておかねば、Wさん自身、進学してから困るはずです。

日本語学校は、日本留学のゲートウェイであり、ゲートキーパーでもあります。大学を始めとする高等教育機関での学問に滑らかに移行できるよう準備をする機関であるのと同時に、日本の高等教育機関で学ぶにふさわしくない学生に進路変更を促す場でもあります。Wさんは、今、その境目に立っているのです。

撃沈からの復活

6月20日(月)

昨日のEJUは、あちこちで爆発したり沈没したりしたようで、Sさんなどはすっかり気落ちしていました。「あなたが難しいと思った問題は、ほかの学生も難しかったんだよ」と言ってやっても、慰めにもならないようです。試験が終わった直後は、受けた傷がまだ生々しく、気分転換する余裕もないのでしょう。若いということは、一直線に進む勢いは鋭く強いものがありますが、つまずくと再起不能なまでのダメージを受けるものでもあります。

全体を俯瞰する眼があれば、自分の失敗が冷静に評価できます。でも、Sさんを始め、受験戦争の最前線で機関銃を連射し続けている戦士には、自分の目の前の敵しか見えないものです。目の前の敵すらとらえられずに、恐怖感から撃ちまくっているだけかもしれません。そういう戦士にうろたえるなと一喝するのが、我々教師の役割なのです。今週も期末テスト前日まで受験講座がありますが、そういう授業をしていくつもりです。

Sさんの場合は、受験勉強が上滑りだった面もあります。話をよく聞くと、問題文の読解が不十分で、理科や数学の問題ができなかったところもあったようです。日本語の授業の意義を軽く考えていたツケが回ってきたようにも思えます。いくら注意しても、毎年こういう学生が何人かは出てくるんですよね。

痛い目にあって日本語をきちんと振り返った学生は、11月に挽回しています。中には、さらに日本語をおろそかにして、基礎科目にのめり込もうとする学生がいます。そういう学生は、11月も残念な結果になります。KさんやPさんは卒業まで目が覚めず、Dさんは2年目にようやく目が覚め、…。今までの卒業生の顔が次々と思い浮かびます。Sさんやそれと同じような立場の学生たちの目をどうやって覚ましていくか、今年もこれから受験指導の山場を迎えようとしています。

前日

6月18日(土)

明日は、EJU。今年の最高気温を記録した今日ほどではないにせよ、明日も晴れてけっこう暑くなると、天気予報で言っています。雨に降られて、電車が遅れて、ひやひやさせられて…なんていうのよりはましかな。

EJUは11月にもあるとはいえ、秋口ぐらいまでに入試のある大学は、明日のEJUが勝負の場です。EJUは初めてという学生も、練習などと悠長なことは言っていられません。全知全能を傾けて、高得点を取りにいかねばなりません。学生たちは、日本留学を決意するに当たって重い決断を下しているでしょうが、今までの努力の成果が試される試験を目の前にするプレッシャーは、また別の苦味があると思います。

入試は、努力が必ず報われるとは限らないところに辛いものがあります。逆に、いい加減にやっていても、結果オーライってこともあります。でも、最初から僥倖を狙っている学生に、いい目は出ません。「勝つやつが強い」ように見えても、「強いやつが勝つ」のが入試です。今日の受験講座・EJU日本語では、最後まできちんと出席した学生たちに、ちょっとだけ運を呼び寄せるコツ、力が発揮できるおまじないを教えました。すでに十分強くなっているはずの学生たちのお尻を、もうちょっと押し上げてやったつもりです。

午後は、新学期の受験講座の準備をしました。来週からは、早速11月のEJUに向けて、各大学の独自試験に向けての授業をしていきます。そして、7月早々には、また多くの新入生を迎えます…。

大学をほめる

6月16日(木)

先生、志望理由書でどのくらい大学をほめますか――受験講座の教室に入ると、いきなりSさんに尋ねられました。Sさんも、W大学への出願準備を進めている最中です。

どこの大学の先生でも、志望理由書の中で志願者に自分の大学をほめてもらっても、あまりうれしくないでしょう。特に、ホームページやパンフレットなどから引っ張ってきた文言だったら、下手をすると、それは志望理由書を読んでいる先生が書いたものかもしれません。自分の書いた文を読ませられても、その志願者に対する評価を高める気は起きないでしょう。

志望理由書を読む先生が本当に知りたいのは、志願者が自分の言葉で語った夢です。その夢の実現のために、自分たちはどんな形で力を貸せるだろうかと考えるのが、教育者としての面白みじゃないのかなあ。だから、読み手にそういう喜びを感じさせるような内容が書かれていれば、その志望理由書の先に合格が見えてきます。

読み手が喜びを感じても、みんなと同じことを書いたら、意味がありません。他の志願者が書けないことをどれだけたくさん書けるかが、勝敗の分かれ目です。それが、オリジナリティーです。また、出願に先立って自分の将来と正面から向き合うことに、大学での学びの出発点があるのだとも思います。

そういうことをSさんに言うと、Sさんはがっくりと肩を落としていました。Sさんの志望理由書を読んだわけではあありませんが、中身はだいたい見当がつきました。日曜日のEJUが終わったら、全面的に書き直しですね。ここで志望理由書の骨組みをがっちり作っておくことは、他大学への出願や面接試験対策においても有意義です。

来週の木曜日は期末テストです。その頃、Sさんのパワーアップした志望理由書が見られることでしょう。

始まりました

6月6日(月)

朝、出勤して受信トレイをのぞくと、Qさんからのメールが来ていました。この時間に届いている学生からのメールは、ほぼ間違いなく欠席の連絡です。読んでみると、案の定、欠席連絡でした。きちんと欠席連絡をしてきたのはほめられますが、「今日は休んでいただけませんか」はいただけません。「勉強したがっている学生がたくさんいますから、休むわけにはいかないんですけど…」と返信してやろうかとも思いましたが、この切り返しがQさんに通じるとは思えず、誤文を訂正するにとどめました。週の最初から脱力感をたっぷり味わわせてもらいました。

夕方、受験講座が終わって職員室に戻ってくると、午後の私のクラスのSさんが書いたW大学の志望理由書を渡されました。W大学の出願は今月末ですから、もう準備を始めないといけません。先週の面接の時に、SさんはW大学を受けたいと言っていましたから、まあ、予定の行動です。志望校について一生懸命調べて書いたのはよくわかりましたが、そこ止まりでした。調べた内容をSさんなりに咀嚼した跡が見られません。Sさんの人となりがうかがえる部分がないのです。

こちらは、脱力感というよりは、どうやって指導していけばいいのだろうかという、道のりの遠さに圧倒されそうでした。Sさんの志望理由書を読んで、今年も受験シーズンが始まったなと思わずにはいられませんでした。学生たちはEJUの勉強で戦闘開始でしょうが、進学指導をしていく教師は、志望理由書が書けるまでに学生を引っ張り上げていくことが、受験シーズンの最初の大仕事です。Qさんの志望校の出願はまだだいぶ先ですが、いずれこういう場面を迎えることになります。

東京地方は昨日梅雨入りしましたが、じとじとしている暇なんかありません。

帰っちゃうの?

6月3日(金)

Eさんは、とうとう今週1週間、休み続けてしまいました。腰に古傷があり、その具合が悪くなると休むことはありましたが、1週間ぶっ通しというのは初めてです。週の始めに1度だけメールで連絡がありましたが、それ以降は電話をかけてもつながりません。中間テストはかろうじて合格点を取っていますが、こんなに休んでしまったら、もはや進級も覚束ないでしょう。

Eさんも進学を希望していますが、1週間も連続して休まなきゃならないような爆弾を抱えているのなら、それもはかない夢になってしまいます。日本留学を決意した時に、爆弾のことは考えなかったのでしょうか。自分の体と相談して、日本に留学したいのは山々だけど、断腸の思いであきらめようという方向に議論が進んでもおかしくなかったはずです。

私は海外留学をしたことがありませんからあんまり偉そうなことは言えませんが、私がEさんだったら、怖くて留学なんかできなかったと思います。言葉も満足に通じない国に、時折暴れる古傷とともに留学してしまう度胸は、私にはありません。

じゃあ、Eさんにはそういった恐怖心を押さえつけるほどの向学心や克己心があるのかと問われると、それほど強固な精神性は感じられません。薄ぼんやりとした憧れで来ちゃった口だと思います。噂によると、治療のため一時帰国するかもしれないとも言われています。治療が長引いたら、退学も考えなければなりません。今までにも欠席がありますから、ビザ更新が問題になりかねません。

昼休みは、校内で開かれた進学フェアに出て、各大学から来てくださった担当者から話を聞く学生でにぎわいました。Eさんの志望校のブースにも学生が集まっていました。Eさんが参加していたらどんな話を聞くのだろうと、学生たちの後姿を見ながら思いをめぐらしました。

焦ったってしょうがないよ

5月31日(火)

中間テスト後の学生面接が始まっています。

Jさんは今学期の新入生で、大学進学希望です。国で日本語を勉強してきたので、初級クラスに入れられたことが不本意なようです。今のレベルではEJUの勉強よりも日本語の基礎固めを優先していますから、Jさんにとっては優しく感じているのでしょう。でも、中間テストの文法は何とか合格点という程度であり、間違えた問題を再度問い直してみても、正しい答えは返ってきませんでした。授業をちゃんと聞かなかったからだということは明らかです。

Jさんは「みんなの日本語」はすでに3回勉強していると言いました。初めてのときは、先生に教えてもらいながら多少はまじめに勉強したことでしょう。でも、2回目は漫然と読んでいただけだったに違いありません。だから、復習になんかなりません。3回目の今回は、ただ教科書を広げているだけで、心は全然別のところへ飛んでいるようですから、新たな発見などあるはずがありません。おそらく、最初の理解から大して深まっていないのです。それゆえ、3回も勉強したのにやっと合格点しか取れないのです。

Jさんは、断片的には、難しい文法やあっと思わせられるような単語を使います。でも、それは断片的に過ぎません。背伸びして勉強した文法や単語を使ってはみますが、そしてそれが当を得ていることもありますが、私から見れば一発屋です。そういった言葉をコンスタントに使いこなし、まとまった内容の事柄が話せたら、Jさんが自己評価しているであろうレベルだと認めてあげてもいいのですが、それには程遠いですね。

一番怖いのは、Jさんの日本語力がこのまま固まってしまうことです。EJUの4択問題はテクニックでどうにかなったとしても、それ以降の力をどうやって付けさせていけばいいでしょうか。テクニックで入ったって、進学してから苦労するだけなのにね。

和訳を理解する

5月30日(月)

先週の中ほどに、Cさんから卒業論文の和訳を添削してほしいと頼まれました。上級の学生のつもりで引き受けてしまったのですが、2行読んで安請け合いしたことを後悔しました。Cさんは今学期入学した初級の学生でした。

Cさんは今年何とか大学院に進学しようと思っています。意欲的な学生で、だからこそ、卒論の和訳の添削を依頼してきたわけです。しかし、いかんせん初級の実力で卒論ほどの内容の文章を和訳しようというのは、たとえそれが要約であっても、無理な話です。私だって、自分の専門に近い分野なら、断片的な内容把握から全体像の見当をつけることもできますが、Cさんの研究は私から見るとはるか彼方の分野ですから、想像力の働かせようもありません。1人で頭を抱えていても仕事は進みませんから、Cさんから説明してもらいながら、和訳を完成させていくことにしました。

ということでCさんを呼びましたが、Cさんの日本語力で現状の和訳以上の日本語を紡ぎ出すのは至難の業です。でも、本当に大学院に進学するのなら、どこかの段階で自分の研究内容を目の前に座っている大学院の先生に説明する必要に迫られます。Cさん自身は卒業研究について完璧に理解していたとしても、それを誰かにわかりやすく話して、相手にも理解させるとなると、一筋縄ではいきません。しかも、Cさんにとっての外国語である日本語でそれをするのです。たやすくできるわけがありません。

Cさんの話を聞き、こういう意味かと私が言ったことがCさんの言わんとしていることに近いと、Cさんはまさに愁眉を開くといった明るい顔つきになります。まだまだ遠いと、唇をかみながら思考をめぐらし、別の角度からの説明を試みます。とても時間のかかる作業ですが、Cさんにとっても、自分の言葉で自分の考えを伝え理解させるいい訓練になったのではないでしょうか。

日本語力が付いてくれば、今の和訳がいかに拙いものかわかってくるでしょう。そのころには日本語での卒論の説明も堂に入ったものになっているに違いありません。そのころには朗報が聞けるかな…。

美しい玄関

4月20日(水)

今朝、誰もいない職員室で仕事をしていると、電話が鳴りました。「おはようございます。××クラスのLと申しますが、S先生いらっしゃいますか」「すみません。まだいらっしゃってないんですが…」「それでは、申し訳ありませんが、S先生に、風邪を引いたので今日は欠席すると伝えていただけませんか」。中級の学生でしたが、発音もきれいで、非の打ち所のない話し方でした。モデル会話として録音しておけばよかったと思ったほどです。

最上級クラスの学生でも、ちょっと硬い場面での会話となると、すでに習ったはずの表現がすんなりとは出てこないものです。目上の人に頼みごとをするという想定で発話内容を考えてもらったのですが、いきなり頼みごとに入ってしまう学生が続出。みんな、依頼の表現をいかに丁寧にするかに気を取られている中で、唯一、Yさんが「すみませんが、今、お時間よろしいでしょうか」という、相手の都合を聞く言葉から始めてくれました。

いくら内装を豪華にしても、玄関がみすぼらしかったら、その立派な内装を見てもらえないかもしれません。「なんだ、こいつ」と思われて、自分の言わんとしていることを聞いてもらえなかったら、そこまでいかなくても悪い第一印象をもたれてしまったら、結局損を被るのは自分自身です。日本人って、みょうちくりんなところに地雷を抱えていますから、その地雷を踏まないようにするにはどうしたらいいかということを、初級の段階から少しずつやってきています。それが、なかなか完成の域に達しないんですねえ。

このクラスの学生には大学院進学希望の学生が多く、そういう学生にとっては、進学するまででも、してからでも、玄関口を飾る話し方は不可欠です。内装は進学担当の先生方が個別にがっちり整えてくれることでしょうから、こちらは全学生標準装備の水準を上げることに専念していきます。

分不相応?

3月29日(火)

卒業式前からずっと一時帰国していたGさんが、お土産を持って挨拶に来てくれました。お母様が入院していたので全然遊べなかったとか。

GさんはS大学に進学し、来週早々入学式とオリエンテーションがあります。「先生、なんだか不安です」と言いますが、もう入学金も授業料も払ってしまったのですから、突き進むしかありません。今さら授業についていけるかどうか心配だなんて口走るくらいなら、最初からS大学など受験しなければよかったのです。

S大学は、Gさんにとっては「入れたらいいな」という大学で、はっきり言って、実力相応校より1ランクか2ランクか上の大学です。入試の際には私も精一杯支援をしました。Gさんも憧れの大学に入れるなら何でもしますっていう覚悟でした。合格発表のときの喜びようは、尋常なものではありませんでした。でも、自分でもS大学は実力より上の大学という認識がありますから、いざ入学が迫ると、あれこれ不安を感じずにはいられないのです。

日本人の友達が作れるだろうかというのが、最大の不安のようです。「私は日本語がまだまだですから」ってそういうGさんを、日本語力だけではなく、キャラも深い部分の人間性も含めて、S大学は自分のところで勉強するだけの力があると認めたのですから、その判断を信じようじゃありませんか。少なくとも、同国人だけで固まってるようなら、楽しいキャンパスライフは望めません。

おそらく、Gさん以外にも同じような不安を抱えている学生が少なからずいることでしょう。でも、あなた方はその大学に選ばれたのです。学力も申し分なく、学風にも溶け込めると見込まれたのです。自信を持って、入学式を迎えてください。