初授業

4月3日(火)

2018年度初の授業をしました。学生相手の日本語の授業ではなく、日本語教師養成講座の文法の授業でした。養成講座は、日本語は存分に通じる方たちへの授業ですが、日本語の出力を抑える訓練という一面も持っています。属性形容詞とか連用修飾とか連体詞とかという用語は、日本人に対しては使えても、KCPの学生のような日本語学習者には使えません。また、「カリナさんの髪は長いです」よりも「カリナさんは髪が長いです」のような形の文が日本語には多いことを、学習者に対して理屈をこねて説明しても意味を成しません。練習を重ねて後者のタイプが口をついて出てくるようにしていくことが肝心です。

教える内容の10倍の知識を持っていないと教えられないと言いますが、10倍の知識を持っているとそれを全部披露したくなるものです。どうだすごいだろうと威張りたくもなります。しかし、それをしたら、特に日本語学校の初級でそんなことをしようものなら、クラス全体が「???」で包まれます。そして、教師としての信頼を失うことでしょう。だから、出力を抑える訓練をしなければならないのです。

養成講座の授業をしている私も、自分用のメモにはあれこれいっぱい書き込みをしています。また、書き込み以外のネタも頭の中には仕込んであります。しかし、受講生にはそれを全部伝えているわけではありません。そうするには時間が足りませんし、そうしても聞いている皆さんの頭に残るのはそのごく一部です。

要するに、養成講座受講中に、日本語文法の思考回路を脳内に築き上げてほしいのです。これさえあれば、日常生活で目にしたり耳にしたりする日本語を自分で分析し、そこから学習者の理解を助ける教材を自分で見出せるようになるでしょう。そうなれば、もう一人歩きできる日本語教師です。

新年度

4月2日(月)

ついこの前卒業したKさんが、ビザの資料をもらいに学校へ来ていました。進学したD大学の学生カードを、少し自慢げに見せてくれました。Suicaもついているカードで、Kさんもそれを手にして大学に進学した実感が湧いてきたようです。これまでは、宿題は重荷だったかもしれませんが、これからは自分が本当に勉強したいことが勉強できるわけですから、宿題も楽しくなる…かもしれません。

同じく3月に卒業して就職したCさんは、入社式を迎えたはずです。社長の訓示をきちんと理解できたでしょうか。社会人ともなれば、学生時代とは違って、たとえ新入社員でも責任が伴います。「日本語はまだまだです」では済まされません。KCPで身に付けた日本語力を駆使して、日本人同期の上を行く有能な社員になってもらいたいです。そういう人物だと見込まれて、入社試験に合格したんでしょうけどね。

こういうふうに、KCPは留学生にとって通過点に過ぎません。KCPで日本語を勉強して上手になっただけでは、まだ半人前です。その日本語を使って何をするかに、それぞれの留学生の将来がかかっているのです。KさんがD大学を卒業した後どうするつもりか知りませんが、活躍の場は日本に限りません。Cさんだって、一生この会社で過ごすかといえば、おそらく違うでしょう。どこへ行っても、何をするにしても、日本語を軸に人生を考えてくれたら、KさんやCさんに教えた立場の人間として、この上に喜びです。

今週末には、また大勢の新入生がやってきます。この学生たちは、来年あるいは再来年の4月を、どこでどのように迎えるのでしょうか。

暑い

3月28日(水)

午前中、病院へ行くのに外を歩いたら、汗をかいてしまいました。スーツの上着が少しうるさく感じられました。交差点では日陰で信号待ちする人も。東京の最高気温22.9度は5月中旬並み。5月中旬といえば、クールビズが始まる時期ですよ。上着が邪魔くさいわけです。もちろん今年最高の気温でした。

午後は期末テストの採点。初級の漢字を担当しました。たけかんむりをくさかんむりにするくらいなら、漢字を書き慣れている間違え方ですが、鏡像文字を書いちゃうというと漢字の基礎ができていないのではないかと疑いたくなります。それを中国の学生が書いてしまうというのは、どういうことでしょう。簡体字の影響だとは思えません。スマホ操作ばかりで、手で字を書く習慣が失われているように思えます。

むしろ、アルファベットの国の学生が健闘していました。漢字は表意文字だという点を無視した間違え方はありましたが、絵のような漢字を書く(描く?)ことはありませんでした。きっと苦労はしているでしょうが、努力の甲斐はありました。漢字に対する感覚は磨かれています。

夕方はおととしの卒業生Cさんが、W大学大学院を出て外資系のコンサルタント会社に就職すると報告に来てくれました。かかわった先生方から就活について質問攻めにあいましたが、どの質問にもこちらの知りたいことをわかりやすく答えていました。コンサルタントには頭の回転のよさが必須だといっていましたが、それを感じさせる話しっぷりでした。

明日はさらにもっと気温が上がるとか。いよいよ腕まくりかな…。

校庭で勉強

3月27日(火)

午前中、期末テストの試験監督をしながらふと外を見ると、校庭のテーブルで勉強している午後のクラスの学生が何人かいました。桜が満開でお花見真っ盛りなのですから、外で勉強するのもさぞかし気持ちがいいことでしょう。新学期になったら、校庭で語らう学生たちの姿が目立ってくるに違いありません。

期末テストの日は別れの日でもあります。大きな別れは卒業式で済ませていますが、アメリカの大学のプログラムで来ている学生の中には、期末テストを受けたその足で空港直行、そのまま帰国という学生もいます。慌しく修了証書をもらって、時間を気にしながら成田へ向かいました。

多少のリップサービスはあるでしょうが、アメリカのプログラムの学生はみんなまた日本へ来たいと言います。漢字や文法の勉強は大変だったけど、日本での生活は最高におもしろかったと満足げな表情で感想を述べてくれます。私はこうした経験を持った学生たちに、親日家とまでは言わないまでも、知日家になってほしいと思っています。ありのままの日本の姿を見て、それを世界に向けて発信してもらいたいです。日本人の売り込み下手なところを補ってくれたらと思っています。

私たちの仕事は日本語を教えるだけだとは思っていません。日本語を通して日本人のメンタリティーやそれを形作っている背景などにも踏み込んでいるつもりです。上級だけではなく、初級や中級でもそれぞれのレベルに応じて単なる日本文化ではない「日本」を教えています。

校庭のテーブルで勉強していた学生たちは、勉強の成果があったのでしょうか。今、採点なさっている先生のどなたかがこの学生たちの答案を見ていることでしょう。

早くも

3月26日(月)

先週、桜の満開宣言が出た東京ですが、私の観測ポイント・地下鉄四ッ谷駅は、私が通過する時は夜が完全に明け切っておらず、花を楽しむことができませんでした。しかし、今朝はほのかに桜色が目を楽しませてくれるくらいの明るさになっていました。今朝の東京の日の出は5:37、私がいつも乗っている地下鉄の四ツ谷発は5:36、まさに朝一番の桜を拝んだことになります。

お昼に外に出たら、御苑の駅付近にあたりをきょろきょろしている人が大勢いました。駅から出てきた人みんなが御苑へ行きそうな感じすらしました。朝お掃除に来てくださるHさんによると、昨日の御苑は芝生が敷物で埋め尽くされるほどの人ごみだったそうです。大木戸門から入ろうとする人が新宿門近くまで並んでいたとか。

今週は暖かい日が続くという予報が出ていますから、もうすぐ花吹雪で、今週末には葉桜でしょうね。そう考えると、ウィークデーの日中にもかかわらずこの人出というのもうなずけます。平年は開花が3月26日で、満開が4月3日ですから、今年はかなり気の早いお花見シーズンです。冬の寒さが厳しく、3月になってから暖かくなると、このように桜がハイペースで咲くそうです。

どうやら今年は期末テストの採点などをしているうちに、桜が終わってしまいそうです。花園小学校の桜も、急いで見ておかないと散ってしまいます。明日は期末テストですから、午前の試験監督が終わったら、お弁当か何かを買って、花を愛でながらお昼ご飯としましょうか。

先生こそ例文作り

3月24日(土)

養成講座の初級文法の最終回は、例文の作り方を取り上げます。日本語教師を目指す人たちは、とかく文法を言葉で説明しようとします。しかし、特に初級クラスでは、言葉による説明はあまり効果がありません。だって初級ですよ。言葉がわからないから初級にいるのであり、その人たちに言葉で文法や単語の意味を説明しようったって、土台無理な話です。言葉によらずに説明するには、例文が最も有効なのです。

でも、漫然と作っていては、説明力のある例文は生まれません。寸鉄人を刺すような例文を作るにはどうしたらいいかということになるのです。はっきり言って、私の話を聞いたからといってすぐにそういう例文が作れるようにはなりません。文法や単語の意味の構成要素を抽出し、それを際立たせるような例文を考え出します。これができるようになるには、残念ながら訓練を積むしかありません。作り慣れてくれば、文法や単語の意味の特徴が見えてきて、それを組み合わせた例文も、「う~ん」とかうなっているうちに作れるようになります。

また、例文はドリルの基本材料にもなります。単に機械的に言葉を入れ換えていくだけでは、練習する側も流れ作業になってしまい、覚えてほしいことが定着しません。学生の印象に残るドリルのキューは、例文作りから得られるものです。私は授業で遅刻した学生や前日欠席した学生をよくいじります。そういう学生をネタに文法導入するのにも、例文作りの訓練が生きてきます。

受講生の皆さんはどう感じてくれたでしょう。これからも講義やら実習やらが続きますが、例文作りの練習も忘れないでもらいたいです。将来確実に役に立ちますから。

お久しぶり

3月23日(金)

代講で初級クラスに入りました。今学期の受け持ちクラスはみな上級でしたし、先学期も中級以上でしたから、半年ぶりです。不思議なもので、初級の教室に入ると、上級クラスの省エネモードとは違って、挨拶から大きな声が出るのです。文法の説明も、理屈をこねくり回す気はまったく起こらず、練習して体で覚えてもらいたくなってくるのです。学生が変な答えを出すと、あなたの言ったことはこういうことだよとアクションで示して、その不自然さに気づいてもらいます。それがすらっと出て来てしまうんですねえ、初級の教室だと。

単語の意味ならともかく、文法を言葉で説明してわかってもらうのは、初級では厳しいです。私はもっぱら印象付けることに徹します。そのためにアクションで示したり、その日の教室に即した例文を考え出したりします。もちろん、口頭練習がその最たるものです。代講に入ったらクラスの雰囲気を読んで、おとなしそうなクラスだったらこちらが引っ張って何とか盛り上げますし、ほうっておいてもしゃべるクラスだったらそのパワーを最大限利用します。

初級のクラスのいいところ、おもしろいとこと、やりがいのあるところは、手ごたえが感じられることです。上級だとクラスの作り方をちょっと間違えると、のれんに腕押しの毎日になってしまいますが、初級はこちらがその気で立ち向かえば必ず何かはね返ってくるものです。はね返ってくるときは、印象付けがうまくいったときです。毎日初級だとパワーを吸い取られて体がもたないでしょうが、たまになら授業が楽しめます。

さて、このクラスの学生たちも、今年の後半には私のテリトリーに上がってくるかもしれません。そのときの成長ぶりを見るのが楽しみです。

雪に思う

3月22日(木)

それにしても、昨日は寒かったですね。雪もちらつくほどでしたから。でも、夕方の予報では「明日は19度」とか言っていましたから、コートはうるさくなるだろうと思い、今朝、スーツ姿でマンションの外へ。思わずブルッと震えてしまいました。その後も天気の回復が遅れ、結局、最高気温は14.5℃。平年並みでした。

そんな気温でも、アラスカ出身のBさんには暖かく感じるらしく、半袖のTシャツでした。1月の雪の日も、薄手のジャケットを羽織るだけで済ませたとか。国の家のそばにはクマが出現するらしく、クマの写真をたくさん撮ったとも言っていました。そのBさん、日本で一番驚いたのが朝のラッシュだそうです。2m近い身長のBさんにとっては、つり革をぶら下げるバーが邪魔くさく、天井が頭上すぐそばまで迫って気になるとか。

テキサス出身のAさんは、東京で生まれて初めての雪体験。ホームステイの家が駅から20分ぐらい歩くので、あの雪の日はかなり難渋しましたが、それもまた楽しい思い出になったようです。寒いのは大嫌いだけど雪は大好きという、わがまま極まりない好みを述べていました。日本留学で、思いも寄らぬ得がたい経験をしたようです。こちらは、Bさんとは違って、厚手のコートを着込んで厳重装備でした。

期末テストが近いこの時期、初級の学生の会話テストを担当することがあります。世間話をしながら会話力を見るのですが、その過程でこんなおもしろい話が聞けます。それが楽しみで、テストを引き受けている面もあるんですがね。

仮面浪人

3月20日(火)

Gさんは昨年から数校の大学に挑戦してきましたが、どこからもお声がかかりませんでした。そのGさんに、昼休みに呼び出されたので、4月以降の受験講座をどうするのかという相談だと思って、カウンターまで出向きました。

「先生、今までいろいろな大学に不合格でしたが、S大学に合格しました」と言うではありませんか。私はS大学も到底無理だと思っていましたから、一瞬何の話なのかわかりませんでした。「へえ?」と聞き返して、もう一度同じことを言ってもらい、ようやく線がつながりました。

それだけなら「おめでとう、よくやったね」で終わりでしたが、次の言葉を聞いてさらにまた困惑に陥りました。「先生、S大学に入って今年もEJUを受けて、来年もっといい大学に入ります」。Gさんが私を呼んだのはこの話がしたかったからだったのです。

大胆というか、身の程知らずというか、世間をなめてかかっているというか、今度こそ本当に言葉を失いました。Gさんの言う“いい大学”とは今年落とされた大学です。Gさんの日本語力からすると、次も勝ち目のある戦いになるとは限りません。

KCPで受験勉強を続けるのではなく、形の上だけでもS大学に進学するということは、大学生の身分は確保しておき、来年ダメだったらそのままS大学生として勉強を続けるつもりなのでしょう。そんな中途半端な環境に身を置くと、虻蜂取らずに終わりかねません。受験には失敗するわ、S大学では留年するわで、1年が無駄になってしまいます。そうなるおそれが強いように思えてなりませんでした。

だから、Gさんの考えは否定して、S大学で4年勉強し、大学院で今Gさんが考えているところに入ればいいとアドバイスしました。でも、Gさんは晴れやかな顔にはなりませんでした。どうやら背中を押してもらいたくて私に相談したようです。今の自分は世を忍ぶ仮の姿だなどと思っているうちは、どこに進学しても有意義な留学生活は送れないでしょう。

大学は勉強を教えてもらうばかりの場所ではありません。オーダーメードの学びの場を築いてこそ、真に有意義な大学生活が送れるのです。

退学処分

3月19日(月)

おとといの桜の開花宣言に誘われたわけではないでしょうが、昼休みにおととしの卒業生のLさんが来ました。J大学法学部の、4月から3年生です。卒業に必要な単位は今年中に取れる見込みで、卒業を1年早めることもできるとか。大学院進学も視野に入れて勉強していくそうです。

Lさんはずっと法律の勉強をしようと思っていて、面接練習のときには志望理由や将来の夢を明確に語っていました。厳しい質問をしても、こちらが納得できる答えを返してきました。ペーパーテストが多少悪くても受かるという手応えを感じていましたが、まさにその通りになりました。

しかし、Lさんの周りには何となく法学部に入ってしまった学生がいるようです。そういう学生は授業についていけず、大学が定めた最低限の基準単位すら取れずに退学させられてしまいます。きっと、偏差値だけで志望校志望学部を決めたのでしょう。

日本人学生だったら、退学になっても、多少肩身は狭いでしょうが、日本から追い出されることはありません。しかし外国人留学生はそういうわけにはいきません。退学=帰国です。それを人生の試練として素直に受け入れられる人は少ないと思います。

私たちは学生の口から出てくる希望を第一に進路指導していきます。しかし、もう一歩踏み込んで、学生の適性を見極め、時には進路の変更を迫ることも必要です。名より実を取るように指導することもあります。Lさんの話を聞いて、進学競争が激しくなればなお一層のこと、学生の将来を考えた指導が必要だと思っています。