Category Archives: 日本語

数分のうちに大変身

12月10日(水)

昨日から、1月に入学する学生のオンラインインタビューをしています。私が担当している学生は、プレースメントテストで中級以上と判定された学生ばかりですから、コミュニケーションは日本語で取れます。そのコミュニケーションの取れ具合や留学の目的を確認するとともに、学生のキャラクターも探りを入れます。

新入生たちはまだ母国にいます。ですから、大きな時差がある場合もあります。「おはようございます……じゃなくて、そちらはこんばんはですか」「はい、こちらはまだ昨日です」なんてやり取りで始まることも。こんな受け答えがすらっとしちゃう新入生は、かなりできると思って間違いありません。

でも、多くの場合、インタビューを受けている新入生は、母国では生の日本語に接する機会に恵まれず、そのため日本語を話すチャンスも少ないです。ですから、話が進むにつれて、“この人、日本語を話し慣れていないな”と感じることがよくあります。今回私がインタビューした方々も、その例に漏れませんでした。

さらに話が進むと、次第に口が回るようになってきて、インタビュー終了間際には、中級や上級でくすぶっているKCPの在校生よりよっぽど気の利いた話し方をするようになる新入生もいます。10分かそこらでこんなに変わるものかと驚かされることもしばしばです。

だからこそ、日本に留学したいんだろうなとも思います。日本語に包まれて生活することで、自分の日本語力がどこまで伸びるか挑戦したいという気持ちもあるでしょう。若い可塑性のある脳みそなら、新しい環境を理想の日本語学習環境へと馴致していくことだって可能です。

インタビューした新入生に実際に会うのは、入学式の場です。楽しみにしています。

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さくぶん

12月3日(水)

レベル1にも作文があります。作文の授業があるのではなく、その課で習った表現を使って、こちらから与えたテーマについてある程度まとまった文章を書いてくるという宿題を出しています。とはいえ、習った文法も語彙も高が知れていますから、そんなに立派な文章は期待していません。既習の表現を使うチャンスを与えていると言った方が正しいでしょう。

昨日は、プレゼントについて書いてくるという宿題でした。提出された作文を見ると、まず、教科書だけを参考にして書いたと思われるグループがあります。こちらの意図したとおりなのですが、残念ながら少数派です。LさんやYさんはその数少ない学生で、書きたいことはいろいろあったのでしょうが、自分の力で書ける範囲の内容だけ書いたという感じがします。

次はところどころに未習の表現を使っているグループです。辞書か文法書などに頼ったのか、独習で身に付けた表現なのか、そこまではなかなか見極められません。このグループが最大勢力でしょう。Pさんはこのグループでしょう。授業中の様子からすると、学校の授業より先に進んで勉強した表現を使った気がします。Sさんは翻訳ソフトを使ったかもしれません。写し間違いとしか思えない間違いが数か所ありました。

どっぷり翻訳ソフトのグループもあります。Nさんはたぶんこれなんじゃないかなあ。私が受け持っている上級の学生よりも素晴らしい文章でした。翻訳ソフトだとしたら、母語でそれだけのレベルの文章が作れるということですから、今後の勉強のしかたによっては大きく伸びていく可能性を秘めています。しかし、これがAIだとしたら、絶望的ですね。プロンプトの作り方がうまいことは認めますが、そこまでです。

宿題用紙の全面を使って一番たくさん書いてくれたのがDさんでした。既習表現を使っていますが、それでは表現しきれない内容を書こうとしているため、結果として誤用になってしまった部分もありました。こういう作文の添削は悩むところですが、Dさんなら消化してくれるだろうと信じ、未習の表現で赤を入れました。

この学生たちが上級まで来た時、どんな文章を書くのでしょう。これが、種まきの楽しみです。

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鍛えたいですが

11月28日(金)

Xさんは日本語プラス生物でEJUの問題に取り組んでいます。大学で生物系の勉強がしたいというだけあって、毎回そこそこの成績を挙げます。頭の中に知識体系が形作られているようですから、うまく鍛えればどんどん伸びていけそうです。

ただ、その鍛え方に工夫が要りそうです。わからない、解けない問題の多くが、知識の有無ではなく、問題文ないしは選択肢の読解にかかわっているからです。「先生、わかりません」と持って来る問題の多くが、難易度☆ぐらいのレベルです。Xさんの実力からすると、解けないわけがありません。

問題文をかみ砕いて、時にはホワイトボードに図を描いたりもして、解きほぐしていくと、たいていどこかで“なあんだ、そんなことか”となります。独力では問題文が読み取れなかったというケースがよくあります。Xさん自身もそれに気づいていて、もどかしく思っています。

だから、Xさんの“わからない”は、学術的にわからないのか、日本語的にわからないのか、瞬時に見分ける必要があります。後者の場合は、文構造にさかのぼって、問題文や選択肢の読解のポイントを教えることもあります。

また、Xさんは、日本人の高校生向けの図版資料を参考書として持っています。そこかしこに書き込みがあり、努力の跡がうかがえます。日本語の勉強にもなっていることと思います。しかし、索引を使っている形跡がりません。“ベクターは何ですか”と聞いてきたので、図版を見ろと指示したら、出ていそうなページをあちこち開いては出ていなかったということを繰り返していました。私が索引を使ってベクターの出ているページをたちどころに開いてみせると、とても驚いていました。

耳から入ってきた言葉を索引で調べるのは、まだ中級のXさんには難しいこともあるでしょう。しかし、印刷された言葉なら、楽に調べられるはずです。それとも、索引ページの日本語単語の行列を見るとめまいを起こすのでしょうか。鍛え方が難しそうです。

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質問タイム

11月21日(金)

日本語プラス生物の授業後、Yさんが残って授業で取り上げたことについて質問してきました。Yさんは日本の高校生向けの資料で勉強しています。勉強内容そのものは、図表を見ればある程度は見当がつきますが、専門用語の正確な定義とか用法とかとなると、1人ではどうにもならない部分があるようです。

私とのやり取りは、もちろん日本語です。Yさんはまだ中級ですから、立て板に水で質問できるわけではありません。質問のセリフもこちらの補助を参考にしながら組み立てていくといった感じです。私の回答も1回聞いただけで理解できず、追加説明が必要なこともよくあります。でも、多少時間がかかっても、最終的には理解にたどり着きます。よかったよかったと、お互い顔を見合わせることもよくあります。

はっきり言って、国の教科書を使って、国の言葉で説明してもらった方がずっと効率的です。わかっていてそうしないのは、Yさんの意地かもしれません。国の学生とはつるまないと、先学期の授業の時に言っていました。食事に行くのも、ほかの国の学生と一緒だそうです。自国のコミュニティーにどっぷり漬かっていてはいけないと思っているのでしょう。

Yさんは再来年の進学を考えています。だから、長期戦のつもりなのです。日本語で専門的な議論ができるようになることを秘かな目標にしているのかもしれません。私が最上級クラスを教えていると聞くと、「27年の1月の学期、私は一番上のクラスに入れますか」と聞いてきました。「頑張ればね」と答えておきました。

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先生になりました

11月12日(水)

午前中、午後の授業の準備をしていたら、「先生、お客さんです。10年以上前の卒業生だそうです」と呼び出されました。

受付まで出て行くと、髪に白いものが交じり始めたKさんが軽く頭を下げました。Kさんは指定校推薦でM大学に進学しました。そこで博士を取り、日本で就職しました。ここまでは、だいぶ前に顔を見せてくれた時に語ってくれました。そして、この春に母校のM大学にスカウトされて、教壇にも立っていると言います。名刺の肩書は“講師”となっていますが、准教授になる見通しはついているみたいです。

KCP時代のKさんは、とにかく努力家でした。努力を続けられるという、貴重な資質を有していました。M大学に進学できたのもこの努力の賜物でした。10年近くかけて博士号を手にしたのも、この稀有な才能のなせる業に違いありません。さらに、就職先で実績を上げ、大学院までに学んだことを実践し、このたび母校に戻ったのです。普通の人にはなかなか歩めない道のりです。

Kさんは留学生入試にもかかわっていますが、最近の留学生は自分たちの頃よりレベルが低いと嘆いていました。M大学について研究せずに、単にEJUの点数だけで志望校を決めてくるので、面接しても入りたいという意欲があまり感じられない受験生が目立つとも言っていました。

今のKCPには受験生時代のKさんより日本語ができる学生がおおぜいいます。しかし、目標に向かって突き進む力はだいぶ劣るような気がします。また、KCPにも点数合わせで志望校を決める学生がいます。そんな学生がM大学を受験したら、Kさんに笑われてしまいそうです。「先生、どんな教育をしているんですか」などとねじ込まれたら恥ずかしいです。

Kさんに尻を叩かれた私は、気合を入れてレベル1の教室に入りました。

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凶兆?

11月5日(水)

レベル1のクラスはカタカナディクテーションから始まりました。テニス、サッカーなどという言葉とともに、フォークが出てきました。カタカナの拗音はさんざん練習しましたが、フォとかディとかという、もともと日本語になく、欧米語が大量に流入してから生まれた音に関しては、今まで練習してきませんでした。案の定、学生たちは“フォーク”が何物かはわかったものの、それをどのように表記すればいいかはわかりませんでした。このクラスで一番よくできるPさんですら、“プオク”と書いていました。音的には当たらずとも遠からずだった点はさすがですがね。

正解を板書し、“ファ、フィ、フ、フェ、フォ”でファ行を形成するという話を、レベル1の学生でもわかる日本語でして、ファイト、フィンランドなど、実例を書いてみせました。これからファ行の言葉に嫌というほど出会いますから、できるだけ早いうちに慣れさせておくことが肝心です。

昨日から始まった漢字には、“日”がありました。“日”は曲者で、「九日の日曜日は休日です」という文に出てくる4つの“日”は、“か、にち、び、じつ”と、読み方がすべて違います。中国の学生が、「日本語の漢字は難しいです」とぼやいていました。漢字二日目にして弱音を吐いたりしていては、上級にたどり着くはるか手前で沈没してしまいますよ。

文法は形容詞の活用でした。寒いです、寒くないです、寒かったです、寒くなかったです、というように活用させます。頭では理解できますが、毎学期、口が回らない学生が必ず出てきます。“寒いです…”でつまずいているようだと、“あたたかかったです”なんて、絶対言えません。

日本語は、入り口は取っ付きやすいけど、勉強が進めば進むほど難しくなると言われます。早くもその兆しが見えてきたというところでしょうか。ここで挫折することなく上級まで進級して来てもらいたいものです。

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欠席のお詫びとご連絡

10月23日(木)

3:15からの日本語プラス物理の授業に行く前にメールをチェックすると、Aさんからのメールが届いていました。Aさんは私が担任をしているクラスの学生ですが、そのクラスは、木曜日は私の担当日ではありません。「欠席のお詫びとご連絡」というタイトルからすると、きっと学校を休んだのでしょう。

メールを開くと、いきなり、「いつも大変お世話になっております。」ときました。確かに担任としてお世話はしていますが、メールでこう言われちゃうとねえ…。

次はクラスと名前で、これは問題なし。そして、欠席理由を述べ、「…誠に勝手ながら、本日10月23日(木曜日)の授業を欠席させていただきます。」と書いてありました。事前連絡なら“欠席させていただきます”でいいですが、メールが届いたのは2時過ぎですから、明らかに事後連絡です。最低でも“欠席させていただきました”ですよね。私は、こういう状況で学生が“させていただく”を使うことはいかがなものかと思っています。“欠席しました”で十分、“欠席いたしました”が許容限度でしょう。

そして、「授業を欠席することにより、ご迷惑をおかけし、大変申し訳ございません。」と続きます。授業を担当していない私はもちろん、授業内容からすると授業をされたY先生も、Aさんが休んだことで迷惑をこうむってはいません。迷惑をかける相手は、教師よりもクラスメートでしょう。私に詫びるとすれば、欠席連絡が遅くなったことについてです。こんな空虚な言葉よりも、明日はちゃんと学校へ来るのか書いてほしかったですし、「宿題はありませんか」ぐらい聞くのが学生としての礼儀だと思います。

普段のAさんの態度を見ていれば、Aさんに悪意があったとは思えません。私に対して失礼があってはいけないと思い、欠席連絡の文例を検索し、それに則って文面を作成したのでしょう。しかし、Aさんが模範としたのはビジネスメールであり、残念ながら学校の欠席連絡にはふさわしくない文例でした。Aさんなら、自分で文面を考えても、私を納得させるメールが書けたはずです。それぐらいの実力は私が保証しますから、自信を持ってもらいたいです。

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自己紹介

10月20日(月)

先週末、レベル1のクラスには作文の宿題が出ていました。始業日から1週間余りなのに一番下のレベルのクラスでも作文を書かせるのかとお考えになる方もおいでになるかもしれませんが、作文と言っても自己紹介です。今までの授業で学んだ文型や単語を組み合わせて、また、ひらがなカタカナを書く練習として、自己紹介をしてもらおうという算段です。

その作文を回収しました。何名かは「先生、ごめんなさい」でしたが、大半の学生は宿題プリントになにがしか書いてきました。

上から下までいっぱい書いてあるなあと思って読んでみると、だいたい翻訳ソフト丸写しです。チャット君の作品かもしれません。少なくとも、辞書を使って書いたことは間違いありません。こちらは、そこまでして書いてもらうつもりはありません。せいぜい「専門は量子力学です」などというときの“量子力学”を調べる程度まででしょう。むしろ、教科書の習ったところを行きつ戻りつしながら、使える単語と文型を見つけ出し、思い出し、あれこれ工夫を加えて自己紹介文を作り上げてもらいたいのです。

Aさんは、行数は少ないですが、明らかに自分の力だけで書いていました。こちらの狙い通りの自己紹介です。Hさんは、「がっこうまでとほ10ぷんです」の“とほ”は調べましたね。“あるいて”は習ったはずなのですが…。Tさんの「じゅぎょうがはじまるまえはいつもきんちょうする」は、翻訳ソフトかな。

期末テストが近づいたら、もう一度同じ宿題を出したいですね。そうすると、学生たちは自分たちがどれだけ力をつけたか実感できると思います。でも、そんな余裕、、あるかな…。

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「すずし」とは言いませんね

10月6日(月)

みなさんは、い形容詞の語幹を感嘆詞的に使いますか。例えば、今年の夏なんか毎日でしたが、冷房の効いた屋内から外に出た瞬間、「あつ(暑)!」と、実際に口には出さなくても、心の中でそう叫んだりはしませんでしたか。学生たちもよく言っていましたから、現代日本語としてかなり浸透していると思われます。

さて、このい形容詞の語幹ですが、2拍のものが一番よく使われます。「あつ」「さむ」「くら」「おも」「こわ」「わる」「はや」「おそ」「やば」など、きりがありません。3拍となると、「ちいさ」よりは「ちさ」、「おおき」は「でか」、「おいし」は「うま」でしょう。長音を切り詰めて2拍にしたり、2拍の類義語を持ってきたりする例があります。それ以外となると、「みじか」「つめた」「うるさ」「きたな」は耳にしますが、「あかる」「かなし」「うれし」は聞きませんねえ。4拍以上になると、絶望的ですね。「うつくし」「あたらし」「おもしろ」「ほそなが」「あたたか」「のぞまし」「むしあつ」「けたたまし」「むさくるし」なんて、聞いたことがありますか。「むずかし」は「むず」になりますね。

とはいうものの、「けちくさ」「めんどくさ」「えげつな」「あほくさ」「びんぼくさ」「きしょくわる」など、ネガティブな意味の形容詞は、4拍以上でも“い”省略形が用いられます。そもそも、「あつ」「さむ」なども、不快感や意外、驚きを表す時に用いられ、だからこそ感嘆詞的なのです。「あま(甘)」と言ったら、単に甘いのではなく、甘すぎるとか、予想をはるかに上回る甘さだとか、甘やかしすぎているとか、そんな感情の発露だと思います。

この“い”省略形は、もともとは関西言葉でしょう。私は、半世紀以上も前に、京都に住んでいたいとこ経由で知りました。関東地方でも普通に使われるようになったのは、今世紀に入ってからではないでしょうか。もしかすると、スマホやSNSの普及と歩調を合わせているのかもしれません。ここから先は、私のような素人ではなく、どなたか専門家の研究にお任せすることにします。

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獅子ほどではありませんが

9月6日(土)

レベル1は日本語を勉強し始めて日が浅い学生が多いですからやむを得ないのかもしれませんが、テストをすると助詞を見落として誤答をしていると思われる例が目立ちます。例えば、

しゅくだいは、ボールペンを(     )でください。

という問題に、「かかない」と答えてしまうのです。空欄の前の助詞が「で」ならそれで正解ですが、この問題では「を」ですから、「つかわない」などにしなければなりません。

「ボールペン」は筆記用具ですから、「つかいます」と「かきます」だったら、「かきます」の方が親和性が高いです。だから、「かかない」したくなる方が自然だとも言えます。そういう気持ちに耐えて、助詞「を」をしっかりと目に焼き付けて、ここは「かかない」ではないと判断する…というようなステップを踏んで、正解にたどり着くわけです。思考回路の自然な流れにあえて逆らった先に正解があると言ってもいいかもしれません。

そういう不自然な思考を求めるから悪問だと言いたいわけではありません。「ボールペンでかかないでください」は、その日の授業で勉強したことの確認テストなら適しています。もう一段階上の、多少の応用力も見るのなら、「ボールペンでかかないでください」は易しすぎます。こういうテストで×を食らって、痛い目に遭い、悔しい思いをし、助詞にも目を光らせなければならないということも身に付いていくのです。

千尋の谷に我が子を突き落とす獅子ほどではありませんが、初級の先生も時には厳しく学生に当たるのです。

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