Category Archives: 日本語

花咲か爺さん

3月17日(金)

私のクラスで、ゲストをお迎えして、コロコロ紙芝居をしました。コロコロ紙芝居とは、立方体の箱を4つ組み合わせて、箱の見せる面をコロコロ変えながら、紙芝居のように物語を展開していくというものです。今回は、♪裏の畑でポチが鳴く…という童謡に合わせて、花咲か爺さんに挑戦しました。

花咲か爺さんは、どこかで聞いたことがある学生もいれば初めての学生もいました。ゲストが持ってきてくださった絵本をSさんが読むと、みんな耳を傾けていました。ですが、花咲か爺さんの歌は全員初めてのようでした。ゲストが歌いながらコロコロ紙芝居を次々展開していくと、学生たちの目に好奇心が宿り始めました。

今度は学生たちの番ですが、ゲストに歌ってくださいと言われても、すぐには歌えません。しかもコロコロの操作をしながらとなると、どうしても口の動きがおろそかになってしまいます。それでも何回か繰り返していくうちに歌えるようになり、ソロで歌いながら紙芝居をする学生も出てきました。そんな学生を写真に撮ったりもしながら、楽しんでいました。私も最後に実演させられ、冷や汗をかかされました。これで、今年の忘年会のかくし芸はばっちりOKですね。

上級になると、初級ほど声を出したり体を動かしたりという授業がなくなります。初級のうちは日本語を体で覚える部分もありますが、上級は日本語を日本語で理解することが強く求められますから、頭ばかりを使うようになります。そういう授業はメリハリを付けにくく、ともすると退屈しがちです。時には、歌を歌うなどという、いつもの授業とは対角の授業も刺激になると思います。来学期も何か目新しい企画を実施したいものです。

振り返る

3月7日(火)

超級のクラスで、ちょっと意地悪をしてみました。みんなの日本語の文法項目で作った例文の助詞穴埋め問題をさせました。「日本酒は米(  )造られます」という類の問題です。穴が100個で、合格点を100点にしました。

「日本酒は米(で)造られます」なんてやっている学生がぼろぼろいるくらいですから、当然、誰も100点なんか取れません。「廊下(  )走ってはいけません」「近く(  )スーパー(  )できました」「小倉さん(  )赤ちゃんが生まれたの(  )知っていますか」なども出来が悪かったですね。そしてまた、各人つまずくところがちょっとずつ違うんですね。結構本質的なところをあれこれ解説することになりました。

確かに、「日本酒は米(で)造られます」「やっと日本の生活(を)慣れました」なんて言ったり書いたりしても誤解が生じるおそれはありませんまずないでしょう。しかし、このクラスの学生たちが狙う大学・大学院の先生方は違和感を覚えるかもしれませんし、日本語はイマイチという判定を下されたとしても文句は言えません。

超級の学生には意思疎通ができればいいというレベルではなく、きれいな日本語をリズミカルに話してもらいたいです。だから初級文法の復習もするし、アクセント・イントネーションの練習もします。国で勉強してきた学生たちが初級でどんな勉強をしてきたかはわかりませんが、その後にしみこんでしまった悪い癖を少しでも洗い落としておくことが、今後のためになると思います。

さて、次にこのクラスに入るときは、何でしごいてやろうかな…。

日本語力を伸ばそう

2月16日(木)

Kさんは今学期から受験講座の理科を始めた学生です。まだ初級ですから、こちらも話し方に気を使います。Kさんのレベルのクラスに入ったつもりで、理科の授業をしています。そうはいっても、トリプシンとか競争的阻害とか、専門用語はどうしようもありません。そんな言葉を使って現象や概念などを説明するときには、言葉につられて難しい言い回しにならないように気をつけています。

国で勉強してきたこととも合わせて、Kさんは私の話を理解しているようです。確認の質問をすると、理解できているリアクションを示します。しかし、考えを口で説明しろと言うと、とたんに困った顔になってしまいます。もう少し上のレベルにならないと難しいようですが、口頭試問のある大学が増えていますから、一刻も早くそのレベルになってもらいたいです。

さらに、EJUの過去問をやらせると、問題文の読み取りができないがために、問題が解けなかったり、解けてもとても時間がかかったりしているというのが現状です。私がかみ砕いて説明すると、ああわかったという表情になります。こちらはあと4か月でどうにかしないと、EJUで点が取れませんから、来年4月に進学に差し支えます。

Kさんのいいところは、次の授業で何をするかを聞いて、国で勉強した教科書などで予習してくるところです。だから、教科書の図を見るだけで理解が進むこともありますし、専門用語も国の言葉との対応がつけば頭に入ります。日本語の力が伸びれば、理科の成績も上がっていくのではないかと期待しています。

推理は人なり

12月13日(火)

選択授業の「小説を読む」の時間に、ミステリを読ませ、犯人探しをさせました。犯人がわかる部分を切り取った課題の小説を与えると、学生たちは水を打ったように静かになり、真剣に推理力を働かせている様子でした。推理がまとまった学生は原稿用紙に向かい、自分の推理を書き表し始めました。

時間が来て、学生たちから原稿用紙を受け取り、ざっと見てみると、犯行の方法も含めて犯人をピタリと当てた学生も何名かいました。逆に、完全にギブアップという学生も何名か。

Sさんは、文法や語彙の間違いはありますが、作者が提示した材料をすべて使い切り、犯人を見つけ出しました。そこに至るまでの推理も、作者が考えたとおりでした。授業では抜けているところがありそうな感じなのですが、なかなか緻密な頭脳を持っていることがわかりました。

これに対し、Gさんは、ふだんの授業では論理的な考えを披露することが多いのですが、この犯人探しはからっきしダメでした。かろうじて解読可能な、メモというに等しい内容を書きつけた原稿用紙を提出しました。想像力が欠けているはずはないのですが、この手の文章の読み解きは不得手なのでしょうか。

Oさんは、犯人は当てましたが、推理というよりはカンのたまもののようです。Sさんに比べると、論理の荒さが目立ちました。KさんとLさんは、読むのにも推理するのにも飽きてしまったようでした。出てきた原稿用紙も、やる気が感じられないものでした。

文は人なりといいますが、推理の要素が加わると、さらに複雑な様相を示し始めます。来学期も同じ授業を受け持つとしたら、この点を掘り下げてみたいです。

さあ出願だ

11月24日(木)

朝、メールをチェックすると、Cさんから志望理由書が送られてきていました。BBQの前に相談を受けてある程度手を入れて、それをもとに書き直したようです。Cさんの志望校の出願締め切りは明日の消印有効ですから、授業の前に急いで読んで添削しました。

こういう文章を訂正する場合、私はまず、語句や文法の間違いを直します。こうして読みやすい文章にしてから、構成を組み替えます。文法や語句の間違いが多いと、文章のまずさが浮き上がってこないのです。

志望理由書などを見てもらおうとする学生は、まず内容の良し悪しの判断を求めます。Cさんのようなレベルになれば、「いい学校ですから志望しました」のようなアホなことは書きません。志望理由書に必要なことはひと通り書かれているものです。ただし、自分の思いが効果的に書かれているか、他の受験生と差別化できているかとなると話は別です。この部分が構成の良し悪しにかかってくるのです。

差別化がうまくできていない場合は、こっそり入れ知恵することもあります。こういう考え方がこの分野におけるトレンドだとか、この大学はこういう方面に強みを持っているとか、この大学が置かれた地方はこんな特色がある、こんな問題を抱えているとか、留学生が普通に調べただけでは手が届かない情報を与えます。でも、与えるまでです。その情報をどう生かすかは、学生次第です。

Cさんは語句・文法の誤りは少なかったですが、構成が間延びしているのと、その学部学科で勉強できることの一部が抜けていたのを訂正・指摘して、授業前に返信しました。すると、午後、その部分を書き直して持って来ました。ぐっと立派な文章になっていましたから、OKを出しました。志望理由書ではねられることはないでしょうから、本番の試験での健闘を祈るのみです。

晩秋

11月1日(火)

読解のテキストに「晩秋」という言葉が出てきたので、晩秋とはいつごろかと学生に聞いてみました。すると、11月ごろとかちょうど今頃とかという声が挙がりました。確かにその通りなのですが、天気予報によると、明日は晴れますが気温は13度までしか上がらないとか。晩秋というより初冬という感じです。

職員室にはいつの間にか何着かのコートが掛かるようになりました。先週末は朝の日比谷線の電車にヒーターが入っていたことに驚き、今朝は降り立った新宿御苑前駅が妙に暖かく、暖房を始めたのだろうと思いました。もっとも、私の通勤時間はラッシュのはるか前で、人いきれに無縁の時間帯ですから、こうなのかもしれません。

秋の深まりというか冬の始まりというか、季節が進むにつれて、マスクをしている学生・教職員が増えてきました。昨日のハロウィンで大活躍だったFさんからも、風邪で調子が悪いとメールが入りました。そのFさんのクラスは、マスク越しのせきが激しく、授業が終わると窓を開けて空気の総入れ替えをせずに入られません。私が授業後に説教することになっていたSさんも、熱を出して早退したそうです。毎朝校舎内の掃除をしてくださるKさんまで、昨日からダウンしています。

今週末にいろいろな大学の入試を控えている学生たちは、私の知る範囲では風邪に冒されていないようですが、試験日まで何とか持ちこたえてもらいたいものです。今週は木曜日が文化の日でお休みですから、選択科目の身近な化学はありません。でも、来週は風邪を取り上げて、予防に努めるように訴えるつもりです。

メタンを乗り越えて

10月18日(火)

世界中には数千かそれ以上の言語があると言われています。しかし、その中で、その言語だけで高等教育までできるのは、ほんの一握りにも満たないとも言われています。日本語はその稀有な言語の一つだとされており、日本人は、それを意識することなく、その恩恵をこうむっています。

だから、留学生も日本語を勉強しさえすれば日本で高等養育が受けられるかといえば、残念ながらそうでもありません。入試科目に英語を課するところが増えてきていることもそうですが、留学生にとってはカタカナ言葉は日本語でも英語でも他の言語でもない、何とも扱いにくい存在のようです。

私が受験講座で扱っている理科の場合、まず、化学に出てくる物質名が厄介の元です。メタン、トルエン、マレイン酸などなど、わけても有機化学は英語の発音とも全然違う、不思議な名前のオンパレードです。化学は理系志望の学生のほぼ全員が受けるだけに、被害は広範に及びます。生物もカルビン・ベンソン回路、ランゲルハンス島など、随所にカタカナの用語があふれていますが、受験生が少ないことと、その受験生が生物に強い学生が多いので、化学ほど甚大な被害はありません。物理は図や式で勝負できますから、被害は比較的軽微です。

有機化学の授業を受けたCさんは、冗談めかして死にたいと言っていました。理科のカンが鋭いだけに、カタカナ語のおかげでそのカンを働かせられないもどかしさを人一倍感じているのでしょう。同情はしてあげられますが、私にできるのはそこまでです。メタンがCH4であることは、自分で覚えるしかないのです。死にたいではなく、死ぬ気で頑張らなければ、日本留学の道は開けてきません。

問題集

10月11日(火)

明日から新学期が始まりますが、毎年10月期ともなると頭を痛めるのが、超級クラスの教材です。留学生向けの教材では歯ごたえがなさ過ぎ、かといって毎日生教材を用意するのでは、教師のほうが身が持ちません。今学期は、日本人の高校生向けの市販問題集を読解の教科書にすることにしました。

独自試験を課する大学の試験問題は、日本人の高校生向けの問題よりはいくらか易しいものの、留学生向けに書かれた文章はもちろんのこと、EJUクラスの文章よりも読むのに骨が折れます。どこで骨が折れるかというと、まず、十数年日本で暮らしていれば知っていて当然だけれども、日本語に触れ始めてから数年にも満たない外国人にとっては理解が難しい内容が取り上げられることがある点です。

例えば、今の高校生は、渥美清が亡くなってから生まれていますから、フーテンの寅さんは生では知りません。しかし、彼らが持っている寅さんに関する情報量は、一般の留学生に比べればはるかに多いはずです。「日本文化が好きです」と言っても、日本文化のいいとこ取りをしてきた留学生と、それにどっぷり漬かってきた日本人とは、おのずと受け取り方が違います。外国人から見た日本観が日本人にとって新鮮なように、日本人がごく当たり前に書いた文章も、留学生にとっては不思議というか時には意味不明なことさえあります。

そういうギャップを埋めるためにも、高校生向けの易しめの問題集は超級の学生にもってこいなのです。単に読解のテクニックを磨くだけではどうしようもない谷間に橋をかけ、学生たちを向こう岸に渡そうと考えています。思惑通りにうまく事が運ぶか、私たちの腕の見せ所です。

願書失敗

10月4日(火)

衣替えでせっかくスーツを着てきたのに、東京は最高気温が32度の真夏日となりました。でも、おそらく、これが今シーズン最後の真夏日でしょうね。

そんな中、出願とか進路相談とか面接練習とかで学生がやってきました。WさんはR大学の出願書類を持って来ました。成績証明書や卒業証明書など、自分で取り寄せなければならない書類は準備したものの、自分で記入しなければならないところはすべて未記入でした。学校で書き方を確認しながら記入する心づもりのようでした。

「先生、名前はこことここに書きますか」「うん」「このローマ字というのは何ですか」「パスポートの名前を書いてください」「はい」と言って、Wさんがアルファベットの名前を書き始めたのは、「氏名」の欄。「あーっ、そこは氏名とフリガナだから漢字で書かなきゃダメだろうが」と叫んでも後の祭り。願書作成は1行目で失敗となりました。

「先生、日本での留学期間と日本での住所はどう書きますか」「どれどれ。……ほら、ここをよく読んで。ここから下は海外から出願の人って書いてあるだろ」「あ、そうですね。すみません」という調子で、Wさんは注意書きをよく読まないきらいがあります。目の前の1行か2行を読むのが精一杯で、その前後を見渡して書き方をチェックしながら書類を作成するというゆとりが感じられません。本当にこれで受験できるんだろうか、受かったとしても、入学に必要な書類を作れるんだろうかと、心配になってきました。

Wさんは、勉強はそこそこできます。しかし、そのもうちょっと外側の、習った日本語を応用して何かをするという部分に不安を感じます。でも、ここができなきゃ勉強した意味がありません。語学は、相手を理解し、自分を伝える道具なんですから。

卒業証書がほしい

9月30日(金)

Lさんが期末テストの追試を受けました。Lさんは大学院に合格し、9月に入ってからオリエンテーションやガイダンスなどがあり、昨日の期末テストが受けられなかったのです。大学院のほうを優先したため、今月はKCPの授業にはあまり出られず、期末テストの範囲の半分ぐらいは勉強していません。こんな場合、期末テストを受けない学生が多いのですが、Lさんは律儀に受けました。

追試を終えたLさんが、「先生、いろいろありがとうございました」と話しかけてきました。「先生、期末テストの成績が悪かったら、私は卒業できませんか」「うん、KCPの規則上は卒業じゃなくて修了になるね」「えーっ、2年近くKCPで勉強した結果がたった1回のテストで決まっちゃうんですか。それはひどいですよ」「でも、毎年3月に卒業する学生たちも、卒業認定試験1回の結果で卒業か修了かが決まるんだよ。条件的にはLさんと同じですよ」「それはそうだけど…」「たとえ修了でも、Lさんの大学院が取り消されたりビザが出なかったりすることはないよ。もし、ビザが出なかったら出席率かなんか、ほかの理由だよ」「でも、一生懸命勉強した証拠として、卒業証書がほしいんです」

大学院の授業が始まった時点でKCPに退学届けを出してもおかしくなかったのですが、今までKCPの学生であり続けたのは、こんな理由からだったんですね。Lさんの心の中で、けじめがつかなかったのでしょう。ありがたいと思います、こんなにまでKCPの卒業証書に価値を認めてくれるとは。

同時に、もっと日本語を勉強しておけばよかったと、早くも反省の弁も聞かれました。「KCPの先生は外国人に話すと思ってわかりやすく話してくれましたが、大学院の先生は全然違います」と、この先授業を受けていくことに不安も抱いているようです。さらに、「成績は、だいたい、レポートと自分が研究したことのプレゼンで決まりますから、留学生には厳しいですよ」と、ビビッている様子もうかがえました。だから、KCPの卒業証書を心のよりどころにしたいのかもしれません。

そういえば、4月に進学した学生たちはどうしているでしょう。顔を見せに来てくれる学生たちは元気そうにしていますが、裏ではへとへとなのかもしれません。元気な頃の自分を思い出したくてここを訪れる学生がいても、おかしくありません。今度来たら、せめて勇気付けてあげましょう。