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シミュレーション

12月12日(土)

今シーズンは、学校で顔を合わせなくてもメールで受験関係の指導を求めてくる学生が多いです。ZさんやDさんはその常連で、面接での受け答えのシミュレーションを送ってきました。熱心なことは認めますが、それを全部暗記しちゃおうというのなら、少々問題です。丸暗記すると、忘れるからです。そして、忘れたら頭が真っ白になって、言葉が何も出てこなくなる危険があるからです。

人間、緊張すると、いろいろと想定外の事態を引き起こします。事前のシミュレーションでは完璧でも、その道筋を一歩でも外れたとき、緊張しているとパニックに陥るものです。平常心を持ち続けられれば、応用動作も利くでしょうが、なれない雰囲気に置かれると、その応用動作の範囲がぐっと狭くなるものです。覚えたはずのことを忘れて、どうしたらいいかわからなくなるなんて、その典型と言えます。

私が働いていた工場では、事故発生時などの非常時のマニュアルは覚えるなと教えられました。覚えたら、忘れるからです。非常時マニュアルのどこかを飛ばしたら、取り返しのつかないことになります。命にかかわることにもなりかねません。マニュアルで一つ一つ確認しながら動くのが、一番確実なのです。

ZさんやDさんに危うさを感じるのは、この点です。若い頭脳は暗記に耐えられちゃうんですよね。2人ともすでに何校か受験していますから、入試の面接がどういうものかはわかっているでしょう。だから、わざわざ面接の問答を文字化しなくても、とんでもないことにはならないと思います。でも、言い知れぬ不安やプレッシャーが、2人にシミュレーションを書かせるのでしょう。ろくに面接練習もしないで本番に臨む学生よりは、ずっと進学や自分の将来に対して真摯です。その真面目さが仇となることがあるのが、入試の怖いところです。

2人のメールには添削をして返信しましたが、「言葉が甘い」なんていうふうに、わざと足りない箇所を指摘するに留めたところもあります。はてさて、どうなるでしょうか。

末は博士か‥‥

12月10日(木)

Sさんは2017年に理科系の大学進学を目指す初級の学生です。授業後、理科系の大学・大学院で勉強したらどんな将来が待ち構えているかを聞きに来ました。

Sさんは理学部の物理か化学を考えています。そこで博士課程まで進んで、研究者になりたいというのが現時点での希望であり夢です。そして、大学に残ったらどんな将来像が描けるかという質問ですが、残念ながら、あまり明るい道筋を示せませんでした。

日本の場合、理科系で一番就職がいいのは修士です。博士になると企業への就職は修士より難しくなり、かといって研究職のポストが豊富にあるわけではありません。博士の学位を取ったのにそれに見合ったポジションに恵まれていない研究者がたくさんいます。たとえ研究職を得ても、そこに安住できるわけではありません。今は有期雇用がほとんどで、3年とか5年とかでしかるべき成果が出せないと、契約打ち切りになってしまいます。

万難を排して研究を続けていくにしても、基礎研究の場合、自分の研究がどのように発展・展開していくのか見えずに悩むことがよくあります。芽が出なくても頑張り続けることは、想像以上に精神的な負荷がかかるものです。いまどきの研究者とは、経済的にも精神的にもきついのです。

そもそも、物理や化学の研究がどんなところにつながっているのかという質問もありました。触媒や超伝導や熱電変換素子や、思いついたことをいくつか話しました。こちらは多少夢のある話ができたかもしれません。

なんかわけがわからないけどとにかくEJUでいい点数を、という学生が多い中、Sさんはきちんと足が地に着いた将来設計をしようとしています。いたずらに有名大学といわないところも立派です。あとはただ、日本語の力が伸びてくれれば…。

国立大学の説明会

12月7日(月)

昼休みに国立H大学の説明会がありました。東京からは少々離れていますから、国立とはいえ、学生の人気はそれほどでもありません。でも、地方の国立大学だからこそできる学問もあります。おいでくださった先生も、そういう点を強調なさっていました。

すでにH大学の書類を取り寄せているというOさんが盛んに質問していました。それにつられて他の学生も質問していました。ここのところH大学への進学が続いていますから、今年もこの中から後輩が生まれてくれることを祈っています。

受験講座が終わった後、SさんとMさんが出願校の相談に来ました。2人とも、東京近郊以外の国立大学にも出願したいけど、どこがいいかという相談です。H大学も当然その候補に入りますが、それ以外にもK大学やN大学、S大学などの名前も挙がりました。

地方の国立大学の、しかも留学生となると、疑いなくその土地の名士扱いです。東京で「東大」と言っても「へえ、そうですか」で終わってしまうかもしれませんが、H大学を始め、話題に出てきた大学なら尊敬のまなざしで見られるでしょう。そういうところでのびのびと勉強したほうが、有意義で濃厚な留学生活が送れると思います。

私は東京で学生生活を送りました。それはそれで充実していたと思いますが、H大学のような特色のある町で過ごしてもよかったなと、今は思います。東京は世界につながる町ですが、それは同時に世界のどこにでもある町でもあるのです。

受験シーズンは後半に入りました。後半戦の中心は、やはり、国立大学です。SさんもMさんも、H大学も含めて自分の人生をより一層輝かせる大学を選んでほしいものです。

どうしてこんなに違うんですか

12月1日(火)

Cさんは、最近授業に出ていません。学校へ来ていないわけではありません。何をしているのかというと、家で受験勉強をし、何か困ったことがあると学校に顔を出すという生活をしているのです。ずいぶん虫のいい話です。もちろん、留学のビザでこんなことが許されるわけがありません。しかし、受験のことしか頭にないCさんには、そんなことをいくら言っても右から左へと抜けていくだけです。糠に釘どころではない手ごたえのなさです。

だいたい、この期に及んで最後の追い込みとか言って引きこもりをするようじゃ、先は見えています。その余裕のなさは、効率の悪さにつながっているのです。私の目には、Cさんが一人で勉強を続けられるほどしっかりした精神の持ち主には見えません。学生たちの年代では、励ましあう友人の存在が大きいのです。

それよりも何よりも、現状のCさんの日本語力では、よしんば志望校に受かったとしても、そこできちんとした勉強ができるのか、はなはだ心もとないのです。「書く」「話す」という情報を発信する技能に不安を感じさせられます。引きこもり状態で、母国語で物事を考えていたら、日本語力は伸びるどころか衰えてしまいます。

同じクラスのUさんは、すでに滑り止めには受かっているもののあまり行く気はなく、年明けに本命校を狙う段階です。Cさん同様プレッシャーがかかるはずなのですが、毎日学校に通い、授業にも積極的に参加しています。初級の時の先生に、「遠い将来のことを考えて悩むより、今できることを確実にしなさい」と言われて以来、これを肝に銘じてきたといいます。私があれこれ言うまでもなく、KCPで少しでも日本語の力をつけてから進学したいと言っています。同じ時期に同じ国から来たのに、どうしてこんなに違うんでしょうか。

休み過ぎると

11月30日(月)

超級クラスのPさんは、すでにA大学に合格し、もうそこに入ることを決めています。これから受験を迎えるクラスメートも多いのですが、早々と受験シーズン終了です。それは結構なことなのですが、最近遅刻欠席が増えて困っています。先学期までの出席率も悪く、今学期の最初にかなり厳しく言い聞かせて、しばらくはどうにかもっていたのですが、ここのところはさっぱりです。遅刻をしてきて授業後声をかける暇もなく帰ってしまうので、この件についてじっくり話し合えていません。

同様なのがWさん。こちらもK大学に受かってからは出席状況が思わしくありません。週末、「K大学の近くのアパートを探しに行くので、月曜と火曜に休んでもいいですか」などというメールを送ってきました。これまた、学期の最初に立てた誓いは、忘却の彼方へ飛んで行ってしまったようです。脅しの返信メールを送ったら、遅刻ではありますが、教室に姿を現しました。

確かに、私たちは「ビザが取れなくなる」ということをよく口にします。最近の入管のビザ発給状況を見ると、大学進学した留学生がビザの延長を認められないというのは、よほどのことがない限りないことかもしれません。しかし、状況を甘く見て失敗するよりは、万が一に備えて万全の体制をとっておくべきであることは、言うまでもありません。こういう老婆心って、本当に伝わりにくいものです。学生は自分の身の回りの都合のいい事例を信じがちです。それを信じるのは勝手ですが、信じたがゆえに悲惨な結果を招いても、自分自身で責任を取らなければならないということも忘れてもらっては困ります。

PさんやWさんのような学生は毎年必ず何人か出てきます。幸いにも、最悪の結果に陥った例は、最近はありませんが、かつてはありました。それを知っているだけに、どうしても安全策をとりたくなるのです。そして、何よりも、卒業までに身に付けておいてもらいたいことが山ほどあるのです。

珠玉の一言

11月28日(土)

S大学の入試を目前に控え、今週後半は面接練習や小論文のチェックなどをいろんな学生から頼まれました。今日も、土曜日なのに、朝8時半からYさんの面接練習、その後日中は会議で、会議終了後、日が暮れてから、Dさんの小論文チェックをしました。

YさんもDさんも、志望学部で勉強する学問内容についてよく研究しており、いつの間にかかなりの知識量になっています。惜しむらくは、その知識を十分活用しきっていない点です。私に指摘されて「ああそうか」と気付いているようじゃ、ちょっと心配です。

面接や小論文は、暗記した知識を放出する場ではありません。その知識を社会の現状と照らし合わせて自分の成すべきことを見出したり、知識を組み合わせてある問題への対処法を編み出したり、要するに、知識をベースに考える力が問われるのです。YさんもDさんも、知識そのものを答えようとしている節がうかがえます。そうじゃなくて、自分なりの一ひねりを加えなきゃ、S大学の面接官や採点官は満足しないんですよ。

今年のS大学は受験生が集中していると聞いていますから、YさんやDさんに限らず、みんな厳しい戦いを強いられるでしょう。知識だけでも、入りたいという気持ちだけでも、もちろんEJUの点数だけでも、勝ち抜けません。体からにじみ出てくるような、S大学の先生が思わず心を動かしてしまうような、珠玉の一言が必要です。Yさん、Dさん、あなたたちは、その一言を紡ぎ出す必要条件は備えています。最後の最後にそれを熟成して、十分条件に変えてください。

分かれ道

11月27日(金)

理科系の受験講座を受けている初級のSさんは、中間テストの成績が思わしくありませんでした。本人としては授業がわかっているつもりだったのですが、今学期に勉強してきたすべてのことがテスト範囲となると、あちこちに抜け落ちがあることが明らかになりました。期末テストは難しくなることを勘案すると、来学期の進級が危ない状況です。

Sさんは、典型的な話を最後まで聞かないタイプの学生です。気持ちばかりがはやっていて、地に足がついていません。頭の回転は速いほうだと思いますが、回転の速さを制御できず、暴走しがちな感じがします。

理科の授業でも早とちりが多く、ちゃんと理解しているかどうかくどいくらいに確認しないといけません。引っ掛け問題には簡単に引っ掛かります。理数系のカンは働くのですが、カンに頼ってしまい、じっくり考えることが苦手なように見受けられます。よく言えば天才肌ですが、今のところは単なる粗忽者に甘んじています。

入学以来順調に進級してきましたが、初級の終わりに近づき、じっくり考えないと答えにたどり着けないような問題が多くなると、今までのように点数を伸ばすことはできなくなります。今ここでそれに気がつかないと、そして勉強に対する姿勢を改めないと、中級への山は越えられないでしょう。ぎりぎりで越えられたとしても、そこ止まりです。

今回の結果は大変ショックだったとみえて、Sさん自身にそういう土俵際に立たされている意識が芽生えてきたようです。日本語の勉強だけでなく、理科も含めて自己改革に成功すると、曙光が見えてきます。でも、ただ目の前の進級だけにこだわっているようだと、理科の才能も伸ばせず、卒業までくすぶり続けることにもなりかねません。

Sさん、これからの1か月が、あなたの留学生活を大きく左右するのですよ。心して過ごしてください。

採点できず

11月19日(木)

バーベキューの前日ですが、志望理由書が次から次へと押し寄せます。来週あたりに出願という大学が結構あり、明日から勤労感謝の日まで4日間はチェックができませんから、必然的にバーベキューなどお構いなしに集中するのです。

Zさんはもう何校も出願していますから、志望理由書も書き慣れています。その学校に合わせて書き換えることも抜かりなくやっています。こちらは語句の調整や文法ミスのチェックだけで、一部やや意味不明の箇所もありましたが、比較的楽です。

Sさんは、志望理由書が必要な大学への出願は初めてのようで、ほとんど志望理由書の体をなしていません。Sさんがその学問を志した理由ばかりで、志望校を選んだ理由はほんの1行か2行。全面的に書き直しです。「Sさん、2025年、10年後に何をしていますか」「いいデザインのビルを建てます」「いいデザインって、どんなデザイン?」「おもしろいデザイン」「そのデザインはSさんが考えますか」「いいえ、私はビルを建てるだけです」「じゃ、そのデザインは誰が考えますか」「デザインの勉強をした人が考えます」「ああ、デザインの専門家が考えたかこいいデザインのビルを、Sさんは地震の時大丈夫かとか、どこにエレベーターを作るかとか考えて、本当につくるんですね」「はい、そうです」「じゃ、そのために、大学で何を勉強したらいいですか」…という調子で、事情聴取しながら志望理由書に書けそうな材料を揃えていきますから、時間がかかります。そして、書き直しを連休中の宿題に。

Eさんも事情はSさんと同じです。こちらは大学の先生に向かって理論をとうとうと述べちゃってます。だから、志望理由と言えそうなことは、これまたほんの数行。Sさんと同じことを繰り返して、火曜日に再チェックすることに。

Yさんは800字の字数制限があるのに1000字も書いてしまいました。でも、削りどころは満載で、贅肉部分をばっさり切り落としたら、大幅に足りなくなってしまいました。ことばを補い、Yさんの考えを文章化し、どうにか800字の志望理由書っぽく大改造。

授業が終わったら昨日の中間テストの採点ができるかと思ったら、ほとんど進みませんでした。連休明けは、忙しくなりそうだな…。

ハンコ

11月10日(火)

2時半頃、代講をお願いしたクラスの学生が提出した例文のチェックを始めようとしたところ、「金原先生、学生が来ています」と声をかけられました。カウンターにはLさんが立っていました。Lさんは今月全然学校に顔を出さず、今日の授業も欠席。本人の携帯に電話をかけても留守電にすらならず、連絡が取れない状態が続いていました。そのLさんが姿を現したのです。

私がカウンターまで出て行くと、「先生、書類をください」と、出席成績証明書の申請用紙を担任である私に出し、ハンコをもらおうとします。学校を休んでいたことについては何も言わず、悪びれる様子もなく、いきなりこれです。カチンと来ましたね。「今月ずっと休んでいましたが、今まで何をしていたんですか」「うちで勉強していました」「あなたが勉強すべき場所はこの学校じゃないんですか」「でも7月のJLPTも合格したし、専門学校も決まったし、学校で勉強することはありません」「じゃあ、国へ帰ったらどうですか。あなたのビザはKCPで勉強するためのビザですから」「それはダメです」「どうしてですか」「卒業する前に帰国したら両親に申し訳ないですから」「両親に対して申し訳ないことをしてきたということですね」「はい。これから頑張ります」「どう頑張るんですか」「毎日学校へ来て、一生懸命勉強して…」「そんな言葉がすぐ信じられると思っているんですか」「…」「学校を好きなだけ休んでおいて、書類が必要だからハンコ押せって言うんですか。ずいぶん自分勝手だとは思いませんか」

…まだまだ続きましたが、思い出すだけでもおぞましいやり取りなので省略します。Lさんは教師を書類作成マシンとでも思っているのでしょうか。連絡もよこさず休み続けている学生の書類に素直にハンコを押せるほど、私は練れた人間ではありません。Lさんの申請書類は預かりました。Lさんが真人間に戻ったら、ハンコを押して返そうと思っています。

1分差

11月6日(金)

Yさんが久しぶりに登校しました。第一志望の大学への出願が1分差で間に合わなかったためにショックで落ち込んでいたというのがもっぱらの噂でした。電子出願のため、1分差でも冷たくシャットアウトされたのです。先週はその大学への志望理由書を何度も書いては私に添削を求めていました。真っ赤に添削された原稿を入力しているうちに遅くなってしまったのかもしれません。

でも、私はあまり気の毒だとは思っていません。Yさんは初級の頃から自分勝手なところがあり、無理が通れば道理引っ込むを地で行くような学生でした。そのYさんが頭を下げて志望理由書の添削を依頼してきたのですから、今までの行いを少しは悔い改めたのかと思い、手を貸したのです。当然、余裕で間に合うタイミングで原稿を返しました。にもかかわらずアウトになったのですから、同情の余地はありません。

1分差でダメというのは国際標準ですから、Yさんが大人になっても変わりません。むしろ、100分の1秒とか1万分の1秒とかを争う激烈な競争に晒されることすら出てくるでしょう。だから、若いうちに志望校に出願できなかったぐらいの痛みを味わっておいたほうがいいのです。仕事には納期があり、先んずれば人を制すというのが今の世の常識です。

これを薬に、無理が通れば…をやめてくれればいいのですが、それは淡い願いだったようです。出てきたものの、教室に存在していただけで、やる気は感じられませんでした。負のオーラを発散しまくり、クラスの雰囲気を悪くしかねず、それを防ぐのに気を使いました。こちらから慰めの言葉をかけてもらえると思っていたのでしょうか。慰められるなんてYさんのプライドが許さないから、バリアを張っていたのかもしれません。

あさってはYさんもEJUを受けます。まさか、試験に遅刻はしないでしょうね。