悩み

2月10日(金)

朝、メールを開くと、Kさんから進学相談のメールが来ていました。Y大学に受かったけれども、来年もっと上のランクの大学を狙いたいというものです。

Y大学はネームバリューもありますし、それ相応の評価も受けています。しかし、それ止まりです。いまひとつ一流になりきれないところが、Kさんの気になるところなのかもしれません。

Kさんのメールを読んで、Kさんはこんなにも自分に自信を持っていないのかと驚かされました。KCP入学以来、まじめに勉強していましたが、それはこの自信のなさの裏返しだったかもしれないと思いました。こちらからどんどん口を挟んで、どんどん受けさせればよかったと反省しています。

Kさんは実力のない学生ではありません。教科書を音読させたら、たぶんクラスで一番上手でしょう。漢字もよく知っているし、文章力もあります。しかし、Kさんは自分のそういった力に気付いていないのです。だから、Kさんと同じくらいの力の学生が、Kさんの考えている大学を受験して受かっても、ああいいなあと見送るだけでした。ところが、受験体験ぐらいのつもりで受けたY大学に受かったことで、急に欲が出てきたのです。自分ももしかしたら周りの友だちが合格を決めたような大学に受かるのではないかと思い始め、私にメールを送ってきたのでしょう。

要するに、「1年」をどう考えるかです。受験勉強に使って狙い通りの大学に入るか、Y大学に進学して早く社会に出るかという選択です。Kさんのようにきちんと勉強していける人なら、その勉強の場がY大学であろうとKさんの思い描く大学であろうと、着実に成長できると思います。ただ、Kさんがどの程度真剣に大学選びをしたかは気になります。Y大学で自分の勉強したいことが勉強できるならいいのですが、大学も学部も学科も適当に選んでいたとしたら、本気で進路を考え直したほうがいいと思います。

そんなメールを返信しました。夕方、Kさんは友人たちと受付で談笑していました。どんな結論を出したか、はたまた考え中なのかわかりませんが、来週クラスに入ったとき、話を聞くことにしましょう。

次が来る

2月9日(木)

K大学に合格したCさんが、入学手続でわからないことがあると言って、私のところへ来ました。K大学から送られてきた資料を読みましたが、私にもわかりませんでした。「これはK大学に電話して、直接聞くしかないね」と言うと、Cさんはかけてくれといわんばかりの視線を私に投げかけました。

かけてあげてもよかったのですが、いつまでも私たち日本語教師がCさんのそばにいられるわけではありませんから、自分でかけるようにと促しました。「緊張しますからどう聞いたらいいかわかりません」と言いますから、尋ね方を教えて、Cさんにかけさせました。問い合わせて得られた結論はCさんにとって必ずしも喜ばしいものではありませんでしたが、Cさんは1つの大仕事を成し遂げたような表情をしていました。

PさんはE大学を目指しています。E大学の独自試験の準備をしています。数学の問題を解いたところ、答えは合っていたものの、解き方は模範解答と全然違っていました。それで、自分の解き方でも点数がもらえるかと私に聞いてきました。

Pさんの解き方は、間違ってはいませんが、大学に入ったら通用しない考え方に基づいていました。練習問題レベルならそれでも答えが出せますが、もっとひねった問題となると苦しくなるでしょう。そういうことをアドバイスしたら、ちょっと苦笑いしながら納得してくれました。

来週の月曜日から、6月のEJUの出願が始まります。もう少しで今シーズンが終わると思ったら、もう来シーズンが始まろうとしています。なんと慌しいことでしょう。

見失っちゃった

2月8日(水)

ZさんはG大学に合格しました。しかし、本命はこれから受験を控えるB大学です。1つ行き先を確保したので、精神的にゆとりを持って試験に臨むことができるでしょう。ところがZさんは、過去にB大学に合格した人たちのEJUの点数を見たら自分よりだいぶいい成績だったので、G大学に受かった喜びも半減という顔になってしまいました。

XさんはD大学に出願していましたが、書類審査ではねられてしまいました。小論文や面接の準備をしていただけに、門前払いのショックは大きかったようです。そのショックを振り払うかのように、来週に迫ったH大学の面接練習に打ち込みました。しかし、どうしても考え方がネガティブなほうに向かってしまい、話がくどくなりがちでした。自分の思いを漏れなく伝え、少しでも面接官に好印象を残そうとするあまり、かえって主張が見えなくなってしまうのです。誤解を避けようと説明を加えすぎ、本筋が隠れてしまいました。私はXさんの他大学に出した志望理由書も読んでいますし、面接練習も何回もしていますから、Xさんの意図するところはどうにか理解できますが、始めて顔を合わせるH大学の面接官はどうでしょう。

2人とも、これから挑む大学は、背伸びして思い切り手を伸ばしてかろうじて指先が最下辺に触れるかなというレベルの難関校です。これを記念受験にしないためには、守りに入ってはいけません。一か八かの勝負に出ることさえ考えてみるべきかもしれません。それを、過去のデータを見てびびったり、やたら予防線を張りまくって言いたいことがまっすぐ言えなくなってしまっていたら、勝ち目なんかありません。

これからしばらくは、こういう悩める子羊のお世話が続きます。

アセトアルデヒド、ジエチルエーテル…

2月7日(火)

受験講座化学は、今日から有機化学です。学生たちが最も苦手とする分野です。苦手の原因は、カタカナで表される物質名です。有機化学の理論そのものは国で勉強していますが、物質名は根本的に違います。中国の学生は漢字で覚えてきたし、韓国の学生はハングル表記しか知りません。しかも、有機化学は登場する物質がやたらと多いです。“cyclo”を“シクロ”と読むなど、日本流の英単語の読み方も相まって、エチレン、トルエン…などに学生たちはみんな泣かされます。

EJUの有機化学の問題では英語名が併記されますから、カタカナ語を捨てて英語名で覚えてしまうのも手です。でも、学生たちはそこまでの度胸は持ち合わせていないようで、ぶつくさ言いながらもベンゼン、アセトン…などと一つ一つ覚えていきます。6月のEJUまでに覚えればいいのですが、物質名だけでなく、その性質や周辺の物質との関連なども頭に入れていかなければなりませんから、案外時間がないものです。

現在合格を重ねているWさんやYさん、Zさんなども、1年前は同じように苦しんでいました。それでも何とか食らい付いてきましたから、そのときから温めてきた本命校に挑戦するまでに実力を伸ばしてきました。この時点で粘りきれなかったSさんやLさんは、1年前には思いもよらなかった大学への挑戦を強いられています。

日本での進学は思ったよりも難しかったと感想を述べる学生が、毎年何名かいます。国での競争から逃げてきて楽をしようったって、そうは問屋が卸しません。自分の可能性を切り開くなら、それ相応の苦難が伴うものです。今日の学生たちも、そういう意味で大いに苦しんでもらいたいです。

欲が出た?

2月6日(月)

午後の面接練習の予定がなくなって一息ついていると、Cさんが来ました。「先生、A大学に合格しました」「よかったじゃないか」「はい。先生のおかげです」と、まあ、ここまではうれしい報告。しかし、それに続いて、「先生、A大学は本当にいい大学ですか」と、ちょっと穏やかではない質問が来ました。

「どうして?」「私の学部は、去年は5人ぐらいしか合格しませんでしたが、今年は20人ぐらい合格しました。それに、受験のときに友達になった学生はみんな合格しました」「今年の受験生はそれだけ優秀だったんじゃないの?」「いいえ、私よりEJUの成績が悪い学生も合格しました。その学生は面接で何も答えられなかったと言っていました」と、Cさんは不安の根っこを吐露します。

要するに、スペシャル感が薄まってしまったのでしょう。自分より成績が下の学生が受かっていると不満げに言っていますが、もし、合格者がみんなCさんより上の成績だったら、Cさんが合格者の中で成績最下位ということになります。そうなったら、大学の授業で落ちこぼれてしまうかもしれないではありませんか。しかも、Cさんが言った去年の合格者5人というのは、実は入学者が9人というのが正確な情報で、合格者数は今年とさほど変わりません。

何はともあれ、滑り止めではない大学に受かったのですから、もっと喜ばなければなりません。これで、今月下旬の国立本命大学の入試を、余裕を持って受けることができるではありませんか。Cさんもその準備に本格的に取り組む意志を示していました。さあ、最後の一山です。

唯我独尊

2月4日(土)

超級クラスの授業でやっているプレゼンテーションの、聞き手の学生が書いたコメントシートをチェックしました。何回分も溜め込んでしまったので、内容を思い出しながら、私の書いたコメントシートと比べてみました。

聞き手が内容を理解するに至らなかったコメントシートは、おざなりのものが多いです。感想も、一言も書かれていないか、「とてもいいです」のような形式的なもの止まりです。評価欄の各項目の点数が高いのに感想がないシートには、私がにらんでいるからとりあえず出しておいたという、聞き手の学生の心理が見えます。

評価が低いプレゼンは、聞き手が内容をそれなりに理解した上でそのプレゼンに物申しているパターンがほとんどです。上のパターンよりもきちんと聞いているからこそ、辛い評価になるのです。辛辣なコメントには、きちんと受け止めたという熱き心が込められています。

真にすばらしい発表の場合、聞き手の学生はここがよかったと具体的によいところを指摘します。パワポがわかりやすかったとか、こういう話に共感したとか反発を感じたとか、議論が成り立ちそうなコメントが返ってきます。そして、惜しみない賞賛を送ります。

発表者の陰から聞き手を見ていると、発表者の独演会のときは、やはり聞き手は引いています。死んだような目つきでパワポを見ているか、それすらせずにうつむいてスマホをいじっているかです。特に、発表者が台本を読むために下を向いてしまった場合に、こういうことがよく起きます。

今学期は自分の世界に入り込んでしまったり、単に物事の紹介だけで、自分の意見や感想が全然なかったりする発表者が多いように思います。もうすぐ進学という学生の多いクラスですから、ちょっと心配です。卒業式前にプレゼンの総括をするときに、一言指摘しておかなければならないでしょう。

玉砂利を踏みしめて

2月3日(金)

例によって、日枝神社へ豆まきを見に行きました。コートにマフラーで出かけましたが、陽だまりは結構暖かく、スーツだけで行ってもよかったかも。暦の上だけでなく、本当に春が来たかのようにも感じられました。

新宿御苑前駅で乗り遅れた学生を待って引き連れて行ったこともあり、例年よりも遅い時間に現地に着きました。既に中級や上級の他のクラスは豆まきが始まるのを今か今かと待っているところでした。しかし、Jさんを始め何人かの学生は、豆まきをする舞台のそばへ行くどころか、そちらを見ようともせず、ひたすらスマホをいじっていました。そういう学生を見るたびに、どうして自分で自分の世界を狭めてしまうのだろうと思います。

その一方で、Hさんなどは日枝神社の祭神を調べてくるといって、由緒書きを探しに境内を歩き回っていました。SさんとEさんがおみくじ売り場を探していたので、案内してあげました。また、K先生はクラスの学生からどうして神社には玉砂利(学生は「小さい石」と言ったそうですが)が敷き詰められているのかと聞かれたそうです。こういう学生は、これからの留学生活でも多く物を得ることでしょう。

豆まきが始まると、いつの間にかHさんも豆の取り合いに参戦し、戦果を私に分けてくれました。今年は力士のほかに晴れ着の女性タレントが多いように思いました。また、ゆるキャラが2体(2人?)いました。どこかで見たような木がするのですが、なんのゆるキャラか思い出せませんでした。

豆まきが終わり、お客さんが引くと、舞台の解体など、後片付けが始まりました。係員が灯籠を保護していた覆いをはずすと、舞台からまかれた豆袋が出てきました。それを見るや、どこかのオジサンがさっと拾い集めました。あんな豆にご利益があるんだろうかと首をかしげながら、あんなオジサンにだけはなりたくないと思いました(もう十二分にオジサンですが)。

さて、神社の玉砂利ですが、神聖なところを清浄にし、それを踏みしめることによって心身ともに清めて神前にまかり出て祈りをささげられるようにと敷き詰められているそうです。

不安と喜び

2月2日(木)

夕方、受験講座を終えて職員室に戻ってHさんの宿題を採点していると、YさんがS大学を受験したその足でやってきました。Yさんは既にいくつかの大学に受かっていますが、S大学にはどうしても受かりたいといっていました。

「先生、入試要項には口頭試問と書いてありましたが、口頭試問はありませんでした」「あ、そう。じゃあ、どんなこと、聞かれたの」「志望理由以外には生活のこととか…」と、何だか闘志が空回りして拍子抜けだったようです。Yさんの受けた学科は出願者が4名でしたが、1名欠席したとかで、面接に臨んだのは3名。自分以外の2名に比べて、自分の面接時間が短かったことも、Yさんの不安をかき立てているようでした。

S大学の発表は8日ですが、その日、Yさんは国立B大学受験のため遠征しています。そのB大学の志望理由は少々無理をしてこしらえたので、面接の時に突っ込まれたら怖いといいます。B大学のある町は、独特な雰囲気のある町なので、それを志望理由に加えればいいとアドバイスしました。大学4年間、大学院に進学したらさらに2年間その町に住むのですから、その町に惹かれたというのは、立派な志望理由になります。月曜日に面接練習をすることになりました。

Yさんよりも前に、T大学の大学院に受かったIさんが、受験講座の教室までわざわざ報告に来てくれました。IさんはYさんとは違って、なかなか桜が咲かなかった学生です。苦労した末の合格のせいか、目が潤んでいました。

Iさんは、まじめな学生ですが、それが結果につながりませんでした。初級で教えましたけれども、努力しているのに成績に結びつかないところがありました。その後順調に進級を続けて上級まで来たのですから、地力がないわけではありません。入試もどこかで歯車がずれてしまったのでしょう。職員室で面接練習や進路指導を受けている姿を秋口から見てきたような気がします。それだけに、小さい春を見つけたIさんの姿に、そしてそれをわざわざ報告しに6階の教室まで来てくれたIさんの篤い気持ちに、心が温まりました。

今週の目標

2月1日(水)

2月になりました。今月から、毎月「今月の目標」を掲げ、さらにその月間目標をブレークダウンした「今週の目標」を決め、学生も教職員もその目標を念頭に置いて動いていくということにしました。2月の目標は「健康に気をつけよう!」で、今週の目標は「手洗いうがいをしよう!」です。今、東京ではインフルエンザがはやっていますから、こういう目標を設定しました。

私が入った超級クラスの学生たちに説明すると、思ったより真剣に聞いてくれました。説明資料の中に学生たちが知らない知識や情報があったからかもしれません。このクラスにはこれから本命の国立大学を受けることになっている学生がいますから、受験日に体調不良で力が発揮できなかった、などということのないようにしてもらわなければなりません。学生たちもそう感じているからこそ、この目標に共感を覚えたのでしょう。

実は、昨日の選択授業・身近な科学で風邪について取り上げたばかりでしたから、そこで使ったネタも使い回ししたのです。全校共通の資料より、その分だけ内容が豊富で、ちょっと違った捕らえ方もしていたというわけです。ウィルスの伝播経路を詳しく説明し、このクラスには受験生が多いのだから、みんなで気をつけようと話をまとめました。

とかく学生は健康管理をおろそかにしがちです。そういう方面の知識が足りないのか若さを過信しているのか、いつでも病気みたいな学生や無茶をしまくる学生が目に付きます。この目標を機に、手洗いという健康管理の基本から見つめ直してもらいたいです。

種まき

1月31日(火)

私にとっての1月期は、3月に進学する学生たちへの最終の進学指導と、次の年の進学を目指す学生たちの基礎の勉強を並行して進める時期です。

まず、授業後、Wさんの面接に関する相談。Wさんはもうすでに何校かに受かっていますから、面接そのものについての相談ではなく、志望理由をどのようにまとめると試験官へのインパクトがより強くなるかという話でした。Wさんが考えてきたストーリーだと回りくどくて焦点がぼやけていましたから、内容をばっさり削ってすっきりさせました。

次はLさん。こちらはまだどこにも受かっていませんから、何とか次の大学に受かってもらわなければなりません。Lさんは話が局地戦になりがちで、受け答えから大学での学問という大きな流れが見えてきません。抽象的な話ばかりする学生も困りますが、Lさんは自分が将来作る店の細かな間取りの話をとうとうと始めてしまいました。「大学で学んだことを将来どう生かすんですか」と聞くと、とたんに口をつぐんでしまいます。受験日までもう少しありますから、考えるヒントを与えて、自分なりの答えを見出してもらうことにしました。

その次は先学期から受験講座に参加している学生たちの授業。半分ぐらいの内容が終わりましたから、まとめのテストをしました。本番並みの広い範囲のテストは初めてだったこともあり、みんな苦戦していました。それでも、答え合わせで次々と質問が出てきましたから、私は手応えを感じることができました。

最後は今学期から勉強を始めた学生への受験講座。こちらはまだカタカナの専門用語が定着していません。でも、科学的なカンのよさがありますから、私は密かに期待しています。理系科目はどうにかなるとして、EJUの日本語をどこまで伸ばせるかが鍵です。

Wさんは、1年前にまいた種が大輪の花を咲かせた例です。今勉強している学生たちも、1年後にそうなっていることを祈っています。