Category Archives: 日本語

弱い立場

7月19日(金)

朝、パソコンを立ち上げて受信トレイを見てみると、N先生からメールが届いていました。小田急も京王も止まっているから出勤するのに時間がかかりそうだというではありませんか。今学期、私は金曜日は午後授業ですから、N先生の代講に入ることも考えておかなければなりません。でも、何をどうすればいいかわかりませんから、担当のM先生が来るまで待つほかありません。

ネットで調べてみると、変電所事故が発生し、小田急も京王も復旧の見通しが立っていないと出ていました。小田急・京王沿線には教師も学生も結構住んでいますから、どのくらい影響が出るか見当がつきませんでした。

気をもんでも始まらないので自分の仕事をしていると、7:20ごろにEさんから電話が入りました。京王線が止まっているから遅刻しそうだということでした。Eさんは入学以来出席率100%で、皆勤賞も狙っています。3月に卒業した同じ国のBさんも皆勤賞でしたから、自分もと思う方が当然です。遅延証明をもらってくるように指示を出しました。

その10分後ぐらいに、初級のQさんからメールが入りました。京王線が止まっているから身動きが取れないという内容で、駅の掲示の写真が証拠物件として添付されていました。

N先生はいつもより1時間近く遅れましたが、十分授業に間に合いました。Eさんは、自分で情報を集めて、どうにかこうにか授業の後半には来たようですが、Qさんは京王線の開通を駅でじっと待っていたようで、KCPに着いたのは授業後でした。初級のQさんには駅の掲示から代替経路を見つけ出し、その慣れない経路で学校まで来るなど、不可能でした。

電車が止まっただけなら命にかかわることはありませんが、震災のような場合はどうでしょう。Qさんは情報弱者になり、安全が脅かされることにもなりかねません。そう考えると、ちょっと背筋が寒くなりました。

成立

6月21日(金)

日本語教育推進法が参議院を通過して、成立しました。今後日本には、いろいろな形で労働者が入ってきます。法律上は、言葉がいらない程度の労働には外国人を就かせてはいけないことになっていますから、これから日本へ来る労働者は日本語が必要です。言葉を交わす必要のない労働はロボットなど機械がすることになっていくでしょうから、日本で働く外国人には二重の意味で日本語を勉強することが求められます。さらに、5年とかというまとまった期間日本で過ごすことになれば、日本社会に溶け込むことも必要となり、そのためにも日本語の習得は必須だと言えます。

その日本語教育は、雇う側の責務とされています。外国人を労働力としなければならない会社は、必ずしも経営体力のある企業とは限りません。労働力は欲しいけれども、日本語教育に関する責務は負う力がないという企業はどうなるのでしょう。地域で面倒を見ていくことになるのでしょうか。

日本語教師を始めた時、ある会社の研修生を教えました。その会社の海外現地工場のエンジニアが日本の主力工場に研修に来て、その時に受ける日本語教育を担当しました。研修生向け教科書の定番「しんきそ」を使って教えました。

今思うと、技術を身に付けるために、その準備段階として日本語を習得するという方向性が明確でした。覚えた日本語を使って、日本の工場の現場で働いている日本人から直接技術を学ぶのですが、それ以前に、その人たちと良好な人間関係を築いていかなければなりません。まず、日本語を覚え、工場の人たちとコミュニケーションが取れるようになり、その上で技術を教えてもらうという図式がはっきりしていましたし、それにのっとって研修生たちは日本での生活を送っていました。

こういう形を、この法案は理想としているのでしょう。でも、これは一朝一夕には作り上げられません。法律を実効性のあるものにしていくには、幾多の山があります。

前日

6月15日(土)

明日は6月のEJU本番です。前日に問題を解いても点が上がるとは思えませんが、受験講座に最後まで、しかもこの強い雨の中、通ってきた学生たちは褒めてあげたいです。

KCPの学生の一番悪いところは、わりとあっさりあきらめるところです。今学期は最初と最後のEJU講座を受け持ちましたが、半分でしたね、残っていたのは。KCPの講座は生ぬるいから自分で厳しき鍛えるというのならやめるのも大歓迎ですが、そうとは思えないメンバーが抜けています。

ただ日本にいるだけでは、日本語の力はつきません。ことに、高等教育が受けられるレベルの日本語は、しかるべき積み重ねが必要です。また、教科書を読んだり問題を解いたりするだけでは、話すとか書くとか、情報発信系の技能は身に付きません。受験のテクニックだけでは、今、大学などが留学生にいちばん求めているコミュニケーション能力は身に付きません。

目の前のEJUでそれなりの点数を取るだけなら、短期集中ガリ勉(普通の勉強じゃありません。ガリ勉です)でもどうにかなるでしょう。11月のEJU直前のLさんなんかはそんな感じでした。そして、目標以上の高得点を挙げました。しかし、そこまででした。満を持して臨んだ志望校には受かりませんでした。おそらく面接で失敗したのでしょう。だから、長期的視野で自分の勉強をとらえ直してもらいたいのです。

私はそういうつもりで、通常の日本語授業も受験講座も行っています。KCPのテストにも入試にも出ないけれども、日本で暮らしていくのなら使えるようになっておくべき表現とか、大学に進学してから役に立つ考え方なども交えて教えています。超級なら、そういうことを念頭に置いて教材を作っています。

途中で脱落した学生たちは、目の前の日本語すら手にしていないかもしれません。大いに心配です。

外の日本語

6月14日(金)

今週前半とは変わって、木陰が恋しい日差しの中、学生たちが上野駅公園口に三々五々集まってきました。国立科学博物館へ課外授業に行きました。

私自身、科学博物館に入るのは相当久しぶりで、地球館は初めてじゃないかと思います。ですから、学生を引率しつつ、ワクワク感も味わっていました。そういう意味では、学生と同じでした。

タスクシートを配って、その課題を解きながら館内を歩いてもらおうと考えていました。こういうことをすると、往々にしてタスクに関わる展示だけ見て、シートを埋めたら解散時間までベンチでおしゃべりかスマホか居眠りかという学生が現れるものですが、今回はそういう学生は皆無でした。どの展示にも興味を示し、友達とキャーキャー騒ぎながら歩き回っていました。多方面の知識に進んで浸ろうとする強い知的好奇心を持っているとしたら、今年の学生たちは優秀かもしれません。

入って間もなく、Yさんが「先生、ここで写真を撮ってもいいですか」と聞いてきました。撮影可だと知っていましたが、「さあ、あそこの係の人に聞いてみて」と、ボランティアガイド(?)の方を指し示しました。Yさんは果敢にその方のところへ行って、「すみませんが、ここで写真を撮ってもいいですか」と聞き、「はい、大丈夫ですよ」という答えをもらい、安心して写真を撮り始めました。

Sさん、Xさん、Gさん、Lさんは、ガイドの方の説明に耳を傾けていました。ガイドの方は小学生中学生に話すことも多いでしょうから、やさしい言葉で説明する訓練はできていると思います。しかし、中級の一歩手前レベルの学生たちには、学術用語も出てくるし話すスピードも速いし、かなりタフだったかもしれません。でも、話が終わった時、みんな満足そうな顔をしていました。Sさんはこれに味を占めたのか、他の展示室でもガイドの説明を受けていました。

午前中いっぱい見学して、学生たちは成果を満載したタスクシートを提出して帰って行きました。私は展示物よりも学生を見ていることが多く、ちょっと不完全燃焼でした。今度は仕事ではなく、個人的に訪れて、ガイドの方ともたっぷりお話して、科学館の隅から隅まで楽しみ尽くしたいです。

苦手意識

6月10日(月)

SさんとYさんは漢字が極端にできません。中間テストも20点とかという、まぐれ当たりでも取れそうな点数でしかありません。漢字に関してはぬぐいがたい苦手意識があるようで、努力をしようとすらしません。授業後、中間テストで間違ところを直してから変えるように言いましたが、今週は火曜日しか空いていないとか言いながら帰ってしまいました。

漢字がわからないということは、文法にも読解にも悪影響を及ぼします。教科書を読ませようとしたって、漢字があるたびにつっかえてしまい、隣の学生に小声で教えてもらう始末です。テストの答案はほとんどひらがなで、たまに漢字が書いてあっても、誤字のことが多いです。読むのにも苦労しますし、直すにしてもどこまでなら手を加えた内容を理解してもらえるか考えなければならないので、採点するのに他の学生の倍は疲れます。

でも、SさんもYさんも日本で進学したいのです。将来は日本での就職も考えています。現状では進学も難しいですし、ましてや就職なんて、「100年早いよ」と言われそうです。本人たちも自分の現状に気づいており、それがストレスとなってさらにやる気を失わせているところがあるように見えます。

日本で暮らしていくには、漢字を覚えることは不可欠だと思います。大学教授や多国籍企業の日本支社長みたいに英語だけで暮らしていける人なら別でしょうけど、大多数の“一般庶民”レベルの人たちは、周りの人たちと日本語で意思疎通することなしには生きていけないでしょう。漢字を書くことはなくても、日本語の語構成における漢字の役割を理解するだけで、日本語がわかるようになります。生活費、交通費などの「ひ」は、「日」でも「火」でもないと知っていれば、言葉のレベルが上がります。自国語だけで暮らしていくとしたら、それは自ら進んで使い捨ての労働力に甘んじることを意味すると思います。

SさんとYさんは、そういうことを望んではいないでしょう。だったら、苦しくても漢字を勉強しなければ、明るい未来は開けません。私たちの方も、SさんやYさんのような学習者にどんな漢字教育を施せば、その人たちが日本で生きやすく暮らしていけるようになるか考えていかなければなりません。

峠越え

6月5日(水)

日本語をゼロから勉強し始めていくと、何か所か大きな山というか崖をよじ登らなければならないところがあります。たとえば、みんなの日本語で言えば14課、て形が出てくるところです。「ます」に集約されていた活用が、動詞本体に及びます。その後、続々と活用形が現れ、学習者は、まず、ここでふるいにかけられることになります。

今、私が受け持っているクラスは、みんなの日本語が終わり、中級への橋渡しの授業をしています。中級に上がれない学生の大半が、ここで挫折するのです。中級になると教科書・教材が親切でなくなり、“わからない”を乗り越えて突き進む破壊力みたいなものが求められます。みんなの日本語には各国語の文法解説書がありますが、中級にはそんなものはありません。日本語を日本語で理解しなければなりません。

今、ここで戸惑っているのがTさんです。わからない言葉を辞書で調べて理解しようとするのは感心しますが、辞書に頼りすぎるきらいがあります。「飲みたいなあ」の「なあ」まで調べてしまって、辞書に載っていないから理解のしようがないとなってしまうのです。また、日本語で「デザイン」といえば、色とか形とか模様とか主に外観についてですが、英語の“design”は、設計やら製造工程やら、「デザイン」には含まれない意味も含みます。ところがTさんは、「デザイン」を“design”だと思い込んで一歩も動かないので、誤解が解けません。

これから期末テストまでの間に、日本語を自国語に置き換えて理解するという態度を改めないと、たとえ成績的には中級に上がれても、中級の文法も読解も理解できないでしょう。未習の単語や文法も、わからないでは済まされません。今の勉強法も根本から変えなければなりません。さて、Tさん、変身できるかな。

ただ今面接中

4月25日(木)

今週は、毎日少しずつ奨学金の受給者を決める面接をしています。みんな、成績も出席率も立派な数字を残している学生たちですが、面接となると話す力も試されます。自分の思いばかりが膨れ上がり、言葉がそれについていけない学生が少なからずいます。私は日々学生の不完全な日本語に接していますから、自動翻訳装置が働き、補正されたきれいな日本語が聞こえてきます。しかし、その自動翻訳装置がない人は、さっぱり理解できません。

学校の中だけでの面接ですから、また、面接官である私たちは学生の応答を好意的に受け取りますから、学生たちは大きな破綻もなく面接を終えることができます。しかし、一歩KCPの外に出たら、こんな甘い世界になど、めったに出会えません。最近はどこも競争率の激化に伴って、受験生の弱点を突く、いわゆる落とす面接が幅を利かせていると聞いています。となると、今秋面接をした学生のうちの何名かは、あっさり切り捨てられてしまうかもしれません。そんな不安を抱かせるほど発話ができない学生が、何名かいました。

EJUが迫ってきていますから、カリカリしこしこ勉強することは否定しません。だから、6月ですばらしい成績を挙げ、楽隠居よろしく11月は受けないくらいの学習計画を立ててほしいものです。そうすれば、7月期から発話練習をみっちり行い、本番の面接の際には高度なコミュニケーション力を発揮できるようになるでしょう。今秋面接してきた学生の中にも、そういう作戦を取った方がよさそうな人が何名かいたように思います。

面接を受けた学生たちは、みんな優秀で今年度のKCPを支えていく人材です。鍛え上げて志望校に送り込んであげたいものです。

落差

4月18日(木)

読解のワークシートを子細に見ていくと、クラスの学生の力が見えてきます。テキストの要点を要領よくまとめたのもあれば、設問にまともに答えていないのもあります。文法がいい加減だったり、誤字脱字があったり、答えの良しあし以前のシートを見ると、頭が痛くなってきます。薄い鉛筆で汚く書かれたシートは、読む気すら失せてきます。そんな時は、丁寧な字で心を込めて書いたと思われるシートを読んで、立ち直るきっかけをつかみます。

本文に基づいて穴埋めをしたり一問一答したりする部分は、ひどいシートでもどうにか許容範囲内に収まっています。しかし、創造的に答えなければならない問いへの答えは、大差がつきます。最低最悪は、そこだけブランクというシートです。Gさんも、そんなシートを提出しました。

新学期が始まって2週間足らずですが、早くも“こいつは危ない”と踏んでいるのがGさんです。自分から積極的に答えようとしないし、指名してもすぐ隣の学生に聞こうとするし、教科書もつっかえつっかえでしか読めないし、いつ脱落してもおかしくない状況です。「アメリカへ去きます」を見た時には驚きましたが、何回指摘しても直らないことにはあきれるばかりです。直されたところを全く見ていないのでしょうね。入学して半年余り、いまだに国の言葉との切り替えができないというのは、コミュニケーション力が欠如していることを意味します。それでも進級してきたということは、テストで点を取ることにだけは長じているのでしょう。

しかし、今度のレベルはそれじゃあ通用しません。創造性も問われるし、発話力も重視されます。1秒でも早く発想を切り替えないと、Gさんはここで成長が止まってしまうでしょう。下手をすると、来年3月の卒業まで同じレベルを繰り返すことにだってなりかねません。ということは、進学だって危ういです。

そんな危機に立たされていることを、Gさんはまだ気付いていないようです。

下手

4月11日(木)

私は速く走るのが下手です。(1)  私は単語を覚えるのが下手です。(2)

この2つの文、いかがでしょう。違和感があるのではないでしょうか。(1)は、“私は速く走れません”“私は走るのが遅いです”あたりが妥当だと思います。(2)は、“私はなかなか単語が覚えられません”“単語を覚えるのは大変です”などというほうが自然な言い方ではないかと思います。

(1)も(2)も、学生が宿題の答えとして書いてきた文です。言いたいことはなんとなくわかるけど、日本人はこうは言わないでしょう。上に示したように直すのは簡単ですが、じゃあ「下手」とはどんなときに使うのでしょう。

サッカーが下手です。シュートが下手です。パスが下手です。サッカーをするのが下手です。シュートを打つのが下手です。パスを出すのが下手です。絵をかくのが下手です。字を書くのが下手です。絵が下手です。字が下手です。いかがでしょう。「下手」を「上手」に替えたらどうでしょう。

「英語が下手です」といったら、どんな人を思い浮かべますか。英語の成績が悪い人? 英語が話せない人? 英語が読めない人? 英語の発音が悪い人?

「数学が下手です」「文法が下手です」なども、学生がよく言ったり書いたりするのですが、何が言いたいのでしょう。「料理を食べるのが下手です」と言った学生に真意をただしたところ、「おいしいと評判の料理を食べてもあまりおいしいと感じないから、自分の味覚は変だ」と言いたかったとのことでした。

「下手」に限らず、私たちが何気なく使っている言葉を深く追求していくと、際限のない深みにはまっていきます。私はその深みにはまるのが好きです。

哀れな末路

4月10日(水)

前の学期に習った文法の復習問題を宿題に出しています。もちろん個人差もありますが、文法項目による定着度の差の方が大きいように感じます。「とばたらなら」はやはり難関らしく、使い分けや使用制限などがあやふやな学生が多いです。それに対して、「かもしれません」や「(した)ほうがいいです」などは、間違える学生があまりいません。

正直言って、「とばたらなら」は上級でも怪しげな使い方をしている輩が多数います。読んだり聞いたりしたときはわかるけれども、自分が使うとなると勘に頼ってしまうのが実情なのでしょう。最初に習った時にきちんと覚えられれば理想的なのですが、そういう流れに乗れなかったときに挽回する機会がなかなかありません。OJT的に使いながら身に付ける、“習うより慣れろ”方式になってしまいます。でも、自信がないから使うのを避ける、だからいつまでたっても使えるようにならない、だから自信が持てないという悪循環に陥っている面も否めません。

“とばたらなら”に限らず、私はそういう末路を知っていますから、授業中に学生の言葉尻をとらえては既習の文法で言い直させたり、作文で思い切り書き直しを命じたりしています。逆に、みんなが使えない文法をきちんと使った発話があったら、「この文法はこういう時にこんなふうに使うんだよ」とクラス全体に紹介します。

昨シーズンの受験結果は、もはや「読めばわかる」では通用しないことが明らかになっています。コミュニケーション能力が求めらるのです。それを勝ち抜くには、みんなの日本語の文法ぐらいは使いこなせるようになっていなければなりません。でも、みんなの日本語の文法が自在に使えたなら、入試の面接は心配不要でしょう。

明日、宿題を返す時に、そんな注意をしましょう。